○○月 ××日 快晴
「よぉ~むぅ~!」
夏の朝。現世は今夏真っ盛りで蒸し暑い日々が続く中、相変わらず冥界はぽわぽわとした暖かな温暖気候を保っていた。
私があの世に生まれてきて良かったと思う理由の一つでもある。
話しはちょっと変わるけど、この間何故か急に幽々子さまが「今日はいい天気だから現世を散歩してらっしゃい」と言い出したときは、最初はちょっとみょんには思ったものの「これで少しの間幽々子さまの我侭から解放されるっ!」と浮かれてしまい、ついうっかり現世に下りてしまったのが間違いだった。
下に下りて数時間。冥界とはまるで違う湿気の多さと日差しの強さに意識がもうろうとしてきてしまい、ついには気を失って私は森の中で倒れてしまった。意識が戻った頃にはいつの間にか竹林奥にあったあのお屋敷の一室で横になっており、診察してくれた黒い看護婦さん風と、どういうわけか一緒に居た幽々子さまにこっぴどく叱られてしまうのだった。
その後、この事をすぐにあのブンヤに書かれてしまい、私の小恥ずかしい失態が幻想郷中に知れ渡ってしまったのはまた別のお話し。
あの時は真面目に死ぬかと思った。……自分ですら生きてるのか死んでるのかよく分からない輩だけど。
翌日聞いた幽々子さまの後日談によると、実はあの日幽々子さまは私が出かけた後、後ろからこっそり付いて来ていたらしい。目的はズバリ、私の服が汗で透けてしまっている様を物陰からこっそりと観察してハァハァすること。
その際に偶然近くを飛んでいた例のブンヤと一緒になって「夏って……夏っていいわねぇ(ですねぇ)」と鼻血を出しながら二人でそう呟いてハァハァしていたらしい。例によって私の濡れワイ姿を大量に撮りまくったらしいので、勿論その日のうちにブンヤのところに行って根絶やしにしたのは言うまでもない。
私が「だからわざわざ現世は暑いからって上をワイシャツ姿にさせたのか」と初めて理解した瞬間だった。
因みに私が突然倒れてしまうなんて夢にも思っていなかったようで、その時は大層驚かれたそうだ。その後幽々子さまは気を失って倒れてしまった私を病院(永遠亭)まで背負って運んであげたのよ、と言った。
私はいくら元々の原因は幽々子さまだからといって、その事に関して何も言わないのは失礼に値すると思い、一応お礼の言葉を伝えたのだが、幽々子さまは幽々子さまで、背負ったときに背中で私の胸やら体温やらを存分に堪能して「むしろ予定通りだわ~」と満足したので何も問題無しよと、爽やかな顔をされたので私も言葉が出せるはずもなかった。
……そんな話しは置いといてと。そんな幽々子さまから放たれた先程の声は、屋敷内の空気を震わせながら音速の速さで飛んできたため、その声が私に伝わるまでそう時間は掛かることはなかったのだ。
いつもと同じような調子で私のことを呼んでいる幽々子さま。
でも今の呼び方からして、普段呼びかけられるのとは少し違った感じ。
駄目だ。アレはまた何か変なことを言い出しそうな気がする声だ。そう私のもう半分が私自身に訴えかけている。
……因みに私の半幽霊はそれを察知するために付いている訳ではないですよ?
