プリズムリバー3姉妹の年越しライブは大盛況であった。
曲の終わりと同時に午前0時になった瞬間には、鳴り止まぬ拍手と歓声が山の向こうにさえ届いたと言う噂であった。
しかし、その帰り道……長女ルナサの表情は何故か冴えなかった。
「……………………」
「どうしたの?」
「ん? いや、その……別にどうってわけじゃないけど」
「まーた何か後ろ向きなこと考えてたんじゃないの? ほら、メルラン姉さんを見習わなきゃ!」
「そうよ。ほら、何事もハッピーが一番!」
妹達に励まされ、ふと顔を上げるルナサ。
視界に入ったのは、ニコニコと微笑むメルランの顔。
もちろん陽気で前向きな彼女の性格は羨ましいし、是非とも見習いたいとは思うのだが……
持って生まれた性分と言うヤツか、ふとした瞬間にルナサの思考は後ろに向かって前進を始めてしまうのだった。
「今日のライブ……盛り上がってたかしら」
「ちょっとちょっと、いまさら何を言うのよルナサ姉さん。お客さん皆、満足して帰っていったじゃない」
「そう? まあ、リリカがそう思うならそうなのかな……」
「何か悩みでもあるの?」
リリカが不思議そうに尋ねてきた。
ルナサは「じゃあ、リリカには悩みはないの?」と返しそうになったが、質問を質問で返すのはよくないだろう。
しばし躊躇したのち、ルナサはここ最近考え続けていたことを口に出してみた。
もう年も変わったことだし、新鮮な気持ちで年明けを迎えるために少し勇気を出してもバチは当たらないはずだ。
「……私たち、そろそろ倦怠期に入ってしまったんじゃないかな……って」
「なにその離婚寸前の夫婦みたいなセリフ」
「リリカ、ナイスツッコミ!」
「いや、そういうんじゃなくてね? 音楽的な意味で言ってるのよ」
「音楽的に倦怠期?」
「つまり、マンネリ化しているように感じるということ?」
離婚しそうな空気だったが、メルランがフォローしてくれたおかげで話の軌道を戻せた。
「そう。その通りよ」
「マンネリ、ねえ……」
「ほら、考えてもみて。私たち、もうこの楽器と編成で何年やってる?」
「えーっと」
「そう言われてみれば……どれくらいになるかしら?」
真剣に考えたことがなかったせいか、答えに詰まるメルランとリリカ。
「一度、思い切って違うことをやってみても良いんじゃないかしら」
「うーん……」
「ま、まあ今日はアンコールの繰り返しでちょっと疲れたし、一眠りして明日の朝に話し合ったらどうかな」
「リリカ、単に面倒なだけだったりしてー」
「そんなコトないわよ? ふふ~ん」
結局、妹2人はいつもと変わらぬ調子。
はあ、と軽く溜め息を吐くと、ルナサは話題を打ち切った。
「そうね、もう遅いし今日は寝ましょうか。話は明日の朝にでも……」
我が家に辿り着いた3人は、それぞれの部屋で眠りについた。
さて。ふと気付いたとき、ルナサは妹2人とともに何やら雑誌のようなものを覗き込んでいた。
あれ? 雑誌なんて家に置いてあったかな……?
まあ私が寝ぼけてるからだろう、と結論付けるとルナサは妹達のやりとりに耳を傾けた。
「やはりアーティストたるもの、業界の流れを敏感にキャッチしておかないとね」
「そうよねリリカ。アンテナを張る、って言うんだっけ?」
陽気にそう答えたメルランの頭には、本当にアンテナが突き刺さっていた。
「……???」
「ほらほら、姉さんもボンヤリしてないで。ライバル達の最新情報よ!」
そう言って手渡された紙面には、こんな記事が書かれていた。
<最新音楽図鑑! 今月の文々。ジュークボックス>
①待望の新曲完成!……“ミスティアfeat.チルノ&レティ”『真夜中の凍らすマスター』
先月、季節はずれの唐突なユニット結成で幻想郷を沸かせたあの3人が帰ってきた!
