Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

小さな箱

2006/09/20 09:37:00
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大きな空に果てがあると知らなかった頃、

白い雲の上に神様とかいると信じていた頃、

蒼い海が何処までも広がっていると思っていた頃、



自分達が存在する場所だけが世界だと思い込んでいた程の・・・・・・



実は『ちょっと』昔の話。





どこまでも広がっているような青い空と輝き続ける太陽、絶えることなき蝉の鳴き声、

青々しい木々が太陽の光を遮る森の中はとても静かでまるで別世界、

その世界を今、ひとりの少年が虫取り網と虫かごを持って走っていた。

片手に持つ網は騎士が剣で薙ぎ払うように振り回し、

まるで自分が一人の騎士となって敵を仕留めんと言わんばかりに誇示しているようにも思えた。



小さな騎士はふと足を止めた。

見つけたのはカブトムシでもなくクワガタでもない。

そこにいたのは木陰で静かに目を閉じている一人の少女だった。



-こんにちは-

少年の声を聞いた少女は目を開き、ゆっくりと少年の方へ顔を向ける。

「・・・・・・こんにちは」

-こんな所で何をしているの?-

「キミこそ『こんな所』に何をしに来たの?」

-ボクは虫取りに来たんだ、お姉ちゃんは?-

無邪気な少年の問いに少女は少し考えて口を開く。

「外はとっても暑いからここで休んでいるの」

ふぅん、少年はそういうと少女の前に座る。

-本読んでいるの?-

「ええ、生まれつき身体が弱いから読書しているの」

心配そうな少年の視線に少女は微笑む。

「大丈夫、別に病気とかじゃないから」

-うん、でも無理しちゃ駄目だよ-

「・・・そうね、ところでキミの名前は?」



少年と少女は問答の繰り返しとも思えるような話をしながら時を過ごした。

熱い太陽の陽射しも、五月蠅い蝉の鳴き声も、何にも邪魔しない世界で時を過ごした。



-それじゃ、そろそろ帰るね、お姉ちゃんも身体気をつけてね-

少年は立ち上がり、背伸びをして来た道を帰ろうと足を向けた。

「待ちなさい」

少女は静かで何処か大人びいた雰囲気を纏った声で少年を呼び止めた。

ゆっくりと立ち上がった少女はポケットからひとつの小さな箱を取り出す。

「話し相手になってくれたお礼、この箱はねキミの願い事を叶えてくれる魔法の箱。

ただし一回だけしか叶えてくれないから、よく考えて開けなさい」

-へぇ、本当?-

「ええ、キミならきっと正しく使ってくれると信じているからあげる」

-ありがとう、それじゃ・・・-

少年は虫かごを開いて一匹のカブトムシを少女へ差し出す。

-これ、今日捕まえた中で一番大きいやつなんだ、だからお姉ちゃんにあげる-

少女の手に乗せられたカブトムシはゆっくりと、そして何処か力強さを感じる動きを見せていた。

「・・・ありがとう、気をつけて帰りなさい」

-うん、それじゃあ、バイバイ!-

少年は離れ駆けて行く、少女の下から、静かな森から、この世界から離れていく。

「・・・・・・・・・貴方も帰りなさい、ここは違う世界なのよ」

手に乗っていたカブトムシはまるで少女の言葉を理解したのかの如く、

羽を広げて森の外へと飛んでいき、やがて少女の視界から消える。



一人になった少女は静かに歩いていく。

『その世界』では『魔女が住む森』と呼ばれている森へ・・・・・・・・・





年月が経ち、少年は大きくなり勉学に身を費やす日々を送っていた。

机の隅には汚れが一つもない小さな箱がちょこんとあった。

・・・・・・一度受験で悩んだ時に開けようかと思った箱、だけど自分の力で頑張るんだと誓い開けなかった箱。



半年後、少年は有名な学び舎へと歩む運命を掴み取った。





年月が経ち、少年は青年へと成長した。

学び舎を離れ、今は大きな会社へと勤める程になり忙しい日々を送っていた。

・・・・・・大きな計画を成就させたいと思い開けようかと悩んだ箱、

だけどみんなと力を合わせて頑張るんだと言い聞かせた。



1ヵ月後、計画は大成功、まとめ役となった青年はみんなの心の大事さに感謝した。





年月が経ち、青年は父親となっていた。

良き伴侶と元気で純粋な娘の幸せな家族を築いていた。

・・・・・・娘が病気になった時、開けようかと悩んだ箱、

「お父さんとお母さんがいてくれるならそれでいい」

娘の一言に箱は開けなかった、毎日娘を朝早くから夜遅くまで看病した。



数日後、病は消え去り娘は元気になった、娘の元気な姿は笑顔を作り出してくれた。





年月が経ち、一人の父親は病に倒れた。

病院のベッドに身を任せ、窓から暗い夜空を見ていた。

宝石のように輝く無数の星と大きな白い月、そして手にはあの時の箱があった。

(・・・結局最後まで開けなかったか)

