Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

斬り捨て感謝デイ

2006/12/25 08:37:49
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「……いえすきりすて?」

 幽々子は、突っ込むべきか一瞬迷った。庭に降り注ぐ白雪を眺めながら、ふと幽々子が、「もう、クリスマス
ねえ。イエスキリストがどうとかっていう日ね」と零したのを聞きつけた妖夢は、正座のままくそ真面目にそう
返したのである。
 目を見るに冗談のようではない。というか、冗談が言えるほど気の利いた性格でないことはわかっている。
 幽々子が下した結論はこうである。『面白いから、このまま乗せちゃおう』。

「ええ、そうよ。今日はイエス斬り捨ての日なの」
「つ、つまり、誰彼構わず斬り捨ててしまってよい日とおっしゃるのですか?」

 ……誰彼構わずという解釈は、少し予想外だったけれども。
 妖夢はにわかに落ち着かない態度になって、そわそわと左に寝かせた剣の鞘を掴んだり離したりし始めた。

「まさにあなたの日ね、妖夢」

 幽々子、更に乗せる。
 手の中の扇を優雅に開き、二百余旬の彼方を見る。無駄に遠い目で。

「この世には煩悩が多すぎるわ……騙しや裏切り、物欲に色欲、閉鎖空間での爛れた生活。時代が求めているの
かも知れないわね……真っ直ぐな剣が、それらを正してくれるのを」

 その言葉が、ハートを掴んでしまったのか。妖夢の全身が、武者震いにぞわりと震える。
 今まさに立ち上がらんとしている小さな剣士の気配に、幽々子は内心でほくそ笑んだ。これはひとつ、面白い
ことになるかもしれない、と。

 とどめとばかり、幽々子は扇を閉じ、広がる空を力強く指す。

「ゆ、幽々子様……!」
「行きなさい妖夢! 幻想郷のあらゆる業を、貴方の剣で斬り伏せるのよっ!」

 すぐ後ろで、ばちん、と鯉口を切る音。
 ――あれ?

「然らば、御免っ!」

 ずぴゃ!

  ========

 ――妖夢にばっさりやられた幽々子は、座敷でひとりピクピクしている。
 その妖夢はというと、もうここにはいない。幽々子に一閃お見舞いした勢いのまま、空の彼方へと猛スピード
で飛び去っていったのだ。顕界に降りるのだろうか。

「……ちょっと、乗せすぎたかしらぁ」

 反省してみる。数秒だけ。
 というか正すべき対象として見られていたことがちょっと悲しい。幽々子ショック。ショッキングピンク。

 そんなプチ傷心状態の幽々子が、何者かの気配を捉える。妖夢、である筈がない。紫でもなさそうだ。
 気配は、幽々子の頭の側に立つ。
 見上げると、赤い服に身を包んだ老人がそこにいた。
 どちらさま、と問う前に、幽々子は奇妙な感覚を覚える。こんな奇天烈な格好をする男に知り合いはいなかっ
た筈だが、この老人の佇まい、どこかで覚えがあるのだ。

「あれ、あなたは――」

 次の瞬きで、老人の姿は消えていた。体を起こす幽々子。
 つい一瞬前まで老人のいた場所には、ぽつんと菓子折りが置かれている。

「……わあ、きんつばだわー」

 何の脈絡も無く現れた甘味に、幽々子は素直に喜んだ。


 ◇


 どん、と。
 妖夢、博麗神社に降り立つ。

「巫女っ!」
「わあ! 何よいきなり!?」

 巫女つまり霊夢は今日も今日とて縁側で日和っていた。大体妖夢は前から霊夢のこのひよひよっぷりが気に入
らなかったのだ。名前が似てるくせに、他は似ても似つかないし。地味に背も高いし。腋出てるし。

「霊夢は巫女なのにそんなに腋を出して……! はしたないと思わないのか!」
「いやこれは先代から預かった由緒ある巫女服で、ていうか巫女と腋は関係な」
「問答無用! チェストオオオオ――ッ!!」

 どずぴゃ!

