そうだ!原点へ帰ろう!
季節は、降り注ぐ太陽の日差しがコンクリートアイランドを焼き尽くし、歩くだけで顔や体から流れる汗に不快感を露にし、夜は耳障りな羽音と共に血を吸っていく蚊に睡眠妨害を受けた。そんな夏の猛暑も懐かしく感じる実りの季節、木々は葉を緑色から赤色や黄色へと彩らせ、動物たちは精力的に栄養を溜め込もうと動き出す。動植物は、これから訪れる厳しい冬に備えて準備を進めている。だが、人間は違う。花のように散る訳でも、植物のように枯れてしまう訳でもないし、動物のように冬眠をする訳でもない。寒いなら厚手の上着を着ればいいし、お腹が減ったら食べ物を買えばいい。
そう考えれば、人類皆勝ち組ではなかろうか?
……あぁ、先だつモノが無ければ格差が生まれるか……理不尽な世の中だ……。
そんな考えても意味の無いことを、サークル活動兼雑談場所に使っている喫茶店で、紅茶を飲みながら私『マエリベリー・ハーン』は考えていた。一緒に頼んでおいたフルーツタルトは既に完食し、紅茶もたった今飲み終えてしまった。喫茶店の壁掛時計に目を向ける。時刻は3時40分になろうとしていた。
「……遅いわねぇ。約束した時間を15分も遅刻してるじゃない。相変わらず、改善の余地の無い遅刻魔ね」
そう呟きながら、私はもう一杯紅茶を頼もうとメニューを開こうとした。その時、古い扉に付けてある煤けた銀色の鐘が……カランッ、コロン……と、申し訳なさそうに鳴った。しかしそんな小さな音でも、普段から閑散としているこの喫茶店では、鐘の音は以外にも響く。私は鐘の音がした方に視線を向ける。そこには私の待ち人であり、遅刻魔。尚且つ、たった二人だけのサークル『秘封倶楽部』の片割れである『宇佐見 蓮子』が手を振り、意気揚々と軽やかに私の方へと歩みを進める。
「蓮子、15分の遅刻よ。奢り決定ね」
私が呆れながら言うと、蓮子は喫茶店のマスターに「ブレンドコーヒーとチーズケーキね」と友達や親にでも頼むかのように注文しながら、私の向かい側の椅子に座る。
「メリー、違うわっ!正しくは、16分37秒よ。ざぁ~ねぇ~ん。不正解なので、奢りは無しよっ!」
「無駄に元気ね。……あと、いつからそんなクイズ形式になったのよ。星や月がまだ出ていないのに、どうして正確な時間が判るのよ?」
「ふふんっ。それはね、わたしの体内……いや、主に腹時計が正確な時間を教えてくれるわけなの!OK?」
「何が、OK?よ。全くもって信憑性の欠片も無いし!それに蓮子っ!あなたは、いつもいつもっ……はぁ~っ……まぁいいわ。それで、今日はどんな活動をするのかしら?あっ、マスターさん。私にアールグレイお願いします」
私は蓮子に日々の遅刻について文句を言おうとしたが、間の悪いことにマスターが蓮子の注文した品をテーブルへと運んできた。あまり声を荒げるのも恥ずかしいので、私は気分を落ち着かせようとマスターに追加注文をする。マスターは、「かしこまりました」と言いテーブルから離れた。私は、はぁ~っとため息を漏らしつつ正面を向くと、そこにはチーズケーキで頬を膨らませて、口の周りを汚した黒いハットのリスが一匹いた。
某大学に存在する『秘封倶楽部』。
この『秘封倶楽部』というのは、数ある大学サークルの内の一つに過ぎない。『秘封倶楽部』の活動方針や内容は、世に存在する結界の境界を暴くオカルトサークルなのだが、そうそう結界の境界なんてモノが見つかる訳も無く、今のところ全て宇佐見蓮子という少女の気紛れで決まっている。まぁ現在はこの喫茶店で紅茶を飲み、ケーキを食べながら雑談しているのが関の山であるが……。
しかし、世に存在する結界の境界を暴くオカルトサークルなんて一般視点から見れば、ただの電波少女二人組みのサークルと認識されるが、目の前の黒色ハットリス……いや、違った。『宇佐見 蓮子』には特別な能力がある。それは、夜空に輝く星を見て時間を把握し、星屑の中に悠然と誇張する月の位置で己の場所を特定できるのだ。そして私、メリーこと『マエリベリー・ハーン』にも特別な能力がある。それは、私の瞳には結界の境界を視ることができ、更に夢と現を行き来することができるのだ。そんな一般人よりも少し……いや、だいぶ外れた能力を持った私と黒リスのサークルそれが……『秘封倶楽部』。
