Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

カービング

2007/03/15 07:22:58
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輝「久しぶりね、妹紅。ご機嫌いかがかしら?」

妹「今まで良かったけど、お前の顔見たら悪くなったよ」

輝「あらつれない。私はしばらく振りに水入らずで貴女と遊べそうで上機嫌なのに」

妹「水入らず…って、まさか慧音に何かしたんじゃないだろうな」

輝「ふふ、どうかしらね。どちらにしろ、私をどうにかしないと確認には行けないわ」

妹「く…」

輝「まぁそう焦らないの。今日は趣向を変えてこれで勝負よ」

妹「お…っと、何だよこの羽根の付いた篭手みたいなのは」

輝「外の世界のカードゲームらしいわ」

妹「何を生温い」

輝「闇のデュエルとか言うのだから、ダメージがしっかり肉体に伝わるそうよ」

妹「……まぁ何でもいいや。時間が惜しい、さっさと始めさせてもらう!」

輝「さぁ来なさい!」

妹「私のターン、ドロー!…取り敢えず貴様を墓地に送るッ!貴人『サンジェルマンの忠告』!」

輝「え、ちょ、まっ」






― 閑話休題(ここから先はある程度寛容な心を持ってお進みください)―












目が覚めたら耳が萎びていた、そんな日はねぇよ。



起床から五秒で寝ぼけ頭に突っ込みを入れる立ち上がりのいい脳に感謝。
よくある展開だと、ここらで絶叫を上げたら同居人がすわ何事かと部屋に飛び込んできて、肌蹴た寝巻き姿を見られて枕を投げるということになるだろう。
だが、大層な名前だけで空間を弄くり回したり、うっかり千年単位で引き篭もったり、月生まれというだけでサイン波をのこぎり波に変換してしまうような、理を尽くさずの連中に囲まれているとこの程度は異変のうちに入らない。
貧すれば鈍す。
そんな言葉が浮かんでは叩き落されて藻屑と化した。自分のライフスタイルに疑問を抱くのは厳禁。
さて、取り敢えず初手から錯乱するのは免れた。
再び見やった鏡に映る私の耳は面白いほどにへにょり。
原因を推定しようとすると真っ先に身内から疑うという悲劇が起こるので、ふっくら柔らかだった自分本来の耳に思いを馳せながら二度寝する事にする。
ぶっちゃけめんどかった。

「てーーーーーーーーーーーゐ!!」

しかし現実は非情である。永遠亭の長い廊下の彼方から、呼んでもないのにドップラー効果と共に近づいてくるのが一人。
のそのそと被った布団を退かして見るのとほぼ同時、スパーンと景気のいい音を立てて開いた襖の向こうには誰も居なかった。
スキール音。衝突。そして静寂。
そりゃあ、声が干渉するほどの速度で走ってたらそう簡単にゃ止まれないだろう。
寒いので布団から出たくなかったが、襖が全開のままだと余計寒いので、閉めるためにしぶしぶ這い出る。ついでに廊下を見てみたが何処にも誰かが激突した痕跡はなかった。
ということは…。
「てゐ!大丈夫!?」
ガラガラガラという明らかにアンマッチな音と共に、後方にある縁側の障子が両引きで開く。
おはよう鈴仙。大丈夫か確認したいのはこっちの方だ。主にあんたの頭とか。
「私は大丈夫だよ。だって全部音波弄って出した音だし」
何で朝っぱらからそんな手の込んだピンポンダッシュみたいなことするのさ。
「ああ!てゐの耳がこんなにへにょりに!」
無視かい。しかもわざとらしいよ。
せっかく私が身内犯行説を拒否して二度寝の体勢に入ってたのに、混ぜっ返さないで頂きたい。
「そんなお困りの貴女は、是非八意薬局に!って師匠が言ってた」
全然お困りでないので夢の世界に帰還したい所だが、立ち塞がる鈴仙はその行動を許さない。
左右に回避して布団に潜り込もうとしたが、ものすごい反応の良さで放たれた座薬弾に動きを封じられる。
「右手に六発、左手に六発。布団に戻りたければこの十二発の弾丸を乗り越えていく必要があるわ」
十二回避ければいいのか。
「私のリロードはレボリューションよ」
さいですか。
「困ってますね?困ってるよね!?うん困ってる!」
鈴仙はそう言いながら低い体勢で左右に揺れている。
取り敢えず一連の鈴仙の行動で、誰が犯人かが自信から確信にクラスチェンジしました。
私の脳内で審議拒否を繰り返していたヤトーさんが諦めてしまったので、この案件は自ら解決に動く方針で決議。
ああ…外部犯より身内の方が解決に難儀するから嫌だったのに…。
「それにしても、随分と萎れたねぇ」
確かにその通り。まるで寒いときのアレのようだ。
「てゐったらもう」
アレっていうのは、熱帯の植物とか豆腐とかのことである。違うモノ想像をした人はボッシュートされてしまえ。
まぁそんなのは目の前で顔を赤らめているエロ兎だけだろうと思っていたら、縁側を歩いていた兎が残念そうな音楽と共に縁の下に飛び降り、そのまま音もなく消えた。
あんたもそっち系の想像をしてたのか。というか縁台ってそんなに高くなかったような…。
「まぁ取り敢えず師匠のところへ行こうよ」
…鈴仙のせいということにしとこう。これ以上余計なこと考えてたら話が先に進まないし。





