はるかぜに~
屋台の片付けをしながら私は唄を歌っていた。気分がいい時、私は知らず歌を口ずさむ。
大体は即興であり、頭に思い浮かんだ言葉をそのまま旋律に乗せて、歌に任されるままに声を出すのだ。
時間、場所、気分やその他諸々の変化で無限の歌が生み出される。だから歌詞を記憶する必要もない。だって同じ歌だと飽きてしまうじゃないか。
とぶさくら~
一通り片づけが終了する。
軽い疲労感を覚えたが、それでも歌は止まらなかった。
まだ続きを歌えと、歌自身が私に命令する。それに逆らう理由はどこにもない。
今日は博霊神社での花見があり、私は珍しくそれに参加することになっていた。話によるとプリズムリバーの面々が来るらしく、折角だからと誘われたのだ。
基本的にはソロで歌うのだが、たまにはバックミュージック付きの歌もいいだろう。なんだかんだ言って私は歌が好きらしく、賑やかなものになるであろうセッションを想像した私は自然と笑みをこぼしていた。
とぶこころ~
屋台の始末を確認した私は博霊神社に向けて飛び立った。
早めに店じまいをしたといってもすでに深夜になっているため、上空の空気は少し肌寒い。花見は昼頃から行われているらしいのだが、主役が揃うのは陽が沈んでからだ。それに宴会が一区切りつくのは朝を迎えてからになるだろうから、今の時間でも別に遅いというわけではない。
おやまをこえて~
一つ山を越したところで、遠くの方に一点の光が見えてくる。
目標地点を確認した私は懐の手土産に一度目をやり、徐々に高度を落としていった。
「お、歌姫様のご到着だぜ」
どんちゃん騒ぎとまではいかないが、賑やかな話し声と酒気を帯びた空気に私は包まれた。境内に着地した私に声がかかり、何人かの目がこちらを向く。参加人数はかなり多く、皆が皆すでに出来上がっている様子だった。
神隠しの主犯に絡む亡霊の姫を必死に抑えるその従者。
巫女に絡む吸血鬼におろおろする紅い門番。
ルーミアとチルノは揃って眠っており、その横で串を摘むリグルが私に気付いて手を振る。
式神と銀のメイドは料理を持って皆に配って回り、死神が颯爽とつまみ食いをする。
黒髪と銀髪が飲み比べをしており、ハクタクと赤黒がそれを眺めながら酒を飲む。
他にも多くの妖怪と人間が茣蓙の上に座って酒を飲んだり、話をしたり、料理に舌鼓を打ったりしていた。
土産として持ってきた八目鰻を白黒の魔法使いに渡すと、どこからか音色が聞こえてくる。
聞き覚えのあるこの音は騒霊の奏でるものだろう。私がその方向を見ると、三人の姉妹がそれぞれ楽器を手に持って私を待っているようだった。
唐突に突き抜けるようなトランペットの音が響く。
それを合図に場が静かになり、視線が一つに集まりだす。
白い次女は金管から唇を離し、一つ息を整える。
黒い長女がゆっくりとバイオリンを構え、呼吸が合った瞬間、同時にその手が動き出す。
流れ出すバイオリンとトランペットの音色。
弦から伝わる空気の揺らめきが境内を包み込む。
プリズムリバーの三人はお互いに目配せを行い、赤い三女がタップでリズムをとる。
重なっていくキーボードの音。
それはトランペットとバイオリンを繋ぎ、一つの旋律を紡ぎだす。
三位一体。その言葉の通り三つの音色はそれぞれ合わさり、混ざり、支え合い、高め合い、完全な調律が完成する。
さかずきの~
私は歌う。
それは聞いたことのない曲だったが、自然と声は生み出された。
不恰好でも滑らかに響くその歌は、まるでそうあるのが当然であるかのように至高の調律に溶け込んでいく。
ひびくかおりはなんなのよ~
私は歩く。
ヴァージンロードの先にいる三人は、私を一瞥すると一つ笑って演奏に没頭し始める。
注がれる視線、場を満たしていく音、それらを全身で感じながら私はゆっくりとステージに向かう。
はなもほしがるさけのあじ~
ステージに立った私は振り返る。
私達の奏でる曲に耳を傾ける客達を振り返る。
酒を飲みながら聴く者、話をしている者、こちらを気にせず酒を呷っている者、料理を運ぶ者、眠る者。
私の歌声は、それを聴く者を酔わせる。だが、最も酔い痴れているのは私自身だろう。
そらもほしがるさけのあじ~
ひらひらと桜の花弁が舞い降りた気がした。
それは幻覚か、それとも春の幻想か。
今となってはどうでもいいこと。
私にはもう、歌しか聞こえない。
あと、奏霊ではなく、騒霊じゃなかろうか?