Part1
たったった。たったった。
私、宇佐見蓮子はひた走る。向かう先は、私の愛しい愛しいあの場所。この先にあるそこに飛び込めば、私を待っているのは光る天上の快楽。
そう、私を迎え入れてくれるものは、もはやそこにしかない!
「メリー、おっはよー」
「遅い」
「あはははは。ほら、あれよ、あれ。ウラシマ効果」
「遅刻とそれを同一視しないでちょうだい」
なんて、ぶっすーっとふてくされて、まぁ、かわいいんだから。
あ、紹介しておきます。この子の名前は、マエリベリー・ハーン。でも長いからメリーって略してるの。
何で、って? それは当然、『あだ名から始まる愛がある』という言葉を実践するためよ!
そう、私とメリーは、まさに一蓮托生。誰の手にもよらず、誰の力も受けることなく、決して離れることは出来ない結びつきを得た、二人で一人のほくととみなみ!
こんな風にふてくされてはいるけれど、それは彼女の愛情の裏返しだって事は、蓮子、わかってます。すっごくよくわかってます。だって、私とメリーは夜明けのモーニングコーヒーを飲んだ仲!
そして――
「一撃必殺、マエリベリ……」
「……ごめんなさい調子乗りすぎました怒らないで下さいメリー様」
……うん。私も怖いもの知らずかもしれないけど、とげとげ金棒は怖いんです。
「本当にもう……。遅刻するのなら遅刻するで、きちんと遅刻予定の時間も考慮に入れて私を呼び出してちょうだい」
「それって呼び出しの意味あるの?」
もちろんないわ、とあっさり答えてくれる我らがメリー様。片隅に立てかけられた、とげとげ鉄バットがとってもプリティ。
「走ってきて疲れたでしょ? まずは、一杯、口にしてからお話タイムにしましょうか?」
「やーん、メリー。私のことを気遣ってくれるのね。蓮子、う・れ・し・いっ」
「寝ぼけるのは頭だけにしなさい」
……辛辣だけど……辛辣だけど、私、わかってるから……! メリーのその言葉は、絶対に愛情の裏返しだって!
「違います」
「はぅ!? 心を読んだ!?」
「はい、どうぞ」
「あ、何かいっぱいあるのね」
「差し入れらしいわ」
部屋――ここは、大学構内で、私たちに『一応』与えられている、部室という名のせせこましい、一見しただけでは物置にしか見えない部屋――の一角に積み上がっている、多数の『ティータイム』を彩るもの達。それを一瞥してから、私は、メリーに渡されたメニュー表に視線を落とす。
「えーっと、紅茶にコーヒー、エスプレッソにココア、ジュースに……」
ありがちな名前がつらつらと並んでいる。正直、どれでもいいのだけど……。
「早くしてね」
すでにお湯を沸かしているメリーに、あんまり迷惑もかけられない。ここは手堅く紅茶かコーヒーかな、と思って、再び視線をやって――。
「……………?」
今、何か不思議なものを見たような気がする。
ごしごし、と目元をこすって、もう一度。
「紅茶、コーヒー、エスプレッソにココア、ジュースに……」
『紅ヒー』。
………………………………………。
「………え?」
ちょっと待って紅ヒーって何だ紅ヒーって。紅茶じゃないの? コーヒーでもないの? っていうか、何なのこの物体。どうして私の目をここまで縛り付けるの?
「ね、ねぇ、メリー……」
「早くして」
…………………。
「……じ、じゃあ、この紅ヒーってやつ一つ……」
「後悔するわよ」
Part2
「はっくしゅっ!」
「……何、蓮子。汚いわね」
「やはは……ごめんごめん」
というわけで、お茶片手に始まったティータイム。
え? 紅ヒーはどうしたって? …………聞くな。
「メリー、ティッシュとってー」
「全く……それくらい、自分で取りなさい」
手を伸ばしたところにあるでしょ、と注意をしてくれながらも、ちゃんと私のために手を伸ばしてくれるメリー萌え。
渡されたそれに、ちーん、とやってから、ふぅ、と息をつく。
「蓮子、あなたも女でしょ。それなら、もう少し、品よく出来ないの?」
「品のいい鼻のかみ方、ってのがあったら教えて欲しいなぁ」
「……それもそうね」
なんて、真面目に悩んだり考えたりするからこの子はかわいいのよ。みんなも、私が、何でこんなにメリーに心を砕くかわかるでしょ?
