本来、悪魔の犬とは忠誠心溢れる最高の従者に与えられる尊称であり、
決して常に主人を想って ハァハァ しているから与えられる蔑称ではないのだ。
《合成前》
さわやかな朝
「ハァハァ、ハァハア、ハッハッハッハッハッハッ………くぅん。―――ハーーハーー……」
額に浮き出た心地よい汗を拭いながら、完全で瀟洒な悪魔の犬はプライベートスクエアを解除する。
咲夜の世界――
凍った時の中で、わたしだけが自由に振舞える。
静止した空間で、わたしだけが自在に羽ばたける。
何人たりとも侵入不可能な、悪魔の犬のなわばり。
稀に何かの間違いで入門してくる馬鹿がいるが、そんなものは考慮するに値しない例外。
たとえお嬢様だとて、我が身に直接的な危害が加わらない限り、私を感知できない。
この能力がある限り、すべての時間は私のもの。
止まった時間が続く限り――すべての萌えは私のもの。
「――はふぅぅーーー。今日もイイ寝顔でしたわ……お嬢様。
あどけなく開いた小さなおくちから覗く……可愛らしい八重歯。
桜色のふうわりぽよぽよの、ブルワアアァァーーッツ……と武者ぶり尽くしたくなるほっぺ。
枕元に流れる高貴な御髪なんぞ見つけた日にゃあ、
思いっきし顔を埋めてズビズバかぐわしい香りをこの汚れた肺腑にふんだんに、
そう、ふんだんに吸って吸って吸って吸って―――(吐くなんて勿体無いこと、できるのかしら否できはしない)
吸い込みまくって髪の毛ひとつ余さずに賞味いたしますですよ」
先程まであるじの寝室に時を止めて忍び込み、
枕元でハァハァ言いながらメイド服の秘密ポケットに両手を突っ込み(巷ではこれをもっこすぽーずと呼称するらしい)
ごそごそしながら、能力の続く限りうっとりとレミリア観賞をしていた咲夜。
こういうとき永遠に時間停止できぬ、己の限界を感じることが……無念で無念で堪らない。
いっそ、中国あたりに胸のパッドを故意にけなさせて、ぶち切れ効果が追加されました。停止限界時間更新おめでとー……な展開に持っていこうかと真剣に悩んだ。
「モゴモゴモゴ……レロレロレロ……プッ」
しばらく無言で、口の中に含んだお嬢様の髪の毛を弄んだ後に、手の平に熱い吐息と共に丁重に吐き出す。
ああ、十六夜 咲夜。彼女こそは完全で瀟洒な冥土。
その手にちょこんと乗せられた、寿結びの紅魔の髪の毛の成れの果てを見れば、
誰もが彼女のかん(女X3)膳で少女な手練手管を疑うまい。
「ん……よし! 今日もお嬢様と私の運命は――固く硬く堅く結ばれてるわね。
ふふ、咲夜の絶技はこのとおり蝶・絶好調ですわ。
気が向いたらいつでも私の寝室にいらしてくださいね…
くふっ、くふふっ……お、おおおおぉぉおじょうさまぁぁ……すきじゃああぁぁらヴ、らヴ、ラララララーーーヴ!」
うん
この上なく瀟洒。
絶望的に完全。
“たとえ相手が天下人だろーがレミリアさまだろうが―――頭は下げても、発情テンションは下げず”
これが紅魔館きっての傾き者(かぶきもの)の生き様。
悪魔の(ように堕落しきった)犬、十六夜 咲夜の、トレーニングと生き甲斐を兼ねた、毎朝欠かさず行なう――
ちょっとした普通の日常挨拶である。
――正確には「あった」というべきか。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
《合成後》
もっと、さわやかな朝
「………?」
夢を見ていた気がする。
おぼろげで他人のような記憶を意識の底に置き去りにし、さくやんは目を覚ました。
「………すーすー」
?
なんだか首の辺りに、暖かい温もりを持った柔らかで滑らかなまふりゃーが巻きついている。
わふ? と視線を下すとそこには綺麗な肌色をした、とてもいい匂いのする物体があった。
なんだろうと思い、天井を向いていた顔を、耳元ですやすや天上の音楽を奏でているなにかに向けた。
「………」
時が止まった。
細かな描写は不要。それでよいと思える程度には読者の想像力を信仰している。
事実のみを伝えると、そこにはさくやんの頭にほお擦りするように眠るお姫様――レミリア・スカーレットの愛くるしい顔があった。
「………わん」
不思議と普段のような激しく狂おしい欲望は沸いてこない。
でも
なんだかとっても胸の辺りが暖かくなった。
「…………うにゃうにゃ……さくや……ん」
レミリアの寝言がさくやんの犬みみを打つ。
「わふ」
はい、なんでしょうか? お嬢様
――あら? おかしいわね。なんで私は……
徐々に甦るゆうべの顛末。
そうだ、この身はパチュリー様の妖しい儀式で……
布団の下でぱたぱたとしっぽが無意識に揺れる。
ぎゅっと全身を密着させ――ほお擦りしながら両手両足をさくやんの体に絡ませて、とても幸せそうに眠る紅魔の嬢。
なんかほっぺがべたべたするなぁ。と思ったら、それはレミリア様のよだれだった。
ゆうべの水符を受けた際にびしょ濡れになったからであろう、ふたりとも一糸纏わぬすっぱだか。
…………
………………………
状況は理解した。
普段の自分ならば――
† † †
“―――………。くふ、くふふ。なんたる幸運。なんたる僥倖。ああ、あまりに瀟洒で完全な我が身が恨めしいわ”
“据え膳喰わぬはなんとやら。愛しき人しき想しきよ。実に爽快、実に愉快、実に――傑作”
“それじゃあいっちょ気合入れて、冒(ぼうだよ、ぼう)して愛撫して密着して揃えて――晒しましょうかね”
“さあ、十六夜を始めようか―――“
以下検閲削除
† † †
………。
我ながら、なんて恐ろしい。
こんなにも純粋に自分を好いてくれているご主人さまに、なんてことをしようというのだろう。昔の自分は。
「わふー」
なんだか余りにもレミリアさまの体温が心地よくって、眠たくなってきた。
本当はこれからお嬢様を優しくお起こしして、精一杯お仕えしようと思ったのだけど、
ん……
眠い
…………
………………………
まあ、いいかな。
続きは、またこんどで。
「わふわふ」
ぺろり
おやすみなさい、おじょうさま。
「うにゃー……だいすきー……さくや
最後に零れた寝言。
それが「さくや」なのか「さくやん」なのかは、しあわせそうに抱き合って眠る彼女たちにとっては些細なことであろう。
こうして、さくやんとお嬢様の記念すべき最初の朝は、何事も起こらずに過ぎていった。
日々平穏。
つまらなくもあり、特殊なイベントもまったく起こらなかったが、当人たちにとっては最高によい朝なのだから。
邪魔するのも、無粋かと。
続きはまたの機会に。
このまま素敵路線を突っ走って頂きたい!
それとも、純真なわんことしてさくやんを表現するべきなのか?
レミィもどうさくやんと接するべきか…。
……ぐはぁ。方向性が定まらぬ……。2話め書けないー。