それは紅魔館にて働くメイドが、上司たるメイド長へと意見を申し立てた事から始まった。
「訓練? 」
「はい、何事も事前に体験しておけばいざと言う時にうろたえる事も無いでしょうから。建前ですけど。」
隠し事をしないこのメイドは正直なのか、隠す気が無いのかメイド長には分からない。
「えぇ、それで? 」
「メイド達ですが、数年前に比べると多少ですが質が落ちております。」
「それは、私の責任なのかしらね? 」
「まさか、咲夜様ほどメイド長に相応しい方はおられません。けれども、メイド達までもが最近は瀟洒に過ぎるかと。」
そう言ってメイドは、メイド長から見ても感嘆するほどに完璧かつ瀟洒に礼をして見せる。
けれども頭を上げたメイドの顔にははっきりと書いてあった、面白くも無いと。
「貴女は、何が足りないと思うの? 」
「メイド長のような完全たるメイドを目指そうとも無理でしょう。故に必要とするのは、本能を制御する理性。」
「本音は? 」
「最近、皆のストレスが溜まっているのでちょっと体動かしませんか、と。」
紅魔館の門前では、普段外勤を勤めるメイド達と門番が話を進めていた。
「それで、私も参加したら誰が門番をやるの? 」
「今年の冬を乗り越せるだけの食料と引き換えに、一時的ですが巫女を雇いました。」
「・・・・それ、よく引き受けてくれたわね。」
「神社の修繕作業も盛り込まれましたが、交渉したメイドを出来れば褒めてやって下さい。」
メイド達の中でも一際背の低い、まるで子供のような姿をしたメイドの一人が一歩前に出て頭を下げる。
「得意技は嘘泣きです。」
「・・・・・お嬢様の許可は? 」
「勿論、一番最初に頂きました。後は美鈴様と咲夜様さえ認めていただければ、すぐにでも始める事が出来ます。」
背の低いメイドを無視すると目を潤ませて見つめて来るので、仕方なく門番は頭をなでた。
にやりと、何処ぞの兎のような計算通りと言わんばかりの笑顔を浮かべて背の低いメイドは一歩下がる。
「そこまで進めているなら、私は反対しないけど。」
「それでは早速準備をお願いします、そろそろ館から咲夜様の許可を得たとの合図が来ますので。」
館の奥深く、魔女の管理する図書館に珍しくも紅魔館の主である吸血鬼が来ていた。
「レミィ、楽しそうね。」
「えぇ、楽しい事が始まるわ。勿論パチェにも楽しんでもらう事になるけど。」
「・・・・何するのよ? 」
「ちょっとした訓練だから、気軽に楽しんで頂戴。」
そう言って吸血鬼は、座っていた椅子から降りて図書館の出口へと向かう。
「訓練の内容は? 」
出口へと向かう吸血鬼に魔女の声がかかると、吸血鬼は扉の前で振り向き、笑顔で叫ぶ。
「門番が一部のメイド達と反乱! 時代は革命の流れに! 狙われるのは館の主たる私! 」
扉が閉まり、吸血鬼の言った内容を理解した魔女はすぐさま扉に自分以外が出入りできないよう魔法をかけて呟いた。
「・・・・・・・小悪魔が外に出ているのを忘れてたわ。」
呟いた魔女は溜息をついて本を読み始める、再度魔法を使う気は無いらしい。
【内勤メイド】
「開始の合図を外勤メイド達に出して。」
「了解、合図送ります。」
「館内放送を、各メイドは配置に。」
『門番が外勤メイドを率いて反乱を起こしました。各自配置に、これは訓練です。』
「咲夜様はこちらにお願いします。」
【外勤メイド】
「開始の合図を確認、訓練開始を伝達。」
「美鈴様は?」
「正面から行くと言われ、正面扉から突入しました。」
「これは美鈴様の反乱を想定した訓練です。美鈴様が正面から行くのなら私達もそれに続きます。」
