夜。西行寺庭園にて──。
西行寺事件(春度騒ぎが終わった後、誰かが勝手にこう呼んでいる)の後、また普段ののんびりムードに戻った幻想郷。
西行寺幽々子は引き篭り気味の生活を送っていたため、今まで幻想郷メンバーとの交友も少なかったが、あの事件のおかげで良くも悪くも知名度はぐんぐん急上昇した。
むしろ上空で乱気流に巻き込まれてとんでもないところまで高く上がってしまったと言えるかもしれない。
そんなお蔭かどんなお蔭か、賑やかに騒ぐのにうってつけの場所を見つけたと、夜な夜な西行寺家の大きな庭園ではどんちゃん騒ぎの宴が開かれていたり閉じられていたりしている。どっちだよ!という軽々しいツッコミは許可しない。頻繁に行われている、と受け取ってもらえると幸いだ。
ちなみに今まで宴は博麗神社で行われていた。いつも後片付けに頭を悩ませていた博麗霊夢にしてみれば、今回新しい宴場が出来たことは大歓迎の三連呼。なんとかして西行寺家=宴という方程式を定着化させようと四苦八苦したのは皆の記憶に新しい。「あんなに頑張る霊夢は初めて見たぜ」とは霊夢の親友、霧雨魔理沙のお言葉。
そんなこんなで、今宵も元気一杯、連日連夜と表現するのも決して誇大表現ではありませんよ的な勢いで宴会が開かれている。
当の西行寺家の面々は何と言っているのかといえば、幽々子はほわほわと笑うばかりだし、庭師・魂魄妖夢は作業量が倍以上になった庭の手入れに忙しく、それどころじゃないですとのこと。以上。庭園の使用は公認といえるようだ。
「最近の幻想郷に足りないものは何だと思う?」
唐突にネタを提供したのは魔理沙。流石魔女と自称するだけあって、ネタの選び方が素晴らしい。魔女関係無いけれど。
一瞬しん、と静まり返った後、我先にと皆が皆話題に食らい付くこと食らい付くこと。途端にあーでもないこーでもないと騒ぎ始める。
「はい!」
無駄に元気良く挙手をしたのは幻想郷最後の良心、八雲藍。
「狐か……」
「え。何そのリアクション!」
ガーン!と後ろの方で誰かが言った。ナイス効果音!とか囃し立てられている。
「なんでもないぜ。じゃ、八雲藍君。意見をどうぞ」
「幻想郷に足りないもの、それは……」
「野山に帰れ」
「まだ何も言ってない!」
瞬間、ネガポジ反転して固まってしまった藍を放って、話を先に進めることにする。そもそも藍が挙手した時点で、こうなる予感はその場に居た全ての者が抱いていた。
魔理沙などは心の準備が十分できていた効果か、何も無かったかのように次の意見に耳を傾けることに成功。
「それじゃあ、せっかくだから私からも一つ」
「ん、霊夢か。あの強烈なボケの直後だと、笑いを取るには並大抵のネタでは通用しないぜ」
後ろの方で「ボケじゃない!っていうかボケさえさせてもらってない!」という必死の訴えが聞こえてきた。
否決。否決。否決。よって、やっぱり否決!アルコールが入ったおかげで、三姉妹最後の良心・ルナサまでノリノリなプリズムリバー三姉妹。きゃいのきゃいの騒ぐ。真っ赤になって喚く藍を酒の肴に、てんや、わんや。
「なんで笑いを取ることが目的になってんのよ……」
「そういえばそうだな」
「まあ、いいわ。で、私が考えている『幻想郷に足りないもの』は……」
ごくり。今度は誰かが演出したわけではない。皆が、普通に注目しただけのことだ。誰かがノドを鳴らしたせいで、やたらめったらごくりごくりとノドを鳴らす音が続く。感染しているのか汚染されているのか、それは謎だが。
何やら発言しづらい雰囲気になってしまったが、そこは年中頭の中が春満開の春巫女。この程度の雰囲気など気にすることもない。すう、と何の気なしに軽く息を吸って──
「『娯楽』ね」
「…………」
「…………」
「…………」
「……何か反応しなさいよ」
お次にすう、と息を吸い込んだのは魔理沙。
「みんな、娯楽が欲しいか~~!」
「「「「おおおお!!!」」」」
縁側で幽々子にお茶をご馳走になりながら、事態を遠目に眺めていた十六夜咲夜。「何?この展開」と小さく呟いた。
幻想郷には娯楽が足りないと、勢いとノリだけで決定した面々。「決定って何!?」と至極当然の反応を示す霊夢を無視し、話はどんな娯楽が必要かという内容に発展。
スポーツだとかゲームだとかギャンブルだとか、あーでもないこーでもないと再び議論が再熱。
