歪な形をした月が浮かぶ秋の夜。
並ぶ竹の林を越えた先に人知れず佇む屋敷があった。雲間から差し込む陽光のように、頭上を覆う笹の葉から月明かりが降り注いでいる。白い光に照らされた屋敷は厳かに、静かに、こちらへ来いと誘っているように思えた。激しい弾幕ごっこを終えたばかりの私達は竹林に入ってから始めて地に足を着いた。魔力と体力をだいぶ消耗してしまったが目立った外傷は無い。胸に手を当てて呼吸を整えていると、魔理沙が屋敷へ真っ直ぐ歩いていく。疲れなど微塵も感じさせないしっかりとした足取りだった。慌てて後を追いかけるが、動きにくい服装と慣れない運動で何度も躓きそうになってしまう。後ろを振り返ろうともしない魔理沙に文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、息が苦しくてそんな余裕は無かった。必死の思いで追いついて荒れた息を再び整える。咳き込むほどではないが苦しい事に変わりは無かった。しばらく経ってようやく楽になった私は、肺に空気を溜め込んで顔を上げた。思いつく限りの罵詈雑言を放つはずだった口から出たのは、震えるため息。月光を浴びた屋敷を背景にして、白と黒で統一された魔法使いが背中を向けている。片手に握った箒の柄を地面に突いて立つ様は、まるで一枚の絵画のようだった。どんな本にも載っていなかった心奪われる景色。笹の葉が風に擦れて鳴る音も耳に入らず、本を胸元に抱き締めてじっと眺めていた。時間も、夜も、歪な形をした月さえも、全てが止まって見えた。でもそれは所詮錯覚でしか無い。魔理沙が歩き出すと、まるで魔法が解けたみたいに我に返った。熱くなった頬を涼しい秋の夜風が撫でていく。
「さて、ようやく目的地に辿り着いたな」
肩越しに振り向いた魔理沙は子供のように無邪気な笑みを浮かべていた。箒をくるりと回転させて、柄頭で黒帽子を押し上げる。
「そうね」
胸元の本を両腕で強く抱き締めながら、魔理沙と目を合わさずに素っ気なく答えた。魔理沙が屋敷に向き直り、私も視線を正面に向ける。年季を感じさせる木の扉は侵入者を拒むように固く閉ざされていた。魔理沙に強引に外に連れ出されてから何時間が経ったのだろう。遂に私達はここまで来た。この奥に今回の事件の犯人がいる。月を歪めている首謀者が。
「おーい、開けてくれ」
魔理沙は何度も扉を叩くが返事は返ってこなかった。扉を押したり引いたり色々試しているが、一向に開く気配はない。
「仕方が無いな。こうなったら」
「どうするつもり?」
袖をまくりながら扉から距離を取る魔理沙に訊いてみる。
「決まってるだろ。強行突破だぜ」
「あなたらしいわ」
前を見据えたまま答える魔理沙の手にはマスタースパークの術式が込められたスペルカードが握られている。私は歩み寄ると、
魔理沙の手に自分の手を重ねた。
「ん、どうしたんだ」
魔理沙が不思議そうな顔で振り向く。
「あなた、さっきの弾幕ごっこでだいぶ魔力を消耗したでしょう。私が手を貸せば魔力の消費が半分になるわ」
魔理沙は俯きながら話す私の肩を掴んで抱き寄せると、手を強く握り返した。魔理沙の温もりが伝わってくる。それに反応してか、心臓が燃える様に熱く疼き始めた。流れる血液全てが熱湯に変わったみたいに全身が熱くなる。
「じゃあ行くぜ、パチュリー」
「ええ」
体中を駆け巡るありったけの熱を、想いを、魔力を注ぎ込む。恋符に書かれた魔術文字が赤く輝き出す。
そして。
「「恋符」」
私達は同時に叫んだ。
「「マスタースパーク!」」
赤色をした恋の魔砲が扉へ放たれた。
歪な形をした月が浮かぶ秋の夜。
魔女と魔法使いの二人は、永夜の扉を開く。