暦の上ではもう春。
今年の冬は春のように暖かかったから今更、だけれど。
本当に今年の冬は暖かく、雪も吹雪もなにもない平和な年でした。
そんなことだから、春本番直前のリリー・ホワイトはいつもよりも上機嫌。
南向きの木の幹の穴からひょこっと顔を出し、訪ね人を今か今かと鼻歌交じりに待ちわびていました。
春が来るのはもちろん嬉しいけど、こうやって待っているときもすごく楽しい。
リリーはそれをちゃんとわかっていました。
ある日目を覚ますと、信じられない光景が広がっていました。
あたり一面の銀世界。
風はゴウゴウと唸りをたて、冷たい空気がリリーのいる部屋の中を遠慮無しに入り込んできます。
もうすぐ来るはずだった春の気配も、吹雪で霞んで見えなくなってしまいました。
リリーはすっかり落ち込んでしまい、がっくりと腰をおろします。
何もかもいい調子でいたと思っていたのに、どうして?
どこからか聞こえてくる氷の妖精のはしゃぎ声ですら、無性に腹がたってきます。
そうやってべったりごろごろ拗ねていると、外で誰かが声をかけてきました。
「春の妖精さん、いるんでしょう? 出てきていらっしゃい。」
冬の妖怪、レティ・ホワイトロックは勝ち誇った顔でこちらを覗いてきます。
リリーは部屋の隅っこに逃げ込んでいないフリをしました。
相手は妖怪。何をされるかわかったものではありません。
「怯えてないで出てきなさいよ。大丈夫、妖精を食べる趣味はないから。」
リリーは恐る恐る声の主を覗いて見ます。
レティは少し笑っているようでした。でもリリーにはやっぱり恐く見えます。
どうして此処へ? とリリーは勇気を出して聞きました。
レティはこう答えます。
「あなたの顔が見たくてね。」
リリーはきょとんと首を傾げました。
レティはさらにこう言います。
「今年は冬らしい冬の日がほとんどなかったでしょ。
貴女もさぞかし浮かれていたんでしょうね。
だからそんなヤツらはどんな顔をしているんだろうって。
見事に落ち込んでいるようだから、やりがいがあるってものよね。」
妖精でなくても、妖怪の言っていることは大抵良く解らないものです。
リリーはなんとなく馬鹿にされているような雰囲気は感じつつも、
ただただ隅っこの方でガタガタ震えていることしかできませんでした。
暦の上ではもう春だというのに、春らしさはどこにも見当たりません。
リリーは訪ね人を待つのを止め、ずっと寝床でふて腐れていました。
そういえば今年は冬眠してなかったっけ・・・なんだかうとうと、眠くなってきちゃった。
しっかりフトンをかぶって、ぐっすり寝ることにしました。
吹雪はまるまる5日続きました。
リリーが目を覚ましたのは吹雪が止んでさらに2日経ったときのこと。
外の雪は既にまばらで、ピチャピチャとしずくが垂れる音がそこかしこで聞こえてきます。
んっ、と背伸びをして、南の方を眺めます。
外は雲が多目の晴れ、風はなく、大気はしんと静まり返っています。
まだ寒そうではあるけれど、何故だろう、何となくリリーは外に出てみたくなりました。
誰も居ない森、誰も居ない川、誰も居ない野原、誰も居ない空。
幕の下りた舞台に立っているのは自分だけ。
でもリリーはわかっています。
幕の裏側で出番を待っている沢山の役者が居ることを。
自分が少し早まって表に出てきてしまったのを。
そしてリリーは見つけます。
下りるべき役者がまだ居座っているのを。
「あら、お久しぶり。」
レティは木の根元に積もった僅かな雪の上に腰掛けていました。
いつかの意地悪そうにな目は、目の前の妖精のはるか彼方を見ていました。
観客のいない休憩時間の、妖怪と妖精のひとときのショー。
役柄は王様?農家の娘?道化師?それとも・・・・
「まぁ、最後にヒトハナ飾ったし、今年はコレくらいってとこかしら。」
言いたいことはなんとなく、けれど脈絡のなさは相変わらず。
リリーはこう聞きます。春は嫌いか?と。
レティはこう答えます。大嫌いだよ、と。
レティは聞き返します。冬は嫌いか?と。
リリーはこう答えます。寒いのは大嫌い、と。
ひゅっと風が吹いて、そしたらなんだか急に可笑しくなって、
2人はたまらずお腹を抱えて笑いました。
どうしてそんなに可笑しいの?
