Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

「蒼き風走る(四)・式神橙、東へ」

2005/05/29 18:16:11
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 *ここまでのあらすじです。
  
 バイクに乗り、旅をしていたフリーカメラマンの男が、偶然に幻想郷に迷い込みました。
 式神藍様の気まぐれで、男は外の世界へ戻る事が出来ましたが、この物好きは、今度は礼がしたいと、わざわざ幻想郷に戻ってきました。
 藍様は呆れましたが、妖怪に恐れを持たない男に興味を持ち、礼の品を受け取る事にしました。
 しかし、藍様は下戸だったので(俺設定)、男の持ってきた銘酒『明鏡止水』でへべれけになってしまい、紫様の晩御飯を用意する事が出来ませんでした。
 怒った紫様は罰として、藍様の式神 橙を、自分が冬眠から覚めるまで帰ってくるなと、男の下に送り付けました。名づけて『猫好き人間釣り作戦』。藍様は、目から血涙が止まりませんでした。
 紫様は、目が覚めたら早速カニバリズムできるぞと、楽しく冬眠中です。
 
 長くなりましたが、これは以前書いた「式神橙、街に行く」等の後日談です。どうぞご了承くださいませ。

 

 ある冬の夜。
 男は、依頼された仕事を済ませる為、アパートの仕事部屋でパソコンに向かい、作業を進めていた。
 作業が一段落したので一服しようと思い、タバコを取り出した時、隣の部屋で寝ている、居候のマヨヒガの式神、橙の寝言が聞こえてきた。
「藍様、わたしもっと強くなるから、頑張るから・・・・・・」

 男は、橙の主である九尾の狐、藍の姿を思い出した。
 橙が、藍のそのまた主の八雲紫の命により、男の所に居候する様になって、しばらく経った。
 橙を連れ外界を色々案内し、そのたびに彼女は見る物にやたら興味を示し、時には冷や冷やする様な事もあったが、男は小さな式神との生活を楽しんでいた。
 特に、酒を飲ませた時の猫踊りが面白い。
 ただ、一つの憂鬱は。
 それは春が来て、紫が冬眠から覚めたら、橙を連れてマヨヒガへ行かなくてはならない事。手土産を持って。
 その事自体は、男にとっては些細な事だ。
 幾多の戦場を、カメラマンとして渡り歩いて来た男にとって、自分の身を守る事には慣れていた。
 
 ただし、人間相手ならば。
 
 今の自分に、神格化された存在と戦う術は無い。
 身から出た錆とはいえ、従者を奪われ怒る藍に、自分が殺されるのは間違いない。
 だが男には、もっとあの怪し達の事を、そして彼女達の住まう世界『幻想郷』の事をよく知りたいという、興味が生まれていた。
それを満足させるまでは、死ねないし、死にたくはない。

 橙の寝言を聞いて、男はある事を思いついた。

 
 翌朝。
 朝食を済ませ、二人で仲良く後片づけをしながら、男は橙に話しかけた。
「今日は、ちょっと遠出してみよう。行きたい所があるんだ」

 男に買ってもらった、白いフリルの付いたエプロンを着て、食器を片付けていた橙が答える。
「どこどこ? 」

 男は、バイクに取り付けるタンクバックを取り出しながら答えた。
「それは着いてのお楽しみ。旨い物が沢山ある所だよ」
 
少女の瞳が輝いた。


 数時間後、東関東自動車道下り線を、二人の人妖を乗せて鋼の馬が走る。
「橙、寒くないか? 」
 
ガソリンタンクの上の、タンクバックの中にいる、猫の姿に転じた橙に男は問いかける。
「へーき、暖かいから大丈夫」
 
バックの中で防寒布にくるまり橙が答える。
「よし、じゃもう少し飛ばすから昼寝でもしててくれ」
 
肉球のついた手で了解のサインを確認し、男はバイクに拍車を入れる。
 乗り手の意図に対応し、バイクはさらに速度を上げ、東を目指す。

「うわあぁ」
 
人身に戻り、感嘆の言葉をもらす橙の目の前にある物は、巨大な白い鳥居。
「ここは鹿島神宮だよ、神話じゃタケミカヅチっていう神様が降臨したとか、武道に関わる由緒ある場所だな。ま、うんちくは置いといて、そこの売店でなんか食べよう。腹が減った」
 
