(――本当に、よくサボる巫女だぜ)
縁側にひっくり返って、小春日和の日差しを受けて眠る霊夢を見て、魔理沙はため息をついた。
本格的に葉も散り始めて、この巫女は毎日落ち葉で埋め尽くされた参道をむくれ顔で掃いているのだろう。
毎年毎年、あの顔を見るのが楽しみな魔理沙である。霊夢を本格的に困らせることが出来るのは、幻想郷広しと言えども落ち葉くらいのものだ。
魔理沙と紫が共謀して、3割増程度になるように境内に落ち葉をばら撒いてみたことがあった。
霊夢も初めの内こそブツブツ言いながら掃除をしていたが、幻想郷では見かけない木の葉を目ざとく見つけ出した。
それから先は――色々あって、魔理沙と紫のたんこぶは3日ほど引かなかった、とだけ言っておこう。
(妙な落ち葉を集めてきたのは紫のクセに、あっさり私のことをバラしやがって。自分のミスなんだから1人で怒られて欲しかったぜ)
そもそも話を持ちかけたのは魔理沙の方なのだが。自分の非を認めるつもりは無いらしい。
(しかしあの時は――)
強かった。
紫と手を組んで抵抗したというのに、ふわふわ捉え所が無い動きをするかと思ったら何時の間にか頭にこぶだ。
まぁ、あの時に限らずいつだって強かったのだが。
魔理沙は、やり合っている時の霊夢の姿を見るのが好きだった。ぶーたれながら落ち葉を集めている姿の次くらいに。
真剣な弾幕ごっこの最中から、他愛の無い口喧嘩まで。どんなシチュエーションでも、彼女は隙が無い姿勢と表情で居た。
(それがまあ)
寝ている姿は隙だらけだ。
四肢はだらしなく投げ出されているし、口も半開きだ。これで鼾でもかいていようものなら殴ってでも起こしていただろうと魔理沙は思った。あ。よだれ。
(花も恥らう乙女として、この姿はどうかと思うぜ)
魔理沙はまたため息をついて、エプロンのポケットからレースがついたハンカチを取り出して口元を拭ってやろうとした。
「ん…」
魔理沙は熱い物に触れてしまったかのように手を引いた。
声に驚いたのではない。
触れた頬と唇の柔らかさに驚いたのだ。
(か、考えてみれば)
寝ている霊夢の口元を拭ってやるなんて、物凄くアレな事なんじゃなかろうか――と魔理沙は思った。
恥ずかしい。
涎が垂れていたので拭いてやろうという考えがごく自然に浮かんだのだが、よく考えると物凄く不自然だ。
何で自分が霊夢の口元の世話までしなければならないのか。
そう考えて、また頭に血が上った気がした。なんだか『口元の世話』という響きはアヤしい。
(何で私はこんな事をしているんだぜ? ありえないんだぜ!)
口調も少しおかしくなっているんだぜ。
顔を真っ赤にして百面相を展開する魔理沙とは対照的に、霊夢は至って気持ちよさそうに惰眠を貪っている。
規則正しい呼吸が伺える、ゆっくりとした胸の上下運動。
さっきまでのような半開きではなく、ほとんど閉じられた柔らかそうな――実際柔らかかったのだが――桃色の唇。
(……)
ごきゅり、と喉が鳴った。
(それは不味いぜ、霧雨魔理沙)
もう一度、触りたいだなんて。
起こしてしまうとか、誰かに見られたらとかそういうことが不味いのではなく――
すでに触る気で居る自分が一番不味い。
恐る恐る霊夢の顔に向かって指を伸ばすが、ふと何かに気付いたように手を引っ込める。
そして、さっきから握り締めていたハンカチで念入りに指先を拭いた。
(そ、そういえばこのハンカチ、霊夢の――)
それに気付いた魔理沙は、丁寧に折りたたんで、大事そうにポケットにしまった。
(あ、後で使わせてもらうぜ)
何に使う気ですか。何に。
気を取り直して、また顔に手を伸ばす。
ゆっくりと人差し指が――
ふに。
(う、うわあ)
ふにふに。
(こ、これはっ)
ふにふにふに。
気持ち良すぎる。
指先の幸福感と、背筋を駆け上がる僅かな背徳感が綯い交ぜになって、とんでもない気持ち良さだ。
息苦しくなって指を離した。触っていたのはほんの10秒かそこらだ。
指を離してから、さっきから呼吸を止めていた事に気付いた。
深い深い息をついて、触れていた指先を見つめた。
(こ、これ舐めたら変態だよな)
うん。どう控えめに見ても変態かな。
(何も――間接でなくとも――)
すぐそこに。
無防備な。
浮かんだ考えを振り払うように、勢いよく頭を振る。
不味い不味い不味い不味い。
いくらなんでもそれは不味い。絶対に不味い。
寝込みを襲うようなこそこそとしたやり方はよくない。もっと正々堂々と。
いや、そういう問題ではなくて。
(――じゃあ、どういう問題なんだ?)