「こうやって宴やって騒ぐのは娯楽じゃないの?」というのはレミリア・スカーレットの発言。「今、お嬢様がいいこと言った!」咲夜、猛烈な勢いでお嬢様を支持……したのは良かったが、全員の視線が自分に集まったことを理解して真っ赤になった。「……これも、宴という場の持つ魔性の力よね……」腕を組みながら取り繕うように真顔で言うが、やっぱりほっぺたが赤い。
「どうせなら、皆で参加できる形の娯楽である必要があるわね」
「はーいはーい!」
そこでまた無駄に元気よく返事をしたのは幻想郷最後の良心の式、橙。
普段から勢いよく飛び跳ねてはやたらと物を壊す橙。その純粋かつ破天荒さは誰もが認める生まれながらにしてのピュアジェノサイダー。
もっともピュアジェノサイダーの称号にもピンキリで、どちらかと言えば橙も下から数えた方が近い。
そのある意味不名誉なピラミッドの最上級は言わずとも吸血鬼の妹、フランドール・スカーレットである。
とにかく幻想郷には珍しいピュアガールに注目がここぞと集まる。
周りを焦らすかのような溜めもなく、橙は思った事を口にした。
「おにごっこ~!」
ものすごい笑顔から繰り出されるあまりにも地味な娯楽。
ツッコミすら許さぬその地味さに、逆に誰もが腕を組む。
これはおにごっこが面白くないとかそういう事を考えているのではない。
どうおにごっこを面白くできるかを一同で考えているのだ。
「……よし」
こういうときに一番に立つのは、やはり決まって魔理沙。
「第一回幻想郷オールキャスト二十四時間耐久!ごめんなさい私の欲望のために捕まりやがれコンニャロウ大会、略して『オニゴツコ』を開催する!」
「それだ!」
「それだわ!」
「「「おおおおおおおおお!!」」」
一同大歓声。
なんだかよくわからないが、魔理沙が一気にまくし立てた事によって、とにかく意味もないが凄そうな雰囲気が辺りに漂った。
オールキャストと言うところに自分が含まれていたのを感じ取ったのか、遠巻きに咲夜が手を上げる。
「……で、具体的には何するのよ。ただのおにごっこ?」
「安心しろ。もう私の中では案がまとまっている、ちょっと借りるぞスキマ」
半分寝ていた紫のスキマに無理やり手を突っ込んで、黒板とチョークを取り出す魔理沙。
寝ぼけ眼で「いや~ん私のコレクション~」とか言いながら、スキマではなく美鈴のチャイナスカートのスリットを必死に閉じようとしている辺りまだ寝ぼけているのかもしれない。
とりあえずそれは無視する事にして、慣れた手つきでカカカカッと白い線が文字を象られていくのを見つめる。
「……とまぁ、こんな感じだぜ」
「おお、なんだかよくわからんがとりあえず行動の節々に見える思い切りの良さだけは凄いな、どれどれ?」
もう立ち直ったのか、藍がムクリと起き上がりながらしきりに感心し読みあげる。
『 暗黙の了解その一……移動範囲は幻想郷内。
その二……能力の使用は無制限で可。
その三……鬼は最初一人だが、鬼の交代はせずに捕まった相手も鬼となる。
その四……終了時、鬼は掴まえた相手に好きな事を一つだけ命令できる。
その五……終了時、鬼から捕まらなかったら、好きな相手に何か一つ命令できる。
その六……もし最初の鬼が一人も鬼を増やせなかったら、鬼が全員からの命令を一つずつ聞く。
上記以外は自由。』
四~六の辺りで一部の奴らの目が光ったのは言うまでもない。
紅の悪魔は霊夢を見ながらボキボキと手を鳴らし始めるわ、その妹と動かない大図書館と七色の人形遣いは魔理沙を見ながら腕まくりを始めるわ、宵闇の妖怪と桜色の亡霊はとにかく全員を見ながら涎をたらし始めるわ。
立ち上る桃色のオーラでわかる。『やる気』満々だ。
「しかしうー……む、一の『範囲は幻想郷内』……はいいとして、二の『能力の使用無制限』は流石に差がつきすぎやしないか?」
いっせいにみんなの視線が、未だ美鈴のスリットにほお擦りしているスキマ妖怪と、やる気なさそうに場を見つめているメイドに集まる。
神出鬼没のスキマ能力と問答無用の時空操作能力は、『オニゴツコ』をするにあたって反則的な戦力となることは目に見えなくともわかる。
早くも企画倒れかと皆がまた腕を組むが、それを見透かしたように魔理沙が言い放った。
「大丈夫だ。その二人には裏方を頼もうかと思っている。能力的にも申し分ない」
なるほどと一同頷く。
夜型の妖怪が多いだけに、誰かが時間を操らない限り二十四時間と言う数字は成立しない。
特に文句を言わない辺りそれは咲夜もわかっているのだろう。
個人的にこんな事を頼むと冷たい返事と共にナイフが返ってくるが、こういった場では快く裏方に徹してくれる。
滞りなく話は進み、そこでまた一人が手を上げた。
