目の前で繰り広げられる光景に言葉を失う。
何故こんな事になってしまったのか……。
それを語るには今朝の事から話さなければならない。
しばし、私の回想に付き合って欲しい。
~六時間前~
それは朝食で起こった些細な出来事。
この騒動の発端でもあるこの時間。
「イナバ、お醤油取って頂戴」
「あ、はい。どうぞ」
姫に言われ、私はお醤油を取り、姫に渡す。
「ねぇ、今日の当番誰だったの? ちょっと味濃すぎない?」
相変わらずてゐは目の前にした料理に批判を浴びせている。
「残念ながら今日は私じゃないわよ?」
「そんなにそんなに姫が毎度料理なんてしてたら幻想郷が崩壊しますって」
「あら、それも面白そうね」
「姫~? お醤油はいらないんですか~?」
「貰うわ、味が薄くて食べれたもんじゃないわ」
「うぇ、これで薄いって言うの? 姫の味覚おかしいんじゃ……」
言ったてゐをじろりと睨むと、何も言わずにてゐの前に姫が自分の焼き魚を置いた。
「食べてみなさい」
「ん? どれも一緒でしょ?」
「いいから食べてみなさい」
「まぁ、いいけど……」
姫に薦められ、しぶしぶといった様子で魚を口に運ぶ。
「……薄い」
「でしょ?」
どうやら姫の言っている事は正しいらしい。
私が不思議そうに見ていると、目の前に魚の身を摘んだ箸が差し出された。
「……?」
箸の先端を見て、さらに不思議そうな顔をしてしまう。
「ウドンゲ……差し出されたものは素直に食べなさい」
「へ?」
良く見ると、箸を持っていたのは師匠だった。
今まで黙ってご飯を口にしていた師匠が、急に何を思ったのか私に魚を食べさせようとしてくる。
師匠の事だ、また何か良からぬ事でも考えているのかとも思ったが、真剣な顔をしていたので取り合えず信じてみる事にした。
箸の先端を見て、師匠の顔を見る。
それから魚に口を付ける。
付ける瞬間、師匠の目に何か光るものを見た気がした。
あれは……涙?
そう思った時と口を閉じた時が同時だった為、真相は分からなかった。
「どう?」
「え? どうって普通の焼き魚ですが……?」
私が先程食べていた自分の魚と至って変わりは……。
「んっ!?」
な、これ、辛っ!?
「んー!! ん~ん~!?」
慌て苦しんでる私にすかさず師匠が水を差し出してくれた。
それを一気に飲み干す。
「れーせん?」
「どうしたのイナバ?」
当事者ではない二人も何事かと私の様子を見守っている。
「ん……ぷはっ!」
水を全て飲みきった私はすぐさま師匠を睨み付ける。
が、師匠の表情は決して良いものではなかった。
「ウドンゲ……どう?」
「どうって……何ですかこれは、酷いじゃないですか!」
どう言う事だと頭にハテナマークを浮かべる二人には構わず、師匠を怒鳴りつける。
「ウドンゲ、一先ず落ち着いて」
「む……?」
いつもの師匠らしくない。
強引に話を進めて来るいつもの師匠の言葉では無かったので、言う事を聞く事にした。
「つまりこう言う事よ」
いい?と一息溜めて何かを話そうとする。
「姫のは味が薄い、てゐのは味が濃い、そして私のは辛い」
言われて気が付いた。
師匠が何かをしたのではなく、それは最初からそういう味付けだったのだろう。
「って師匠、こんなのを黙って食べていたんですか?」
「ええ、辛かったわ」
「いや、それだけで済む辛さじゃないと思うんですが……」
口から火を吹くとは良く言ったものだ。
「これは作ったイナバに良く言っておかないといけないわね」
さすがの姫も呆れ顔で箸を置いた。
「でも、何でれーせんのだけ普通の味なのよ? 不公平だよ」
「そう言われても……作った子に言ってよ」
私の所為でもないのに何故か非難を浴びる。
横を見ると、師匠は未だ魚を口に運んでいた。
「師匠……それ大丈夫なんですか……?」
「大丈夫……に見える?」
口にする度、それに比例する様に水が失われていく。
明らかに無理をしているのだろう。
「そんなに辛いなら食べなきゃいいじゃないですか」
最もな意見を投げ掛けてみたが、師匠は少し困った様な顔をしてしまった。
「そうれはそうだけど、作った本人は一生懸命に作った筈よ? その事を考えるとここで食べるのを止めるのは
申し訳ないわ」
「師匠……」
優しい笑みに私は感動を覚えた。
「だから貴方も手伝って頂戴?」
「それはお断りします」
それとこれとは話が別だ。
賑やかな朝食を終え、私達はしばしの間会話を楽しんでいた。
師匠は口と鼻を少し赤くしていたが……。
「最近暇ねぇ……何か面白い事は無いの?」
姫が唐突に話を切り出す。
「面白い事ですか? 宴会でも開いてみますか?」
