Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

お茶を伴侶に

2006/10/02 12:38:32
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「いやだ……いやだ……どうして……」

 賽銭箱に縋り付き嗚咽を漏らす少女はぼろ布を纏いその背に余る程度には大きな包みを一つ担いでいた。
内包物はその固さでもって包みを所々から歪に押し上げ布地の隆起が包みの底に特に多く目立ち女が咽ぶ毎蠢く事で細かく重い物である事を伝える。ずしりと重いそれを抱え長い旅路を取ったのだ。妖怪の棲む土地を歩き通したのだ。修験者も避けて通る妖怪の大通りを如何にして潜み抜けたのかは人の知るところでは無い。その俄かに信じ難い離れ業をこなしたどり着いた神社で少女は途方に暮れていた。

「ここに来れば……巫女様が居るって……」

 賽銭箱に縋り付き嗚咽を漏らす少女を巫女は疲れた様な目で見ていた。縁側に腰掛け茶と主張する何かを啜りつつ軒先に吊った風鈴がりんりんと鳴けばそちらを見、少女がわんわんと泣けばそちらを見、茶を啜っては天を仰ぐ。若い時分に青春を謳歌し走りぬけた者の晩年の過ごし方としては正しいかもしれないが若いどころか幼さすら漂わせる少女には酷く不似合いで、その横顔に張り付いた疲れきった表情もまた不似合いこの上無かった。

 それから二度程湯飲みを傾けてから巫女は急須に手を伸ばすも、持ち上げたそれはとても軽かった。空いた湯飲みの底を見つめながら溜息を吐く。今日も薄かった、昨日より薄かった。巫女はもう一度溜息を吐いた。水差しで事足りてしまう急須の横に湯飲みを置くついでに膝元に置いていた札を取り上げ脇へ放り、のっそりと立ち上がった。

「あんた、何がいやなのよ何が不満なのよ世界はあんた中心に回ってるわけじゃないのよ昼間っから鬱陶しいったらありゃしないわよこちとら昨日から水しか飲んでないのよ悲鳴上げたいのはこっちの方よ文句ある?」
「巫女様!」

 年に一度あるか無いかの内輪以外の来客を無視して茶を啜っていた怠慢巫女の見事な居直りにも少女は動じない。泣き続けて枯れた声を精一杯搾り出し漸く現れた巫女に縋る想いで駆け寄ろうとするも無碍に遮ったのは巫女だった。

「それ以上近付かないで。女の子なんだから少しは身奇麗にしなさいよ。凄く匂うわよ」

 巫女は酷かった。乱れきった食生活が巫女を荒ませていた。唯一の精神安定剤だった茶が切れた事により今の巫女はまさに絶望の淵に居た。そんな極限状態の巫女の城へと土足で上がりこんだ挙句自分が世の中で一番不幸だとでも言わんばかりの勢いで泣き崩れる少女が居るのである。巫女にしてみれば空気嫁という所だろう。

「ごめんなさい。それよりも巫女様、お願いします助けてください」

 しかし少女も少女で気丈であった。嫁入り前の最も衆目を気にする年頃の娘という身の上の少女が受けたのは平時であるならば恥じ入って井戸に身投げしてもおかしくない程の辱めだ。しかし少女は形振り構わず必死に懇願した。この巫女で本当に良いのかという疑念は無かった。そうする事が最善であるとずっと信じていた。そうする他無いと信じていた。何より、その一つの事に異常な程に固執していた。

「はぁ。確かに私は巫女だけどね。具体的に何をどう助けて欲しいのよ」

 巫女は聞く体制に入った。まあどうせ巫女だし、という一種悟ったような、諦めた様な、有体に言えば物凄く嫌そうな気だるい表情が顔に張り付いていた。それを隠そうともしなかった。

「……村を追われました。今年は私が選ばれました」
「事情が飲み込めないわね。なんかやらかしたの」
「いえ……。誰かが、務めなければならない事です。でも父は、父だけは私を生かそうとしてくれた。博麗神社の巫女様を頼れとこっそりとこれを持たせてくれて」

 少女が背中の包みを縦に何度か揺らしてみせた。じゃらじゃらと天下の回る音がした。巫女は聴覚に全神経を集中させた。聞き慣れない音だった。しかしどこかで聞いた事のある音だった。神威の一端を預かる巫女からして一種の畏れすら覚える程に尊い物である事だけがわかった。それは巫女にとっての幻想の音だった。

「……事情はともかく、御代は全部よ? 大丈夫気前良く全部出せば私が責任もって全部面倒見たげるわよ安心して」

 先程とは打って変わって親身に少女の懇願を聞き入れた巫女に当の少女は安堵の息を漏らし何度も頭を垂れた。巫女は受け取った包みを解いた途端にざらりと溢れ出した銭の山を震える指先で少しずつ崩し一枚一枚左から右へと滑らせては熱っぽい吐息を漏らした。
しばし木造の床の上を銭が滑る音が響く。

