12月24日。
もうすぐ日付けが変わる。
東京の湾岸のある公園で、ライディングジャケットを着た男が、一人で夜空を眺めている。
側には、男の赤い大排気量のバイクが止めてある。
「礼を言うのは、無理かな、やっぱり」
男は一人つぶやく。
近くの建物から、『アヴェマリア』の曲が流れている。
遠くに観覧車のイルミネーションが見える。
人通りも少ない公園の、ベンチに腰かけ男はタバコに火を点ける。
ちょうど一年前、男は同じベンチに座り、一人で夜空を見上げていた。
そうだ。
そこに彼女が現れたんだ。
何の前触れもなく突然に。
「おい、こんな賑やかな夜に、一人ぼっちで何しけた顔してるんだ」
黒い帽子を被った、まるでおとぎ話に出てくる魔女の様な格好をした少女が目の前に現れた。ご丁寧に手に箒まで持っていた。
この近くの建物で、毎年行われているイベントの事を、男は知っていた。
「うるさいな、一人にしてくれ。それと、コスプレならもっと人目のつかない所でやれ。警察に捕まるぞ」
少女は、さも不機嫌そうな顔をして、そして男の隣に豪快な音を立てながら腰掛けた。
「コスプレ? けーさつ? 失礼な奴だ、これは私の外界用の正装だぞ。何で捕まらなくちゃならないんだ。まあ、私の箒に追いつける奴が居る訳無いだろうけど」
男は厄介な奴に捕まったと、その時は思った。
気印かと。
今思えば、彼女は男にとって幸運の運び手だったのだが。
「賑やかな夜空を楽しく飛んでいたら、しょぼくれてうつむいてる惨めな顔した奴が居たから、ちょっかい出してやろうと降りて来たんだよ。ところであれなんだ? 」
男へのお返しにと、一通り悪態をつくと、彼女は男の赤いバイクを指差した。
「バイクだよ。魔女様の箒みたいに空は飛べないが、大地を駆ける鋼の馬だ。俺の大事な相棒の一つだよ」
男は答えた。
彼女はバイクに興味を持った様だった。たて続けに質問してくる。
「これ何食うんだ? 」
「何で出来てるんだ? 」
「動力源は何だ、魔法じゃないのか? 」
「どのくらいの速さで走るんだ? 」等々。
男は一つ一つ説明しているうちに、なんだか楽しくなってきた。
「ふーん、大体分かったぜ。要するに、魔法の使えない人間の乗る、地を走る馬だな」
「そうだ、空が飛べたらもっと良いんだが。でも道を走るのも悪く無い。道は曲がっているから面白いよ」
しばらくの沈黙、夜空は澄み渡りたくさんの星々が輝いていた。
先に口を開いたのは彼女だった。
「さっき、あれは相棒の一つだ。って言ってたな。他にもあるのか? 」
「ああ、小さいのがもう一台有る。街中を走るなら、あいつの方が便利だ。夜中に道が空いている時はこいつに乗る。それと」
男の声が小さくなった。
「もっと小さな、子供用みたいな奴がいた」
彼女は男の顔を覗き込む。
「いた、って事は今は居ないのか? 」
男は静かに話し出した。
「ああ、俺が馬鹿だった。油断していたせいで盗まれた。初めて買ったバイクだったんだ。色々と失敗もしたけど、俺にバイクの楽しさを教えてくれた最高の相棒だった。今はどこにいて、誰が乗っているかは分からないけど、せめて無事に走っていて欲しい。」
「そーか、私の家にも時々盗人が入るから、その気持ちは分かるぜ。返り討ちにしてやっているけどな」
少女は立ち上がり、男の目を見た。
「ひとつ教えてくれ、もしその相棒が戻ってきたら、お前はまた乗るか。たとえどんな姿に変わっていても? 」
男は毅然として答えた。
「乗る。壊れているなら直す。絶対に。バイクは、あいつらは、走る為に生まれてきたんだ」
彼女は笑みを浮かべ、男に提案した。
「分かったよ、今夜は楽しい夜だ。特別サービスでお前の相棒を見つけてやる。ただし、条件がある」
