「……」
じーっと、窓枠に手をかけて室内を覗き込む瞳がある。その瞳の向こうは、薄暗い室内が一つ。そこにぽつぽつと浮かぶのは、たくさんの人の形。
「……どうしよう、スーさん」
傍らにふわふわ浮かぶ少女へと、彼女は問いかけた。その口が、小さく動いたように彼女には感じられる。
「え? こういう時は踊るものだって? どうして? それがルールだから? 古来より、ダンスは人の心を伝える社交場としての意義を持っていた、って? うわぁ、すごーい。スーさん物知りー」
それは確かに間違ってはいないのだが、世の中には、その言葉が正しい環境とそうでない環境があるのは言うまでもない。
「どんなダンスがいいのかな? え? DDR? 何それ?
うんうん、これでこうしてこう……? へぇー、楽しそーう。よーし、スーさん、私踊っちゃうよー」
一体何しに来たんだお前。
誰もがツッコミを入れるのに充分な環境の中、彼女、メディスン・メランコリーは、多分に自分が遊ばれていると言うことにも気づかずに軽快な4ビートステップを踏み始めたのだった。
もちろん、自宅のそばでそんなことやってる奴がいれば家人が気づかないはずはない。
「何してるの?」
「……はっ!?」
そもそもの目的自体を忘れていたのか、家主の言葉にメディスンは硬直した。そのそばで彼女をはやし立てていた少女の人形が、さっと彼女の陰に隠れて自分の責任をないものとする。なかなか、やり手らしい。何がと言われたら答えようもないが。
「いきなりうちの前で軽快な音楽流さないで。何事かと思ったわ」
ドアを開けて現れたのは、この家の持ち主、アリス・マーガトロイドだ。彼女はそう言って、「もういいから」と笑いかける。
「何しに来たのかは知らないけど、お客様みたいね」
「あ、う、うん……」
「入って。こっちは少し、用事があるけど……お茶を出す余裕くらいはあるわ」
会話の間も軽快なステップを踏んでいたメディスンは、アリスの言葉に従って、くるくるすたん、と足をそろえて一礼。そうしてから、アリスと一緒に室内へと足を踏み入れる。
「適当にその辺りに座っていて」
「はーい」
元気よく返事をして、部屋の片隅に置かれていた丸椅子を引きだしてきて腰を下ろす。そうして、彼女は改めて室内をぐるりと見渡した。
「人形ばっかり」
置かれているのは、いずれも、人の形を模した『入れ物』ばかりだった。そんな彼ら、彼女らに興味が引かれるのか、手近な一つを手にとって、つんつんとそれの頬をつついてみる。
「壊さないでね」
「あ、はーい」
「あなたみたいに、みんなが自立して動く人形じゃないんだから」
たまたま、メディスンの様子を確認しようとしたのだろう。顔を覗かせたアリスの注意を受けて、メディスンはぺこりと彼女に頭を下げた。その、伸ばした腕には、およそ人間のものとは違う節がある。
――彼女は、人形だ。誰も信じないかもしれないが、メディスンは自立して動き、自立して思考する、一個の生物となった人形なのである。
アリスと彼女との接点は、特にない。ただ、アリスは人形を操り、その将来の目的を『自立して動く人形を作ること』に据えている。そんな彼女にとって、自らの目標を、まさしく体現しているメディスンの存在は、何かと興味を引かれるものであるのは間違いないだろう。
一方のメディスンも、アリスには、何かと気を引かれていた。人形達を人間の手から独立させる、という目的を持って活動――実際は、自宅とも言える鈴蘭畑に引きこもりがちだが――している彼女にとって、人形達と共に暮らし、人形達を愛するアリスという存在は、半ば以上、特別な存在なのだ。何とかしてお近づきになりたいな、と思い、何度か彼女との接触を試みてはいたのだが、実を言うと、アリスとまともに会話を交わすのは今回が初めてだった。
「うーん……アリスお姉さん、どういう人なんだろう」
私は人間じゃないわよ、と返事がなされそうな一言を口にして、メディスンは首をかしげる。
――と、
「……?」
