Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

2006/12/12 11:24:52
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 些細な事だった。
 レイセンが足を止めたのは、少し疲れたという理由だけであり、他意は一切ない。
 襲い掛かってくる自分と似た姿をした『何か』を撃退しながらただひたすらに走り続けていたのだから、そうなるのも無理はないだろう。
 山を越え、谷を越え、草原を走り、森を抜け、走って、走って、走りぬいた。
 どこへ行けばいいのか、そんな事は解らず。
 何をすればいいのか、そんな事も解らず。
 レイセンは、ただ走るしかなかった。

 全てから、逃げるように。

 そうして行き着いたのは、小高い丘の上。
 頭上を飛び交う赤い物は蜻蛉というものだろうか。
 知識では知っていたが、実物を見るのはこれが初めてだった。
 他にも聞こえてくる色々な音。
 火照った体を冷やす風が運んでくる草の匂い。
 かぁ、とどこか呆けた声を上げるのは烏。これも知識でしか知らなかった。
 警戒は怠る事無く。否、怠らなかったからこそ、レイセンはその些細な移り変わりを見逃す事はなかった。

「……赤い?」

 そう、赤かったのだ。
 草も、木も、ふと見下ろした自分の体も。
 世界の全てが、赤に染まっていた。

 狂視を使いすぎたかと思って目を擦ってみるも、それらは変わる事なく赤に染まったまま。
 そしてレイセンは、それを見た。
 青かったはずの、空。
 最初この地に下りた時、その青い空に驚いた。
 だが、今自分の頭上に広がる空はどうだ。
 山裾に身を下ろした太陽からその赤が溶け出たように空は染まり、そして次第にそれは藍へと移り変わっていく。

「わぁ……」

 漏れたのは、感嘆の声。
 まるでそれに呼応するように、ざぁと草を鳴らした風が長い髪を舞い上げた。

 知識では、知っていた。
 知識でしか、知らなかった。
 数多の勲章を付けた上官も、
 共に激戦を潜り抜けてきた同胞も、
 自分を作り出した者でさえも、
 この気持ちまでは、教えてはくれなかった。

「綺麗でしょう?」
「!?」

 考えるよりも早く、レイセンはその場から飛び退いて声の主へと敵意の視線を向けた。
 いくら見惚れていたとはいっても、誰かが近づけば解らないはずがない。
 そのはずなのに、何故自分の真横に立たれるまで気づけなかったのか。
 いや、そんな思考は後で構わない。
 今はただ、目の前のソレを――

「何をそんなに怯えているの?」

 だが、レイセンは出来なかった。
 今まで『敵』と見なしたものに対して、一手を繰り出す事に躊躇いなど持った事がなかったはずなのに、だ。

 夕日を背負った彼女の姿が、あまりにも綺麗だったから――。
 風に揺られて散らばる長い黒髪が、あまりにも美しかったから――。
 その微笑みをもっと見ていたいと、思ってしまったから――。

 けれど、レイセンのそんな想いなど知らぬと彼女は背を向けた。

「あっ……」
「何をしているの? 行くわよ」

 いや、あるいは全てを知っていたのか。
 彼女が誰なのか、自分は知らない。
 彼女がどこに行くのか、自分は知らない。
 彼女が何故ついて来いというのか、自分には解らない。
 萎れた耳に止まった赤蜻蛉が、そんな心情を代弁するように首を傾げていたが、耳がぴくりと動くとすぐに飛び立ってしまった。

 レイセンを導くように、彼女の元へと飛んでいく赤蜻蛉。
 夕日の中に小さくなっていく、彼女の背中。

 何をすればいいのか、そんな事は解らず。
 どこに行けばいいのか、そんな事も解らず。
 髪を揺らす風は、その答えは運んできてはくれなくて。
 そもそも、答えなんてものは最初からどこにもなかったのかもしれない。

 でも、それでも。

 振り返れば、藍色の空に浮かぶ月。
 レイセンは小さく何かを呟くと、もう一度前を向いて、遠ざかる彼女を追うために歩き出した。



 ねぇ、私はもう、走らなくてもいいのかな――?




夕日がね、綺麗だったんだ。

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コメント



1.反魂削除
目の前で、長い髪が揺れている。
伸びた影の一番先で、黄昏色の後ろ姿が夕陽に溶ける。
夜がくればまた、空には月が昇ってゆくだろう。かの珠はいつの世でも、等しく夜に輝き続ける。
ずっと孤独だったけれど、だけど今夜はどうやら――横にいてくれる人が、いるらしかった。

いつもうら寂しいはずの黄昏が、なぜか今日だけは、包み込むように温かかく思える。
朱に染まった髪が、篝火のように揺らめいて……月の姫はもう一度だけ、こちらを振り向いてくれた。



――なんて電波を受信。
何とも近藤さんらしい、美しい空気の作品です。