注)
やっぱりどこかで見たような言い回しが多数出てきます。
そういうものだと(ry
あと、なぜか長い気がします。
「ねえ、咲夜♪」
「・・・ああ、フランドール様」
決して語られる事のない、紅魔館内でのみ通じる名を使うなら『紅魔館主暴走事件』から一夜明け。
にこやかな笑顔を浮かべてフランドールが咲夜の元を訪れていた。
血の効果が薄れて正気を取り戻した後、咲夜は事態の収拾に追われていた。
吸血鬼が天井知らずのテンションで気の赴くままに暴れ回る・・・その被害の規模は、そこらの雑魚妖怪やら妖精やらが暴れるのとは一線どころか五線も六線をも画する物なのだ。まずは大穴小穴が開いた紅魔館の壁を人海戦術で徹底的に補修。そして記憶の糸を辿りつつ館外で被害を与えてしまった所にも人員を派遣して補修。
そして彼女が最も恐れている、事件の目撃者に関してはその夜の歴史を全て上書きしてもらった。どこぞの歴史喰いが記す日記に、『本日は何もなかった』と一言だけ記しておけばどんなにセンセーショナルな事があっても天狗の記者が駆けつけるというような事は決してない。紅魔館の格式を、そしてレミリアのカリスマを保つ為に咲夜が最も気にしていた所だ。
それの為にあの歴史喰いにどれだけ頭を下げた事か。あの堅物を納得させる為にどれだけの目薬を使った事か。考えただけでも後ろめたくなる。
とりあえず紅魔館の威厳は守られたはず・・・なのだが、心労に心労が重なり咲夜の思考速度だけは一晩では元に戻らなかったようだ。
「昨日のお姉様、いつになく元気だったわね」
「み、見てらっしゃったんですか・・・?」
「ナニかの血を飲んだんでしょう?私が言うのもアレだけど、なんていうか物凄くバケモノじみてたものね。あの時のお姉様・・・」
「・・・・・・」
暫し言葉を塞ぎ、やがて申し訳なさそうに言葉を続ける咲夜。
「申し訳ありませんが・・・・・・『ソレ』の血はもう残っておりませんわ」
「・・・えーーーーっ!!?・・・・・・・・・・・・・・・・とは言わないわよ、咲夜」
「いや今言いましたけど」
「い、言ってないったら言ってないの!・・・・・・二人で全部飲むところ、見てたんだから」
頬を精一杯膨らませて咲夜を睨みつける。冗談交じりとはいえそれなりに怒っているはずなのに、その仕草は外見の幼さもあって実にかわいらしい。今はすこぶる機嫌がいいのだろう。
いつもの狂気に染まったフランドールなら、この状況に陥れば顔色一つ変えずに咲夜を斬り捨てていてもおかしくない。にこやかに言葉を交わしつつも、咲夜が内心胸を撫で下ろしまくっていたのは言うまでもない。
「・・・申し訳ありません、フランドール様」
「別に謝らなくてもいいんだけどね・・・・・・『アレ』があるんだし」
「『アレ』?」
「あるんでしょ?『アレ』・・・・・しぼりカス」
「・・・・・・あぁ。『アレ』でしたら貯蔵庫に・・・」
言われて咲夜がポンと手を打つ。
件の爬虫類が血だけでなく肉も食用として用いられるという事は、パチュリーのダイイングメッセージで明らかになっていた。ならば、と咲夜はそれの甲羅を剥ぎ肉を食糧貯蔵庫に収めておいたのだ。
どんな風にして食べてみようかなどと思いを廻らせ・・・
「それを私に頂戴。全部とは言わないから」
「はぁ・・・しかし、なんでまた」
「お姉様はあのヘム・・・ベフンベフン!・・・・・・血を飲んだからね。肉は私の役目でしょ」
「・・・・?もしよろしければ、また別のを捕ってきますけど?」
「だっ駄目よ!『私が』『あの肉を』『食べる』の。アンダスタン?咲夜、ア・ン・ダ・ス・タ・ン?」
「え、えぇ・・・アンダスタン」
「アンダスタンならよろしいの事よ」
相変わらずの膨れっ面で我を押し通し、咲夜を説得するフランドール。
これは姉を魅了した者へのささやかな復讐、そして遥か遠くにイッてしまった姉へのささやかな対抗。悟られても別に構わないのに、しかしそもそも悟られる事もないのだが、フランドールは形から入ってどうしても真意を隠し通そうとする。
「では、今すぐ用意しますので」
「わーい!」
フランドールの無邪気な様子を見て、咲夜は会釈一つを返して貯蔵庫に足を向けた。
こんな所に瓦礫の山や変死体を作らずによかった・・・などと内心怯え、一方で安堵に胸を撫で下ろしつつ、さらには彼女が人間由来以外の物を積極的に欲するのは珍しいな、などと思いつつ。
少 女 調 理 中
「フランドール様、お待たせしました」
ダイニングホールの長机に、小さな土鍋が運ばれてきた。咲夜の手は厚手の鍋掴みで覆われ、果たしてどういう調理を施したのだろうか、とにかく土鍋は相当熱いようである。
シンプルな色合いの鍋に、決して色鮮やかとは言い難い鍋の具。しかしそこから放たれる香りはほんの数秒でフランドールの心を捉えていた。意図せず口元から垂れるモノこそがそれのいい証拠だ。
「わー・・・・・」
「パチュリー様の文献を見ながらでしたが、お口に合いますかどうか・・・」
「大丈夫よ。咲夜が作る物は何でも美味しいもん」
「そう言っていただけて光栄ですわ」
笑顔こそが料理を作る、食べる上での最良のスパイスであるという事を咲夜は知っている。フランドールも、意識してはいないがそういう事を漠然と感じている。
だからこそ二人はここで笑顔を見せあった。咲夜は『美味しいと感じていただけるように』と願いを込めて。
フランドールは『美味しく食べられるように』と考え、そして『これがお姉様への復讐になりますように』と心の片隅にとどめて。白身の肉が、小さな口に運ばれていく。
「もぐ・・・・・んっ」
「?」
「んっ・・・んっ・・・・・!」
「フ、フランドール様・・・・・!?」
不器用に箸を持つ手を止め、大きく見開かれた瞳でフランドールは土鍋に眼力を向けた。呼吸さえ止めている(止まっている?)ようで、その様は食べた物を喉に詰まらせたか毒にもがいているようにも見える。
・・・・・・断じて、そんな事はない。
信頼できる情報かはともかくパチュリーの文献を元に咲夜が腕を振るい、食べやすいように素材を小さめに切るなどの心配りも盛り込んだ鍋料理。あまつさえ咲夜がつまみ食・・・ちゃんと味見をしたので、それを食べたフランドールが味で苦しむという事はまずありえない。
だからこそ、彼女の異変は咲夜にとって2倍のショックと不安となる。
「んっ・・・・・・んぅっ・・・・・・!」
「フラン・・・ドール様っ・・・!!?」
「『ン』まぁ~いッ!!」
「・・・・・は?」
呻きから一転、いつもの甲高い声へ。
この反応は全くの想定外のような、しかし心のどこかでこんな『お約束』を期待していたような感じで。
ともかく脱力を伴う安堵が咲夜の体を駆け抜けていく。
「こっ、これはぁ~~~っ!この味わぁぁ~~っ!
