真紅の満月の夜、鮮血の宴が幕を開けようとしている。
いつの世にも、不老不死を願う者は後を絶たない。それが、どれだけの絶望をもたらすのかも知らず。
どのような経緯で、その存在を知ったのかは不明だが、紅き魔の館に住む吸血鬼に、永遠を約束する力が有る事を知った組織の放った、完全武装の集団が、幻想郷に侵入した。
それを手助けした、境界を操る者は忍び笑いを浮かべる。
「愚かで可愛い人間達。さて今日の余興はどうなるのか、こっそり覗き見しましょうか。藍、あの紅いのは散らかすだけだから、私達が後片付けしましょうね」
そして、もの珍しい物を見た様に目を丸くする。
「おや、なんだか可愛い『人形』も混じっているわね。今夜は一波乱ありそうよ、藍、お酒用意して、上等な奴よ」
幻想郷へと案内をした者の思惑も知らずに、音も無く怪しの森の中を、無言で歩み続ける人間達と。
最新式の銃火器を装備し、吸血鬼に対抗する為の銀の弾丸を装填し、鍛えられ恐るべき物無しと呼ばれる程までに練り上げられた、殺人機械達の中に、あまりにも場違いとも言える、銀髪の少女がいた。
おとぎ話に出てくる、魔に捧げられる生贄に選ばれたような、生気の無い少女。
だが、それが彼らにとって正にジョーカーと言える『道具』だった。
時たま襲いかかって来る妖怪達を容易に屠りながら、彼らは目的地にたどり着いた。
巨大な湖の中ほどに、血で塗り上げた様な紅い洋館の姿が浮かび上がる。
夜空の満月が、それを更に濃く染めていた。
指揮官と思われる男が、周りの者達に指示を出す。
指示に従い、それぞれが己の配置に付く。
微塵の動揺、焦り、恐れを持たない、ひとつの機械の様に。
そして館を見渡せる岸辺に、指揮官と少女の二人だけが残された。少女は、さもつまらなさそうに、頭上に輝く月を見ている。
生きているのか、死んでいるのか、『人形』の様な少女は全てに無関心に、ただ時を待つ。
指揮官はすべての準備が終わった事を知り、手を振り上げる。
だが。
現実は。
真の純粋なる『力』は。
甘く無い事を彼らは思い知る事になる。
頭上の月に、小さな影が浮かんだ。
それは、だんだんと確実に、地上の人間達に近付いて来る。
小さな翼を羽ばたかせ、それは地上に舞い降りた。
赤く輝く満月の下で、蝙蝠の様な翼を備え、外見上はあまりにも幼く、か弱そうに見える。
フリルの付いたドレスを着た、紅き吸血鬼の少女が立つ。
指揮官が声を上げる。
「目標を確認した。各自、接近戦用意。目の前の獲物を行動不能にしろ」
周囲の空気に、獲物に対する汚泥に似た害意が生まれる。
腕を折れ。
足を撃ち砕け。
切り刻め。
そして、あの幼い腹に杭を突き立ててやろう。きっと、綺麗な赤い血が湧き出すに違いない。
周囲の人間達の、心の奥底に存在する『獣』が牙を剥く。
そして、指揮官であり、少女の所有者でもある男は傍にいる少女の肩に手を置く。
「私の可愛い『人形』、指示を受けるまで動くなよ」
冷氷の様な言葉に対し、少女は何の不満も不平ももらさずにうなずいた。
そして、これから蹂躙されるだろう紅い悪魔を見る。不思議と少女の心に、ある感情が、自分でも忘れていた物が、心の奥底から浮かび上がる。
紅い満月に照らされて、大勢の敵を目の当たりにしても微塵の動揺もしない少女の、まるで王者の様な風格を備えた姿が、あまりにも『美しい』と。
吸血鬼は、楽しげに微笑む。
「また来たのね。永遠と言う物が、どれだけ過酷な物か理解できない、お馬鹿さん達の狗。でも安心して、貴方達の命は今日で完全に終焉を迎えるわ。じゃ、さようなら」
言い終えると共に、目の前の『獲物』の姿が掻き消える。
そして、一方的な反抗を許さぬ虐殺が始まった。
ある者は、体を粉々に砕かれた。彼は『恐怖』を覚え肉塊と化した。
ある者は、全ての弾丸を避け近寄る吸血鬼に『戦慄』を覚え、己の脳漿をぶちまけた。
腹を刻まれる者。自分が過去に『獲物』におこなってきた『痛み』に苦しみ息絶える。
脚を吹き飛ばせれ、心臓を貫かれる者。許しを請う者達を、容赦無く殺してきた彼は『絶望』を思い知る。
