Coolier - 新生・東方創想話

是非曲直庁って十回ゆって

2020/08/13 01:50:44
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是非曲直庁って十回ゆって




 ロケーション。
 ふたりして、残業を終えた、夜の淵。

「映姫」

 ほのあかるい居酒屋の奥の席。座りよいむらさき色の座布団に胡座を組んで、小野塚小町が酔いに任せて呼びすてる。
 枝豆をひとつ押しだして、四季映姫・ヤマザナドゥは奥歯で噛みしめる。それから小町のほうを見て首を傾げた。

「何」
「是非曲直庁って十回ゆって」
「んあ?」

 映姫の珍しい抜けた声。
 映姫はまず杯から焼酎を呷って息を吐く。度数25度の熱い息。

「なん? ……なんですって」
「だからあ……フフフフ、フフ。是非曲直庁って十回ゆってえ?」

 酒に呑まれた映姫の頭へ、急に冷水じみたつめたい思考が昇ってくる。
 是非曲直庁って十回ゆって?
 是非曲直庁って十回ゆったら、なんだと言うのだ。

「ほら、早くゆってくださいよ」
「なんで私にそれを言わせたいの」
「なんでって、ただの早口コトバでしょうが?」

 もちろん映姫は知っていた。
 早口コトバ。生麦、生米、生卵。
 映姫は知っているのに、言いたくなかった。
 居酒屋に来てふたりはしばらく、仕事の愚痴や不満などを並べていた。なのに小町が酔っぱらったついでとばかりに勢いづいて 「是非曲直庁って十回ゆって?」 と言ってきたのが、映姫は急に不愉快だったのだ。
 しかし不愉快さには、特に論理的な理由もなかった。それは“なんだか”不愉快だった。
 あるいは映姫も酔っているためかもしれない。そのために沸点とか琴線とか、そう言うのがいつもとちがう位置に置かれていて、偶然にも小町の発言が、そこに触れてしまったのかもしれない。
 映姫はなんだか小町のことを、喉に刺さった魚の小骨のように憎んだ。

「なんで……私がそんなことを言わないといけないの」
「はあ?」

 小町の目つきが鋭くなった。それから短い沈黙が、ふたりの肩にのしかかる。あたかも裁判のさなかのように。
 うっすらと敵意を滲ませながら、そのくせふたりはまず示しあわせたように、西部劇の漢たちが、同時に銃を引きぬくように、そろって酒を口にはこんだ。
 しまった、まずった。と映姫は思う。
 なんてむごい返事をしてしまったのだろう。せめて冗談めかして言うべきなのに。それでも口が走ったのだ駄馬のように。
 しかし、あからさまに上司へ向かって、失敗を期待して早口コトバを投げかける、小町がわるいと言うきもち。
 かと思うと、かわいらしい部下の些細な冗談に乗れない自分がいやだと言うきもち。
 それらが頭の中でからまわる。
 まず自分がこうも怒っている理由すら分からないのに。
 それはかさねて“なんだか”のためでしかないのである。たいした理由がないのである。
 それが酒に酔うと言うことである。

「ちっ……」

 小町が舌を打ちすえる。上司への敬意などかけらもない。

「ノリわる……そんなふうだから、あんた恋愛できないんですよ」
「恋愛できないのは関係ないでしょうが今!」
「できるのお?」
「いや。でき……ないけど」
「ほらね」
「でもそれは、その。私は閻魔だし、地蔵だし……多忙とか種族の問題で……」
「部下と飲む時間はあるのに?」
「……」
「時間、あるのに?」
「うるさいなあ!」

 映姫は机に拳を叩きつける。

「そう言うおまえはどうなんです、私と一緒に飲んでるでしょうが?」
「あたいですか?」

 小町が小悪党のようにへらへらと笑う。

「あたいは映姫さまより休みが多いんで? それはもう休日はやってますよ、やりまくりです」
「や、や、や、やりまくりって……?」
「これかな!」

 映姫は突然、距離をいじって瞬時にとなりへ移ってきた小町の手に、胸をわしづかみにされた。
 胸、ないのに。
 数秒して理解が及んだ刹那に、映姫は顔を茹であがらせつつ、もう小町から跳びのいていた。

