Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

藍の白玉地獄クッキング

2006/11/16 11:20:47
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 ある麗らかな午後。
 穏やかな日差しがマヨヒガの縁側に注がれている。
 吹く風も温かい平和そのものの其処で。

 ―――藍は死んでいた。

「……………………」
 そして、その遺体を見下ろす物言わぬ視線が一対。
 珍しくも本気で困った表情の彼女はパチュリーである。
 呼び出されたから来てみれば、本当に、折角も折角来てみれば。
 呼び出した相手が縁側で死んでいたのだ。
 いくら常日頃図書館で知識をむさぼり続けている彼女だろうと、こうも唐突な事態に直面すれば思考を止めたくもなる。
 折角、折角動かないのに動いたのに。
 相手が勝手に死んでいるというのだ。
 縁側で、一目見る限りは眠っているのではないのかと疑いたくなるような有様で。
 尤も、式に脈が無かったり瞳孔が全開でも生きるのに支障ない状態だというのなら、パチュリーが藍を死んだものと断定する要素は消え失せる。
 勿論そんな事こそ無いのだから、ものの見事に藍は死んだ事になっている訳だが。
「……帰ろうかしら」
 ここにこのまま居ても良い事があるとはとても思えない。
 いずれここの主や死体の式が帰ってくるだろうし、もし帰ってこようものなら状況を説明しても信じてもらえるとは考え難いだろう。だって死んでるんだもの。
 うん、では帰ろうと思い庭先に立つ彼女はゆっくりと踵を返そうとした。
 その瞬間。

「話は聴かせてもらいましたっ!」

 物凄い勢いで、縁側の奥の襖が開け放たれた。
「……………………」
 パチュリーがかつて無いほどの怪訝な表情を見せる。
 その視線を受けた闖入者は輝くような笑顔を見せた。
「どうも、文々。新聞ですー」
 そう言って頭を下げた文を、パチュリーは無視する事にした。
 彼女の踵は返され、風の精霊に命じるままに訳の解らないというか解りたくない場所から離れていく。
 ……パチュリーとしてはこのまま離れて行きたいつもりだったのだが。
「はーいオーライオーライ」
 非常に残念ながら文は風を操るのである。
 離れるつもりが、パチュリーは彼女の隣に移動させられてしまっていた。
 露骨に嫌そうな顔をする日陰の魔女に新聞屋は言う。
「取材、良いですか」
 逃げられるものならパチュリーは全力で断りたかった。

 ・

 話といっても一言独り言しか言っていないではないか……
 とはいえこの現場を目撃してしまった以上顔を無碍に晒すわけにもいかない。
 紅魔館の尊厳のためにも呼び出された用件などすっぽかすしかあるまい。

「あ……」
 咄嗟に思考を巡らし、懸念すべき事象を再認する。
 突然の事態とはいかぬにしろ、言うべきことは限られている。
「歩いてお帰り」
「ちょ折角事件の匂いとかを嗅ぎつけて飛んで来たのに!」
「じゃあチェンジ」

 偏る知識と日陰が炸裂する。
 しかしパチュリーは不服そうな顔を崩さずに、逃げ切る方法を脳内で夢想するのだ。
 魔女的な思測によらずとも、如何にも射命丸文――だっけか、なるこの新聞屋は周囲に不穏な風を纏わせ、あらゆる脚を逃さぬ俊足を携えていることを、随分前に本人から聞いた。
「というわけで貴女程に知恵の幅を幻想郷のそれよりも重視するような魔女様が、ここまでご自身で辿り着いていたなんて、それはえらい記事になりますからね」 
 勿論文は音速も早いので、余計な事までも口に出して話を進めようとする。
 どうせ天狗の寿命などパチュリー自身よりはるかに長いだろうに、生き急く事は無粋ではないのか……
 といった事を考え始め、神経質なパチュリーが黙祷する間に、文はパチュリーの肩越しにとある物体を見据えた。
 その直後、彼女は今まで何故か気付かなかった事に直面してしまったらしい。