それは2人にもわかりません。
ただ馬鹿みたいに、春の妖精と冬の妖怪は笑い続けました。
太陽は暖かかったり雲に隠れたりで優柔不断でした。
「さて、そろそろ行こうかしら。」
レティはヨイショと立ち上がり、北へと向きをなおします。
「また来年。貴女は会いたくないでしょうけど。」
スっと飛ぼうとしたとき、リリーは逆光になっているレティの顔の前に立ちはだかりました。
そのとき自分は寝ているかもしれないけどね、って。
リリーは右よりの太陽がまぶしくてよく見えなかったけど、
レティは優しく微笑んだようにみえました。
「なら、私の子守唄を聴いてからでも遅くないんじゃない?」
妖怪も歌が歌えるのか。
「御望みなら、ね。」
レティの歌声はきっと、澄み渡った冬の空気のように透明なんだろう。
寒いのは嫌だけど、
でもそんな歌が聴けるのなら、冬も悪くはないよ。きっと。
春一番も無事到来し、すっかり春めいた幻想郷で、リリーは浮かれきっていました。
やっぱり春が一番いい。
弾を撒き散らしつつ、満開のサクラの上を颯爽と飛び回ります。
その下では迷惑そうにしている酔った人間が2人。
「相変わらずうっとうしいな。撃ち落してやろうか。」
「やめときなさいよ。・・・・それにしても、今年もサクラがいい具合ね。」
「ああ、寒いヤツが最後に暴れてくれたからな。」
「あら、知ってたの?」
「経験則だ。寒くない冬の年はサクラもイマイチだからな。
迷惑だったが、そこのところは賞賛に値するぜ。」
「雪割草も雪がないと割れないし、花見もどうせなら綺麗なサクラの下でやりたいし。」
「おう、今年も神社で盛大に花見祭りだな。」
「祭りって・・・後で掃除する身にもなって欲しいわ。全く・・・」
そんな話を聞いて、リリーはいつかの出来事に想いを馳せます。
春が嫌いと言っていたくせに、もしかしてこのために来たんじゃ? なんて。
けど、そんな憶測を巡らすなんて瞬く間。
うららかな陽気と360度どこを見ても爛漫な光景は、リリーをマタタビを嗅いだ猫にさせます。
今は目の前の春を大いに満喫しようではないか。
ビバ、春!!
「あーーもう、弾ウザッたいっ!! 八卦炉出すぞ!!?」
ピチューン
「脅しながらスペル出してどうすんのよ。」
「私は撃ったら動くんだよ。」
はしゃぎ過ぎには気をつけて、リリー!
今年の冬は春のように暖かかったから今更、だけれど。
本当に今年の冬は暖かく、雪も吹雪もなにもない平和な年でした。
そんなことだから、春本番直前のリリー・ホワイトはいつもよりも上機嫌。
南向きの木の幹の穴からひょこっと顔を出し、訪ね人を今か今かと鼻歌交じりに待ちわびていました。
春が来るのはもちろん嬉しいけど、こうやって待っているときもすごく楽しい。
リリーはそれをちゃんとわかっていました。
ある日目を覚ますと、信じられない光景が広がっていました。
あたり一面の銀世界。
風はゴウゴウと唸りをたて、冷たい空気がリリーのいる部屋の中を遠慮無しに入り込んできます。
もうすぐ来るはずだった春の気配も、吹雪で霞んで見えなくなってしまいました。
リリーはすっかり落ち込んでしまい、がっくりと腰をおろします。
何もかもいい調子でいたと思っていたのに、どうして?
どこからか聞こえてくる氷の妖精のはしゃぎ声ですら、無性に腹がたってきます。
そうやってべったりごろごろ拗ねていると、外で誰かが声をかけてきました。
「春の妖精さん、いるんでしょう? 出てきていらっしゃい。」
冬の妖怪、レティ・ホワイトロックは勝ち誇った顔でこちらを覗いてきます。
リリーは部屋の隅っこに逃げ込んでいないフリをしました。
相手は妖怪。何をされるかわかったものではありません。
「怯えてないで出てきなさいよ。大丈夫、妖精を食べる趣味はないから。」
リリーは恐る恐る声の主を覗いて見ます。
レティは少し笑っているようでした。でもリリーにはやっぱり恐く見えます。
どうして此処へ? とリリーは勇気を出して聞きました。
レティはこう答えます。
「あなたの顔が見たくてね。」
リリーはきょとんと首を傾げました。
レティはさらにこう言います。
「今年は冬らしい冬の日がほとんどなかったでしょ。
貴女もさぞかし浮かれていたんでしょうね。
だからそんなヤツらはどんな顔をしているんだろうって。
見事に落ち込んでいるようだから、やりがいがあるってものよね。」
妖精でなくても、妖怪の言っていることは大抵良く解らないものです。
