世界がひっくり返ったように見えるのは魔理沙が逆立ちしているからであり、その角度でものを言うと全てが回文に思えてくるから不思議である。
「霊夢、おまえかわいくないよなー」
もちろん対する霊夢はごくごく正常な立ち位置でいるため、魔理沙のことなんてかまってらんねえわけで。
「うるさいだまれ」
片手で箒を掃きながら、勢いのない札をぺちっと魔理沙の顔面に叩きつける程度だった。
「もうちょっと私くらい乙女になってみたらどうだ。なあ霊夢」
「逆立ちでドロワーズ丸出しのあんたがどうやったら乙女に見えるのよ」
「霊夢はすけべだなあー」
「うるさいわねえ……」
霊夢はぐったりと疲れたように肩を落としながら、『じゃあどうしたら乙女でかわいくみえるのよ』と聞き返した。
「お? そんなこと聞くって事は、霊夢もちょっとは可愛くなりたいのか。なりたいの?」
「なによ……悪いの……」
「いや、いいんじゃないか。じゃあまずは、ここにある板を正拳で真っ二つに割ってみろ」
正拳で割られたのは魔理沙の頭だった。
「いたた……。突っ込み激しいなお前……」
「大変、血が出ているわ」
「その偽善ぶりも合わせてお前が好きだぜ霊夢……」
蹴り飛ばされた。
「これだけの辱めを受けても逆立ちを崩さない私は非常に乙女ボディバランスだと思わないか。そうだろう霊夢」
「ドロワーズずり下がってる」
「へそのした辺りのワンポイントリボンが重要でな……」
「うるさいすけべ魔女」
さすがに逆立ちに疲れたらしい魔理沙は、ブリッジへ移行した。
「私は思うんだけどな。イナバウアーが美しいんだったら、もっと曲がってるブリッジはもっと美しいだろ」
「そのまま逆腕立て伏せでもしたら……」
「うおりゃあー」
「うわあ……ドロワーズ丸見え……」
「お前なあ、さっきからドロワーズドロワーズってそんなに私のドロワーズが欲しいのか。いいよ、はい、やるよ」
「ちょっと、境内で脱がないでよ……。恥ずかしい……」
「うるさい! 私は恥ずかしくなんてない!」
「えぇ……。なにそれ……。いらないわよ汚いし……」
しぶしぶと魔理沙はドロワーズを履きなおす。
「わあすごい、ブリッジのままドロワーズ脱ぎ履きするなんて魔法みたい」
「ああ、だがな霊夢。私は間違って後ろ前でドロワーズはいてしまった」
「履きなおせばいいじゃない……」
「いや、そろそろ限界みたいだ。これから私はサボテンをやる。組み体操のだ」
「あれって二人でやるんじゃないの……」
「乙女になれ霊夢。サボテンが駄目だったら扇でもいいじゃないか」
「一人って寂しい扇ね……」
「っちくしょう! 唐突に騎馬戦がしたくなってきたぜ!」
「えぇ……。どうするの……」
ブリッジから壁を使った倒立に移行した魔理沙は冷静そのものである。
「しかし今の私は頭でなくて尻の方が上にある。だから帽子の変わりにドロワーズを取り合ってくれないか」
「分かったわ」
霊夢は刹那の躊躇もなく魔理沙のドロワーズをさらいとった。
「ああ……私の負けか……」
「お疲れさま」
「何故だろう……負けたのに涙が止まらないんだ」
「負けたからでしょう」
「というかさ。流れる涙が上にのぼっていくんだ」
「私から見たら下だわ」
「重力か。グラビティに負けたんだな私は」
科学的な近代的根拠を持って納得した魔理沙。
「じゃあな霊夢。今日は楽しかったぜ」
「そのままで帰るの」
「逆立ちは敗者の罰だぜ」
「ああ……罰だったんだそれ……。何したのよ……」
「自分の心に負けたんだ」
「ああそう……」
箒の上で逆立ちした魔理沙はおっぴろげのまま飛び立った。
「魔理沙ー、このドロワーズはどうするのー」
「ドロワーズ……そんなものは最初から存在しなかったんだ……。結局の所、それを守るまいとした乙女の確固たる意思、そして、くだらないロマンティズムに満ち足りた娯楽者の憂鬱だけが残った。要するに運動会の父兄参観は低学年の組み体操から溢れ出るオーラそのもので、地中から吸い上げたそれらを開脚前転を前提にした目の細かいろ紙でバーストしたものだけが真実だったんだ」
霊夢の両の手のひら、魔理沙の脱いだドロワーズは優しく降り注ぐ斜陽に混じり、儚い光の破片が散らばるようにして消えた。
「魔理沙……」
「じゃあな霊夢。次ぎあうときまではお前も少しは乙女になっていろよ」
「うん魔理沙、私頑張る。きっと次に魔理沙に会ったら――」
霊夢が全てをいい終える暇もなく、魔理沙は視界から消えていた。
きっとドロワーズ無しで逆立ちしてたから捕まったんだと思う。
霊夢の残された境内には、ただただワンポイントのリボンのみが舞っていたのであった。
Fin.
どうすればいいですかね?