注)
やっぱりどこかで見たような言い回しが多数出てきます。
そういうものだと(ry
パチュリーの介抱を一般メイドに任せ、二人は厨房に場所を移していた。
まな板の上に乗るは鯉ではなくスッポン、そして咲夜の手に握られているのはナイフが一本。
咲夜の辞書に包丁という言葉は存在しない。肉も野菜も魚も果物も、全てナイフ一本あれば事足りてしまうのだ。
素材を切る瞬間のみ時を止めれば刃が汚れないから、刃を洗う必要もナイフを何本も用意する必要もない。
周りの者が見れば、咲夜の調理シーンはある種の手品にも似た至高のパフォーマンスになってしまうのである。
「パチェの遺言も大事だけど、まずは血だからね。咲夜、分かってる?」
「勿論ですわ」
傍で見物しているレミリアに向き直らず答えた咲夜の横顔は鋭く、凛々しい。
普段見せる柔和な笑みとは全く違う顔でスッポンと相対し、射るような視線をずっと向けている。
「・・・調理にはナイフしか使わないのが私の流儀なのですが・・・・・・」
「?」
「・・・・・いざッ!」
一瞬の出来事だった。
咲夜の腕が、肩口からそっくり消えてしまったように見えた。
だがレミリアの目は一瞬の動きを逃していない。咲夜は、ナイフが握られていない手を太腿のナイフホルダーに伸ばし、何かを取り出したのだ。揺れるスカートの下から覗く太腿は、幼い少女の目から見ても艶かしい。
そして咲夜の動きを目で追った次の瞬間。慌ててスッポンの方に視線を戻したレミリアが見た物は、四本の脚をバタつかせる生き物ではなく硝子のコップに並々と注がれた紅い液体だった。咲夜が一瞬時を止めて作業をしたにしても、早業にも程がある。光景の急な展開ぶりに、レミリアは目をぱちくりさせて呆然としていた。
「ふぇ、あれ?・・・・・どーなってんの?」
「生モノは鮮度が命、ほんの一瞬ですが時を止めさせていただきました」
針のような物を摘まむ咲夜の姿が見えた。血を抜く際、この針を使ったに違いない。
手首のスナップを利かせて腕を振り、まな板に赤い飛沫が点々と残る。恐る恐る咲夜の向こう側に目をやると、さっきまでバタついていた筈の爬虫類が、今は微動だにせずまな板の隅にいた・・・というか、あった。少し干からびたように見えるのは決して気のせいではない筈だ。
「どうやったの、咲夜・・・何を使ったの?」
「ええ、これは『NEEDLE KNIFE』と言いまして」
針をレミリアの目の前に持ってきて、咲夜はニッコリと微笑んだ。
これは針ではない。静止したモノをよく見てみれば、これは細い『管』だった。金属質の艶を放つその先端は鋭利に研ぎ澄まされ、なるほど確かに針を思わせる。レミリアの小指よりも細いそれは、例えるなら極太の注射針といった所だ。
「効率よく血を抜く為に、人間にしてやるのと同じ手を使わせていただきました・・・まあ、人間相手にはもう少し太い物を使うのですが」
「・・・う、うん・・・・・・」
「これを左脇腹から心臓目がけて刺しまして」
「・・・・・・す、ストォォップ!それ以上は聞かなくてもだいたい想像できたわ!」
「そのまま抜かずにおいておけば、紅くて綺麗な血が無駄なく・・・あ、静脈を流れてる血は酸素が少ないからどちらかというとドス黒いんですよね♪」
「((((((((;゚Д゚))))))」
「・・・あら?お嬢様、いかがなさいました?」
「え、ええ・・・・詳しすぎる説明、痛み入るわ・・・・・・」
いつも飲んでいる紅茶(=血)ではあるが、それを抜き取る過程をレミリアは知らない。それなりに血生臭い事をしているのだろうと想像してはいたものの、いざ実際に聞いてみると・・・
気がつけば、レミリアの手は思わず脇腹に伸びていた。『脇に穴なんて開いていない』『咲夜の持っている針は刺さっていない』・・・何度も自分に言い聞かせて身体の震えを止めようとする。
咲夜がこんな話を平気でしてしまえるのは、こういう事に慣れているからなのかしら・・・などと思いつつ。
「さあお嬢様、これがお望みの『スッポンの生き血』ですわ」
「・・・思ったよりも少ないのね。私でも頑張ったら全部飲めちゃいそうよ?」
「生き物は血の塊というわけでもありませんゆえ・・・・・ですが、鮮度は保障しますよ」
生き血を前にして漸くレミリアは落ち着きを取り戻し、吸血鬼の本性が戻ってきた。