「し……死んでるー!!」

 くそっ、なんでここまで引っ張って話が進んでいないんだ。
 パチュリーは帰りたかった。

 ・

「落ち着いて。まずは素数を数えて気を静めるのよ」
「そ、そうですね。素数がひとつ、素数がふたつ……」
「その意気よ。じゃあ私はこれで」
「って、このまま見逃す訳ないじゃないですか」
 混乱に乗じて逃げようとしたパチュリーの後ろ襟を文の手がむんずと捕まえる。
 襟首はがっちりと掴まれていて、力ずくでは解けそうもない。
 舌打ちでもつきたい気分だった。
「……何の用よ。せっかく珍しく動いた大図書館から動かない大図書館に戻ろうとしているのに」
「この状況で帰るだなんて、そうは問屋が卸しませんよ」
 ばっともう一方の手を振りかざして縁側を指し示す文。
 どう見ても死んでいる九尾が仰向けに横たわっている、それ以外は何の変哲もない縁側である。
 という事は、彼女の言う『状況』とはそのものずばりその死体の事なのだろう。
「……生憎と死者蘇生法なんて持ってないし、この状況で私に出来ることはあの死体を荼毘に付すぐらいよ。それでもいいならやってあげるけど」
 むしろ積極的にやってやりたい。目の前のブン屋ごと。
 小さじ一杯ほどの殺意を胸にしまいこんで、とりあえずといった風情で答えるパチュリー。
 しかし文はどこ吹く風だ。いっその事どこかへ吹いて行って欲しいものだが。
「誤魔化されはしませんよ。死体を放置したまま立ち去ろうとする魔女、どう見ても立派な殺人事件じゃないですか」
 『死体』と『魔女』を順繰りに指差してまくし立てる新聞記者。
 ……この女、何を言っている?
「えーと、消極的に焼き鳥を作る方法は」
 種から一気に満開となった殺意を実行するためにいつも携えている魔道書をパラパラとめくる。
 それに慄いたか、文はパチュリーの襟首を掴んでいた手を離して後退った。
「ちょっ、何物騒な事言ってるんですか……はっ! さては目撃者を始末しようと!? そうはいきませんよ、真実を知らしめるためにジャーナリズムはあるんですから! ペンは剣よりも強し! 射命丸死すとも文々。新聞は死せず! というか、こんな美味しそうなネタ逃す訳ないじゃないですか。なので私はちょっくら帰ってから号外作ってきますのでさような――」
「いいけど。この場合、むしろ貴女が犯人になるんじゃない?」
 声を受けて、背を向けて駆け出そうとしていた背が止まる。
 そのまま振り向いた文は怪訝そうな表情をして質してきた。
「どういう事です? 適当な事を言って煙に巻こうとしてるならそうは行きませんよ?」
「どうもこうもないわよ。家には今日はこの狐以外誰も居ない。なのに貴女はこの家の中から出てきた。状況から言って、貴女のほうがよほど怪しいわ」
 パチュリーの言葉を聞いた文がはっとする。だがしかし彼女は怯まず、すぐさま論を返してきた。
「怪しさで言うなら、庭先に降り立った貴女も十分に怪しいですよ。わざわざそうした理由、それは室内に痕跡を残したくなかったからではないのですか?」
「私は玄関から呼びかけても答えが返ってこなかったから縁側に周ってみただけよ。住居不法侵入なんていう無作法がどれだけ迷惑かは身を持って知っているのだから」
 ……言っててちょっぴり悲しくなった。
 そんなパチュリーの思いなど露知らず、それどころか文は妙に意気揚々としているようだった。
「……このまま言い争っていても埒が明きそうにありませんね。ならばひとつ、ここは互いに無実を証明するために、推理合戦といこうじゃありませんか!」
「………………はい?」
 常時半眼になっている目を更にすぼめて、間の抜けた声を上げる。
 正面にはいまいち変な方向へハイテンションになっている新聞記者。
 横手には縁側に転がった化け狐の死体。
 異様な空間から逃亡しようにも、操るべき風は目の前の天狗に手綱を握られている。
 ……いっその事日符でも放ってマヨヒガごと焦土と化してしまいたかったが、あいにく今日は喘息の調子が悪いのだった。