他に良い案が思い付かなかったので適当に答えてみた。
「宴会はいつもやってるでしょう? そうじゃなくて何か変わった事は無いの?」
「はぁ、変わった事ですか……」
姫の我侭を聞くのも楽ではないが、確かにここ最近平和な日々を過ごしていた。
それが姫にとっては暇な事だったのだろう。
「師匠は何か良い案ありますか?」
こういう事は師匠に聞くのが一番だと尋ねてみる。
「そうねぇ……それなら神社か白玉楼にでも足を運んでみますか?」
「それも宴会には変わりないでしょう? それ以外は何か無いの?」
どうやら姫は宴会以外で面白い事を探しているらしい。
これには師匠も頬に手を当てて考え込んでしまった。
「面白い事ねぇ……」
隣ではてゐも考え込んでいる。
こいつが思い付く事はろくでもない事の様な気もするが。
「変わった事、で思い出したけど。久々に蔵の整理をしようと思っていたのをすっかり忘れてたわ」
師匠は何を考え込んでいたのか、全く別の事を言い出した。
「蔵……ですか?」
確か薬剤の置いてある蔵は先月に掃除も整理もした筈だが。
「ああ、薬剤の置いてある蔵の事じゃないわ」
「あれ? 他に蔵なんてあったんですか?」
そんな事は聞いた事もない。
「私も初耳なんだけど?」
横から声がした。
どうやらてゐもその蔵の存在を知らなかった様だ。
「蔵って、永琳の私物が置いてあるあそこの事?」
「はい、そうです」
意外や意外、なんと姫だけがその存在を知っていた。
「どこにあるんですか? その蔵って」
場所を聞けば見た事くらいはあるかも知れない。
そう思って私は場所を聞いてみた。
「蔵、と言うよりも倉庫に近いわね。此処の地下にこじんまりとしたのがあるのよ」
「此処に地下なんてあったんですか」
「ええ、此処に来た時に見つけた物でね、丁度良いから私の私物を置く事にしたのよ」
そんな所があったなんて今の今まで知らなかった。
横のてゐを見てみると、どうやらてゐもそれを知らなかった様だ。
「それに決まりね」
「えっ?」
急に姫が立ち上がり人差し指を突きつけて高々と宣言する。
「何か懐かしい物が出てくるかもしれないじゃない」
成る程、確かに師匠の私物と言う物だけあって興味をそそられる。
「面白い物は特にあるとは思えませんが、それでも宜しいのなら」
師匠も拒否する気は無い様で、それを承諾していた。
「ウドンゲ、てゐ」
「はい?」
「なに~?」
師匠がこちらを向き、私達の名を呼ぶ。
「少し人手が要るわ、此処に居る兎の中で使えそうなのを五、六人連れてきて頂戴」
「五、六人って……そんなにいるんですか?」
だとしたら結構な広さなのかもしれない。
「そう言う訳じゃないけど、整理するとなったら何かと人手が入用でしょ?」
「あぁ、まぁ確かに」
「そう言う訳だから、宜しくお願いね」
「はい、分かりました」
働き者の兎に関してはてゐに聞けばすぐに分かるだろう。
「それじゃ、開始は昼食が過ぎてからで決まりね」
何故か指揮を取る姫。
この人はこういう事から楽しんでいるのかもしれない。
「そう言えば、前にそこを片付けたのって何時頃なんですか?」
その存在を知らなかっただけにそれが少し気がかりだった。
「そうねぇ……」
師匠が指を一つづつ折りながらその時を数えていく。
「ざっと……四桁近くね」
「「「えっ!?」」」
~四時間前~
私とてゐは、師匠に言われた人手を探す為、大広間にやって来ていた。
今思うとここで指名された者達は運が無かったのだろう。
可愛そうな事をしたかもしれない……。
「ねぇ、てゐ?」
「ん?」
「師匠が言ってた通り、働き者の兎を連れてくればいいんだよね?」
当然怠け者を連れて行ったらこっちが割り食うだけである。
「まぁ、そうなんだけどね。かといってそれだけってものね」
「ん?どう言う事?」
「小物の整理が得意な奴、力仕事が得意な奴、単に掃除が得意な奴とか。適材適所って所ね」
「ああ、成る程」
てゐの提案に私達は色々使えそうな人材を集める。
仕事を頼んだ兎達も、その存在を知らない様で面白半分に快く手伝いを申し出てくれた。
程なくして人手は問題なく集まった。
~一時間前~
昼食を終え、私達は決められた時間の通り集合場所へと集まった。
今、居る所は屋敷の離れにあるやや古ぼけた倉庫。
この場には、私を含め十名が揃っている。
「集まったわね」
師匠が此処に集まった者達の顔を一人ずつ見て、静かに頷いた。
「師匠、此処がその蔵がある倉庫なんですか?」
どう見てもただの倉庫。
私も何度も中に入った事もある此処に、地下に通じる通路なんてあっただろうか?
