「そうよっ、先ずは形から入るのが大切なのよっ!」
「シャンハーイ?」
いつもの様に魔道書を呼んでいたアリスが、唐突にこぶしを握りしめて立ち上がった。勢いよく立ち上がったものだから、つい座っていた椅子を膝裏でけり倒してしまったが、何故か決意に燃えているアリスはそれに気がついていない。
そんなアリスの背中を、少し離れた椅子の上から、上海人形は不思議そうな顔で見つめている。
「ふふ……そう、そうなのよ。なんで今まで気がつかなかったのかしら。――上海!」
怪しい笑みを浮かべたアリスがグルンと上海へと振り返った。
「シャ、シャンハ~イ?」
アリスに不気味さを感じたけれど、まさか自分の主人から逃げ出すわけにもいかない。呼ばれた上海は立ち上がり、ゆったり浮かぶと、、アリスの元へと近づいていった。
目の前までやってきた上海の体を、両手で包み込み、アリスは決意の正体を口にした。
「あのね、上海。私がなんであの二色巫女とか魔理沙とかあと嘆息魔女に勝てないか分かったの。大切なのは形なのよ。私達種族としての魔女には分からないけれど、人間が魔法を行使するときは、必ず心を落ち着けるらしいの。それは瞑想だったり、自己への思い込ませだったりと様々なんだけど、それらには共通点があったのよ。すなわち、『自分がそうあるべき』姿を想像するの。自分がなりたい、成るべき姿を想像し、あたかも己がそう成っているかのように、想像するの」
一呼吸置いて、アリスは続きを喋った。
「つまり、自分がそうあるべき形を作ることから全ては始まるの。だから、私も形から入ることにしたわ」
「シャンハーイ」
アリスが何を言っているのか正直あまり理解していない上海だったが、一つだけ思う事があった。何故、アリスはそれを自分に話すのだろうか。アリスはこの家に一人で暮らしているから、上海人形を含めたいろいろな人形がアリスのお喋り相手になることはある。しかしアリス自身が何かを行うことに関して、人形達に相談することはほとんどない。
なのに今回、アリスは上海人形の体を離すまいと握り締めて、その瞳を爛々と輝かせている。上海は何か嫌な予感を感じていた。
「でね、上海。あなたもその手伝いをしてほしいの」
「シャンハーイ……」
上海の嫌な予感が的中した。
「そうと決まれば善は急げよ。ほら上海着替えるわよっ!」
「シャンハーイッ?!」
いつ決まったのかと突っ込みを入れる間も無く、上海は隣の部屋へと連れ去られた。
……そうして、十分後。
この部屋と隣の部屋とをつなぐ扉が開かれた。アリスの格好は何も変わっていない。しかし、その隣で浮かんでいる上海人形の姿は、先ほどとはまるで違う服装に包まれていた。
「シャンハーイ……」
恥ずかしそうに、上海がつぶやく。
上海が着ている服装は、外の世界でいう、バニーガールというものだった。胸元から恥骨までを真っ黒な皮で覆い、足には網タイツを穿き、おまけとして頭にはウサギの耳を付けるという、外の世界でも恥ずかしさと可愛らしさではトップクラスをいく服装だった。
ただ、今の上海が着ているのは普通のバニーガール姿とはちょっとばかり違う。体を覆う皮はただの布で、その形もタンクトップといったほうが適当だ。下に穿いているのもブルマーで、足に穿いている網タイツは片方が膝上まで覆う黒の靴下――いわゆるニーソックス。おまけの耳は片方が猫の耳のように短くなっている。
「むぅ……そういえば最近、あまり人形用の服を縫ってなかったわね、うかつだったわ……」
上海の姿をじっくりと眺めながら、アリスはつぶやいた。
「ん、まあいいわ。これはこれで味があるといえばあるし」
そう言って、最後の仕上げと言わんばかりに、アリスはポケットから何かを取り出すと、上海に差し出した。
「シャンハーイ?」
疑問符を浮かべながら、差し出されたそれを上海は受け取った。
それは、鞭だった。それも、SMプレイとかで使いそうな形をした。
「ほら、それで女王様になるのよ、上海。本当は私がやりたかったんだけど、生憎と今はそういう服がないのよね。だから上海が女王様をやっている姿を私が見ることで、私は女王様という形に入ることができるの」
「シャンハーイ?」
どうして女王様? と、上海は視線で聞いてみた。
「上に立つ存在といったら女王様でしょ? ちょうどいいじゃない」
どこか間違っている気もするが、上海はそれ以上突っ込むのを止めた。今のアリスはそれくらい危ない空気を纏っている。上海がさっきまで着ていた服をひん剥いて、この服装にしたのがいい証拠だ。
ここは大人しく従っておくのがいいと、上海はそう判断した。
「じゃあ、えーと……取り合えず上海、鞭を振って女王様っぽく振舞いなさい」
「シャンハーイ」
どうすれば女王様然とするのか分からない上海は、取り合えず言われたとおり、鞭を振ってみた。鞭が風を切って、ヒュンと音を立てる。これでいいのか分からなかったので、上海はもう一度鞭を振った。
「痛っ」
振る場所を間違えて、アリスの手の甲を打ってしまった。
「うー、もう。痛いじゃない上海」
「シャンハーイッ」
赤くなった甲を、涙目を浮かべてさするアリスに近寄って謝罪の言葉を上げる。打ってしまった箇所を上海もなでる。大丈夫? という意味をこめてアリスの顔を見上げたとき、上海の中で何かが浮かび上がってきた。
瞳の端に涙をたたえながら、「う~」と唸るアリスは、どこか苛めたくなる雰囲気を持っている。
上海の頭上に、ピコーんと何かが閃いた。そうか、そうだったんだ。アリスはきっと、これをしろと言っていたんだ。そう思うや否や、上海はアリスの顔の高さまで浮かび上がると、背中を向けた。
「上海……?」
上海の不思議な行動に、アリスが疑問符を浮かべる。
アリスの声に呼ばれるようにして、上海がゆっくりと振り向く。
「シャンハーイ」
振り向いた上海の顔には、極上の笑みが浮かんでいた。両手は先ほどの鞭をしっかりと引っ張っていて、いつでも叩く気満々といった様子が見て取れる。
「しゃ、上海……?」
上海に何か危ないものを感じたアリスが一歩後ずさったとき、上海が笑顔のまま、鞭を振ってきた。
「痛っ! ちょ、上海っ!?」
自分の人形の突然の奇行に、アリスは声を上げた。しかし上海は笑顔のまま、鞭を振る用意をしている。
そう、上海は気づいたのだ。アリスは形に成りきれと言った。そして自分にさせた格好は女王様。つまり自分は今女王様を演じて、アリスを叩きまくればいいのだと。
「シャンハーイッ」
「ちょ、しゃんは、痛い、痛っ!」
「シャンハーイ!」
アリスの声を無視して、上海が嬉々として鞭を振るう。哀れアリス。まさか自分が奴隷という形から入るとは思ってもいなかっただろう。
「シャンハーイ!」
「おねがっ、上海、やめっ」
「シャンハーイ!」
「しゃんはっ」
「シャンハーイ!」
「あっ……」
「シャンハーイ!」
「あ……も、もっと……!」
その日、アリス邸から嬌声が途絶えることは無かったという。
魔道書を呼んでは読んでだと思います。
普通に誤字です(´A `)
ご指摘ありがとうございましたっ。
個人的には魔理沙希望