今日も今日とて幻想卿は平和だった。
遠くで烏が鳴いている。鴉か鴎か鶏か雀かドードー鳥か。鳴き声だけでは判然としなかったし、特に気にもしなかった。朝から鳥が平和そうに鳴いている。それだけで、霊夢の矜持は満ちた。縁側に満ちる光はどこまでも穏やかで、ぽかぽかとした陽気を浴びているだけで眠気が添い寝をしてくれる。注いだお茶は温かく、美味く、この世に極楽というものがあるならばこれこそがそうなのだと確信するに足るものだった。
ようするに――幸せだったのだ。
平和で。
平凡な朝が。
「これ以上は望めないわね……」
ずずず、と両手を湯飲みに添え、軽く音を立ててすすった。薄緑色の液体がぬくもりと共に喉を嚥下していく。
縁側にざぶとんを敷き、その上に霊夢は座って外を眺めている。
百余念ほど前に閉ざされて以降、変化もなく、ゆるやかに流れる幻想郷の景色を見つめながら。
巫女としては平和が一番。何事もなく日々が過ぎ、茶と茶菓子が美味ければ、それだけで世界は幸福に満ちている。
たまにおかしな事件がおきるが――それはエッセンスというものだろう。
そんな日々を、霊夢は心の底から愛していた。
そして。
そんな日々を、あっさりとちゃぶ台返しにしてしまう存在がいることにも――心のどこかで、気づいていた。
そして。
ソレはその日、あっさりと、日常の皮をまとってやってきたのだった。
■ そして世界は間違える ■
遠くで鳴いている鳥の声。
その声をさえぎるようにして。
「お邪魔するぜ――――!」
霧雨 魔梨沙の、すさまじい大声が幻想郷の平和な朝を貫いた。叫びながら――叫び声がドップラー効果を起こすほどの速度で博霊神社へと箒で乗り込んだ。乗り込んだというにはいささかおとなしすぎる表現かもしれない。不時着と墜落を同じと扱うようなものだ。
正確にいおう。
箒で突撃してきたのだ。ブレイジングスターもかくやの勢いで魔梨沙は突っ込み、突っ込んだ勢いを少しも殺そうとせずに神社の中へと突入した。ICBMが正面から突っ込んできたかのような勢いに、隣においていた茶菓子が空のかなたへと吹き飛び、湯飲みの中のお茶は煮えたぎり、座布団が横転して霊夢ごところころと転がった。ふすまは破れ、壁は壊れ、甚大な影響を残して――ようやく、魔梨沙は箒から降りる。
ひどい有様だった。
部屋の中心で嵐が起きたとしてもこうまではならないだろう。部屋の中にあるもので、原型を保っているものは何ひとつとしてなかった。
その災禍の中心――逆さになったちゃぶ台――の上にすたりと降り立ち、魔梨沙は自信満々な笑みを浮かべていうのだった。
「俺、参上!」
だぜ、と申し分なく付け加えて魔梨沙は軽快に笑う。何もなくなってさっぱりしたと言いたげな笑みだった。
突然の来訪と突然の災害と突然に挨拶に困惑していた霊夢は、それでもどうにか体を起こし、衝撃でぼさぼさになった髪を直しながら、
「……殺しにきたの間違いじゃないの?」
部屋の現状を見て、ぼそりとつぶやくのだった。
「はっはっは、そんなことあるわけないんだぜ」
「そうね。どちらかといえば殺されにきたって感じかしら、私に」
「ころころする?」
「私はボンボン派よ」
はぁ、とため息。魔梨沙の奇行は今に始まったことではないが、今日のこれはひどかった。明日からどうやってくらせばいいというのか。そもそもバチアタリなんじゃないのかこの行為は。
頭の中で魔法の森全面的放火計画を練りつつ、霊夢はその場に転がっていた座布団を拾い上げ、
「それで――何の用よ。また何か異変でも起きたの?」
座布団についた埃をはたき、その場に座りなおす。魔梨沙が部屋の中央に着弾したせいで、中にあったものがすべて壁際へと吹き飛んでしまった。物がなくなってあっさりとしているせいで、前よりも座りやすくはあった。境内に飛び散ったさまざまなものについてはとりあえず考えないことにする。
「ああ、起きたぜ。それも、とびっきりの異変だ」
「何? 前回が閻魔サマだったから、今回は神様とか?」
「いや――」
言って――
魔梨沙は、くるりと箒を回した。
今まで乗っていた箒を手の中でまわし、その先端を座る霊夢へと向けた。それがまるで必殺の銃口であるかのように、突きつけられた箒は微塵もブレることがない。