「…………リー………メ……メリー?おーい、メリー?おい!そこの巨乳っ!重いからって、テーブルの上に乳を置くなっ!それなりの者や小さい者たちへの当て付けか!?揉むぞっ!!!」
「っ!!!!!!置いてないわよっ!!!!!それに、好きで大きくなった訳じゃないっ!!!キレながらセクハラ発言をしないでっ!」
「やっと、気づいたわねメリー。さっきから呼んでるのに、全然気付かないで心此処に在らずって感じで、実に見事なアホ面だったわよ。」
「……ありがとう、蓮子。そんな素直な貴女には、私からの感謝の気持ちを送るわ。今ね、世界の芸術や芸術家についてのレポートを書いているの。その資料として、さっき図書館から借りてきた本の角、受け取ってもらえるかしら?」
そう言い、私は鞄から分厚い本を出した。ちなみに、約全3500ページのハードカバーを蓮子の頭部へ振り下ろした。
「メリーいけないわ。それはとてもいけな…ゴッ…☆☆☆☆☆……」
蓮子は沈黙した。そして私はそっと本を鞄に納め、静かに呟いた。
「……蓮子、貴女のことは忘れない。そして……貴女との思い出も……」
「…って勝手に死亡フラグを立ってないでくれる?メリー、今のは本当に痛かったわ。帽子を被ってなかったらきっと漫画のように、ぷしゅ~って湯気が出ているわ」
蓮子が蘇生した。伏し目になりながら蓮子がこちらを睨んでいる。
「あら結構、力を入れたのに…。当たり所を外したのかしら。今度はしっかり狙わないと」
「いや、狙わなくいいから。それよりも!我ら、秘封倶楽部の活動会議を始めましょう!」
「はぁ~。活動会議って言うけど最近は雑談して解散のような気もするけど?」
「う~ん。痛いとこを突きますねぇ、メリーさん。全くもってその通りです。メリーは、夢の話とかないの?」
「無いわね」
「即答ですか。なら今日も、このまま解散ね」
そのまま、私と蓮子は会話を続けた。会話というか……一方的に蓮子が喋って、私が相槌を打ったりツッコんだりで、会話というよりは漫才のような気がしたが……。でも、文句を言いつつも私は蓮子と話すのがとても楽しんでいた。
「そろそろ、解散しましょうか」
店内が夕焼けに染まる頃、蓮子がいつもと変わらない陽気な声で告げた。
「えぇ、そうね。私も夕方のタイムセールを狙いに、3丁目のスーパーに行かなきゃ」
「……まるで主婦みたいよ、メリー。あっ、そうそう明日秘封倶楽部の活動は無いから」
「……え?」
私は、すぐに理解できなかった。活動が無い時は何回かあったが、明日は日曜日である。蓮子曰く、「一日中サークル活動できるわね」である。まぁ、大概は空振りに終わって、ただの小旅行となるのだが……。私はそんな日曜日が、言葉には出さなかったがかなり楽しみにしていた。しかし、明日はそれが無い。少し寂しい気持ちになった。
「ん?メリー、わたし何か変なこと言ったかな?」
蓮子が小首を傾げて、私を不思議そうに見つめてくる。私は平静を装い、普段通りに返しつつ疑問を投げかけた。
「いえ、何でもないわ。明日は日曜日……しかも、月曜日が祭日で連休なのに、活動しないのが珍しいと思っただけよ」
「あぁ!なるほどねっ」
蓮子が納得したように笑顔になった。
「今日から月曜日まで、お母さんが泊まりに来るのよ。わたしは、それに付き合う破目になっちゃってさ……「蓮子ちゃん、ここに行きたいわ!」とか「ここで、お買い物したいっ!」なんて、いい歳して言ってくるから。「あんたは修学旅行生かっ!」って、言ってやったわよ。」
額を押さえて苦悩する蓮子。
「……ははっ。それは、ご愁傷様ね」
苦笑いをする私。
「あぁっ、もう時間だわ。迎えに行かなきゃっ!メリー、わたしの分も一緒に払っといて頂戴!お金、ここに置いとくから!ばいば~い!」
そう言って、蓮子は席を立ち喫茶店を出た。その時の蓮子の顔は……笑顔だった。あんな事を言っていても、やはり母親と会うのは嬉しいようだ。私は無言でその背を見送った。支払いをする為にレジへ向かう。そして、ある事に気づいた……。
「……蓮子、10円足りないわ」
その後、私はスーパーからの帰り道で運命的な出会いをする……。