※これは創想話に投稿した「正直者の師」を他の視点から補足したものです。
夜が暗くなった。
体に力が入らない。なんでだろう。どこも痛くないのに。
これが風邪?
足がよろけて、近くの木に手を伸ばして、でも手は持ち上がらなかった。
うそだ、って呟いた。こんなのうそだ。
耳が重くなったみたいで、詰まった感じもする。
急に不安が込み上げてきて、周りを見回した。
誰もいない。仲間の兎の声も、梟の鳴き声も、夜雀の歌声も聞こえない。
鈴仙もいない。師匠もかぐやもいない。誰もいない。誰も。
師匠のなんとかみっそーほーっていうオシオキでもこんなに怖くなかった。
私なにもしてないのに。なんで。
今日は野菜とって。バーベキューして。仲間がもってきてくれた珍しい魚を食べて。
みんなと川で遊んで。滑ってお尻打って。蛍見つけて。歯を磨いて寝るところだったのに。
夢?でも寝てないよ。覚めないもん。おかしいよ。なんで。
どさって音がした。
なんだ、私がこけちゃったのか。誰もいないもん。私しか。
あんなに綺麗だった月がよく見えない。空が、雲しかないよ。
いやだ、なんでこんなことになってるの。いやだよ、ここ寒い、帰りたい。
目がぼやけた。なみだは出るんだ。奥から奥から。
私、なんで泣いてるんだろう・・・・・・
と、いきなり落ちた。背中に衝撃があったから、よくわからないけど落ちたんだと思う。
さっきよりほんの少し明るい。竹のにおい。もしかしてと思って頑張って目を開いた。
地面がたんたんと揺れて、誰かが走ってくる。
鈴仙だ。鈴仙。すごいびっくりした顔してるよ。おかしくてちょっと笑っちゃった。
鈴仙が私をおんぶした。眠くないのに頭がもう動かなくなってきた。目も開かない。
鈴仙、鈴仙はあったかいね――
///
幽々子が言うには、年に一度、ある魚が川の上流へ戻ってくる季節らしい。
なんでも気が遠くなるような美味しさだそうで。
それが今年に限って、待っても待っても上ってこない。
川沿いを下って探しにいこう、ということになった。
尻尾くらいならあげるから、と。
別に魚に興味はないけれど、たまにはこういうのもいいかと思って
二人でつらつらと歩いていた。
初夏の割に暑い夜で、流れに足をつけるとなんとも気持ちいい。
幽々子は足を浸せないでがっかりしていたが、今は鼻歌を歌っている。
それでも岩陰に目を光らせるのは忘れていないあたり、彼女らしい。
と、突然幽々子が小走り、のような浮遊、で川べりへ上がった。
何か見つけたようだけどあまり軽やかな足取り、のような浮遊、ではなかった。
そこにいたのは、もちろん目当ての魚とやらとは違った。
その魚というのが長い耳と手足をもった白い毛の動物でなければ、だけれど。
さしもの幽々子も驚いたらしい。よだれをぬぐうことも忘れている。
それは寝ているように見えたので、音を立てないよう忍び寄った。
見覚えのある妖怪だった。
それは涙を赤い目いっぱいに溜めて静かに空を見上げていた。
近寄ると汚してしまいそうな、一枚の水彩画のような、静謐な雰囲気だった。
様子がおかしいと思ったのは、こちらを見向きもしないことに気づいたからだ。
傍らまで寄っても、焦点のあっていない目は反応しない。
境界にいるのだ。
横に目をやると、幽々子は首を横に振った。
彼女の力によるものではないらしい。
確かに、幽々子の性格なら生で食べようとするだろう。
少しの沈黙の後、幽々子は連れて帰ろうと提案した。白玉桜へ。
私は少し迷ったが、首を振った。
彼女は意外にも言い返さず、そう、と頷くと川の方へ戻っていった。
地面に隙間を開き、その妖怪の家であろう場所へ送る。
後は私には手を出せない領域だ。
私は幽々子を追いかける。
///
紅魔館の時の流れを、外から切り離すこと。
それがお嬢様の命令でした。
そもそもの間違いは、あの侵入者の出方を見ていたことです。
侵入者は弾幕を使うでもなく、何かの術を使うでもなく着ました。
門番はおろか、パチュリーすら相手にしていません。
恐ろしいことです。
強い侵入者は過去にもいましたが、彼女は戦ってもいないのです。
いよいよ何か始めたかと思うと、小瓶を握り締めただけでした。
しかしここで侵入者の表情が曇ったのを見たお嬢様は、先の命令を残し向かわれました。
