ヴワル魔法図書館。そこにはいつも通りに働く小悪魔と、いつも通りに本を読んでいるパチュリーの姿があった。
「パチュリー様、お茶です」
「ありがとう」
小悪魔はお茶をテーブルへと並べると、パチュリーの正面へと腰掛けた。そしてずず、っとお茶をすすり、満足気に微笑む。同時に、本を閉じたパチュリーも小悪魔と同じ様にお茶を啜っていた。
「今日はどんな面白い話をしてくれるかしら?」
「そうですねぇ」
本を読みながらお茶を飲むのは行儀が悪い。今まではそんな小悪魔の小言に耳を貸さなかったパチュリーも、魔理沙の襲撃のせいで本へお茶を零してしまって以来、それを自粛していた。その代わりに小悪魔が面白い話をする、と言う条件で。
「今日は契約についてお話しますね」
「契約、と言うと悪魔の?」
「はい」
焼きたてのスコーンが、サクッ、と口の中で良い音を立てる。これは小悪魔の手製ではなく、先程咲夜から貰ったお裾分けの品だ。
「契約には大まかに3つあります。パチュリー様はそれが何か判りますか?」
「そうね。ぱっと思いつくのは紙上での契約と魂の契約くらいかしら?」
「はい、正解です」
そう言って小悪魔はまた1口お茶を啜る。我ながらおいしく淹れられた、と満足しながら彼女はさらに言葉を紡いだ。
「残る1つは簡易契約です」
「簡易契約?」
「はい。そうですね・・・」
小悪魔がカップをソーサーの上に戻し、立ち上がる。そして1歩、2歩とパチュリーに近づいていった。
「手、出してもらっていいですか?」
「こうかしら?」
「はい。ありがとうございます」
嬉しそうに微笑む小悪魔がその手をとる。そしてその場に膝をつき、手の甲へと口付けた。
「・・・で?」
「うふ。もしかして照れてますか?」
ちゃんと説明しなさいとばかりにジト目で睨むパチュリー。その頬は少し朱が差していた。その様子を見た小悪魔は、くすくすと楽しそうに笑いながら立ち上がり、元の席へと戻っていった。
「口による契約、ですよ」
「ふぅん。でも、悪魔が騎士の忠誠を真似るだなんて、悪趣味もいいトコだわ」
「ふふふ。そうですね」
嘘を吐かず、されど真実を語らない。結局、小悪魔がそれ以上の説明をする事はなく、お茶会の話題は世間話へと移って行った。
手の上へのキスは尊敬の証。彼女はそれに気づいた時、どんな顔をするだろうか?
紅魔館廊下、咲夜の私室前。そこからは咲夜と美鈴が言い争う声が聞こえていた。
「お願いします。あれじゃあ皆、持ちません!」
「クドイわよ。私は自分の意見を変えるつもりはないわ」
魔理沙襲撃に対抗すべく組まれた警備案。ここ数日、その件について2人の意見が真っ向から対立していた。
「ですが!」
「そもそも貴方がしっかりしていればこんな事にはならなかったのよ?」
「それはそう、ですが・・・」
「兎も角、警備の強化は必須なの。それは理解できるよわね?」
「・・・はい」
警備を強化すれば、その分門番隊の負担は増える。内勤のメイドから応援があるとはいえ、咲夜の案は無茶すぎる、と言うのが美鈴の主張だった。
「だから多少の無茶は許容して頂戴」
「解っています。解っていますけど、あれは無茶すぎます!」
堂々巡りの会話に、咲夜は1つ溜息を吐いた。新警備案の内容は彼女自身が毎日こなしている業務に比べて遥かに劣る内容なのだ。もちろん時間を止められる彼女とは比べるのは酷と言うモノだが、新警備案はその能力を使わずともこなせる範囲で作ったモノ。人間である自分か可能なのだから、妖怪である彼女達が出来ない訳はない、と言うのが彼女の主張だ。
「皆が皆、咲夜さんみたいに優秀な訳じゃないんです!」
「・・・」