『開始の合図を確認、各自正面から突入せよ。美鈴様に続け。』
紅魔館は静まり返っていた、これから行う訓練の内容を考えれば異常なほどに。
館のいたる所にいるメイド達は静かに気配と息を殺し待っていた、それが始まるのを。
そしてそれは、真っ直ぐ正面からやってきた。
衝撃と振動、吹き飛ぶ扉と破砕音。隠す気も無い足音と気配、過剰なまでに噴出す闘気。
正面玄関に配置されていたメイドが見たのは紅い雪崩、紅魔館の玄関を埋め尽くさんと広がる紅。
その正体は反乱の首謀者たる門番とそれに付き従うメイド達、メイド達のメイド服が紅いのはどうした事なのか。
「進入を確認、正面玄関です! 」
『トラップa-2、a-3を起動。付近のメイドは退避してください。』
館内放送に従い待機していたメイド達が下がる、けれどその放送を聞いている筈の紅いメイド達は止まらない。
そして二つのトラップが起動した、床に広がる捕縛型の魔法陣が発動し天井に吊り下げられたシャンデリアが全て落ちて行く。
「破ぁ! 」
「総員、上面迎撃! 」
だがその罠も紅い流れを止められない。
床の魔法陣が門番の覇気脚にて一撃で踏み砕かれ、数個のシャンデリアも紅いメイド達の弾幕に撃ち砕かれたのだ。
その一連の動きを見た足止めするよう配置されたメイド達は、冷静に現在の戦力差を考えさらに奥へと下がる。
奥に控えるメイド達と合流する為に、さらなる罠へと誘う為に。
「美鈴様、指示を。」
「私は正面から行く、付いて来たい奴だけ付いて来なさい。」
「罠が待ち構えていますよ。」
「踏み潰す。」
「合流したメイド達が待ち構えているでしょう。」
「撃ち砕く。」
門番が進むのを止めて振り返る、するとまるで時が止まったかの様に紅いメイド達の動きも止まった。
「私は策を必要としない、ただ前へと突き進めば良い。私は停止を必要としない、全てが終わった後に止まれば良い。」
「消耗が激しくなります。」
「私が『攻める』と言う行動を行えばこうなる。それで、どうするの? 」
門番へと言を行っていた紅いメイド達は、門番の言葉にそろって穏やかではない笑みを浮かべる。
「無論、付いて行きます。」
「罠があるんじゃなかったの? 」
「食い破って見せましょう。」
「合流して待ち構えるメイド達は? 」
「蹴散らせば宜しいかと。」
そんな先程までとは全く逆の事を言う紅いメイド達の言葉に、門番は優しい笑顔を浮かべて言う。
「だったら、しっかりと付いて来なさい。遅れたら置いて行くから。」
そう言って門番は返事も聞かずに館の奥へと突き進む、ただ真っ直ぐに突き進む。
紅いメイド達は『是』と、一言で返し脚を一歩前へと踏み出す。
門番とメイド達は再び紅い流れへと変わる、けれどそれは先程とは少し違っていた。
例えるならば真っ直ぐ突き進む紅い槍、館の主が使う槍を思わせる紅の群れ。
止まる事を知らない槍が、館の奥へと突き進むのであった。
「それで咲夜、どうするの? 」
「お嬢様の手を煩わせる事はありません、戦力を削り折ります。」
紅魔館の奥にある部屋に館の主である吸血鬼とメイド長、それと数人のメイド達がいる。
メイド長は次々に報告される情報から、次々とメイド達に指示を与えていた。
「トラップは自分達の判断で起動させなさい。相手の動きを予想して予測して観測して合わせるように。」
「D班、敵側面へ攻撃を失敗しました! 後方より追撃させます! 」
「K班を下がらせてS班と合流させなさい。壁の役も成せないなら下がらせて。」
「敵の移動速度が普段の三倍は出ているとの報告! なら四倍の速度で動けと返します! 」
