「アリスちゃんは将来、何になりたいの?」
「え?」
幼い娘は、母の問いかけに首を傾げた。
聞かれた単語の意味を検索。
将来……未来……遠い先……
「わかんない」
アリスの中にはまだ、将来という単語が示す自分の姿を描けない。
神綺は娘の様子に笑みを深め、目線を合わせて屈みこむ。
そして愛しい娘を抱きしめると、そのまま抱えて立ち上がる。
「夢子ちゃんならメイドさん。サラちゃんなら守人。ルイズちゃんなら、まぁ不良?」
「不良?」
「そう、不良さん。大きくなっても働かないで、ふらふらしてるんだから」
少しも怒っていないのは、アリスの目にも明らかだった。
自らを抱き上げる母の顔には、優しい笑みがあったから。
アリスはなんとなく両手を伸ばし、神綺の首にしがみ付く。
「アリスちゃんは、何になりたい?」
再度掛けられた問いかけに、アリスは目を閉じて考える。
具体例を挙げてもらったアリス。
先ほどとは違い、アリスの中で漠然とした何かが形を作る。
「私は……」
「ん?」
「お母さんみたいになりたい」
「私みたいに?」
「はい!」
言葉にすれば、内なる想いが鮮明に形になった。
だからアリスは、これがきっと正解なのだと思う。
「私みたいにかぁ……」
呟く神綺。
アリスはその瞳に一瞬、影がよぎったのを見た気がした。
不思議に思ったアリスが母の顔を見直したとき、其処には既にいつもと変わらぬ笑みがあった。
「アリスちゃん。貴女は何にでもなれるわ」
「なんにでも?」
「そう。貴女がなりたいもの。何にでも、私がきっとならせて上げる」
「えー……と?」
思いがけずに増えた選択肢に、アリスは思案顔で俯いている。
「だから、ねぇ、アリスちゃん」
「はい?」
「貴女は……」
「あー! 神綺様何してるんですかぁ?」
神綺の声はソレを倍する音量にかき消される。
神綺をして不良と呼ばせた長女の乱入によって。
「そうです神綺様。お仕事ほっぽらかしておいて、何を遊んでいるのです?」
ルイズについで現れたのは、神綺の次女たるメイドさん。
夢子は呆れたように呟くと、頭を振って息をつく。
「ちょっ? 何もしてないのよ悪いことは。ただほらね? あんまりお仕事ばっかで娘を放っておくのもネグレフトというかそのあの……」
「アリスの面倒でしたらルイズさんに任せます。神綺様には書類の決裁が山のように……」
「いやー! ソレ絶対嫌ーーー!!!」
「殆どは私が策定してるんですからね! 後は判子をいただくだけなんですから何を嫌がります!?」
「判子だって一日でシャチハタ三本潰すのよ!? 本当に腕、潰れるから!」
「だったらそんなに溜めないでください!」
座り込んで頭を抱える、魔界の女神様。
夢子はつかつかと神綺に歩み寄り、危険を察したアリスは、神綺から降りて足をつける。
「ほら、アリスちゃんはこっち来ようね?」
手招きされたアリスはルイズに向かって駆けて行く。
「嗚呼、アリスちゃん助け……」
「お母さん、頑張って」
「ルイズちゃんじゃなくてぇ!」
「お母さん、またね?」
「見捨てられた!?」
夢子は這ってまで逃げようとする神綺の足首を掴む。
「ほら、アリスちゃん? 神綺様を応援してあげなくちゃ」
「あ、うん」
「せーの」
『神綺! ファイトォ!』
「いやぁアアアアああああアア嗚呼あぁぁアアアアあああああアアアアっ!!」
アリスはルイズに手を引かれながら、ずるずると引き摺られていく神綺を見送った。
―――ルイズは笑っていた。夢子も笑っていた。神綺様も笑っていた。
だからアリスも、きっと笑っていたのだと思う……
―――
「そういえば、そんな話もしましたね……神綺様」
幻想に生きる魔界の娘は、母の写真を胸に呟いた。
『貴女は何になりたい?』
その問いに対する答えを、今だ胸に描けぬままに……
何時から・・・何時から、こんなお馬鹿になってしまったのでしょうか・・・
あの頃は全てが楽しかったな・・・今じゃ真っ黒に汚れちまったよ・・・
有難う!感動した!懐かしい思い出を有難う!
私も何になるんでしょう。まだ幻視えません。
今は新しい夢を見つけてボチボチやっている。
お金の稼げる作家ではなく、人の心を震わせる作家。
今は違う夢にいますが、一瞬でもそうした作品を描ければいいなと思って生きていました。
そんな自分を思い出させてくれた作品に感謝を。
ありがとうございました。
成れたとは全く思えません
けれど、掛け替えのない人達なら出来ました。
私自身、今現在ラストのアリスと同じですが
せめてそれを守っていきたいですね・・・
最後に本当に良い作品を有り難う御座いました