あっさりとした肉に出汁の濃厚な部分が絡みつく美味しさ!
肉が出汁を!出汁が肉を引き立てるッ!
『ハーモニー』って言うのかしら、それとも『味の調和』!?
例えるならルナサとメルランとリリカのアンサンブル!
霊夢に対する紫!
『天空の花の都』の曲調変化に対するリリーホワイト登場シーン!
・・・・・・・・・って感じなのよぉ~~っ!」
「フ、フランドール様・・・・・ご無事で・・・?」
「あったり前でしょ、咲夜が作る物は何でも美味しい!」
「・・・それはまあ、光栄の極み(しかし何てベタな反応・・・・・・・・・)」
過剰すぎるほどに過剰な反応を見せる少女を、咲夜はただ何となく生暖かい目で見守るのみ。
しかし気に入ってもらえたのならそれでよし。妙なテンションなのは既に経験済み、この程度ならむしろかわいい物。
生暖かい視線は笑み混じりの呆れ顔に、不安は安堵と喜び、そして確固たる自信に置き換わっていく。
「ところで咲夜・・・・・・お姉様は?」
「お嬢様ですか?昨晩の事もありますし、自室でお休みになっておられるかと・・・さあさあ、フランドール様も陽が上り切らないうちにお部屋へ」
「 い や よ 」
咲夜の言葉をかわいい声が制する。
今にも消え入りそうな声で、しかし決して消えそうにない強さを内に湛え、体はごく自然にレミリアの寝室の方へゆっくり向き直る。
そしてその瞳は、血と狂気の紅。
「お姉様に逢いに行くわ・・・お姉様と思いっきり遊んでくるの」
「ちょ・・・フ、フランドール様っ・・・・・!」
「お姉様も咲夜も、今の私と同じ気分になってたはずよね・・・信じられないほどの力が溢れ出て、心も青天井で昂り続けて、それを抑える事なんてできやしない・・・・・否、しようともしない。だから一晩中幻想郷を玩具にして暴れまわった、違う?」
「・・・・・」
咲夜は喋れない。
指摘された事に後ろめたさを感じているというだけはない。目の前のフランドールという存在そのものに対して、何をしても危険だという事を肌で感じていたのだ。レミリアはこれと同じ状況で、心の箍が外れたかのように笑い狂った。しかしその逆――全く大人しいフランドールでも、その静寂によってかえって狂気が浮き彫りになっている。
止めなければならない、しかし止められるはずもない。
まさに蛇に睨まれた蛙の如く、咲夜はその場で立ち尽くしていた。
「あなた如きの力で私やお姉様を止められるなんて思わないでね、咲夜・・・・・うふふふふっ♪」
「あっ・・・!フ、フラ・・・・・・!」
せめてもの救いは、フランドールが『普通に歩いて』その場を立ち去った事かも知れない。
咲夜に背を向けつつ魔杖を炎剣として素振りなどしてはいるが、壁や天井が膾にされていない分まだマシかも・・・などと安堵するのはまだ早い。『あの』狂気の姉妹が出会ってしまえば、遅かれ早かれ紅魔館は瓦礫の山と化す。
悪魔の妹というプレッシャーから解放されても、咲夜はせいぜい腕を伸ばしてフランドールを引き止めようとする(もちろん腕は届かない)程度しかできなかった。
「どっ・・・どうしたら・・・・・!美鈴の力を借りても到底及ばない・・・・・メイド全員で人海戦術・・・なんてできれば苦労しないっ・・・・・・!」
一歩、また一歩とフランドールが遠ざかるたび、皮肉にも破滅の足音が聞こえてくるような気がしてきた。
破滅は運命とは違う。荒々しくドアを叩くような音は決して立てない。ちょうどこの絨毯を踏みしめてくるような静かな音で、目の前からではなく自分の背後からだんだんと・・・
「やれやれだわね」
「ッ!?」
呆れ声に振り向けば、よく見知った顔が一つ。
破滅の足音なんてとんでもない、実際に人が歩いてくる足音だった・・・と胸を撫で下ろす間にも、その顔はつかつかと歩いていく。ちょうど、フランドールを追うように。
「お困りのようだから手伝ってあげるわ。私にも無関係というわけじゃないし」
「え・・・・・・あ、ま、待って・・・!」
「待たない。臆して動けないなら、後からゆっくりいらっしゃい」
あの吸血鬼姉妹の暴走に割って入ろうなど、どこぞの夏の虫よりも無謀な行動に見える。それこそ幻想郷でも十指には入る程度の実力がないと成す術もなく塵か餌にされてしまうはず・・・なのに、遠ざかる小さな背中が咲夜には随分大きく見えた。
ひょっとしたら『彼女』なら或いは・・・・・・明滅のような小さな希望でも、今はそれに縋るしかない。
だんだんと体に力が湧き出し、固まっていた脚もどうにか動かせる。暴風に立ち向かうように歩を踏み出し、咲夜は遠ざかる背中を追いダイニングホールのドアを開けた。
何百年も前から知っている甘い香り。
近くて遠かった紅い紅い部屋。
「そういえば・・・・・・」
生まれてこの方、本気の本気で暴れた事などただの一度もなかったけど。
『彼女』に対して力をぶつけた事もまた、ただの一度もない。
でも、『彼女』なら自分の力を受け止めてくれるはず。
こんな私が相手でも力いっぱい相手をしてくれるはず。
だから、今はただただ暴れて踊るだけ。
「・・・ああ、もう待ちきれないわ、お姉様」
悠長にドアを開ける暇すら今は惜しい。
手にした炎剣を無造作に薙ぎ、重厚な木製のドアは斬れるというよりも周囲の壁を巻き込んで吹き飛び、瞬く間に灰となり。人が余裕でくぐれるだけの隙間をそこに提供してくれた。
そしてフランドールはその隙間をくぐりぬけ・・・・・・
「お姉様―――」
シ ッ
「!」
屋内で吹くはずのない突風と共に、殺気にも似た覇気がフランドールの顔を掠めていった。
一瞬の交錯の意味する所など、最早考えるまでもない。自分の背後がどういう状況になっているのか、振り向く必要もない。臆する事なく前を見据えると、右手に妖気と魔力の紅い靄を湛えたレミリアがそこにいた。
「待ってたわ、フラン・・・ここへ来るのは分かってた」
ぱっと見、レミリアは笑顔を浮かべているようには見える。
ただし瞳は不自然にギラギラと輝き、口は端を異様に吊り上げ、顔面が引きつったように見えなくもない。笑顔と言うにはあまりにも異常な顔だ。
「分かってたんだ・・・・・それなら、私が何しに来たかも分かる?」
「もちろんよ。私のかわいい妹ですもの」
「うふふ・・・すごいわ、お姉様・・・・・・ そ れ じ ゃ あ 」
「ええ、 そ れ じ ゃ あ 」
申し合わせたかのように、二人の妖気が全く同時に弾けた。
スカーレット家の当主が使うに相応しい大きな部屋は瞬く間に紅い嵐が吹き荒れ、小物は床に落ちる事も許されず辺りを乱舞する。ベッドのような大物も既に元あった場所にはなく、不愉快な音を立てて床を這いずり回る。