橙が喜んでうなずく。
「すいません、団子と鮎の塩焼き4本ください」
 
男の注文に人の好さそうな売店のおばさんが返事をする。
「はいまいど、あら可愛いお嬢ちゃんだこと。中でゆっくり食べていってね」
「ありがとー。いただきまーす」
 
手渡された団子にパクつきながら、橙は元気に返事をする。
 はた目には微笑ましい光景だが、まさか少女が式神だと思う者はいないだろう。
 男は売店の椅子に腰掛け、自分も団子にかぶりついた。

 一服後、二人は急な坂道をゆっくり上る。
 男は、自分の手を掴んで離さない橙に声をかける。神の住む場所だから何か感じ取っているのかもしれない。
「怖いのか? 」
 
橙は男の目を見ながら答えた。
「なんだかピリピリする。なんでだろ」
 
そんなやりとりをしているうちに、奥之宮が見えてきた。
「わぁ、博麗神社と違って凄いなぁ」
 
橙から以前聞いた、人間を妖怪から守る、ぐうたらな巫女がいるとかいう神社の名前を聞き、男はたずねた。
「そんなに違うかい? 」
「うん、全く比較にならないよー。凄いおんぼろなんだよ」
 
男は気の毒な博麗神社の巫女に同情する。
「お賽銭を入れていこう」
 
男は、橙に百円玉を渡し、自分も硬貨を放り込み心の中で願う。
「この子は決して害の有る者ではありません。どうか、参拝をお許しください。我が名、景一の名に賭けて誓います」
 
男の体を、何か冷たい物が走り抜けた。神経を冷水が流れる様な感覚に一瞬襲われた。
「お許しいただけたのかな? 」
 
男の独り言を、橙は不思議そうに眺めている。
「さて行こうか。嫌な感じ無くなったかい? 」
「うん、でも、なんでだろ? 」
 
首をひねる橙にばれない様に、男は笑みを浮かべ拝殿を目指して歩き出した。遅れて彼女も付いてくる。

「あーん、待ってよー」

 鹿島神宮拝殿。
 先ほどの奥之宮よりも、きらびやかで巨大な建物が立ち、その後方には、本殿と天を突き上げるかのごとく、長大な御神木が槍の様に立っている。
 橙は口をあんぐりと開けてそれを見ている。
「ちょっと待っててくれ」
 
男は拝殿の前に立ち、賽銭を放り込み真剣に願う。
「私は、次の春にある神と戦う事になります。人の身でありながら、愚かな行為だとお笑いでしょうが、どうか私に、決して折れる事の無い、勇気をお与えください」
「この国を護る為に西方へと旅立っていった、かつての武人達と同じ様に」

 そして振り返る。

 男の顔に迷いは無い。

 自分に出来る事を精一杯やるだけだ。
「さて、目的の一つは終わった。で、次だけど・・・・・・ 」
 男に耳うちされ、橙は、満面の笑顔を浮かべる。


「よう、アホ息子。まだくたばってなかったか。母ちゃんは同窓会で二、三日は帰ってこねえぞ。ん、ずいぶんとまあ可愛い子を連れて来やがったな。立派な犯罪だぞ、今警察に通報してやろう」
 
男は実家の玄関で、実の父親からずいぶんな挨拶を受けた。
 どこまで本気か分からないのが、親父の怖い所だ。従軍カメラマンになると初めて言った時は、殴り合いで両者ダブルKOになったっけな。と、男は昔の事を思い出す。
「知り合いから預かってるだけだ、っておい、ホントに110するなよ」
 
止めようとする男に向かって、その父親の右の裏拳が飛んでくる。だが直撃する瞬間でピタリと止まる。
「単純な奴め。それより早くその子を俺に紹介しろ」
 
そして橙に向かって笑顔を見せる。
「景一の親父の厳太です。よろしく」
「初めまして、橙です」
 
つられて彼女も返事をする。そして不思議そうにつぶやく。

「月風は名前が幾つもあるの? 」
 
男は以前、幻想郷で藍と橙と共に酒宴をした時に、酔っぱらって、でまかせに口にした名前で、自分を呼ぶように橙に通して来た。
 昔読んだ本の中に、妖怪に本名を知られ痛い目にあう男の話があった為、無意識の内にそんな事をしたのだろうと後で考えたのだが。
 良心が痛んだが、とりあえず、この場はごまかす事にした。
「まあね・・・・・・。それよりも本題に入ろう、親父、夕飯はどうする」
「飯も酒も山ほどある。俺もだいぶ料理の腕が上達したぜ。今夜は泊まりか? 」
「明日の朝、一番で帰る。あと、夕飯の前にちょいと用事を済ませたい」
「そうか、野暮な事は聞かねえよ。さっさと済ませてこい」