「何するのよ!」
「ちっさあ……」
「は?」
「ちっさあ! ……けらけら、けらけら」

 映姫の頬に、羞恥とはちがう赤みが昇った。逆さまの、龍の鱗に、触れたのだ。
 咄嗟に反論しようとして、けれども映姫はなんだか声が出なかった。
 恋愛の経験がないのは事実だったし、胸がないのも事実なのだ。
 別に論理的に反駁する必要なんてないのに。
 馬鹿って言えばよい。くたばれって言えばよい。
 こんな口論は言ったほうが勝ちなのに。
 映姫は小町を睨みながら、彼女の体を眺めてみる。
 小町の胸は映姫よりも豊満だったし、体つきは健康的で、いかにも異性に好かれそうだ。性格も快活で、誰かと気さくに話すには申しぶんない。
 それをまじまじと確かめると、映姫は急に、自分のすべてが小町に劣っている気がしてしまった。
 いや、待て。私は小町より仕事ができるぞ。就業規則は守っているし、周囲の模範になるよういつも努めている。と映姫は自分を鼓舞してみる。
 しかし、それがなんだと言うのだろう。
 そのためにいつも、是非曲直庁では恐れられている気がするし、人里では説教くさいと迷惑がられていることを、映姫は知っていた。
 四季さまって恐いよね。厳しすぎるし。趣味とかなさそう。
 そんな陰口を、是非曲直庁の廊下で聞いてしまったことがある。

「なんですか、そんなふうに言いたいほうだいして……」
「えっ」
「私だってねえ。だってねえ……ぐす、ぐす」

 はちきれんばかりの感情が、映姫の目から涙として溢れだす。
 しゃくりあげ、両手で目を覆いかくす映姫を見て、小町の頭は酔いから急激に覚めてしまう。顔はもちろん、青ざめた。

「四季さま、その」
「何が是非曲直庁って十回ゆってよ、何が恋愛よ。たしかに私はノリもわるいし経験もないわよ、でも仕方ないじゃないのよ。忙しくてそう言うことに時間が取れなかったんだから。なのにさぼり死神のあんたから、どうしてそんなふうに言われないといけないの? さぼって色事にうつつを抜かしてたら、それは経験も豊富でしょうが?
 そんなの黒よ。役所づとめのくせに黒よ。そんなに十回ゆってほしいなら、黒って十回ゆってやるわよ。
 小町は黒。うたがいようのない黒!
 黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒!」
「四季さま、ちがうんですよ。本当はあの、冗談のつもりだったんですって……」
「冗談も相手に伝わらなかったら意味がないでしょうが、不愉快でしょうが? ひとりで満足してぺらぺら、へらへらと話してるんじゃないわよ」
「店員さあん、ちょっと会計よろしいですか! 本当にごめんなさい、すぐに出ますから……」

 周りの視線が集まってきたので、小町はいそいで金を払うと、映姫を背中に担いで居酒屋を出た。




 ロケーション。
 夜空には、黄色の瞳。ぐずる上司を背中に乗せ、しょげかえる部下。
 どうしてこんなことになったのだろう? と小町は思う。
 言わずもがな是非曲直庁って十回ゆって? が原因だ。それから映姫が急に不機嫌になってしまったのだ。
 そう考えると小町は今のありさまが、あまりに理不尽でしかなく、まるで整合性がなさすぎると憤りたくなってしまう。
 しかし恋愛がどうこうと重箱の隅をつついて煽りたてたのは自分だったし、先に泣かせたのも自分だった。
 こう言うときは、先に泣かせてしまったほうが負けなのである。
 小町は三途の川に着くと、映姫を自分の船に乗せて、彼女を刺激しないように、ゆっくりと彼岸へ漕ぎだしてゆく。
 船が水を分ける音だけがする。気まずい沈黙に、たまらず小町は語りかける。

「四季さま、機嫌なおしてくださいよう」
「……なら」
「なら?」
「飲みなおさせてくれたら考える」

 頭の冴えてしまった小町とちがって、映姫はまだ酔っていた。頭がふらふらと揺れているので、それと知れた。

「まだ酒ですか? 今日はもう已めておいたほうが、よろしいんじゃないですか?」
「ぐす……」
「分かりました、分かりましたってば! そんなに泣かないでくださいよ。あたいの部屋にある安酒なら、好きに飲んでもらってかまいませんから!」
「やった! けらけら、けらけら」
「これはもう、駄目だ。ヘンな四季さま、ヘンな状況。おたがい明日の朝は頭をかかえることになりますよ。頭痛とか……自分の態度を思いだしてね。酒は飲んでも、呑まれるなって……誰が最初に言ったんでしょう?」
「このまえ裁いたポーランド人」
「本当?」
「適当! ポーランド人が幻想郷にいるわけないでしょ。小町って馬鹿? フフフフ、フフ」
「分かりません」
「私も……」