そんな嵐の中で動かないのは、ベッドよりはるかに小さな幼い姉妹のみ。
「いくわよ・・・・・・ブッ壊すほど!」
一声叫ぶと共に体から発せられた魔力と妖力は複雑に絡み合い、やがてそれはレミリアの掌の上で一つの形を成していく。形は一抱えほどの球と成って精製され、その色は血のように紅く、そしてレミリアの右脚が不意に振り上がる。
バランスを崩す事は火を見るより明らかなのに、レミリアの目はそれでもフランドールだけを見据えていて。
「スカーレットォォォォ、シュゥゥゥゥトォォォォォォォォッッッ!!」
そして、振り上げられた脚はまさに『目にも留まらぬ勢い』で振り下ろされた。
レミリアの魔力で十分な硬度を得たはずの紅弾はそれでもなお一瞬ひしゃげるほどの衝撃を受け、フランドールの顔面を目指し一直線に撃ち出される。
「・・・こんな物ッ!でぇぇぇいッ!」
部屋に入った時の一撃と同じだ・・・
そう思ってしまえばしめたもの。これで未知の弾幕への恐怖などなくなってしまうし、自分を正確に狙って飛んできた弾ほど捌き易いものはない。魔力と炎気を杖に込め、フランドール自身の背丈ほどもある炎の直刀と成し、大上段から一気に振り下ろす。
「お見事」
「・・・私の事ナメてるのかしら、このお姉様は?」
「ナメてなんかいないわ。今のはほんのご挨拶」
「あんな軽い挨拶じゃ誰にも振り向いてもらえないんじゃなくて?」
「あら、あなたは立派に振り向いてくれたじゃない」
「よく言うッ」
涼しい顔で受け答えるフランドールの脇を、『両断された』紅弾が通り過ぎていった。
真夏の西瓜よりもきれいな切り口で斬られ、しかし飛来時の勢いはそのままに、フランドールの背後の壁を音もなく飲み込み幻想郷の彼方へ消えていく。一つ罷り間違えば自身がきれいさっぱり消えてなくなってしまう所だったのに、彼女はそんな事では震えない。
今、この状況で彼女が震えるとしたら唯一つ。
「でも安心なさい。お楽しみはまだまだ、これからよ・・・・・・・」
「うふふ・・・そう・・・・来なくっちゃ」
『お姉様と思い切り遊べる』、そんな武者震いのみ。
炎剣レーヴァテインを握る手にも、自ずと力が篭る。
「こんなのはどうかしら?」
「・・・む」
無造作に薙がれたレミリアの腕から、先ほどと同じ紅弾が三発。横に広がりつつフランドールを狙う。
これが本来のレミリアのスペル、スカーレットシュート。わざわざ脚で放つ必要などないわけで、腕を薙いで放てば火線もそれだけ厚くなる。それを敢えて脚で蹴ったのは、その名前に自分の動きを掛けたかっただけなのだろう。姉としての意地か、自身の力への信頼から来る余裕か。
しかしフランドールも敢えてそこには言及しない。そんな野暮な事をするより、今はただ気の赴くままに暴れ尽くすのみだから。
「ちょっと数が増えた所で、これくらいッ!」
弾と弾のわずかな隙間に身を潜らせ、魔力の細かな残滓は勢いと気合で撥ね退けて、一直線にレミリアを狙う。
大技とは得てして隙が大きい物。その初弾を凌げば、勝機は自ずとフランドールの方に舞い込んで来る・・・
「・・・・・・うふふ」
勝機は自ずとフランドールの方に舞い込んで来る・・・・・・はずだった。
レミリアの笑みが彼女を竦ませるまでは。
真意の読めない表情にただならぬ物を感じ取り、レミリアの手前で踏み込みが微かに緩んだ。そこへ、レミリアの呟きが追い討ちをかける。
「・・・第二波」
「うッ!?」
薙いだ腕が、最初の勢いをそのままに元へ返る。その軌道からは先程と同じ紅弾が同じように飛び出した。
弾の大きさも、速さも、軌道も、全てが等しい。よってフランドールがこれを避けられぬ道理はなかったが、彼女の常識からすれば『弾を撃つペースがいつもより早い』という大きな違いと疑問だけはあった。
「フラン、ビックリした?・・・でもまだまだこれから、もう少し驚いてもらおうかしらね」
レミリアの斜めに腕が振り下ろされたように見えた・・・・・・・・・そう思った瞬間、フランドールの視界に紅が飛び込んでくる。
並行して迫り来る紅弾は、確実にフランドールの体の急所を狙っていた。
「・・・くッ!」
気合一閃、弾を斬り捨てるなどという余裕もなければ、弾道を見切り紙一重で避ける余裕もなかった。
手当たり次第に炎剣を振り回し、どうにか弾幕を弾き返す。
「次、逝くわよ。HNッ!」
「うくっ!?」
視界にレミリアを捉えた次の瞬間、またしても紅が迫り来る。
やはり弾を斬り捨てたり見切って避けたりする余裕は以下略で、炎剣の勢いはそのままに紅弾を弾き飛ばす。
「次。HNッ!」
「ていっ!」
「次。HNHNッ!」
「おっ・・・!」
「次。HHHNッ!」
「ちょっ、早っ・・・・・!」
凌いでも凌いでも、レミリアの弾幕は一瞬たりとも止む事なくフランドールに襲いかかる。
もうこうなったら細かい事を考えている余裕などはない。力の限りまでレーヴァテインを振り回し続け、飛来する物全てを叩き落とすしかない。
止む事のない熱波を受けて部屋の絨毯やらカーテンやらには黒い焦げ目がつき始め、弾かれた紅弾は壁やら天井やらを区別なく抉り取り、紅で彩られた格調高い寝室はさながら窯に入れたチーズのような様相を呈していた。
もはや被害は館全体に及んでいるだろう。流れ弾でメイド達も負傷しているだろうし、運が悪ければ帰らぬ妖精になっている者もいるかも知れない。
不幸中の幸いと言えば、厚い雲のおかげで陽が当たらず、天井に大穴が開いても二人が消滅に至らないという程度だろうか。
それでも、レミリアとフランドールの一方的な攻防は止まらない。
「HNHNHNHNHNHNHNHNHNHNHNッ!!」
「わ・・・な、何よこの・・・・・逆千本ノックっ!」
「HORAHORA・・・じゃなくてほらほら!振りが遅いと当たっちゃうわよ!」
「・・・・い、いい加減にしてよお姉様ッ・・・!」
「いい加減にしない。悔しかったらこの私をほんのちょっぴりでも驚かせて御覧なさい、三割バッターさん?」
「・・・・・・・・・!」
「名付けて真紅『スカーレットシュートディレイキャンセル』、今の私は通常の三倍の勢いで弾幕が張れる!生半な事では破れなくてよ?」
「ッッ・・・・・いい加減にっ・・・!」
紅い弾幕越しに一瞬見えた余裕の顔が、フランドールに火をつけた。
自分も同じ土俵に立たなければ、この姉に対抗できない。
そして同じ土俵に立つ事自体は、それほど難しい事ではない。