吸血鬼は手元にある水晶でメイド長とメイド達が繰り広げる罠を踏み潰し、立ちはだかるメイド達を蹴散らす門番達の姿を見ていた。
吸血鬼が予想していた訓練の流れは二通り、分散して各個撃破されるか集結して突き進むか。
結果は後者、結果から門番が割りと本気である事が分かった吸血鬼はメイド長に言う。
「咲夜。」
「はい、お嬢様。」
「来るわよ。」
何かが揺れた、物理的には何も起こってはいないのに誰もが何か起こったのだと感じたのだ。
吸血鬼の笑顔が少し引きつる、彼女はこれを知っている。
この場面で何かが起こることを知っていた、けれどこれが来るとは知らなかった。
「メイド長! 図書館から火が出ました! 」
「・・・・・フランドール様、ですか。」
『妹様が図書館に現れました、退避してください。繰り返します、図書館付近からメイド達は退避してください。』
吸血鬼は親友である魔女の事を心配しながらも、さらに増え続ける運命の道を見る。
その中でも可能性の高い運命、本を焼かれてブチ切れた魔女が魔法を非常識なまでに連射する運命が見えて目を逸らした。
自分の妹が関わると、全てがぶち壊しだと思いながら吸血鬼は立ち上がる。
「お嬢様? 」
「本当は最後まで悠然と、相手が来るのを待って居たかったのに。」
「・・・・・・申し訳御座いません。」
「仕方が無いから、私が行く。」
吸血鬼の言葉を聞いて、メイド長が館内放送を流す。
『お嬢様が出ます、前座を務めなさい。』
その放送を聞いたメイド達が、メイド長以外のメイドが全員部屋を飛び出して行く。
「それでは、参りましょう。」
「咲夜は心配性ね。」
『お嬢様が出ます、前座を務めなさい。』
その放送は、勿論門番達の耳にも入っていた。
すると幾人かのメイド達が、まるで躊躇するかのように動きを鈍らせる。
けれども先頭を突き進む門番は、それを気にせずに置いて行った。
紅い群れの進む速度がさらに上がる、上がり続ける。
確かにメイド長の言う通り、最初に比べると紅いメイドの数が削られて減っているかもしれない。
しかし紅いメイド達にとってそれは削られるのではなく、砥がれたと言う言葉の方が正しいだろう。
さらに鋭く、もっと速く、何よりも紅く。
耐えられないメイドが倒れ、付いて行けないメイドが足を止め、己と仲間の血でメイド服をさらに紅く染めるのだ。
「正面に壁が。」
紅いメイドの一人が呟いた声が聞こえる、それは確かに壁だった。
メイドの壁、空間を広げられて可笑しな程に広い通路を埋め尽くすメイドの壁。
門番は感じる、その壁の向こう側にある巨大な気の塊を、自分達が目指すべき相手の力を。
「撃てぇー! 」
メイドの壁から一斉に放たれる弾幕、弾幕ごっこならば反則スレスレである隙間の無い弾幕。
だがスペルカードだと言い張って拳や蹴りを放つ門番の前には無駄にしかならない、スペルカードと同じ威力を持つ拳が放たれる。
先頭の門番が放つ拳に弾幕は触れる事さえ出来ずに散り飛び、その拳は止まらずメイドの壁に突き刺さった。
壁となっていたメイド達が感じたのは無音の衝撃、弾き飛ばされた後に聞こえる轟音。
それは愚直なまでに真っ直ぐと突き進む紅い槍の進行速度が、音の速さを超えた事を証明していた。
「来たわね。」
吸血鬼にはそれが見えた、全てを蹴散らし襲い掛かる紅い集団が。
その先も見えていた、自分がその紅い集団を悠然と迎え撃ち蹴散らす姿が。
「・・・・お嬢様。」
「咲夜、さっきも言ったけど手出しは禁止よ。」
己の主を心配するメイド長に、吸血鬼は不敵に笑い手出しを禁じる。
