パチュリー様は、幻想郷でも数少ない知識人です。
その蔵書は日々増え続け、私も管理するのが大変なくらいです。楽しいですけどね。
要するに、その蔵書数に相当する知識をパチュリー様はお持ちだということです。
ですので、レミリア様からご相談を受けることも少なくないのです。
聞いてパッチュリーナ ちょっと聞きにくいんだけど♪
聞いてパッチュリーナ♪
「中庭に、何か植物でも植えようかと思うの。殺風景だし。
それで、パチェは何か希望ある?」
「そうね……実験で使いたい草があるわ。ルラムーン草って言うの。
夜にぼんやり光る性質があるらしいから、きっと綺麗なんじゃないかしら」
後日パチュリー様が実験を行った際に、そのルラムーン草が植えられていた一角は、盛大な爆発によって吹き飛んでしまいました。
月夜を地上から照らす淡い光は私も好きだったので、ちょっと残念です。
今では『紅魔館』の名の通り、血のような紅い花が中庭を埋め尽くしています。
門番隊の皆さんがお世話をしているそうですね。そのお花の名前は……なんていいましたっけ?
聞いてくれてあーりがと パッチュリーナ♪
始まりのきっかけとなるもの。それは出会いでした。
いずれ来る終わりの時間。それはお別れの約束でした。
聞いてパッチュリーナ ちょっと言いにくいんだけど♪
聞いてパッチュリーナ♪
「……人間の子、拾っちゃった」
レミリア様が、頭一つ分小さな女の子を伴ってこちらにいらっしゃったのは、ある雨の夜でした。
危ない所で『ご息女ですか?』という言葉が口から出そうになったのは秘密です。
寂しそうな目をしたその子はレミリア様の手をぎゅっと離さず、その背に隠れるように控えていました。
「それで、どうするつもり? ……食料?」
「そういうつもりじゃ、ないけど」
ちょっと俯いたレミリア様に、パチュリー様は今まで見せたこともないような、柔らかい笑顔で
「じゃあ、館に置いてあげたら」
――そう、仰られました。
ええ、ご想像の通りです。後のメイド長、咲夜さんが初めて紅魔館へいらっしゃったときのことです。
パチュリー様が進言してもしなくても、レミリア様はそのつもりだったと思いますが、
私はパチュリー様のその言葉が決断に一役買っていたのだと、そう思っています。
聞いてくれてあーりがと パッチュリーナ♪
その日は、館のメイドさん達にも少し手伝って頂いて、ずっとお掃除でした。
散らかった魔術書の類は、危険な物もありますので全て私が片付けることになりましたが。
……でも、パチュリー様だけじゃなく、私からも言わせて下さい。
本は、大事にして下さいね。……今回のようなことになりますから。
聞いてパッチュリーナ すごく言いにくいんだけど♪
聞いてパッチュリーナ♪
「何よ、また来たの……あら、妹様も」
「あ、ああ。私は何度でも来るぜ。ここに本がある限りはな」
魔理沙さんと妹様が連れ立っていらっしゃったのは、お茶の時間を少し過ぎた頃でした。
そこはやはり身長差か、小さな妹様とその手を引いて来た魔理沙さん。
何度も危ない目に遭わされたという私の記憶さえなければ、仲の良い姉妹と見てもいいくらいです。
……でも、天真爛漫破壊者のはずの妹様は、いつもとはうってかわって別人のようでした。
まるで、怒られることを怖がっている子供のようです。
「……あの、あのねパチュリー。その、ごめんなさい」
妹様が、後ろ手に持っていた物を差し出しました。
「「――――」」
その瞬間。それぞれ違う理由でパチュリー様と私は絶句してしまいました。
私とて、使い魔の端くれです。主であるパチュリー様の雰囲気が非常に攻撃的になったことは、この背筋の寒気が証明しています。
――妹様の手にあったのは、『真っ二つ』と形容するのが相応しい魔術書。
「いやほらパチュリー座れ落ち着け深呼吸だ。な? だからそんな霊夢が賽銭盗まれたような形相で私を見るな。
ここは私が借りてった本の大半を返却するって条件を提示するからそれに免じて許してやってくれっ」
椅子を倒しかねない勢いで立ち上がろうとしたパチュリー様は、風のように素早く動いた魔理沙さんに肩を抑えられ、
力づくで座らされてしまいました。体力面では比較的劣りますから、仕方ないですね。
それよりも、その直後に一気にまくし立てた魔理沙さんの早口は、流石速さに長けた魔法使いだと感じたものです。
「……まあ。魔理沙がそう言うなら、返却する本の冊数しだいでこの件は不問にするわ」
落ち着きを取り戻したのか、それとも取引条件に応じたのか、パチュリー様の雰囲気はいつものそれに戻っていました。
……しかし、やはり様子までは元通りではありません。まだちょっと顔が赤いですね。
そうなると見かけは健康的なので、かえって安心してしまいますが。
「――ふう。お前が話の解る奴でよかったぜ」
「でも妹様。本は悪魔や妖怪、人間に比べて弱いものなんです。大事に扱ってください」
「……うん、ごめんね。気をつけるから」
雨降って地固まる、でしょうか。ちょっと違いますけど、妹様も反省しているみたいですし、幸いにも妹様に破られた本は写本だったみたいです。
それでもまあ本のみならず、物は大事にしないといけませんけど。
「んじゃ、これ返すぜ」
魔理沙さんが何処からともなく取り出したるは、大玉ほどの大きさの風呂敷包み。
深い緑の地に、白いぐるぐるが所々描かれているそれは、伝統的な泥棒さんを連想させます。
そういえば、冥界のお嬢さんもぐるぐるが特徴的だそうですが、関係があるのでしょうか?
