Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

魔封白昼夢

2006/12/20 02:36:48
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 魔術的な意味でだが、速度というのは無意味だ。転地渦巻く極奥にて真髄を統べる魔法使いなれば、無窮に平坦、無謬に洗練されたひととなりとなるのが道理である。理を追うものに必要なのは無限に伸び行く探究心ひとつであり、その行き着く先には、ただ究極だけがある。始まりも終わりもない永遠の旅路。探求の路。そこに速度は必要ない。ただ、たどったという事実さえあればいい。

 速度など、邪魔だ。

 邪魔なものは切り捨ててしまえ。

「運命の欠片。荒涼にして豊穣。ベヘモスの足跡、また磐石の地平に沿って。金符にしたがい土符を通せ――発現せよ、エメラルドメガリス」

 天地無窮の剣が轟と立ち上がり、続く二百の刃はみごとな碧の輝きも美しく、一斉に剣閃をひらめかせる様子は逆流れの流星が降り注ぐよう。煌剣は空を虹に切り裂きながら霧雨の航路に分け入った。
「おおう」
 と速度は驚き、ものも言わずに叩き落され















 ヌウっとパチュリー・ノーレッジは寝台から起き上がり、ながいげっぷを吐いた。しょぼしょぼする目元をぬぐい、うっそりとやってきた小悪魔からおしぼりを受け取って顔を拭く。
「……なにいまの夢」
「うン?」
 ぼそりと呟かれた言葉に小悪魔は反応するが、魔女はしばらく首をひねった後ふわふわと定位置へ飛んでいってしまった。鼻を鳴らして小悪魔は紅茶と朝食を取りに行く。
 さっそく魔女は積み上げてあった本を手にとるが、いつもより集中できない。息をするように本を読む魔女に集中も何もあったものではないので、内容が頭に入らないとか、読み進めるのがいつもより遅いとかいったものはなかったが、眼鏡の汚れが気になるとかいう程度で、集中できなかった。
「うーん」
 そういったことが、魔女には気に食わない。本に関すること以外なら、だいたいどうでもよかった。それはつまり読書を邪魔する事柄に対しては容赦なく腹を立てるということで、いまの心持ははらわた煮えくり返ると表現しても間違いではない。
 遅ればせながら、小悪魔が朝食を運んできた。クロワッサンにブルーベリージャム、ソーセージに目玉焼き、それにいつもの紅茶という面白みの無い組み合わせだが、量が半端ではない。熱線を放ちそうな視線を虚空に向けながら、魔女はゆるゆると、しかし着実に朝食を消化して行った。
 下品さとは無縁だが、上品なわけでもない。読書というものは意外にエネルギーを使うもので、パチュリーほどの読書家ならば、一日に消費するエネルギー量は並大抵のものではない。もちろんそれを補佐するような魔術はあるし使ってもいるが、それよりも手っ取り早いのはこういうことで、もしゃもしゃと食事をお腹に詰めるほうが速かった。
 まずクロワッサンをよこに二つに割る。それを五回繰り返す。ブルーベリージャムを割ったクロワッサンの間に塗り、目玉焼きをはさんで食う。このとき端から食べるのではなく、巻かれたところから、つまり中心から食べ始める。そうすることによって最初の一口から満足できる味わいになり、あとの端はその満足さだけで食べきってしまえる。ロックのようなものだと魔女は考えているが、小悪魔に言わせれば、サンドウィッチを頼めば良いではないか、であり、そういう至極真っ当な意見を告げた後、三日ほど魔女が不機嫌になったことがある。
 ハムと間違えるようなソーセージをぱきりと折って、パチュリーは口元をもごもごさせながら一息つく。
「ふぉふぁふふぁ」
「食ってからしゃべるがよい。何用じゃ」
 そばで直立不動のまま待っていた小悪魔は視線をちらりと魔女に向ける。膨らんだ魔女の頬はぐにぐにと愉快に形を変えて、表面には食いかすがひとつ付着していた。形容しがたい表情を小悪魔は隠して、ナプキンでぐりぐりと魔女の頬をこする。
「ええい、動くな!」
 と小悪魔が怒鳴れば、
「む、む、むきゅー……」
 と魔女は不機嫌そうに鳴いた。

 げぇーっぷ

 下品な音を立てて魔女は朝食を終え、紅茶を一口飲む。小悪魔は無駄に不機嫌そうに食器を片付けており、姿を影に沈めると、食器類を調理場の洗い物置き場において、また影から図書館に現れた。
「で、何用だ」
「うーん……」
 と魔女に問いかけるも、魔女は眉間に山脈を作ったまま答えない。