「ええ、普段は勝手に入られない様に隠してあるのよ」
「そんなに大事な物が仕舞ってあるんですか?」
「まぁ、色々と……よ」
何か含みのある言葉に、私の頭に不安がよぎる。
「取り合えず中に入るわよー」
姫は相変わらずうきうきした様子で指揮をとる。
それはさながらピクニックにでも来ているかの様に。
「うわー……ってここは何度も入った事あったっけ」
倉庫の扉を開け、中に入ったてゐがフライング気味に驚いた。
「ええ、こっちよ」
すたすたと奥に進んでいってしまう。
私達もその後を追う様に奥へと足を進める。
「此処よ」
そこは他と変わらない、何の変哲も無い場所だった。
「何も無いじゃない?」
姫の言う事も最もだと思う。
「まぁ、見ていて下さい。少し手を貸して頂戴」
無造作に置かれている棚に手を掛け、持ち上げようとする。
私達はそれを手伝う様に棚に手を掛けた。
あ、てゐの奴だけサボってやがる……。
「そのままこっちにずらして」
師匠に従い私達は棚をずらしていく。
「「おー」」
傍観者二人から関心の声が零れる。
棚の下には階段が隠されていた。
「此処がそうなんですか?」
「ええ、行きましょう」
師匠を先頭に私、姫、てゐと続いていく。
「うわ、真っ暗ですね」
「うーん、まぁ明かりはこれで代用しましょうか」
師匠は二、三何かを呟くと、私達の周囲に明かりが灯される。
使い魔でも召喚したのだろう。
「うわ~……」
「これは……凄いわね」
照らされた周囲を見て、皆が驚きの声を上げた。
ヴワル図書館と比べても遜色の無い広さ。
地下にこれだけ広大な光景が広がっていては誰もが驚くだろう。
それと同じく、もしかしたら此処も空間をいじってあるのかもしれない。
というか師匠ならやりかねない事だ。
「永琳の千年の歴史が此処に……って感じね」
「姫、触るのは良いですけど、ちゃんと元の場所に戻して置いて下さいね」
興味津々と言った感じに色々手に取り品定めを始めた姫に、やれやれと師匠は苦笑していた。
「それじゃあ、貴方達はこっちをお願い。貴方達はこっちね」
師匠が周りに指示を出し、此処の整理が始まった。
「あら、これ私が昔使っていたノート?」
「ああ、そう言えばそうですね」
「えっ? 姫って昔何か師匠に教わっていたんですか?」
びっしりと数式の様なものが書かれたノートを見て思わずそう思ってしまう。
「ええ、それもまだ月に居た頃のね」
「そんな昔の物が?」
師匠曰く、月から持って来たとの事らしい。
「でも、永琳。使者として地上に来た時には持っていなかった筈よね?」
「はい、それは後から持って来ましたから」
「え? あれから月に戻ったの?」
「いえ、使い魔を使ってあちらから運び出した物です」
そんな事が出来るのだろうか?
まぁ、師匠が言うんだから出来るんだろうけど……。
「成る程、だから記憶にも無い様な懐かしいものが沢山あるのね」
記憶に無いのに懐かしいも糞も無いと思うが……。
「ウドンゲ、手が止まってるわよ?」
「あ、はい」
いけない、突っ込みに気を取られて仕事を疎かにしてしまっていた様だ。
って、あれ? これは何だろう?