指差しされるような不快感を覚えて、霊夢はわずかに眉根を寄せた。それでも魔梨沙は箒を下ろさない。
箒さの先を霊夢へと突きつけたまま――魔梨沙は、言う。
「今度の敵は――私だぜ、霊夢」
「――は?」
問い返した。
問い返さずにはいられなかった。
問い返さずにいることなんて、できるはずがなかった。
目を丸くし、あきれ果てるのを通り越して放心する霊夢の前で、魔梨沙は再び箒をくるくると回した。
ただし、銃のように、ではない。
魔法のステッキでもあつかうように、くるくるとまわして、右手でピースを作り額にあて、箒を持った左手を腰にあてて、軽くひざを曲げて片足立ちという――ネジが二本くらい折れたようなポーズを決めた。
ぴしっ、と世界の果てから効果音が聞こえる。
きめポーズをとって、魔梨沙は言う。
「あたし、霧雨 魔梨沙14歳中二。蟹座のO型。ちょっとおっちょこちょいで泣き虫なところもありますが、実は魔法使いをやってるんです! 今日はラスボスに挑戦しちゃうんだぜ!」
「似合わないブリブリはやめた方がいいわよ……むしろやめないと殴る。陰陽玉で」
マウントポジションをとってがんがんがんがんがんがんがんがんと陰陽玉で殴ってくる霊夢の姿を想像して、魔梨沙の額に汗が一筋流れる。
さすがにそれは嫌だったのか、
「じゃあ――あたし、霧雨 魔梨沙設定年齢14歳、蟹座のB型!」
「び、美形だわ!」
「黒と白の魔法使いである私に、かなうと思うか?」
「それは――それはよく考えたらたいしたことないわね」
はぁ、と霊夢は本日二度目のため息。
もーなんだよノリが悪いぜ霊夢ーとぼやく魔梨沙をチルノよりも冷たい瞳で見据えて、
「冗談は置いといて。敵も何も……あんたは四面ボスでしょ。永遠の前哨戦」
「酷!? 永遠かよ!」
「それが嫌なら無限でもいいわ」
「変わってないぜ! 第一、それを言うなら霊夢だってそうだろうが!」
「私は宿命的に真のボスだから。ほら、私って天才だし。エジソンだって言ってたでしょ? 九十九人の努力人を一人の天才が従えるって」
「エジソンはそんな外道なこと言ってない――!」
「天才の天才による万人への支配?」
「ただの外道じゃんそれ!」
本気で絶叫する魔梨沙に対し、気だるげなため息を送る霊夢。その時点で負けオーラが漂っているのだが、そのことに魔梨沙は気づいていない。
それどころか――
内側からあふれる自信に押されるように――
魔梨沙は大きく胸をはった。元からないので見た目ではわからないが、とにかく、胸をはった。
大威張りを全身で表し、人差し指で霊夢をさしながら「びしっ!」と唱え、
「まあ――そんなノンケなことを言っていられるのも今のうちだけだぜ」
「ノンケ? のんきじゃなくて?」
「シャラップ! ともかく――今の私は四面どころかエキストラだぜ。動いて動いて動いて動くぜ」
はっはっは、と笑う魔梨沙。
霊夢はやっぱりあきれたようなまなざしを送り、
「だから、魔理沙には無理だって――」
諭すような、その言葉を。
「ああ、確かに『魔理沙』には無理だろうな」
魔梨沙は、含みのある声で、斬って捨てた。
「…………」
その言葉に、ようやく。
ようやく――霊夢は気づく。目の前にいる魔梨沙の気配が、いつもの慣れた少女のものとどこが違うことに。
立ち振る舞い、姿は、何ひとつとして変わることはない。
だというのに――何かが違う。
何が違うかはわからないのに、違うということだけはわかってしまう。
絶対的な違和感。
究極的な違和感。
拭い去れない、違い。
――思えば。
さっきの登場シーンを思い返す。
違和感のかけらは、そこにあった。
――魔理沙は、『俺』なんて言わない。
霊夢が気づいたことに気づいたのだろう、魔梨沙は得たりと笑い、
「今の私は――」
自信と共に。
自負と共に。
「霧雨 魔梨沙! 幻想の郷の中で、幻想として葬られた――誤字の中で生まれた存在だぜ!」
己の名を、告げた。
「そして今! 誤字の海からよみがえった私が、霊夢、お前を倒す!」
「見ただけでわかるかそんなもん!」
思わず――突っ込んだ。
わかるはずもなかった。文字情報の違いなど、見ただけでわかるはずもない。それこそ新聞にでもかかれなければ気づかなかっただろう。
誤字。