そんな主従が会話をした後には、もう紅い集団は従者の視界にも映るほどに接近していた。
「お気をつけて。」
「私の心配よりも、相手が壊れない事を願っていなさい。」
吸血鬼はなんの気負いも無く、ふわりと浮かび上がる。
ふわふわと浮かび上がる姿、突き進む門番達に立ち向かうその小さな体。
じっと主の背中を見つめつつも、内心ハラハラなメイド長であった。
「さぁ! お前達の狙う私は此処だ! 来い! 」
そして、門番が横を通り過ぎた
「え? 」
吸血鬼は驚いて、自分の横を通り過ぎた門番へと振り向いて視線で追う。
そんな振り向いてしまった吸血鬼は、続く紅いメイド達の流れに成すすべも無く巻き込まれる。
「げふっ痛い痛痛たたたたたたたたたたたたたたたたたたほあたぁ!? 」
べしゃりと、目をぐるぐると回した吸血鬼がメイド長の前に落ちて来た。
メイド長は溜息をつく、嫌な予感はしていたのだ。
普段は尊大かつ傲慢で我侭、けれども圧倒的な力と自然と放たれる威厳により素晴らしき支配者。
それがどうした事か、妹が関わると途端にヘタレる。
運命を操る程度の能力を持つのに運に見放され、何をやっても空回って真っ白に燃え尽きるどころか灰になる。
暴れる妹を力ずくで押さえ込んだ日には落ち込み食事が喉を通らず、気が付けば血が足りずに自分が暴走する事もあった。
手を出すなと言われたメイド長は、もう良いだろうと考え倒れた吸血鬼をそっと抱える。
己の主を抱き抱えたメイド長の口元が微笑みの形を作り、片手で背後に迫っていた紅いメイドを斬り伏せた。
「まったく、空気を読みなさい。」
ぞろぞろと、数人の紅いメイドがメイド長へと迫る。
門番を追いかけて来たのだろう、中には動けるのが不思議なくらいにボロボロなメイドも居た。
メイド長が斬り伏せたメイドさえ起き上がろうとしていた、メイド長はまたもや溜息をつく。
「朱に交われば紅くなる、ね。全く、其処まで頑丈に成らなくても良いものを。」
紅いメイドに迫られるメイド長は余裕の表情を崩さない、むしろ誰が見ても分かるほどに微笑が増す。
其処からは紅いメイド達にとって一瞬で、メイド長の時間では数秒の出来事であった。
「くらえ必殺っ! お嬢様クレイドル! 」
時を止めて、己の主をナイフの変わりに投げて、メイド達を吹き飛ばしたのだ。
こうして『門番がメイド達を連れて反乱』を想定した訓練が、最後はメイド長の裏切りで幕を閉じるのであった。
【訓練結果】
図書館 - 全壊、工事中により使用不可。
紅魔館 - 西側が半壊、地下は全壊により工事中。
内勤メイド - 疲労困憊だが気分は爽快、仕事に差し支えは無かった。
外勤メイド - 特に問題は無く、紅いメイド服が正式に採用される。
小悪魔 - トラップにこぁれてこぁー! 箪笥の裏から五日後に救出された。
魔女 - 根性で図書館を修復するべく奮闘、勢いで喘息が治るかも知れない。
フランちゃん - きょうもいっぱいあそんでうふふ。
メイド長 - 瀟洒に勝者なメイド長、畏怖の念とともに『くまだ』と言う綽名が広まる。
吸血鬼 - 寝込む。
間違って吸血鬼の妹へと突っ込んだ門番は、魔女と妹の放つ魔法に巻き込まれて全身全焼全壊の全治5年の怪我を負う。
次の日、元気に門番をしていた。
「訓練? 」
「はい、何事も事前に体験しておけばいざと言う時にうろたえる事も無いでしょうから。建前ですけど。」
隠し事をしないこのメイドは正直なのか、隠す気が無いのかメイド長には分からない。
「えぇ、それで? 」