まるで舞台に上がる俳優のように。脚本があるかのごとく当然のように。
私が気にいらないのは、侵入者がお嬢様すら見ていないことです。
会話をしているのはわかります。けれど、あれは一人で考えているだけです。
そしてお嬢様が運命を繰ります。侵入者は俯いたままです。
私の足元に何の前触れもなく、日傘が生えました。
それは如何な運命だったのでしょう。
日傘の下に生えている妖怪は、一目で状況を把握したようでした。
目を放していた隙に、侵入者は顔を上げ、弓に矢をつがえていました。
けれど次の瞬間には、穴、いえ床に開いた隙間へ落ちていきました。
あの侵入者が早く帰れるように、私と日傘は働かされたようです。
日傘が思いの外すぐに出てきたため、私はさほど働けませんでしたが。
私には理解できないことでした。
お嬢様が楽しそうな笑みを浮かべているのです。
八雲紫が眠そうにあくびをしているのです。
いつものことですが、いつもとはどこか違うのです。
腑に落ちませんが、構いません。
ご苦労様、とお嬢様が仰ってくださったのです。
他に何がいるのでしょう。
///
永琳がまた私に内緒で出かけていた。
私は、怒りつつもしぶしぶ許した、という振りをした。
それはなんてことはない、ただの本だ。
幼い猫や犬、あとイナバなども載っている。
永琳は、私がこういう小さいものが好きだと思っているようだった。
私が外を出歩くようになってからも、永琳のこういうところは変わっていない。
だから私も何も言わない。
正直に言えば、少し楽しみなのかもしれない。
永琳がおみやげを持って帰ってくるのが。
///
目が覚めると、いつも通りだった。
鈴仙が無意味に飛び跳ねていて、師匠がやれやれという顔をしていて、
向こうでかぐやがこっそり抜け出そうとしてる。
いつもの私の家だ。
ちょっと試してみたかったことがあった。
病気の人は、なにをしても許してもらえるって聞いたことがある。
だから、もう一回だけ。
――もう一回だけ鈴仙に、あの、あったかいのをしてもらおう――
夜が暗くなった。
体に力が入らない。なんでだろう。どこも痛くないのに。
これが風邪?
足がよろけて、近くの木に手を伸ばして、でも手は持ち上がらなかった。
うそだ、って呟いた。こんなのうそだ。
耳が重くなったみたいで、詰まった感じもする。
急に不安が込み上げてきて、周りを見回した。
誰もいない。仲間の兎の声も、梟の鳴き声も、夜雀の歌声も聞こえない。
鈴仙もいない。師匠もかぐやもいない。誰もいない。誰も。
師匠のなんとかみっそーほーっていうオシオキでもこんなに怖くなかった。
私なにもしてないのに。なんで。
今日は野菜とって。バーベキューして。仲間がもってきてくれた珍しい魚を食べて。
みんなと川で遊んで。滑ってお尻打って。蛍見つけて。歯を磨いて寝るところだったのに。
夢?でも寝てないよ。覚めないもん。おかしいよ。なんで。
どさって音がした。
なんだ、私がこけちゃったのか。誰もいないもん。私しか。
あんなに綺麗だった月がよく見えない。空が、雲しかないよ。
いやだ、なんでこんなことになってるの。いやだよ、ここ寒い、帰りたい。
目がぼやけた。なみだは出るんだ。奥から奥から。
私、なんで泣いてるんだろう・・・・・・
と、いきなり落ちた。背中に衝撃があったから、よくわからないけど落ちたんだと思う。
さっきよりほんの少し明るい。竹のにおい。もしかしてと思って頑張って目を開いた。
地面がたんたんと揺れて、誰かが走ってくる。
鈴仙だ。鈴仙。すごいびっくりした顔してるよ。おかしくてちょっと笑っちゃった。
鈴仙が私をおんぶした。眠くないのに頭がもう動かなくなってきた。目も開かない。
鈴仙、鈴仙はあったかいね――
///
幽々子が言うには、年に一度、ある魚が川の上流へ戻ってくる季節らしい。
なんでも気が遠くなるような美味しさだそうで。
それが今年に限って、待っても待っても上ってこない。
川沿いを下って探しにいこう、ということになった。
尻尾くらいならあげるから、と。
別に魚に興味はないけれど、たまにはこういうのもいいかと思って
二人でつらつらと歩いていた。
初夏の割に暑い夜で、流れに足をつけるとなんとも気持ちいい。