今回の作品テーマは「真冬の八甲田山で道に迷ったちんどん屋」。
暗く冷たい、けれどハイテンションなイメージでお客さんに楽しんでもらいたい、とミスティアさん。
ユニット結成記者会見ではチルノさんが興奮のあまり暴れだし、発生した小規模寒波で
20~30匹のカエルの尊い命が失われたばかりだ。
今回はどのような惨事が起きるのだろうか? 図らずも実質的なリーダーになったレティさんいわく、
「ライブには暖かい格好で来ることをお勧めします」とのことである。
なお、ライブ会場ではヤツメウナギや凍ったカエルが振舞われるとのこと。続報を待て!
②耳で感じる真紅の奔流!……“フランブレイク工業(株)”結成!
このたび、紅魔館の名物姉妹が館の住人達とバンドを組んだとの報せが入った。
さっそく本誌記者が取材に赴いたところ、メンバーと担当楽器の情報を得ることができたので以下にご紹介する。
フランドール・スカーレット(ピアニカ)
レミリア・スカーレット(和太鼓)
十六夜咲夜(キーボード)
紅美鈴(ドラム)
パチュリー・ノーレッジ(リコーダー)
小悪魔(ベース)
メイドたち(阿波踊り)
……ボーカルがいないのが気になるが、この情報で間違いはないとのこと。
バンド発足の理由について、レミリアさんは「枕元に釈迦が現れてお告げを……」と4時間ほど語ってくれたが、
全てを明かすには紙面があまりに足りないので割愛させて頂く。
奇抜な楽器編成から生み出されるハーモニーに注目だ。続報を待て!
③マイペースなフォークスタイルの開祖。超然としたパフォーマンスに注目!……“小野塚小町”
発売日に発売されなかった、という伝説を持つファーストアルバム『サボタージュ』から2年。
三途の渡しが、ギターを片手に帰ってきた!
「聞こえるかい、あたいのブルース」あの名文句が蘇る!
思い出したような活動再開について理由を尋ねると、
「ジャイアントパンダが交尾する夢を見たので、もう一度歌おうかと思ったんだねー」と飄々と答えた小町さん。
今回のアルバム発表の資金は、上司の机の引き出しから見つけた金一封とのことである。
なお初回限定版(無縁塚限定発売)には特典を付けたいという。果報は寝て待て!
「何これ?」
ルナサは困惑した。こんなバンドが組まれていたなんて、見たことも聞いたこともない。
私が知らなかっただけだろうか?
しかし小町はアルバムまで発表していると言う。これはどういう事だろうか。
まあ深く考えないでおこう、とルナサは妹達に言われるままページを捲った。
「そうそう、姉さん。見てこの記事! 私たちが大特集されてるのよ。この号は永久保存版ね!」
「えっ? 私たちが……?」
取材を受けた覚えなど全くない。どうも覚えのないことばかりだ。
先を促す2人に従い、見開きに目をやると……ものものしいキャッチが踊っていた。
<大特集! 幻想郷、戦慄せよ。トリオ・ザ・プリズムリバー>
いま幻想郷で最もブルータルなバンド、それがプリズムリバー3姉妹(通称プリバ)である。
少しでも音楽を嗜んでいるものならば、この名を知らなければモグリであろう。
まずは先週末、13日の金曜日に行われたライブ(通称サバト)のレポートから始めたいと思う。
●狂乱のライブ!●
……宵闇が周囲を包み始めたころ、突如ステージに七色のスモークが。
観客が息を呑んで見つめる中、煙の中からヌンチャクを振り回しつつ現れたのはリーダーの流那鎖(ルナサ)さん。
近くにいた客の1人をステージに引っ張り上げると、何の前触れもなしに殴り始めた。
開始早々飛び散る血飛沫に、観客達はいきなりボルテージMAX。
唸りを上げ続けるヌンチャクのセクシャルな動きに、最前列にいた少女が失神して運び出されていった。
興奮さめやらぬ内に、観客の波を割るようにして滅琉乱(メルラン)さんも登場。
おなじみ、漆黒に光るエレキギターを流那鎖さんに投げ渡す。
エレキを背面で華麗にキャッチした流那鎖さん、頭突きで割った窓ガラスの破片をピック代わりに壮絶な速弾きへ!
