*注.旧作「東方怪綺談」についての知識が無いと訳が分からないかもしれません。
一人のかみさまが居ました。
かみさまは人間達に畏れ敬われていました。
そんな人間達をかみさまは愛し、数々の恩恵をかみさまは人間達に与えました。
日照りが続き、大地が乾けば雨を降らし、多くの作物を実らせました。
寒さで人々が震えれば、雲を払い、陽の暖かさを人々に思い出させました。
けれど、人間達はかみさまを必要としなくなりました。
夜の闇を自らの力で照らし、駆逐していきました。
山を崩し、川を埋め立て、そこに多くの作物を植えていきました。
当然、そこに住まうものは全て姿を消していったのです。
そうして、人間は夏が暑い事も寒い事も忘れていきました。
もうかみさまの名前も存在も覚えている人も居なくなってしまいました。
最初はかみさまはそれでもよいと思いました。
皆が笑って、幸せであればそれで良かったのです。
しかし、人間達は満足する事を知りませんでした。
例えば、瞳や色の肌が違う、少し変わった力を持っている………
そんな理由だけでお互いを憎みあい、傷つけあい、天地の形を変える程の力を以って、
世界そのものを壊していったのです。
かみさまはとても悲しみました。
でも、もう人間達はかみさまの声を聴こうとはしませんでした。
人間達は嘗て自分達が畏れていたもの、敬っていたもの、それを忘れてしまっていたのです。
かみさまは悩んだ挙句、そこから、世界から去る事にしました。
かみさまは皆が傷つき泣くのをずっと見ていられる程、強くなかったのです。
――――――そんなかみさまの名前は『神綺』と言いました。
<神話幻想 ~Infinite Being>
神綺は自分で新しい世界を創る事にしました。
誰もが楽しく笑って、争わず、幸せでいれる世界、そんな世界を見たかったのです。
山を創り、川を創り、森を創り、草原を創り、氷原を創り、街を創りました。
鳥達は思いのままに空を翔け、獣達は自由に野を駆けました。
……そうして、一応世界…魔界のカタチは出来上がりました。
でも、まだ足りないモノがありました……そう、人です。
<悲しき人形 ~ Doll of Misery>
最初に神綺が造ったのは夢子という女の子でした。
夢子は神綺が今まで見てきた人間より優秀で。頭も良く、魔法も優れ、
機転も利く夢子は神綺の創造したモノの中でも、最高の芸術品でした。
しかし、神綺は余りにも完璧に夢子を造りすぎてしまいました。
夢子の考えも何もかも神綺には全て予想出来てしまいます。
そして、夢子の笑いも悲しみも人形の無機質なそれでした。
神綺が嘗て見た旧き人間の温かみは夢子には無かったのです。
<禁断の魔法 ~Forbidden Magic>
<真紅の少女 ~Crimson Dead!>
<裏切りの少女 ~Judas kiss>
夢子の失敗を鑑み、神綺は次に揺らぎのある人間を二人造り出しました。
そうして造りだされたユキとマイという双子は正反対の性質を持っていました。
ユキが黒ならマイは白、ユキが動ならマイは静、ユキが陽ならマイは陰。
正反対の二人はとても仲が良い双子でした。
神綺は今度は上手く行ったかと思いました。
しかし、二人は互いを必要とすれど、他のモノを必要としなかったのです。
他のモノを憎み排除するそれは神綺が去った世界の人間のそれを思い出させました。
結局、二人は誰もやってこない氷原の奥へとその身を隠してしまいました。
神綺はユキとマイをそれぞれ極端に造りすぎてしまったのです。
<Romantic Children>
神綺は今度は外の世界の無垢への信仰、幻想を集め、アリスという名の一人の少女を造り出しました。
完全な無垢をはじまりとすれば、本物の神綺の理想とした人が出来上がると思ったのです。
神綺はアリスに魔界でも一番美しく花が咲き乱れる場所を与えました。
色とりどりの花々が咲き乱れ、小鳥達が歌を囀る一切の穢れの無いその場所はまさに楽園でした。
アリスはそこで自由気ままに過ごし、成長していきました。
アリスの笑顔はとても自然で曇りが無く、可愛らしいものでした。
しかし、神綺は何処か心に不安を隠せませんでした。
自分のやっている事はそれこそ不自然の極みではないかと、間違っているのではないかと。
アリスの笑顔はとても可愛く美しいものです。
けれど、アリスは何も知りません、アリスにはその閉ざされた楽園が全てなのです。
何も無い文字通り真っ白な笑顔、無垢故の美しさは本当に正しいといえるのでしょうか。
………神綺はずっと悩んでいたのです。
<プラスチックマインド>
ある時、魔界に異変が起こりました。
外の世界から侵入者…巫女と魔法使いの二人が魔界へとやってきたのです。