永遠亭は日本古来の邸宅故か、平屋建てで恐ろしく横に広い。
そして、私達が今向かっている師匠こと八意永琳の部屋は、正門から程近い場所にある。
以前は安全性やら防衛上の問題といった諸々を考えて、もっと館の中心に近いところにあったのだが、永夜事変の後にもう隠れて暮らす必要がないと分かり、薬局を開く為に部屋の配置を変えたのだ。
確かに永遠亭に来るまでの竹林でも迷うのに、館内で更に迷われても面倒だし。
部屋の配置換えは師匠が一人でやったのだが、全員が寝静まっている最中に空間操作系の術を使って行ったらしく、兎全員の寝た部屋と起きた部屋が違うという事件が起きた。
ちなみに元々師匠が使っていた部屋に割り当てられた子は、二日後に真新しい薬局のベッドの上に移住。
部屋はバイオハザード指定のシールがされていた。
師匠は配置換えについて「気分転換になっていいんじゃないかしら」とのコメントを残したが、そんなロシアンルーレットみたいな気分転換は要らない。
そう言えば今通り過ぎた姫様の部屋だけが固定だった。

おや、そういえば姫様の部屋から気配がしない。いつも起きるのが一番遅くて、師匠のおたまとフライパンによる目覚まし攻撃を食らっているのに。
それが音波攻撃なら牧歌的風景と言えなくもないのだが、物理打撃なので限りなくDVである。
ドンマイ・バチカンの略ではない。
だめ!私のフジヤマがヴォルケイノしちゃう!の略とかなら誰かがOKしてくれるかもしれない。
それはともかく、そんな姫様がこんな朝も早くから何処行ったんだろう。鈴仙は何か知ってるのかな。
「んー、何か久しぶりに誰にも邪魔されず妹紅とやりあえるとか言って、嬉しそうに出かけてったけど」
ああ、成る程。
昨日の夕御飯の時に、姫が「いつもあのハクタクが妹紅との逢瀬を邪魔するから、さっき美味しく頂いてきた」とか言ってたっけ。
どう美味しく頂いたのかは聞かなかったが、婉曲的な意味でヤったにしても、直接的な意味でイったにしても、詳しく表現するのは不適切なので割愛させて頂きます。
どちらにしろ、今頃は妹紅のフジヤマがヴォルケイノしてねんがんのアツい時間を過ごしてる事だろう。
摂氏千二百度くらいで骨も残るまい。
まぁ、蓬莱人の彼女らなら自分の体で物体の昇華現象を体験しても何ら問題ないだろう。
そのまま半端に冷やされて液体にでもなったら、永遠に健康体になれる蓬莱の汁の完成である。副作用の方が多そうで絶対に飲みたくない。