「メイド達ですが、数年前に比べると多少ですが質が落ちております。」
「それは、私の責任なのかしらね? 」
「まさか、咲夜様ほどメイド長に相応しい方はおられません。けれども、メイド達までもが最近は瀟洒に過ぎるかと。」
そう言ってメイドは、メイド長から見ても感嘆するほどに完璧かつ瀟洒に礼をして見せる。
けれども頭を上げたメイドの顔にははっきりと書いてあった、面白くも無いと。
「貴女は、何が足りないと思うの? 」
「メイド長のような完全たるメイドを目指そうとも無理でしょう。故に必要とするのは、本能を制御する理性。」
「本音は? 」
「最近、皆のストレスが溜まっているのでちょっと体動かしませんか、と。」
紅魔館の門前では、普段外勤を勤めるメイド達と門番が話を進めていた。
「それで、私も参加したら誰が門番をやるの? 」
「今年の冬を乗り越せるだけの食料と引き換えに、一時的ですが巫女を雇いました。」
「・・・・それ、よく引き受けてくれたわね。」
「神社の修繕作業も盛り込まれましたが、交渉したメイドを出来れば褒めてやって下さい。」
メイド達の中でも一際背の低い、まるで子供のような姿をしたメイドの一人が一歩前に出て頭を下げる。
「得意技は嘘泣きです。」
「・・・・・お嬢様の許可は? 」
「勿論、一番最初に頂きました。後は美鈴様と咲夜様さえ認めていただければ、すぐにでも始める事が出来ます。」
背の低いメイドを無視すると目を潤ませて見つめて来るので、仕方なく門番は頭をなでた。
にやりと、何処ぞの兎のような計算通りと言わんばかりの笑顔を浮かべて背の低いメイドは一歩下がる。
「そこまで進めているなら、私は反対しないけど。」
「それでは早速準備をお願いします、そろそろ館から咲夜様の許可を得たとの合図が来ますので。」
館の奥深く、魔女の管理する図書館に珍しくも紅魔館の主である吸血鬼が来ていた。
「レミィ、楽しそうね。」
「えぇ、楽しい事が始まるわ。勿論パチェにも楽しんでもらう事になるけど。」
「・・・・何するのよ? 」
「ちょっとした訓練だから、気軽に楽しんで頂戴。」
そう言って吸血鬼は、座っていた椅子から降りて図書館の出口へと向かう。
「訓練の内容は? 」
出口へと向かう吸血鬼に魔女の声がかかると、吸血鬼は扉の前で振り向き、笑顔で叫ぶ。
「門番が一部のメイド達と反乱! 時代は革命の流れに! 狙われるのは館の主たる私! 」
扉が閉まり、吸血鬼の言った内容を理解した魔女はすぐさま扉に自分以外が出入りできないよう魔法をかけて呟いた。
「・・・・・・・小悪魔が外に出ているのを忘れてたわ。」
呟いた魔女は溜息をついて本を読み始める、再度魔法を使う気は無いらしい。
【内勤メイド】
「開始の合図を外勤メイド達に出して。」
「了解、合図送ります。」
「館内放送を、各メイドは配置に。」
『門番が外勤メイドを率いて反乱を起こしました。各自配置に、これは訓練です。』
「咲夜様はこちらにお願いします。」
【外勤メイド】
「開始の合図を確認、訓練開始を伝達。」
「美鈴様は?」
「正面から行くと言われ、正面扉から突入しました。」
「これは美鈴様の反乱を想定した訓練です。美鈴様が正面から行くのなら私達もそれに続きます。」
『開始の合図を確認、各自正面から突入せよ。美鈴様に続け。』
紅魔館は静まり返っていた、これから行う訓練の内容を考えれば異常なほどに。
館のいたる所にいるメイド達は静かに気配と息を殺し待っていた、それが始まるのを。
そしてそれは、真っ直ぐ正面からやってきた。