リリーはなんとなく馬鹿にされているような雰囲気は感じつつも、
ただただ隅っこの方でガタガタ震えていることしかできませんでした。
暦の上ではもう春だというのに、春らしさはどこにも見当たりません。
リリーは訪ね人を待つのを止め、ずっと寝床でふて腐れていました。
そういえば今年は冬眠してなかったっけ・・・なんだかうとうと、眠くなってきちゃった。
しっかりフトンをかぶって、ぐっすり寝ることにしました。
吹雪はまるまる5日続きました。
リリーが目を覚ましたのは吹雪が止んでさらに2日経ったときのこと。
外の雪は既にまばらで、ピチャピチャとしずくが垂れる音がそこかしこで聞こえてきます。
んっ、と背伸びをして、南の方を眺めます。
外は雲が多目の晴れ、風はなく、大気はしんと静まり返っています。
まだ寒そうではあるけれど、何故だろう、何となくリリーは外に出てみたくなりました。
誰も居ない森、誰も居ない川、誰も居ない野原、誰も居ない空。
幕の下りた舞台に立っているのは自分だけ。
でもリリーはわかっています。
幕の裏側で出番を待っている沢山の役者が居ることを。
自分が少し早まって表に出てきてしまったのを。
そしてリリーは見つけます。
下りるべき役者がまだ居座っているのを。
「あら、お久しぶり。」
レティは木の根元に積もった僅かな雪の上に腰掛けていました。
いつかの意地悪そうにな目は、目の前の妖精のはるか彼方を見ていました。
観客のいない休憩時間の、妖怪と妖精のひとときのショー。
役柄は王様?農家の娘?道化師?それとも・・・・
「まぁ、最後にヒトハナ飾ったし、今年はコレくらいってとこかしら。」
言いたいことはなんとなく、けれど脈絡のなさは相変わらず。
リリーはこう聞きます。春は嫌いか?と。
レティはこう答えます。大嫌いだよ、と。
レティは聞き返します。冬は嫌いか?と。
リリーはこう答えます。寒いのは大嫌い、と。
ひゅっと風が吹いて、そしたらなんだか急に可笑しくなって、
2人はたまらずお腹を抱えて笑いました。
どうしてそんなに可笑しいの?
それは2人にもわかりません。
ただ馬鹿みたいに、春の妖精と冬の妖怪は笑い続けました。
太陽は暖かかったり雲に隠れたりで優柔不断でした。
「さて、そろそろ行こうかしら。」
レティはヨイショと立ち上がり、北へと向きをなおします。
「また来年。貴女は会いたくないでしょうけど。」
スっと飛ぼうとしたとき、リリーは逆光になっているレティの顔の前に立ちはだかりました。
そのとき自分は寝ているかもしれないけどね、って。
リリーは右よりの太陽がまぶしくてよく見えなかったけど、
レティは優しく微笑んだようにみえました。
「なら、私の子守唄を聴いてからでも遅くないんじゃない?」
妖怪も歌が歌えるのか。
「御望みなら、ね。」
レティの歌声はきっと、澄み渡った冬の空気のように透明なんだろう。
寒いのは嫌だけど、
でもそんな歌が聴けるのなら、冬も悪くはないよ。きっと。
春一番も無事到来し、すっかり春めいた幻想郷で、リリーは浮かれきっていました。
やっぱり春が一番いい。
弾を撒き散らしつつ、満開のサクラの上を颯爽と飛び回ります。
その下では迷惑そうにしている酔った人間が2人。
「相変わらずうっとうしいな。撃ち落してやろうか。」
「やめときなさいよ。・・・・それにしても、今年もサクラがいい具合ね。」
「ああ、寒いヤツが最後に暴れてくれたからな。」
「あら、知ってたの?」
「経験則だ。寒くない冬の年はサクラもイマイチだからな。
迷惑だったが、そこのところは賞賛に値するぜ。」
「雪割草も雪がないと割れないし、花見もどうせなら綺麗なサクラの下でやりたいし。」
「おう、今年も神社で盛大に花見祭りだな。」
「祭りって・・・後で掃除する身にもなって欲しいわ。全く・・・」
そんな話を聞いて、リリーはいつかの出来事に想いを馳せます。
春が嫌いと言っていたくせに、もしかしてこのために来たんじゃ? なんて。
けど、そんな憶測を巡らすなんて瞬く間。
うららかな陽気と360度どこを見ても爛漫な光景は、リリーをマタタビを嗅いだ猫にさせます。
今は目の前の春を大いに満喫しようではないか。
ビバ、春!!
「あーーもう、弾ウザッたいっ!! 八卦炉出すぞ!!?」
ピチューン
「脅しながらスペル出してどうすんのよ。」
「私は撃ったら動くんだよ。」
はしゃぎ過ぎには気をつけて、リリー!
私は、全ての季節が大好きです。
こういう雰囲気大好きですww