美鈴の説得に対し、咲夜は少し悩んだ表情になる。初めて訪れた好機に、美鈴は更に勢いよく捲くし立てた。
「反感を買えば咲夜さんの立場だって悪くなります! お願いします。考え直してください」
「わ、私の立場なんてあなたに関係ないでしょ」
しかしそれもつっぱねらてしまう。その結果2人は沈黙し、苦虫を噛み潰したような表情で見詰め合う事になってしまった。
「私は忙しいから。じゃあ」
「待ってください!」
沈黙に耐え切れなかった咲夜は、自室の扉を開けてすぐさまその中へと体を滑り込ませた。それを見た美鈴は同じく中へ入ろう扉を掴む。
「美鈴、入室を許可した覚えはないわよ?」
「で、でも!」
「持ち場へ戻りなさい」
「ですがっ!」
美鈴が部屋に踏み込もうとした瞬間、咲夜は右手を突き出し、手の平を美鈴へと向けてそれを阻止する。その結果、咲夜の手に美鈴が顔から激突してしまった。
「冷たっ。もう、何するのよ。あ~あ、美鈴に舐められちゃったし」
「す、すいません」
咲夜は手をエプロンに擦り付けながら、改めて美鈴の肩に手をかけた。そして今度こそ扉の外へと押し出す。
「お願いします。もう一度だけ考え直してください!」
「・・・」
ガチャリ、と言う音を立てて扉が閉じられる。廊下に取り残された美鈴はただ、その場に立ち尽くす事しか出来なかった。
「・・・お願いしますよ、咲夜さん」
後日、紅魔館では大規模な求人が行われていた。そしてその面接官は嬉そうな門番と不満げなメイドだったそうだ。
掌へのキスは懇願のキス。その意味は知らずとも、思いは届くモノ。
紅魔館地下、フランドールの部屋。ひさしぶりに訪れた魔理沙は、フランドールの熱烈な歓迎を受けていた。
「おぉう、フラン。元気にしてたか?」
「うん!」
ぎゅーっと抱きつくその様は、お揃いの髪の色も相まって数年ぶりに再会した姉妹の様だった。
「ねぇねぇ魔理沙」
「ん?」
「魔理沙にとって私はどんな子?」
「う~ん、そうだなぁ」
腕を組んで悩もうとした魔理沙だが、生憎それはフランドールを抱きしめている真っ最中だった。ついでに、胸元にはフランドールの顔がある。
「そうだな。手のかかる妹みたいなもんかな」
「ふぅん。でも、魔理沙とお姉さまは違うよね?」
「そうだな」
苦笑する魔理沙。長い間閉じ込められていたフランドールは、言葉をそのままの意味で受取ってしまったり、間違った解釈をする事も多いのでうかつな事を言って大惨事が起こる事がしばしばある。だから魔理沙は、出来うる限り彼女が納得するまで説明する様に心がけていた。
「実際には違っても、妹みたいに可愛いって言えば解るか?」
「うー。わかるようなわかんないような」
「そっか」
フランドールの腕に力が篭り、彼女は魔理沙の胸に顔を埋めた。もしかしたら何か不安になる様な事があったのかもしれない。そう思った魔理沙は、特に抵抗せずに体から力を抜いた。
「ねぇ、魔理沙。1つお願いしていい?」
「おぉ、いいぞ。今日は特別弾幕ごっこの相手でもOKだぞ」
「わーい。あ、でもそうじゃなくてね」
フランドールが魔理沙の体から離れる。どちらもそれを名残惜しいと感じていたが、口には出さなかった。
「ちょっと耳貸して」
「ん、こうか?」
「で、目を閉じて」
「おう」
フランドールの言葉に従い、魔理沙は少し屈んで目を閉じた。一方、フランドールは魔理沙の正面へと移動し、その顔を眺めていた。
「いいって言うまで、絶対目を開けちゃ駄目だよ?」
「おう」
ぴょん、と一歩近づくフランドール。そして魔理沙の顔に自分の顔を近づけ、唇を突き出した。
「うおっ」
「あ、勝手に目ぇ開けたぁ」