 ・

「なんで推理合戦なのよ」
「まず私の推理はですね……」
 人の――といってもパチュリーは人間ではないのだが――話を聞かずにベラベラと喋りだす文。
「パチュリーさんと言えば『動かない大図書館』と呼ばれるほどの引き篭りっぷり。そんな貴女が今日、何故こんな幻想郷でも外れにあるマヨヒガを訪れたのか? そこにこそ、この殺妖事件の鍵が隠されているのです!」
 朗々と語る文。それにしても殺妖事件とはまた無理のあるネーミングセンスなような気もするのだが、そこは臨機応変なのだろう。
 それにしても、とパチュリーは思う。
「そして私には既に凶器も解かっています! これは言い逃れのできない確かな物証として存在します!」
 鴉ってやっぱり良く喋るわ、と溜息をつく。奴らは群れる上にけたたましく鳴く事に関しては折り紙つきだ。
 しかしパチュリーがどう思っているのかなどとは関係無く、文の説明のような推理のような何かは続いていく。
「しかし凶器よりかは動機です。それがなければ全ての事件は生まれませんから。いいですか、まずここに――」
 と言って部屋の片隅を指差す。そこにはうずたかく積まれた本があった。藍が三途の河の河幅を求めるときに書いた公式と、その証明である。一つの証明を生み出すために数千もの式を積み上げたそれは、まるでどこかの国の歴史書のようだ。
「三途の河幅を求める式と、その証明がありますね? 一つの確固たる事実を証明するという事は学術的に凄く難しい事です。発想力、理論など、それはそれは難しい事です」
 まるで自分がその式を作ったのだとでも言うように誇らしげに語る文。
「そしてパチュリーさん……確か貴女も魔女として幾つかの魔術書を執筆していらっしゃいますね?」
 何を思ったのか、唐突にパチュリーに質問を振る。
「えぇ……そうだけど?」
 パチュリーの答えに満足したようにうんうんと頷く文。まるでどこかの推理小説かぶれのようだ。
「やはりそうですか。だとすれば貴女はこの書物を読みに……いえ、奪いに来たのではないのですか? あぁいえいえ答えて頂かなくても結構です。全て解かっています。ジッチャンの名前ぐらいに」
 呆れかえるパチュリーを他所に、推理の皮を被った妄想はまるで機関砲のように文の口から言葉という弾丸を吐き出していく。
「しかし病弱な貴女です……この量を見て盗む事は不可能だと悟りました。そこで貴女は考えます。盗む時間が無ければ、時間を作ればいい。そして後顧の憂いを断つために同時に藍さんを殺害しようと思います。あとは簡単。『興味があるから読ませて頂くわ』と読む振りをした貴女は藍さんがお茶を淹れようと縁側に立った瞬間に!」
 興奮したような口調で捲くし立てた文はそこで言葉を切る。
 ――あぁ駄目だわ、この鴉。自分の言葉に酔っちゃってる……
 パチュリーのジト目にも気づかない文は何かを振り下ろす仕草をした。
「その手に持った紅い本で藍さんを殺害。紅い本ならば返り血は目立ちません。魔法も魔力の跡が残ればばれてしまいます。そこで原始的ながらも発見の困難な、まさに誰もが思いつかないような方法で貴女は藍さんを殺害したのです!」
 ビシィ! とパチュリーに指を突きつけた文は、やたらと口を大きく開けてはっきりと宣言する。
「藍さんを殺した犯人……それはパチュリーさん! 貴女です!」
「こういう時に言う言葉は……『ばーろー』で良いのかしら」

 ・

 下らない下らない、余りにも下らなくて欠伸が出る。
 天狗とは無能の代名詞なのか。それとも無脳の方が適切なのか。
 そりゃ状況証拠だけ見れば、私が犯人だという説にも理があるかもしれない。
 また動機の上でも……また理に叶っているのかもしれない。
 私は魔女。極端な話どうしても知りたい事があるならば、他人の生命であろうと己の生命であろうと悪魔に捧げる事も厭わない。己の手を血に染めるのは美学に反するが、そんなもの……全智への欲求の前には戦場に立つ前に敗死する。だけどまぁ……
「やってないわよ」
 これが事実だ。
 真実と事実の間には二百由旬の差異があるが、私の認識においてはそれで十分。
 殺せるかもしれないという可能性だけで、何一つそれを証明できない、いやしようともしない天狗の意見など論ずるにも値しない。
「本当ですか? 嘘を吐くと閻魔さまに舌を抜かれますよ?」
「そういう非科学的な……あぁ、そういえば閻魔はいたんだっけね?」
「えぇ、そりゃもうこわーいお方が」
 そう言ってにまりと笑う天狗。その余裕ぶった顔が気に入らない。
「そんな訳で貴女が犯人ではないというならば、それを自分で証明しなくてはなりませんよ?」
 あぁ、やっと解った。
 この天狗は事態を楽しんでいる。
 私が犯人だというこの説も、きっと本心じゃない。
 面白ければそれで良いのだ。例え誰が犯人であろうとも。
「そんな挑発に乗るとでも?」
「乗りますよ。貴女なら、ね」