幽々子は足を浸せないでがっかりしていたが、今は鼻歌を歌っている。
それでも岩陰に目を光らせるのは忘れていないあたり、彼女らしい。
と、突然幽々子が小走り、のような浮遊、で川べりへ上がった。
何か見つけたようだけどあまり軽やかな足取り、のような浮遊、ではなかった。
そこにいたのは、もちろん目当ての魚とやらとは違った。
その魚というのが長い耳と手足をもった白い毛の動物でなければ、だけれど。
さしもの幽々子も驚いたらしい。よだれをぬぐうことも忘れている。
それは寝ているように見えたので、音を立てないよう忍び寄った。
見覚えのある妖怪だった。
それは涙を赤い目いっぱいに溜めて静かに空を見上げていた。
近寄ると汚してしまいそうな、一枚の水彩画のような、静謐な雰囲気だった。
様子がおかしいと思ったのは、こちらを見向きもしないことに気づいたからだ。
傍らまで寄っても、焦点のあっていない目は反応しない。
境界にいるのだ。
横に目をやると、幽々子は首を横に振った。
彼女の力によるものではないらしい。
確かに、幽々子の性格なら生で食べようとするだろう。
少しの沈黙の後、幽々子は連れて帰ろうと提案した。白玉桜へ。
私は少し迷ったが、首を振った。
彼女は意外にも言い返さず、そう、と頷くと川の方へ戻っていった。
地面に隙間を開き、その妖怪の家であろう場所へ送る。
後は私には手を出せない領域だ。
私は幽々子を追いかける。
///
紅魔館の時の流れを、外から切り離すこと。
それがお嬢様の命令でした。
そもそもの間違いは、あの侵入者の出方を見ていたことです。
侵入者は弾幕を使うでもなく、何かの術を使うでもなく着ました。
門番はおろか、パチュリーすら相手にしていません。
恐ろしいことです。
強い侵入者は過去にもいましたが、彼女は戦ってもいないのです。
いよいよ何か始めたかと思うと、小瓶を握り締めただけでした。
しかしここで侵入者の表情が曇ったのを見たお嬢様は、先の命令を残し向かわれました。
まるで舞台に上がる俳優のように。脚本があるかのごとく当然のように。
私が気にいらないのは、侵入者がお嬢様すら見ていないことです。
会話をしているのはわかります。けれど、あれは一人で考えているだけです。
そしてお嬢様が運命を繰ります。侵入者は俯いたままです。
私の足元に何の前触れもなく、日傘が生えました。
それは如何な運命だったのでしょう。
日傘の下に生えている妖怪は、一目で状況を把握したようでした。
目を放していた隙に、侵入者は顔を上げ、弓に矢をつがえていました。
けれど次の瞬間には、穴、いえ床に開いた隙間へ落ちていきました。
あの侵入者が早く帰れるように、私と日傘は働かされたようです。
日傘が思いの外すぐに出てきたため、私はさほど働けませんでしたが。
私には理解できないことでした。
お嬢様が楽しそうな笑みを浮かべているのです。
八雲紫が眠そうにあくびをしているのです。
いつものことですが、いつもとはどこか違うのです。
腑に落ちませんが、構いません。
ご苦労様、とお嬢様が仰ってくださったのです。
他に何がいるのでしょう。
///
永琳がまた私に内緒で出かけていた。
私は、怒りつつもしぶしぶ許した、という振りをした。
それはなんてことはない、ただの本だ。
幼い猫や犬、あとイナバなども載っている。
永琳は、私がこういう小さいものが好きだと思っているようだった。
私が外を出歩くようになってからも、永琳のこういうところは変わっていない。
だから私も何も言わない。
正直に言えば、少し楽しみなのかもしれない。
永琳がおみやげを持って帰ってくるのが。
///
目が覚めると、いつも通りだった。
鈴仙が無意味に飛び跳ねていて、師匠がやれやれという顔をしていて、
向こうでかぐやがこっそり抜け出そうとしてる。
いつもの私の家だ。
ちょっと試してみたかったことがあった。
病気の人は、なにをしても許してもらえるって聞いたことがある。
だから、もう一回だけ。
――もう一回だけ鈴仙に、あの、あったかいのをしてもらおう――
それを縦横に織り成すものこそが物語の全て。
断言しよう。紛れも無く、これは幻想の物語だ。
敢えて全てを語るのではなく「読み解く」という言葉が相応しい。感服しました。