あらすじ:食べ物で遊んじゃいけないぞ
新春の日差しもうららかな白玉楼。
今日も、いつもの主従が食卓を囲んでいるが――今日はいつもと違っていた。
「ようむぅ~、お雑煮おかわりぃ~」
「……またですか、幽々子さま……」
漆塗りの超特大の汁椀を、満面の笑みで突き出す主に、妖夢はため息をついた。
お正月恒例の食卓といえば、やっぱりお節にお屠蘇にお雑煮のスリーオーのセット。
幽々子の胃袋は、食べ始めから容赦が無かった。
「妖夢のお雑煮はぁ、やっぱりおいしいわね。ついつい箸が進むわ」
「ものには程度ってものがありますよ」
優勝力士の酒盃のようなサイズのお椀に、妖夢の顔より大きな鏡餅(高層5階建て)を
放り込んだ、白玉楼の特性お雑煮。
それをカパカパと、噛んだり飲んだり詰まらせながら、既に何杯目か――。
「ねぇ、おかわりぃ~」
「はいはい、少々お待ちくださいね」
ため息と共に超特大椀を受け取り、妖夢はお勝手に下がろうとした。
「あ、ちょっと待ちなさい」
「は?」
「お正月だっていうのに、妖夢はお節もお雑煮もまだ食べていないわね」
「まぁ、お台所がありますから」
「お座りなさい。まずは、お雑煮の一杯も食べなさいな~」
冥界の姫は、柔らかな笑みを浮かべ、従者の座布団を、ポンポンと叩いた。
単なる食欲魔人と思われているが、実は気配りも忘れない。それがカリスマ幽霊クオリティ。
「で、ですが……主のお膳を先に――」
「その主の望みは、あなたが座ってお雑煮を食べることよぉ」
さぁと、更に座布団をポンポンと幽々子は叩いた。
「では、失礼致します」
妖夢はお膳に向かい、いそいそと箸を取った。先程作ったお雑煮は、まだ暖かった。
品良く端に焦げ目をつけた餅をつまみ、一口噛み切り――
うみょん
噛み切り――
うみょ~ん
餅を噛み切り――
うみょ~ん うみょ~ん
「……妖夢? 一体どこまで伸びるのかしら?」
可愛くついばみ、箸で引っ張った餅はどこまでもどこまでも伸びていく。
それは、白く引き伸ばされた地上の天の川か、トルコアイスか……。
とにかく、餅は妖夢の腕の分まで伸びて、まだまだ伸びる気満々だった。
「う゛びょーん?」
食事中、口を開けて話すのは品が無い。
そのいいつけを守らなくても、口を開けば餅の端は落ちてしまう。
妖夢は、進退窮まっていた。
「……てぃ」
「びゅびゅござばーっ!? (幽々子様ーっ!?)」
何を思ったか、幽々子は妖夢の手から箸を奪い、つまんだ餅ごと引っ張った。
うみょ~ん うみょ~ん うみょ~ん
餅は伸びるよどこまでも。
妖夢の背丈程の距離を伸びた餅は、まだまだ切れる気配が無かった。
「どこまで伸びるかしらね」
「やべでぐばはひ! (やめてください!)」
次の瞬間、幽々子は座敷を飛び出し、庭へと飛んでいった。
「う゛びょーん!?」
慌てて、妖夢も食卓を越えて飛び上がる。
だが、幽々子の飛行速度の方が速く、どんどん距離が開いていった。
もちろん、餅も引き伸ばされていった。
「びゅびゅござばーっ! ばぢなざーい゛っ! (幽々子様ーっ! 待ちなさーい!)」
涙を浮かべつつ、それでも口を閉じて餅をホールドしたまま、妖夢は幽々子を追いかけた。
二人の追いかけっこは幻想郷を縦断し、幻想郷中にその微笑ましい主従を披露し、
妖夢の顎が疲れて餅を離すまで続いた。
餅が切れたかどうかは、幽々子しか知らない。