 
 倒れ伏した霊夢は、しかしそれでも湯飲みを手放してはいなかった。
 敵(?)ながら天晴れ――妖夢はその体に、名も無き小さな野花を添えてやる。

「おーい、遊びに来た……ぜ?」

 聞き覚えのある声を認識し、納刀しかけた白楼剣を再び握り直す妖夢。
 背中からでもわかる威圧感に押されたのか、魔理沙が後ずさるのが、気配でわかった。
 振り返る。

「魔理沙……あなたは」
「えっ、は、はい」

 魔理沙、条件反射的に背筋を伸ばす。これは彼女の子供からの癖で、叱られるときの姿勢はいつも妙にいい。

「いや。もはや何も言うまい。私に斬られて改心しなさいっ!」
「えっちょ改心て何がうわヤバ」

 ずぴゃるん!


 霊夢に折り重なるようにして倒れた魔理沙に背を向け、妖夢は空を睨む。太陽はまだ天高く、幻想郷に昼の光
を注いでいる。今日という日は、まだまだ残っている。
 妖夢の目は、幻想郷の空に渦巻くどす黒い欲望を見た。
 気がした。
 決意、或いは奇妙な高揚感と共に、飛翔する。

  ========

「ゴホッ……何、また来たの怨りょ」
「たまには外に出なさいっ!」

 ごずぴゃ!


「あっ妖夢さん、何かネタは無」
「覗き厳禁盗撮無用!」

 るずぴゃ!


「ああいらっしゃい、今日は何の用」
「雪掻きの恨み!」

 ずぴゃら!


「ん? また師匠の薬を貰」
「目が赤すぎ! 睡眠不足ッ!」

 しゅぴずぴゃ!


「あらどしたの妖夢、幽々子は一緒じゃ」
「うちのお米勝手に持ってくの止めて下さいっ!!」

 ずぴゃりんっ!!


 輝くは紫電の一閃。ありとあらゆる雑念煩悩を一太刀に斬り伏せ、半霊剣士は空を駆ける。その顔にはかつて
ないほど清々しい、さわやかな春風のような笑顔がある。
 素晴らしきかな、イエス斬り捨て。斬り捨てイエス。天下泰平。
 雑念煩悩関係なくただの私情とかも混じっている気がするが、イエス斬り捨てだからいいのだ。イエスなのだ。

(ああ、見て下さっていますかお師様! 私、私、今、輝いていますっ!!)

 それにしてもこの妖夢、ノリノリである。



 ◇



 その剣を、どれほど振っただろうか。ふと気付いてみれば、どことも知れぬ森の中である。もうすっかり日は
落ちてしまっており、中天には刃の如く細く鋭い三日月が冴えている。美しかった。

「すっかり遅くなってしまったな……幽々子様がお腹を空かしているだろう」

 最初に斬ったけど。
 ともかくも妖夢はすっかり落ち着き、月光を頼りに夜道を歩く。白玉楼に帰ろうと考える。
 急いで帰ろうと進路を変え――

 目の前に、老人の姿を認めた。

 妖夢の視力は、瞬間、その姿を克明に捉える。
 老人は長い顎ひげを携え、滑稽なほどに鮮やかな赤で全身を包んでいる。背負った袋の白とのきっぱりしたコ
ントラストは、静謐な夜の中でひどく場違いなものに見えた。
 素通りしようと思えば出来た筈である。妖夢は主を待たせている身、こんなところで見知らぬ老人と戯れてい
ていい筈がない。
 だが、それは出来なかった。妖夢はそれ以上、前に進むことが出来ない。
 老人の手には、一振りの刀があったのだ。
 そうして、枯れた大木を思わせる巨躯からは、重く濃密な威圧感が滲んでいる。知らず、妖夢の右手は、刀の
鍔元を強く握り締めていた。

 抜刀する妖夢。冷えた空気が肌を刺すが、そんなものは意識の外へ追いやる。
 この老人――只者ではない。決して避けては通れまい。
 張り詰めた空気の中、妖夢は、地を強く強く踏み締める。

 そして、蹴った。

「――参るッ!」

 交錯は一瞬。
 妖夢は、乾いた金属音を聞いた。
 白楼剣が宙を舞い、地面に突き刺さる。痺れる手の感覚が、残響と共に尾を引いた。

 負けた。

 そう認識すると妖夢は、男に向き直り、躊躇なくその場に座す。

「……私の負けです」

 老人は何も言わない。

「さあ、お斬り下さい。今夜はイエス斬り捨ての日。私とて、覚悟はあります」

 老人は背を向けたまま、微動だにしない。ただその手の中の刃だけが、無音のままに月光を弾く。
 その様を見ていると、背筋を伝う奇妙な寒気を感じた。あの、容赦などまるでない鋭さの刃が、己に喰い込む
瞬間を、想像してしまったのだ。
 妖夢の体が僅かに震える。夜風の寒さのせいではない。斬られるとは、斯様な恐怖であったのか。
 そんなことに、ようやく妖夢は気付いた。