ステージに躍り上がった滅琉乱さんも、負けじとスティックを振り回す。
テクニカルかつダークな旋律とリズムのハーモニーに、前から5列目にいた少年が失禁した。
と、ここで観客の中から「あと1人足りないぞォー!!」とのコールが。
待ってましたと言わんばかりに、金切り声で自作ポエムを諳んじながら離裏禍(リリカ)さんがキーボードを
担いで参上。進路上にいた観客数人に平手打ちを食らわすと、泣きながらその場でスクワットを開始。
この想像をはるかに超えるアバンギャルドさに、後ろから4列目にいた男女がその場で結婚式を挙げた。
興奮の坩堝と化した会場の様子を伝えきれず、筆者の語彙の貧困さが本当に恨めしい。
が、あと少しお付き合いいただこう。
まず最初に演奏されたのは、あまりの過激さに一部店舗で発売が禁止されたと言う衝撃のデビュー曲
『触ってもいないのに引き出しが開いたり閉じたり』。言うまでもなく名曲である。
続いて、アドリブのパートを混ぜつつセカンドシングル『夜中に皿が割れる』を熱唱。
途中、力を込めすぎた滅琉乱さんのスティックがへし折れるというアクシデントにも見舞われたが、
飛び入りでやって来たミスティアさんが屋台用の焼き串を渡してフォロー。
アーティスト同士の熱い友情を見ることができた。
ミスティアさんも加わり、ステージはさらにヒ-トアップ。
半狂乱になった聴衆に離裏禍さんがブタの生首を投げつけるなど、筆舌に尽くしがたいパフォーマンスが続く。
そしてここで、先月発表されて物議を醸した『おもちゃのチャチャチャはポルターガイストの歌だと思うよ』が!
筆者も沸きあがる興奮を抑えきれず、ヘッドバンキングしながらブラウスに手をかけ――――
「……!?!?!?」
「何度読んでもアツい記事ね、リリカ!」
「そうよねメルラン姉さん!」
「いや、えーっと……ちょっと2人とも」
「もう、ルナサ姉さんったら照れちゃって。ステージの上ではあんなに乱れるのに」
いつから私たちはアングラ系のバンドになったのだろうか。
ルナサは戸惑いを隠すことが出来なかった。
「さあ、今日はフォーク船頭・こまっちゃんとの三途クルージングライブよ」
「そうよルナサ姉さん。早くリハに行きましょうよ」
「ちょ、ちょっと待って……」
「――――ちょ、ちょっと待って……」
がば、とルナサは上半身を起こした。
「……………………」
「…………あれ?」
なーんだ。
ルナサは寝ているのか起きているのか今ひとつ判然としない糸目のまま、ほっと息を吐いた。
新年早々おかしな夢を見てしまったようだ。
そうそう、こんな風に寝ぼけている場合ではない。
これからの音楽性や活動について、妹達と真剣に語り合う予定だったではないか(本人達はどうか知らないが)。
まずはシャキッと目を覚ましてからだ。
ひとつ大きな伸びをして、のそのそとベッドから這い出そうとしたとき――――
唐突にドアが開いた。
「ちょっと……ノックぐらい……して……」
「ああ、ごめんなさいごめんなさい。家の前に面白そうな楽器が落ちてたから見せたくて。ほら!」
そう言ってメルランとリリカが差し出したのは、黒光りするエレキギターだった。
ルナサは目を見開いた。
曲の終わりと同時に午前0時になった瞬間には、鳴り止まぬ拍手と歓声が山の向こうにさえ届いたと言う噂であった。
しかし、その帰り道……長女ルナサの表情は何故か冴えなかった。
「……………………」
「どうしたの?」