「師匠~? これって何なんですか?」
「うん? どれ?」
「この粘土みたいな奴です」
私が見つけた物は言った通り粘土の様な物。
「それはプラスチック爆弾ね」
「へ? 爆弾?」
「ええ」
え? 私手に持ってるよ? 捏ね回しちゃったよ?
「…………」
爆弾を手にしたまま私は固まってしまう。
「大丈夫よ、信管っていう起爆装置が無いと爆発はしないわ」
そんな私を見て笑いながら手に持った粘土をどけてくれる。
「はぁ~……そうなんですか。って何でまたそんな物が此処に?」
「色々と実験の為にね。何なら此処で爆発させてみる?」
「いや、止めて下さい。生き埋めは御免です」
「此処はそんなに柔な作りはしてないわよ?」
「だとしてもです、止めて下さいね?」
「青白く光って、結構綺麗なのよ?」
「見なくてもいいです、だから止めて下さい……」
えー、と勿体無さそうな顔をする師匠を何とか説得する事に全力を注ぐ。
いや、だって師匠が持ってる位の物だから……威力とか結構凄そうだし……。
「永琳ー、これは何ー?」
「はいはい、どれですか?」
楽しそうに物色し始めた姫に、やれやれと苦笑しながら師匠が答える。
此処は姫の興味をそそる物が沢山あるのだろう。
暇つぶしとしては成功かもしれない。
~三十分前-現在~
大した時間も掛からずにあらかた整理の着いた。
姫は何かと未だ物珍しそうに物色している。
「大分片付きましたね」
「そうね、助かったわ」
やる事も無くなったので暫し師匠と雑談をしていると、てゐの方から声が聞えた。
「ねぇー、この奥って何があるのー?」
頑丈そうな扉の前に立つてゐ。
その扉は何かしらの封印が施されている様にも見える。
「ああ、ついでだからそこも片付けようかしら?」
「あそこにも何か置いてあるんですか?」
「ええ、此処にあるものより少し危険な物とかがね」
此処にもかなり危険と思われる物が沢山在ったと思うが……。
「面白そうね」
何時の間に隣に居たのか、姫が興味津々に扉を見ている。
「大丈夫なんですか?」
「んー……」
危険な物があるのに不用意に入って良いものなのか躊躇われる。
私の言葉に考え込んでしまった師匠。
「まぁ、大丈夫でしょう」
出た答えは結構投げやりだった。
「皆ー、集まって」
師匠の号令と共に散らばっていた兎達が集まって来る。
「今から此処に入るけど、その前に幾つか注意があるわ」
良く聞いて、と師匠が静かに目を閉じた。
「まず、不用意に扉を開けない。変な物を見つけても触らない。後は危ないと思ったらすぐに此処まで引きか
してくる事」
どうやらこの奥は相当危険な物が置かれているらしい。
「永琳、この奥にはどんな物が置かれているの?」
その注意に何か感じるものがあったのか、姫が小首を傾げていた。
「そうですね……色々と、ですが。取りあえず命の危険は無いと思います」
そんな危険あったら入りたくも無い。
「でも、先程の注意を無視する様な事があれば、その時は命の保障はしません」
そんな危険あった……。
「そう、なら大丈夫ね」
何が大丈夫なんだか、姫はやはり楽しそうだった。
「それでは、開けるわよ?」
師匠がこちらを向き、皆に確認を取る。
私達が頷いたのを見ると、扉の方に向き直り、扉に施してあった封印を解いた。
「さぁ、入るわよ」
開かれた扉の奥には、此処とは違い、細い通路が続いていた。
「一応出口まで使い魔を置いておくから、道に迷ったらそれを辿ってきなさい」
そう言って師匠は最初と同じく、先頭に立って私達を先導する。
途中、幾つかの扉があったが、それらには入る事無く奥へと進んで行く。
「永琳、此処は入らないの?」
「ええ、そこは特には何もありませんから」
不思議に思ったのか、姫が尋ねてみるが入る事は無いらしい。
それをつまらなく思ったのか、姫が不満げな声を漏らす。
「それじゃ、此処に入ってみますか?」
溜息を付きつつ、師匠が一つの扉に手を掛けた。
開かれた扉は、師匠が私の前に立っているので中の様子は分からない。
「どうぞ」
