秘封倶楽部の部室は狭い。
狭いったら狭い。非常に狭い。
猫の額とはまさにこの事である、と。
それは私、マエリベリー・ハーンと宇佐見蓮子の共通認識。
一応は大学公認のサークルであるからして部屋が割り当てられてこそいるものの、弱小サークルである秘封倶楽部にまともな部室が割り当てられるはずなどないのだ。
しかしながら、実に多機能だ。
冬である今、炬燵がある。電気ポットもあればテレビもあり、ペアのマグカップなんてものまで置いてある。
本棚には結界関連の書籍や多種多様な雑誌、漫画が置かれる。
しかも狭い故にそのほとんどが炬燵から手の届く範囲にある。
冬場にここで活動の振りしてダベるには申し分ない環境だった。
しかし、蓮子は言う。
「何かが足りない。この部屋には何かが足りないの」
と。
さっきから何度もそう言う。正直五月蠅い。
多分私に問いかけて欲しいのだ。けれどしなかった。
「足りない。たーりーなーい」
しかし、ついに耐えかねて私は問うた。
「何が足りないの蓮子」
と。
そして蓮子は言う。
「秘封倶楽部には弟が足りないの」
この女、意味わかんねえ。
弟が足りない? 知った事か。
両親にあれやこれやをヤって弟つくってとでもおねだりしてきなさい。
上目遣いで。
そう思ったけれど、私は淑やかに返す。
「で、弟が足りないならどうするのかしら」
「弟を作るしかないわ。私とメリーで」
どうやって。
産むの?
「そう、主に錬金術とかそういうので」
国家錬金術師にでもなる気なのだろうか蓮子は。
「蓮子。錬金術の研究サークルならうちの大学にはあるわよ」
「そうなの?」
「ええ」
我が秘封倶楽部に勝るとも劣らない弱小サークルだけどね。
「まぁ、錬金術はン・モゥ族に任せておくとして。メリー。今から街に出て弟を探してこようと思うのだけど」
「行ってらっしゃい。私は止めないわ。もし蓮子が捕まって私がインタビューされたら『私も彼女にセクハラをされた事があります。彼女ならいつかやると思っていました』と答えるから安心して」
「どうせならもっと! 抉り込んで深く!」
「意味わかんないからそれも……」
畜生炬燵あるのに隙間から風が入り込んで寒いなあ。
主に私の心が寒いなあ。
「冷静に考えれば、捕まるのは嫌ね。他の方法を考えましょう」
「冷静に考えれば、弟が秘封倶楽部には必要ないという結論になるべきだと思うの」
っていうかよくよく考えれば秘封倶楽部に弟ってどういう事だろう。
蓮子に弟とか私に弟とかではないのか。
「そうか、分かったわ。いい方法があった。凄いわよこれは。メリー、驚かないでね?」
「はいはい、驚かないから言ってみなさい」
「メリーが弟になればいいのよ」
血縁とか戸籍とかそんなチャチなものじゃあ、断じて無い。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったわ……。
一体何をどうすればそんな異次元レベルの発想に至ると言うのか。
そも、女の私にどうしろと言うのか。驚くとかそんなレベルじゃないわよこれ。
「女の子っぽい弟。盛大に萌えるとは思わない?」
「胸とかそういうの考慮して、蓮子が弟の方がいいと思う」
この貧乳めが。いや、実のところちっさくないけど私に比べれば小さい。
あと私は『ぽい』ではなく正真正銘の女の子だ。
「メリー。弟は、胸の大きさがどうとかそんな事で決まらないわ」
そりゃ主に性別と年齢差で決まるものだし。
「主にポケットティッシュに含まれる成分、『ビタミンotouto』によって決まるの」
「なにそれ蓮子病院行こうか何なら救急車呼ぶ?」
「メリー、救急車は弟を連れてきてはくれないわ」
当たり前じゃい。呼ぶのはあんたを病院に運ぶためだ。
というかもうホントにポケットティッシュ好きね蓮子。
「ポケットティッシュは世界すら救うというのに何故秘封倶楽部には弟がいないのか!」
前後が繋がってない。
そしてポケットティッシュは世界を救わない。
「とりあえずメリー、あなたはこのコーンスープにポケットティッシュを溶かして飲むと私に喜ばれる」
「いや頑張れば飲めなくもないんだろうけど絶対に嫌よそんなの……」
言いながらコーンスープの粉末をカップに投入し、電気ポットに手をかけた蓮子の頭をはたく。
私は山羊じゃない。
「でも! ポケットティッシュに含まれる『カロチンotouto』を摂取しなければメリーは弟になれないのよ!?」
『ビタミンotouto』はどこに行ったの。
というかそもそも弟になりたくないしなれない。
秘封倶楽部にも弟はいらないと思うし。
私はあなたのように超越者の視点に立てない!