「ねぇ、あなたの家、お金持ちなの? まさか盗んだお金じゃないわよね?」

 巫女が疑るのも仕方の無い事だった。少女が差し出した銭の大まかな額は、予測される巫女の一生分の収入を軽く20回位は周回遅れにする勢いで上回っていた。巫女の収入などもともとあってないような物なのでその比較は妥当では無いが、巫女がこの先毎日米の飯を一日三食腹いっぱい食べ続けてお茶と三時のおやつをつけても当分使い切れそうにない程度の額だった。とても、少女が一人で持つ様な額ではなかった。

「家は代々、村の土地神を祀る神和ぎを務めてきました。年に何度かの神事や、村長への助言などを主に……」
「ふーん、たいしたもんね。その家の出なら、言ってみればあんたも巫女じゃない。巫女が他所の巫女に縋りつくってのも変な話ね。インチキさん?」
「……少なくとも私には、たいした力はありません。妖怪に立ち向かう等、とても……その事は父からして承知でした。だから、ここを目指す様に言われました」
「なるほどね。で、結局はあれでしょ、人身御供」
「はい。本当は、喜んで土地神様に捧げられなければならない身。だけど、私はそれが怖くて。父も、巫女様に頼め、助けてもらえって。妖怪などに食われず、生きて辿りつけって、言ってくれて。ただの慰めだと思ってた……別れの餞別のようで悲しかった……でも、信じて良かった……」

 感極まって泣き伏せてしまった少女と銭の山を交互に見据えてから、巫女は少女に手を差し伸べながら言った。

「そういう事情ならしょうがないわ。でも人身御供なんて馬鹿な風習が残ってたものねぇ。そんな祟り神が喉元過ぎた後に土地神に取って代わった様な曰くの知れない物を崇め奉るぐらいならうちの神社の出張所でも作って祀ればいいのにさ。その方がまだなんぼかご利益あるってもんよ」
「良かった……良かった……これで助かるんだ」
「聞いてないわね。まあいいわ。じゃあちょっと待ってて」

 巫女はすばやく風呂敷に銭を纏めると足早に縁側から屋内へと引っ込んでいった。

「巫女様?」

 不安気な顔で一人残された少女はおろおろと立ち尽くしていた。ものの数分も立たぬ内に、銭をどこかに仕舞い込んだのか身軽になった巫女が颯爽と姿を現した。手には一枚の札が握られていた。

「一人にしないでください……」
「そんな不安そうな顔しなくてもいいわよ。何か入り込めばすぐわかるし、飛んでくるから。……で、これがあなたを助けてくれるお札」
「お札……?」
「何よ不満? お札はお札でも、わいわい大王がばら撒いてるような子供だましじゃあないわよ。目出度いだけの紙切れにお金落とすなんて馬鹿のする事。正真正銘の博麗の破魔札。退魔厄除け憑き物落とし、もちろん妖怪だってコロリよコロリ。この季節大きな虫除けにも使えるわね」

 巫女は手にもった札をひらひらと手の上で遊ばせつつ言う。不安気な少女の目が、少し気まずかった。

「とは言ってもまぁ、こんなお札に紙っぺら以上の価値なんて無いんだけどね。だけどあんたは今、そんな紙っぺらにだって縋るしかない。違う?」
「……その通りです」
「そうしょげないでよ。面倒見てあげるってのは本当。でも四六時中見張ってられるわけじゃないし、私だって忙しいんだから。だから、万が一の保険にそれ持っときなさいって事よ。……万が一が起きないようにね」
「ああ……そうだったんですか。ありがとうございます、巫女様」
「いいわよ。こっちもあなたのおかげでお米が食べれそうだし。しばらくここに居てその後の事を考えるといいんじゃない」

 巫女の言葉に、少女はまたも言葉を詰まらせる。その後の事、それが少女の胸に強かに突き刺さっていた。その後なんて、どこにあるのか。自分が生きている事が明るみに出れば、父の顔を潰し、家を破滅の憂き目にあわせる事になるのは明白。自分が生き伸びたとしても、父は、家は、村はどうなってしまうのか。そんな思いが、少女の小さな胸を押し潰そうとしていた。

「……私はもう、村には帰れません。……村以外に身を寄せられる場所もありません」
「あーもー。そんな時はなんて言えばいいか知ってる?」
「え……」
「下手ねぇ、良家のお嬢様はこれだから。なんでもしますから、住み込みで働かせてくださいって言えばいいのよ、こういう時は」
「は、はい。なんでもします。住み込みで働かせていただけないでしょうか」
「しかしうちには人雇う余裕など無いのであった」
「そんなっ……」
「でも大丈夫。私の知り合いに、一人では生きていけない病人や老人、間引きされた子供とか、妖怪にはとても立ち向かえない明日を生きられない弱者を好き好んで連れてきては集落に加えて匿ってる物好きがいるのよ。そいつの所に住まわせてもらえる様に紹介してあげるから。まあ、今までみたいないい暮らしはまず、できないでしょうけどね」
「そんな人が……」
「人じゃないけどね。まぁ、人よりも人らしいわよ。少なくとも、あんたみたいな娘っこを一人村の外に締め出すような村の連中よりはよっぽどね」