 やがて彼岸へ渡りきった。
 是非曲直庁の自分の寮に映姫を連れこみ、小町は酒瓶と杯を机に持ってくる。
 映姫は小町が薄給で買ってきた安酒を、遠慮なくぐびぐびと飲みはじめた。

「ちくしょう。私はあなたとちがって、給料が安いんだ。もうヤケだ、ちくしょう」

 小町もまた勢いづいて、せめて自分で買った酒を、映姫にあまり飲まれないように胃へ流しこむ。
 たいして話す気にはならなかった。ふたりともさきほどの轍を踏みたくなかったのかもしれない。
 飲んでいた。ひたすら。
 ようやく映姫が口をひらいたのは、飲みなおしはじめて一時間もしてからだった。一時間で酒瓶の中身はほとんどカラだ。

「でも、あれよね。そう言えば……小町って実際どうなの」
「ヒッ……んあ?」

 しゃっくりもはばからず、小町は呂律の回らない返事をした。

「だから、自分で言ってたやつ。やりまくりが、どうとか……」

 と映姫は恥ずかしそうに小さく言った。

「あれはほら、あれですよ。からかうための嘘と言いますか」
「じゃあ、したことはないんだ」
「したことはないこともないですが……」
「やりまくりってわけですか?」
「やりまくりではないですって。やったことがあるってだけです」
「ふん……」

 不意に小町は、映姫の胸を横目で見た。
 そう言えば、触れてしまったんだっけ。と小町は右手をそわそわと動かす。
 それに制服を脱いで、私服の着物を着ている映姫の首もとは汗ばんでいた。小町は急にそれがいやに扇状的に見えてしまって、思わず目をそらした。

「私って仕事ばかりで、本当に無知なのよ、そう言うこと…」
「別にわるいことじゃないですよ」
「でもこんな歳にまでなって、したことないのを改めるとみっともないし……」
「そうですかねえ……」
「誰か相手をしてくれないのかしら……」

 小町は思わず唾を飲む。

「それ、素ですか?」
「何が」
「いや、誘われてるのかなと……」
「えっ」

 一緒にいて沈黙が満ちるのは、今日はこれで三度目だった。しかし今度の沈黙は、もう沈黙しているだけで劣情らしきものを駆りたてた。
 この沈黙がやぶれたあかつきには、自分はどうにかなってしまうんじゃないかと言う気がした。すくなくとも小町はそうだった。
 しまった、まずった。と小町は気分を変えようと震える指を酒瓶に伸ばす。
 しかし瓶は取りそこなった。そして取りそこなった瓶は、そのまま映姫のほうに倒れ、その着物を盛大に濡らしてしまうのだった。

「つめたいっ」
「あっ、あっ。ごめんなさい、ごめんなさい! 何してんだか本当に私……」

 小町は手ぬぐいを懐から取りだし、映姫の傍に寄って、手ぬぐいに酒を吸わせようと、濡れてしまった着物、その脇腹あたりに押しあてた。

「あっ……」

 しかし触れられたとき、映姫がそんなふうに、色っぽい声をだすものだから、小町の手もぴたりと止まってしまう。
 四度目の沈黙だった。しかし今度の沈黙はもうなんの意味も持たなかった。まるでひどく暴れる馬は、時間が経って落ちつくのを待つしかないように、これからおこなわれることを、止める効果はなさそうに思ってしまった。

「四季、さま、その」
「その、小町」
「はい」
「無知ってよくないと思うのよ。なんでもよ。ほら……閻魔、なんだし? どんなことでも、できるだけ知っておいたほうがいい……のかしら? 小町はどう思う?」
「は……い」

 冷静になれ。相手は閻魔さまだぞ。手をだしたらとんでもないことになるんじゃないか。それに顔が近い。睫毛がながい。目がきれい。髪がみどり新緑のように。冷静になれ。酒がわるい。映姫さまがそんなふうに見えるのは酒に酔っているためなのだ。落ちついて何かをかぞえよう。是非曲直庁をかぞえそう。まずこんなことになったのは是非曲直庁って十回ゆってが発端なのだから、したがって是非曲直庁って十回ゆえば万事すべてうまくおさまるに決まっているのだ。それが輪廻転生の正体じゃないのか。と小町は頭に問いかける。

