Coolier - 新生・東方創想話

下へ上へのプロトラクター

2020/07/11 10:02:49
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「藍、こっちへ」
「はい」
橙の身なりを整えていたところで、スキマの中の紫様から呼ばれた。
私はスキマへと走った。少し遠かっただけなので小走り程度だが。
「調査を頼むわ」
「はい、何でしょう」
「地底のことは知っているかしら」
「…恥ずかしながら、存じ上げません」
「いいのよー、最初から、あらゆることを知っている者なんていないのだから」
紫様は寛容なお方だ。
きっと紫様本人は、あらゆる事を知っておられる。その上で、このようなことをおっしゃってくれる。
「調べてほしいのは、その地底でも深部にある、地霊殿のこと」
「地霊殿」
「そうよ」
「そこは、どんな場所なのですか」
「うーん、一言で言えば、キケンね」
紫様が、形式張って私を送り出す先は、ほとんどが危険な場所である。
私は式だ。主の手を煩わせないため、という点で、危険を味わうのは当然だろう。
「どのように、でしょう」
「ん~~~、一番はサトリ妖怪かしら」
妖怪か。
だが、妖怪ということだけでそんな危険はあるはずはない。能力の危険か?
「どのような能力なのでしょう」
「おっ、冴えてるわよ藍、そこのところだからね」
悪い気はしない。
「なんといっても、その能力、心を読む能力が厄介なの」
「なんと」
心を読む。
そんなことをできる妖怪がいたとは。恐れ入るぞ。
「ま、藍のことだし、これだけ伝えておけば充分だとは思うわ」
「…承知しました」
たった一つの注意点ではあったが、確かに。
危険以外の何物でもないな。だが、しかし…。
「…すみません紫様」
「んー、なぁに」
「もう少し、助言というか、その」
「対策がほしいのかしら」
いや、そこまででもない。
心を読まれようがなんだろうが、その「読まれる速度」を上回る速度で対応すればいいのだ。それは明白と言えるだろう。
ただ…。
「私一人で、できるでしょうか」
「ああ、大丈夫じゃないかしら」
うぐ。
初めての場所に、一人で。
私は紫様の式ではあるが、未熟だ。そればかりは誤魔化しようがない事実だ。
本当に、大丈夫なのだろうか。
「大丈夫大丈夫、本当に危ない時はこっそり助けてあげるわよ」
それはもはや私が行く意味をなさないのでは…。
「…わかりました、行ってみようと思います」
「うん、流石藍ね、それでこそよ」
それでこそって、何がだろうか?
まあ、私の本分は命令をこなすことだ。
そう思って、玄関に向かって歩みを数歩進めたが、止まった。止めたのだ。
「危ないところでした、紫様」
「なによー?」
「地霊殿の、何を調査すれば」
「あ」
ちょっとした、いやだいぶ大きな、目立たないキケンを、地面すら踏まない内に味わうとは…。



むせかえるような土のにおいを浴びながら、私は歩いていた。地底への入口の方角へ。
どうも少し前まで雨が降っていたらしい。湿度も高く、蒸す。
雨降って地固まる、という言葉があるが、あれは結局何が言いたい言葉なのだろうな、などと思いながら歩いていく。
雨が降って、土が、大地が、固められる。理屈はわかる。長期的に見れば、土は水分を吸収したのち、また水分を失い、元よりも固くなる。
では、そこのところの、水分を失う、という過程についても明示すべきでは?
なんて思うのは私だけだったりするのだろうか。

特に何事もなく入口へ到達する。
これが、地底への風穴か。
地上の側から、斜めの浅い角度から見るだけでも相当に深いことがわかる。
見た目がすでに暗いし、空気の微妙な動きがそのような感覚を呼び起こしている。
頬の横を通り過ぎていくその感覚は、生暖かくもあり、冷ややかにも感じた。どういうことだ?
とにかく見ているだけでは何も始まらない。私は穴の中を真正面から、穴の角度に対して垂直に覗き込んだ。

うわ、暗い。
ここまでなのか。
太陽の光が差し込むはずなのに、まったくと言っていいほど何も見えない。こんなことが物理的に…
いや、こんな状況を味わったことがそもそも初めてなのだ。どうあがこうと、この目に見える事実は変わりようがないじゃないか。
喉を唾液が、音をたてて通過していくのがわかった。
恐怖か。
面白いな。