『気が触れている』とは、本来自分の代名詞のような物だったのだから・・・
「HNッ!」
「・・・・・・猿叫ォォォッ!!」
金切り声とでも形容できそうなほどの甲高い声が、埃と煙の充満する部屋の空気を切り裂く。
それはフランドールの声か気迫だったか、不可視の力は淀んだ大気を文字通り『割り』、二人の間の空間を一瞬でクリアにした。
そしてその先にレミリアが見たのは、鋭利な切り口で斬り捨てられ彼方に飛んで消えた己の弾幕―――
―――そして、フランドールの両手に握られた二条の炎。
「ふぅぅ・・・・・・」
「・・・へぇ」
「逆千本ノックはお終いよ、お姉様。今の私にはもう死角なんてない」
「お終いかどうかは私が見定める・・・・・・得物の数がちょっと増えたからと言っていい気にならない事ね」
レミリアの口元が不自然なほど吊り上がった。
世界を焼き尽くすという剣の名を与えられた禁忌がニ本。力の限り振るえば紅魔館ですら消し炭にしてしまいかねない代物を前に、畏怖するどころか内なる魔力が更に表出する。
「HNッ!」
「だっ!」
「次。HNHNッ!」
「とりゃっ!」
「次。HHHNッ!」
「憤破ッ!!」
「ちっ・・・・・・HNHNHNHNHNHNHNHNHNHNHNッ!!」
「ふぅ~・・・チェー猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿ッ!猿叫ォォォォォッ!!」
でき得る限り最速のペースで弾幕を矢継ぎ早に繰り出してもその悉くが斬られ、または弾かれ、フランドールには掠りもしない。弾道を見切られていたとしても、たかが二刀流でこの弾幕を凌ぎきれるはずがない。そんな事はありえないし、あってはならない・・・・・・
どれほどの弾を放ったのだろう。力尽きるというには程遠いが、攻防の末に部屋は殆ど原形を留めていなかった。
『部屋が完全に崩れてしまわないように』という事なのか、床と最低限の骨組みだけは強固な結界が仕込まれているのか無傷で残っている。
しかし言い換えれば、『そこ以外はほぼ壊滅』なのだ。現に壁と天井の境界は梁によって作られている状態で、
部屋の中にいるのか外にいるのか区別がつかない奇妙な状態だ。
立つ埃もすっかり減り、弾幕の紅さえなければお互いをハッキリ見据える事ができる。そんな中で、レミリアは奇妙な物を目にしていた。
「・・・あら・・・・・?」
レーヴァテインの数が増えているのだ。
一本を二本にする程度なら驚かない。フランドールの途方もない破壊能力という物を考えれば、その程度は難易度や消耗度はともかく不可能ではないはずなのだ。
しかし、二本が四本ではどうか。
二本一組で手にした剣をまるで杖で遊ぶかのように乱舞させ、破壊を伴う鉄壁の防御で目の前を斬り分けていくのだ。
その動きは不規則にして無秩序、まったくもって無法の極みだが、舞い散る火の粉が幾重にも輪を描き、さながら美しい舞を思わせる。
レミリアには焦りや絶望などはなく、むしろ純粋な驚きと好奇心の目でフランドールに見入っていた。
―――ここに、弾壁とでも言えそうな弾幕をぶつけたらどうなるのか?
―――四本の剣で果たして凌ぎきれるものなのか?
などと考えつつ・・・・・・
「すぅぅ・・・・・・・・・HNッッッ!!」
文字通り、そこには紅一色の世界が出来上がった。
髪の毛一本すら通す隙間もなく、一発一発を打ち返している余裕すらもない、まさに弾の壁。
大きく動いて避ける事もできるだろうが、この状況でそんな事をするフランドールではないという事は、五百年近く姉をやってきたレミリアが一番よく知っている。
この後の事などは瑣末な事で、今のフランドールがこれを切り抜けられるのかどうか・・・それだけが今のレミリアにとって最も重要な事なのだ。紅の向こう側にいる、もはや姿の見えなくなってしまった妹が妙に愛おしい。
(さあ、出ていらっしゃい・・・抜けられるものならね)
自分なら、今までと同じように武器を手当たり次第に振り回して弾の壁を微塵に摩り下ろしていくだろう。
最も単純な手段ながら、しかし他にこの場を切り抜ける方法はないはず。普通に避けるという『逃げ』は無しとして。
しかしそれでも迫り来る弾壁の勢いに競り勝てるかどうか・・・
「・・・・・・・ジェッ!!!」
俗に言う怪鳥音か、遥か海を越えた所にあるという国の言葉か、弾壁の向こうから雄叫びが聞こえた。
妖気と魔力の爆発的な増幅も肌で感じ取れる。全ての力を一撃に託す・・・という事か。細かな斬撃を繰り返し与えるよりは確かに消耗を抑えられるかも知れない。
あとは力と力の勝負。どちらの渾身の力が勝っているのか、ただそれだけだ。
もっとも、レーヴァテインを四本も生成したというだけでも十分驚愕に値・・・・・・
ピ シ ッ
「ッ!?」
レミリアの思考はほんの数秒で途切れた。紅一色の世界にX字の亀裂が走り、紅は霧散し世界の本来あるべき色がそこに流れ込んでくる。
そしてただならぬ気配に心を震わされた時にはやや遅し、滲みるような痛みが頬に走る。そっとを手をやれば、指先にはいつも飲む紅茶のような赤。立ち位置があとほんの数cmでもずれていたらどうなっていたか、想像には難くない。
クリアになった視界に、再びフランドールの姿が飛び込んできた。
さっきまでとはまた少し違う姿・・・レーヴァテインを 六 本 構えて。
「まったく・・・・・面白い物を見せてくれるのね」
片手に三本ずつ、両手合わせて六本のレーヴァテインはさながら炎の爪。
これを同時に振るったのならこの世に斬れぬ物はまさに一切ないのだろう・・・
フランドールだからこそ出来ると言えそうな力業を前に、レミリアは半ば呆れつつもその顔には微笑が浮かんでいた。
スカーレット家の当主として送る退屈な日常ではなかなか見せる事のない、心底楽しそうな驚喜の顔で。
「言ったでしょお姉様、死角なんかないって。三割バッターの私でも武器が六本あれば・・・ええと・・・・・・」
「・・・十八割にはならないわよ?」
「・・ぅ・・・・・・・・・・・・で、でも!これで私は無敵なんだから!」
ふぅ、と一つため息をつき、しかし微笑は絶やさずレミリアが切り返す。
「無敵ごっこも程々にしないと、そのうち自分の居場所がなくなっちゃうわよ?それとも日光浴でもしたいの?」
「お姉様こそ。これ以上暴れたら誰が紅茶を淹れてくれるのかしら?」
「あら。茶葉なら最高級のが目の前にあるじゃない・・・・・アールグレイ、ウバ、ダージリン・・・それよりもずっとずっといいのがね」