衝撃と振動、吹き飛ぶ扉と破砕音。隠す気も無い足音と気配、過剰なまでに噴出す闘気。
正面玄関に配置されていたメイドが見たのは紅い雪崩、紅魔館の玄関を埋め尽くさんと広がる紅。
その正体は反乱の首謀者たる門番とそれに付き従うメイド達、メイド達のメイド服が紅いのはどうした事なのか。
「進入を確認、正面玄関です! 」
『トラップa-2、a-3を起動。付近のメイドは退避してください。』
館内放送に従い待機していたメイド達が下がる、けれどその放送を聞いている筈の紅いメイド達は止まらない。
そして二つのトラップが起動した、床に広がる捕縛型の魔法陣が発動し天井に吊り下げられたシャンデリアが全て落ちて行く。
「破ぁ! 」
「総員、上面迎撃! 」
だがその罠も紅い流れを止められない。
床の魔法陣が門番の覇気脚にて一撃で踏み砕かれ、数個のシャンデリアも紅いメイド達の弾幕に撃ち砕かれたのだ。
その一連の動きを見た足止めするよう配置されたメイド達は、冷静に現在の戦力差を考えさらに奥へと下がる。
奥に控えるメイド達と合流する為に、さらなる罠へと誘う為に。
「美鈴様、指示を。」
「私は正面から行く、付いて来たい奴だけ付いて来なさい。」
「罠が待ち構えていますよ。」
「踏み潰す。」
「合流したメイド達が待ち構えているでしょう。」
「撃ち砕く。」
門番が進むのを止めて振り返る、するとまるで時が止まったかの様に紅いメイド達の動きも止まった。
「私は策を必要としない、ただ前へと突き進めば良い。私は停止を必要としない、全てが終わった後に止まれば良い。」
「消耗が激しくなります。」
「私が『攻める』と言う行動を行えばこうなる。それで、どうするの? 」
門番へと言を行っていた紅いメイド達は、門番の言葉にそろって穏やかではない笑みを浮かべる。
「無論、付いて行きます。」
「罠があるんじゃなかったの? 」
「食い破って見せましょう。」
「合流して待ち構えるメイド達は? 」
「蹴散らせば宜しいかと。」
そんな先程までとは全く逆の事を言う紅いメイド達の言葉に、門番は優しい笑顔を浮かべて言う。
「だったら、しっかりと付いて来なさい。遅れたら置いて行くから。」
そう言って門番は返事も聞かずに館の奥へと突き進む、ただ真っ直ぐに突き進む。
紅いメイド達は『是』と、一言で返し脚を一歩前へと踏み出す。
門番とメイド達は再び紅い流れへと変わる、けれどそれは先程とは少し違っていた。
例えるならば真っ直ぐ突き進む紅い槍、館の主が使う槍を思わせる紅の群れ。
止まる事を知らない槍が、館の奥へと突き進むのであった。
「それで咲夜、どうするの? 」
「お嬢様の手を煩わせる事はありません、戦力を削り折ります。」
紅魔館の奥にある部屋に館の主である吸血鬼とメイド長、それと数人のメイド達がいる。
メイド長は次々に報告される情報から、次々とメイド達に指示を与えていた。
「トラップは自分達の判断で起動させなさい。相手の動きを予想して予測して観測して合わせるように。」
「D班、敵側面へ攻撃を失敗しました! 後方より追撃させます! 」
「K班を下がらせてS班と合流させなさい。壁の役も成せないなら下がらせて。」
「敵の移動速度が普段の三倍は出ているとの報告! なら四倍の速度で動けと返します! 」
吸血鬼は手元にある水晶でメイド長とメイド達が繰り広げる罠を踏み潰し、立ちはだかるメイド達を蹴散らす門番達の姿を見ていた。
吸血鬼が予想していた訓練の流れは二通り、分散して各個撃破されるか集結して突き進むか。
結果は後者、結果から門番が割りと本気である事が分かった吸血鬼はメイド長に言う。