師匠に言ったら実践しちゃいそうだなぁ…とか考えてたらようやく廊下から開けた場所、玄関に出た。
そこのすぐ脇に薬局の入り口がある。本日のラスボス部屋だ。
「さぁ、着いたわてゐ。覚悟はいい?」
うん。身内の部屋に入るのに覚悟を要求される時点で色々間違ってる。
いっその事「私たちの戦いはこれからだ!」とか言って投げっ放して欲しいがそうも行かないらしい。
「それじゃ行くわよ。師匠、てゐを連れて参りました」
鈴仙が軽くドアをノックしてお伺いを立てる。
「入りなさい」
「失礼します」
ドアノブを握ってまわし、そのまま横にスライド。引き戸にノブをつける師匠のセンスがわからない。
「お早う、鈴仙、てゐ」
「お早うご御座います、師匠」
おはようございます、師匠。
薬棚に囲まれた部屋の中央で、片手を簡素な作業机に乗せ、もう一方で持ったカルテ(のようなもの)からこちらに目線を移し、薄く微笑む女性が一人。
同姓から見ても麗しいと思える容姿と、窓から僅かに射している朝日が相まって実に絵になると言いたい。が。
原色二色が交互に飾られた衣装のせいで、真っ先にそっちに目が行ってしまい台無しである。
本人なりに何かの拘りがあるのか、日によって配列が逆になってたり、上下二分割だったりキカイダー状態だったりするので慣れたと思っても回避不能なのが恐ろしい。
次はセンターに黄色が入って信号機か、それとも白が入ってトリコロールにでもなるのだろうか。
一度だけ色が混ざって紫になっていたが、どこかのスキマを彷彿とさせる胡散臭さを放出していた。
いやいや、未だに全力が計り知れなかったり、姫を立てるとか言っといて当人より出番あったり、幻想郷縁起でも謎が多いとか一般常識が無いとか裏がありそうとか書かれてるし、幻想郷胡散臭さランキングで暫定トップな気がする。
現に私もこうやって被害を…っておおう、いつの間にか思考が逸れてた。
あの服の配色には催眠効果でもあるんだろうか。


そうか!だからアポロ13でやたら被弾するんだな!
いや関係ねぇ!


「おーい、てゐー?」
ああはいはい、ただ今戻りました。何処からかは聞かないで。
「うん、おかえり?」
まぁ、師匠が私の耳へにょりに関与してるのは十中八九で間違いないが、関係ない可能性もまだ否定できない…はずだ。
「てゐ。その見事にへにょった耳を診てあげるからこっちにいらっしゃい」
はーい。
師匠の診察が始まった。私をそばに呼び寄せると、先ず鈴仙の耳と見比べてから触診を開始。
さすがにこれだけ萎びてると触られる感覚が違うのか、師匠が耳に触れるたびにむずかゆくて敵わない。
と言うか、わざと皮膚の薄い敏感な場所を触ってませんか。
「だって、そうしないとウドンゲの耳触ったときの反応と比べられないじゃないの」
普段なにやってんだあんたらは。そこのエロ兎も恥ずかしそうに顔赤らめるな。別に疚しい事をされてるわけじゃないのに私まで恥ずかしくなってきた。

