これはぼくが聞いた本当の話だ。
氷精チルノといえば、湖にすみついたタチのわるい妖精。
ちょくちょくイタズラをしかけ、人間や獣のみならず、妖のたぐいにすら煙たがられていた。
しかしそんなひねくれ者でも、心のズイまで氷でできてるってわけじゃなかったらしく……
こしゃくにも恋をしたという。
相手は人間の若者だった。
そも悲しいかな、この妖精は、自分を襲っている感情というものの正体を知らなかった。
とにかく彼を見ると、いやに胸騒ぎがして、苦しくなる。
それを恋だ、とは気付かなかった。
「こいつのせいで」
と、浅はかにも思った。
「あたしはおかしくなっている!」
それじたいは、べつに間違いでもなかったわけだが……
しかし解決方法は、じつに短絡的だった。
若者を氷漬けにして、カエルよろしく砕いてしまったのだ。
木っ端微塵になった彼を見て、ようやく彼女は気付いた。
自分が、彼を好いていたということに。
むろんすべては手遅れで……
チルノは、茫然とした。
泣けるものなら泣いたかもしれない。
だがそこは妖精の悲しさ、涙など流す習性はない。
だから舞った。
骸となった若者の手を拾い上げ、手にとって舞い、踊った。
それは遅すぎた求愛のダンスだったのかもしれない。
ところで死んだ若者には恋人がいた。むろん人間の。
彼女は想い人が妖精に殺められたと聞いて嘆き、悲しんだ。
もっともそこは辺境の女、泣いてばかりはいない。
「妖精め」
得物を手にして叫んだ。
「仇を取らずにいるものか!」
そこで彼女はチルノを討つべく湖畔にむかった。
しかしどだい彼女は一介の人間、妖精にしては手ごわいチルノに正面からぶつかっては、勝ち目がうすい。
そこで物陰に身をひそめ、様子をうかがった。
にっくき仇は、暢気に踊っていた。
何かを持って。
それが氷漬けになった亡き愛人の手であることに気付き、女はわっと胸をふさがれた。
いかに妖精、妖魅のたぐいとはいえ、死者をあそこまで辱めるなどとは!
怒りに目がくらんだ彼女は、妖精殺しのまじないがこもった匕首を懐にのみ、距離を詰めていった。
さいわい氷精は踊りに夢中で、まるで警戒していない。
必殺の間合いまで近づいてきた時がその命日!
女は、グイと匕首の柄を握る力を強めた。……
ふと、妖精が踊りをやめた。
すわ気付かれたか、と思いきや、チルノは冷凍された若者の手をジッと見つめている。
やがて目を閉じ、接吻した。
懐へとしまいこみ、ヒラリ飛び立つ。
その姿を見送り、女は追うこともできずにいた。
「かわいそうに」
うめくように独語した。
「かわいそうに!! ……」
それは誰に向かって言った言葉であったのか。
死してなお安眠できぬであろう、亡き恋人へか。
恋人を失い、また仇を打ち損ねた、おのれ自身へか。
はたまた……
それから女がどうしたか、分からない。
チルノはといえば、ついぞ変わらぬイタズラ者だ。
だが時おりふと、その顔に蔭がさすことがあるとすれば……
あるいは思い出しているのかもしれない。
むくわれなかった、初恋のてんまつを。
氷精チルノといえば、湖にすみついたタチのわるい妖精。
ちょくちょくイタズラをしかけ、人間や獣のみならず、妖のたぐいにすら煙たがられていた。
しかしそんなひねくれ者でも、心のズイまで氷でできてるってわけじゃなかったらしく……
こしゃくにも恋をしたという。
相手は人間の若者だった。
そも悲しいかな、この妖精は、自分を襲っている感情というものの正体を知らなかった。
とにかく彼を見ると、いやに胸騒ぎがして、苦しくなる。
それを恋だ、とは気付かなかった。
「こいつのせいで」
と、浅はかにも思った。
「あたしはおかしくなっている!」
それじたいは、べつに間違いでもなかったわけだが……
しかし解決方法は、じつに短絡的だった。
若者を氷漬けにして、カエルよろしく砕いてしまったのだ。
木っ端微塵になった彼を見て、ようやく彼女は気付いた。
自分が、彼を好いていたということに。
むろんすべては手遅れで……
チルノは、茫然とした。
泣けるものなら泣いたかもしれない。
だがそこは妖精の悲しさ、涙など流す習性はない。
だから舞った。
骸となった若者の手を拾い上げ、手にとって舞い、踊った。
それは遅すぎた求愛のダンスだったのかもしれない。
ところで死んだ若者には恋人がいた。むろん人間の。
彼女は想い人が妖精に殺められたと聞いて嘆き、悲しんだ。
もっともそこは辺境の女、泣いてばかりはいない。
「妖精め」
得物を手にして叫んだ。
「仇を取らずにいるものか!」
そこで彼女はチルノを討つべく湖畔にむかった。
しかしどだい彼女は一介の人間、妖精にしては手ごわいチルノに正面からぶつかっては、勝ち目がうすい。
そこで物陰に身をひそめ、様子をうかがった。
にっくき仇は、暢気に踊っていた。
何かを持って。
それが氷漬けになった亡き愛人の手であることに気付き、女はわっと胸をふさがれた。
いかに妖精、妖魅のたぐいとはいえ、死者をあそこまで辱めるなどとは!
怒りに目がくらんだ彼女は、妖精殺しのまじないがこもった匕首を懐にのみ、距離を詰めていった。
さいわい氷精は踊りに夢中で、まるで警戒していない。
必殺の間合いまで近づいてきた時がその命日!
女は、グイと匕首の柄を握る力を強めた。……
ふと、妖精が踊りをやめた。
すわ気付かれたか、と思いきや、チルノは冷凍された若者の手をジッと見つめている。
やがて目を閉じ、接吻した。
懐へとしまいこみ、ヒラリ飛び立つ。
その姿を見送り、女は追うこともできずにいた。
「かわいそうに」
うめくように独語した。
「かわいそうに!! ……」
それは誰に向かって言った言葉であったのか。
死してなお安眠できぬであろう、亡き恋人へか。
恋人を失い、また仇を打ち損ねた、おのれ自身へか。
はたまた……
それから女がどうしたか、分からない。
チルノはといえば、ついぞ変わらぬイタズラ者だ。
だが時おりふと、その顔に蔭がさすことがあるとすれば……
あるいは思い出しているのかもしれない。
むくわれなかった、初恋のてんまつを。
こんなチルノも幻想的で悪くないね