朝起きると、魚が部屋を泳いでいた。詳しい種類は分からないけど青物系のやつ。
びっくりしてメリーを起こしたら「雨が降り込んだだけでしょ」とのお言葉を頂いた。なるほど確かにサーサーと雨音がする。
確認してみると、窓は網戸を残して全開だった。昨夜換気をしたときに閉め忘れたのだろう。メリーの言う通り雨が降り込んでもおかしくない。
窓を閉めるべく手を伸ばす。と、米粒サイズの白い物体が宙に浮いていることに気づいた。
よくよく観察してみれば小さな魚の形をしている。
見渡してみれば周りには、ちりめんじゃこだかシラスだか小さい魚がたくさん泳いでいた。
なんだか可愛らしくて、ちょっとした水族館気分になって、目を奪われてしまう。
しばらく眺めていると、さらに気づくことがあった。
魚の動きに流れがある。彼らは窓の方からやって来ているようだ。
目を凝らせば、網戸の隙間を小魚が泳ぎ抜けてくるのが見て取れた。
きっと振り込んだ雨が魚に姿を変えているのだ。
「水魚の交わり」という言葉もあるくらいだし、雨水も魚も同じようなものである。
部屋を回遊する青魚たちは、この稚魚が成長した姿に違いない。
こうなると探求心が湧いてくる。雨粒以外の水だったらどうなるのだろう。
思い立ったら即行動。私はキッチンに行って、水道の蛇口に手を掛けた。恐る恐る栓をひねる。
どうやら私の予感は正しかったらしい。
蛇口の先からは、水の代わりにワカサギサイズの魚が現れた。
ぶるぶると身を捩って管から抜け出し、すっとシンクの上を泳ぎ始める。
ぼうっとしていると次から次へと飛び出してきた。
放っておくと大変なことになりそうなので適当なタイミングで栓を締めておいた。
さて、これではっきりした。
ありとあらゆ水分が、この部屋に入った途端に魚へと変わるのだ。
水道が使えないのは不便だけど、これはこれで楽しそうである。
優雅に泳ぐ魚たちを見て私はわくわくした気分になっていた。
そんなときだった。突如響く「きゃあ!」という悲鳴。
バスルームの方から聞こえた。急いでそちらへ向かう。
風呂の戸を開けると、裸のメリーが尻餅をついていた。
手にはシャワーヘッドが握られていて、そこからとめどなく出てくる魚たち。
イワシか何かだろう。照明の光を反射して鱗がキラキラ輝いている。
本来そこから出てくるはずの水流がそっくりそのまま魚となり、大きな群れをなしていた。ぐるぐると渦を巻いている。
こんな映像をドキュメンタリー番組で見たことがある。捕食者から身を守るために群れを作っているとかなんとか。
一匹一匹は小さくても、大量に集まると圧倒されるものがあった。
もしかしたらこの魚たちも私を外敵と思っているのかもしれない。
体にビチビチぶつかる感触がした。
吞気に考え事をしている間に風呂場の許容量をオーバーしたらしい。
行き場を失った魚たちが外へ外へと流れ出ていく。その勢いや波の如し。
「ちょっとメリー! シャワー止めて!」
私は慌てて叫んだ。
しかし煌めく奔流は収まるどころか勢いを増すばかり。
一瞬のうちに視界は銀と青で埋め尽くされた。目を開けているのもやっとなくらいだ。
私の声は届いているのだろうか。もうメリーの様子は分からない。
「メリー! メリー!」
津波と化した群れに流され、バスルームから押し出される。
なだれ込む魚たちに、廊下もすぐ埋め尽くされる。
ヤバい。そう思った時には手遅れだった。もはや為す術はなかった。
いくらもがいても押し流される。ヒレや尻尾が痛い。息が詰まる。
人間はか弱い生き物なのだと実感した。私はここで、生臭い魚に囲まれて死んでいくしかないのだろう。
諦めかけていたそのとき、背中にドンと衝撃が走った。どうやら壁にぶつかったらしい。
魚群はまだまだ勢力を増していて、張り付けられるように感じる。
同時に手に触れる突起物。反射的に探ってみる。この形状は、多分ドアノブ。
いつの間にか玄関まで流されていたようだ。
不幸中の幸い。とにかく一度外に出よう。そう考えドアノブを捻る。
周囲では行き場を失った魚たちがひしめき合っていて身動きが取れない。
なんとか踏ん張り、体でドアを押し開ける。
ぎゅうぎゅうに詰まった魚の圧力が助けになったのだと思う。扉は意外にすんなり動いた。
風呂の栓を抜いたようだった。
風船から空気が抜けるみたいに、魚たちは外へと飛び出した。
そして家の境界を越えた途端、大小さまざまな水滴となり、空へと昇っていく。
あっという間の出来事だった。
一匹残らず吸い出されるように家から出て行き、遥か彼方へ還ってしまった。
呆気にとられて、ドアを開けた姿勢のまましばらく放心状態になっていた。
そんな私を現実に引き戻したのは、バスルームから聞こえる物音。
そういえば、メリーは大丈夫だろうか。
息を切らして戻ると、メリーは風呂場で倒れていた。
時折痙攣するかのようにビクンビクンと震えている。
「メリー、何してるの」
「打ち上げられた魚の真似」
蹴り飛ばしてやろうかと思った。
びっくりしてメリーを起こしたら「雨が降り込んだだけでしょ」とのお言葉を頂いた。なるほど確かにサーサーと雨音がする。