「ふぅ…む」
たっぷり三分ほど弄り倒され、最後に耳の付け根を確認したところでようやく解放された。
これで原因がわかりませんでしたとか抜かしたら密着状態で二兎追してやる。
「てゐ、貴女に月兎化の兆候が見られるわ」
はい?
「そのままの意味よ。原因としては
 1.健康で長寿なてゐは妖怪としての格が上がる。
 2.月兎であるウドンゲの傍に長く居て影響を受けた。
 3.私が無作為に食事に混ぜた薬物の影響。現実は非情である。
 の三つのどれがいいかしら?」
一番か二番ならどっちでもいいです。え?三番?これ二択でしょ?うんどう考えても二択だ。是非二択って事にしてください。
「はい不正解ーっ。残念ながらスーパーウドンゲ君人形はボッシューーーーッ!」
やけにテンションの高い師匠の掛け声と共に、さっきの兎が飛び降りた時と同じ残念そうなBGMが流れ、私の真横に居た鈴仙が突如床に開いた丸穴に飲まれて消えた。というか家の構造上すぐ下は地面のはずなのに着地音すらしないのはなぜ。
あまりの唐突さに呆然としている私の横で、穴はやけに機械的な音を立てて閉じた。
「さて、何か質問はあるかしら」
事も無げに話を振る師匠。質問というか突っ込みどころが山ほどあるのだが、先ずはこれだろう。何で月兎化なんですか。
「この薬自体は、検査と称してウドンゲで色々遊んでいた結果に過ぎないのだけど。まずこの導入剤を飲むと、半日ほどで月兎の身体的特徴…つまりそのへにょ耳ね。それが出るようになる」
そう言いながら師匠は手近にあったアンプルを取って見せる。無色透明で、食事に混ぜても気づかないって事はきっと無臭なんだろう。迷惑極まりない。
「そして、促進剤を摂取する事によって、もう半日も待てば完全な月兎になるわ。そっちはまだ飲ませてないけどね」
ふむ…。完全な、ってわざわざ付けるって事は、能力的にも月兎と同等になると?
「ええ、もちろんよ。その瞳に満月そのものと言えるほどの魔力を宿す事になるわ」
それはいい。何しろ幻想郷縁起に相当昔から生きてるのが書かれたせいで、その事を知らなかった雑魚兎とか里の人間から『年増幼女なのか』とか『長生きしても中ボスクラス』とか言う視線を感じるようになった気がする。
だがしかし、私がこれまで培ってきた駆け引きの技術に月兎の狂眼が加われば、私の力は確実に鈴仙を超える!
これで永遠亭の兎のリーダーの座は私が完璧に掌握する。次回作で出番があれば私がボスで鈴仙が中ボスだ。
叶わないと思っていた未来に三段跳びで近づいているのを感じる。はっきり言って迷惑でしかなかった師匠の実験がこんなところで私の役に立とうとは!
「で、今回のてゐみたいに月兎になった子は」
むしろ、永遠亭という括りに拘らずとも、独立した勢力として私がラスボスで出演る。
「ウドンゲの代わりに月に送られて」
ふははは、言葉を慎みたまえ。君は未来の兎王の前にいるのだよ。
「月の民と地上人との戦争に参加してもらう事になるわ」
って、え?



ホップ、ステップ、足払い。前のめりで突っ込んだ明るい未来予想図はバラバラになった。ここにはゆめもきぼうもない。



「別にてゐを月兎にしようと思ってやったわけじゃないわ。最初に言ったじゃないの、無作為に食事に混ぜた。って」
じゃぁ何だってこんな事するんですか!
「月の民がウドンゲを還せって煩いからよ」
いや、月の使者は結界に阻まれてここまで来れないからもう安心なんじゃ。
「ああ、よくよく考えてみたら、月人って私とか姫みたいな人ばっかだから、常識を切り分ける結界なんて通用するはずないじゃない」
うわー…今聞くとすげぇ説得力だァー…。って言うかそんな事してもあっさりバレそうな気が。
「大丈夫よ、へにょ耳で、ブレザーで、赤眼なら月の民はウドンゲにしか見えてないみたいだから」
言外に鈴仙のキャラクターはその三点しかないって言ってませんか。
「あら、そんな事ないわよ。私が他の兎を犠牲にしても手放したくない魅力があの娘にはある」
それは…?
「ふともも」
言い切った!?私らの価値は鈴仙の体の一部以下かッ!
「貴女のふとももも健康的で捨てがたいのだけど、背に腹はかえられないの」
前半は師匠なりの褒め言葉なんだろうけど、今それを言われても背中に寒気がするのみである。この脚フェチめ。
どちらにしても私、超ピンチ。師匠が目的のために手段を選ばないタイプなのは、永夜事変とかの例からしても明らかだ。更に、姫の事とか鈴仙の事とか、月絡みのことになると見境がなくなる傾向がある。
今回の事もちょっとした投薬実験なら口八丁手八丁で何とか出来ると踏んでいたが、この展開は予想外。勇気を持って虎穴に飛び込んだら、虎子も自分の手に負えないほど強かったような気分だ。
だが、さすがに無事帰って来れるかも分からない月に行く気はないので何とかしない訳には行かない。とりあえず、先ずはこの場から逃げ出す方法を考えないと。
とは言っても、師匠と正対しているこの状態じゃぁ、彼我の能力差を考えても普通に逃げるチャンスはない。
さて…。

