Coolier - 新生・東方創想話

Fantastic Girl in Laboratory

2015/10/28 19:19:44
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 今日は、私の十五年の生涯で最も奇想天外な出来事が有った。
 遥か時空の彼方、私の住む世界とは異なる別世界から、もう一人の私がやって来たのだ。
 他人の空似でも、ドッペルゲンガーでもない。紛れも無い、だけど、やっぱり何処か違う、私自身。
 そいつは自分の師事する「御主人様」と一緒に、私の世界を調査しに来たらしかった。
 何でも、私達が日頃当たり前のように使っている力が、そいつらの世界では存在しないものとして扱われているのだそうだ。その力を研究し、あわよくば自分の物にしようというのが、調査の目的だった。
 時空を超える程の力を持っていながら、どうしてこんなものを求めるのか、私には理解出来なかったけれど、そいつらにとっては必要なことだったようだ。
 ただ、その調査の仕方というのは、随分と荒っぽかった。

「どう、私と戦ってみない?」
「なんで!?」

 異界の二人組は私に戦いを挑み、私が件の力を用いて応戦してやると、それで「データは取れた」と満足して、自分達の世界へと帰って行った。



 そして、私は――

「なんか、おもしろそうだから付いてきたぜ」

 好奇心に身を任せ、未知なる世界へと足を踏み入れた。





   ◆





 とんでもないことになった。
 まさか、魔法世界のちゆりが付いて来てしまうとは……。

「無賃乗船は感心しねーな」
「一銭だけなら払えるぜ。ほら」
「それしか持ってないのかよ」

 ちゆり――私の助手の方は「バレなきゃ大丈夫」などと楽観的に宣っていたが、平行警察の摘発だけは何としても避けなければならない。
 平行世界のものを妄りに持ち帰ることは、重大な犯罪なのだ。故意ではないにしても、過失の責任を問われ、研究施設を差し押さえられてしまうかも知れない。
 冗談ではない。
 我が非統一魔法世界論を嘲った学会の鼻を明かしてやるまで、私は絶対に研究を止めるわけにはいかないのだ。

「はあ。つまり、あんたは所謂マッドサイエンティストってヤツか」
「喧しい! 狂っているのは学会の連中の方よ!」
「そうだぜ。御主人様はちょっと思い込みが激しくて、かっとなりやすい性格で、しかもオカルトマニアだけど」
「ちゆり! ちゃんとフォローするつもりが無いなら黙ってなさい!」
「って言うか、御主人様。元々、誰か攫って来るつもりじゃなかったのか?」
「あれはつい勢いで言っちゃっただけよ!」
「な? かっとなりやすいだろ?」
「うん」

 早急にエネルギー補正装置を稼働させたお陰で、どうにか平行警察の監視網には引っ掛からずに済んだ。
 しかし、依然として問題は解決していない。
 補正装置を使用しながらでは、可能性空間移動船へのエネルギーの充填が極端に滞るのだ。
 これでは、彼女――魔法世界のちゆりを送り返せるようになるまで、一年近くも掛かってしまう。

「……と、言うわけだから、一年は此処で大人しくしててもらうわよ。人目に付かないよう、ひっそりとね」
「ほえ。じゃあ、観光は?」
「出来るわけないでしょ、そんなこと」
「えー」
「えー、じゃない! 解剖して溶液に漬けられないだけ有り難いと思いなさい!」

 おそらく彼女は、私達の科学的技術に溢れた世界を遊覧したくて付いて来たのだろう。ちょっとした旅行気分で。
 しかし、その望みは到底叶えられるものではなかったのだ。
 浅慮の代償は一年の軟禁。安く付いて良かったと、そう思ってほしいところだ。

「……ところで、貴方」
「はい」
「家族は」
「天涯孤独だぜ」
「ああ、そう……。じゃあ、やっぱり解剖してあげようかしら」
「どうせなら怪人への改造を希望するぜ」
「超人じゃないのかよ」

 まったく、困った娘である。
 しかし、こうなってしまったからには、この状況を有効に活用してやろうと思う。
 この先一年を掛けて、彼女の持つ魔法の力を徹底的に研究させてもらおう。
 そして、私は今度こそ己の学説の正しいことを証明し、世界を救済へと導いてやるのだ。





   ◆





 魔法世界の私がやって来てから、早一週間が過ぎた。
 夢美様が宣言した通り、あいつは研究室の一角から出してもらえず、閉じ込められている。
 だけど、今のところ退屈はしていないようだ。