誤字として葬り去られた人格。
それが今――反旗を翻して、襲ってきた。
なんて。
なんて――
「なんて……アホらしい」
「アホって言うな! こっちは真剣なんだぜ! その証拠に――」
魔梨沙は激昂し、ぱちんと指を打ち鳴らす。
とたん――
博霊神社の地面が大爆発を起こし、地中から、二つの光が空へと立ち上る。
地中に隠れていた何物かが、魔梨沙の合図と共に参上したのだ。
「私の神社が!」
「要出よ、誤字四天王! 誤字の闇から闇へと葬り去られた救われなき魂よ今ここに!」
思わず悲鳴をあげて立ち上がる霊夢を完全に無視して、魔梨沙は二つの光の柱へと語りかける。
その声に、答えるように――
噴出した土砂が地面に落ち、その上に、二つの影が降り立った。
影のひとつは、麗しき少女。
青い衣装に身を包んだ、どこかで見たような姿。魔梨沙と同じ金の髪。
人形と共に降り立ったその姿は、どこからどうみても――アリスにしか見えなかった。
アリス=マーガトロイドそっくりの誰かさんは、土砂の山の上でポーズを取り、
「参上――アリス=マーガロイド!」
「鳥取出身だぜ!」
補足を入れる魔梨沙。
まさか、トが抜けているから鳥取出身なんだろうか――そんなボケの解説が霊夢の頭に浮かぶが、ノリノリでポーズをとるアリス=マーガロイド(自称)の姿を見ていると突っ込む気すらうせてくる。ひょっとしたらあれは出番欲しさのマーガトロイドではないのか、なんて邪推までしたくなるが、彼女の名誉のためにそれだけはしないで置こうと心に決める。
というか、無視したかった。
できれば今すぐ家に帰って布団に入って寝たかった。
布団は魔梨沙に吹き飛ばされたが。
「そしてゲストはもう一人来てるんだぜ――幻想郷の愉快なニューヒロイン!」
魔梨沙は、アリスが降り立ったのと境内をはさんで反対側を指差す。いやいやながらも、霊夢もその指を視線で追った。
その先にいたモノを指差し、見上げて、魔梨沙はうれしそうに叫ぶ。
「その名もウドンネ!」
「WHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
名前を呼ばれたのがわかったのだろう。身の丈30メートルほどの、空に聳え立つ巨大な怪獣が雄たけびをあげた。ごつごつとしたうろこの生えた尻尾、額からは二本のツノとウサ耳が天高く伸びている。赤いリボンはおしゃれなのかもしれないが、どう見ても血に濡れているようにしか見えない。ウサギと牛が合体したのに恐竜分を足して巨大化させたような――めちゃくちゃなデザインの怪獣だった。
怪獣としか言いようがない生き物だった。
怪獣・ウドンネは、雄たけびと共に尾を振った。ぶん、と風を裂いて飛来した尻尾が、鳥居を根元のあたりから空のかなたへと吹き飛ばした。
怪獣――ウドンネ。
まさに、怪獣の名にふさわしい――
「って――ちょっと待った。何アレ。誤字? どこが?」
「だから、ウドンネ」
「ウドンネ?」
「ウドンゲイン+ケイネでウドンネ。新種の怪獣」
「…………」
味方にまで怪獣呼ばわりされた『ニューヒロイン』ウドンネは、照れたように笑った。
肉食獣が獲物を目の前にしたときの笑みだった。
右を見ればやたらと輝いているアリス(偽)。
左を見れば巨大怪獣ウドンネ。
正面にはラスボス志願の魔梨沙。
「…………」
そのすべてから視線をそらし、霊夢は空を見た。
空は、どこまでも、どこまでも青かった。
このまま空へと飛んでいって、二度と幻想郷に戻らなかったどんなに素敵だろう――そんなことを思ってしまう。
俗に現実逃避とも言う。
いつまでも逃げているわけにもいかないので、できるだけ怪獣を視界にいれないようにしながら、霊夢は魔梨沙へと問い掛ける。
「……で、四人目は? あんたを含めても三人しかいないけど」
「あ、ごめん三の間違いだわ」
「そこまで誤字なの!?」
「誤字なんだぜ!」
なぜか誇らしげに言って、魔梨沙は箒を構えなおした。呼応するように、アリスとウドンネもそれぞれの構えを取る。
――やる気だ。
それがわかった。相手がいかにお間抜け集団でも、弾幕遊びを持ちかけられた以上、受けてたつまでだ。
それに、何よりも。
これだけ住処を荒らした相手を――正直に言えば、ただで逃がすつもりなどなかった。