 悔しいがその通りだ。
 平凡な昼下がりに舞い降りた非日常という娯楽。
 この私もまた……それをほんの少しだけ面白いと感じていたのだから。

「……では、まず死因から」
「わくわく」
 私は縁側に転がる狐の死体に歩み寄ってしゃがみ込む。死体を見て怯えるような惰弱な心など初めから持ち合わせていないが、それでも余り気持ちの良いものではなかった。
 鮮やかで艶のある金の髪。紙のように白い貌。何よりもこの狐を狐たらしめている九尾の尻尾。余り面識はないが八雲藍である事は間違いない。
 死体の頬をそっと撫でる。瞳孔は開き、口から舌が零れているが目立った外傷はない。
 右手を持ち上げて脈を計ってみる。生命活動の痕跡はなく冷たい手ではあったが、まだ幽かに温もりも残っていた。
 眠っているだけと言われても信じられるくらい綺麗な死体である。仰向けになっていた身体を裏返すが、やはり身体には傷一つない。
「……毒……かしらね?」
「ほほぅ」
 毒と言っても様々なものがある。死体に特に暴れた様子がない以上、かなりの即効性があるものを使用したのかもしれない。
 脳内にいくつかの毒物の名称や効果を羅列し、死体の状況と適合するものを検索していく。
 青酸カリ、トリカブト、テトロドトキシン……
「調べれば解るかもしれないけど、今はこれ以上判別できないわね」
「成る程、成る程」
 うんうんと頷きながらメモを取る天狗。
 本気で邪魔だ。軽く殺意が芽生える。
「死体は硬直していない。僅かながら生活反応もある……そうね。恐らくは死後一時間から二時間以内……解剖して胃の内容物の消化状況を見ればもっと詳しく解るでしょうけど、そんなとこね」
 私は腕を組み右手を顎に当てて考える。服を脱がせてみないと断定は出来ないが、おそらくは経口摂取だろう。ちらりと周囲を見回せば卓袱台に食べかけの食事が残っていた。恐らくはあれに毒が混入していたのだ。緑色の野菜を刻み肉を混ぜて炒めた料理で、その料理の盛られた皿以外に何もないのが違和感といえば違和感。普通食事と言えば単品ではなく様々な種類の料理が並ぶものだと思っていたが……まぁ、私もサンドイッチのみとかオートミールのみという偏った食事を常としている。この程度の違和感は、個人の嗜好の範疇と割り切っても構わないだろう。すでにその料理は冷め切っているが、甘辛い美味しそうな匂いがしていた。とは言うものの死体を前に、しかも毒物が混入している可能性のある料理を前に空腹を覚える程がさつではないし、そうでなくても匂いが強すぎて私の口には合いそうにない。
 半分ほど片付けられた『それ』は、確か家の門番が時々食べているメニューのようだったが、生憎その名前までは解らない。
 私は料理なんてしないから余り偉そうな事は言えないけれど、野菜の切り口や盛り付けから余り上手ではないなと感じた。

 そう……例えるなら『子供が初めて作った料理』のような……
 
「ニラレバ炒めですか……あれに毒が入っていたんですかねぇ」
 いつの間にか天狗が、卓袱台の皿に顔を近づけて匂いを嗅いでいる。
 その姿はまるで犬のようで……
「犬? 犬ですって!?」
「へ? ど、どうしました?」
 私の思わず裏返ってしまった声に、天狗もまた目を丸くする。
 だが、そんな事知った事ではない。私は即座に脳内に収めている『現在までに読んだ全ての本の記憶』を展開し閲覧する。私にとっては記憶は記録。興味の有無に関わらず、一度読んだ本は全て脳内に記録していた。情報に優劣など――ない。全ての情報は等価に並べて晒して揃えている。広大無辺な情報の海。それは生命が生まれる前の汚濁にも似た混沌。その中から奇跡と呼び変えても構わない程の低確率で生まれ落ちる『真理』という種子を求めて、私は日々本と共に暮らしている。そして今もまた――何かが生まれようと――
「犬……そう、あれは確か……昔読んだ本に……そして狐もまた……だとすれば……」
 死体に目を向ける。
 青白い顔、まるで『貧血』で倒れている自分のような顔。
 卓袱台に目を向ける。
 半分ほど食べられた料理。ニラレバ炒め。そしてニラは――