「今はただ、この身の未熟を恥ずばかり――」

 ――ならば精進せい。安い剣を振るうでないわ――

「……えっ?」

 とても懐かしい声が、聞こえたような気がした。
 顔を上げた時、老人の姿はもう何処にも無かった。
 妖夢の前にはただ、薄紙に包まれた豆大福が、数個無造作に置かれているばかりだった。


 ◇


 白玉楼に帰り着くと、幽々子がひとりで金鍔を食べていた。

「ああ妖夢、遅かったじゃないの。斬り捨てはどうだった?」
「……叱られてしまいました」
「んー?」

 妖夢は幽々子の前に膝を折り、頭を垂れる。
 頭の中には、まだあの老人の声が残っている。

「この妖夢、己の至らなさを実感致しました。イエス斬り捨て、という言葉を建前にしておきながら、顕界にお
ける私の所業はまさに刃物を持った幼子のそれ――斬られる気持ちすら理解していなかったのです」
「あら、そう?」

 金鍔をもむもむしながら、幽々子は全てを悟った。
 妖夢はちょっと成長した。半人前から、またちょっと前進した。

「クリスマスプレゼント、なのかしらねえ」

 なんとはなしに、幽々子。
 くりすますぷれぜんと。その言葉を意味を、妖夢は知らない。
 しかし、あの赤い老人が誰だったのかは、妖夢も幽々子もなんとなくわかっている。

「……ありがとうございました」

 半人前の幼い剣士は、記憶の中の背中に呟く。
 一口齧った豆大福は、とても甘くて美味しかった。






「まあでも、明日は色々仕返しに来るでしょうねえ」
「……みょん」
そして、『あれ冗談だったのよねえ』とは、今更言えない幽々子であった。

よいこのとこにはジジイがやって来ます。

※前身→前進に訂正。指摘感謝。
位置
コメント



1.名無し妖怪削除
妖夢ハッスルしすぎw ちょっと前身?
2.名無し妖怪削除
切り捨て教ここに発足
3.名無し妖怪削除
というかおじいちゃん、目立つ格好して刀を振るうなww
まるで偽装になってないよww
4.名無し妖怪削除
このサンタ強ぇ…w
しかし、何故にお菓子しか渡さないのかw
5.A・D・R削除
 なんかこう…言いたいことは色々とあるんですが一言だけ。

 お見事!
6.CACAO100%削除
妖夢はこうして大人にならねぇよ
お爺ちゃん、クリスマスパーティに行きたかったのだろうか
7.名無し妖怪削除
私 輝いてます!! に ノリノリである のナレーションはすごくツボったwww
8.nanashi削除
おじいちゃんサンタやってた!
それにしてもこのおじいちゃん、ノリノリである。
9.名無し妖怪削除
ショッピングバッグ! ピッキングショック!
10.名無し妖怪削除
ノリノリな妖夢でふいた。〆も素晴らしかったです
11.名前が無い程度の能力削除
そんなに普段から斬りたくてしょーがないのか、この娘はw
ゆゆ様は自業自得です。
12.つくし削除
ずるい。カオスギャグと思わせといてこの締めはずるい。(もちろん誉め言葉)
僕が人生で見た中で一番格好いいサンタクロースでした。
13.名無し妖怪削除
やっぱり幻想郷のサンタはこの人だけだ!
14.名無し妖怪削除
切り捨てられても金鍔笑顔でもふもふしてるであろう幽々子さまを幻視w
15.はむすた削除
姿勢の良くなる魔理沙がかわいすぎるw
16.変身D削除
ギャグと見せかけてこの結末……良い意味で肩透かし食らわされましたよ。
面白かったデス(礼
17.名無し妖怪削除
てことはゆゆ様もよい子なのか?
18.名無し妖怪削除
こっちの方がよっぽど切り裂きジャックですよwwwwwwww
19.名無し妖怪削除
きんつばもふもふ良いねw
20.名無し妖怪削除
笑った、そして最後にしんみりした。妖忌素直じゃないな。