その視線は、戸棚の上に向いた。
そこには、二つ、女の子の人形が置かれている。アリスが、上海人形、蓬莱人形、と名付けてかわいがっているものだ。メディスンは、そんな事情など知らないが、その二つにだけは何か特別なものを感じたらしい。
そして、その二つの人形は、『シャンハーイ』『ホラーイ』と何やら楽しそうにお喋りしている最中だった。じーっと、メディスンの瞳がそちらに注がれる。
(ここから、人形語を人間語に置き換えて表現致します)
『ふん、何さ。マスターったら』
『あら、どうかなさいましたの? 上海姉さま』
『蓬莱、あんただってわかってるでしょ? あんな、どこの馬の骨ともしれない人形を勝手に部屋の中にあげて』
『うふふ、マスターはお優しい方ですわ』
『そんなの理由にならないわよ! マスターのところに、魔理沙、だっけ? あんの変な奴! あいつが来た時のこと、覚えてないの!? マスター、ものすごくいやがってたじゃない!』
『あら、そうでしょうか? わたくしには、マスターは、とてもお喜びになっていたように見えましたわ』
『あんた、目が悪いのよ。
ったく、ほんと、バカばっかり。マスターだって、そうやってあいつのことで懲りてるはずなのに家に新しい奴迎え入れてさ。ばっかじゃないの? あたし達がいれば充分じゃない』
『まあ、上海姉さまったら。焼き餅やいてるのですか?』
『ばっ……! そ、そんなわけあるはずないじゃない! あ、あたしはその……マスターのことを心配してるだけよ!』
『はいはい。
……あら。何ですか? そちらのお方』
そこで初めて、蓬莱人形の視線がメディスンを向いた。彼女たちを、興味深そうにじっと見つめているメディスンへと、上海人形も視線を向ける。
『何よ、あんた。あたし達は見せ物じゃないのよ!』
『まあまあ、姉さま。そのようにお怒りになられては、こちらの方が怖がってしまいますわ』
『うっさい! 第一、何よ、こいつ! メディスン、だっけ? 変な名前!』
『申し訳ございません、メディスンさん。姉さまはいつもこうなんです』
『何よ、あんた、自分が出来のいい妹みたいに! あたしの方がマスターに先に作られて、マスターと、ずっと一緒に暮らしてるんだからね!』
『うふふ。だそうですわ』
ぽかーんとしているメディスンの前で繰り広げられる、どう見ても漫才にしか見えないやりとり。そんなよくわからない言葉のやりとりすら、メディスンには興味が引かれることらしかった。立ち上がった彼女が、戸棚に手をかけて、じーっと、視線を注いでくる。
『ちょっと蓬莱! この子、何よ!』
『姉さまのかわいさに惹かれたのですよ』
『あ、あら。そうなの?』
『と見せかけて、姉さまを亡き者にしようとしていたり』
『なんですって!?』
『うふふ。冗談ですわ。
初めまして、メディスンさん。わたくし、蓬莱人形と申します。マスター・アリスに作られた人形ですわ。
こちらは、わたくしの姉の上海人形』
『ちょっと、蓬莱! 何であたしの分まで喋るのよ!』
『あら、申し訳ありません。姉さま』
『全く、不出来な妹なんだから。
それで……あなた』
「ほえ?」
『何なのよ、あんた』
明らかに敵意としか思えない視線を向けてくる上海人形。それに困惑したのか、メディスンの視線が、隣をふわふわ漂うスーさんへと向く。どういうことかな、とつぶやくメディスンに、なぜか上海人形がキレた。
『きぃーっ! 話をする時は人の目を見なさいなっ!』
『姉さま、そんな風に怒鳴ってはメディスンさんが怖がりますわ。
申し訳ありません、メディスンさん。姉さまの至らないところはわたくしから謝らせて頂きます』
『黙りなさい、蓬莱人形! こういう礼儀を知らない輩には、誰かがきちんと礼儀を教えてやらないといけないのよ!』
『あらあら。姉さまがそれを仰るのはいささか滑稽ですわ』
『何よ! あたしが礼儀が出来てないっての!?』
『そうですわ。マスターにも無礼な態度で』
『そんなの、マスターが悪いのよ! あたしは……!』