あ~気が進まない。さっき朝餉は食べ終えたから食事の催促ではないはずだ。だからきっと別の用件だろう。いや、もしかしたらそこは不意を突かれて「いやいや妖夢、今のは朝飯前の弱った胃を慣らす為のデモンストレーションよ。さ~これからが本番よ~」とか何とか訳の分からないこと言って、またたらふく食べ始めるのかも知れない。……いや流石にそれはないか。それはちょっと悪く考えすぎよねっ。あはははっ、ははっ、はぁ……。
あ、そうこうしている内に幽々子さまのお部屋に着いてしまった。これから一体何を言われるのだろうか。出来れば普通の用件であって欲しいなぁ。
「し、失礼します」
私は障子をすっと横にスライドさせて幽々子さまのお部屋に入った。
中に居た幽々子さまは縁側のある方を向いて座っており、私の存在に気がついたらしく、そこから上半身だけをこちらに向けて話しかけてきた。
「あら~、やっと着たわね。ちょっと遅かったじゃないのよ~。妖夢は私を餓死させる気だったのかしら~?」
…………。
……え? 餓死? 今餓死って言いました? それって何、もしかして当たっちゃったってこと? ビンゴ? ビンゴった? ピタリ賞で10万円(?)
冗談、ですよね、冗談なんですよね幽々子さま? さっき炭水化物だとか揚げ物だとかラーメン(通常より5倍盛り×7杯)だとか相当お腹に溜まるものお食べになりましたよね?
それでその後まだ朝だっていうのに、デザートが食べたいなんて言うから仕方なく用意した板チョコ10枚と、ホットケーキ6kgと、スイカ3個をペロリと召し上がってもまだ欲しいって言うから、最後の仕上げにとこの間幽霊の田中さん(享年98歳、元海人)から頂いたさーたーあんだぎーを出したら、20個全てその大きなお口に放り込んで「満足満足♪」って感じの笑顔でご自分のお部屋に戻られたじゃないですか幽々子さまぁ!
……それより折角頂いたさーたあんだぎー全部食べないで下さいよ~。私まだ一度も食べたことないのに~。
「え~っと、幽々子さま?」
私は冗談であると思いたくて疑問符を用いて恐る恐る尋ねてみた。
でも幽々子さまはほのかに赤くなった頬を左手で押さえながら、右手を顔の高さまで上げ、誰かを叩くように手首だけを上から下へと振り下ろしながらこう言った。
「や~ねぇ~、私の胃袋は宇宙よ?」
………………。
駄目だ。完全に食う(やる)気だこの人。
あ~それより幽々子さま、その行動をとりながら可愛く笑うのはズルイですよ? それはちょっと危険行為ですね。イエローカードで注意宣言します。脳内で。
……つかそのネタはもう古いですよ? ゆゆさまがそう言うんなら私が「私の心は宇宙ですよ!」って言いますよ? 脳内で。
それよりさっきのを食べ終わってからまだ20分くらいしか経ってないじゃないですか。アンタどんだけ燃費悪いんですかっ! それとも消化器系が人より優れてるとか? だったら人間ドックかなんかに行って幽々子さまにバリウム飲んで頂いて、胃が凄まじい速度で蠢き回る姿を見てみたいものだ。ちょっとグロいかもしれないけど。
――私は色々言いたいことを頭の中で次々に繰り出した。これだけ言ってみると、少しスッキリするものだ。
私は一旦落ち着きを取り戻してから言葉を発した。
「じゃ、じゃあ準備をしてきますね」
全く気乗りはしなかったが、これも我が宿命なのだろうと諦めて部屋を出ようとすると、幽々子さまが
「いやいや妖夢。そうじゃないのよ?」
と私を引き止める発言をした。一体何がそうじゃないのだろうか。
「はい?」
私が拍子ぬけた声を上げると、幽々子さまはおもむろに立ち上がって、私の方へ歩み寄ってくるではないか。
ま、まさかいきなり抱きついてきて耳元で「食べたいのはあなたよ、妖夢」とか何とか言い出して来たりして! 何その願ってもない嬉しすぎる展開は!? そんな事されたら恥ずかしくて、私何も出来なくなっちゃうかも。……って私は幽々子さまの忠実な従者だって言うのになんて想像してるのよ! そんなことがある訳ないじゃない。でも……でももし本当にそんなことされちゃったら……。みょん!?