「すげーな、これ! 勝手に洗ってくれるのか!」
「乾燥させてタンスに入れるとこまでやってくれるぜ。ほら」
「おぉ!?」

 此処よりずっと文明の遅れた世界から来たあいつにとっては、私達のたわいない日用品――それも、昔ながらのレトロな器械でさえ、驚愕に値するビックリ箱なのだ。
 器械どころか、椅子の座り心地一つで感動する始末。
 この調子なら、一年ぐらいは全く苦にせず過ごせることだろう。
 何なら、一生居てくれたって構わない。……と、私は思うのだけれど、夢美様は頑として承知しない。

「一年だけならまだしも、十年二十年となれば話は別よ。長引けば長引く程、補正装置の故障のリスクが高まるわ」
「でもさー」
「それに、あの子は表に出られない身分なのよ? 貴方は彼女を死ぬまで幽閉しておくつもり?」
「……まあ、その……」

 夢美様だって、本当はずっと居てほしいはずなのだ。
 何せ、あいつは夢にまで見た『魔力』の持ち主、魔法使いなのだから。

「本当言うと、私のは魔法じゃなくて妖術なんだぜ」
「どう違うんだ」
「わからん」
「なんじゃそりゃ」
「でも違うんだよ」
「良いじゃねーか、魔法で」

 こっちの世界に来てから、今一つ力が発揮出来ない――と、あいつは言った。
 博麗大結界とかいう、魔法世界で会った巫女が管理している特殊な結界から出たことが原因らしい。
 それでも、私達の研究材料としては十分だった。
 魔法――あいつが言うには妖術だけど、ややこしいから魔法で良いだろう――は勿論のこと、あいつの故郷である幻想郷に纏わる話も、とても面白いものばかりだ。

「そうそう。山には天狗が住んでてさ」
「天狗……! 詳しく! 詳しく聞かせて!」
「いや、私もそんなに詳しいわけじゃ……」
「知ってる範囲のことで良いから!」
「落ち着けよ、御主人様」

 あいつが来て以来、私達はお互いに驚き、驚かせ合っている。
 夢美様があんなに活き活きしているのは、初めて魔法世界に行った時以来のことだ。
 ……出来ることなら、この楽しい日々が永遠に続けば良いのに。





   ◆





 岡崎教授の研究室で居候するようになってから、一月余り。
 私は「ちゆりが二人居てややこしい」という理由で、仮の名前で呼ばれるようになった。
 こっちへ来た時に着ていた一張羅の色から、何とも安直なネーミングで。

「赤ちゆりー」
「はいよ」
「また魔法のデータを取らせてちょうだい」
「はいはい」

 教授は毎日のように私に「魔法」を使って見せてくれと頼んでくる。
 ……正直なところ、私はそれが嬉しくて溜まらない。

「そこに立って。そう。そこから、これを撃ち抜いてみて」
「わかった。弾は何色が良い?」
「……ちょっと細かく指定してみて良い?」
「良いぜ」
「じゃあ、これくらいの青」

 幼い頃に身寄りを亡くした私は、親に全く似付かない黄金色の髪と瞳、そして、運悪く持ち合わせていた妖術の素質のせいで、故郷の人間達から化け物みたいに扱われた。
 どいつもこいつも遠巻きに私を見てきて、こっちから話し掛けようとすれば逃げるか、おどおどしながら手短に話をするばかり。
 今にして思えば、私の身内が死んだのも、私が原因だと噂されていたのかも知れない。

「おー。本当に好きな色に出来るんだな」
「波長も自在に操れるなんて……。やっぱり、魔法は凄いわ!」
「……そうか?」

 とは言っても、一人の例外も無かったというわけではない。私を恐れず、普通に接してくれる人だって、何人かはいた。
 中でも私に対して友好的だったのが、道具屋の娘だ。
 そいつは私より二つか三つ年下で、私の髪の色を「かっこいい」と言って羨ましがった。私がそれで苦労していることを説いても、まったく聞く耳を持とうとしない。
 仕舞いには私を「まほう使いのお姉ちゃん」と呼んで、事ある毎に「まほうを見せて」とせがんでくるようになった。
 火も出せなければ水も出せない。風を吹かせることだって出来やしない。ただエネルギーに色を付けて撃ち出すだけの野蛮な術を、そいつは心底面白そうに眺めていた。
 丁度、ここに居る二人と同じ眼をして。

「……こんなの、あんたらの科学魔法とやらでも変わらないだろ?」
「あら。そんなこと無いわ。ねえ、ちゆり……じゃなくて、青ちゆり」
「おうよ。御主人様のは統一原理に基づいた科学の結晶だけど、レッドのはそれを超越した」
「レッドって言うな」