その二人には魔界の住人達は歯が立ちませんでした。
神綺は戦慄しました、嘗て自分の去った外の世界の者達は争いの種を魔界に撒き、
穢そうとしているのか、そこまで外の世界の人間は欲望は果てが無いのか、と。
けれど、その二人が通った後もどういう訳か倒れはすれど誰も死んだものは居ませんでした。
不思議に思った神綺がその二人を見ている内に二人はアリスの居る所へと辿り着きました。
アリスと二人の間で凄まじい魔法合戦が繰り広げられました。
札が飛び交い、魔弾が弾け、人形が舞いました。
……結果、アリスもその二人にやられてしまいました。
アリスはその時、本当に悔しそうな顔をしていたのを神綺は覚えています。
神綺は思いました、ああ、アリスちゃんは初めて挫折と痛みを知ったのね、と。
ただ、それがどういう事になるかはまだこの時、神綺には予測がつきませんでした。
その後、ユキとマイ、夢子、そして神綺自身も二人に敗れました。
二人の要求してきた事は「外が迷惑してるから魔界の穴を塞げ」、ただそれだけでした。
神綺は驚きました、神綺自身も魔界ごと滅ぼされる事をも覚悟していたのです。
結局、神綺は二人の要求を受け入れ、そして二人は外へと帰っていきました。
それから、神綺は外の世界を覗き見ることにしました。
………………外は相変わらず、否、神綺の知る嘗てよりもっと酷いものでした、
今では月にまで人はその手を伸ばし、争いの種を撒いていたのです。
しかし、嘆息した神綺に一つの世界が見えました。
それは小さな世界でしたが…………神綺の夢見た楽園だったのです。
人も妖怪も共存し、好き勝手に楽しみ笑いながら過ごす事が出来る場所。
幻想郷。
そこには神も無く、人、そして妖怪自身の力で世界を作っていたのです。
魔界へ侵入してきた巫女と魔法使いはそこの住人でした。
そこでようやく神綺は自分が間違っていた事を知りました。
何もかも神である自分の手に委ねるべきではなかった事を悟ったのです。
<Grimoire of Alice>
そうやって神綺が幻想郷を観察している内にアリスが一冊の魔導書を手にして、
巫女と魔法使いへの仕返しの為に幻想郷へと飛び出していきました。
アリスの名前を関したその本は世界で一冊、
神綺が自らの力を最大限に注ぎ込んだアリスの為だけの究極の魔導書。
何時の日かアリスに渡そうと思っていたそれをアリスは勝手に持ち出していったのです。
しかし、結局、再びアリスは二人に敗れてしまいました。
アリスが魔導書を使いこなせない部分があったにしろ、
幻想郷の力は神綺の予想をはるかに上回るものだったのです。
こうして、アリスは二度目の挫折を味わったのでした。
神綺から見ても色々悩んでいるのが分かりました。
穢れ無き白に点いた一つの染み、それがアリスを苦しめていたのです。
神綺は何も言いませんでした、否、言えませんでした。
自分の娘であるアリスの苦悩の前に神である神綺は無力だったのです。
……そうして、ある日、アリスは神綺に告げました、幻想郷に行く、と。
<ブクレシュティの人形師>
神綺は何も言わず笑って、幻想郷へとアリスを送り出しました。
自分では創れなかった真の楽園、幻想郷ならばきっとアリスも神綺の求めていたものを、
手に入れる事が出来ると思ったのです。
そうして、今ではアリスは嘗ての無垢な笑顔を浮かべる事は無くなりました。
良く怒り、良く泣き、そして良く笑います。
神綺はそんなアリスを見て、それで良いと思うのです。
紅白の巫女や黒白の魔女と交わる事は決して間違いでない。
皆と喜び、怒り、哀しみ、楽しんでこそ、作り物ではない本当の笑顔が手に入れる事が出来る、と。。
「……………」
「……………」
「ちょっと、上海、蓬莱!
何を勝手に封印してある魔導書を見てるのよ!!
……え、封印が解けてた? おかしいわね、確かにきつく封印してたのに。
まあ、良いわ、夕食作るから、あなたたちは外に吊り下げてある鴨肉取って来て」
人形達が去った後、アリスは無言でばたんとその魔導書を閉じた。
何か懐かしむ様にその魔導書を一瞥した後、机に置いて、アリスも部屋を出て行った。
『不思議の国のアリス』
外の世界の何十万、何百万、何千万の人間の永遠の白への信仰が集まった本。
アリス自身を生んだとも言える絵本、いわばアリスの源泉がそこにあった。
アリス自身も知らない。
アリスの過去、現在がこの本に綴られている事に。
そして、未来はまだ白紙としてその本に用意されている。
どのような未来がこの本に綴られるのか、それはアリスも神も分からない………
―――――――でもね、アリスちゃん、お母さんは信じてるわよ
飾らなくても、こんなにも綺麗な話が書けるとは。脱帽です。
とても興味深い内容でした。
とてもおもしろかったです。