師匠、鈴仙の代わりに月に行く事に、異存はないですだから、これで最期になってもいいように私に何かして頂けませんか。
「そうねぇ…貴女はこれまで永遠亭に欠かせない存在で居てくれたわけだし、いいわよ」

よし、乗ってくれた。もちろん今言ったことはブラフだし、師匠もその程度見抜いているだろう。
だが師匠が私の話に乗った以上、『何か』をするために私から視線を外す可能性が高い。少々乱暴だが、その一瞬を突いてフラスターエスケープをぶっ放し、師匠の後ろにある窓から逃げる。
私個人を狙って鈴仙の代わりにするつもりがないなら師匠は新しい身代わりを立てるはずだし、それまで逃げ仰せば私の安全は保証される。まぁ、代わりにされた兎は永遠に私の胸の中で生き続ける権利を獲得するかもしれないってことで。
「そうねぇ…どうしようかしら」
スカートのポケットの中のスペルカードの並びは既に把握済みで、師匠に少しでも動きがあればすぐに発動できる。
師匠は両手を組んで考えるポーズをしているが、まだ私を視界内に捉えている。動く気配はまだない。集中と緊張で時間が間延びした様な感覚に陥る。
手と背中に汗が滴るが、表情には絶対に出せない。
まだか…。まだか…。まだか…ッ。

「そうね、こうしましょうか」
師匠の視線が下を向く。完全に、私は視界から外れている角度!
今だッ!脱兎…ッ!?




師匠が跳んだ。
そして誰も居なくなった。




えー…と。何を言ってるのか良く分からないと思うが、私にも分からない。
座ったままの体勢から空中に舞った師匠は、空中で後ろ向きに一回転。綺麗な放物線を描いて開けっ放しの窓から柔らかい朝日の中に溶けて消えた。
師匠は何がしたかったんだ…。
沈黙が落ちる。というか、今薬局の中にいるのは、発動しかけの符を握ったまま呆と突っ立っている私だけである。
どうやら本日のラスボスは、勝手に自爆したらしい。
たっぷり三十秒ほど硬直していたが、窓の外から師匠が戻ってくる気配すらない。さっきの鈴仙といい、何処に消えたのか気にはなるが、今はそれより逃げよう。
踵を返してさっき入ってきた扉に向かう。そして、なるべく誰にも会わずに逃げ出せるルートを思い描く。
玄関から出るのが一番早いのだが、師匠が飛び出した窓は玄関側なのでリスクが高い。
裏口へ向かうにはどうやっても食堂の側を通らないとならないから、確実に目撃される。
館の外周に面した部屋から脱走するしかないが、兎達の部屋がほとんどで空き部屋はほとんどない。
うーん、意外と八方塞かも。しかも出入り口を開けたら師匠が居て出れないし。



えー…。世の中お約束というものがありまして。
出撃前の告白は死亡フラグとか。仲間のピンチに遅れてきた主人公が順調なのは最初のうちだけとか。頼んでもないのに復活して帰り道で待ってるラスボスとか。
今まさにその状況を体験してって何ィーーーーッ!?

