将棋
それは仁義なき盤上の戦。
時に激しく、時に静かに。
互いの知略と戦術を持ってして勝敗を競い、争う。
幻想郷において将棋は、人間にはそこそこ人気のある遊技の一つである。
人間の里には棋士並に指る人も何人かはいる。
しかし、将棋は基本的に妖怪には受けが悪い。
理由は定かではないのだが、主に
『妖精は途中で飽きて突撃し出す』
『幽霊は駒持てない』
『紅い館の人は麻雀かチェス』
『竹林?よく知らん』
とかいう理由が挙げられている。
どうにも将棋は妖怪向けではないらしい。
しかしある日、そんな暗い妖怪の将棋事情に変化があった。
すきま妖怪八雲紫と、竹林の薬剤師八意永琳が本気の指し合いを行ったのだ。
理由はと聞けば「なんとなく」と帰ってきたそうだ。
試合会場は竹林の奥、永遠亭。そこの客間で行われた。
観客は、兎二十に式二名。烏天狗に宇宙兎と姫が一。
その勝負、一言で言えばまさに苛烈。
互いが互いの手をことごとく読み合い、一手が決め手、一手が致命傷の攻防を繰り広げた。
竜虎相打つ。
その日号外として出された文々。新聞の見出しにはそう書かれていた。
惜しむらくは、新聞の記事を書いた射命丸文本人、その試合のすごさがほとんど分かっていなかったことである。
この試合内容をはっきりと理解していたのは、審判として参加していた八雲藍ただ一人だけであった。
『あの時の紫様の気迫、慧眼、まさに神の如く・・・・・・といったところか。対する永琳も恐ろしい。私も将棋はそこそこに指せる方だとは思っていたのだが、あんなものを見せられては・・・・・・な、尻込みもする。あの域に達するまで、私は後何年かかることか』
新聞のリポート欄にはそう書かれていた。
試合結果は、紫の勝ち。しかし、藍によれば「どちらが勝ってもおかしくはなかった」そうである。
かいつまんで見てみれば、とてつもなく緊迫した静かな試合風景が想像できそうである、しかし、実際には指し合っている本人達以外にはかなり刺激の強い時間だった。
最初は紫と永琳、互いに微笑と余裕を見せながら差し合っていた、そのころは観客達もおとなしく試合の運びを見守っていたのだが、中盤辺りから彼女ら二人の表情の中に怨念に似た何か、顔は笑っているのだが相手を追い込むような、いわゆる『やばいオーラ』が発生し始めた頃に、周囲の状況が変化し始めた。
まず、てゐを除く平兎十九匹が空気の変化に耐えられずに猛スピードで逃走。うち何匹かが廊下の角を曲がりきれずに壁に突き刺さって沈黙。
鈴仙は緊張のあまり瞬きも忘れ、真っ赤な目をさらに赤く染めて、ドライアイ寸前になり昏倒。
輝夜はおもむろに立ち上がり『そろそろ放置が終わってレベルがかなり上がった頃ね』と謎の言葉を残して奥の部屋に消えた。
てゐは待ってましたとばかりにそれに便乗して『むむっ!竹林で誰かが私の幸運を待ってるわ!』と言い放ち遁走。
文は一瞬動揺して手が震え、その拍子にペン軸を折ってしまい、悲しみにうちひしがれた。
藍は真剣に盤上を見つめ、周囲の惨状に気づかない。
橙は試合序盤で眠くなり、藍の膝枕で眠っていた。
と、そんな一幕があった。というのは伝えられずに、文々。新聞により大物二人の将棋勝負はそこそこに幻想郷の間に広まった。
それに影響されたのか、今妖怪で将棋が流行の兆しを見せ初めていた。
「しょーぎよ!しょーぎ!」
チルノが将棋盤を抱えて霊夢の前に立っている。
丁度霊夢は境内の掃除が終わり、縁側でお茶を飲んでいた所である。
チルノの持っている将棋盤は少々古そうではあるが、痛みも少なく、十分実用に耐える物だ。
「ええ、将棋ね。で?」
「勝負ー!」
「別にいいけど、なんで私?」
「しょーぎって、人間のゲームなんでしょ?近くに人間っていったら霊夢か魔理沙ぐらいしかいないし」
「で、私ね・・・・・・あれ、咲夜はどうなの?」
「メイドは駄目、あそこ入るの面倒だし、どーせ忙しいとかで相手してくれないし」
「そう、今日はもうすることないし、相手してあげる」
「ふふん、そうこなくっちゃ」
「ルールは知ってるの?」
「だいじょーぶ、大妖精とかルーミアとかとやったから」
「なら、大丈夫ね。平手でいい?」
「何?ひらてって」