「お前な。いきなりこんな事されたら驚いて目を開けるに決まってるだろ!」
魔理沙曰くこんな事。それは硬く閉じられた瞳の、その上にある瞼への口付けだった。
「へへへ」
「こら、笑うな」
そして始まる追いかけっこ。後ろから大声で叫びながら追う魔理沙は、怒りのせいか顔が少し赤かった。
「お前なー」
「魔理沙に聞いてばかりじゃ悪いから、私も教えてあげただけじゃん~」
「何の話だ!」
「へへ。教えてあげなーい」
その追いかけっこが弾幕ごっこになるのに、そう時間は掛からなかった。
瞼へのキスは憧憬、即ち憧れの思い。それが彼女の本当の想いなのか、それは彼女にも判らない。
紅魔館付近の湖。そこでは3匹の妖精と妖怪が楽しそうに遊んでいた。
「そろそろ遅いし、帰ろっか?」
全体的に落ち着きのない3匹の中で、比較的お姉さん的役割の大妖精。彼女の力はこの中で一番弱いのだが、だからと言ってその言葉を軽んじる者はいない。
「え、もうそんなじかん?」
そう答えたのはチルノ。彼女の隣には不満そうなルーミアが闇と共にふわふわと浮かんでいる。
「今からがいい時間なのにー」
「ルーミアは宵闇の妖怪だもんね。でも、ごめんね」
手を合わせて謝る大妖精に、ルーミアは「べつに~」と答えながら、本当に気にしていない様な素振りでぷかぷかと空を流れている。
「・・・」
「? どうしたのチルノちゃん?」
「あ、うん。もうすぐあきだなーって」
「そうだね」
遠くを見つめているチルノは、どこか寂しそうだった。どうしたんだろうと思う大妖精だが、如何せん妖精は考える事が苦手なのだ。
「えっと、チルノちゃん、大丈夫?」
「あ、うん。ちょっとね」
何も思いつかなかった大妖精がそう問うと、チルノは泣きそうな表情でこう問い返した。
「・・・大ちゃんはいなくならないよね?」
「え?」
「レティやリリーみたいに、いなくなったりしないよね?」
「・・・あ」
その言葉で、大妖精はチルノの表情が何を意味するのかを理解した。彼女達妖精にとって、季節の移り変わりは友との別れを意味する。季節の妖精はもちろんの事、季節毎に変わる花の妖精や、樹木の妖精だっていなくなる。
「大丈夫だよ。私はいつでもチルノちゃんの傍にいるから」
「・・・うん!」
元気のいい答えと同時に、チルノにも笑顔が戻る。もしかして無理して笑っているのだろうかと思うと、大妖精は心が苦しくなってしまった。そしてそんなチルノが更に愛おしく感じてしまった。
「チルノちゃん」
「ん、なに?」
後ろから抱き寄せ、額に口付ける。
抱き寄せられたチルノは何事か理解出来ないらしく、見上げるように大妖精を見つめている。
「何してるの~?」
先程までふわふわと浮いていたルーミアの突然乱入。しかも逆さ吊りの状態で。
「わ、ルーミア。いやね、あたいもよくわからないんだけど――」
「おでこにちゅ、ってしてたんだよ。友達の証」
「そーなのかー」
おでこにちゅ、と聞き少し赤くなっているチルノを見て、大妖精はくすりと笑った。そんな2匹を見たルーミアは「むむ」と難しい顔をしていた。そしてスカートを翻しながら正位へと戻り、にやりと笑った。
「じゃあ、私もするー」
「「へ?」」
まだ呆然としているチルノと驚く大妖精のおでこに、ルーミアはそれぞれ口付ける。満足そうなルーミアとは裏腹にチルノと大妖精の顔は真っ赤だった。
その後始まったおいかけっこは、辺りが真っ暗になるまで続く事になる。
額へのキスは友情を表す。彼女達の友情が永遠である事は、言うまでもない。
冥界、白玉楼。そこでは先程までライブが行われていた。
「あ、ルナサさん。よかったらこれを」
「ありがとう」