量は決して多いわけではない。例えば同じ量の水なら咲夜は簡単に飲みきってしまうだろうし、レミリアでもこぼしつつも全て飲めてしまうではないかという程度の量だ。
その程度しか搾り出せなかった血に怪訝な表情を向けながらも、レミリアは唇をそっと近づける。
「ん・・・・・・くっ」
喉笛がピクリと動き、一口分だけの血がレミリアの口に吸い込まれていった。
独特の鉄臭さと生臭さ、そしてかすかな粘り気を覚え、喉のさらに奥へと紅が染み渡っていく。
「いかがでしょう、お嬢様・・・お味の程は」
「う・・・・ん・・・・・・」
「?・・お嬢様?」
お嬢様が一滴もこぼす事なく、血を一口飲み下した・・・咲夜からしてみればそれは喜ばしい事であり、しかし不自然極まりない事でもある。
たった一口であってもレミリアが血を一滴もこぼさずに飲み干すなどという事は今までただの一度もなく、それこそ『れみりゃ』に近い時は飲む量よりこぼす量の方が多いので咲夜が鼻血を堪えつつスプーンで『あーん』をしてやるほどなのだ。
『本当は口移しで飲ませて差し上げたい』などと彼女が内心考えている事は、今ここでは不問としておくとして。
ともあれレミリアは、咲夜が知る限りでは初めて『お行儀よく』食事をしたのだった。
ただ一つ、レミリアが神妙な面持ちをしている事だけが小さな棘のように引っかかったが・・・
「うふふ、ほんの少しもこぼさずに・・・ご立派ですわ、お嬢様」
「・・・・・・咲夜、これ」
「はい?」
「これ・・・・・美味しい・・・・・・・・すごく美味しいわ」
「まあ。喜んでいただき光栄です」
「・・・・・・・・・・・・・・んぐっ、んぐっ・・・・・んぐっ」
「!」
まるで大の男が酒をあおるような動きだった。
グラスに注がれた生き血を、レミリアはいきなり喉を鳴らして飲み干したのだ。
量が多いわけではないから大して時間をかけず飲み終わってしまったが、それでもその飲みっぷりは普段の彼女の事を考えれば豪快と呼ぶに十分値する。最初に一口飲んで味を占めたと弁を通すにしても、だ。
「んぐ・・・・・・ぷはぁぁぁっ」
「あ、あの・・・・・・お嬢様?」
「・・・初めて味わう味だったわ、咲夜・・・・・それはもう、焼けるように。燃えるように・・・・・・」
「そ・・・それは良かった・・・・ですわ・・・・」
「・・・・・それに何かこう、体の中から力が湧いてくるというか・・・パチェの言ってた事は本当だったのね。今なら・・・本当に・・・・・・う・・・・・・・・・!」
「・・・・・・・!?」
血を飲み干したレミリアの言葉は小さく、静かに、そして確かに震えていた。
だがそれは恐怖や絶望に裏打ちされた弱々しい物ではなく、逆に溢れんばかりの衝動を必死に抑えているような危なっかしい物だ。
様子を見ながら声をかける咲夜も、腫れ物に触れるが如く慎重にならざるをえない。
自分より小さな体とはいえ、この吸血鬼が元気になりすぎたら何がどうなるのか予想のつけようもない。
「・・・う・・・・・うぅぅ・・・・・・・・・・・・・・・」
「お・・・お嬢様・・・・・!?」
「WRRRRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!!」
レミリアが吼えた。
その雄叫びはまさしく人外そのもの、上体を弓のように仰け反らせ、その顔には歓喜どころか狂喜すら漂っている有様。幼いながらに気品とカリスマを併せ持つ普段の彼女からしてみれば、この様子は『元気になった』『テンションが上がった』とかその程度の説明ではあまりにも役が不足し過ぎるほどの変貌ぶりだった。
「ひぃッ!?おっ、おおお嬢様ぁッ!?」
「アハハハハハハハハハハハハハ!!すごいわよ咲夜!血を飲んだだけでこの通り!WRYYYYとWRRRRY、同じようで全っ然違う!いいから咲夜も飲んでみなさい、さあほら!」
「え!?あ、おじょ・・・・・・んっぷ」
勧められるがままに、というか殆ど強制的にグラスを押し付けられる。
しかしレミリアが中身を飲み干したせいで、グラスの中には血の残滓しか残されていなかった。これでは飲むというよりは啜る、啜るというよりは舐めるといった方が表現は近い。
「んっぷ・・・ん、ぺろ・・・ぺろ・・・」