 夢占いをするような気分ではなかった。魔女は鮮明な夢の内容を思い返すたび、自らの不自然さに苛々とする。
 速度。魔法。エメラルドメガリス。霧雨。
 速度を否定しておきながら、放った魔法は宝石剣。断ち切るための鋭さと速さ。土&金符は速度で現実的な結果を引き出す魔法だ。
 速度が必要ないと、そう思い出したのはいつからだろうか。その記憶は明確にある。しごく最近だ。霧雨の軌跡が七耀の印に競り勝ったとき。
 魔法使いに定義は無い。魔法を使えばそれで魔法使いであり、では魔法はどのように使うのかというと、それは星の数ほど方法がある。すべての人が魔法使いであるとも言えた。だからこのように魔女が考えるのは今までなく、むしろ他人を気にしない魔女は悠々と自らに知識を蓄え続けていればよかったのだ。
 魔女が速さを嫌うのは、ではいったい何故なのだろう。
 速度はそれ以前からも居た。無二の友人に侍る従者は速度の最先端、時の頂点にすでにその身を置いており、その究極さは魔女ですら舌を巻くほどだ。たいして霧雨の速度は鈍亀、音をようやく超えられるかどうか程度。完璧なメイドのはるか下方の深淵だ。
 それが気に食わないとは、速度そのものが嫌いなわけではないらしい。霧雨の速度が嫌いなのだ。
 究極的な姿を認め、駆け上がる姿をわずらわしいと思う魔女の傲慢さは、自身も理解している。いまは、それが傲慢さかどうかが気になった。
 ふいに恐ろしくなるときがある。霧雨の航路はまっすぐに伸びていく、それが誰も彼もを追い抜いて、究極を超え、なにものも届かぬ場所へ行ってしまうのではないかと。それが恐ろしいと感じるのは、その恐ろしさの本音とは何なのだろう。
 霧雨が魔女自身に多少なりとも影響を与えたのは否定しない。長年魔女をやってきたなかでも、なかなかに突飛な人間であった。その程度に執着するのは魔女にとって珍しいことで、やはり、霧雨の影響は大きい。

 夢の中で、速度を否定し、肯定するぐらいには。

「小悪魔」
「ヌ」
「速度とは何ぞや」
 察しのよい小悪魔はこの質問だけで魔女がなにを考えているのかがわかった。
 であるので、
「方向に対する推進力の数値的割合。どこかへ往こうとする、その念の強さが表れよ」
 そう答えられる。
 そういうものか、と魔女は呟き、もそもそと読書を再開し始める。
 今度はもう唸るようなことも無く、それを見届けた小悪魔は、影に沈んで朝食の献立に胸を弾ませた。



いま
誰かおれのことを早漏と呼んだか……?
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ルドルフとトラ猫
http://plaza.rakuten.co.jp/phantom38/
コメント



1.名無し妖怪削除
こんなにカリスマ溢れる小悪魔は初めて見ました。なんというか、使役はされども誇りは失わない、ランプの精的なものを感じます。ただその分パチュリーのカリスマが低下してる様な気もしますが気のせいだと思っておきますw

理解しないでふいんきで聞いてしまって申し訳ないんですが、「転地渦巻く」は天地だったりしません?

あと推進力と直接比例してる(割合の関係にある)のは加速度なので、速度に言及するにはこれを時間で積分をする必要がありますから、「数値的割合」は「時間的蓄積」とかにしてみては如何でしょうか。

あ、細かいこと言ってますがこの小悪魔のセリフはなるほどよく考えられてるなーとものすげぇ感心しておりますよこれでも。早漏だなんてとんでもない!
2.名無し妖怪削除
遠回りにも感じられる思考や、変にこだわりのある食べ方に知識と日陰の魔女らしさを感じられて、いい感じ
3.名無し妖怪削除
なんだか小悪魔を小悪魔様と呼びたくなった。
最後の速度に対する小悪魔様の答えがなんとも
「方向に対する」だからベクトルで考えるといいのかな。
そうすれば単位が念の強さで「数値的割合」が大きいと速度が大きいと個人的に解釈。

パチュリーのカリスマがアレですが深い作品でした。
4.床間たろひ削除
あーもうその異次元の表現力を、少し俺に分けてくれ。
どれだけ書いても学んでも、未だ足元にすら届きゃしねぇ orz

ジグラッドで描かれた小悪魔像。こういう関係もそれはそれでw