――なーんてことを誰にともなく言ってから、手にしたティッシュを、ぽいっとゴミ箱へ。
「あ、ちょっと逸れたかな」
宙を飛ぶ丸まったティッシュペーパーは、目算わずかに誤り、ゴミ箱の縁にぶつかってしまった。
かんっ、という小さな音と一緒に。
ぼごぁっ。
「………………………………」
「へたくそね、蓮子」
「…………………え?」
私の視線は、じっとティッシュペーパーに。
それは、ゴミ箱の縁に当たり、弾かれて、その先の壁にめり込んでいた。今の『ぼごぁっ』は、壁を砕いてめり込み、その破片をぶちまけたときの効果音。
……えーっと。
「……………あれ?」
「全く」
メリーは全く動じることなく、てこてこと立ち上がって、壁にめり込んだそれを取り出してゴミ箱の中へと平気で投棄。
「お……恐るべし、ティッシュ……!」
今の私には、その単語をつぶやくだけで精一杯だった。
Part3
「それで? 蓮子。今回の集合の意味は?」
「今回の、って。そもそも、メリーが私に誘いをかけてきたんじゃない」
あら、そうだった? という顔で、優雅に紅茶のカップを傾けるメリー。くそ、いちいち仕草がセレブがかってて優美な奴め。
何かよくわからない所に対抗意識を燃やす私を無視する形で、「そういえばそうだったわね」と、立ち上がったメリーが、部屋の隅から何やら取り出してきた。
「……じゅうたん?」
そう。一見したところで、それは絨毯以外の何物にも見えない、まさしくじゅうたんのじゅうたんによるじゅうたんのためのじゅうたんだった。
こんな所にセリフパクってごめんなさい。どこぞの偉い人。
「そうよ。これをあなたに見せたかったの」
「へぇー」
そんなぼろっちい布きれが、果たして何の効果を生み出すのか。
もしかして、ものすごく高いのかしら。じゅうたんのブランドって、世界中に一杯あるわよね。その中には、一枚何千万っていう莫大な値段のつくものもあったりして。
もしかして、それですか!? まさか、メリー、日頃の私への愛情の表れとしてそんな高価なものをプレゼント!? いやん、蓮子、感激ー!
「違うから安心して」
………………。
……やっぱり、人の心、読んでる?
「何言ってるの、そんなこと出来るわけないでしょ」
「読んでるー!?」
あ、侮れん、マエリベリー・ハーン……。
「実はね、蓮子。これ、魔法のじゅうたんなのよ」
「……はい?」
「だから、魔法のじゅうたん。知ってるでしょ? アラビアンナイトとか」
「そ、それは知ってるけど……」
床に広げられたのは、薄汚れた、どう見たって一万円程度の価値しかないよなぁ、と思えるもの。
これを『魔法のじゅうたん』といわれたところで、さすがの私でも信じることは出来なかった。私の疑いの視線を受けていることに気づいたのか、「証明してあげるわ」とメリーが言った。
広げたそれの端を、ぽん、とメリーが叩く。
すると、何と言うことだ。ふわりとじゅうたんが浮かび上がったのだ。
「おおー!」
す、すごい! これはすごい!