「ねぇ蓮子……悪ふざけはそこら辺にして、次の活動の事を話しましょうよ」
「炬燵の結界探す」
「いやだから」
「ガスストーブと石油ストーブの境界を……」
「おい」
「湯たんぽとたんぽぽの境界……」
字は似てはいるけどさ。
もう何をしていたのかすらわからなくなりそうだわ私。
「メリーメリー。弟になってよー」
「無理だってば。生物学的に」
「むむー、わかった。……そうよ、メリーを弟に、って所に拘りすぎているのがダメなのよ!」
「はい?」
「逆に考えるのよ! 『私が弟になればいい』と考えるのよ!」
うわあ、自分がそんな扱いをされそうになるんなら抵抗してどうにか出来るけど、蓮子本人がこう言い始めてはどうしようもないわね。
多分最初はただの思い付きだったんだろうけど、ここまで来たらもう止められない、止めたくない、って所なんでしょう。
ああ、楽しいなあ秘封倶楽部。今すぐこの場から逃げ出したいくらいに楽しいなあ秘封倶楽部。
でも外寒いから逃げ出せないわねー。
「メリーおねえちゃん! タイが曲がっていてよ!」
うわ正直気持ち悪いって蓮子。しかも明らかに使い方間違ってるしそのネタ。
「よし! これで私はもう完璧なまでに秘封倶楽部の弟!」
「どこが」
「論より証拠。メリー、立ってみて」
寒いから拒絶したいところではあるのだけど、どうせ私が立たないとまた五月蠅く言うのだろう、蓮子は。
それならさっさと済ませてさっさと終わらせる方がいいかな、そう判断して私は炬燵から出て立ち上がる。
すると、蓮子も立ち上がり、
私のスカートに手をかけ、
ぶわっ、と。
「やったー! メリーおねえちゃんの今日のパンツはホワイトぶごげらっ!!??」
「何でスカートめくりなのよ! これが目的だったのね最初から!?」
蓮子許すまじ。このまま締め上げて一気にダウンさせて暖房を切った部室に明日まで放置してやりたい。
幼い弟が姉のスカートをめくっておちょくるとかいう短絡的思考からくる行動なのだろうけど、私たちの年頃でやるとこれはただのセクハラだ。
というか蓮子がやるとセクハラだ。むしろ蓮子自体がセクハラかしら?
兎に角まずは蓮子を後ろから締め上げる。この子はちょっとやそっと痛い目を見せるくらいではダメだ。
……どんなに痛い目を見せてもダメそうな気もするけど。さて、どうしたものかしら。
「ふふふ。あ、甘いわねメリー」
思案を開始した私を嘲笑うかのように、蓮子が口を開いた。
「……何がよ?」
「この部屋では! 大きなアクションを起こす事は出来ないのよ!」
「う」
確かに蓮子の言うとおりだ。
炬燵机の上のまだ中身の残ったマグカップ。
開封して皿の上に無節操にぶちまけたスナック菓子。
床に置かれた本の類。
下手に暴れてこれらに当たると悲惨な事になるのは発情期のオコリザルにだってわかる。
「動きを止めたわね、メリー」
「……蓮子?」
不敵な笑みを浮かべた蓮子を訝しく思い、私は名を呼ぶ。
そして蓮子は静かに不気味に笑った後で、言う。
「つまりメリーは部屋が散らかるのを気にすると言う事……しかーし! 私は気にしない!」
お願いだから気にして頂戴。
どうせ片付けるのは私になるんだから。
ああいや、だからこそ気にしないのか。
「うおおおおおお!」
などと叫びながら、蓮子が私の拘束から逃れて、しゃがみ込む。
むにゅ。さわさわ。ぎゅ。
「ふ、あふん……って、何でお尻を触るかこの変態ー!!」
「みぎゃ!?」
何故だか手元にあったスリッパを蓮子の脳天に叩き込み、離れる。
まったく……弟はどこに行ったのよ弟は!
「ふ、ふふ……メリー、相変わらず素晴らしいお尻ね……」
「え、……そんな戦場から帰ってきたストーカーみたいな目をしないでよ蓮子」
「みんなー! オラにお尻を分けてくれー!」
「分けない!」
とりあえず手をわきわきさせるのはやめて欲しい。
切実に。
蓮子が低姿勢で飛び掛ってくる。私はそれを躱すと足を振り上げ蓮子の顎を蹴り上げようとするが蓮子は身体を仰け反らせそれを回避。
尻を狙う獣は牙をむき出し涎を撒き散らしながら「お尻ー!」と叫びつつ私に肉薄する。
振り上げた私の拳は本棚に当たり、振り下ろす事を躊躇してしまう。けれど獣の方は部屋が散らかる事などおかまいなしだから私に襲い掛かってくるのだ。
尻に。
捕らえられた。
ぴとっ、さわさわっ。にぎにぎ。
「蓮子はしゃがみ込みメリーのお尻に手を当て撫で回したり握りほどよい感触を味わう。それはそうまるで夏の果実のような甘さ丸さと曲線と大きさを誇り、しかし大きすぎず少し手に余るくらいと言うああなんと素晴らしい胸と比べても引けをとらぬこの柔らかさと包容力そうこの時宇佐見蓮子は確信するのだ! 私はメリーのお尻を触るために生まれてきたのだと! そしてだからこそさらに夢想するそのお尻を今再びいつか銭湯に行った時のように直に撫で回す事が出来ればとああお尻……!!!!」
「わけの分からない状況説明はしないでいいから手を離しなさい蓮子ー!!」
その日の晩御飯は蓮子の奢りでした。寿司屋で。ちなみに時価。
後日、蓮子は『1日カップめん1個生活』を始める事になるのだが、それを可哀相に思った私は経済的にも栄養分的にも袋ラーメンの方がいいわよと優しく囁くのだった。
>タイが曲がっていてよ!
それどちらかと言えばお姉さま。
激しく同感。
カップどん○衛(きつねうどん)と袋チャル○ラ(しょうゆ)の栄養価はほとんど同じです。
チャル○ラのほうがちょっとカロリー高かったかな?
値段にいたっては、ほぼ2倍も差があったり。
それにしても、蓮子の思考回路はとんでもないですね。
でも仏の顔も三度まで……蓮子哀(憐)れ。(笑)
ああなんか無性にインスタントラーメン食べたくなってきました。
>何となく思いついたので書き始め、最初は蓮子が弟になったところでオチるはずだったのに気付けば蓮子がメリーのお尻を触っていた。
しかしGJと言わずにはいられない。
鬼才現る
副長~!!(wwwww