「それもお互い様ね。箱入りなお姉様の紅茶は、やっぱり甘ったるいのかしら・・・?」
「・・・・・うふふ、目の前の紅茶は、十三杯くらい飲めそうね」
「・・・・・・!」
フランドールの言葉が終わった所で、レミリアの瞳がすっと細く搾られた。
その右手は血の痕を残す頬から離れ、紅い光が握られている。
今までと少し違うのは、その光が細い束を成しているという事。それまでの弾幕とは全く違う雰囲気を察し、フランドールの顔からも笑みが引いていく。
「フラン、グングニルって知ってる?」
「一投必中、帰還契約、破壊不可の神槍・・・壊せないって言うんなら何度でも叩き落とすまでよ」
「ご名答・・・・・・じゃあ、ゲイボルグはご存知?」
レミリアの口が三日月のように吊り上がった。
その左手からも紅い光が放たれ、さながら両掌が燃えているように見える。
そして自らが出した問いへの答えに一瞬戸惑うフランドールを見て、恐らく自分で解説したかったというのもあるのだろう、彼女の答えを待たず誇らしげに言葉を続ける。
「追尾はしないけど、穂先が拡散して飛んでいくという魔槍よ・・・・・・この二つの神器の力を合わせたらどうなると思う?うふふ・・・」
「・・・破壊不可の投槍が壊せるようになるんじゃない?」
「『数十の穂先があなたに命中するまで追尾し続ける』とは考えないの?・・・・・・まあ、私も初めて試すんだけどね」
胸の前で掌を組み、二つの光が一つになった。
光は柱状・・・否、巨大且つ鋭利な棘状に顕現し、その長さはレミリアの背丈ほどはあろうかというほど。
レミリアはそれを片手に収め、剣を構えるフランドールに臆さず半歩踏み出す。
投槍というからには相手に近づく必要などない。その場で構えれば十分なのだ。
「あなただって魔剣を六本も振るってるんですもの、これくらいで丁度いいわよね?」
「いいかもねぇ・・・・・・何十だろうが何百だろうが、叩き落とせばいいってだけの事だもの」
「バカね・・・それができないからこその神槍、そして魔槍なのに」
「それを言うなら、私が持ってるのは魔剣・・・それも六本なんだけど?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・フン」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・フン」
二人の言葉が途絶えた。
聞こえてくるのは部屋の外での喧騒と絶えず館のどこかから聞こえる破壊音、そして荒ぶる力が大気を引き裂く音のみ。決して静寂とは言えないかも知れないが、弦のように張り詰めた空気の中で二人は微動だにせず対峙していた。
レミリアはただ槍を投げればいいというものではない。
どうせ投げるならフランドールの隙を伺い、少しでも隙ができた瞬間に。
剣と投槍の間合いを考えれば、痺れを切らせてフランドールはいつか動くはずなのだ。
フランドールはただ槍を弾けばいいというものではない。
一瞬でも隙を見せれば容赦なく槍の雨が降ってくる。
こちらが目を鋭く光らせている限り、神器の一撃は下されないはずなのだ。
時間は無限に時間を呼び、時計すら壊された部屋で時間の感覚は薄れていき―――
「おやめなさい、あなた達」
「――ッ!?」
時間が時間を無限に呼ぶ・・・・・・はずが均衡はあまりにも呆気なく、あまりにも空気を読んでいない静かな声によって破られた。
お互いの隙を伺う事も忘れて声のした方に振り向けば、相変わらずのジト目で紅の姉妹を生暖かく睨みつける紫色・・・
(放置したまま存在を忘れかけていた)パチュリーが、かつて重厚なドアがあった場所に佇んでいた。
その脇には心配そうな顔の咲夜もいたりするが、どうも『ついで』にしか見えてこない。
「あら、パチェ・・・生きてたの?」
「死んでない死んでない」
「あなたの事だもの、あの程度の傷と出血でも逝ったかと思ってたわ」
「その割にはぞんざいな扱いにしてくれたわね・・・この館のとっっってもお優しいメイドの皆さんに介抱されて、どうにか永らえたのよ。ね?咲夜」
「・・・・・は、はぁ」
ジト目が90度横を向き、一瞥しただけで咲夜の顔に冷や汗が浮き出てくる。
パチュリーに言わせればレミリアと咲夜は自分を見捨てた共犯、『後でこってり絞るリスト』の最上位に仲良く並んでいるというわけだ。そのジト目を今一度レミリアの方へ・・・レミリアは動じず、薄ら笑いすら浮かべていた。
「で?今取り込み中なんだけど、何の用かしら?」
「・・・『何の用』?これだけやりたい放題やっておいて、『何の用』で済ます?」
「ええ。目下大絶賛取り込み中だから、他の事には気を回していられないの」
「あまり暴れられると『私の』図書館もただじゃ済まなくなるから止めに来てあげた、って言ってるのよ」
ふわり、とローブの裾が浮き上がる。
それは意図せずか、それとも明確な攻撃意志の表れか、滲み出る魔力は薄紫色の輝きとなってパチュリーを包み込んでいる。ジト目はいっそ凛々しく見えてきて、病弱の二文字が似つかわしくない頼もしい姿。しかし、レミリアはやはり動じない。
「止めに来た、ねぇ・・・・・こんな言い方をするのもアレだけど、今更『あなた如き』が出てきたところで、例えそこの咲夜と組んだにしても私たちの領域に近づけるとは思えないんだけど?」
「そうよ。私達は二人合わせて神器が八本・・・じゃなくて今は七本!あなた達はどうやって私達と渡り合うって言うの?」
「これからも本を読みたいのなら、ここは大人しく下がって虚弱してた方が賢いんじゃなくて?賢者さん?」
こういう時に限って息が合うのはなぜだろう。
パチュリーの言葉に対して二人の超挑発が交互に続き、二人一緒にケタケタと笑う。
「ここで大人しく下がったら『私の』図書館がただじゃ済まなくなる、って今言ったじゃない・・・・・仕方ないわね」
ぼやきつつ、懐から白い物を出すパチュリー。
一枚の紙にしてはやけに分厚く、彼女の小さな掌にも収まってしまうほどに小さい。
スペルカードの一種なのか、何らかの道具なのか・・・ともあれレミリアの笑みは小揺るぎもしない。
「ふふっ、私たちを止めるっていうなら日符が相場なんでしょうけど・・・今の私達はきっとあなたの思ってる以上に素早いわよ」
「一言でも何か唱えてごらんなさい、熱々の紅茶ができあがっちゃうんだから!」
フランドールに至っては片手に三本番えた剣を向け大見得を切り出す始末。