「どう? すごいでしょ?」
「うん! いやー、世の中広いわねー! 自分の目で見たもの全てが真実じゃないって言うだけあるわ!」
「乗ってみる?」
「乗る乗る!」
魔法のじゅうたんと聞かされて、その魅惑的な誘いを断る理由はない。私は意気込んでじゅうたんに飛び乗った。
一度、床に降りていたそれを、メリーがやったみたいにぽんと叩く。
……無反応。
「あれ?」
もう一度、ぽん。
さりげないほどに無反応。
「こ、このやろ!」
さらに、ぽん。
ものすごく逆境なくらい無反応。
「ちょっと、メリー! 飛ばないわよ!?」
はっ! まさか、私、太った!?
そんなバカな! 確かに、ここ一ヶ月くらい、近所のケーキ屋でケーキ全制覇ツアーとかやってたけど、この私がそれくらいで太るなんて!?
「……ま、上に乗られたら飛べないんだけどね」
「なめんな」
Part4
「はぁ~……ったく。とんだ期待はずれじゃない」
「魔法のじゅうたん、とは言ったけど、あなたを乗せて飛べる、とまでは言ってないわ」
「そういうの詭弁って言うのよ」
結局、役立たずのじゅうたんくんは粗大ゴミの日に、改めて出して頂くとして。
私は興を削がれ、部室を後にしていた。その後を、飄々とした顔でメリーがついてくる。そんな彼女を連れて、学内の廊下を曲がり、
「……あ」
ふと、思い出す。
そうだ、今日は近所のスーパーの特売日だったんだ。学生の常で、一人暮らしの金欠生活をしている私のこと、事、そういう『美味しい』イベントを逃したことは、ただの一度もない。
あー、しかし、時計を見やれば、もうそろそろ特売セールの始まる時間帯だ。今から突っ走って家に戻っても、多分、『五十円均一挽肉セール』には間に合わないだろう。
「仕方ない。知り合いに頼むか」
「あら、あなた、私以外の知り合いがいたのね」
「……いるよそれくらい」
いや、確かに、私の交友関係って、何かメリーしかいないみたいに思われてるけどさ……。
「電話するの?」
「うん。その予定」
学内の一角にある、公衆電話通り。
学生の常である携帯電話など、私は使わない。持っているけど使わない。何でかって? 通話料高いじゃん?
だから、街でもらう無料テレホンカード片手に、緊急時以外は、こうして公衆電話ですませるのだ。蓮子ちゃんって、とってもエコロジスト。
「単にさもしいだけだと思うわ」
……やっぱりこいつ、人の心読んでるよね? よね!?
「……いいよ、ったく」
こやつに付き合っていたら、よけいなことで時間を食ってしまう。
メリーは無視する形で電話の前に立ち、無料テレカをぽちっとな。
「……」
ぷるるー、ぷるるー、と呼び出し音。しかし、相手からの返事はなく、まもなくして録音メッセージが流れ出す。
『ただいま、留守にしております。ぴー、という発信音の直後にご用件をどうぞ』
ぷー ぱー ぺー ぽー すー ふー ひー みー にー とー ちー つー みょん めるぽ がっ あたいったら最強ね そーなのかー ぴー 名前で呼んで下さいよー
「あ、あの、私だけど、メッセージ聞いたら速攻で近くのスーパーのタイムセールに突撃して!」
『残念、遅れましたね』
「なめんなぁっ!!」
「蓮子、はしたないわ」
Part5
「はぁー……はぁー……はぁー……」
「蓮子、見事だったわ。あなたのビッグバンパンチ。でも、あれの弁償どうするの?」
「知らないわよっ!」
思わず殴り壊してしまった電話機の前から、逃げるように立ち去って。
私は、すっかりと上がってしまった息を押さえるべく、自販機コーナーに立ち寄っていた。
「ったく……これで特売セールもパーじゃない」
「あなたのせいでしょ。半分以上」
「だってぇ~……」
ため息混じりに、片手に取り出したるは、小さな小さな黒財布。私の全財産……とまでは言わないけど、それでも貴重な財産の入ったお財布だ。
そこからお金を取り出して、目の前の自販機にちゃりちゃりと入れていく。
「メリーはどうする?」
「私はさっき、お茶、飲んだもの」
「……そだね」
全くその通りだ。こんな風に飲み物ばかり飲んでたらお腹がたぷたぷになってしまう。
……まぁ、手加減するけどね。
それに、今のこの気持ちを抑えるためには飲まなきゃやってられないのよ!
