レミリア様、ニコニコ顔で紅魔館の回廊を行く。
「フフフ…パチェから咲夜をオトす秘策を授かってきたわ!」
懲りませんね。
「咲夜。博麗神社に行ってくる。共は要らないわ」
日傘を差しながら正面玄関で言う。従者の姿は見えなかったが、次の瞬間には初めからそこに居たかのように隣にたたずんでいた。
「かしこまりました。お帰りのご予定は?」
「さあ。そのうち」
「…分かりました。行ってらっしゃいませ」
「博麗神社に行ってくるわ」
「かしこまりました」
「ま、そのうち帰ってくるから」
「はい。行ってらっしゃいませ」
「今日も行ってくるわ」
「行ってらっしゃいませ」
「行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
・
・
・
(…おかしいわ…)
博麗神社に通う事一週間。
授けられた秘策に全く効果が見られない事に戸惑いを隠せないレミリア。
連日の神社通いは咲夜の孤独感を煽ろうという作戦のつもりだったのだ。
(予定では3日目の夜に構ってもらえなくなって淋しくなった咲夜が、私のベッドに忍び込んできてウフンアハンな展開になるはずだったのに…)
むしろレミリア自身が3日で我慢できずに咲夜の寝室に忍び込むところだった。
ちなみに、その時は代わりに門番の寝室に忍び込んで事なきを得た。
それにしても、そろそろパチュリーの言う事を真に受けるとロクな事にならないと学習してもいい頃だろうに。
「…レミリアか。また来たの」
いつもどおりに霊夢の出迎えの言葉は素っ気無い。毎日押しかけようが何時来ようが同じ素っ気無さである。こういう態度がきっと神社にヘンなものが集まる原因の1つなのだろう。
「今日も来てあげたわよ」
レミリアにしても、この巫女の所に行くことはそれなりに楽しい。咲夜の件は抜きにして毎日来てもいいのだが――
「…よう、極楽トンボ吸血鬼」
(…う)
この暗い緑色に濁る魔理沙の目が恐ろしくてたまらない。
縁側に座って、自分と霊夢の時間を邪魔するなとばかりに睨め付けてくる。
神社通いを始めて3日目から先、ずっとこの視線にさらされて胃に穴が空きそうな気分だった。
かといって、神社以外に時間が潰せるような場所は無い。自分の交友範囲の狭さが少々情けなかった。
(ああ咲夜…早く私に「神社通いはほどほどに」って言って頂戴…)
もはや後に引けなくなってしまったプライドの高いお嬢様は、霊夢が淹れてくれたお茶を啜りながら、そっと咲夜に想いを馳せるのだった。
(そういえば、紅魔館でもお茶の時間かしら――)
その頃、紅魔館では。
「咲夜ー。 今日のおやつは何?」
満面の笑みを浮かべて、いつもレミリアがお茶を楽しむテーブルに着いているのはフランドールだ。
「今日はオーソドックスにクリーム・ティをご用意いたしました。良いクロテッド・クリームが手に入りましたので」
「クリームティって…お菓子はないの? お茶だけ?」
フランドールががっかりとした顔になったのを見て、咲夜は思わず微笑んだ。
「いえ。紅茶、スコーン、クロテッド・クリームのセットをクリーム・ティと呼ぶのです。このクリームはスコーンにのせるためのもので、紅茶に浮かべるクリームではありません」
咲夜がテーブルの上で指を鳴らすと、瞬きする間に茶器やクリーム、ジャムが並んだ。
目の前に並べられた色とりどりのジャムを見たフランドールの顔がキラキラした笑顔に変わった。
「わあ、美味しそう」
咲夜は、くるくる変わるフランドールの表情にとても和やかな気持ちになった。レミリアはあまり素直に感情を表に出すことはしないが、フランドールはとてもストレートに感情が顔に表れる。
ここ数日はレミリアが館に居ないので世話をする機会が減り、こうしたフランドールとのちょっとしたやり取りが咲夜の仕事の中で大きなウェイトを占めるようになっていた。
「スコーンにクリームをのせて、その上に好みのジャムをのせてお召し上がりください。クロテッド・クリームは少々『重い』クリームですので、紅茶にはミルクは入れずに飲んだ方がよろしいですね。必要であればお持ちいたしますが」
フランドールは、んー、と指を口元に当てて何事か考えた後、咲夜に隣に座るように言った。
「咲夜も一緒にお茶飲も?」
「そういう訳には参りません、フランドール様。こういう時は…」