実際そうしてしまえるだけの力があるだけにタチが悪く、パチュリーの傍に控えているだけの咲夜はそろそろ種族としての限界か、冷や汗を流しつつ顔色も悪い。この凶悪な吸血鬼姉妹と同じ空間にいる、というだけでその力に中てられ消耗著しいのだ。
(パ、パチュリー様っ・・・本当に『あんなの』止められるんですかッッ)
(その確信があるから私はここにいるの。咲夜、あなたは退いた方がいいわ)
(・・・・・そうもいかないでしょ、万が一パチュリー様が倒れたら誰がパチュリー様を助・・・)
(今の私には万が一なんて起こりえない・・・退かないのならそこで見てなさいな)
一歩踏み出したパチュリーの背が、妙に広く大きく見えた。
喘息気味で咳き込んでいる日常からはとても想像できない頼もしい姿。
どんな秘策があるのか、ともかく今はパチュリーを信じる他ない。
「あなた達を止めるのにいちいちスペルカードを出して長ったらしい詠唱を唱える必要はない・・・・・・私がただ漫然と床に臥せっていたとでも思うの?」
「へぇ・・・取っ組み合いでもしてみる?でもあなたの腕、軽く触っただけでも折れちゃいそうよ?」
「取っ組み合いか・・・・まあ、趣旨はそんなものね。あなた達と同じステージに立てばそれも不可能じゃない」
言いながら、パチュリーは取り出した白い紙を弄り出した。
紙の塊のように見えた物は紙包だったらしい。厳重に折りたたまれたそれを丁寧に広げ、片手には収まりきらないサイズにまで紙は広がる。
しかしそれでも薄紙の中心部はわずかに盛り上がっていて・・・・・・・・・そこに『粉』が乗っている事に他の者が気付くまで、大して時間はかからなかった。
「・・・・・レミィはあの生き物の血で、妹様は肉でその力を得た・・・だったら私も同じ事をすればいい。簡単な話よ」
「へぇ・・・そんな物で何かできると?」
「できるのよ。私はあの生き物の事を調べ上げ、その成分を全て抽出する術を見出した・・・乾燥させて粉砕した血や肉だけでなく、甲羅や骨、皮に至るまでを精密なバランスで配合して、薬草のエキスに浸して煮込むこと一昼夜。そうすれば血液や尿からは決して検出されず、滋養強壮効果も数倍に・・・・・」
「いや別に検出してIHOUとか言わないし」
「とにかく完成したこの薬!これで私は虚弱少女から卒業する・・・そう、これは超・虚弱少女伝説の始まりなのよ」
「・・・なんかそれ、すっごく弱そう」
「お黙らっしゃい!ん・・・・ぼははは・・・・・・・・」
あまりにも的確なフランドールの突っ込みはジト目と一喝で封殺。
そして一見すると小麦粉のような粉を口の中へ一気に流し込み・・・水も使わずに飲み下した。
「こんな事を聞くのもアレだけど・・・パチェ、色々と大丈夫?」
「ゲフゲフ・・・・ふん、よく見るがいいわ。この私が虚弱という・・・不名誉なレッテルを捨て去る瞬間ヲヲォォォ!」
咽ているのか薬の怪しい効果が出始めているのか、パチュリーの言葉はどこか怪しいし体も不気味に前後する。
自分たちも似たような経緯を辿った末に狂った力を得たわけだが、それでも目の前のパチュリーは『薬を飲んで一時的にでも健康を得る』ようにはとても見えない・・・咲夜を含め、三人とも一歩退いてパチュリーを呆然と見守っていた。
・・・・・・恐怖や圧倒というよりも、『触らぬ神に祟りなし』という感じで近づきたくないのだが。
キ ュ ピ ー ン
「キタキタキタ━━━━(Д゚(○=(゚∀゚)=○)Д゚)━━━━━!!」
パチュリーの叫びが部屋のざわめきを支配する。
レミリアが己の魔力で紅い靄を立たせていたのなら、パチュリーのそれは薄紫色。魔力の噴出はさながら小規模の爆発で、最も近くにいた咲夜はその余波だけで体を押し退けられていた。
「うっ・・・・・・!」
「あらごめんなさァァい咲夜!ぶっつけ本番で作った薬だから、全然加減が分からない・・・・・・ノォホホホッー!」
「 ふ る え る ぞ ト リ リ ㌧ ! 」
「つッ!?」
人体の声帯の限界を超えた奇声。
人体の構造の限界を超えたポーズ。
パチュリーの奇妙な姿にレミリアの集中力が一瞬緩んだ時―――既に勝負は決していた。
詠唱のないスペルカードといえども、レミリアの素早さを持ってすれば対処は十分できるはず。ましてや、弾幕の宣言をしっかりされているのだから。
しかし、見る者を色んな意味で釘付けにするポージングと共に繰り出される不規則な軌道の弾は、流石のレミリアでも捌ききれなかった。得物がたった一本の投槍では尚更だ。
あらぬ方向から迫り来る弾を数発受け――手傷というには程遠いダメージではあるが――神器を維持する魔力の集中が解け、たまらず一歩退く。半ば不意討ち気味だったとはいえ、神器の喪失はレミリアの敗北を示すのにこれ以上ない。
「・・・あらあら、レミィも案外もろいのね・・・・・流石箱入りって奴?」
「ちっ・・・・・・!」
「大人しくしてなさい。すぐ終わるから・・・・・・さて、お次は・・・・・っと」
ゆっくり首を向けるパチュリーと、ずっと睨み続けるフランドールの目が合った。
あらためて六刀を爪の如くパチュリーに向け、しかしジリジリと間合いは離れていく。
「わ、私はお姉様みたいにはいかないんだから!」
「ええ、並大抵以上の弾幕でもそのけったいな剣で叩き落としてしまうんでしょうね・・・・・じゃあ、こんなのはどうかしら?」
「・・・・・・・!?」
だらりと下ろされた両の腕。武器らしい武器も持たず、脱力しきっているようにすら見えるその姿は、『自分たちを止める』と豪語した者の挙動とは思えない。
だがここで気を緩めたら所詮は姉の二の舞。見切れる弾幕を見切れずに堕とされてしまう。
絶対向こうから仕掛けてくる。でも見切れない事はないはず。最悪でも凌ぎきればいい。
凌いだらこっちの番。お姉様の友人だから、流石に殺すのは忍びない。せいぜい気を失う程度に手加減してやろう。
・・・などと、フランドールの頭の中ではパチュリーとの正面決戦の青写真ができあがっていた。もちろん自分の勝利という結果込みで。
後はその結果に向かうべく、ほんの少しでも集中を切らさず対峙する―――
―――そして、パチュリーの手がわずかに持ち上がったような気がして。
「 燃 え 尽 き る ほ ど 日 符 ! 」
「!?・・・うぐぅッ!!?」
油断など何一つなかった。
頭の後ろで両手を組むようなポーズには騙されなかったし、奇妙なスペル宣言の一字一句も全て聞き取れていた。
呪文の詠唱がない事も覚悟の上だったし、それでもこの六本の神器の名にかけて、どんな弾幕だろうと完全に無効化できるはずだった。