「ねえ、上海ー。ちょっとお手伝いしてー」
『は、はーい。
も、もう。マスターったら、あたしがいないとダメなのね』
「そんなことないんだけどね。そっちのお砂糖持ってきてちょうだい」
『し、仕方ないわね。やってあげるから感謝なさいな』
ふわふわ漂う上海人形の言葉には、妙な感情がある。それは、メディスンでも察することは出来たらしい。首をかしげる彼女に、うふふ、と蓬莱人形が笑いかける。
『姉さまってば、いつもあんな感じですの。マスターのことが大好きなのに、いつも口では憎まれ口。
本当に、子は親に似るのですね』
「そうなんだ。
あなたは違うの?」
『わたくしは違いますわ。マスターとも姉さまとも似ても似つきません。
ここにいるみんながみんな、そう。一人一人、違う性格、違う感情を抱いています。マスターがそのようにお作りになりましたから。この中から、誰が『自我』を持つか。それをお試しになられたのでしょう』
ふーん、とうなずく。
『ですけれど、姉さまを始めとして、皆様、とてもよい子ですわ。もちろん、わたくしもそうですわね』
自分で自分のことを『よい子』という奴に限ってろくなのはいないのだが、メディスンには、そう言うところにツッコミを入れるという思考回路がないらしかった。へぇ、と興味深そうに蓬莱人形の言葉にうなずくだけだ。
それを見た蓬莱人形の目がきらりと光る。
『時に、メディスンさん。あなた、どうしてマスターをお訪ねに?』
「え? えっと……何となく、アリスお姉さんに興味があったから」
『あら、まあ。そうなんですの? それは恋の始まりですわね』
「こい? こいって何?」
『恋というのはですね、ちょうど、上海姉さまと同じ状態のことを言います』
「あんな風に怒ったり怒鳴ったりしないよ?」
『うふふ、違いますわ。恋というのはですね、ちょうど、上海姉さまと同じように、恋い慕う相手のことを思うと胸が締め付けられてしまったり、上海姉さまのように毎夜、思い人のことを考えたり、上海姉さまのごとく、気持ちとは裏腹の行動を取ってしまったり。まるで上海姉さまのように――』
『ちょっと蓬莱! あんた、何でたらめ言ってんのよ!』
ちょうどその時、上海人形がアリスの手伝いを終えて戻ってくる。蓬莱人形の言葉を、どこから聞いていたのかは知らないが、顔を真っ赤にして――人形なので顔色はよくわからないが――彼女にくってかかる。
『あら、姉さま。お勤めご苦労様です』
『そうじゃなくて! あんた、今、何言ってたのよ!』
『何って。姉さまが、マスターをどれだけ愛しているかをこの方にお話ししていたのですわ』
『あ、あたしは別にマスターのことなんて何とも思ってないわよっ!』
『またまた。そのように照れなくてよいのですよ。わたくし、ちゃんとわかっていますわ。何と言っても姉さまの妹ですもの』
『あ、あんたねぇぇぇぇぇっ!』
絶叫する上海人形と。
「メディスン、お茶が入ったわ」
という、アリスの声はほぼ一緒だった。
はーい、と返事をしてメディスンがアリスの元へと歩いていく。対する上海人形は、アリスに「お手伝いしてね」と言われ、不承不承、といった感じで彼女の元へ。
そんな上海人形を眺めながら、蓬莱人形はくすくすと笑う。
『本当に、姉さまったら単純なんだから。あの、メディスンという方も姉さまみたいにいじって遊べそうですわ』
ぽそりとつぶやくにしては、えらい厄介な一言である。
『はぁ~……。でも、姉さま、最高ですわぁ。ああやってむきーってなったり、お手伝いを失敗してわたわたしたり。泣いている姿なんてもう最高……。ああ、姉さま……萌えですわ……』
ほぅ、と頬を赤くして、何やら危ないつぶやきを発する蓬莱人形。そんなことをのたまう彼女には気づいていないのか、砂糖の入った瓶を、よいしょ、と抱える上海人形。その姉の後頭部めがけて、蓬莱人形が手にしたボタンを投げつけた。
『あっ!』
その衝撃で、上海人形が手にした瓶を取り落としてしまう。
当然、