「そんな事できるのか。後、条件て何だ? 」
彼女は手にした箒をクルリと回す。星の形をした輝きが軌跡を残した。
「お前の思い入れが詰まった物なら、探すのは簡単だぜ」
「ただし」
「向こうの方に、長い直線道路があるだろう。そこで、私の箒と競争して勝てたらの話だ、その自慢の赤い馬でな」
湾岸道路、工業用資材運搬道路。
直線距離は一キロメートル近い。
そこに、バイクに乗った男と、箒にまたがり浮かぶ少女がいた。
他に通行車両は居なかった。
彼女がルールを説明する。
「ルールは簡単、ここから、あのデカイ交差点。一、二、の三でスタートして先に着いた方が勝ち。いいな」
男は、彼女が本当の魔女だと知り、驚きつつも返事を返した。
「分かった」
そしてバイクのエンジンを始動した。バイクが歓喜の咆哮を上げた。
「いくぞ、一」
彼女の箒から、星のきらめきが流れ出した。
「二の」
男はバイクのアクセルを開ける。回転計の動きと共に、マシンの咆哮が高まる。
「「三!! 」」
魔法の箒が宙に浮き、鋼の馬が走り出した。
男は彼女の、ほんの少し後ろを走っていた。速度計は見ていない。輝き消えてゆく、星の欠片が目に見えるだけだ。
まだだ、まだ行ける。お前なら、もっともっと速く走れる。男は愛馬を励まし、バイクのアクセルをさらに開けた。轟音が腹の底に響く。回転計が限界領域に達していた。
先行する魔女も、後ろの馬がさらに速度を上げた事に気付いた。実際のところ、彼女も一杯一杯だった。しかし、彼女は箒に語りかけた。
「中々ねばるぜ、あいつ。外の世界も面白いよな、相棒」
星の光芒と、豪雷の轟きが、夜の道を疾風を伴い切り裂いていった。
そして。
交差点の歩道に、二人は座り、男の買ってきた缶茶を飲んでいた。
「引き分けじゃ勝負は負けだな。」
男はつぶやく。
「いや、私はお前に勝っていない。OKだぜ。後この缶茶、なかなか旨いな」
彼女は、男に親指を立て突き出した。男の顔に笑顔が浮かぶ。
「まあ、気長に待っててくれ。見つけてやるよ、お前の相棒。それから、もう盗られるなよ。私も忙しいんだ、じゃあな」
「待ってくれ」
男は彼女を呼び止めた。
「あいつが、バイクが帰ってきたら礼が言いたい。また、会えないか」
思案顔で彼女は答える。
「そうだな、また来年の今日の晩、気が向いたら来るかもな。んじゃ、あばよ」
魔女はそういい残し夜空に舞い上がっていった。
次の日、男の盗まれたバイクが発見されたと、警察から通報があった。
ミラーは外れ、あちこちに錆が浮き、サイレンサーは無くなっていたが、エンジンは生きていた。
男は、壊れた部分を修理し、錆を磨き落とし、新品のサイレンサーを取り付けた。男の相棒は再び甦った。
そして、一年が過ぎた。
時計の針が、十一時五十九分を指した。
男は立ち上がり、夜空をまじまじと見つめる。
そこには、カラフルな輝きを撒き散らしながら飛ぶ、箒星が見えた。
男はそれに向かって大きく何度も、何度も手を振った。
清しこの夜に、聖母を讃える歌が何時までも響き渡っていた。
霊夢に食い物という賄賂を渡して、結界を開けさせたのではないかと。
>良い雰囲気ではないかと。
謝々。思いつくまま話を作ってますが精進の為、これからも頑張ります。
外の世界を舞台にする話はなかなか見かけない、という事もあり、存分に楽しませていただきました。多謝。
はい、大好きです。そんな訳で車は怖くて乗れません。横幅があるので。
楽しんでいただけて幸いです。謝々。
色々な方から感想や、意見や、お叱りをいただけて、私は本当に幸せです。これからも頑張ります。謝々。
これは良い話だなぁ。バイク話、好きです