「咲夜。」
「はい、お嬢様。」
「来るわよ。」
何かが揺れた、物理的には何も起こってはいないのに誰もが何か起こったのだと感じたのだ。
吸血鬼の笑顔が少し引きつる、彼女はこれを知っている。
この場面で何かが起こることを知っていた、けれどこれが来るとは知らなかった。
「メイド長! 図書館から火が出ました! 」
「・・・・・フランドール様、ですか。」
『妹様が図書館に現れました、退避してください。繰り返します、図書館付近からメイド達は退避してください。』
吸血鬼は親友である魔女の事を心配しながらも、さらに増え続ける運命の道を見る。
その中でも可能性の高い運命、本を焼かれてブチ切れた魔女が魔法を非常識なまでに連射する運命が見えて目を逸らした。
自分の妹が関わると、全てがぶち壊しだと思いながら吸血鬼は立ち上がる。
「お嬢様? 」
「本当は最後まで悠然と、相手が来るのを待って居たかったのに。」
「・・・・・・申し訳御座いません。」
「仕方が無いから、私が行く。」
吸血鬼の言葉を聞いて、メイド長が館内放送を流す。
『お嬢様が出ます、前座を務めなさい。』
その放送を聞いたメイド達が、メイド長以外のメイドが全員部屋を飛び出して行く。
「それでは、参りましょう。」
「咲夜は心配性ね。」
『お嬢様が出ます、前座を務めなさい。』
その放送は、勿論門番達の耳にも入っていた。
すると幾人かのメイド達が、まるで躊躇するかのように動きを鈍らせる。
けれども先頭を突き進む門番は、それを気にせずに置いて行った。
紅い群れの進む速度がさらに上がる、上がり続ける。
確かにメイド長の言う通り、最初に比べると紅いメイドの数が削られて減っているかもしれない。
しかし紅いメイド達にとってそれは削られるのではなく、砥がれたと言う言葉の方が正しいだろう。
さらに鋭く、もっと速く、何よりも紅く。
耐えられないメイドが倒れ、付いて行けないメイドが足を止め、己と仲間の血でメイド服をさらに紅く染めるのだ。
「正面に壁が。」
紅いメイドの一人が呟いた声が聞こえる、それは確かに壁だった。
メイドの壁、空間を広げられて可笑しな程に広い通路を埋め尽くすメイドの壁。
門番は感じる、その壁の向こう側にある巨大な気の塊を、自分達が目指すべき相手の力を。
「撃てぇー! 」
メイドの壁から一斉に放たれる弾幕、弾幕ごっこならば反則スレスレである隙間の無い弾幕。
だがスペルカードだと言い張って拳や蹴りを放つ門番の前には無駄にしかならない、スペルカードと同じ威力を持つ拳が放たれる。
先頭の門番が放つ拳に弾幕は触れる事さえ出来ずに散り飛び、その拳は止まらずメイドの壁に突き刺さった。
壁となっていたメイド達が感じたのは無音の衝撃、弾き飛ばされた後に聞こえる轟音。
それは愚直なまでに真っ直ぐと突き進む紅い槍の進行速度が、音の速さを超えた事を証明していた。
「来たわね。」
吸血鬼にはそれが見えた、全てを蹴散らし襲い掛かる紅い集団が。
その先も見えていた、自分がその紅い集団を悠然と迎え撃ち蹴散らす姿が。
「・・・・お嬢様。」
「咲夜、さっきも言ったけど手出しは禁止よ。」
己の主を心配するメイド長に、吸血鬼は不敵に笑い手出しを禁じる。
そんな主従が会話をした後には、もう紅い集団は従者の視界にも映るほどに接近していた。
「お気をつけて。」
「私の心配よりも、相手が壊れない事を願っていなさい。」
吸血鬼はなんの気負いも無く、ふわりと浮かび上がる。
ふわふわと浮かび上がる姿、突き進む門番達に立ち向かうその小さな体。