「えーっと」
何にしようかなぁ、なんて目と指を彷徨わせる。
ショッピングの常だけど、やはり、人間、こうやって色々なものを前にして悩んでる時って楽しかったりする。
結局、ショッピングだと、買わなかったりする方が多いのだけどね。
「んー……」
内訳を見て、悩む。
「冷たいのがいいか、あったかいのがいいか……」
気分を落ち着けるためには温かな紅茶とかだろうけど、冷たいジュースも捨てがたい。
悩む……悩む……悩む……。
……と、そんな私の視線が、その中の一角で止まった。
『ぬる~い 牛乳 ビール』
~少女噴出中~
「何でそれを選ぶのかしら……?」
メリーの一言が、やけに耳にしみた。
エピローグ
「……はぁ。今日は一日、散々だったわ」
「半分以上、あなたの自己責任だと思うけど」
「うー……」
「まぁ、そんな目をしないで。今日は、私の家で晩ご飯でも食べて行きなさい」
「え、いいの!?」
「ええ。どうせ、家に帰っても、コンビーフしかないのでしょ?」
「……あるわよ」
「あら、意外」
「意外とか言うかこんちくしょう。
あ、でも、メリーの家にお呼ばれしたってことは、これはもうおっけーってことよね? 朝までノンストップでいいってことよね? やったぁ、蓮子ちゃん、大ラッキー。じゃ、帰り道で精力剤買わないとねー。ねー、メリー。メリーはどんなのが……」
「一撃必殺、マエリベリボルグ~♪」
……その日の私の記憶は、そこでとぎれた。
たったった。たったった。
私、宇佐見蓮子はひた走る。向かう先は、私の愛しい愛しいあの場所。この先にあるそこに飛び込めば、私を待っているのは光る天上の快楽。
そう、私を迎え入れてくれるものは、もはやそこにしかない!
「メリー、おっはよー」
「遅い」
「あはははは。ほら、あれよ、あれ。ウラシマ効果」
「遅刻とそれを同一視しないでちょうだい」
なんて、ぶっすーっとふてくされて、まぁ、かわいいんだから。
あ、紹介しておきます。この子の名前は、マエリベリー・ハーン。でも長いからメリーって略してるの。
何で、って? それは当然、『あだ名から始まる愛がある』という言葉を実践するためよ!
そう、私とメリーは、まさに一蓮托生。誰の手にもよらず、誰の力も受けることなく、決して離れることは出来ない結びつきを得た、二人で一人のほくととみなみ!
こんな風にふてくされてはいるけれど、それは彼女の愛情の裏返しだって事は、蓮子、わかってます。すっごくよくわかってます。だって、私とメリーは夜明けのモーニングコーヒーを飲んだ仲!
そして――
「一撃必殺、マエリベリ……」
「……ごめんなさい調子乗りすぎました怒らないで下さいメリー様」
……うん。私も怖いもの知らずかもしれないけど、とげとげ金棒は怖いんです。
「本当にもう……。遅刻するのなら遅刻するで、きちんと遅刻予定の時間も考慮に入れて私を呼び出してちょうだい」
「それって呼び出しの意味あるの?」
もちろんないわ、とあっさり答えてくれる我らがメリー様。片隅に立てかけられた、とげとげ鉄バットがとってもプリティ。
「走ってきて疲れたでしょ? まずは、一杯、口にしてからお話タイムにしましょうか?」
「やーん、メリー。私のことを気遣ってくれるのね。蓮子、う・れ・し・いっ」
「寝ぼけるのは頭だけにしなさい」
……辛辣だけど……辛辣だけど、私、わかってるから……! メリーのその言葉は、絶対に愛情の裏返しだって!