畳の上で泥の様に眠っているのがプリズムリバー三姉妹の次女と三女であるメルランとリリカ。そして妖夢が届けてくれた毛布を受取ったのが長女、ルナサである。
「あら、妖夢。気が利くわね」
「あ、幽々子様。こんなところにいらっしゃったのですか」
妖夢の主である幽々子は、手にお団子がささった串を10本程持ったまま座布団に腰掛けていた。その傍らには当然のようにお茶が入った湯呑も置かれている。
「こんなところとは酷いわね。ライブの主役を労っていたと言うのに」
「お捻りをたかりに来た、の間違いでしょう?」
「・・・幽々子様」
突き刺さる視線を気にする事もなく、むしろ「妖夢、お茶のお代わりを」とまで言う厚かましさは、さすが幽々子と言ったところだろうか? もちろん妖夢がそれに逆らう事はなく「庭の片付けもほとんど終わっていますから、3人分のお茶を準備してきますね」と言って部屋を出て行った。
「ふふ。可愛いわね」
「えぇ」
妖夢が出て行った襖を見つめながら答えるルナサを見て、幽々子は扇で口元を隠しながら、くすくすと上品に笑った。ちなみに彼女の隣にある皿には、10本の串だけが並べられている。
「違うわよ。貴方の妹たちの事よ」
「へ?」
襖へと向っていたルナサの視線が幽々子へと移る。更に幽々子の視線を追い、それは彼女の妹達へと向けられる。
「うちの妖夢程じゃないけどね」
まだくすくすと笑っている幽々子にどう反応していいか困っているルナサ。そんな彼女の状況に光明を差したのは、襖をノックする音だった。
「お待たせしました」
「ふふ。ご苦労様」
ノックの主は、お盆を手に持った妖夢。そしてお盆には熱いお茶が並々と注がれた湯呑が2つと、急須が1つ乗せられていた。
「どうぞ」
「ありがとう」
ルナサに湯呑を手渡すと、妖夢は幽々子の傍へと歩いてく。そしてお盆を手近なテーブルに置き、急須だけを手に取って幽々子の前で膝を着いた。
「幽々子様、湯呑を」
「はいはい」
とても楽しそうに湯呑を渡す幽々子。彼女はお茶の注がれた湯呑を受取ると、それに口をつける事なく、自分の隣へと置いた。
「妖夢」
「はい?」
「ちょっと動かないでね」
幽々子はそう言って、妖夢の肩を掴む。そして、ぐいっ、とその体を引き寄せると、肩を掴んだ手をは逆の手で妖夢の後頭部を押さえ込んだ。
「ちょ、幽々子様」
「いいからいいから」
妖夢の頬に一瞬だけ幽々子の唇が触れる。
「ゆ、幽々子様! 一体何を!?」
「あら、嫌だったかしら?」
「そういう事ではなく、客人の前ではしたないですよ!」
「あらあら」
焦る妖夢と、その様子を楽しそうに見つめている幽々子。そんな光景を静かに眺めていたルナサに、一瞬だけ幽々子の視線が向けられる。
「あ、その。ルナサさんも何か言ってくださいよ」
「ん~」
考える素振りをしながらも、彼女のやる事はすでに決まっていた。幽々子と言う指揮者の下で奏でられる音の種類は、ルナサの意思とは無関係なのだ。
「ごめんね」
「大体幽々子様は、って、へ?」
一言謝ってから、ルナサは眠っている妹達の頬に口付ける。その謝罪は誰に向けてのモノだったのか、それはルナサにしか解らない。
「ほら、妖夢。恥ずかしがる事ないでしょ?」
「間違ってます! そもそも幽々子様には慎みと言うモノが絶対的に不足しすぎているんです」
「妖夢、お説教するなんてお年寄りみたいよ?」
「年寄り結構! それで幽々子様の食べすぎが治るのであれば!」
「食べすぎと慎みは関係ないでしょ?」
「いいえ。今日こそははっきりと――」
言い争う主従の声。もう少し気の効いた子守唄が欲しかったな、などと思いながらルナサもまた、まどろみに身を委ねた。