師匠が一歩引いて、先に入るよう促す。
「此処には何があるの?」
中に足を踏み入れつつ、姫が疑問の声を零す。
「そこには食虫植物が居ます」
「え―――」
姫の声は途中で途絶えた。
目の前から急に姫が消えたのだ。
「ひ、姫!?」
何が起こったのかとてゐが中に入る。
「うぇ、何これ!?」
中は草や茎の様な物で覆い尽くされ、姫はそれの蔓に捕まっていた。
「な、永琳ー。何なのこれはー?」
「食虫植物ですよ。姫を餌と思ったのでしょう」
さも当然の様に言い張る師匠。
「餌って……助けなくて良いんですか?」
「そうね。貴方達、姫をお願いするわ」
そう言って、てゐや他の兎達に頼む。
それを聞いた皆が中に入って行くが、姫は笑っていた。
私以外が入った事を確認すると、師匠は何を思ったのか扉を閉めた。
「し、師匠?」
「…………」
師匠は何も言わない。
「ぎゃー、何これ!?」
「蔓が! 蔓が!」
「うわ、斬ってもすぐに再生する!?」
「ああー! 姫が食われた!」
「姫ー!?」
「あははははは」
「姫!? 笑ってる場合じゃ!」
「この! この!」
「何この液体!?」
「うわ、溶けてる! 溶けてるって!」
「てゐ、姫は!?」
「あー、溶けちゃったんじゃ?」
「嘘!? 姫ー!?」
「なぁにー?」
「あ、生きてた」
「ちょ、この花やばいって!」
閉じられた扉の向こうから、必死な様子の兎達と、楽しそうな姫の笑い声が聞える。
「……師匠?」
「……さ、行きましょうか」
「ええっ!?」
すたすたと奥へ歩いていってしまう。
「良いんですかあれ!?」
聞くまでも無いと思う事を聞いてみる。
「暫くあそこで遊んで貰ってた方がこっちとしては好都合なのよ」
「……そうなんですか?」
「ええ」
遊ぶと言うには些か兎達が可愛そうにも思えるが……。
「正直、下手に姫があちこち遊ばれるよりもこうした方が安全だと思ったのよ」
「はぁ、そうなんですか」
それであそこに閉じ込めたと言う訳か。
「それに、あの面子でまともなのと言ったら貴方くらいしかいないでしょう?」
褒められてるんだか良く分からない事を聞かれても返答に困る。
ちらりと後ろの扉を見ると、まだ騒がしく草木と戯れているのだろう。
私達……私だけ後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。
それから幾つかの扉を無視し、私と師匠は奥へと進んでいた。
「師匠、この通路ってどの位距離があるんですか?」
かれこれ大分時間も経ってるというのに、未だ終点が見えてこない。
方向は違うかもしれないが、これだけ進むと人里の下ぐらいまで来ていてもおかしくは無い。
「どうしたの、疲れた?」
「いえ、そう言う訳ではありませんが」
そう、と師匠は気にした風も無く先へと進む。
「ちょっと此処に寄ってみようかしら」
ふと、師匠は立ち止まり、一つの扉に手を掛けた。
「あ、そこには何があるんですか?」
扉が開ききる前に私が尋ねる。
「此処には……」
私達は中に入る。
中は先程入った部屋より少し狭く、そして何かの異臭がする。
そしてその部屋の片隅に、何か動く影が……。
その形状は禍々しく、化け物と呼ぶに相応しい姿。
瞳はあるのか無いのか分からないが、頭部は後ろに長く、そして尻尾も生えている。
さらにはその口の中にも同じように口があるのが特徴的だった。
「紹介するわ、エイリアンさんよ」
「ってこれは拙いでしょう!?」
「何が?」
「いや、せめて名前に伏字くらい付けましょうよ。色々とやばいですって!」
「大丈夫よ、その名は広く一般的だから。姿さえ見せなければ問題ないわ」
「そう言うものなんですか?」
「そう言うものよ」
良く分からない会話をしている最中も、エイリアン……ここでは化け物と呼ぼう。
は、鳴き声の様なものを放ち、こちらを威嚇している様にも見える。
「何でこんなのが此処にいるんですか!?」
永遠亭の地下にこんなものが居たなんて今の今まで知らなかった。
と言うか、こんなのが居て大丈夫何だろうか……?