一人の少女からもらった小さな箱、願い事を叶えてくれる小さな箱、

悩んだ時も、落ち込んだ時も、ずっと開けなかった小さな箱、

(何でも叶う・・・・・・か)

口元に笑みを浮かべ、丁寧に結ばれている箱のリボンを解き・・・・・・



開けた。



中には何も入っていない、ただ白い硬めの紙で覆われている小さな空間。

それをじっと見つめた後、目を閉じ天を仰ぐように静かに呟いた。

(今まで本当にありがとう)



――キミにそう言いたかった――





翌朝、一人の男性の人生が終焉を迎えた。

その顔はとても安らかで皆死んだと思えない程の表情だったとしばらくの間話されていたという。









コンコンコン

紅魔館に存在する図書館に軽いリズムでノックが響く。

「・・・・・・誰?」

図書館の主が訊ねる。

「咲夜です、紅茶をお持ちいたしました」

「どうぞ」

従者は静かにティーカップを本が何冊も積まれている机へと置く。

「今日の紅茶は希少な品が入っております」

「いつもありがとう」

「いえ、これが私の務めですから」



しばらく二人は会話を交わし、平穏な時を過ごした。

「それでは失礼致します」

従者は軽く会釈してこの図書館から離れようとした。

「・・・・・・・・・咲夜」

その声に従者は足を止め振り向く。

「はい」

「紅茶を入れなおしてもらえるかしら?」

「はい、ただいま」

その返事と共にごく僅かな違和感を感じる瞬間、

従者は何事も無かったかのように温かい紅茶をカップへと注ぐ。

「それから、紅茶をもう一つ・・・用意してもらえるかしら?」

「もう一つ・・・でございますか」

「そう」

「かしこまりました」

二度目の違和感、やがて先程と同様に紅茶がもう一人分用意された。



従者は会釈して図書館を後にした。

図書館の主は椅子に身体を任せ、静かに目を閉じる。

本が散乱する机の上には二人分の紅茶と



昔、一人の少年に手渡したものと同じ小さな箱がそこにあった。





コン、コン

空間に響く先程の軽いノックと違う音、図書館の主は目をゆっくりと開く。

「・・・・・・どちら様?」

訊ねる図書館の主、しかしその声は答えを知っているようにも聞える。

「・・・・・・貴方ね、開いているわよ」

扉がゆっくりと開く、予想通りの人物がそこに立っていた。

「なんというか、貴方も欲が無いのね。 こんな事に願い事使わなくてもいいと思うのに」

図書館の主・・・少女は訪れた人物に半分呆れたように言い放つ。

「まぁ、いいわ。 今淹れたての紅茶を用意させたから、そこに座ってからでもどうぞ」

椅子に腰掛けたその人物、純粋な心を持ったまま成長した少年は紅茶を静かに口に運ぶ。



「・・・・・・・・・さて」







「今日は何から話しましょうか?」

少女、パチュリー・ノーレッジは一冊の本を開いてそう呟いた。

                                      END

一人の少年だった男性の生涯の伴侶だった女性は彼の死後こう語る。
「あの人は誰にでも優しく、いい人でした。
ただ一つわからなかったのは『私の部屋にある小さな箱は絶対開けないでくれ』と
時折言われるのですが、実際そのような箱は何処にもありませんでした」

その後、ある人は変わった人だ、ある人はもう年なんだろうと影で囁いていた。

だけど答えは単純、シンプルな答え、



彼以外にはそれが見えなかった、ただそれだけである。

※9月22日、細部を微妙に修正しました。
FENCER
[email protected]
http://www.geocities.jp/fencer_gekkou/fcd_toppage.htm
コメント



1.名無し妖怪削除
星新一 東方ver.てとこでしょうか。結構合いますね。
2.たわりーしち削除
とてもぐっと来るいいお話でした。
願わくば、自分もこんな穏やかな気持ちで最後を迎えたいものです。


……パチュリーに会えるからなんて邪な気持ちはまったくないですよ、多分w