頬へのキスは厚意を示す。彼女達は気づかずとも、それが消える事はない。
博麗神社、境内。そこではいつも通りにお茶を飲む霊夢と、いつも通り昼間に出歩く吸血鬼の姿があった。
「王手」
「あちゃ~」
「どうやら勝負ありのようね」
「はぁ。そう見たいね」
彼女達の前には将棋板がおかれている。そしてその横には『負けたら(吸血以外)何でも言う事を聞きます。博麗霊夢』と書かれた紙と『負けたら霊夢の食料を1年間毎日届けに来ます。レミリア・スカーレット』と書かれた紙がおいてあった。
「さすが私ね」
「はぁ。強くなったわね。レミリア」
「ふふ。ありがとう」
霊夢の言葉どおり、将棋でレミリアが勝利したと言う訳だ。ちなみにこの勝負、勝っても負けてもレミリアには利点しかない。勝てば言うまでもなく、負けても何時でも神社に来る口実が出来るのだ。更に言えば、届ける食料に関して苦労するのはレミリアではない。
「で、何にする?」
「え~っと。そうねぇ」
「吸血はもちろん、眷属化も駄目よ?」
念押しする霊夢の声を聞きながら、レミリアはある本の事を思い出していた。図書館でフランドールが読んでいた、ある本を。
「じゃあ、ちょっと手を出してくれる」
「・・・いいけど、吸わないでね?」
「はいはい」
レミリアはその小さな両手で挟むよう霊夢の手を握り締める。その瞬間、レミリアの顔に不適な笑みが浮かび、その表情を見た霊夢は嫌な予感をひしひしと感じていた。彼女曰く、よく当たる勘で。
「さて、と」
霊夢の手が引かれ、レミリアの口元へと向けられる。本能的に危機を感じた霊夢が引っ張り返すが、人間と吸血鬼では力が違いすぎる。
結果、レミリアの唇が霊夢の手首へと押し当てられた。
「な、何を、ってこら、牙を立てるな!」
「ちぇっ」
素直に唇を離すレミリア。その言葉とは裏腹に、彼女は満足気な表情だった。
「もう。一体何なのよ」
「何よ。ちょっとキスしただけじゃない」
「・・・どういうつもり?」
「ん~。マーキング、ってとこかしら」
「・・・は?」
呆気に取られる霊夢。その表情がおかしかったのか、レミリアはくすりと笑ってから数歩後ろ向きに歩き、霊夢から離れた。
「じゃあ、私は帰るから」
「ちょ、せめてどういう意味か説明していきなさい!」
「またねー」
もちろん説明をする気のないレミリアは瞬時に鳥居を潜り、空へと逃亡を図った。霊夢が境内から「戻ってこーい」と叫んでいるが、気にせずに屋敷へと向う。満面の笑みを浮かべながら。
手首へのキスは欲望の口付け。もう誰も彼女を止める事など出来ないのかもしれない。
魔法の森、マーガトロイド邸。そこには人形の手入れをしているアリスの姿があった。
「はぁ。やっぱり人形を手入れする人形を作ろうかしら?」
そんな独り言には、もちろん返答はなかった。現在工房には手入れ途中の人形しかいないのだから、当然と言えば当然だ。
「はい、お終い」
最後の人形――直前まで手伝いをしてくれていた上海人形と蓬莱人形――を作業机に上に置き、いつものように魔力を込める。
「シャンハーイ」
「ホラーイ」
「おはよう。調子はどう?」
元気よく部屋中を飛び回る2体の人形は、各部をチェックしながら大丈夫だよとアリスに伝えた。
「そういえばお母さんは元気かな」
人形を作り上げるたび、もしくは手入れをするたびに思い出す母親の姿。彼女に作られたアリスと、アリスに作られた人形の関係は似ている。少なくともアリスはそう感じていた。
「まぁ、確かに娘みたいなモノよね」
「シャンハーイ?」
「そう。貴方達の事よ」
「ホラーイ?」
「え、っと。そうねぇ」