「違います」
「はぅ!? 心を読んだ!?」
「はい、どうぞ」
「あ、何かいっぱいあるのね」
「差し入れらしいわ」
部屋――ここは、大学構内で、私たちに『一応』与えられている、部室という名のせせこましい、一見しただけでは物置にしか見えない部屋――の一角に積み上がっている、多数の『ティータイム』を彩るもの達。それを一瞥してから、私は、メリーに渡されたメニュー表に視線を落とす。
「えーっと、紅茶にコーヒー、エスプレッソにココア、ジュースに……」
ありがちな名前がつらつらと並んでいる。正直、どれでもいいのだけど……。
「早くしてね」
すでにお湯を沸かしているメリーに、あんまり迷惑もかけられない。ここは手堅く紅茶かコーヒーかな、と思って、再び視線をやって――。
「……………?」
今、何か不思議なものを見たような気がする。
ごしごし、と目元をこすって、もう一度。
「紅茶、コーヒー、エスプレッソにココア、ジュースに……」
『紅ヒー』。
………………………………………。
「………え?」
ちょっと待って紅ヒーって何だ紅ヒーって。紅茶じゃないの? コーヒーでもないの? っていうか、何なのこの物体。どうして私の目をここまで縛り付けるの?
「ね、ねぇ、メリー……」
「早くして」
…………………。
「……じ、じゃあ、この紅ヒーってやつ一つ……」
「後悔するわよ」
Part2
「はっくしゅっ!」
「……何、蓮子。汚いわね」
「やはは……ごめんごめん」
というわけで、お茶片手に始まったティータイム。
え? 紅ヒーはどうしたって? …………聞くな。
「メリー、ティッシュとってー」
「全く……それくらい、自分で取りなさい」
手を伸ばしたところにあるでしょ、と注意をしてくれながらも、ちゃんと私のために手を伸ばしてくれるメリー萌え。
渡されたそれに、ちーん、とやってから、ふぅ、と息をつく。
「蓮子、あなたも女でしょ。それなら、もう少し、品よく出来ないの?」
「品のいい鼻のかみ方、ってのがあったら教えて欲しいなぁ」
「……それもそうね」
なんて、真面目に悩んだり考えたりするからこの子はかわいいのよ。みんなも、私が、何でこんなにメリーに心を砕くかわかるでしょ?
――なーんてことを誰にともなく言ってから、手にしたティッシュを、ぽいっとゴミ箱へ。
「あ、ちょっと逸れたかな」
宙を飛ぶ丸まったティッシュペーパーは、目算わずかに誤り、ゴミ箱の縁にぶつかってしまった。
かんっ、という小さな音と一緒に。
ぼごぁっ。
「………………………………」
「へたくそね、蓮子」
「…………………え?」
私の視線は、じっとティッシュペーパーに。
それは、ゴミ箱の縁に当たり、弾かれて、その先の壁にめり込んでいた。今の『ぼごぁっ』は、壁を砕いてめり込み、その破片をぶちまけたときの効果音。
……えーっと。
「……………あれ?」
「全く」
メリーは全く動じることなく、てこてこと立ち上がって、壁にめり込んだそれを取り出してゴミ箱の中へと平気で投棄。
「お……恐るべし、ティッシュ……!」
今の私には、その単語をつぶやくだけで精一杯だった。
Part3
「それで? 蓮子。今回の集合の意味は?」
「今回の、って。そもそも、メリーが私に誘いをかけてきたんじゃない」
あら、そうだった? という顔で、優雅に紅茶のカップを傾けるメリー。くそ、いちいち仕草がセレブがかってて優美な奴め。
何かよくわからない所に対抗意識を燃やす私を無視する形で、「そういえばそうだったわね」と、立ち上がったメリーが、部屋の隅から何やら取り出してきた。
「……じゅうたん?」
そう。一見したところで、それは絨毯以外の何物にも見えない、まさしくじゅうたんのじゅうたんによるじゅうたんのためのじゅうたんだった。
こんな所にセリフパクってごめんなさい。どこぞの偉い人。
「そうよ。これをあなたに見せたかったの」
「へぇー」
そんなぼろっちい布きれが、果たして何の効果を生み出すのか。
もしかして、ものすごく高いのかしら。じゅうたんのブランドって、世界中に一杯あるわよね。その中には、一枚何千万っていう莫大な値段のつくものもあったりして。
もしかして、それですか!? まさか、メリー、日頃の私への愛情の表れとしてそんな高価なものをプレゼント!? いやん、蓮子、感激ー!