「また……大量ねぇ。これだけ返すのならまあ、いいけど」
「ああ、大漁だったぜ。その分今日もさっくり借りてくけどな」
……っととと、変なことを考えてる暇はないようですね。あの山盛りの本を整理するのは私です。
早速荷解きと分類を……
「――待ちなさい、小悪魔」
「は、はい。どうか致しましたか?」
風呂敷包みを解き、それぞれの魔術書を選別していたその時、私に声が掛けられました。
その声は何処か硬く、言葉の内容が別なものだったとしても、私は手を止めていたでしょう。
「それ、ちょっと見せて」
私が今しがた、大して危険でもないと判断した魔術書を指すパチュリー様。
不覚にもやっと気付きました。パチュリー様が纏う雰囲気が、先程感じたそれに近いものであると。
「あ~……私もたまには手つd」
「ちょっと黙ってて」
その矛先はどうやら私ではないようで少しは安心できるのですが、パチュリー様の声色はいっそう硬くなり、
小さな一言だけで魔理沙さんを黙らせてしまう凄みがありました。妹様に至っては、出口の確認すらしていますし。
本を傷めず、かつ最速のスピードでページを次々とめくっていくその様子は、いつもの読書とは明らかに違います。
黙らされた魔理沙さんは何故か落ち着かず、帽子を脱いで頭を掻いていました。何か後ろめたいことでもあるのでしょうか?
……そっと、本のページと見紛うような真っ白な手が止まりました。
羽根の先からつま先まで、さながら縫い針で突付かれるような小さな痛み。それは雰囲気の話ですが、私にとっては警鐘です。
――――ここは、まずい。
――――何処かへ、避難しないと。
「これは、なにかしら?」
乾いた声が、本棚の間をこだましていきます。
今だ未分類の魔術書を急いで風呂敷に包み直しながら、私がちらりと横目で見たものは、魔術書を魔理沙さんに突きつけているパチュリー様。
その、ページには――
「……いや、まあ。ちょっとうつらうつらしてて」
――べったりと、これ以上ないくらいに、何らかの液体が染み込んだ後、乾いた跡が。
涎でしょう。ええきっと涎なんでしょう。
ふっ、とパチュリー様が口元だけで笑ったのを合図に、私は全力でその場を離脱しました。もちろん、風呂敷包みと一緒に。
いくつものテーブルを潜り抜けるほどの超低空飛行。もちろんテーブルの足にぶつかる訳にはいきません。
思えば、昔はしょっちゅうこんなことをしていてパチュリー様に怒られたものです。
ですが、今は私も随分大きくなって難易度も上がっていますし、そんな召喚当時の思い出に浸っている暇などもありませんでした。
一番近い本棚に取り付くと、すぐに本棚自体に施されている防護魔術の強化を行いました。
本当なら霊夢さんのような結界や、理想的なものを挙げるとすれば空間遮断などで、蔵書への被害が出ないようにするべきなのですが、
私はしがない小悪魔です。出来ることと言えば、パチュリー様の身の回りのお世話と、僅かな魔術の真似事程度です。
後は流れ弾をなんとか撃ち落とし、私と蔵書への被害がなるべく少なくなるように頑張るだけなんですが……。
「万物を紅に染め上げる者よ、私とこの符に従いなさい――火符『アグニシャイン』!!」
「お、おいおいいきなりかよっ!?」
確信などという生温いレベルではありませんでした。『私の書斎で暴れない』と言っていた方が、
真っ先に……しかも、よりによって火符を持ち出したのです。
――パチュリー様は本気でキレたみたいです。
その後の惨状は、私が語るまでもありませんね。
一瞥したレミリア様が、本来であれば私だけで対処する後始末に対し、人員を割いて下さったのですから。
聞いてくれてあーりがと パッチュリーナ♪
本編の方はほのぼのあったかで良い感じでした(礼
しかし時々鴻さんにはえらい電波が飛んでくるようですな(´∀`)