―――『陽光』という捉えどころのない攻撃でなければ。
パチュリーは、確かに『日符』と高らかに宣言していた。
彼女の切り札の一つ、日符『ロイヤルフレア』。そしてそれは吸血鬼にとって天敵中の天敵、陽光。
光は粒にして波、フランドールの超破壊能力をもってしても砕く事はできず、六本のレーヴァテインをもってしても遮れる物ではない。かくして光は崩れかかった部屋を余す所なく照らし、間近にいたフランドールの気力と体力を容赦なく奪っていった。
構えていた炎剣もその刀身を切り詰められ、長剣は小太刀に、小太刀はナイフ程度の長さに、やがて長剣だった物は今や柄だけとなり彼女の掌の中から霞となって消えていった。
己の武器を失った姉妹は今や、パチュリーにとっては羽根が生えているに過ぎない少女。しかし傷つきながらも射殺すような視線だけは失っていない二人を見て、パチュリーの顔はますます狂喜の笑みに染まっていく。
「うふふふふ・・・・・・紅魔館の主とその妹も、今の私の前では無力なものという事ッッ・・・じゃあそろそろ仕上げと逝きましょうかぁッ!?」
「くっ・・・ちょ、ちょっと待ってよパチェ!私達を止めるのが目的なら、もう十分に果たしたじゃない!」
「そ、そうですよパチュリー様・・・もうお嬢様もフランドール様もこれ以上は暴れられませんわ」
「・・・咲夜ぁ・・・・・・あなた、どっちの味方なの?レミィ達を止めたかったんじゃなかったの?」
「ぅ・・・・・・」
パチュリーの首が不自然な曲がり方をした。咲夜の方に振り向きたかっただけのようだが、もはやそんな些細な動作でさえ人間の常識の斜め上を行っている。
ギョロリとした目が合い、咲夜は思わず萎縮する。今のパチュリー様には、お嬢様達以上に言葉の説得が通用しない・・・などと思いつつ、下手に逆らえば不幸せな結末が待っているのだろうと半ば諦めつつ。
「そうねぇ、レミィ・・・ここは冥途の土産に軽く一発 ハ ヴ ェ っ と く ? 」
「・・・くっ、何よその駆けつけ三杯みたいなの・・・・!」
「いやまあ、燃え尽きるほど日符で吸血鬼らしく燃やし尽くしてあげても良かったんだけどね、こっちの方がいいかなと思って。飛び散る血飛沫、阿鼻叫喚!真っ赤な血の海の中で一人立ち尽くして笑う私!素敵じゃない?」
「素敵じゃない」
「既に殺す気満々じゃん、むしろ最初から?」
「ていうか私も殺す気ですか」
「吸血鬼は回転鋸でミンチにされるくらいじゃ死なないものでしょう?」
「そりゃまあ・・・」
「咲夜も安心なさい。いざとなったらほら、すぐ傍に新鮮な吸血鬼の生き血が」
「だが丁重にお断りさせていただきますわ」
手段の行使は、今やパチュリーの匙加減一つ。そして手段と目的が入れ替わっている事に彼女は気付いていなかった。
これ以上は明らかなオーバーキル、下手を打てば幻想郷のパワーバランスすら崩しかねない事をしているのに、最早彼女の目には超・虚弱少女の幻想しか映っていない有様。
「そうね、純銀の鋸なんてなかなかオシャレだと思わない?」
「・・・・・・本当に殺す気?」
「KIAIよ。死にたくなかったら回転鋸くらいKIAIで避けなさい」
「いやそうじゃなくて何も殺そうとしなくてもいいんじゃないのかと」
「 ・ ・ ・ キ リ キ リ 切 り 刻 む わ 弾 幕 の ビ ー ト !」
三度、パチュリーの奇声が響く。
空を飛べる彼女がその場で精一杯のジャンプをする必要などあったのだろうか、ともあれ鳥のように大きく広げられた両腕には彼女の宣言したとおり銀の刃が何枚も宿っていた。
その様は、例えるなら異常にゴツいアクセサリー。または巨大な手錠。外の世界に倣えばこれから重刑に値する事をしようとする彼女の暗示にも見えるとか見えないとか。
実際、彼女の腕は肩ごと重力に従わされている始末なのだが。
「ドゥフフフフ・・・・・・銀の刃に敵う者なんていやしないわ・・・私の腕も含めて」
「・・・重いんならやめれば?」
「そ、そうもいかないでしょう・・・・・自分が一度口にした事を違えれば、それ即ち私の敗北・・・・・・・ふんッ!」
「むっ・・・・!?」
魔力による物体の空中浮遊か、一時的に身体能力を向上させる類の術か、単にクスリがキマっているだけか。どう見ても持ち上がりそうになかった両腕は水平にまで持ち上げられ、レミリアとフランドールにそれぞれ向けられた。
『巨大な回転鋸を従えて宙を舞う』いつもの発動形態とは全く違う。腕を向けられていない咲夜とて、当然油断はできよう筈もない。
「ふぅ~・・・安心なさい。これからは私が紅魔館の格をもっと上げてあげるわ。紫は高貴さを象徴する色だというし」
「無理よ、パチェには・・・私とフランがいてこその『紅魔館』なのよ?」
「館の名前だってしっくり来る物に変えておくわ。『ヴワル大魔法図書館』なんてどうかしらね」
「・・・どうだっていいよ、私の住処は誰にも譲らないから。ましてや下克上なんて真っ平御免だね」
この際になって、レミリアは落ち着きを取り戻しつつあった。
神器を失った精神的ダメージから立ち直り、現状では決してパチュリーに敵わないであろう事を悟り、しかし怯える事もなく、せめて吸血鬼としての威信を保たんとばかりにパチュリーに対抗する。
フランドールはレミリアとパチュリーの間で視線をずっと泳がせていた。
果たしてどちらにどんな言葉をかけたらいいのか。それとも自分で何か行動を起こした方がいいのか。
幼い彼女はその判断に戸惑い、結果的に動けずにいたのだ。
しかし姉と同じ目で、怯えず何か突破口を見出そうとする。
「真っ平御免でも、あなたに打つ手はないでしょう?得意の運命操作は永い時をかけて成される物だし・・・・・じゃあこの辺でお終いかしら。恨むなら私を蔑ろにした自分を恨んで頂戴ね、レミィ・・・妹様は、おいたが過ぎた事を十分反省して。咲夜は・・・あ、そういえばいたわね」
「最初に『ついて来い』とか聞いた気がするのですが」
「状況は刻々と変わるものよ。今のあなたはただ運が悪いだけでしかない・・・せいぜい流れ弾には気をつけて」
パチュリーの自分勝手な言葉が終わると同時に、腕に宿った鋸がいよいよ回り始めた。回転は少しずつ、しかし確実に速くなり、無数の細かな刃を備えていた円盤は真円となり風を切る。
腕に装着された刃、姉妹にまっすぐ向けられた腕、『流れ弾には気をつけろ』の発言・・・・・その全てが、これからパチュリーが行使する攻撃が飛び道具に属する物である事を雄弁に語っている。
ではその速さは?重さは?射程は?その他の特性は?・・・etc