「・・・・・・ルール、知ってんのよね?」
「あたいに抜かりはないって」
霊夢は補足しようかどうか悩んだ。平手も知らないようなチルノが将棋のルールを理解しているとは少し考えにくい。それでなくとも、相手はチルノである。脳天気であまり賢くないというのが一般見解として通っている妖精の中でも、おつむのあたたかい奴筆頭にあげられることしきりの馬鹿、チルノである。
「・・・・・・・・・・・・」
霊夢は悩んだ、悩もうとしたのだが、答えはすぐに口を次いで出た。その答えは
「いいわ、始めましょう」
放置。
霊夢はチルノ相手に説明する労力が、結果に見合わなそうだという考えに至ったのだ。
チルノならば、駒の動きを一つ教えれば一つ忘れることもやってのけそうだ。彼女はそう思った。
「ふふん、あたいの強さにびびらないことね」
「はいはい」
チルノが大口をたたくのはいつものことである。
霊夢もそんなに強い方ではないが、人並みには指せる。
おそらくチルノの強さは初心者をもう一つ下げたほどのものだろう。本当なら手合割りをして調整するところだが、チルノは平手も知らなかった。ということは手合割りも知らないだろう。ここで駒を抜けば
『駒抜くなんて、あたいをなめてるの?』
とか言ってきそうである。
そうなると説明が非常に面倒になってくる。ここは序盤でチルノの実力を見て、そこからどれぐらいに力を抜たらいい勝負をしているかのように見えるか考えて実行。そんな試合運びにすればいい。
とかく妖精は飽きっぽい。将棋のように一試合にそこそこの時間のかかるゲームは一、二回で飽きる。チルノが将棋に飽きる、そうすればゆっくりとお茶が飲める。
そんなことを霊夢は考えていた。
しかし恐ろしいことに、チルノは霊夢の予想の斜め上を行っていた。
予想に反して、チルノは駒の動かし方を知っていた。問題はその運用方法である。
「よーし、最強の駒、いけー!」
そう言って玉将をもの凄い勢いで進めてくる。
「前が開いた!突撃!」
飛車が、香車が、歩兵の群れに突っ込む。霊夢はもちろんすぐに取る。
そしていつしか、チルノの玉将は盤の真ん中を越え、霊夢のテリトリーに侵入した。
チルノ、なぜ散るの
そんなしょうもない言葉が霊夢の頭に浮かぶ。
突出なんてものではない。玉将突撃、気が付けば、霊夢は王手を下していた。
「うう、負けた・・・・・・」
「チルノ、あんた」
「なんで!玉将は最強なのに!」
チルノによると、妖精などの妖怪の間で行われる将棋は、駒ごとに強さが決められていて、その中で玉将は最強なのだという。
「歩兵なんて弱くて使えないしね」
「あんた・・・・・・根本的に将棋が分かってないでしょ」
「もういい!しょーぎやーめた」
「そう?じゃあ」
霊夢は空になった湯飲みを持つと立ち上がろうとした。
しかしチルノは逃がさない。
「よし、今度はあれをやろう!」
そう言うとチルノは駒をケースに入れ、それを将棋盤の上にひっくり返した。
すると盤の上に駒の山が出来上がる、所謂
「しょーぎづくし」
「将棋崩しね」
これは簡単なゲームだ。いくらチルノでもこれならば問題はないだろう。そう霊夢は考えた。
「先攻あたい!」
「ちょ、」
「すすいのすいー」
周囲に散らばった四、五個の駒がチルノによって集められる。
有無を言わさぬ速攻、チルノなりの報復だった。
「ずるいわね」
「先手必勝だって」
余裕の表情で駒を取るチルノ。もう七個目である。しかし、散らばった駒が無くなると一気に難しくなった。駒の山はなんとも珍妙なバランスで成り立っていて、どこを取っても崩れそうである。
「うー・・・ん」
チルノの手が泳ぐ。どこを取っていいか分からないのだろう。
だが、それは霊夢も同じだった。まだ自分の番さえ回ってきてはいない、チルノが失敗するにしても、大幅な山の崩れはそう起こりそうにない。むしろ、自分が崩してしまいそうな形。どこを取っても音が鳴る、崩れる。
「そーっと・・・・・・あっ」
カチャリ、と音が鳴る。チルノの山崩しは失敗した。
「私の番ね、・・・・・・とは言ったものの、どこも抜けないわね、これ」
「ふふん、あたいのために崩すんだー霊夢」
「そうはいかないわ、被害を最小限にして・・・・・・」