じっと主の背中を見つめつつも、内心ハラハラなメイド長であった。
「さぁ! お前達の狙う私は此処だ! 来い! 」
そして、門番が横を通り過ぎた
「え? 」
吸血鬼は驚いて、自分の横を通り過ぎた門番へと振り向いて視線で追う。
そんな振り向いてしまった吸血鬼は、続く紅いメイド達の流れに成すすべも無く巻き込まれる。
「げふっ痛い痛痛たたたたたたたたたたたたたたたたたたほあたぁ!? 」
べしゃりと、目をぐるぐると回した吸血鬼がメイド長の前に落ちて来た。
メイド長は溜息をつく、嫌な予感はしていたのだ。
普段は尊大かつ傲慢で我侭、けれども圧倒的な力と自然と放たれる威厳により素晴らしき支配者。
それがどうした事か、妹が関わると途端にヘタレる。
運命を操る程度の能力を持つのに運に見放され、何をやっても空回って真っ白に燃え尽きるどころか灰になる。
暴れる妹を力ずくで押さえ込んだ日には落ち込み食事が喉を通らず、気が付けば血が足りずに自分が暴走する事もあった。
手を出すなと言われたメイド長は、もう良いだろうと考え倒れた吸血鬼をそっと抱える。
己の主を抱き抱えたメイド長の口元が微笑みの形を作り、片手で背後に迫っていた紅いメイドを斬り伏せた。
「まったく、空気を読みなさい。」
ぞろぞろと、数人の紅いメイドがメイド長へと迫る。
門番を追いかけて来たのだろう、中には動けるのが不思議なくらいにボロボロなメイドも居た。
メイド長が斬り伏せたメイドさえ起き上がろうとしていた、メイド長はまたもや溜息をつく。
「朱に交われば紅くなる、ね。全く、其処まで頑丈に成らなくても良いものを。」
紅いメイドに迫られるメイド長は余裕の表情を崩さない、むしろ誰が見ても分かるほどに微笑が増す。
其処からは紅いメイド達にとって一瞬で、メイド長の時間では数秒の出来事であった。
「くらえ必殺っ! お嬢様クレイドル! 」
時を止めて、己の主をナイフの変わりに投げて、メイド達を吹き飛ばしたのだ。
こうして『門番がメイド達を連れて反乱』を想定した訓練が、最後はメイド長の裏切りで幕を閉じるのであった。
【訓練結果】
図書館 - 全壊、工事中により使用不可。
紅魔館 - 西側が半壊、地下は全壊により工事中。
内勤メイド - 疲労困憊だが気分は爽快、仕事に差し支えは無かった。
外勤メイド - 特に問題は無く、紅いメイド服が正式に採用される。
小悪魔 - トラップにこぁれてこぁー! 箪笥の裏から五日後に救出された。
魔女 - 根性で図書館を修復するべく奮闘、勢いで喘息が治るかも知れない。
フランちゃん - きょうもいっぱいあそんでうふふ。
メイド長 - 瀟洒に勝者なメイド長、畏怖の念とともに『くまだ』と言う綽名が広まる。
吸血鬼 - 寝込む。
間違って吸血鬼の妹へと突っ込んだ門番は、魔女と妹の放つ魔法に巻き込まれて全身全焼全壊の全治5年の怪我を負う。
次の日、元気に門番をしていた。
勘違いしてる人が多いですが
無粋なコメント失礼しました 作者さん
模擬戦の熱さもさることながらレミリアの不遇っぷりに萌えるッすw
紅魔館メイド,s何気に怖いなw
くまだ怖い、ステージから落とさないで
但し名前で呼ばれないと、カリスマが減る
くにお君ネタ書こうとした瞬間に同士複数発見!!
そんな私は隅に逃げて道具投げてる臆病者orz
退屈を許さない素敵な紅の館でした。
いや、これは攻撃側のセリフのような
何、美鈴のこの妹紅ばりの不死身さ。ひょっとして彼女が門番やってるのって、フランちゃんでも壊しきれないから、とか?
もう大丈夫だ
と言ってやりたい