「はいズビ」
「なんだいたのか冬の精。もう春だぞ何考えてんだ。てゆうか鼻水拭け」
「仕方ないじゃないズビ、花粉症なんだからズビ。チルノがごねるから今年は頑張って春眠伸ばしてるのよーズビビ」
レティの後ろで真っ赤になりながら「そ、そんなことなーい!!」と二の腕を振り上げるチルノ。
照れ隠しに投げつけた氷塊は、見事に避けられ、その先にいた美鈴の鳩尾に抉りこむように入る。
抵抗の糸が切れ、ついにスキマ妖怪の餌食となった美鈴のスリット。
動かないのをいい事に、スリットとウォンバットの境界とかわけのわからない弄くりかたをされている。
美鈴の下半身が、徐々にずんぐりむっくりとした有袋類に変わっていくが、それを止めようとするものは誰もいない。むしろみんな大爆笑でそれを見守っている。
「で、なんだ?」
「見ての通りズビズビだからズビ、私も裏方にまわりたいのズビズズズ」
何事もなかったかのように話を進める二人。
砕けた氷塊の破片を鼻に詰めて鼻水を止めようとしている冬の精。
「まぁそういうことならかまわないぜ。私の代わりに実況でもしててくれ」
「助かる~」
ようやく鼻水は止まったようだ。鼻からツララのように垂れ下がる二本の氷柱は無駄にシュールだった。
「と、言うわけであとは最初の鬼を誰がやるかなんだが……これはジャンケンにするか。人数多いからなかなか決まらなさそうだが。あっとレミリア今運命を操るのはよせよ」
「そんなことしないわよ。もちろん偶然私が最初に鬼になったら二十四時間と言わずに二十分で決めてみせるけどね」
「頼もしい言葉だぜ。それじゃあ……ジャーンケーン」
「「「ポン!」」」
ほぼ全員がチョキを出した中、一人だけ拳を硬く握り締めていた者がいた。
◇
「さて、ようやく始まりました、第一回幻想郷オールキャスト二十四時間耐久!ごめんなさい私の欲望のために捕まりやがれコンニャロウ大会、略して『オニゴツコ』。実況は私、冬の精レティ・ホワイトロックと」
「とりあえず時間を操って二十四時間夜が続くようにしている十六夜咲夜の解説でお送りいたします」
「なおこの放送は八雲紫氏のスキマを通して各人にリアルタイムでお届けします。誰かが捕まるたびに放送が入るので皆さん注意してください」
ひらひらと横で手を振っている紫。咲夜が淹れた紅茶を片手に優雅なものだ。
「さぁ、それじゃあ各選手スタート位置についてください。鬼が百数えるからその間に思い思いの方向へ逃げましょう」
「まずはスピード勝負かしら。百秒でどこまで遠くに行けるかが鍵ね。とりあえず冥界からは出ないと厳しいかもしれないわ」
「なるほど。あ、鬼がスタートの音頭をとるようです」
『よーい』
大声を張り上げて手を振り上げる。
手を振り上げるという不可解さに、並んで立っていた皆が一瞬にして感づいた。
『ダイヤモンドブリザード!!』
「おぉーっと、鬼の奇襲だぁ!! 凍る、凍る、冥界が凍っていく!! 私にとってはとても快適そうな温度ですが他の人にはどうでしょうか!?」
「紫が結界を張ってくれてるからここはあまり問題ないわ。それに不意打ちと言ってもさほど速い弾幕ではなかった。まともに喰らったのは流石に誰もいないわね……って」
「おや、一人凍っている!? アレは誰だ? スキマさん寄って下さい!」
「はいは~い」
スキマからの映像がアップになって映し出される。
霜と砂埃でよく見えなかった映像が次第に鮮明になっていく。
凍っているのは……。
「凍っているのは……なんと紅美鈴選手だぁ!! どうして彼女だけ逃げ遅れたのでしょうか、解説の咲夜さん?」
「察したのは彼女が一番速かったわ。不意打ちに対する気配察知はなぜかピカ一だから。でも敗因はアレよ」
咲夜が指をさした方に目を向ける。その先には氷漬けの彼女が、いや、咲夜はその中でも彼女の一部分をさしている。
「……ウォンバット?」
「そう、下半身がずんぐりむっくりで転んだようね。そして後続に踏まれたのよ、見るも無惨に。まぁ百秒以内には溶けないでしょうねあの氷」
きっちり百秒後に、美鈴鬼化の放送が流れた。
「いやー開始早々白熱してますね。実況席から見える景色は氷漬けで寒々しくなりましたが」
「とりあえずホットで紅茶淹れてみたけど、いる?」
「もらっとくわ~。どうせアイスになっちゃうけど」
「砂糖は?」
「二杯と半分くださいな」
ズズズ……プハァ
現在の鬼……チルノ、紅美鈴
(続……きそうで続かない)
すっごい続き読みたいんスけど、だめですかねぇ?