 私は卓袱台へと歩み寄った。
 卓袱台には皿に盛られたニラレバ炒めと一膳の箸。そして一枚の『紙片』
 その紙片には子供のような丸っこい字で、だけど心からの想いを込めて――
 私はその文字を眺め、そしてこの愚かなる狐に対し哀れみと侮蔑とほんの少しだけ敬意の瞳を向けながら

「謎は――全て解けたわ」

 と、呟いた。

 ・

「ほほう、それでそれで?」
 視線を部屋の中へと戻してみれば、視界一杯に広がったのは天狗のどこまでも無邪気で陽気な仮面の笑顔。
「近い、近いから」
 なおも迫ろうとする文の顔を両手で押しのけて、パチュリーはさも面倒そうに肩を落とした。
 たとえ初めて会った相手だったとしても、その力量なんてものはある程度は解るもの。
 この天狗だって、いかに鴉とはいえ、頭まで鳥頭という訳ではないだろうに。
 だというのに、この天狗ときたら――
「やっぱり楽しんでるわね……」
「何か言いました?」
「いいえ、何も」
 やりにくい。
 前々から思っていた事ではあったが、自分のコミュニケーション能力の有無に関わらず、この天狗はどうにも面倒なのだ。
 ちょっとでも隙を見せれば、あっという間に土足で上がりこまれて蹂躙して去っていく。
 それだけならまだいいが――よくないけど――この天狗の嫌なところは、その事を相手に全く悟らせないのだ。
 部屋を荒らしても、出て行く時には全て元通り。部屋の主は一見すると荒らされた事にすら気付けない。
 しかし、後になって箪笥を開けてみて、そこで初めて荒らされていた事に気付くのだ。
「それで、結局のところ事件の真相はどうだったのでしょう」
「……貴女なら言わなくても解るでしょうに」
 なんて言ってみたところで、
「いえいえ、私の推理は先ほど披露させていただいた通りです。それにこれは推理勝負。自己完結で終わらせてしまっては、貴方の負けになりますが?」
 にやにやと顔を歪める文を半眼で睨んだところで、効果は無し。
 自分の中で解決してしまった以上、わざわざそれを人に聞かせるなんて事は普段であれば御免被りたいのだが、やはりというかなんというか、天狗はそう易々と逃してくれそうにはない。
 だがまぁ、ここで渋ってみたところで面倒が増えるだけだろう、とパチュリーは一つ大きく息を吐くと、やはり面倒くさそうにその長い紫の髪をかきあげ、
「説明するとね、まず、貴女の推理は全て外れよ。掠ってもいないわ」
「ほほう、私の推理では駄目と」
 なんて言う割には、文の顔は微塵も悔しさを表さない。最初から当たり外れなどどうでもよかったのだろう。
 だがパチュリーもそんな事はどうでもいいのか、一つ頷き、顔を上げる。
「先に言っておくわ。これは殺人……貴女風に言えば殺妖事件だったかしらね。ともかく、これは事件なんてものじゃないわ。数多の人妖が集う幻想郷だからこそ起こってしまった悲劇、事故なのよ」
「事故、ですか。でも、そうだとしても何かしらの原因はあるはずです。それに、事故に見せかけた殺妖だという線も――」
 反論しようとした文だったが、不意にその唇をパチュリーの人差し指に抑えられて噤んでしまった。
 細い指だなぁ、などと全く関係ない事が脳裏に浮かぶが、それもパチュリーの顔を見た時には既に忘我の彼方。
 喋っている内に興が乗ったのか、なんとも愉しそうに微笑むパチュリーを見れただけでも、朝からずっとここで張っていた甲斐があったというもの。
「考えてみれば簡単な事だったのよ。キーワードは『料理』と『八雲藍という妖怪』の二つ」
 文の口から指を離し、そのまま中指も立てて二つという部分を強調した。
「この下手糞な料理と藍さんですか。ふむ、毒ではなかったと?」
「いえ、毒は毒よ。それは間違いないわ。ただ……そうね、貴女、ちょっとそれ食べてみなさい」
「えぇぇぇ!? 嫌ですよそんな毒入りの料理だなんて。――はっ、なるほど藍さんもそうやって……」
 何を一人で盛り上がっているんだ、とは口には出さず、パチュリーは皿の前に丁寧に置かれた箸を手に取ると、ニラレバ炒めを一掴み。有無を言わさず文の口へと押し込んだ。
 突然の事に文は碌に咀嚼もしないままに突っ込まれた『それ』を飲み込んでしまい、結果、盛大に咽た。
「げほっ、ごほ! あーもう、いきなり何をするんですか!」
 だがパチュリーはそれすらもどうでもいいといった風に、まるで意に介さず。ぎゃーすかと騒ぐ文をじっと見つめたまま暫く。
「どう?」
「は?」
 しかし文がキョトンとしていると、僅かに眉を顰め、
「そのニラレバ炒めがどうかと聞いているのよ」
「え、あ、そういえばなんともないですね? 強いて言うなら見た目相応に不味かった、としか」
「やっぱりね……つまりはそういう事なのよ」
「と言いますと?」
 この天狗は本気で解っていなかったのか、とパチュリーが力なく首を振った。
「いい? 私達ならばなんともない料理でも、特定の種族ではそれが毒になる事だってあるのよ。貴女もそのくらいは知っているでしょう?」
「犬猫に玉ネギは駄目、とかですか?」
「そう、そして玉ネギを食す事で起こるのが『ハインツ小体性溶血性貧血』というもの。これは玉ネギだけではなく、ニラやニンニクでも似た症状が起こるわ。ここまで言えばもう解るでしょう」
「つまり藍さんは狐の妖怪であり、イヌ科であるからニラにやられてしまったと? でも、それで死に至る事なんてあるんですか?」
「確かに少量ならば軽い貧血を起こす程度で問題はないわ。でも最初に言ったでしょう? これは悲劇だ、と」
 そこまで言うと、パチュリーは二歩、三歩と部屋の奥へと歩き、文に背を向けたまま胸に手を当てた。
「自分の為に作ってくれた料理。たとえそれが稚拙なものでも、そして食べれば毒である事が解っていたとしても、彼女は食べざるを得なかった。自分の式の悲しむ顔は見たくなかったから。……なんとも切ない話じゃない」
「でも、藍さんの式ってあの黒猫ですよね。さっきも言いましたけど、玉ネギは猫も駄目なんですし、彼女なら自分が食べられない物なんて最初から解っていたのでは?」
 余韻に浸っていたところに突然茶々を入れられて、パチュリーが不機嫌そうに振り向く。
 何かを言ってやろうかと口を開きかけたのだが、いつの間に拾い上げたのだろうか、文がパチュリーに向かって掲げたあの『紙片』を見るや否や、その口は文字通り開いたまま塞がる事はなかった。
「それにこれ、さっきは抑えてたお皿に隠れて見えませんでしたけど、最後に『ゆかりより♪』なんて書いてますけど」