「あんたたち――生きて帰れるとは思ってないわよね?」
「今日から仲良く居候ってことだな!」
「そんなこと言ってるんじゃないわよ! むしろ帰れ!」
「帰るのは――お前を倒してからだぜ!」
そして――
「幻想の中でさえ幻想に葬り去られた私たちの意地と執念! 見せてやるぜ!」
――弾幕遊びが、始まった。
「ウドンネ、やっチまいなー!」
「GYAOOOOOOOOOOOOOOO!!」
雄たけびをあげてウドンネが踊りかかる。先ほど鳥居を吹き飛ばした尻尾が逆から戻り、進路上にいたアリス=マーガロイドを跳ね飛ばした。
悲鳴をあげる暇もなかった。
巨大な質量の塊を食らって、アリスは断末魔の悲鳴を上げる暇もなく、空のかなたへと飛んでいき――星となった。
合唱。
遠くへ消えたアリスを眺めて――ウドンネは首をかしげた。可愛いはずのしぐさは、とてつもなくキモかった。
「ああ、アリスがやられた! なんて外道なんだ霊夢!」
「私は何もやってないわよ!」
抗議をするが、そんなものが今の魔梨沙に通じるはずもない。
どころかますます士気を高めた魔梨沙は宙へと身を躍らせ、器用に箒の上に仁王立ちになり、
「問答無用! 食らえ、スペルカード・ブレイングスター!」
「何そのスペカ!?」
「誤字よ!」
「誤字か!」
「問答無用!」
霊夢の間合いぎりぎりまで接近すると同時に、魔梨沙は箒から飛び降りる。慣性の法則を殺せるのは魔力だけだ。飛び降りた魔梨沙は折れ曲がるようにして後ろに下がり、結果。
箒だけが突き進み――霊夢の腹へと、突き刺さった。
がきりと、硬い音がする。
それが骨の砕ける音だと確信し、魔梨沙は勝利の予感に微笑んだ。
「犯った!」
「字が違う!」
突っ込みながら、突き刺さったはずの箒を霊夢は片手で引き抜く。突き刺さったかのように見えたそれは――左手に持った陰陽玉で食い止められていた。
つまりは――無事。
そして、それだけでは終わらなかった。引き抜いた箒を、霊夢は思い切り振り上げて。
「ふんっ!」
気合、一閃。
箒を地面へとたたきつけ――霊夢の豪腕でたたきつけられた箒が、中ほどからぺきりと真っ二つに折れる。
問答無用とは、まさにこのことだ。
「あー! 私の箒ー!」
「ふ……これであんたの武器はなくなったわね」
涙目になりながら箒だったものを拾う魔梨沙を見下ろして、霊夢は不適に笑った。どうみても悪役の笑みにしか見えない。
始まった弾幕遊びは三十秒ほどで終わった。実に六十秒の半分しかない。
圧勝――いや、勝負にすらなっていなかった。
これこそが、博霊の巫女の実力だといいたげに、霊夢はやる気を失ったウドンネと力尽きた魔梨沙をにらみつけた。
「それで? 殺されるか殺られるか殺害されるか、好きなのを選びなさいな」
「どっちにしろ死ぬのな……」
「人間はいつか死ぬわよ」
「そんないい話っぽいのはしてないぜ!」
「私がいい人だからいいでしょ!」
「どこが!?」
当然のように驚愕し、魔梨沙はその驚きを力にして身を起こした。
まだやる気、と霊夢は視線で告げる。あからさまに魔梨沙はひるむ。
ひるむが、それでも。
最後の気力を振り絞ったかのように――空高くに、魔梨沙は叫ぶ。
「奥の手を使わせてもらうぜ霊夢! 最後の一人を呼ばせてもらうっ!」
「最後の――一人?」
魔梨沙の言葉に霊夢はいぶかしむ。魔梨沙。マーガロイド。ウドンネ。それで終わりのはずではなかったか。
だからこそ、それじゃあ三天王じゃないと突っ込みを入れたのだ。
ならば。
それは、それこそは、はじめから出すわけにはいかなかった――まさに切り札とも言うべき人物なのだろう。
どのような相手なのかはわからないが、尋常ならざる相手であることは確かだ。
ごくり、と霊夢はつばを飲み込む。こんなアホな弾幕遊びで、本気で遣り合える相手が出てくるとは思えないが――それでも、魔梨沙の自信に満ちた顔を見ていると、期待せずにはいられない。
魔梨沙は。
霊夢の後ろを――無言で指差した。
霊夢もまた、無言で振り返る。
そこに、いた。
確かに、いた。
「……え?」
いたにはいたが――予想外の人物だった。
思わず。
思うことなく、霊夢の口から、声が漏れる。
「……誰?」