「咲夜。座れと言ってるの。隣に座って、私と一緒にお茶を飲んで」
紅い瞳で咲夜を睨みつける。慣習だとか格式ばった決まりごとだとかいうものは、フランドールにとっては小うるさいだけで何の価値も見出せないものだった。
レミリアは、形式も格を生む要素の一つなのだと常々フランドールに言い聞かせているのだが、どうしてもそれを肯んずることは無かった。
そうしたシーンを咲夜も何度も見ているので、それ以上は逆らわずに大人しくフランドールの言う事に従う。
それにフランドールが純粋に、自分と一緒にお茶を飲みたいから言っているという事がよく分かるのも大人しく従う要因の一つであった。
「さくやー。クリームとかさくやがしてよー」
咲夜が隣に座るとフランドールは上機嫌になって、甘えた声を出した。
「フランドール様。そういう事を自分でやるのを含めて、ティタイムを楽しむという事ですよ」
先ほどフランドールを咎めたときとは違う声の調子で窘める。まるで、姉が妹に優しく諭すような口調だった。
フランドールはその言葉を受けて素直に従う。形式なぞはどうでもいいが、そんな風に言われるのは少しだけくすぐったくて、悪いものではなかった。
咲夜の言うとおり、クリームの量の加減やジャムを綺麗にのせる作業はとても楽しかった。
「ああ、フランドール様。ほっぺにジャムが付いてますよ」
クスクス笑いながら、咲夜はジャムを拭き取ってくれた。
(咲夜、お姉さんみたい…)
その頃お姉様は。
(何で私こんな事してるのかしら…)
ヒマなら手伝え、と霊夢に雑巾を突きつけられた。ついでに御幣も一緒に突きつけられた。いわゆる強制労働だ。
魔理沙は、霊夢が「ヒマなら」の「な」まで言った所で箒に跨って何処かへ飛んで行った。あの魔法使いはこの巫女のパターンを知り尽くしているらしい。
そうして今、雑巾がけの真っ最中である。
とてもこんな姿はウチの連中には見せられない、と暗澹たる気持ちになった。
「ムラがあるわよ…まあ、いいか」
やれやれ、と肩をすくめる霊夢の姿にレミリアの我慢ゲージが振り切れた。
(もういいわ…今夜はこの不満を全て咲夜にぶちまけてあげるわ…)
雑巾を絞る手に力を込めすぎて捩じ切ってしまい、さらに霊夢に怒られた。
その日の深夜。
ぬるり。
やってきました咲夜の部屋。
(んふふ…久しぶりに咲夜にあんなことやこんなことが出来るわ…)
手に握られた荒縄とビデオカメラが眩しい。
そっと咲夜のベッドに近付くと――暗闇に光る、見覚えのある何かがベッドからはみ出している事に気がついた。
(ん…これ…なんだっけ?)
慎重に寝具を捲ってみると――眠る咲夜と、それに寄り添って眠るフランドールの姿が。はみ出していたのはフランドールの羽根だった。
(な、なんでフランが此処に?)
頭上に沢山のクエスチョンマークを浮かべたレミリアをよそに、フランドールは寒かったのか咲夜にぎゅっと抱きついて、ポツリと寝言を呟いた。
「お姉ちゃん…」
正門で夜勤中の美鈴は、夜食のあんまんを齧りながらぼんやりと門に凭れ掛かっていた。
と、館の方から主人が近付いてくる気配がした。いつもとは全然違う弱弱しい気を発していて、思わずあんまんを咥えたまま振り返ると、俯きながらこちらへ向かってくるレミリアの姿がそこにあった。
(うーん…また咲夜さん絡みかなあ…)
此処の所ほとんど館に居なかったみたいだし、などと考えているうちに、レミリアは門のすぐ傍までふらふらとやってきた。
「あの…レミリア様? 夜の散歩ですか? よろしければあんまん食べませんか? 暖かいですよ」
レミリアが顔を上げた。美鈴の顔をじっと見つめたかと思うと、その紅い眼に涙が零れ落ちそうなほど浮かんだ。
「めぇいりいいいいいいいん!!!!」
レミリアが飛び掛る。
「ちょ、レミリアさ――きゃあ! そこはあんまんじゃなアッー!!!!!」
次の日、フランドールが「お姉様に」と焼いてくれたスコーンが更なる涙を誘うのだった。
咲夜と一緒にキッチンに立つフランドールの姿は、とても楽しそうでありましたとさ。
結局、一番さみしくなったのは仕掛け人の方でした。いつの間にか。
うぎぎ
あと、小悪魔が居るじゃないか仕掛け人。
ウフフ
う
ふ
ふ
ウェーハッハッハ
いや面白いからいいんですけどねw