 私自身、あの娘が自分を慕ってくれることは快く感じていたのだと思う。
 大した用も無いのに、わざとそいつのいる店に立ち寄ったりしていた。
 ……そいつが、魔術に手を出そうとしていることを理由に、親からこっ酷く叱られていると知るまでは。
 それを知って以来、私はその娘を避け始め、人里からも離れるようになっていった。
 もう出来るだけ、人とは関わろうとしない方が良い。そう自分に言い聞かせて。
 …………だけど……。

「今日はここまでか?」
「ええ。有り難う。御苦労様。ゆっくり休んでね」
「お。じゃあ、私も」
「貴方はこれからデータの解析」
「えー」

 私が教授達に付いて来たのは、たぶん、ただの好奇心からではない。
 もう一度、あの眼で見てほしかったのだ。私を羨望してくれる、あの眼で……。

「良いなー、魔法。私もあっちに生まれたかったぜ」
「……あんまり良いこと無かったぜ?」
「……そうなのか?」
「あ……いや……。まあ、その……」

 私には一つ、大きな心配事がある。
 あんまりここの居心地が良すぎて、元の世界に帰るのが嫌にならないか、ってことだ。
 約束の一年が過ぎた時、「帰りたくない」と我が儘言って、教授や青ちゆりを困らせてしまわないか。
 それが、今から不安でしょうがない。





   ◆





 赤ちゆりが来てから、三ヶ月。
 彼女のおかげで、魔法に関する研究は随分と捗った。
 未だ私自身が魔力を操るには至っていないが、いずれ必ず辿り着いてみせる。
 大丈夫。私には彼女が付いているのだから。

「教授! あれ! あれは何だ!?」
「ちょっと、そんなに騒がないで。怪しまれちゃうでしょ」

 今日は、彼女に気分転換をさせてやろうと、ちょっとだけ散歩に連れ出した。
 当局に見付かるリスクが有るため、本当はしないつもりだったが、流石に狭い研究室に閉じ込めっ放しというのは忍びなくなって、つい無茶をしてしまった。
 無論、ちゆり――助手の方を補正装置の傍に待機させて、エネルギーの乱れが観測されないように気を遣ってはいたが。

「うわ、飛んでる! なんか、でっかいのが飛んでる!」
「だから大人しくしなさいって。貴方だって空くらい飛べるでしょう」
「そうだけど、こっちじゃほんのちょっとしか飛べないんだぜ」
「少し飛べるだけでも十分羨ましいわ」

 赤ちゆりは見るもの聞くもの全てが珍しいようで、終始はしゃぎ通しだった。
 いつもは私を制止する役目を担う『ちゆり』が子供みたいに騒いでいる姿は、少し新鮮で、また可笑しくもあった。

「教授! なんか、怪盗がどうのって噂してるヤツが居たぜ!」
「ああ。マヤヤメルルとイリリエレレね。傍迷惑な奴等よ。あちこちの平行世界で盗みを働いているの。私も協力してるんだけど、なかなか捕まってくれないわ」
「え!? 怪盗に荷担してるのか!?」
「逆よ、逆! 眼を輝かすな! 私は警察に協力してるの!」
「なんだ、そうか……」
「露骨にがっかりするな。興味が有るなら、うちに戻ってから資料を見せてあげる」

 道中、ちゆりの知り合いに見付かりはしないかと冷や冷やしたけれど、どうにか無事に研究室まで帰って来ることが出来た。

「おかえり。初めての散歩はどうだった?」
「そりゃもう、面白かったぜ! よくわからん物とかいっぱい有ったけど、教授に色々教えてもらったし!」
「……そうか。そりゃ良かったな」
「ちゆり。観測の準備は?」
「整ってるぜ」
「そう。じゃあ、赤ちゆり。疲れてるでしょうけど、ちょっと手伝ってもらえるかしら?」
「はいはーい」

 多少の気苦労は有ったものの、彼女があれだけ楽しめたのなら上出来だ。
 喜ばせるついでに、魔法使いの精神状態と放出魔力の関係についても検証出来たので、申し分無い成果であったと言えるだろう。
 万事、順調だ。
 予て先方に掛け合っていた例の件も、何とか承諾を得られそうだし。
 世界が私を認める日も、そう遠くはないだろう。





   ◆





 夢美様は、昨日という日を心待ちにしていた。
 と言うのは、昨日は数少ないオカルト研究に理解有る学者を引き連れ、あの魔法世界を訪れようとした日だったからだ。
 超常現象の存在に理解を示す傍ら、自身の学説には懐疑的である彼らに、その正しさを見せ付けてやるのだと、そう意気込んでいた。
 人数の都合上、私は生憎と留守番することになってしまったけれど、私が居残ることで少しでも多くの人が夢美様の研究を認めるようになるのなら、それで良いと思った。