思わずバックステップして距離を開ける。
「あら?待ち切れなくて逃げようとしてたのかしら」
その通りです。というか戻ってきて欲しくなかったですが。
余裕たっぷりの笑みを浮かべる師匠の手には、大体私くらいの背丈に採寸された鈴仙とお揃いのブレザー掛けたハンガーが。わざわざそれ取りに行くためだけにあんな奇行に出たのか。
「ええ、最期になるって言うから、これを着せて愛でてあげようかと思って」
んなデスソースで末期の水を差すような真似は要らない。鈴仙になら幾らでも好きにやっていいですけど。
「ふふふ、こんな事も有ろうかと、永遠亭の兎全員分のブレザーを用意しておいて良かったわ」
マジで何やってんすかアンタは。

とにかく、もう逃げるとしたら強行突破以外ない。隠す意味も無くなったのでポケットからさっき発動し損ねた『脱兎』の符を取り出す。
幸い師匠との立ち位置が入れ替わったせいで、私の後ろ、作業机の向こうに窓がある。さっきほど慎重にならずとも、符を発動してかく乱すれば逃げられるかもしれない。
「あらあら、いきなりスペルカードを出すなんて穏やかじゃないわねぇ。でも、そんな簡単には逃げられない」
そう言い放ち、師匠が指を弾いた。
パチンという軽い音がすると同時に、足首に違和感が生まれる。
っツ!?
思わず足元を確認する。師匠はスペルの宣言もしていないし、何らかの術を使った気配もないのに、床から生えた手が私の足を掴んでいる。
蹴って振り払おうとするが、鉛の枷でも嵌められたようにビクともしない。
「貴方よりも先に月兎になった子達も、仲間が欲しいって言ってるみたいねぇ」
師匠が縁起でもない事を口走る。でも、足を塞がれてもまだ符を持った手は動く。床から出てる手ごと吹っ飛ばしてしまえば問題ない!
右手に持った符を掲げようとするが、今度は長い薄紫色の髪が手首に絡みついてきた。こちらも振り払おうとしてもまったく腕が動かせない程の力で私を拘束する。
まさに万事休す。



ってこの髪色って…。



肩越しに後ろを振り向くと、へにょみみが生えた生首と目が合った。

…。
なんとなく気まずい空気が流れる。白けトンボが飛んでるんじゃないかって気さえした。

「う、ウドンゲ、インしたおぶぁ」

座った。どーしょーもない台詞でごまかそうとした鈴仙の顔面に容赦なく座った。内心びびりまくりだった私の乙女心を返せ。
「もう、もっと上手くやりなさいなウドンゲ」
「ふゅみまへん、ひひょう」
文字通り私の尻に敷かれているせいで、何を言ってるかイマイチ分かりづらくなっている鈴仙だが、手足へのホールドは解けるどころか弱まってもない。
危機的状況なのは一緒なのだが、見事なまでに霧散した緊張感と一緒に逃げる気も萎えて来た。
「さて、随分と梃子摺らせてくれたわね」
どっちかって言えば師匠が勝手にどたばたしただけで、私は何もしてないに等しいですが。
せめてもの抵抗として師匠を睨み付けるが、まったく意に介さず、嗜虐的な笑みを浮かべながら近寄ってくる。
右手にぶっとい注射器を、左手にはブレザーが掛かったハンガーを。そして顔はサドっ気全開というか限りないアンバランスさが私を追い詰める。
「大丈夫よてゐ。貴女がこの世から巣立って行っても、私の心の中で永遠に生き続けるわ」
私も同じようなこと考えた気がするけど理不尽だもがー!?

抗議の声を上げようとした瞬間に、薬品が入ってるらしい注射器を口に突っ込まれた。
とにかく恨み言のひとつでも言ってやらないと気が済まないが、注射器が太すぎてモガモガとしか声が出ない。
「あら、てゐにはちょっと太すぎたかしらね。でもちゃんと咥えなさい」
ちゃんとも何も、手足が塞がれてる上に頭を押えられてるから振り払いようがないって。シルエットだけ見たら色々と勘違いする人続出かもしれない。
「ふふ、歯を立てちゃ駄目よ。それからちゃんと全部飲み干すようにね」
だからってわざわざそういう言い方をするんげふゥ!?
何この薬!?苦ッ!不味ッ!後味も悪ッ!?
「私の薬は苦いから、良薬なのよ?」

いや、そのりくつはおかしい。

薬の作用かあまりの味の悪さか知らないけど、何か意識が遠くなってきた…。
ああ…大穴牟遅様…黄泉が見えるよ…。












ドォーーーーン(スペル発動音)
魔古忌流『煉破反衝壁』
ま…まただ…また私の弾幕を全て吸収している…!