いったん中に入ってしまえば、なんということはなかった。
次の瞬間、というほどでは流石にないが、現在私は街道を歩いている。古い地獄の街だそうだ。
目が慣れてしまえば、地底側に入ってすぐにといっていいほど、視界の問題は解消した。明かりはいらなかった。私の隠された身体的な長所だったりするのか。
勝手に嬉しくなってしまったが、こんなことで一喜一憂していては、目的が達成できるとも思えないので、この意識はいったん封印だ。

何やら、暗がりの中に意識を感じたりはした。
一応、紫様からことづて程度には仰せつかっていたのだ。
地霊殿にたどり着くまでの、主だった微々たる厄介な存在。
病気にするクモだとか、捻じ曲がった橋のぷりんせす、だとか。
結局どちらも見かけなかったが。
出はらっていたのか。それともかなわない相手だと思われ、身を潜めていて気づけなかったのか。
まあ前者か。後者は私の思い上がりからの妄想の産物と言えなくもない。こういう思考を止めなければ、式としても一個の妖怪としても、成長に至れないだろうし。

あ、そういえば入口に入ってすぐのところで何かあったな。
何回かぶつかってこられた感覚があったが、あれは木の感触だった。
やわらかいともいえるが、固くないとも言えない、ケガに至る程度ではあると判断し、なんとなく、こう、闇の上方を裂くようにしてやったら、ぷっつんと。
ロープか?あれは。
それっきりだ。下の方へ、暗闇へその木桶みたいな物体は落下していった。なんだか情けないような声も同時に聞こえていた気はする。雑魚の妖怪の類だったのかな。


と考えている間に到着したようだ。ここが地霊殿か。
なるほど禍々しさを感じる。見た目も空気も、何やら…うさんくさい?と言うのだろうか。
だが、地底に入る時ほどは躊躇しなかった。いやできなかったのだろうか。
もしかしたら、人の言うところの好奇心であったのかもしれない。

扉を開けて、閉めるなり体当たりを食らった。何事だ。
そうして眼の前を、いやすこし下方を見ると、小さな女の子、か?とにかくそこにそんな感じのものが見えた。
見えた?よくわからないが、そういう感覚だ。
「いらっしゃい」
ああ、召使の類いであろうか。いや。だとしたらこの言葉遣いはおかしい。丁寧でない口調だ。
「ああ、こんにちは」
「こんばんは」
う、しまった、今は夜なのかな。だいぶ長い時間が経ってしまったのだろうか。急がないと。
「お嬢ちゃんはここの館の人間かい」
「そうよ」
なんだ?この違和感は。
「この館のご主人様にお会いしたいのだが」
「いいわよ」
「ありがとう」
「どういたしまして」
随分すんなりだ。もう少し、こう、悪いイメージを持っていた。
いや、恥ずかしい。私の地底への偏見はけっこうなものだったようだ。

長い廊下を歩いていく。女の子は先導して、たまに少しはしゃぐようにしてだろうか、揺れるように歩いている。
「まだ、ご主人の部屋まではかかるかい」
「そうよ」
うむ、納得はいく。実際外から見てもかなり大きな屋敷だったものな。
焦りはないわけではないが、こういった物理的な問題を気にしていては上手くいくものもいかなくなる、そんな気はするので。
「嬢ちゃんの、お名前は何と言うのかな」
「こいしよ」
濃い塩?
ああ、小石、か?えーと。
「可愛い名前だね」
「ありがと」
廊下を歩く音だけがまた響く。
…なんだ、私から喋らないと話が成立しないぞ。不気味だな。
しかし喋らざるをえまい。
「こいし、ちゃんはその、人間、だろう?」
途端に女の子の歩みが止まる。
「どうしたのかな」
何も返事がない。
な、なんだ、私から喋っても話が成立しなくなった。これは不気味を超えている。
「…もしもし」
「私は今、あなたの前にいるの」
それは見ればわかる。
「そうだよ、だからこうして」
「あなたは、私の後ろにいる」
いや、そりゃそうだが…。
「…どうしたんだい」
「どうしたいのかしら」
私へ向けた言葉か。
「いや、だから私は館の主人に会おうと」
女の子が消えた。
これはもう理解できなかった。
汗が出た。嫌なほうの、冷ややかな方の。
ひょっとしたら、いや…妖怪か。一杯食わされたのだ。
姿を消すことができる能力?まさか。そんなことができたなら、サトリ妖怪よりもずっと脅威だし、紫様もそのことを言うはずだ。
とすると、一体…?
そこで、扉が開く音がした。
何故かそれを聞いて安心したのはとても感じたところだ。