「生体実験でね、苦労して作り上げたものよ」
「アンタが作ったのかよ!?」
化け物の口からは強い酸性なのか、唾液が零れ落ち床を溶かしていた。
だからこんなに床に穴が開いてるんだ……。
と、急に化け物は一鳴きすると、こちら目掛けて飛び掛ってきた。
「うわっ!?」
「あらあら」
咄嗟にそれを避け、私は懐から拳銃を取り出し迷わず化け物に乱射した。
「って、硬っ!?」
弾は化け物に当たっているものの、倒れる気配が全然無い。
それどころか怯まずにこちらに向ってくる。
「っこの!」
後少しで私に届くという所で、私は化け物の頭を吹き飛ばした。
声も無く化け物は崩れ落ちる。
「……ウドンゲ、酷いわ」
「いやいやいや!!」
化け物を悲しそうに見つめながら、師匠がぽつりと呟いた。
「明らかに敵意満々じゃないですか! やらなきゃ、やられますって!」
「じゃれついてただけでしょうに」
「どこに強酸撒き散らしながら喜々とじゃれてくる化け物が居るんですか!?」
「きっとウドンゲが珍しかったのね」
「いや、そんな理由で死にたくないですって」
やれやれと師匠は化け物の亡骸を完全に消し去った。
「こんなのを永遠亭の地下に飼っていて良いんですか?」
「一応、封印はしておいてあるから。出て来る様な事はまず無いわ」
「って、もしかしてまだ居るんですか?」
「あら、まだ見たい?」
「いやいいです、もういいです」
「折角私のお友達との再会なのに」
残念ね、と笑いながら語りかけてくる。
こいつ、面白がってやがる……。
「師匠にはそんな友達しかいないんですか?」
「もっと知性的な友達もいるわよ?」
「今度はどんな化け物なんですか……?」
「そうね、彼は頭も良くて言葉も理解出来るわ」
「理解とか言ってる時点で普通じゃ無いって訳ですね……?」
「その上、光線とか色々出せるのよ?」
「何だか更に危険極まりないですね……」
明らかに普通では無い。
絶対に化け物の類だろう……。
「名前はプレデt―――」
「いやいやいやいや!!」
「何、そんな大声だして?」
「それは本当に拙いですよ! 伏せましょうよ! 伏ちゃいましょうよ!」
「何を訳の分からない事を言ってるのよ?」
「分からなくて良いですから! 姿出なくても今回のは拙いですって!」
「じゃあ、プレデ○ーで良いの?」
「いや、もう遅いですよ!最初にそれをやって下さい!」
「我侭ねぇ」
師匠に代わって、お詫び申し上げます……。
「で、会いたい?」
「全力で遠慮させて頂きます」
「あら、夢の競演じゃない」
「そんなのと競演したくないですよ!」
「ウドンゲインVSプレデ○ーなんてもの面白そうじゃない?」
「私を化け物扱いしないで下さい!」
宇宙繋がりなら何でもありなのか、この脳みそ宇宙人は。
「私も化け物と一緒にされるのは心外だわ」
「友達が化け物なんだから同じですよ」
「なら、これは僕って事で」
「嫌な僕ですね……」
いや、強酸撒き散らしながら付き従うこいつ等は、師匠にはぴったりかもしれない……。
「そうしたらウドンゲは僕のリーダーね」
「こんな部下要りませんよ! こっちが食われますって!」
「外にこれを放ってみたら面白そうね」
「止めて下さい、こんなのにうろつかれたら夜もおちおち寝ていられませんよ」
「まぁ、それもそうね」
「もうこのままずっと封印しといて下さい……」
永遠亭の下にこんなのがうようよ居るのだとしたら、安心して夜も寝れなくなりそうだ……。
「他にもまだまだ居るのよ?」
「もういいですから……そのままそっとしてあげて下さい」
仕方が無いわね、と師匠は部屋の外に出て行く。
私もそれに習ってその部屋を後にした。
「師匠~、もしかして此処ってあんなのしか居ないんですか?」
最初に見た食虫植物にせよ今の化け物にせよ、生きているものばかりだ。
まぁ、まだ二つの部屋しか見ていないが。
「そう言う訳でもないわよ。偶々入った所がそれだっただけよ」
「なら次はもっと普通の物が置いてある所に入りましょうよ~」
普通の物は無いかもしれないが、それでも襲い掛かって来る生き物よりはマシだろう。
「なら此処なんでどうかしら?」