「違うから安心して」
………………。
……やっぱり、人の心、読んでる?
「何言ってるの、そんなこと出来るわけないでしょ」
「読んでるー!?」
あ、侮れん、マエリベリー・ハーン……。
「実はね、蓮子。これ、魔法のじゅうたんなのよ」
「……はい?」
「だから、魔法のじゅうたん。知ってるでしょ? アラビアンナイトとか」
「そ、それは知ってるけど……」
床に広げられたのは、薄汚れた、どう見たって一万円程度の価値しかないよなぁ、と思えるもの。
これを『魔法のじゅうたん』といわれたところで、さすがの私でも信じることは出来なかった。私の疑いの視線を受けていることに気づいたのか、「証明してあげるわ」とメリーが言った。
広げたそれの端を、ぽん、とメリーが叩く。
すると、何と言うことだ。ふわりとじゅうたんが浮かび上がったのだ。
「おおー!」
す、すごい! これはすごい!
「どう? すごいでしょ?」
「うん! いやー、世の中広いわねー! 自分の目で見たもの全てが真実じゃないって言うだけあるわ!」
「乗ってみる?」
「乗る乗る!」
魔法のじゅうたんと聞かされて、その魅惑的な誘いを断る理由はない。私は意気込んでじゅうたんに飛び乗った。
一度、床に降りていたそれを、メリーがやったみたいにぽんと叩く。
……無反応。
「あれ?」
もう一度、ぽん。
さりげないほどに無反応。
「こ、このやろ!」
さらに、ぽん。
ものすごく逆境なくらい無反応。
「ちょっと、メリー! 飛ばないわよ!?」
はっ! まさか、私、太った!?
そんなバカな! 確かに、ここ一ヶ月くらい、近所のケーキ屋でケーキ全制覇ツアーとかやってたけど、この私がそれくらいで太るなんて!?
「……ま、上に乗られたら飛べないんだけどね」
「なめんな」
Part4
「はぁ~……ったく。とんだ期待はずれじゃない」
「魔法のじゅうたん、とは言ったけど、あなたを乗せて飛べる、とまでは言ってないわ」
「そういうの詭弁って言うのよ」
結局、役立たずのじゅうたんくんは粗大ゴミの日に、改めて出して頂くとして。
私は興を削がれ、部室を後にしていた。その後を、飄々とした顔でメリーがついてくる。そんな彼女を連れて、学内の廊下を曲がり、
「……あ」
ふと、思い出す。
そうだ、今日は近所のスーパーの特売日だったんだ。学生の常で、一人暮らしの金欠生活をしている私のこと、事、そういう『美味しい』イベントを逃したことは、ただの一度もない。
あー、しかし、時計を見やれば、もうそろそろ特売セールの始まる時間帯だ。今から突っ走って家に戻っても、多分、『五十円均一挽肉セール』には間に合わないだろう。
「仕方ない。知り合いに頼むか」
「あら、あなた、私以外の知り合いがいたのね」
「……いるよそれくらい」
いや、確かに、私の交友関係って、何かメリーしかいないみたいに思われてるけどさ……。
「電話するの?」
「うん。その予定」
学内の一角にある、公衆電話通り。
学生の常である携帯電話など、私は使わない。持っているけど使わない。何でかって? 通話料高いじゃん?