「是非……」

 しかし考えているあいだに、映姫が目を潤ませて、小町の袖をやんわりと掴んでくるものだから……。
 小町は思った。
 もう、どうにでもなれ。




 ロケーション。寮の自室。
 飲みあかした、朝の淵。

「頭いったあ……」

 目が覚めて開口一番に小町はぼやいた。
 そんな頭痛を吹きとばすように、目にとびこんでくる、映姫の顔。

「えっ」

 毛布はかぶっているけれども、肩口の肌色が見えるあたり、映姫は何も着ていないらしかった。まずどうして彼女と一緒に裸のまま自室の布団で眠っていたのか、小町はどうも思いだせない。

「是非曲直庁……」

 小町は昨晩を必死に思いだそうとして、けれども頭には是非曲直庁と言う勤めさきの名前ばかりが浮かんでくる。
 是非曲直庁?
 是非曲直庁がなんだと言うのだ。
 そんな言葉は、別に事態をあきらかにしないし、好転させもしなかった。
 そんなに是非曲直庁が好きなら裁判でも喰らってろ! と小町は混乱してしまう。
 不意に映姫が目を覚まし、ふたりの視線がかちあった。
 小町は乾いた喉をふるわせて、言葉をなんとか絞りだした。

「おは、よう、ございます……」

 挨拶した。だって小町にはそう言うほかに何もできない。すくなくとも是非曲直庁と脈絡もなしに言うよりはましと考えるほかない。
 分かるのは、きっと脈絡もなしに是非曲直庁と言うのは、どんな状況でも危険をもたらすと言うことだ。そのうえそれが早口コトバだとしたら、そのときは平和な生活さようならである。
 映姫が頬を染めながら、小町を見つめてこう言った。

「その……これからよろしくおねがいします」
「えっ……?」
「えっ……」
















 それから幸せに暮らした。




是非曲直庁って十回ゆって 終わり
アルコオオオオル! 超エキサイティング!
ドクター・ヴィオラ
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コメント



0.50簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
良いこまえーきでした
2.100平田削除
なんだか懐かしいこの感じ。

是非曲直庁と十回となえりゃあっと驚きこまえーき
3.90奇声を発する程度の能力削除
良い二人でした
4.90名前が無い程度の能力削除
上手いし美味かったです
6.90保冷剤削除
白でも黒と言わなくちゃならない関係の始まりだ……ここからが本当の是非曲直庁だ
7.100終身削除
アルコールって恐ろしい お酒の入った2人が気楽なようないつも以上にやり取りに困っているような感じがして台詞がいちいち面白かったです 仕事だけはよく真面目にできるけど小町にちょっとコンプレックスのある映姫って良いですね
8.100めそふらん削除
超エキサイティングしたこまえーき可愛かったです
小町に劣等感を抱いて泣き出す映姫の姿は微笑ましく感じられました。
その後の関係はお酒のせいになるのか、それとも…というなんとも続きが気になる終わり方で面白かったです
9.100名前が無い程度の能力削除
二人がただただ可愛くて、アルコールパワーを感じました
10.100ヘンプ削除
こまえーき……可愛いですね。そして二人でいきなり寝たのびっくりしました。幸せに暮らしたなら最高。
11.100Actadust削除
行き遅れてしまった30代後半の差し飲み感が出てて妙にリアルでした。
すれ違っててんやわんやして最後に落ち着く場所に落ち着いてよかったです。幸せになって……。
12.100南条削除
おもしろかったです
濃厚なラブストーリーでよかったです
2人が幸せに暮らせたのでしたらなによりです
13.100サク_ウマ削除
情緒不安定すぎない???
良かったです
14.80夏後冬前削除
映姫さまが悪酔いしてブチ切れるところなんか妙にリアルでいいムードでした。
15.100名前が無い程度の能力削除
これはいいね!
16.90名前が無い程度の能力削除
これは濃厚なこまえーき
17.90名前が無い程度の能力削除
これは素晴らしいこまえーき
18.100モブ削除
せめて長生きしているなら、もうちょっとお酒の飲み方を……というのは人間の考え方なのでしょうね。永く生きていれば、それだけ酒の量も増えるのかもしれません。面白かったです。ご馳走様でした。