「それって、私の世界のことだよな?」
「そうだぜ。でも、残念だけど、今日は私と一緒に留守番だ」

 今回は人様の船を利用するので、赤ちゆりを乗せて行くことは出来なかった。
 あるいは密航させることも出来たかも知れないけれど、そう焦って危険を冒す必要も無いだろう。
 約束の一年まで、あと半年。あいつには、まだまだ研究を手伝ってほしいところなのだ。

「で、教授の帰りは何時頃だっけ?」
「夜中だってさ。待たずに寝てれば良いぜ」
「あ、そう」
「私は自分の仕事が片付いてないんで、これ終わってから寝るわ。あんたは先に寝ててくれ」
「ん。わかった」

 私は特に期日の近付いてもいない仕事を無理に手掛け、眠気を押して主人の帰りを待った。
 日付が変わって、時計の針が丑の刻を回り、そろそろ日が昇るかと思う頃、ようやく夢美様が帰って来た。
 大方、先方と祝杯でも上げていたのだろうと思っていた私は、その顔を見て唖然とすることになる。

「……座標ミスじゃないのかって。でもね、違うわ。絶対に、間違ってなかった。何度も確かめたのよ。何度も……。……それにね、見えたのよ。隙間の向こうに、本当に、見えたのよ……」

 酷く酔い、ぼろぼろと涙を流す夢美様の言うことは、今一つ要領を得なかった。
 だけど、ある程度の事は推測出来た。
 おそらく、船は辿り着けなかったのだ。あの魔法に溢れた理想郷に。

「笑ってたわ! あの女……! 私を見て笑ってた! 楽しそうに! 幻覚だって!? 本当に笑ってたのよ!」

 一体、何の作用が船の進入を妨げたのかは判らない。何処の誰が夢美様を嘲ったのかも。
 ただ、この事で、私達の立場がより悪くなったことは確かだった。

「……なあ、御主人様。一度、あいつの……赤ちゆりの力を誰かに見せたりするわけには」
「じゃあ、何!? 貴方が代わりにあっちに帰る!? 誰も居ない山奥の、朽ち掛けた社の目の前で、私の代わりに途方に暮れる!?」
「……まあ、その……。でもさ……」

 私はどうにか宥めようとしたけれど、夢美様は気を落ち着かせるどころか、どんどん声を荒らげていった。

「貴方はどうして魔法を使えないの!? あの子も貴方も、同じちゆりなのに! どうして貴方は私の劣化品でしかないの!?」

 この時ほど、「魔法が使えたら」と思ったことは無い。
 私が魔法を使えたら、どんなに素晴らしかっただろう。どんなに夢美様を喜ばせることが出来ただろう。

「……はいはい。悪かったな、劣化品で。わかったから、今日はもう寝ろよ、御主人様。……御主人様?」

 結局、夢美様は喚くだけ喚いた挙げ句、そのまま眠りに就いてしまった。
 私はまるで赤子の世話をしているようだと苦笑しながら、その体を寝床まで引き摺って行ってやった。
 ……言われたことは、気にしない方が良いだろう。
 荒んだ酔っ払いの言うことだ。一々気に留めていたらキリが無い。
 明日になれば、きっと忘れてしまっている。



 …………だけど……。





   ◆





 拒まれたのは科学か、それとも幻想か。
 その答えはきっと、臍曲がりな神様が知っていることだろう。

「……だから、次もちゃんと辿り着けるかどうか……」

 教授が帰った日の正午。
 昨日の渡航が失敗したことを私に告げた青ちゆりは、やけに重々しい雰囲気だった。
 半年後、私を無事に送り返せる保証が無くなった、と言うのだ。

「んー……。たぶん、大丈夫じゃねーかな」

 私はあっけらかんとしていた。
 ちゃんとした根拠は無いけれど、何となく、私達だけなら問題なく辿り着けるのではないかと、そんな気がしていたからだ。
 それを伝えると、青ちゆりは特に疑う素振りも見せず、ぱっと表情を明るくさせて、そのことを教授にも言うように頼んできた。

「御主人様が起きてきたらさ、教えてやってくれよ。今、ちょっと落ち込んじゃってるから」
「でも、ただの勘だぜ? 私も大結界の作用に詳しいわけじゃないし……」
「良いんだ。今は気休めだって構わないから。頼むよ」
「……わかった」