だが、咲夜はそれを敢えて舐めた。押し付けられたグラスにこびり付いた血を、はしたないと思いつつも舌で犬のように舐め取っていく。その理由は至って単純。彼女にとってレミリアの命令や頼みは絶対であるのと、結果的に
間 接 キ ス
をしているからだ。
現に咲夜はレミリアが口をつけた所しか舐めていない。もうそこには一片の血もへばり付いていないのに、それでもしつこく舐め続ける。そしてそれを自分に対する忠誠心の表れと感じ満足げに眺めるレミリア。ある意味どっちもどっちという所か。
「ぺろ・・・ぺろ・・・・・・ん、ぷはぁ・・・」
「さあどう!?咲夜、私をここまで奮い立たせる血よ!人間には効きすぎちゃうかも知れないわ!」
「・・・・!・・・・・・・ぅ・・・ぅぅ・・・・・・」
すっかり『きれいになった』グラスを置き、咲夜は身を震わせていた。
パチュリーが調合した怪しげな薬を飲んでも、最初はきっとこういう反応を示すだろう。体内で化学反応だか拒絶反応だかを起こし、ものの数分とせず薬の効果が現れる・・・咲夜が舐めたのは、図らずも吸血鬼がありえないほどのテンションを得たほどの超危険物質。例え少量でも人間の体内に入れば、それはもう分かりやすい変化を示してくれるはずだ。
「うっ・・・・・うぅぅっ・・・・・・」
「!」
「WRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!!」
そして咲夜も吼えた。
普段の完全で瀟洒な様子はどこへやら、不自然に手足を伸ばして奇妙なポーズを取る姿はメイドというよりは最早『冥土』。彼女がもしロングスカートを穿いていたなら、「WR」の段階でスカートがズタズタに裂けてしまいそうなほどの勢いだ。
「キマってる!キマってるわ咲夜ぁ!咲夜も思わずポーズを取るこの衝撃ィッ!」
「お嬢様には及びませんゆえ、WRYYYYY!!」
「最高よ咲夜ぁ!最高に『ハイ!』ってやつよォォォォォォォォォ!アハハハハハハハハハハハハハハハハハーーーーーーッ!歌でもひとつ歌いたいようなイイ気分なのよーーッ! にゅゥゥゥゥゥ くれらっぷゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!!」
「お嬢様、それは歌ではなくB.G.M.ッ!でも相変わらずの美声ですわぁぁっ!」
「BGMもBBQもこの際関係ないッ!一番、レミリア、派手にブッ込むわよっ!」
「二番、咲夜、お止めしませんっ!」
『あーっははははははははははははははははははははははははっ!!!』
近づく者を全て巻き込まんばかりの勢いで高笑いを上げる紅の主従。まさか、たかが『健康にいい血』がここまで効き過ぎてしまうなどとは夢にも思わなかっただろう。
だがどんなに思い返しても、今の自分たちが己を静める事は絶対不可能だしそうしようとも思わない・・・それは凄まじいテンションの中で二人とも承知している。どんなに疲れようと、周りの者がどんなに離れようと、今はこのままで突っ走る事しかできないのだ。
「さあ咲夜、私たちの伝説の幕開けよ!」
「はい、お嬢様!何の伝説かは存じませんがどこまでもどこまでもぉッ!」
「その意気やよし!いい?私の進む道こそが道となる、ついてらっしゃいな!」
「はいぃ!」
『カリスマ』から世界一遠い方法で紅魔館から幻想郷の夜空へ飛び立ったレミリア。
同じく『瀟洒』から世界一遠い方法でレミリアを追う咲夜。
今の二人を止められる者など紅魔館には一人としていない。引き込まれるか、引き離されるか。対極の選択を迫られるだけなのだから・・・そして彼女たちがどこへ行き、何をするかなど、誰も知る由はない。恐らく当人らも深く考えてはいないだろう。
もし事情を知る者がいたとしても、紅の主従が行く先々で恥と破壊を撒き散らさぬよう祈る事しかできないのだ。
「妹である私の血より『なじむ』だなんて・・・許せないッ!許せないわあンのヘム鉄野郎ッ!」
そして、一部瓦礫と化した柱の影から二人を見つめるもう一つの紅。
干からびた爬虫類にも目をやり、嫉妬と怒りを精一杯込めて・・・
(To be Continued...)
この後何をするんだ?ロードローラー投げるか?上流議員投げ殺すか?
それとも、無駄無駄言いながら全力戦闘ですか?
巻き舌すごすぎだろwwwwwwww