「香霖んとこからもらってきた」
と魔理沙が言うときは、十中八九勝手に拝借してきたと見て間違いない。霊夢の思考の端にそんなことがのぼって、心底どうでもいいことだ、と湯飲みから立ち上る湯気のように儚くも消えうせた。それよりも問題なのは、頼んでもいないのに境内にやってきて、頼んでもいないのに優雅なお茶の時間に騒がしさを与える不届き者がいるという現実だった。
視界の端で魔理沙は忙しく手を動かしている。井戸の側のポンプから水を汲み取り、なにやらカラフルな袋に詰める。すると袋は球体になり、その口を輪ゴムで縛る。それをただひたすら繰り返して……そばに置かれたタライには、そんな水入りボールが続々と盛られてゆく。これが白米であればどれほど良かったろうか、という霊夢の切なる願いは、しかしてやはり、ため息よりも儚く幻想郷の青空に消えた。
「これは水風船といってだな」
ちなみに説明も頼んでいない。しかし魔理沙はしゃべりたいときにしゃべるのだから、放っておくのが得策だ。割と長い付き合いから霊夢はそう学んでいたので、せんべいに手を伸ばして話を右の耳から聞く体勢をとった。左の耳はその話を外に出すために開けてある。左右の耳に穴が開いていることを、霊夢は神か何かに感謝した。
「香霖の能力によると、用途は遊ぶことらしい。つまりオモチャだ」
ぱきん、とせんべいをかじり、じんわりと舌に広がるしょうゆの味を堪能する。オモチャという言葉に霊夢は少し反応した。なんだかんだで、少女であった。しかし今の霊夢の優先順位は、何をおいてもお茶とせんべいが一番だ。そんな霊夢の様子に気付いているのかいないのか、もしくはどちらでもいいのか、魔理沙はよっこらせと霊夢の隣に座ると例の水風船を数個縁側に置き、ひとつを左手の内で弄び始めた。
「でもなあ、問題はこれでどんな遊びができるのかってことだ」
ひょい、と魔理沙はひとつを放り投げる。パシャン。ごく地味な音がして、地面に激突した水風船は破裂し、中の水をぶちまける。黒いシミが境内の地面に描き出された。この耐久性では鞠のように蹴って遊ぶこともできない。キャッチボールにも不向きだろう。必ず取らなければいけないスリルが味わえるという点ではそれなりに面白いのかもしれないけれど。
「とりあえず、皆でぶつけ合ってみるっていうのはどうだ」
「よそでやってくれる?」
「なんだよ霊夢、つれないぜ」
「というか、季節を考えなさい」
水風船をぶつけ合えば、当然濡れる。秋も深まった今それをしたら間違いなく風邪を引くだろう。夏にそれを提案したならば、納涼に、と面白い物好きの連中が集まってきたろうに。それに残骸の処理とか、濡れた者たちの処遇、暖房や着替えとか、だんだん擬似弾幕ごっこがリアル弾幕ごっこにエスカレートすることが容易に予想されたりとか、色々神社でやられると面倒だった。
にべもなくお茶を飲み続ける霊夢を横目で見ながら、魔理沙はむぅーっ、とうめいた。面白くなさそうだった。せっかく面白いものを持ってきたと思ったのにこの仕打ちでは、無理もなかった。手の中にまた数個、水風船をつかんでは、もにゅもにゅといじり始める。
「見ろ霊夢。簡単に形が変わって面白いぞ」
「そう」
「しかも結構触り心地も良いし。触ってみな」
「両手がふさがってるわ」
霊夢はずずーっとお茶をすすった。魔理沙は心底面白くなかった。足をバタバタとさせて、ああもうやる気ねぇなーなんだこの駄巫女ちっくしょう、と心中で毒づいたが、そのとき突然天啓を得た。ピコーン!という音がどこからともなく聞こえた。あまりの名案に思わず漏れそうになった含み笑いを押し殺し、両の手に水風船をひとつずつ持つと霊夢の後ろに回った。
「ばいんばいーん」
見事な豊乳だった。
背後から霊夢の胸部に回された水風船は、そのまろやかな曲線を誇るかのように霊夢の胸の上でゆれた。あまりの唐突さとアホ臭さに霊夢はお茶を噴きかけ、すんでのところで我慢したら気管に入ってむせた。
「ほぉーう霊夢も育ったなあ私は嬉しいぜー」
霊夢が無抵抗なのをこれや好機と、魔理沙は霊夢の胸の上で水風船をもにゅもにゅと揉みしだいた。
「霊夢のおっぱい柔らけぇー」
もにゅもにゅと自在に形を変える水風船の下で、霊夢本来の慎ましやかな胸は屈辱に打ちひしがれるがごとくチョコナンと今日も慎ましやかだった。返す言葉も持たず、霊夢の胸の上で水風船はなすがままにもにゅもにゅと揉まれている。端からみれば、どう見ても少女同士の睦みあいだった。
もちろん、たった今神社に到着した彼女にも、そう見えた。
「私の霊夢に何をするそこの白黒オオオオオオオオオオオオ!!!」
レミリア・スカーレットはその夜天の王者たる身体能力の全てを動員し、目の前に展開される不埒な世界を壊さんとした。咲夜の手からむしり取った日傘がへし折れんばかりのスピードで、縁側で睦みあっていた二人に迫った。突然のことに魔理沙が全身をわななかせた拍子に、変な力が加わったのであろう。水風船は霊夢の胸の上でべしゃりと割れた。濡れ巫女がそこにいた。レミリアは何かを感じて動きを止めた。巫女は無言で立ち上がった。水風船を両手につかむと、高らかにスペルカード宣言をした。
濡符「夢想風船 -水-」
○ ○ ○
この日の神社で、しとどに濡れた少女たち数名が、今までに類を見ないルールの擬似弾幕戦を繰り広げる様が、とあるカラス天狗に目撃された。
その様を撮影した数枚の写真は、闇値で高く取引されたという。
実に素晴らしい水風船ですね。
プチ感想の中心でおっぱいを叫ぶ。
おっぱい!
……水おっぱい
おっぱいおっぱい!