だから、街でもらう無料テレホンカード片手に、緊急時以外は、こうして公衆電話ですませるのだ。蓮子ちゃんって、とってもエコロジスト。
「単にさもしいだけだと思うわ」
……やっぱりこいつ、人の心読んでるよね? よね!?
「……いいよ、ったく」
こやつに付き合っていたら、よけいなことで時間を食ってしまう。
メリーは無視する形で電話の前に立ち、無料テレカをぽちっとな。
「……」
ぷるるー、ぷるるー、と呼び出し音。しかし、相手からの返事はなく、まもなくして録音メッセージが流れ出す。
『ただいま、留守にしております。ぴー、という発信音の直後にご用件をどうぞ』
ぷー ぱー ぺー ぽー すー ふー ひー みー にー とー ちー つー みょん めるぽ がっ あたいったら最強ね そーなのかー ぴー 名前で呼んで下さいよー
「あ、あの、私だけど、メッセージ聞いたら速攻で近くのスーパーのタイムセールに突撃して!」
『残念、遅れましたね』
「なめんなぁっ!!」
「蓮子、はしたないわ」
Part5
「はぁー……はぁー……はぁー……」
「蓮子、見事だったわ。あなたのビッグバンパンチ。でも、あれの弁償どうするの?」
「知らないわよっ!」
思わず殴り壊してしまった電話機の前から、逃げるように立ち去って。
私は、すっかりと上がってしまった息を押さえるべく、自販機コーナーに立ち寄っていた。
「ったく……これで特売セールもパーじゃない」
「あなたのせいでしょ。半分以上」
「だってぇ~……」
ため息混じりに、片手に取り出したるは、小さな小さな黒財布。私の全財産……とまでは言わないけど、それでも貴重な財産の入ったお財布だ。
そこからお金を取り出して、目の前の自販機にちゃりちゃりと入れていく。
「メリーはどうする?」
「私はさっき、お茶、飲んだもの」
「……そだね」
全くその通りだ。こんな風に飲み物ばかり飲んでたらお腹がたぷたぷになってしまう。
……まぁ、手加減するけどね。
それに、今のこの気持ちを抑えるためには飲まなきゃやってられないのよ!
「えーっと」
何にしようかなぁ、なんて目と指を彷徨わせる。
ショッピングの常だけど、やはり、人間、こうやって色々なものを前にして悩んでる時って楽しかったりする。
結局、ショッピングだと、買わなかったりする方が多いのだけどね。
「んー……」
内訳を見て、悩む。
「冷たいのがいいか、あったかいのがいいか……」
気分を落ち着けるためには温かな紅茶とかだろうけど、冷たいジュースも捨てがたい。
悩む……悩む……悩む……。
……と、そんな私の視線が、その中の一角で止まった。
『ぬる~い 牛乳 ビール』
~少女噴出中~
「何でそれを選ぶのかしら……?」
メリーの一言が、やけに耳にしみた。
エピローグ
「……はぁ。今日は一日、散々だったわ」
「半分以上、あなたの自己責任だと思うけど」
「うー……」
「まぁ、そんな目をしないで。今日は、私の家で晩ご飯でも食べて行きなさい」
「え、いいの!?」
「ええ。どうせ、家に帰っても、コンビーフしかないのでしょ?」
「……あるわよ」
「あら、意外」
「意外とか言うかこんちくしょう。
あ、でも、メリーの家にお呼ばれしたってことは、これはもうおっけーってことよね? 朝までノンストップでいいってことよね? やったぁ、蓮子ちゃん、大ラッキー。じゃ、帰り道で精力剤買わないとねー。ねー、メリー。メリーはどんなのが……」
「一撃必殺、マエリベリボルグ~♪」
……その日の私の記憶は、そこでとぎれた。
「冬場はいいわね、メリー」「そう?」
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いいね、いいね!!おいちゃん感動したよ!!wwwwwww
とにかくGJ
そうきたかぁぁっっ!
そのうち「いよう、久しぶり」と言って現れる………ッ!
といいなぁ。