確認してみると、窓は網戸を残して全開だった。昨夜換気をしたときに閉め忘れたのだろう。メリーの言う通り雨が降り込んでもおかしくない。
窓を閉めるべく手を伸ばす。と、米粒サイズの白い物体が宙に浮いていることに気づいた。
よくよく観察してみれば小さな魚の形をしている。
見渡してみれば周りには、ちりめんじゃこだかシラスだか小さい魚がたくさん泳いでいた。
なんだか可愛らしくて、ちょっとした水族館気分になって、目を奪われてしまう。
しばらく眺めていると、さらに気づくことがあった。
魚の動きに流れがある。彼らは窓の方からやって来ているようだ。
目を凝らせば、網戸の隙間を小魚が泳ぎ抜けてくるのが見て取れた。
きっと振り込んだ雨が魚に姿を変えているのだ。
「水魚の交わり」という言葉もあるくらいだし、雨水も魚も同じようなものである。
部屋を回遊する青魚たちは、この稚魚が成長した姿に違いない。
こうなると探求心が湧いてくる。雨粒以外の水だったらどうなるのだろう。
思い立ったら即行動。私はキッチンに行って、水道の蛇口に手を掛けた。恐る恐る栓をひねる。
どうやら私の予感は正しかったらしい。
蛇口の先からは、水の代わりにワカサギサイズの魚が現れた。
ぶるぶると身を捩って管から抜け出し、すっとシンクの上を泳ぎ始める。
ぼうっとしていると次から次へと飛び出してきた。
放っておくと大変なことになりそうなので適当なタイミングで栓を締めておいた。
さて、これではっきりした。
ありとあらゆ水分が、この部屋に入った途端に魚へと変わるのだ。
水道が使えないのは不便だけど、これはこれで楽しそうである。
優雅に泳ぐ魚たちを見て私はわくわくした気分になっていた。
そんなときだった。突如響く「きゃあ!」という悲鳴。
バスルームの方から聞こえた。急いでそちらへ向かう。
風呂の戸を開けると、裸のメリーが尻餅をついていた。
手にはシャワーヘッドが握られていて、そこからとめどなく出てくる魚たち。
イワシか何かだろう。照明の光を反射して鱗がキラキラ輝いている。
本来そこから出てくるはずの水流がそっくりそのまま魚となり、大きな群れをなしていた。ぐるぐると渦を巻いている。
こんな映像をドキュメンタリー番組で見たことがある。捕食者から身を守るために群れを作っているとかなんとか。
一匹一匹は小さくても、大量に集まると圧倒されるものがあった。
もしかしたらこの魚たちも私を外敵と思っているのかもしれない。
体にビチビチぶつかる感触がした。
吞気に考え事をしている間に風呂場の許容量をオーバーしたらしい。
行き場を失った魚たちが外へ外へと流れ出ていく。その勢いや波の如し。
「ちょっとメリー! シャワー止めて!」
私は慌てて叫んだ。
しかし煌めく奔流は収まるどころか勢いを増すばかり。
一瞬のうちに視界は銀と青で埋め尽くされた。目を開けているのもやっとなくらいだ。
私の声は届いているのだろうか。もうメリーの様子は分からない。
「メリー! メリー!」
津波と化した群れに流され、バスルームから押し出される。
なだれ込む魚たちに、廊下もすぐ埋め尽くされる。
ヤバい。そう思った時には手遅れだった。もはや為す術はなかった。
いくらもがいても押し流される。ヒレや尻尾が痛い。息が詰まる。
人間はか弱い生き物なのだと実感した。私はここで、生臭い魚に囲まれて死んでいくしかないのだろう。
諦めかけていたそのとき、背中にドンと衝撃が走った。どうやら壁にぶつかったらしい。
魚群はまだまだ勢力を増していて、張り付けられるように感じる。
同時に手に触れる突起物。反射的に探ってみる。この形状は、多分ドアノブ。
いつの間にか玄関まで流されていたようだ。
不幸中の幸い。とにかく一度外に出よう。そう考えドアノブを捻る。
周囲では行き場を失った魚たちがひしめき合っていて身動きが取れない。
なんとか踏ん張り、体でドアを押し開ける。
ぎゅうぎゅうに詰まった魚の圧力が助けになったのだと思う。扉は意外にすんなり動いた。
風呂の栓を抜いたようだった。
風船から空気が抜けるみたいに、魚たちは外へと飛び出した。
そして家の境界を越えた途端、大小さまざまな水滴となり、空へと昇っていく。
あっという間の出来事だった。
一匹残らず吸い出されるように家から出て行き、遥か彼方へ還ってしまった。
呆気にとられて、ドアを開けた姿勢のまましばらく放心状態になっていた。
そんな私を現実に引き戻したのは、バスルームから聞こえる物音。
そういえば、メリーは大丈夫だろうか。
息を切らして戻ると、メリーは風呂場で倒れていた。
時折痙攣するかのようにビクンビクンと震えている。
「メリー、何してるの」
「打ち上げられた魚の真似」
蹴り飛ばしてやろうかと思った。
良かったです
不思議なものを不思議なものとして受け入れて、そのうえで好奇心に突き動かされる蓮子がよかったです
急にすべてが嫌になったようなメリーも素晴らしかったです
オチの二人が割と余裕あって笑いました。
部屋の中で何故か水分という水分の全てが魚になって泳ぎだすというそのシチュエーションもSFチックで、秘封倶楽部の二人にピッタシだったと思います。ラストのメリーも大好き。
短いながらも猛烈な印象の残る作品をありがとうございました。