「……」

「……」

「……」

「……な」

「「なんだってぇー!!」」

 何故だかその叫びが二重に聴こえて、文がふと後ろを振り向いてみると……

「うわぁ! 狐が生き返ってる!?」
「今の話は本当なのか! えぇぃ、紫様の下手糞な料理などで死んでいられるか! くそぅ、返せ! 私のときめきを返――」

 だが、生き返った藍はその叫びを最後まで言い切る事なく、突然どこからか現れたスキマに飲まれて消えてしまいましたとさ。

「……なんだったんでしょう」
「知らないわよ」

 後に残ったのは、ただただ呆然とする魔女と天狗の珍妙な二人組。
 その時、パチュリーはふと思った。

 あれ、私はここに何をしに来たんだっけ?




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      : .   ,:'    ,:'ヽ    : : : : : :′
       : .ヽ,:'     ,''___     :: : : 丶
        ,:'    :'ヽヽヽ)    : : : : : : :゙;;
        ;     ;'、., ̄ ̄       : : : : :: ゙;、
ダイナマイト☆藍
コメント



1.名無し妖怪削除
そ、そんな……。大好きですたまねぎ。結婚してくださいたまねぎw
2.名無し妖怪削除
唐突に蘇る藍に笑いました。いつか蘇るだろうと予測はついていたのにも関わらず。

>僅かながら生活反応もある……そうね。恐らくは死後一時間から二時間以内
生活反応と言う言葉には大まかに2通り意味があります。1つ目は生きている証明になる反応。2つ目は死体の損傷が生きているうちについた証明となる痕跡。どっちの意味でもちょっと文脈的におかしいかと。無粋なツッコミかもしれませんが、折角パチュリーが探偵っぽく格好良いシーンなので一寸気になりましたので。
3.名無し妖怪削除
ば、ば、バーローwwwwwwww
4.CACAO100%削除
ちょww橙が死ぬwwwwwwwwwww
5.変身D削除
ちょ、後書きが文章になってねえ(wwwww