「ん? いや、その……別にどうってわけじゃないけど」
「まーた何か後ろ向きなこと考えてたんじゃないの? ほら、メルラン姉さんを見習わなきゃ!」
「そうよ。ほら、何事もハッピーが一番!」
妹達に励まされ、ふと顔を上げるルナサ。
視界に入ったのは、ニコニコと微笑むメルランの顔。
もちろん陽気で前向きな彼女の性格は羨ましいし、是非とも見習いたいとは思うのだが……
持って生まれた性分と言うヤツか、ふとした瞬間にルナサの思考は後ろに向かって前進を始めてしまうのだった。
「今日のライブ……盛り上がってたかしら」
「ちょっとちょっと、いまさら何を言うのよルナサ姉さん。お客さん皆、満足して帰っていったじゃない」
「そう? まあ、リリカがそう思うならそうなのかな……」
「何か悩みでもあるの?」
リリカが不思議そうに尋ねてきた。
ルナサは「じゃあ、リリカには悩みはないの?」と返しそうになったが、質問を質問で返すのはよくないだろう。
しばし躊躇したのち、ルナサはここ最近考え続けていたことを口に出してみた。
もう年も変わったことだし、新鮮な気持ちで年明けを迎えるために少し勇気を出してもバチは当たらないはずだ。
「……私たち、そろそろ倦怠期に入ってしまったんじゃないかな……って」
「なにその離婚寸前の夫婦みたいなセリフ」
「リリカ、ナイスツッコミ!」
「いや、そういうんじゃなくてね? 音楽的な意味で言ってるのよ」
「音楽的に倦怠期?」
「つまり、マンネリ化しているように感じるということ?」
離婚しそうな空気だったが、メルランがフォローしてくれたおかげで話の軌道を戻せた。
「そう。その通りよ」
「マンネリ、ねえ……」
「ほら、考えてもみて。私たち、もうこの楽器と編成で何年やってる?」
「えーっと」
「そう言われてみれば……どれくらいになるかしら?」
真剣に考えたことがなかったせいか、答えに詰まるメルランとリリカ。
「一度、思い切って違うことをやってみても良いんじゃないかしら」
「うーん……」
「ま、まあ今日はアンコールの繰り返しでちょっと疲れたし、一眠りして明日の朝に話し合ったらどうかな」
「リリカ、単に面倒なだけだったりしてー」
「そんなコトないわよ? ふふ~ん」
結局、妹2人はいつもと変わらぬ調子。
はあ、と軽く溜め息を吐くと、ルナサは話題を打ち切った。
「そうね、もう遅いし今日は寝ましょうか。話は明日の朝にでも……」
我が家に辿り着いた3人は、それぞれの部屋で眠りについた。
さて。ふと気付いたとき、ルナサは妹2人とともに何やら雑誌のようなものを覗き込んでいた。
あれ? 雑誌なんて家に置いてあったかな……?
まあ私が寝ぼけてるからだろう、と結論付けるとルナサは妹達のやりとりに耳を傾けた。
「やはりアーティストたるもの、業界の流れを敏感にキャッチしておかないとね」
「そうよねリリカ。アンテナを張る、って言うんだっけ?」
陽気にそう答えたメルランの頭には、本当にアンテナが突き刺さっていた。
「……???」
「ほらほら、姉さんもボンヤリしてないで。ライバル達の最新情報よ!」
そう言って手渡された紙面には、こんな記事が書かれていた。
<最新音楽図鑑! 今月の文々。ジュークボックス>
①待望の新曲完成!……“ミスティアfeat.チルノ&レティ”『真夜中の凍らすマスター』
先月、季節はずれの唐突なユニット結成で幻想郷を沸かせたあの3人が帰ってきた!