そう言った霊夢の作戦は成功した。被害は最小、山の形はほとんど変わらずに残った。
これで困ったチルノ、どう見ても今の山の状態は危険、息を吐きかけるだけでも崩壊しそうである。ここで崩してしまえば霊夢に大量に取られてしまう。それだけはなんとしても阻止。
チルノは先ほどの惜敗が相当悔しかった、絶対勝ちたい。また、丁度おやつ時という時間もあり、おなかが空いて短気になっていた。
(そう、ここで一発逆転のすんごい技を・・・・・・たくさん取って、霊夢に勝つんだから!だいたい、今日は霊夢をしょーぎで負かそうと思ってたのに、逆に負けちゃって、悔しいー!いつもは大妖精もリグルもルーミアもみすちーもあたいがこてんぱんにしてるのに!多分、しょーぎは人間が作ったものだから、人間が有利になる細工がしてあるに違いないわ。そうじゃなきゃ、あたいが負けることなんてあるはずもないし。あの天狗が「将棋強い人ってすごいんですよ」って言ってた、多分しょーぎが強くなれば自分の力も上がってくって訳ね、きっと。じゃあ、いままで霊夢以外に勝ってるあたいってかなり強いわけねー、ふふん、今度紅魔館で弾幕ってみよう。次の日にはあたいが紅魔館のリーダーね!・・・・・・それにしてもお腹空いた、別に食べなくても大丈夫だけど、最近みすちーが凝ってるきむち鍋っての食べてみたいわね「チルノはやめといた方がいいかも」なんて、あたいに好き嫌いなんてないって!そうだ、今晩はみすちーんとこでご飯にしよう。あれ、あたいなにしてたんだっけ。。。あ!そうそう、この山になってるしょーぎの駒を霊夢よりたくさん取るんだった、うわ、そんなの簡単じゃん!)
「チルノー?」
「あたいってば天才ね!」
考え込んでいた(霊夢にはそう見えた)チルノが目を見開き、手を開いて山に伸ばす。顔には勝利を確信した表情が浮かんでいる。
「取ったー!」
(・・・・・・やっぱり馬鹿なのね)
そう、チルノは駒を、取った。
取った。
指でつまんで。
「これであたいの勝ちは決定ね!」
山から少しはみ出た駒、その上に連なる六個タワー状になった駒、それを親指と人差し指で上下から挟み込み、持ち上げた。
長考の果てにゲームの内容を忘れ、ルールを完全に破壊したチルノはそれでも自分の勝利を疑わず、手にある駒タワーを自分側の縁まで持ってきて、自慢げに霊夢に見せた。
「どう?」
どう?と聞かれても霊夢は困る。持ち上げるときに駒がすれて音はした、それ以前に持ち上げるのも、指を二本以上使うのは反則だ。それを咎めようと霊夢が口を開こうとした時、
「はっ・・・・・・はっくし!」
チルノがくしゃみをした。
その拍子に指に力がこもり、それによってかかった上下からの圧力に負けて手元のタワーの真ん中の駒が飛び出した。飛び出した駒は前方にある不安定な山に直撃し、山を粉砕、チルノの手にあった駒も真ん中が抜けたせいでバランスを崩し、崩壊、盤上に散らばる。
こうして、将棋盤の上に重なっている駒が無い、という将棋崩しではありえないような状態が出来上がった。
「あああああ!」
「あら、これは取りやすいわね・・・・・・ひょいひょい、と」
呆然とするチルノの目の前で、次々と霊夢が駒を取っていく。ものの一分程度で、盤上は綺麗に片付いた。
「・・・・・・・・・・・・」
ショックで停止しているチルノの前に、お茶を飲みながらくつろいでいる霊夢がいる。
「あんたもお茶飲む?」
その声に反応したのか、チルノがゆっくりと口を開く。
「あたいったら・・・・・・天才、ね?」
「むしろ天災だったかもね」
「天才・・・そうね!あたいってばやっぱり天才!お茶ちょーだい!」
「・・・・・・めげないことは、いいことなんだろうけどね」
その後にわか将棋ブームは収束し、幻想郷はまた、特に何の事件もない普通の日々を刻みだした。
まあ、妖精のローカルルールってことだよね(違う
>互いに微少と余裕を
微笑ではないでしょうか
玉将は何に負けるのかー?
それはともかく面白かったです。個人的には人選が特にグッドでした。
>短期になって
短気ではないでしょうか
>しょ-ぎ
しょーぎではないでしょうか
輝夜様BOT放置はいけませんぜ
楽しく読ませていただきました。