「あ、こら! 上海! ダメじゃない!」
『ちっ、違うわよ! 今のあたしじゃないっ! あ、あれ? 何で? だって、今……!』
「もう……。上海、あっちからお掃除道具持ってきて」
『……あ、あの……ごめんなさい……マスター……』
「いいのいいの。ほら、急いで。お客様の前よ」
『……はい』
肩を落とし、しかし、それでも気遣ってくれるアリスの優しさに嬉しさが隠せないのか、少しだけふわふわとした動き方で飛んでいく上海人形。その姉の後ろ姿に、『うふ、うふふふ……。小動物系姉さま……萌えです……』と妖しくつぶやく蓬莱人形だった。
「ねえ、アリスお姉さん。用事って?」
「ああ……そうね。そろそろ出かけようかしら」
メディスンとのお茶会が始まって、およそ三十分ほど。彼女の言葉に、アリスは立ち上がった。
「どこ行くの?」
「魔理沙のところ。あいつ、この前、私の本棚から大切な本を持ち出してくれたからね。取り返しに行くのよ」
『そうよ! マスター、あんな奴、絶対許せないわよね!』
「そうね。徹底的に痛めつけてやらないと」
『蓬莱、あんたも用意なさい! マスターに協力して、あのにっくき黒白をぼっこぼこにしてやるのよ!』
『はいはい』
もちろん、上海人形の魂胆などわかっている。この機に乗じて、『恋敵』である魔理沙をどうにかしてやろうと考えているのだ。そんなことを見抜けない蓬莱人形ではない。くすくすと、手元で口を隠して笑うだけだ。
「ねぇ、メディスン。手伝ってくれない?」
「え?」
「あなたの力は、結構、役に立ちそうだから。あのすばしっこい魔理沙をぶっ飛ばすのに」
『なっ……! そんなのいらないわよ! あたしが一杯頑張るから!』
「ありがとう、上海。でも、万全には万全を期さないとね」
『だ、だけど……!』
『そうですわね、マスター。メディスンさん、よろしいですか?』
「あ、うん……いいよ」
『蓬莱! あんたどういうつもり!? あたしよりマスターに従うっての!?』
『当然ですわ。姉さまのことは大切ですけれど、わたくしの一番は常にマスターですもの』
『むきーっ! あんた、普段は『姉さまがわたくしの一番ですわ』とか言ってるくせに! こういう時は姉の肩を持ちなさいよ!』
『うふふ。それはダメですわ。
さあさあ、皆様。用意致しましょう』
アリスの隠し球である各種人形達に呼びかけて、蓬莱人形が率先して用意を始めてしまった。きーきーと怒鳴る上海人形は、当然、無視して。
「にぎやかね。ほんと」
「……うん」
「メディスン」
「?」
「こんなにぎやかなところでよければ、またいつでも遊びに来てね」
「うん!」
そんなアリスのさりげない心遣いにより、メディスンは、この後、アリス邸を訪れることが多くなった。もちろん、それを快く思わない上海人形によって数々の嫌がらせをされそうになるのだが、見事、それを先回りして封じる蓬莱人形のおかげで幸せな毎日が、この後、約束されるのだが――。
『それはまた別の話、ですわ。
ああ~ん、姉さま、萌え! 萌えですわ~! わたくしの秘蔵の姉さまアルバムが、そろそろ一杯になってしまいそうですわ~!』
――もしかしたら、メディスンやアリスの脅威は、案外、一番身近なところに潜んでいるのかもしれない。
じーっと、窓枠に手をかけて室内を覗き込む瞳がある。その瞳の向こうは、薄暗い室内が一つ。そこにぽつぽつと浮かぶのは、たくさんの人の形。
「……どうしよう、スーさん」
傍らにふわふわ浮かぶ少女へと、彼女は問いかけた。その口が、小さく動いたように彼女には感じられる。
「え? こういう時は踊るものだって? どうして? それがルールだから? 古来より、ダンスは人の心を伝える社交場としての意義を持っていた、って? うわぁ、すごーい。スーさん物知りー」
それは確かに間違ってはいないのだが、世の中には、その言葉が正しい環境とそうでない環境があるのは言うまでもない。
「どんなダンスがいいのかな? え? DDR? 何それ?