 男の父親は家の中に入る。
「橙、こっちだ」
 
男の後ろを、彼女は小走りで追いかける。

「ここだよ」
 二人の目の前に、かなり年季の入ったお稲荷さんが建っている。
 建てられたのは江戸時代だと聞いた、その社には、木彫りの竜と、阿、吽の狛犬が飾りつけられ、沢山の狐の像が並べられている。
 
 稲荷明神。
 狐を奉るこの場所ならば、橙の言葉を、藍に伝える事ができるのではないかと、男は昨晩思いついた。そして自分の決意も。
「じゃあ、俺は向こうにいるから、話が済んだら呼んでくれ。俺も藍様と話がある」
「うん」
 
そして、橙はお稲荷さんに呼びかける。自分の主の名を出しながら。
「藍様、藍様、橙です。聞こえますか? 」
 
返事は音速より速く帰ってきた。
 社に、人身に転じたのだろう、藍だと思う女性の幻影が浮かぶ。
 男はあさっての方を向き、二人のやり取りを邪魔しない様にする。

「橙、聞こえるよ。元気そうで何よりだ。月風に変な事されたりしないよな」
「変な事ってなあに? 」
「変な事っていったら・・・・・・。まあ無事ならそれでいい」
「藍様、あのね。今日『かしまじんぐう』っていう神様の住んでる所に行ったんだよ」
「タケミカヅチの所か、体に異常は無いか? 」
「最初、ピリピリしたけど二人でお賽銭入れたら、無くなっちゃった」
 
そして、橙は、今まで外の世界で体験した事を、楽しげに主に伝える。

「そうか、私は橙が無事でいてくれれば、それでいいんだ」
 
多少、涙声の混じった藍の声が聞こえてくる。
 
「それでね、わたし今日、お賽銭入れてお祈りしたの。今よりもっと、もっと強くしてくださいって。藍様のお役に立てる様にって」
「そうか・・・・・・。橙、あの男は近くにいるか? 」
「うん、月風も藍様に話が有るって言ってた」
 
そして橙は男を呼ぶ。
 
 男は藍の幻影の前に立つ。

「月風、この姿を見せるのは初めてだったな。後、橙も外界で楽しく暮らしている様だ」
「ああ、おかげさまで、毎日が楽しいよ」
 
そして、真剣な表情で、藍に自分の言葉を伝える。
「春になったら、必ずマヨヒガに橙を無事に連れていく。あと覚悟も出来た、俺は全力を尽くす。たとえ勝ち目が無いと分かっていても」
 
藍は、何か合点が付いた様な仕草を見せた。
「ああそうか、それで鹿島神宮か。武人達に崇められている場所だからな」
 
 そして、含み笑いをする。

「ふふっ、悪いが今の私には、お前に対する恨みは無い。微塵もな。タケミカヅチもお前の心意気を感じたのだろう。でなければ、あの神宮の拝殿まで橙は入れ無いはずだ。礼を言おう」
 
 男は呆気に取られ言葉が出ない。正に狐に化かされた気分だ。
 藍はかまわず話を続ける。
「ここから先は私の独り言だ。紫様は酒が好きだ、それも上等な奴がな。それと、こんな事も言っていた。その物好きはどんな風を吹かせるのかしらとな。何か企んでいるんだろうな、あの方は。だからお前と、お前の鋼の馬で、とびきりの風を吹かせてやれ。では、さらばだ」
「分かった。恩に着る」
 
 男の返事を聞き、藍の幻影は消え、声も聞こえなくなった。
「藍様、何を言ってたの? 」

 話が見えていない式神の少女の目をのぞき込み、男は答える。
「ああ、春風が待ち遠しいとか言ってたよ。橙が帰って来るからって。さて、親父を待たせすぎると恐ろしいから、家に帰って飯を食って酒を飲もう。橙の猫踊りが楽しみだな」
 「それはちょっと恥ずかしいけど、ご飯もお酒も楽しみだなー 」

 そして宵闇の中を、月に照らされながら歩く二人の影法師が、ひょこり、ひょこりとついていく。

 春はいまだ遠く、しかし、確実に近づいていた。

  
「終」
 
 

 

 
 


 
 
 
 
 

 
 

 
 
 こんにちは、沙門です。感想等いただけると幸いです。それでは失礼いたします。

05/07/20 全体的に修正しました。
05/07/26 タイトル修正  
沙門
コメント



1.SETH削除
のど越しさわやか清涼感というか清清しき作品!

あと猫踊り! neko-odori! どんなのかしらw

2.沙門削除
 疲れた体に癒しの言葉、どうもありがとうございます。プチの方で猫踊りも披露する予定です。それでは、失礼致します。