 娘はとても信じられないという表情を見せていたが、巫女の采配に従う他無い以上、それを納得するしかなかった。そこに、自分が生きている事で大事な物が失われる事を避けたいという、とうに諦めたはずの望みを託した。

「よろしく、お願いします」
「任せといて。さあ、お茶にしましょう。もう節約する必要も無いし、いいお茶を出してあげるわ」

 札をおき、湯飲みと急須を載せたお盆を手に立ち上がり行儀悪く縁側から屋内へと上がっていった巫女を見送りながら、その後姿が完全に隠れてしまうまで少女はずっと頭を下げていた。巫女の足音が聞こえなくなってから、少女は残された札を大切に手に取った。

「何も心配しなくていいから、安心して成仏しなさい」

 少女には、いないはずの巫女の声がすぐ近くに、聞こえた気がした。

 一人分の茶の葉をほぐして急須に淹れていた巫女の手から、匙が零れた。
幼き時分の内に覚え、いつしか感情を伴わなくなった感触が、手に伝わっていた。
一瞬遅れて、どちゃり、と重く弾性に富む物が地を叩く音が境内から聞こえた。
巫女はそのまま匙を拾い上げると、湯気を上げる急須と自分専用の湯飲みだけを盆に載せて使い古された茶道具一式を戸棚に仕舞う。
ぱたんと小さな音を立てて閉められた戸棚を見ながら、巫女は何気なしに立ち尽くしていた。

「あれで、助けたつもり?」

 静かに呟かれた独り言は、答えなど求めてはいなかった。

 巫女が盆を手に縁側に戻ると、一人の見慣れた友人が居た。

「今日はいい茶が飲めそうな予感がしたから遊びに来たぜ。だが後悔した」
「そう。普段肉なんて食べつけてるから悪いのよ。日本人なら野菜を食べなさい。その辺にいくらでも生えてるんだから」
「それは普通、野菜とは言わないな」

 巫女は愚痴る友人と目もあわせず、ソレのある方向も見ない様に、目線を平行に保ったまま何時もの定位置へと腰を下ろした。茶を一口、啜る。濃い味が、深く沁みた。その横に陣取った友人も、早速とばかりに持参した湯飲みになみなみと茶を注ぎ、ちろちろと舐めるように啜った。

「おいおい、これ、お茶じゃないか。大丈夫か」
「いつもお茶よ。今日のはちょっといいお茶なだけよ」
「計画的にいこうぜ」
「どんな計画よ。ま、臨時収入があったから、ぜんぜん大丈夫」

 ずずず、と茶を啜る音だけが静寂の支配する境内に木霊する。切り出したのは友人の方だった。

「……綺麗なもんだよな。まだ、妖怪にもなってない」
「私は巫女としてするべき事をしただけ。本当に、少しだけの事をしただけ」
「事情は知らないが、迷うよりは余程、良いんじゃないか」
「なんであんたに慰められてるのよ」
「そんなつもりじゃないぜ。間に合わなかったんじゃ、仕方ないだろ。第一、勝手に信じて勝手に安心を得る以上の事を、神様なんてのがしてくれると思う事が間違いだな。私に言わせて見れば」
「そうかしらね」
「そうだぜ」

 お茶の温度で茹だった顔からわずかに汗が滲む。この心地良い汗のかき方は、いつしか巫女が手放せない物となっていた。

「こうありたいと願う事を、どいつもこいつもばかばかしくて、忘れちゃった」
「そのまま忘れてろ。寿命が縮むぜ」
「そうする」

 巫女として生まれた事に、気負いは無い。何かを為さなければならないという気負いも、今は無い。故に、博麗の賽銭箱は、今日も入らぬ獲物を待ち続け、無為に一日を過ごす。そうある事が最良であると知ったのは、まだずっと幼い頃だった。

「あ、そうだ。魔理沙、霖之助さんの所に買出しにいってくれない。お茶とか。お茶とか」
「お茶だなよし任せろ。って霊夢はいかないのか」
「仏をほっとくわけにもね」
「そりゃそうだな」

 今は逸らさない目線の先に横たえる小さな亡骸の手には、頼りない札が一枚、しっかりと握られていた。








力があれば、助けられる。
博麗だから、助けられない。

そんな妄想をぶちまけてしまった今日この頃です。
駄文を書き連ねる程度の能力
http://13.pro.tok2.com/~dabun/
コメント



1.通りすがり程度の能力削除
面白かったです。
なんか遠い目をさせる最後でよかったと思います。
2.床間たろひ削除
痺れた……
もしやと思わないでもなかったが、すぃっと心に染み込んだ。
意図的か解らないが、読点が非常に少ないのがちょいと読みにくかったですがw
3.名無し妖怪削除
しんみりした。確かに読点少ないけど句点だけでまぁ足りました。
4.nanashi削除
どこかで見たような、とも思える内容ですがそれゆえに読み手を引き込むには力が要るはず。
そうですね痺れました。