扉を開け、その後部屋に私を招き入れた主は、この館の主のサトリ妖怪だった。
自身を古明地、の、さとりと名乗っていた。
さとりと名乗るサトリ妖怪?何やらこう、単純すぎやしないか。もうちょっと、だな…。
「そうですね」
何も喋らないうちから喋られた。逆だな、さっきの女の子と。
「こいしの事ね」
そうか、心を読まれているのだ。
「その通り」
うわあ、これは…。
「ごめんなさいね、こういう性分なものですから」
いやいや、生まれ持った能力なのだろうから、それを使わないのは惜しいというものだろう。
「ありがとう」
いえ。

奇妙な、やり取りともつかぬやり取りがしばらく続いた。
私は喋らなかったが、さとりはほぼ喋り続けた。
こんな事は生まれて初めてだ。

「で、何の目的でここに来たのかしら」
しまった、当初の目的をすっかり…。
「可愛い子」
そんなそんな。
しかし、おだてるのが上手な方だ。つい私もペースに乗せられているようだな。
だが…、いつまでもこうしてるわけにもいくまい。
「あら、なぜかしら」
そりゃあそうだ。
「私は、主人の命によってここに来たのです」
「それがあなたにとっての重要な事?」
「そうです」
「そうは思えないわね」
うっ。
「ここに来てからいつまで経っても、その命を思い出してないじゃない」
「…いつまで経っても、というのはいささかおかしい表現です。まだそのような長い時間は経過していないはず」
さとりが喋るのをやめた。どうしたのだ。
すっ、と、さとりは懐中時計を取り出し、中の盤を私に見せつけた。
「もうこんな時間」
「…あ」
なんだと?
信じられん。
「そうでしょう。心地よかったでしょう。私との時間は」
う?
「心の底から、全てを共有できる相手がいなかったのね」
さとりは椅子から離れ、私へ歩いてくる。
やめろ。
「どうして?」
やめるんだ。
「理由を考えてくれないとわからないわ」
どうしてもだ。
さもなくば、私は、おまえを…。
という思考をした瞬間、さとりの歩みが止まる。
「…ごめんなさいね、冗談よ」
「………よしてください」
「ふふ、ありがとうね」
なんだ?ありがとう?さっぱりわからない。

気が付いた時には、事は全て済んでいて、私は帰宅を済ませていた。
紫様の言う地霊殿の調査は、問題なく完了した。
「紫様も、その、なんですか、もう少し…」
「なあに」
「地底の事を細かに教えておいてくださっても、よかったのに」
「何かあったの?」
何もなかった。
だが、妙な気分になったというのは、確実だ。
心を読まれるというのが、あそこまでうさんくさく、また…。
いや。駄目だ。きっと考えすぎるのが私の悪い癖なのだ。
「心を読まれることが、うさんくさいと」
ひい!?
「藍の悪い癖よね~、考えすぎるの」
あっあ。
まさか、紫様は、もしや、心を読む能力を同じように持っている…?
だとすれば、あれ。
「…紫様は、心を読めるのですね」
「…うーん、そうかもしれないわね」
どっちなのだろう。
「わからないわね」
どっち。

結局真相はわからずじまいだった。
紫様に数回同じことを問うてはみたが、同じような返事があるだけだった。
紫様の能力は、境界を操る程度の能力。そのはずだ。
どうしたらそれで、人の心を読むことができるのだろう?
ああ、もしかしたら。
私と、紫様の、境界をいじったのだろうか。
それなら頷ける。少なくとも心の境界はいじったのかもしれない。
二つの心を曖昧にして、一つのような、そうでないような。そんな状態にして、私の心を読んだのか。
…いや、それはおかしいな。そうしたら、私も紫様の心が読めるはず。
なんだ、つまらない。
…つまらない?
なんという失礼な言葉だ。式がそれを使う者に対してつまらないと言うなど、ありえない。あってはならない。
そもそも紫様が私に対して、そのように、能力を使って計らってくれると思う事自体がおこがましい。
ええい、今日はもう寝る。