結局、したいかしたくないか大事な事で、その結果は重要じゃない。経過こそが大事なのだと魔理沙は考えた。
まるで見当違いの思考だ。もはや自分でコントロールできていないらしい。
困った事に、そんな見当違いの考えで踏ん切りがついたようだ。
ためらいがちに、魔理沙の顔が霊夢の顔に近付く。
神社は静かで、自分の心音が響きそうだと、魔理沙は思った。
顔が尋常じゃないくらい火照っていて、きっと紅魔館も青くなるくらい赤い顔をしているだろうと、魔理沙は思った
自分の唇も、霊夢くらい柔らかいのだろうかと――魔理沙は思った。
もう少しで触れ合う、というところで――
パタパタパタ。
羽音が響いた。
「ほぁぁああああっ!?」
怪鳥音を上げて、飛び跳ねるように魔理沙は霊夢から離れた。
空を見上げると、鳩が遠ざかっていくところだった。
「あ、あは、あははははははは」
笑うしかなかった。
自分は何をしようとしていたのか。
これが通り魔というヤツなのか、と魔理沙は思った。
「ん~…」
眠り姫のお目覚めだ。接吻はしていないが。
眠たげに目をこすって辺りを見回して、魔理沙がへたり込んでいるのに気付くと胡散臭げに声をかけた。
「あんたそんな処で何してんの」
「あ、遊びに、来たん、だが、お疲れの、ようだ、から、帰る、ぜ」
「あんたこそ顔が真っ赤じゃないの。最近冷え込むようになったから風邪でもひいてるんじゃないの?」
立ち上がって魔理沙の方に一歩踏み出すと、魔理沙は凄い勢いで後ずさった。
「…何よ」
「なんでもないんだぜ!?」
声が裏返っている。
全力で起き上がって、壁に立てかけていた箒を手にとって、跨る。
「そ、それじゃあごゆっくりだぜ」
箒に魔力を込める。一刻も早く神社から離れたかった。
「はいはい、じゃあね」
面倒くさそうに手を振る霊夢。
(よかった、バレてないみたいだぜ)
少しだけほっとしながら、魔力が十分にチャージされた箒に命令して、離陸する。
全速力で魔法の森方面に向けて飛び出す刹那。
「したいんならさっさとしなさいよ。この根性無し」
・博麗神社付近で事故
昨日午後二時頃、博麗神社西の平田さん(カラス)宅に魔法の森に住む魔法使い霧雨 魔理沙容疑者(年齢不詳)が箒で突っ込んだ。平田さん宅(築2年、巣材は枝)は全壊した。ケガ人は無かった。平田さんによると、突っ込んできた霧雨容疑者は顔が真っ赤で呂律が回っておらず、飲酒をしていたのではないかという。霧雨容疑者が巣の代わりにと帽子を差し出し、平田さんは示談交渉に応じた。
酒を飲んでの飛行は人妖問わずにくれぐれも控えてもらいたいものだ。
文々。新聞 11月△日より
魔理沙は少し恥じらいが濃いですね
やはり男口調の女子は恥ずかしがり屋が多いのかー
靈夢ー!!