両目をくり貫かれ、狂気のごとく刃を振り回し倒れた男は、過去何度と無く無力な者に対しておこなった『拷門』の苦しみを死ぬまで味わう事となる。
自分を捕らえに来たつもりの愚かな『走狗』達の。
頭を。
腕を。
腹を。
脚を。
容赦無く己が爪で切り裂き、返り血に染まる紅き悪魔は微笑を浮かべる。
子供が玩具で遊ぶ様な、純粋な喜びにも見て取れた。
哀れな『獲物』と化した一人が叫ぶ。
「『銀時計』、奴を止めろ!! 」
だが、そう呼ばれた彼らの『道具』は動かない。
『銀時計』と呼ばれた銀髪の幼い少女は、目の前の圧倒的な『美と力を持つ者』に対して、感動を覚えていた。
今まで、ただの『道具』として扱われていた彼女に対して、『それ』は。
少女を支配していた物を。
既成概念達を。
己が自ら思い込んでいた真実を。
吹き込まれ続けられた偽りを。
全て、完全に、完膚無きまでに一蹴した。
少女の目から涙が流れた。
恐れではない、それは歓喜の涙だった。
このような『絶対的な力』を備えた者を、少女はその時、初めて知った。
犠牲者の断末魔が聞こえる。しかし少女は動かない。
「死にたくない・・・・・・ 」
絶望に塗れた悲鳴が響く。しかし少女は動かない。
また一人、血飛沫を上げ倒れる。しかし少女は動かない。
少女は、目の前で猛威を奮い続ける悪魔の姿に、完全に見とれていた。
馬鹿な、こんな事は予想外だと、指揮官である男は目の前の惨劇に驚愕する。
赤子の首を捻られる様に死体と化していく部下達は、皆、百戦錬磨の猛者ばかりだというのに。
指揮官は、悪魔の姿に『恐慌』を覚えた。
そして叫ぶ。
「何をしている、部下が皆殺しにされる。奴の動きを止めろ、今直ぐにだ。お前はその為の『道具』だ、『銀時計』」
焦りと恐怖が入り混じった声で、自分の所有者である指揮官が、自分に対して、『道具』に対して命じる。
今までならば、正に『道具』として主の命に従った。
何の疑念も持たず、ただひたすらに、『道具』のひとつとしての役割を果たす為に。
だがすでに、少女は『道具』である事をやめていた。
自らの意思で、『人間』として己の成したい事を実行した。
風のざわめきが止まる。
音が声を失う。
波がその振動を停止する。
光と影さえも。
自分と『絶対的な力を持つ者』以外の、森羅万象全ての『時』が止まる。
それが、少女に与えられた唯一つの『力』だった。
紅い悪魔が、感嘆の声を漏らす。
「驚いたわ、こんな芸が出来る『人間』なんて初めて見たわ。最初から今のをやられていたら、私が倒されていたかもね」
そして少女の正面に立ち、たずねる。
「でもどうして? こいつらは貴方の仲間じゃなかったの? 」
少女は涙を流しながら、答えにもならない答えをつむぎ出した。
「わたしは、ずっと『道具』でした。でも今、気が付きました。わたしも愚かな人間なのだと」
そして少女はひざまずく。鮮血に塗れた吸血鬼の頭上に、紅く輝いていた満月が浮かんでいる。
紅い悪魔は返事を返す。
「それで何? どうしたい訳。いまさら命乞いをしても遅いわよ」
少女は、目の前に立つ存在にゆっくりと語りかけた。神に助けを乞う迷い人のごとく。
「わたしを、その手で、殺してください」
悪魔の羽根が鋭く羽ばたいた。狂眼が少女を睨む。
「何故かしら? 」
今までとは違い穏やかな声で、悪魔は少女に語りかける。
少女は答えた。
「あなたは美しく、圧倒的な力で、わたしの全ての『虚構』を破壊しました。そして」
少女は悪魔に対して頭を下げる。
「わたしは、生まれて初めて『人間』と呼ばれました。あなたは、わたしの『縛鎖』を断ち切ってくれたのです」
少女は心の底から、血を吐き出すように願いを伝える。
「お願いです。わたしを、あなたの手で殺してください。『人』として、わたしは、あなたの手で殺される事を望みます」
しかし、悪魔は、さもつまらなさそうにふくれっつらをして、少女に背を向ける。
「あー、ヤメヤメ。あんたみたいな奴、私が殺す価値は無いわ。勝手に自殺でもすればいいじゃない」
少女は、悪魔の意外な返答に、驚きの色を隠さず問い続ける。