うんうん、これでこうしてこう……? へぇー、楽しそーう。よーし、スーさん、私踊っちゃうよー」
一体何しに来たんだお前。
誰もがツッコミを入れるのに充分な環境の中、彼女、メディスン・メランコリーは、多分に自分が遊ばれていると言うことにも気づかずに軽快な4ビートステップを踏み始めたのだった。
もちろん、自宅のそばでそんなことやってる奴がいれば家人が気づかないはずはない。
「何してるの?」
「……はっ!?」
そもそもの目的自体を忘れていたのか、家主の言葉にメディスンは硬直した。そのそばで彼女をはやし立てていた少女の人形が、さっと彼女の陰に隠れて自分の責任をないものとする。なかなか、やり手らしい。何がと言われたら答えようもないが。
「いきなりうちの前で軽快な音楽流さないで。何事かと思ったわ」
ドアを開けて現れたのは、この家の持ち主、アリス・マーガトロイドだ。彼女はそう言って、「もういいから」と笑いかける。
「何しに来たのかは知らないけど、お客様みたいね」
「あ、う、うん……」
「入って。こっちは少し、用事があるけど……お茶を出す余裕くらいはあるわ」
会話の間も軽快なステップを踏んでいたメディスンは、アリスの言葉に従って、くるくるすたん、と足をそろえて一礼。そうしてから、アリスと一緒に室内へと足を踏み入れる。
「適当にその辺りに座っていて」
「はーい」
元気よく返事をして、部屋の片隅に置かれていた丸椅子を引きだしてきて腰を下ろす。そうして、彼女は改めて室内をぐるりと見渡した。
「人形ばっかり」
置かれているのは、いずれも、人の形を模した『入れ物』ばかりだった。そんな彼ら、彼女らに興味が引かれるのか、手近な一つを手にとって、つんつんとそれの頬をつついてみる。
「壊さないでね」
「あ、はーい」
「あなたみたいに、みんなが自立して動く人形じゃないんだから」
たまたま、メディスンの様子を確認しようとしたのだろう。顔を覗かせたアリスの注意を受けて、メディスンはぺこりと彼女に頭を下げた。その、伸ばした腕には、およそ人間のものとは違う節がある。
――彼女は、人形だ。誰も信じないかもしれないが、メディスンは自立して動き、自立して思考する、一個の生物となった人形なのである。
アリスと彼女との接点は、特にない。ただ、アリスは人形を操り、その将来の目的を『自立して動く人形を作ること』に据えている。そんな彼女にとって、自らの目標を、まさしく体現しているメディスンの存在は、何かと興味を引かれるものであるのは間違いないだろう。
一方のメディスンも、アリスには、何かと気を引かれていた。人形達を人間の手から独立させる、という目的を持って活動――実際は、自宅とも言える鈴蘭畑に引きこもりがちだが――している彼女にとって、人形達と共に暮らし、人形達を愛するアリスという存在は、半ば以上、特別な存在なのだ。何とかしてお近づきになりたいな、と思い、何度か彼女との接触を試みてはいたのだが、実を言うと、アリスとまともに会話を交わすのは今回が初めてだった。
「うーん……アリスお姉さん、どういう人なんだろう」
私は人間じゃないわよ、と返事がなされそうな一言を口にして、メディスンは首をかしげる。
――と、
「……?」
その視線は、戸棚の上に向いた。
そこには、二つ、女の子の人形が置かれている。アリスが、上海人形、蓬莱人形、と名付けてかわいがっているものだ。メディスンは、そんな事情など知らないが、その二つにだけは何か特別なものを感じたらしい。
そして、その二つの人形は、『シャンハーイ』『ホラーイ』と何やら楽しそうにお喋りしている最中だった。じーっと、メディスンの瞳がそちらに注がれる。