いや、その黄泉じゃなくて。















「うう…、みつめて、ユアドリー…むってそれも違う!」
ガバ。

…あれ?

夢?

頭の中で始まった『よみ』古今東西を振り払って目覚めた私の目に、竹林が飛び込んできた。
下を見れば廊下。上を見れば庇屋根。後ろを見れば和室。部屋の隅に賽銭箱が転がっていて、その上にはピンク色の服が畳んで置いてある。
要するに、ここは自分の部屋の縁側。
竹林から差し込む陽の感じから、もう正午も近い時刻だろう。何でこんな時間までこんな場所で寝てたかは思い出せないが、さっきの夢の内容からして胡蝶夢丸ナイトメアでも飲まされたのかもしれない。
なんとなく半身を起こしてぼーっとする。それにしても酷い内容の夢だった。あとで師匠に文句の一つでも…。

「てーーーーーーーーーーーゐ」

既視感。自分の部屋の襖を凝視する。
ただ同居人の声が廊下から聞こえてきただけなのに、何が悲しくてこんな緊張しないとならないのかという思考と裏腹に、体は動こうとしない。

そんな私の心配を余所に、敷居を滑る僅かな音だけで襖は開き、普通に鈴仙がその向こうから姿を見せた。
「どうしたの?何か妙にな表情してるけど」
「なんでもない」
さすがにさっきの夢の内容を話したら、頭がおかしくなったんじゃないかと思われる気がする。
「…?まぁいいや、さっき、師匠からこれをてゐに渡せって言われて持ってきたんだけど…」
そう言って鈴仙が差し出した右手には、夢の中で見たのと同じブレザーが、同じ様にハンガーに掛けられて持たれていた。


わたしはかんがえるのをやめた。



















- 顛末 -

鈴「ししょーーーーーーーーーーーゥ!てゐが!てゐがー!?」

永「ふふ…まだよウドンゲ、私のおしおきは百八式まであるわ」

鈴「多いな!?ってかそんなにやったらてゐが死んじゃいますよ!」

桃「止めても無駄っスよ。てゐは幻想郷一の悪戯キャラになるために、師匠のコラーゲンたっぷりの薬に混ぜ物をしたんスから」

鈴「そんな…。って今の誰ーッ!?」






『てゐ』と二文字並べて眺めてみて、兎の形に見えてきた人は狂視を患っている疑いがあります。
今すぐお近くの竹林で迷うか、どんぶり一杯のうどん粉を水に溶かずに掻き込んでください。

騙された気分になれます。もちろんてゐ的な意味で。

Q:上記の事を本気にして被害を受けた方が居たとしたら?
A:当方でも、東方でも一切責任は負いかねます。ってけーねが言ってた。
Q:お前はそうやって何でも人のせいにしてェーーーーッ!!
A:落ち着いてけーね!けーね落ち着いて!


収拾不能。

3/20 一部修正。 ご指摘ありがとうございます。
コメント



1.名無し妖怪削除
とても面白かったです。てゐがまともで他が壊れてる話って珍しいと思ったのですが、夢オチでしたか。どおりでw
>師匠
てゐは鈴仙と違い、永琳の弟子ではないはずです。
>混ぜっ返さないで頂きたい
ここ句点が抜けてます。
2.名無し妖怪削除
ガウン吹いた。ファンタジアも吹いた。
3.名無し妖怪削除
東方三月精でてゐが登場した際、おそらく永琳と思しき人物からの伝言を鈴仙に伝える際に、
永琳を「師匠」と呼んでいる描写があるので呼称は問題ないかと。
それはともかくジャンプネタ盛り沢山吹きましたww
4.名無し妖怪削除
てゐちゃん受難!!w
話の作り方がウマイですね!
笑える部分がいっぱいありました!
5.名無し妖怪削除
リロードはレボリューションとかドンマイ・バチカンとか…
もう、ネタ大杉www 腹痛いwwww