「どうしてですか? 何故ですか? 」
悪魔は後姿のまま答える。
「私は人間達の『畏れ』を貪り喰らう者。私を畏れ無い者など、狗よりも下らない」
そして少女にむかって振り返る。まるで、今まで何も無かったかの様な顔をして。
「興が冷めたわ、哀れな生き残りと一緒に、お家に帰りなさい」
だが、少女は反論する。
「ならば、わたしが『あなたを畏れる者』になるまで、お側に付かせてください。今、決めました」
少女はまるで別人の様に、生気溢れる顔で悪魔を見つめる。
悪魔は少女を振り返る。背中の翼がパタパタと動く。
「ふーん、勝手にすればぁ。でもこの連中どうするの。ほったらかしにするの? まあ、自力で脱出も出来そうだけど」
少女は答える。その顔には、ありとあらゆる憎しみの感情が浮き出していた。
「見ていて下さい、わたしの覚悟を。そしてわたしの身に付けた技を」
少女は、その両の手で数十本の銀のナイフを服から掴み出し、そして一本だけ残して。
投げつけた。
今まで自分を『道具』扱いしてきた、生き残りの人間達に対して。
そして『時』は再び動き出す。
眉間に凶刃を受け、唯一人を残し、絶命する人間達。
そして最後に、生き残った指揮官に対して、かつての『主』に対して、少女は銀光を閃かせる。
信じられないという表情をした男の首が、己の血を撒き散らし宙を飛んだ。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
紅い悪魔は狂笑する。
「面白いわ、素敵だわ、今更だけど、貴方にとても興味が出たわ」
血のような紅い目で、悪魔は少女の目を凝視する。
「紹介が遅れたわね、私の名前は『レミリア・スカーレット』貴方の名前は? 『銀時計』でいいの? 」
少女は、自分の主と決めた存在に真っ直ぐに答える。
「わたしに『人』としての名はありません」
思案げな顔をして腕を組む悪魔。
「そうなの、じゃ、私が決めてあげる」
しばらくして、何か楽しげな事を思いついた様に笑顔を浮かべながら、少女に『名前』を与えた。
「貴方はね、満月の次の晩に、ゆっくりと出てくる十六夜の月」
「そして」
「私の為に夜開く花」
「十六夜咲夜」
「どう? 素敵でしょ。今日から、これが貴方の名前よ。さあ、いらっしゃい咲夜。魔が集う紅き館の主人として、貴方を歓迎するわ。楽しみね、貴方はいったい、どんな花を咲かせるのかしらねぇ」
そして、少女に悪魔は手を差し出す。
満面の笑みを浮かべ、『名前』を得た少女は答える。
「はい、レミリア様!!」
少女は、咲夜はその手を取る。差し出された手は何故か温かく感じられた。
そして、少女の歯車は動き出した。
偶然なのか、運命なのか、それを知る者はいない。
ただ紅き月だけが、静かに彼女達を見つめていた。
大陸軍が織り成す一大西方ファンタジーですね
話を納得いく様に書き足しましたので、また感想いただけると幸いです。謝々。
えらそうな言い方かも知れませんがこの調子で頑張ってください。
頑張ります。しゅっ。あとがきにも書きましたが、これからは納得いくまで推敲してから投稿します。それとプチでの作品はこれで最後にします。アギトが恐れを克服し、バーニングフォームへと変化したごとく、私も自分と戦います。それでは、多謝。
後、沙門さんがクトゥルー神話が好きと聞いてちょっと嬉しかったりw
次回作も期楽しみにしています。
楽しんでいただいてありがとうございます。
それでは、次の作品でお会いしましょう。
ラストでハスタァとクトゥルーがガチでやってて吃驚した記憶が・・・
デモンベインはアルエンドを見ただけで放置状態です、いい加減やらんと(^^;
けれど綺麗。
PC版はオールクリアしたんですがPS2版はエンネア登場部分までしか進んでいません。創作の合間に進めよっと。でわでわ。
>ちいと咲夜さんがまともすぎるかな。
けれど綺麗。
ご意見ありがとうございます。現在コノハナサクヤヒメをモチーフにして次の作品を構想中です。またご意見いただけると幸いです。それでは失礼いたします。