今回の作品テーマは「真冬の八甲田山で道に迷ったちんどん屋」。
暗く冷たい、けれどハイテンションなイメージでお客さんに楽しんでもらいたい、とミスティアさん。
ユニット結成記者会見ではチルノさんが興奮のあまり暴れだし、発生した小規模寒波で
20~30匹のカエルの尊い命が失われたばかりだ。
今回はどのような惨事が起きるのだろうか? 図らずも実質的なリーダーになったレティさんいわく、
「ライブには暖かい格好で来ることをお勧めします」とのことである。
なお、ライブ会場ではヤツメウナギや凍ったカエルが振舞われるとのこと。続報を待て!
②耳で感じる真紅の奔流!……“フランブレイク工業(株)”結成!
このたび、紅魔館の名物姉妹が館の住人達とバンドを組んだとの報せが入った。
さっそく本誌記者が取材に赴いたところ、メンバーと担当楽器の情報を得ることができたので以下にご紹介する。
フランドール・スカーレット(ピアニカ)
レミリア・スカーレット(和太鼓)
十六夜咲夜(キーボード)
紅美鈴(ドラム)
パチュリー・ノーレッジ(リコーダー)
小悪魔(ベース)
メイドたち(阿波踊り)
……ボーカルがいないのが気になるが、この情報で間違いはないとのこと。
バンド発足の理由について、レミリアさんは「枕元に釈迦が現れてお告げを……」と4時間ほど語ってくれたが、
全てを明かすには紙面があまりに足りないので割愛させて頂く。
奇抜な楽器編成から生み出されるハーモニーに注目だ。続報を待て!
③マイペースなフォークスタイルの開祖。超然としたパフォーマンスに注目!……“小野塚小町”
発売日に発売されなかった、という伝説を持つファーストアルバム『サボタージュ』から2年。
三途の渡しが、ギターを片手に帰ってきた!
「聞こえるかい、あたいのブルース」あの名文句が蘇る!
思い出したような活動再開について理由を尋ねると、
「ジャイアントパンダが交尾する夢を見たので、もう一度歌おうかと思ったんだねー」と飄々と答えた小町さん。
今回のアルバム発表の資金は、上司の机の引き出しから見つけた金一封とのことである。
なお初回限定版(無縁塚限定発売)には特典を付けたいという。果報は寝て待て!
「何これ?」
ルナサは困惑した。こんなバンドが組まれていたなんて、見たことも聞いたこともない。
私が知らなかっただけだろうか?
しかし小町はアルバムまで発表していると言う。これはどういう事だろうか。
まあ深く考えないでおこう、とルナサは妹達に言われるままページを捲った。
「そうそう、姉さん。見てこの記事! 私たちが大特集されてるのよ。この号は永久保存版ね!」
「えっ? 私たちが……?」
取材を受けた覚えなど全くない。どうも覚えのないことばかりだ。
先を促す2人に従い、見開きに目をやると……ものものしいキャッチが踊っていた。
<大特集! 幻想郷、戦慄せよ。トリオ・ザ・プリズムリバー>
いま幻想郷で最もブルータルなバンド、それがプリズムリバー3姉妹(通称プリバ)である。
少しでも音楽を嗜んでいるものならば、この名を知らなければモグリであろう。
まずは先週末、13日の金曜日に行われたライブ(通称サバト)のレポートから始めたいと思う。
●狂乱のライブ!●
……宵闇が周囲を包み始めたころ、突如ステージに七色のスモークが。
観客が息を呑んで見つめる中、煙の中からヌンチャクを振り回しつつ現れたのはリーダーの流那鎖(ルナサ)さん。
近くにいた客の1人をステージに引っ張り上げると、何の前触れもなしに殴り始めた。
開始早々飛び散る血飛沫に、観客達はいきなりボルテージMAX。
唸りを上げ続けるヌンチャクのセクシャルな動きに、最前列にいた少女が失神して運び出されていった。
興奮さめやらぬ内に、観客の波を割るようにして滅琉乱(メルラン)さんも登場。
おなじみ、漆黒に光るエレキギターを流那鎖さんに投げ渡す。
エレキを背面で華麗にキャッチした流那鎖さん、頭突きで割った窓ガラスの破片をピック代わりに壮絶な速弾きへ!