そうこうと想像している内にがばっと、ほんとに幽々子さまが抱きついてきた。近付いてくる幽々子さまのお顔。
「みょみょん!!!? ちょ、ちょっと幽々子さま!?」
「よーむぅ。お願いがあるんだけど~」
「みゃん!?」
ちょっ! 息! 息!! 息がみみみ耳に掛かってますって!! それは駄目だって。これはどう見ても明らかにファールでしょう!? 完全にレッドカードものですよ!? 私の身体にしっかりと密着して来ちゃってるし。ここでレッド使わずして一体どこで使うって言うんですかっ!!
「妖夢? どうしたの? 顔真っ赤よ?」
「いいいや! ど、どうしたもこうも……」
完全に混乱してしまっていた。何も他の事を考えられず、ただ幽々子さまが抱きついているということしか頭になくなってしまった。
私は目の前に突き出された幽々子さまの顔を直視できず、目のやり場にほとほと苦労した。天井の木目を眺めたり、奥のお庭の植え込みを眺めたり。
「ん~、まあいいわ。それよりも妖夢ぅ、最近私運動不足だと思わない?」
「ええ? そういわれてみればそんなような気が……」
ここで私はやっと冷静さを取り戻せていくことが出来た。幽々子さまが急に変なことを言い出してくれたお陰だ。
しかし、なんでいきなりそんなことを言い出したんだろう。お腹が減ったというのと運動不足に何の関係があるというのか。
どう考えても私にはそれらを繋ぐことは出来なかった。恐らくこれから面倒なことを言い出すに違いない。そう私のもう半分が以下略。
「と言う訳で、これから狩りに行くわよ」
そう言うと幽々子さまは、ぱっと私の元を離れる。お顔はちょっぴり小悪魔な表情をされていた。
後から思い出すと凄く可愛らしい表情だった。
でもその時は
「は?」
幽々子さまが言った言葉を理解する方で頭がいっぱいになり、私は文字通り目が点になっていた。……様な気がする。余りにも突拍子もなく、話しの展開が速く、何を言い出すのかと思えばいつもの事だったから。
朝っぱらから狩り。まるで原始人のようだ。何となくそう思った。
「今から……ですか」
「そうよ。今からよ。お腹が空いてるときに獲物を一心不乱で追えば運動不足も解決出来るし、捕らえられればお腹も満たされて一石二鳥じゃない」
「現世は今日も暑いらしいですよ? それでも行くんですか?」
「妖夢、私は亡霊よ? 実体が無いのに暑さにやられるわけ無いじゃない。」
「…………」
だったら運動不足もクソも無いじゃないかっ! と叫びたかったけどあえて言わないでおいた。
幽々子さまの我侭は本当に世話が焼ける。毎度毎度のことだけどね。
あ、でも狩りに行くんだったら私は行く必要が無いんだし、むしろ楽なのかも。つまりは外食ってことなんだしね。
「じゃ、私はお屋敷でお留守番ですね?」
「いやいや妖夢、あなたも一緒に来るのよ」
「え゙?」
ルンルン気分が一瞬にして砕け散った瞬間である。
「妖夢、あなたは主人が狩り捕ったものをナマで食わせる気? その大きな半幽霊は何の為についているの?」
「料理をする為じゃないですよ」
もう自分でも何の為についているのか、よく分からなくなって来た。というか泣きたい。
そんな私にさらに追い討ちをかけられる言葉を浴びせられる。
「ああそれとね、獲物は始めゆっくりと追いかけていって、相手が暑さで倒れたところで捕まえるから。この間の妖夢を参考にね。だからもう倒れたりしたら駄目よ? 運ぶの苦労したんだから」
つまり、かなり面倒なことをするということ。もっと泣きたくなった。
――これが私があの世に生まれてこなければよかったと思う理由である。
「さあ行くわよ。最初は鳥料理かしらねぇ~。楽しみだわ~」
「はぁ……」
ゆゆようむ好きな私は2人をみてハアハアしましたよ