しかし、そんな事を考えるのは無駄だとレミリア、フランドール、咲夜の三人は一様に悟っていた。
自分達がどれだけ恐ろしい弾幕を想像しても、きっと目の前のパチュリーはそれを大幅に斜めに上回る事をしてくるだろうから。
かといって彼女の言う通り、他の手がすぐに思いつくわけでもなく・・・・・・結局、動かなければ鴨撃ちである事を承知で彼女達はその場でパチュリーの一挙手一投足を見守る事しかできなかった。
そして、三人の都合などお構いなしにパチュリーが動く。
「・・・・・・・・・さあ!」
「く・・・・・・ッ」
「ふふっ、逃げないとはいい心がけね・・・それとも諦めちゃったかしら?」
「・・・・・・・!」
「まあそれならそれで好都合だけど・・・・・吩ッ!私の命をかけた弾幕疾そ・・・」
B A K O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O O N
奇声と共に不可解なポーズが四度取られ、いよいよ三人の体が強張ったその時だった。
明らかに言葉を中断する形で起こった爆発。不意の爆音で思わず身がすくむ。
「きゃっ!?・・・・・い、いったい何・・・・・・・」
「こ・・・これもパチェの攻撃だというの・・・!?」
「パチュリー様・・・・!」
ほんの一瞬集中が途切れ、再び目をやった時には既にパチュリーの姿は見えなかった・・・立ち込める煙に視界を塞がれた、と言うべきか。
三人がそれぞれに健在を示した所を見ると、音と煙ばかりで衝撃自体は大して強くないらしい。それは即ち爆心地(と思われる)パチュリーも恐らく無事であろうという事、安堵と警戒心が同時に芽生えてくる。
「咲夜・・・・・気をつけて」
「・・・え?私?」
「武器を持ってるのはあなただけじゃない。前衛の資格十分よ」
様子を見て来い、とばかりにレミリアが咲夜を顎で促す。
「・・・・大丈夫・・・・・ですよね?」
「それをこれから確かめなさい、と言ってるの」
「せめて私たちの盾にはなってね!」
「う・・・わ、分かりましたよぅ・・・・・・」
レミリアの高圧的な言葉とフランドールの輝く瞳の前では、瀟洒なメイド長も悪魔の狗。
威圧されながらも頬は紅く、やれやれといった顔でナイフを抜く。
いざとなれば彼女には時間停止能力がある。仮にパチュリーが健在で攻撃の意志を持っていたとして、『あの』異常な挙動に惑わされさえしなければ必ず自分が先を取れるはず・・・自分にそう言い聞かせ、咲夜は煙を払い出した。
「(・・・・・ん?)」
一寸先は闇ならぬ煙の中に踏み込んで間もなくの事。すり足で慎重に咲夜の足元に、柔らかい感触が伝わってきた。
モノというモノが悉く吹き飛ばされたこの部屋に転がっている物と言えば一つしかない。煙の中での息苦しさも手伝って、それが何なのかの確認をするでもなく、不測の事態を警戒するでもなく、足に触れた部分を掴んで引きずりながら咲夜は来た道をまっすぐに後ずさりで引き返した。
「大きくなりすぎた力を制御しきれなかったか体が耐えきれなかった・・・ってとこかしらね」
咲夜が煙の中から引っ張り出した物・・・・・そこにいる誰もが知っている一週間魔女、パチュリーのちょっぴり変わり果てた姿だった。
自らが爆心地だった割に外傷はほとんどなく、せいぜい服が破けて顔が煤だらけになり、ボリュームのある長髪がさらにボリュームを増し・・・・・帽子はどこかに吹っ飛び、さながら綿菓子のようになってしまった程度。
そんな彼女を見て、レミリアは至って冷静に状況を分析していた。戦況が逆転してしまえば恐れる物など何もない。
「パチュリー様・・・自分で暴発なさるとは」
「あの生き物一匹分のエキス、私やフランのような強靭な体なら耐えられたかも知れなかったけど・・・・・パチェは身の程をあまり知らなかったという事ね」
「・・・・・・でも」
レミリアの言葉を聞いていたのか、パチュリーの弱々しい声が返ってきた。
しかし元々が虚弱なパチュリーの事、一見重傷に見えても案外大丈夫なのかも知れない。
それを承知の上でレミリアの口調は変わらない。
「あら、パチェ。今度こそ言うけど、『生きてたの?』」
「言ってなさい・・・・・少なくとも薬の効果はあった・・・・・・あとは使用者に合わせて使用量を変えるだけ・・・・・実験は・・・成功よ・・・・・・ ボ ハ ッ 」
口から白煙を吐き、少しずつ起き上がりつつあったパチュリーの体は完全に床に沈んでしまった。
動かなくなったパチュリーを見て、珍しい生き物でも見つけたようにフランドールが指で突付く。
「あれ?死んじゃった?」
「これくらいで死ぬようじゃ強かに百年も生きてないわ。とはいえ、しばらくは起き上がって来れないでしょうけど・・・・・咲夜」
「はい」
レミリアとの短いアイコンタクト。その意図を読み、咲夜はパチュリーの体を軽々と担ぎ上げる。
「それと、館の修復にはどれくらいかかりそう?」
「被害の程度を調べない事には何とも言えませんが・・・・・この部屋は最初に建て直しますわ」
「お願いね。日が差し込んできたらひとたまりもないわ」
「咲夜、私のお部屋も後で見てちょうだい!もしかしたら穴とか開いてるかも・・・」
「はいはい。この曇り空が切れてなくなるまでには全て終わらせますわ♪」
「・・・あ、咲夜」
かつてドアがあった所を律儀にくぐって部屋を去る咲夜に、思い出したようにレミリアが言葉をかける。
「その・・・・・・色々と迷惑かけちゃってごめんね」
「・・・・・・・・・」
「(ほら、フランも頭下げる!)」
「わっ、と!ご・・・ごめんなさぁい・・・・・」
「・・・・・・・・・」
咲夜は振り返らない。
しかしどんどん先にも行かず、立ち止まって二人の言葉を背に受けていた。
「・・・・元気いっぱいなのはいい事です。今後気をつけていただければ・・・ね」
「う・・・・・うん」
その声から、背中越しの二人の顔が何となく想像できる。
とんでもない事をしでかしてしまったのは事実。しかしその声を聞く限り、そして二人の顔を想像する限り・・・・・・
たまにはみっちり叱ってみようかと思ったが、そんな気も消し飛んでしまう。
「さ、あとはお二人で仲直りですよ?」
再び歩き出した咲夜の足取りは、随分軽いものになっていた。
その後、パチュリーがしばらくの間、社会的だけではなく物理的にも肩身の狭い思いをしていたのはありがちに思えて本当にあった話。
(To be not Continued...)
手段と目的を取り違えていくパチェが素敵。