ステージに躍り上がった滅琉乱さんも、負けじとスティックを振り回す。
テクニカルかつダークな旋律とリズムのハーモニーに、前から5列目にいた少年が失禁した。
と、ここで観客の中から「あと1人足りないぞォー!!」とのコールが。
待ってましたと言わんばかりに、金切り声で自作ポエムを諳んじながら離裏禍(リリカ)さんがキーボードを
担いで参上。進路上にいた観客数人に平手打ちを食らわすと、泣きながらその場でスクワットを開始。
この想像をはるかに超えるアバンギャルドさに、後ろから4列目にいた男女がその場で結婚式を挙げた。
興奮の坩堝と化した会場の様子を伝えきれず、筆者の語彙の貧困さが本当に恨めしい。
が、あと少しお付き合いいただこう。
まず最初に演奏されたのは、あまりの過激さに一部店舗で発売が禁止されたと言う衝撃のデビュー曲
『触ってもいないのに引き出しが開いたり閉じたり』。言うまでもなく名曲である。
続いて、アドリブのパートを混ぜつつセカンドシングル『夜中に皿が割れる』を熱唱。
途中、力を込めすぎた滅琉乱さんのスティックがへし折れるというアクシデントにも見舞われたが、
飛び入りでやって来たミスティアさんが屋台用の焼き串を渡してフォロー。
アーティスト同士の熱い友情を見ることができた。
ミスティアさんも加わり、ステージはさらにヒ-トアップ。
半狂乱になった聴衆に離裏禍さんがブタの生首を投げつけるなど、筆舌に尽くしがたいパフォーマンスが続く。
そしてここで、先月発表されて物議を醸した『おもちゃのチャチャチャはポルターガイストの歌だと思うよ』が!
筆者も沸きあがる興奮を抑えきれず、ヘッドバンキングしながらブラウスに手をかけ――――
「……!?!?!?」
「何度読んでもアツい記事ね、リリカ!」
「そうよねメルラン姉さん!」
「いや、えーっと……ちょっと2人とも」
「もう、ルナサ姉さんったら照れちゃって。ステージの上ではあんなに乱れるのに」
いつから私たちはアングラ系のバンドになったのだろうか。
ルナサは戸惑いを隠すことが出来なかった。
「さあ、今日はフォーク船頭・こまっちゃんとの三途クルージングライブよ」
「そうよルナサ姉さん。早くリハに行きましょうよ」
「ちょ、ちょっと待って……」
「――――ちょ、ちょっと待って……」
がば、とルナサは上半身を起こした。
「……………………」
「…………あれ?」
なーんだ。
ルナサは寝ているのか起きているのか今ひとつ判然としない糸目のまま、ほっと息を吐いた。
新年早々おかしな夢を見てしまったようだ。
そうそう、こんな風に寝ぼけている場合ではない。
これからの音楽性や活動について、妹達と真剣に語り合う予定だったではないか(本人達はどうか知らないが)。
まずはシャキッと目を覚ましてからだ。
ひとつ大きな伸びをして、のそのそとベッドから這い出そうとしたとき――――
唐突にドアが開いた。
「ちょっと……ノックぐらい……して……」
「ああ、ごめんなさいごめんなさい。家の前に面白そうな楽器が落ちてたから見せたくて。ほら!」
そう言ってメルランとリリカが差し出したのは、黒光りするエレキギターだった。
ルナサは目を見開いた。
泣きながらスクワットしたことありますよ(得意気
なんだこの矛盾しつつ素敵なアクションは。
思いっきり吹き出しましたよ、何ですかこれ(wwww
>『触ってもいないのに引き出しが開いたり閉じたり』
曲名とは思えんwww