警告
劇中に書き手の《趣味的独自設定》及び《独自設定登場人物》が登場します。
その手の独自設定やオリジナルキャラクターが許せない性質の方は、
これ以上ご覧にならない様、お願い申し上げます。
里向こうの竹林には兎が住むと言う。
正確には竹林の奥の御屋敷に兎が住んでいて、それが竹林にやって来る。らしい。
だから竹林に行くと兎に出会う事がある。
大抵は普通の、ちょっと妖力を持っただけの兎。
だけど稀に、本当に稀に、人型の兎に出会う。
因幡てゐ。
竹林奥の御屋敷、永遠亭の兎妖怪。
その正体は因幡の素兎とも言われる、人間に幸運を授けるらしき兎の少女。
問答無用で愛らしい姿をしてはいるものの、その本性は天下御免の大詐欺師。
ただ竹林で迷った時に彼女に出会えば、無事に竹林を出られるとも言う。
だからなのか。
竹林に分け入って様々なものを採る里人たちは、迷った時に兎を探す癖がある。
そう、そしてその少女もまた、竹林で迷っていた。
迷った、完全に迷った。
右も左も前も後ろも全て竹。
下は地面、そして上は緑。笹葉が繁る天然の天井。
今どのあたりを歩いているのか、今何処へ向かって歩いているのか。そんな事さえも解らない。
噂の“幸運兎”でも見付けられれば、ひょっとしたら抜け出せるかも知れない。
だけど兎も何も見えなくて、ただ見えるのは竹と闇。
歩いても歩いても出口は見付からなくて、走っても走っても端には辿り着けなくて。
もうダメなのかも知れないと、そう諦めかけた時に。
『……立って。そうしたら、真っ直ぐ歩いて下さい……』
――――幻聴が、聞こえた。
弾かれた様に立ち上がって周りを見回しても誰も居ない。
だけどそんな筈は無い。
さっきの声は確かに聞こえた。それも耳元で、囁くように。
妖精の悪戯?
だけど妖精なら『立って、真っ直ぐ歩いて』なんて言う筈ない。
『……真っ直ぐ歩いて下さい……』
また聞こえた!
振り向く、周りを見る。
無駄だと思ったけど上も下も見た。
だけど誰も居ない。
ただ声だけは聞こえ続けてる。
『真っ直ぐ歩いて』、と。その声だけは。
「……真っ直ぐ、歩けば良いのね」
さく、ざく、ざっ
下生えと土が奇妙な足音を奏でる。
真っ直ぐ。
声は確かにそう言った。
だからわたしは真っ直ぐ歩いている。
本当は風景に誤魔化されて途中で曲がってるのかも知れないけど、それでも真っ直ぐ歩く。
どうせ迷ってるんだから、奇妙な声に従って迷ったとしても、別に問題なんか、多分、無い……筈。
さく、ざく、ざっ
『……右に曲がって、また真っ直ぐ歩いて下さい……』
「右に曲がるのね」
さく、ざく、ざっ
わたしが曲がっているのか、それともちゃんとした分かれ道なのか。
時々行き先を教えてくれる―――と思いたい―――謎の声。
耳元で囁かれている気がするのに、囁いている人の姿が無い。
『……あとは真っ直ぐ。そうしたら、道に出ます……』
「良かった……」
良かった。道に出たら後は里まで走れば良い。
後は真っ直ぐ走るだけ。
そう安心したからなのか、わたしは大事な事に気が付いた。
さっきから道を教えてくれた声。
その声の主が誰かはわからないけど、助けて貰ったんだから……。
「ええっと、ありがとう。お陰で助かったわ」
『……良いですよ。困っている人を見たら助けなさいって、師匠に言われてるんです……』
返事が返って来た。
声の主はどんな人なんだろう。
『困っている人を助けなさい』なんて言う人を“師匠”と呼んでるんだから、きっと良い人だと思う。
もしこの声が本人の声なら、声の主はきっと、わたしと同い年ぐらいの女の子。
そう言えば、里の人に聞いた事があった。
竹林で迷った時に兎の女の子に助けられた……って。
「ねえ、あなたは兎さん?」
『……え? はい、そうです……』
わ、大当たり!
そう言えば誰もその外見を教えてくれなかったけど、こんな風にしてたからなのかな?
「さっきから声が聞こえてるけど姿が見えないの。あなたは何処に居るの?」
『……………………』
黙り込んじゃった。
聞いたらいけない事だったのかな?
『……そのまま……』
「え?」
『……そのまま、真後ろを見て下さい……』
真後ろ。
くるっ、と振り向いたその先。緑の竹で埋め尽くされている筈の後ろの光景。
そう、この竹林はいつも緑色に埋め尽くされている。
埋め尽くされている、筈だった。
芒、と淡く光る月の影。
まるでそうするのが当たり前のように道を開けて広がる竹たち。
その先に、本当ならある筈の無いススキの丘に。
月を背負って、その女の子は立っていた。
見た事の無い服。
噂でしか聞いた事の無い、外の世界の服に見える不思議な服。
とても可愛いけれど、あんな短いスカートは少し遠慮したい。
でも、その女の子には不思議に似合っている。
長い耳を、驚くほどに長い兎の耳を伸ばした女の子。
それよりももっと長い、足元に届きそうなほどの髪を靡かせた女の子。
赫と煌く紅の瞳は、だけどわたしを見てはいなかった。
月夜の幻想。
これは夢だと言われても納得できてしまう現実感を無くした世界。
大き過ぎる月、不思議な服を着た兎の耳の女の子。
茫、と空を見上げるその姿は、だから誰も教えてくれないんだと、わたしに伝えていた。
こんな綺麗なモノを口で伝えるなんて、わたしにはできない。
気付いた時には、わたしは竹林の外にいた。
目の前には里に続く道、後ろには青々と聳える竹の壁。
そして煌々と輝く赤い光――――
「おや珍しい。菜採りの里人さんかい?」
声が、また聞こえた。
さっきとは全然違う声。
喉の開いた、歌う人の声。
「見たところ迷いに迷って転げ出た、って所だね。大丈夫かい?」
振り向いたわたしの目に飛び込んで来たのは、鋭い爪と大きな翼を生やした少女の姿。
ちょっとだけ不思議な形の帽子を頭にちょこんと乗せたその姿。
知ってる、慧音先生に聞いた事もある。
盲目を招くもの、夜雀の怪、天蛾の蠱道、夜天の歌姫。
「みすちー、お客さん?」
「ミスティア、誰か来たの?」
「おー、りぐるんず。お客かどうかはわからないよ。竹林から転げ出た迷い人」
――――ミスティア・ローレライ。
人間を盲目にして食べるとか、殺すとか。そんな噂さえある歌の名手。
だけど今の彼女は、別の噂で聞いた『焼き八目鰻屋の店主』。
その後ろからひょっこり顔を出したのは、同じ顔が二人分。
こっちも聞いた事がある。リグル・ナイトバグ、季節知らずの蟲姫。
……どうして2人いるのかはわからないけど。
3人―――2人?―――とも、里でも良く知られた妖怪。
人間がどう頑張ってもどうにもならない相手、妖怪。
それが、3人。
一難去って今度は三難。
完全に硬直している私に、店主の貫禄を纏った夜雀が椅子を勧めてきた。
「とりあえず掛けてて。もうすぐ準備が終わるから」
……わたし、どうなるの?
面白いけど前半のてゐの紹介があまり活かされてないようにも思える。
神話紹介か西尾維新かなのはさんか、そんな雰囲気で好き