Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

上海は人形である。

2007/03/28 11:22:06
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 上海は人形である。


 別に地名としての上海が人形というわけではない。幻想郷が隔離された楽園である以上、海のはるか向こうである上海が関係あるはずもない。ここでいう上海とは、遠く遠くの上海から流れてきた人形――すなわちアリス・マーガトロイド嬢のくる人形のことだ。
 上海人形。
 黄色い髪に赤いリボン。給仕服のような装い。まるで、誰かを思い出させるかのような――人形。人形。人形。人の形を模した物。
 人形は、物だ。
 人形は、人ではない。人の形をしただけの、別のものだ。勿論それに意識などあるはずもない。アリス・マーガトロイドによって操られる上海人形は、自由意志を持ちえたかのようにくるくると踊り戦う。アリス・マーガトロイドが人形に話しかけているのを見れば、『あああの人形は生きているのだな』と百人が百人思うだろう。
 さもありなん。ここは幻想郷なのだから。人形が命を持ったとしてもおかしくなどない。現に、あのメディスン・メランコリーは――たとえその身にある『毒』こそが命だとしても――意志を持って動いている。
 完全意志。
 完全自立。
 人の手を離れた人形。
 それはもう人形ではないけれど――それでも、人形の目指すべき最果てであることに変わりは無い。
 いや。
 正確に言うならば、人形遣いが目指すべき最果てなのだろう。
 人形は、何も考えないのだから。何も考えないし、何も思わないし、何も感じない。
 それが、人形。
 それこそが――人形。
 とはいえ。

「……ねえ上海、聞いてる? あのね、魔理沙がね――」

 そんなお題目など、『少女』にとってはどうでもいいことで――少女であるところのアリス・マーガトロイドにとっても時と場合によっては意味のないことであり、今こそがその時と場合なのだった。
 幻想郷の何処其処にあるアリス・マーガトロイド邸宅。厳重な魔法による警戒と――主にソレは鳴子としてしか使われていないけれど――自らが創り上げた人形たちに囲まれた家。魔女の隠れ家。ヘンゼルとグレーテルが訊ねた魔女の家がお菓子で出来ていたように、この家は人形で出来ていた。
 人形を好むものがいるのならば、ひきつけられずにはいられない魔性の家。
 ただし主人以上に人形好きはいないので、もっぱらこの家にいるのはアリス・マーガトロイドただ一人である。たまに黒と白の魔法使いが遊びにくるが、それは雑事というものだ。
 雑事こそが重大な使命であるかの如く、アリスは上海人形へと話し掛ける。

「でね、魔理沙が言うの。私の魔法は――」

 机の中心に座る――座らされた――上海人形に向かってアリスは喋りかける。それは独り言でしかないものの、時折、アリスの手によって操られた上海人形はこくりと頷く。
 さもしい一人芝居――と言ってはいけない。どちらかといえば、これは日記の類だ。自分以外には誰も見てはいけない、自分の全てを書き残す秘密の日記。書くことによって自分の内面を深く理解するように、語りかけることによって己の心を把握していく。
 そのための話し相手が、上海人形だった。
 誰にも聞かせてはいけないことを、聞かせるための相手。
 矛盾したような願望を叶えるための道具こそが上海人形だった。
 話し掛けるには、人がいる。
 人に聞かれてはいけない話。
 だからこその――人形。

 上海は人形である。
 此処は幻想郷である。

 幻想郷の片隅で、人形を相手にしたアリスの独り言は続く。
「魔理沙が――」
       「――魔理沙が――」
                「――魔理沙が」
 話される言葉はいつも似通っている。繰り返される名前は黒と白の魔法使い。
 霧雨 魔理沙の名を、時に怒り、時に呆れながらアリスは繰り返す。
 霧雨 魔理沙の名を、常に変わらぬ仕草で、上海人形は聞き届ける。
 心がこもったその言葉。
 思いがこもったその名前。
 アリスの言葉と、魔理沙の名前を、上海人形は全て聞きとおす。
                「――魔理沙が」
       「――魔理沙が――」
「魔理沙が――」
 人形に意志はない。だから、聞かないという選択肢はありえない。
 それでも、たとえ意志があったとしても――上海人形はそれを聞いただろう。上海だけではない。アリスのことを少しでも快く思う人ならば、聞かずにはいられないだろう。
 そのことを話すとき、アリスは本当に、本当に嬉しそうに笑っているのだから。
 誰にも見せることのないその笑みを――上海だけは、見られるのだから。

 上海は人形である。
 此処は幻想郷である。
 故に。

「ねぇ上海、魔理沙は私のこと、どう思ってるのかしら――」
 いつものような、答を期待しない独り言の問いかけに。
 その日、初めて。
 かの泣くような声で。
「……きっと好きですよ」
 上海人形は、答えたのだった。



 人形が命を持ったとしても、おかしなことなど、何もないのだ。



「…………え?」
 アリスが耳を疑い、首を傾げた。今何かが聞こえたが、本当にそれは聞こえたのだろうか――そんな顔をしていた。
 わざとらしく耳元に手を当ててアリスは耳をすます。それでも何も聞こえない。
 部屋の中にあるのは、人形たちだけだ。
 静かに机の上に座る、上海人形があるだけだ。
「空耳――かしら」
 反対側に首を傾げ、「まあいいわ」とばかりにアリスは話に戻る。魔理沙、魔理沙、魔理沙――いつものような、幸せそうな話。
 身じろぎもせず。
 話すこともなく。
 上海人形は、それを聞いている。自分の主人の幸せそうな笑顔を独り占めしながら。
 メディスン・メランコリーは、毒でその命を動かした。
 上海人形は、愛でその命を動かしている。主人から注がれる絶えることのない愛を受けて、今日も人形はそこにいる。
コメント



1.名無し妖怪削除
愛に痺れた
2.翔菜削除
愛で動いている……上海いい
3.oniyarai削除
体は愛でできている・・・・・・逆に怖い
4.名無し妖怪削除
上海上海上海上海
・・・ゲシュタルト崩壊起こしてきた
5.名無し妖怪削除
そして蓬莱人形は憎でその命を動かす……のか?アリス萌え
6.はむすた削除
読みやすく、美しく、そして優しい……。
上海好きの私には傑作でした、ありがとう!
7.名無し妖怪削除
愛に満ちた話を、ありがとう。

>かの泣くような声で。
「蚊の鳴くような」ではないでしょうか?