そこにいたのは男性だった。某店主でも某庭師でもない、見たことのない男性だった。
ある意味では、どこかで見たことがあるともいえた。その男性は、手ぬぐいでほっかむりとつくり、ところどころに縫い直した跡のある和服を着ていた。肩には鋤をかついでいる。
どこからどう見ても、そこら辺の田んぼから拾ってきた農夫にしか見えなかった。
とてもではないが――弾幕遊びやスペルカードと縁があるようにしか見えなかった。
誰、という問いに。
魔梨沙は、やはりなぜかえらそうに――答えた。
・・・
「幻想卿」
「どんも、はずんまして、幻想卿です」
「……誰?」
もう一度、繰り返した。
幻想郷、と聞こえた。
幻想卿、という文字が頭にひらめいた。
ただし――脳が完全に凍結していて、まったく考えることができない。
えらそうな――本気でえらそうな口調で――魔梨沙はとうとうと語る。
「隔離されて百数年。ついに幻想郷自体が意思を持ち始めたのよ! 器物百年、っていうんだぜ?」
「それは――違うと――思うけど――」
「ともかく! 幻想郷の結晶たる幻想卿だぜ! その力は段違い!」
ふ、と鼻息も荒く魔梨沙は笑う。
霊夢はもう一度、幻想卿を見た。
農夫がそこにいる。
霊夢はさらにもう一度、幻想卿を見た。
農夫しかいない。
「えっと……何ができるの?」
「野菜ば作れます」
「……それだけ?」
「米や麦もでず」
「――そう」
それはそれですごいとは思う。
幻想郷にとって大切な、欠かすことのできない能力だと思う。
――段違いというより勘違いだ。
どっと、疲れが肩にのしかかってきた。今までで一番大きなダメージかもしれなかった。
押しかかる疲れを隠そうともせずに、霊夢は、疲れた声のままに、
「……ひとつだけ、いいこと教えてあげるわ」
「え?」
疑問符を放つ魔梨沙に対し、霊夢は語る。
その声は、どこか悲しげで。
その顔は、どこかむなしげで。
予定調和という運命を――悔いているかのようにも、見えた。
「古く捨てられた誤字が復活したのが貴方たち、と」
「そうよ。そして今――」
勝利宣言を言いかけた、魔梨沙の言葉をさえぎって。
「再生怪人が弱いってのは、古今東西共通するお約束なんだけど」
霊夢は――残酷な、心理を告げた。
「………………」
「………………」
「………………」
沈黙する幻想卿とウドンネと魔梨沙。なんともいえない無言空間があたりに満ちる。
そして三人は、唐突に、声をそろえて言うのだった。
『じゃ、そういうことで』
「なにが――そういうことでか!」
怒りと共に放たれたのはスペルカードですらなかった。全力で振りかぶって投げた三つの陰陽玉が、三人の急所を貫通する。わずかな間すらもおかずに、幻想卿とウドンネの体が灰になって消える。
だが――
仮にも主人公だからだろうか。魔梨沙は瀕死になりながらも、消えはしなかった。
それどころか、最後の力を振り絞って霊夢の足元へとすがりつく。
生きた証を、残すかのように。
「うう……だが霊夢、覚えておけ……この世に誤字がある限り、私たちはいつでもよみがえるということを……」
「あーいいからさっさと滅びなさいって。ホントに再生怪人みたいなこと言ってないで」
「あ、」
ぷち、と踏み潰されて。
今度こそ――魔梨沙はきえた。
消滅、した。
――そうして。
誤字から生まれた存在たちは――まるで推敲を受けるかのように、すべて消え去ったのだった。
(了)
なんで男言葉使ってんだよこんちくしょ~~~!
(注 封魔録本編では魔梨沙と表記されていましたがおまけテキスト等では魔理沙と表記されていたのでおそらく誤字だと思われます
最後に……この様なテーマの作品に対してのことなのでビビってしまっているのですが、
>箒さの先
これ多分、故意でない誤字のような気がするんですよ。どうでしょう?
どこかのスバラシクイカシタ幻想卿を幻視したのは私だけでしょうか?
なんてことしてくれるんですかw
博霊麗夢、昨夜さん、永淋なんかもいそうだ。
人物じゃないがブレインエイジアとかもありそうだ。
そしてウドンネはねーよw
そしてそのときに気づく。
おまえか幻想卿wwww
『もう永淋のことを映倫なんて書いたりしないよ!』
マーガロイドって言ってたよ、自信満々に!
はっず!!
おもしろかったw