或る館の地下室で、久しい間、餓ゑた少女が飼われてゐた。地下の薄暗い部屋の隅で、血を吸った絨毯の匂ひが、いつも悲しげに漂つていた。
だれも人人はその薄暗い部屋を忘れてゐた。もう久しい以前に、少女は死んだと思はれてゐた。そして腐つた空気だけが、埃つぽい光の中で、いつもベッドの淵にたまつていた。
けれども少女は死ななかつた。少女は部屋の隅に隠れていたのだ。そして彼女が目を覚ました時、不幸な、忘れられた部屋の中で、幾日も幾日も恐ろしい飢餓を忍ばねばならなかつた。どこにも餌食がなく、食物がまったく尽きてしまった時、彼女は自分の四肢をもいで食つた。まづその一本を、それから次の一本を。それから、最後に、それがすつかりおしまひになつた時、今度は胴を裏がへして、内臓の一部を喰ひはじめた。少しづつ他の一部から一部へと、順順に。
かくして少女は、彼女の身体全体を喰いひつくしてしまつた。外皮から、脳髄から、胃袋から。どこもかしこも、すべて残る隈なく。完全に。
或る夜、ふとメイドがそこに来た時、部屋の中は空つぽになつていた。曇つた埃つぽい檻の中で、紅色の透き通つた魔力と、なよなよした符とが落ち込んでゐた。そして何処の部屋の隅隅にも、もはや生物の姿は見えなかつた。少女は実際に、すつかり消滅してしまったのである。
けれども少女は死ななかつた。彼女が消えてしまつた後ですらも、尚ほ且つ永遠にそこに生きてゐた。古ぼけた、空つぽの、忘れられた館の部屋の中で。永遠に――おそらくは幾世紀の間を通じて――或る物すごい欠乏と不満をもつた、人の目に見えない動物が生きていた。
そして誰もいなくなるのか?
>すつかり消滅してしまったのである。