(ここから、人形語を人間語に置き換えて表現致します)
『ふん、何さ。マスターったら』
『あら、どうかなさいましたの? 上海姉さま』
『蓬莱、あんただってわかってるでしょ? あんな、どこの馬の骨ともしれない人形を勝手に部屋の中にあげて』
『うふふ、マスターはお優しい方ですわ』
『そんなの理由にならないわよ! マスターのところに、魔理沙、だっけ? あんの変な奴! あいつが来た時のこと、覚えてないの!? マスター、ものすごくいやがってたじゃない!』
『あら、そうでしょうか? わたくしには、マスターは、とてもお喜びになっていたように見えましたわ』
『あんた、目が悪いのよ。
ったく、ほんと、バカばっかり。マスターだって、そうやってあいつのことで懲りてるはずなのに家に新しい奴迎え入れてさ。ばっかじゃないの? あたし達がいれば充分じゃない』
『まあ、上海姉さまったら。焼き餅やいてるのですか?』
『ばっ……! そ、そんなわけあるはずないじゃない! あ、あたしはその……マスターのことを心配してるだけよ!』
『はいはい。
……あら。何ですか? そちらのお方』
そこで初めて、蓬莱人形の視線がメディスンを向いた。彼女たちを、興味深そうにじっと見つめているメディスンへと、上海人形も視線を向ける。
『何よ、あんた。あたし達は見せ物じゃないのよ!』
『まあまあ、姉さま。そのようにお怒りになられては、こちらの方が怖がってしまいますわ』
『うっさい! 第一、何よ、こいつ! メディスン、だっけ? 変な名前!』
『申し訳ございません、メディスンさん。姉さまはいつもこうなんです』
『何よ、あんた、自分が出来のいい妹みたいに! あたしの方がマスターに先に作られて、マスターと、ずっと一緒に暮らしてるんだからね!』
『うふふ。だそうですわ』
ぽかーんとしているメディスンの前で繰り広げられる、どう見ても漫才にしか見えないやりとり。そんなよくわからない言葉のやりとりすら、メディスンには興味が引かれることらしかった。立ち上がった彼女が、戸棚に手をかけて、じーっと、視線を注いでくる。
『ちょっと蓬莱! この子、何よ!』
『姉さまのかわいさに惹かれたのですよ』
『あ、あら。そうなの?』
『と見せかけて、姉さまを亡き者にしようとしていたり』
『なんですって!?』
『うふふ。冗談ですわ。
初めまして、メディスンさん。わたくし、蓬莱人形と申します。マスター・アリスに作られた人形ですわ。
こちらは、わたくしの姉の上海人形』
『ちょっと、蓬莱! 何であたしの分まで喋るのよ!』
『あら、申し訳ありません。姉さま』
『全く、不出来な妹なんだから。
それで……あなた』
「ほえ?」
『何なのよ、あんた』
明らかに敵意としか思えない視線を向けてくる上海人形。それに困惑したのか、メディスンの視線が、隣をふわふわ漂うスーさんへと向く。どういうことかな、とつぶやくメディスンに、なぜか上海人形がキレた。
『きぃーっ! 話をする時は人の目を見なさいなっ!』
『姉さま、そんな風に怒鳴ってはメディスンさんが怖がりますわ。
申し訳ありません、メディスンさん。姉さまの至らないところはわたくしから謝らせて頂きます』
『黙りなさい、蓬莱人形! こういう礼儀を知らない輩には、誰かがきちんと礼儀を教えてやらないといけないのよ!』
『あらあら。姉さまがそれを仰るのはいささか滑稽ですわ』
『何よ! あたしが礼儀が出来てないっての!?』
『そうですわ。マスターにも無礼な態度で』
『そんなの、マスターが悪いのよ! あたしは……!』
「ねえ、上海ー。ちょっとお手伝いしてー」
『は、はーい。
も、もう。マスターったら、あたしがいないとダメなのね』