丁度差し掛かった扉の前で立ち止まり私に尋ねて来る。
「どう、と言われましても、私は中に何があるのか分かりませんから」
「それもそうね、此処は主に私が集めた魔力の籠もった道具を保管してある場所よ」
どうやら今回は普通じゃないけど物らしい。
「危険は……無いんですか?」
「不用意に手に取らなければ問題無いわ」
それならと、私も承諾する。
それを聞いて師匠は静かに扉を開けた。
中には棚や机の様な置いてあり、その上に何に使うのか分からない様な道具が幾つも置いてあった。
師匠が言った通り、不用意に触らないように注意しながらそれらを見ていく。
「此処にあるのって何に使う物なんですか?」
見ただけでは用途が分かりそうなのはごく僅かしか無い。
私の言葉に、師匠は一つの道具を手に取り私に見せてきた。
それは小さな箱の様な物。
「これは持っている者を幸せにする箱よ」
それを開けると、オルゴールにでもなっているのか、中から音が聞えてきた。
「幸せって……そういう魔法が掛かっているんですか?」
「ええ、例えばこれを持ち帰った途端に温泉が湧いたりとか……」
「何で温泉なんですか……」
言われてみると確かにその綺麗な音色を聞いていると、幸せな気分になってくる気がする。
「でもこれを鳴らしたまま此処に入るのは少し危険よ」
「え? そうなんですか?」
「そう、例えるなら不思議な倉庫が、もっと不思議な―――」
「ストップ! いいです、最後まで言わなくて良いです」
「あら、どうして?」
「これ以上拙い事にはしたく無いですから」
変な子ねぇ、と奇妙な顔をされてしまった。
だって苦情が来そうなんだもん……。
「ならこれはどう?」
「はい、どれですか?」
また別の物を手に取り……。
「これは最後の巻物と言って」
「それしか無いのか!!」
それから暫く師匠に色々と拙い物を披露され、それに突っ込みを入れつつ、やっとその部屋から出る事が
出来た。
「師匠~……そろそろ姫達の所に戻らなくて良いんですか~?」
だんだん色々と疲れて来た私は、師匠に戻る提案を出してみた。
「そうね……あと一つだけ見たら戻りましょうか」
師匠はそう言って、どんどん奥へと進んでいく。
見失う訳にもいなかい私は、後を付いて行く事しか出来なかった。
程なくして、ようやくこの長い通路に終点がやって来た。
恐らくは最後の扉。
通路を塞ぐ様にその扉は佇んでいる。
「此処で終わりですか?」
「ええ」
「此処には何があるんですか?」
「それは口で説明するよりも見て貰った方が早いわ」
私の言葉も待たずに、師匠は扉を開いていく。
身の危険を感じ取ったが、開けられた扉の奥は予想外にも普通だった。
「と言うか此処だけ何でこんなに……」
他に比べてそこは、本当に部屋といった感じだった。
内装も綺麗で飾りつけもされている。
此処に人が住んでいると言われてもおかしくは無い様に思える。
「懐かしいわね……」
師匠がその中に入って、感慨深そうに辺りを眺める。
ふと机の上に置かれた一枚の写真に目がいった。
「これ……師匠?」
その写真に映し出された人物はてゐと比べてもまだ幼い少女の写真だった。
だが、それは確かに師匠の面影がある。
「ええ、そうよ」
此処には師匠の昔の思い出の品が置いてある様だ。
「どうしてこんな所にこんなのを置いているんですか?」
危険でも何でも無い。
これなら師匠の部屋にでも置いてあっても問題無い様に思える。
「私にとっては過去はもう捨てたもの、それを置いてあっても仕方が無いでしょう?」
「…………」
そう言う師匠はどことなくもの悲しげで、私は返す言葉を失ってしまった。
「とは言っても結局は捨てられずに、此処に保管してあるんだから本末転倒よね」
悲しそうな表情のまま、苦笑する師匠に私も少し悲しくなった。
「実を言うとね、姫達をあそこに閉じ込めておいたのは此処を見られたくなかったからなのよ」
「えっ?」
だって恥ずかしいじゃない、と優しく微笑んで師匠が言う。
その表情からは、先程の悲観な姿は見て取れなかった。
「でも、それじゃあ何で私を?」
姫達は駄目だったのに、何故私だけ此処に連れてきたのだろうか?