アリスはしばし悩んだ後、2体に工房から出る様に促した。そして向ったのは、他の人形達が待つ、人形部屋。
「シャンハーイ」
「ホラーイ」
上海人形と蓬莱人形の手によって椅子が引かれる。アリスは「ありがとう」と言ってその椅子に腰掛けると、2体の人形に手を伸ばし、その体を捕らえた。
「さっき、娘みたいってどういう事かって聞いたわよね?」
「ホラーイ」
「こう言う事よ」
アリスはそう言って、2体の唇にちゅっ、ちゅっと口付けた。そして少し照れくさそうな表情で言葉を継ぎ足した。
「母は娘を愛するもの。解った?」
「ホラーイ」
「シャンハーイ」
とても嬉しそうな2体の人形。彼女達を見つめるアリスも、とても幸せそうな表情だった。数秒後、部屋中の人形がアリスの唇に向けて殺到するまでは。
唇へのキスは愛情の確認。唇から注がれた想いは、余すことなく相手に伝わる事だろう。
オマケ、迷ひ家にて。
「藍さまの嘘吐き!」
「いや、悪かった。次こそはちゃんと約束を守るから許してくれ」
「ぶぅ」
「ほら、指きりするから」
「・・・指きりしても守ってくれなかったじゃないですか」
「じゃあ橙。こんなのはどうかしら?」
「わ、紫様。いきなり現れないでくださいよ」
「気にしないの。で、橙。いい方法があるけど聞きたくない?」
「聞きたいです!」
「そう。じゃあ、指きりよりもレベルの高い約束の仕方を教えてあげるわ」
「そんなのがあるんですか! ど、どんなのですか!?」
「紫様・・・私の為に・・・」
「それはね、約束を口にしてから口付けをするのよ」
「って、絶対からかいたいだけですよね!? 信じた私がバカだった!」
「あら、失礼ね。キスには誓いを封印するって意味があるのよ?」
「・・・藍さま、私とするのは嫌なんですか?」
「いやいや、そんな事はないぞ?」
「じゃあ決まりね。はい、藍。約束を口にしなさい」
「・・・はい。今度こそ約束を破りません。これでいいか、橙?」
「はい」
「じゃ、次はキスね。あ、舌は入れちゃ駄目よ?」
「判ってます!」
「あの、藍さま・・・屈んでくれますか?」
「あぁ、わかった」
「皆様、見えておりますでしょうか? 今、今まさに誓いに口付けが!」
「・・・紫様、恥ずかしいですから大声で解説しないでください」
「恥ずかしいです・・・」
「そう? で、橙。どうだった?」
「あの。恥ずかしいけど、藍さまの唇は柔らかくてあったかかったです」
「そう。よかったわね」
「はい・・・」
「・・・はぁ」
「あぁ、そういえば忘れてたわ」
「・・・何ですか? すごく嫌な予感がするんですが」
「これって、結婚式での話だったわ。私ったらうっかりさん。てへ」
「やっぱり遊んでただけじゃないですかコンチクショウ!」
「ぁぅ・・・結婚・・・」
その後数日間、お互いに違う理由で2組の主人と式は口を利かなかったそうだ。
>貴方の相手は誰ですか?
全俺が泣いた
(BY-SEXUALより『DEEP KISS』の歌詞の一部を抜粋)
しかし読む私が煩悩の塊であるせいか違う意味で感動した。
>貴方の相手は誰ですか?
…誓う相手なぞいないですよw
ほのぼのしててよかったです……が、
貴方は一つだけミスをしました
>貴方の相手は誰ですか?
貴 方 は 私 を 怒 ら せ た w
とりあえず、作者メッセージへのコメントに対する返答は差し控えさせて頂きます。断固として(笑
連作と言う形は中々書き易かったのでまた近いうちに書くと思います。
その時もまた、よろしくお願いしますね。
と解いた。
「いません」と答えたら、あさ氏のフラグが立つのですね。
>貴方の相手は誰ですか?
けけけけけけけけけけけけけけ(壊