「そんなことないんだけどね。そっちのお砂糖持ってきてちょうだい」
『し、仕方ないわね。やってあげるから感謝なさいな』
ふわふわ漂う上海人形の言葉には、妙な感情がある。それは、メディスンでも察することは出来たらしい。首をかしげる彼女に、うふふ、と蓬莱人形が笑いかける。
『姉さまってば、いつもあんな感じですの。マスターのことが大好きなのに、いつも口では憎まれ口。
本当に、子は親に似るのですね』
「そうなんだ。
あなたは違うの?」
『わたくしは違いますわ。マスターとも姉さまとも似ても似つきません。
ここにいるみんながみんな、そう。一人一人、違う性格、違う感情を抱いています。マスターがそのようにお作りになりましたから。この中から、誰が『自我』を持つか。それをお試しになられたのでしょう』
ふーん、とうなずく。
『ですけれど、姉さまを始めとして、皆様、とてもよい子ですわ。もちろん、わたくしもそうですわね』
自分で自分のことを『よい子』という奴に限ってろくなのはいないのだが、メディスンには、そう言うところにツッコミを入れるという思考回路がないらしかった。へぇ、と興味深そうに蓬莱人形の言葉にうなずくだけだ。
それを見た蓬莱人形の目がきらりと光る。
『時に、メディスンさん。あなた、どうしてマスターをお訪ねに?』
「え? えっと……何となく、アリスお姉さんに興味があったから」
『あら、まあ。そうなんですの? それは恋の始まりですわね』
「こい? こいって何?」
『恋というのはですね、ちょうど、上海姉さまと同じ状態のことを言います』
「あんな風に怒ったり怒鳴ったりしないよ?」
『うふふ、違いますわ。恋というのはですね、ちょうど、上海姉さまと同じように、恋い慕う相手のことを思うと胸が締め付けられてしまったり、上海姉さまのように毎夜、思い人のことを考えたり、上海姉さまのごとく、気持ちとは裏腹の行動を取ってしまったり。まるで上海姉さまのように――』
『ちょっと蓬莱! あんた、何でたらめ言ってんのよ!』
ちょうどその時、上海人形がアリスの手伝いを終えて戻ってくる。蓬莱人形の言葉を、どこから聞いていたのかは知らないが、顔を真っ赤にして――人形なので顔色はよくわからないが――彼女にくってかかる。
『あら、姉さま。お勤めご苦労様です』
『そうじゃなくて! あんた、今、何言ってたのよ!』
『何って。姉さまが、マスターをどれだけ愛しているかをこの方にお話ししていたのですわ』
『あ、あたしは別にマスターのことなんて何とも思ってないわよっ!』
『またまた。そのように照れなくてよいのですよ。わたくし、ちゃんとわかっていますわ。何と言っても姉さまの妹ですもの』
『あ、あんたねぇぇぇぇぇっ!』
絶叫する上海人形と。
「メディスン、お茶が入ったわ」
という、アリスの声はほぼ一緒だった。
はーい、と返事をしてメディスンがアリスの元へと歩いていく。対する上海人形は、アリスに「お手伝いしてね」と言われ、不承不承、といった感じで彼女の元へ。
そんな上海人形を眺めながら、蓬莱人形はくすくすと笑う。
『本当に、姉さまったら単純なんだから。あの、メディスンという方も姉さまみたいにいじって遊べそうですわ』
ぽそりとつぶやくにしては、えらい厄介な一言である。
『はぁ~……。でも、姉さま、最高ですわぁ。ああやってむきーってなったり、お手伝いを失敗してわたわたしたり。泣いている姿なんてもう最高……。ああ、姉さま……萌えですわ……』
ほぅ、と頬を赤くして、何やら危ないつぶやきを発する蓬莱人形。そんなことをのたまう彼女には気づいていないのか、砂糖の入った瓶を、よいしょ、と抱える上海人形。その姉の後頭部めがけて、蓬莱人形が手にしたボタンを投げつけた。