「何ででしょうね……まぁ、何となくでしょうね」
「はぁ……」
曖昧な答えに曖昧な返答で返しておく。
師匠にも良く分かっていない様だ。
「もしかしたら、貴方には見て貰いたかったのかもしれないわね……」
「そうなんですか?」
さぁ、と誤魔化す様に思い出の品を手に取り、それは何か昔を思い出している様に見える。
「師匠も昔を思い出したりするんですか?」
「急に変な事を聞くのね?」
「あ、申し訳ありません」
「そうね、私だって昔を懐かしむ事ぐらいはするわ。一応これでも大切な思い出だから……」
その顔は、今まで私に見せた事も無い様な哀愁に満ちた表情だった。
暫くその部屋の整理を手伝った後、その帰りに姫を助け出し、私達は皆揃って無事に外へと出た。
「あー、面白かったわ」
「楽しんでたのは姫だけでしょ」
「あら、イナバも結構楽しんでた様に見えたけど?」
「んー、まぁ楽しかったかな」
二人はそう言うが、他の兎達はかなりぐったりとしていた。
「そう言えば、永琳達は何処に行ってたの?」
その言葉にふっ、と師匠は笑い掛けると。
「ウドンゲと二人っきりで、私の大切な所を見せていたのですよ」
その言葉は、何か誤解を招きそうだった。
◇ ◇ ◇
「暇ねぇ……何か面白い事は無いの?」
数日前にも同じ様な事を聞いた覚えがある。
朝食の終わりに楽しい会話の一時を過ごしていた私達。
またしても姫が唐突に話を切り出した。
「またですか? この前もそんな事言ってませんでしたか?」
「そんな昔の事は忘れたわ。何か無いの?」
「そうは言われましても……」
助けを求める様、師匠に目配せする。
「そうねぇ……宴会、はやっぱり飽きられましたか?」
「宴会も良いけど、他の事がしたいわ」
やれやれと師匠は考え込んでしまう。
てゐは我関せずと横になっていた。
「何か変わった事は無いの~?」
何も提案が出ないのに痺れを切らし、姫が駄々をこね始めた。
「変わった事ですか。また蔵の整理でもしてみますか?」
冗談交じりで私が提案してみる。
「それはこの間したでしょう? あそこはもう飽きたわ」
やはり姫は飽きるのが早いのだろう。
私の提案はあっさりと却下された。
「蔵の整理ですか。やってみますか?」
却下されたにも関わらず、師匠がそう提案してくる。
「永琳、あそこはもう飽きたって……」
「姫」
姫の言葉を遮る様に、師匠が言葉を放つ。
「今度はウドンゲの秘蔵の品が置いてある蔵です」
「は?」
その疑問の声を出したのは姫ではなく私だった。
「勿論、月から持ち出した物よね?」
姫が面白い物でも見つけた様に問いかける。
「勿論です」
含みのある笑みで師匠がそれを返す。
「ちょ、師匠!? どう言う事ですか!?」
「ウドンゲ、貴方だって私の恥ずかしい所を見たでしょう?」
だからそれはちょっと誤解を招きますから……。
「それは師匠が見せたんでしょう!?」
「あらあら、朝からお熱いわね」
「なっ!?」
姫がにやにやとこちらのやり取りを眺めている。
「で、如何致しましょう?」
それに構わず、師匠がやはりにやにやとこちらを見詰める。
「決まりね」
びしっと姫が私に指を指す。
「いや、待って下さい! 勝手に決めないで下さいよ!」
拙い。師匠の事だからきっととんでもない物を用意してあるに違いない。
「そうと決まったら後は人手ね」
「何なら全員連れて来る?」
「てゐ! 余計な事は言わないで!」
さっきまで横たわってた癖に、私の話になったら急に目を輝かせやがって……。
「それは良いわね。てゐ、皆を集めて頂戴」
「了解~」
「てゐ!? 待って! ちょっと待って!」
「楽しみね、イナバの面白い所が見れるのかしら?」
「ええ、それは勿論。きっとウドンゲも楽しんでくれると思いますよ」
楽しむのはそれを見てるアンタ等だけだろう。
「ししょ~……一体何を持って来たんですか?」
「色々と……よ」
その顔は明らかにいつも私を弄る時の表情と同じ。
それに私は不安を覚えたが、師匠相手に今更どうする事も出来そうに無い。
半ば諦め、私は机に突っ伏した。
きっとこれから私は恥ずかしい思いをする事になるんだろう。
それを思うと逃げ出したくなって来る。
そしてそれを見てこの二人は楽しむのだろう。
机に突っ伏したままの私に師匠が小さく呟くのが聞えた。
「本当に大切な物は、貴方と二人で見る事にするわ」
「師匠?」
「ふふ、楽しみにしてなさい」
まぁ、それもいいかな。
昔の思い出を振り返る良い機会かもしれない。
師匠がそう言うんだからきっとそうなんだろう。
それから私達はとある場所の地下へと赴くが、それはまた別の機会に……。
GJ!