眠れないまま、夜が明けた。

「藍様、眠そう…」
橙にもわかるのか。この睡眠不足が。
「大丈夫ですか?お仕事、できますか?」
正直言って自信は殆ど無いな。
「大丈夫、できるよ」
ああ、裏返し。
「それならよかったです」
ああ、眩しい笑顔。
つらいのか、楽しいのか。ないまぜになる。
橙はかわいいな。



後日になって思い返す。
地霊殿の調査そのものは、本当に他愛のないことで、もう私もそのことを忘れていた。
いや、忘れようとして、忘れられたのかもしれない。
あそこでの出来事は、本当にとても恐ろしかったから。
数で言えば2つの事しか無いが。あまりにも、人智を超えていた。
突然消え失せる妖怪。心を見透かす妖怪。
待てよ、あの妖怪どもは、姉妹か?
今になって気付くなんて、相当にヤキがまわったのかもしれないが、よくよく思い返せば風貌が似ていたかも。
姉妹であるのなら、尚更片方のことを教えてくださらなかった紫様のことを、怪しく感じてしまう。
う~む、いかんぞ。
紫様の式である私が、怪しいだなどと…。

しかし、どう収めたものか、この考え、思いを。
あそこでの出来事を、誰かに、例え紫様に話しても、信じてもらえない、と感じる。気の所為では…無いと思う。
ただ、私にはここでの生活があるのだ。
洗濯物を畳むだとか。それをまた干すだとか。ご飯を作るだとか。橙の世話だとか。紫様のお世話だとか。
そうした、これら自身もまた他愛のないことではあるが、そうしたことをしていくのにも、過去のことを思うのはハッキリ言って邪魔だ。
同時にこれらをしていくと、何故か段々と、地底での出来事を忘れていく自分に気づく。
面白いな、私、忘れられるんだな。



人間は忘れることのできる生物だと聞く。
ハッキリ言って傲慢だ。人間だけが、忘れることができるというように聞こえるからだ。
その点は、生物等しく皆同じではなかろうか。
度合いの違いはあれど、忘れるから、記憶を失くすから、前へと進める。しがらみとかいうものを、無くすから。また新たな行動を起こせるのだ。
と思ってるのだが、違うかなあ。
しかしその考えは私へと跳ね返る。私は、私自身が忘れられるということを、面白いと感じた。これもまた傲慢だ。忘れることを前提にしていなかったのだから。
そして。
何もかも覚えていて、何もかもを頭の中に収め、何もかもを知っている。そんな存在はいないと思っていたが、それが紫様なのかもしれない。
最低ウン百年以上は生きている大妖怪だとは聞いたような、だからか。それくらいはできて然るべき、なのか。
怖いというか。だからこそ、こうして安心して仕えられるというか。

地底の件で、ひとつだけ簡単に思い出せることがある。
紫様が、こう言ってくれたのだ。
「藍は、また変わったわ」
「あなたは、地底の件以前は一方向しか見ることのできない、一直線だった」
「それが今は、なんだか180度を見渡せる、パノラマのよう。いい傾向ね」
そうだろうか。それが事実であれば、嬉しいことなのだろうが。
そもパノラマというのは全景、即ち360度の指向性のことではなかったか?
だとしたら、それは紫様にこそふさわしい言葉だ。私にあてがうなど、身に余る。

と。
両の目を持つ私だから、眼前の180度か。いいな。それは。
紫様もそうだが、なんだか、無数の目を持っている気がしてならない。なぜだかは、わからない。
そしてそういえば、地底のサトリ。あれは、本当にそういえばだが、両の目以外の目を余分に持っていたな。
見えすぎてしまうというものは、身に余る。少なくとも、私にとってはそうだ。



180度、だ。
目の前へ向かって、進んでいこうじゃあないか。
地霊殿好きなので、藍様に突入してもらいました。
しかし藍様は文章において有能すぎやしませんかね。
漫画で描いたことが一度もないのに、こちらで活躍できるというのは、何か感じるものがあります。
いいないいな、式っていいな。
コンバットSK
ksk.phy@gmail.com
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コメント



0.100簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
テンポ良く読めて面白かったです
3.100終身削除
他の妖怪が自分の力を恐れて出てこないんじゃないかとちょっと考えてみたり紫とかさとりにかなり距離を感じたりとか藍がとても人間?的で融通がききそうで良いなと思いました 何事もなく地霊殿まで通過する藍強し
5.100モブ削除
会話のテンポが軽快でした。藍様はまた一つ成長したんでしょうね。ご馳走様でした。面白かったです。