『あっ!』
その衝撃で、上海人形が手にした瓶を取り落としてしまう。
当然、
「あ、こら! 上海! ダメじゃない!」
『ちっ、違うわよ! 今のあたしじゃないっ! あ、あれ? 何で? だって、今……!』
「もう……。上海、あっちからお掃除道具持ってきて」
『……あ、あの……ごめんなさい……マスター……』
「いいのいいの。ほら、急いで。お客様の前よ」
『……はい』
肩を落とし、しかし、それでも気遣ってくれるアリスの優しさに嬉しさが隠せないのか、少しだけふわふわとした動き方で飛んでいく上海人形。その姉の後ろ姿に、『うふ、うふふふ……。小動物系姉さま……萌えです……』と妖しくつぶやく蓬莱人形だった。
「ねえ、アリスお姉さん。用事って?」
「ああ……そうね。そろそろ出かけようかしら」
メディスンとのお茶会が始まって、およそ三十分ほど。彼女の言葉に、アリスは立ち上がった。
「どこ行くの?」
「魔理沙のところ。あいつ、この前、私の本棚から大切な本を持ち出してくれたからね。取り返しに行くのよ」
『そうよ! マスター、あんな奴、絶対許せないわよね!』
「そうね。徹底的に痛めつけてやらないと」
『蓬莱、あんたも用意なさい! マスターに協力して、あのにっくき黒白をぼっこぼこにしてやるのよ!』
『はいはい』
もちろん、上海人形の魂胆などわかっている。この機に乗じて、『恋敵』である魔理沙をどうにかしてやろうと考えているのだ。そんなことを見抜けない蓬莱人形ではない。くすくすと、手元で口を隠して笑うだけだ。
「ねぇ、メディスン。手伝ってくれない?」
「え?」
「あなたの力は、結構、役に立ちそうだから。あのすばしっこい魔理沙をぶっ飛ばすのに」
『なっ……! そんなのいらないわよ! あたしが一杯頑張るから!』
「ありがとう、上海。でも、万全には万全を期さないとね」
『だ、だけど……!』
『そうですわね、マスター。メディスンさん、よろしいですか?』
「あ、うん……いいよ」
『蓬莱! あんたどういうつもり!? あたしよりマスターに従うっての!?』
『当然ですわ。姉さまのことは大切ですけれど、わたくしの一番は常にマスターですもの』
『むきーっ! あんた、普段は『姉さまがわたくしの一番ですわ』とか言ってるくせに! こういう時は姉の肩を持ちなさいよ!』
『うふふ。それはダメですわ。
さあさあ、皆様。用意致しましょう』
アリスの隠し球である各種人形達に呼びかけて、蓬莱人形が率先して用意を始めてしまった。きーきーと怒鳴る上海人形は、当然、無視して。
「にぎやかね。ほんと」
「……うん」
「メディスン」
「?」
「こんなにぎやかなところでよければ、またいつでも遊びに来てね」
「うん!」
そんなアリスのさりげない心遣いにより、メディスンは、この後、アリス邸を訪れることが多くなった。もちろん、それを快く思わない上海人形によって数々の嫌がらせをされそうになるのだが、見事、それを先回りして封じる蓬莱人形のおかげで幸せな毎日が、この後、約束されるのだが――。
『それはまた別の話、ですわ。
ああ~ん、姉さま、萌え! 萌えですわ~! わたくしの秘蔵の姉さまアルバムが、そろそろ一杯になってしまいそうですわ~!』
――もしかしたら、メディスンやアリスの脅威は、案外、一番身近なところに潜んでいるのかもしれない。
や、嘘です これは斬新で面白いですね。ツンデレ上海萌え~w
上海姉さま!!上海姉さま!!
面白い作品でした(礼
さらに蓬莱さん自身も下の人形から蓬莱お姉様と慕われてたりするに違いない。
愛憎の連鎖する館、マーガトロイド邸。
だってお姉さんだし、ツンデレだし。
ツンデレ上海はあんまりないので新鮮でした。