 夕方になると、教授がのそのそ起き出してきた。
 酷く泣き腫らした眼をして、二日酔いに頭を抱えながら。

「……おはよう、教授」
「ちょっと寝過ぎだぜ」
「……ちゆり。コーヒー……淹れて……」
「はいよ」

 私は見慣れない教授の姿に少し戸惑った。
 岡崎夢美は、いつも知的かつ尊大であろうとしていて、たまに感情的になることは有っても、決して自分の弱味を見せようとはしない人だったのだ。
 それが、この時ばかりは本当に参っている様子で、声色も仕種も、何もかもが弱々しく感じられた。

「はい」
「……ありがと」
「イチゴ買ってあるけど」
「……食べる」
「明日の講義、どうする?」
「……任せて良い……?」
「はいはい」

 青ちゆりは何となく普段より柔らかい感じで教授に接していた。
 教授の方も敢えてそれに甘えている風で……。別に、それは良いのだけれど……。
 私は何だか、腹が立つような、もやもやした気分になった。
 原因は解っている。
 だけど、そのことについて私が口を出すのはあまり良くないような気がして……。

「……赤ちゆり」
「はい?」

 コーヒーを一口飲んだ教授は少しだけ生気を取り戻し、青ちゆりが私に言ったのと同じことを言って、原因の究明に尽くすと宣言した。
 私はあいつに頼まれた通り、私なりの考えを教授に伝えてやった。

「……じゃあ、私が拒絶されてしまったわけではないのかしら……」
「たぶん、だけどな」
「……有り難う」

 教授は幾らか憂いが晴れた様子で、私にお礼を言った。
 だけど、私の心に掛かった雲は一向に晴れ間を覗かせようとしない。むしろ、益々どんよりと翳っていく。
 そして、それは今なお、『私』を苦しめ続けているのだ。



 ……あいつは私で、私はあいつ。
 だとしたら、私は……?
 もし、私だったら……?





   ◆





 酷いことを言ってしまった。
 私はちゆりに、聞くに堪えない罵声を浴びせてしまった。
 ただ、それが現実に有ったことなのか、或いは夢の中での出来事だったのか、そこが判らない。
 あの日、私が何か言ったかと尋ねても、ちゆりは酔っ払いの支離滅裂さに苦言を呈すばかりで、具体的な話については終ぞ答えようとしてくれなかった。

「とりあえず、先方の顔面ぶん殴ったりはしてないだろうな?」
「……脛は蹴ったかも知れないわね」

 あれから一月余り。
 私が騙した――つもりは無かったが、結果的に騙してしまった学者仲間へのお詫び行脚に加え、大学が試験の時期を迎えたことで忙殺されてしまい、結局、ちゆりには何も言えないままだ。

「なー、教授」
「何かしら」
「最近、あんまりデータ取らせろって言わないのな」
「……もしかして、暇?」
「暇。青い方も自分のデスクに張り付いてるし」
「そうね……。御免なさいね。余裕が出来たら、また一緒に散歩でも行きましょう」
「……そういうのって、あいつとは行かないのか?」
「あの子は散歩ぐらい自分で好きに行けるわ。貴方と違って」
「……それは、まあ……。そうだけどさ……」

 そして、ようやく試験に関する業務を終えた、次の日の朝。
 私は机に顔を伏せた格好で目を覚ました。
 どうやら、仕事が上がったことに安心して、そのまま眠ってしまったらしかった。

「……睡眠が不要になる魔法って無いかしら……」

 大きく伸びをして、椅子から立ち上がった。
 その時である。
 ふと、机の引き出しが一つ、半端に開いていることに気が付いた。

「うん?」

 そこに入れてある資料は、ここ半月ばかり使った憶えが無い。
 不審に思った私はそっと引き出しに手を掛け、ゆっくり手前に引いてみた。
 その中には、在るべき資料の代わりに、二枚の紙切れが落ちていた。
 それらは少しだけずらして重ねられており、上側の紙にはびっしりと文字が書き込まれている。
 そして、下側の紙が僅かに顔を覗かせている部分には、よくよく見慣れた六つの文字が在った。

「……ッ!」

 気が付くと、私は紙切れを鷲掴みにして、脇目も振らずに走り出していた。
 背後で椅子が倒れ、机上に積んであった物のドサドサと床に落ちる音が聴こえたが、そんなことはどうでも良かった。
 寝ぼけ眼が咄嗟に捉えた箇所は、二つ。
 一つは「長い間、お世話になりました」。
 そして、もう一つは、「北白河ちゆり」だった。

「ちゆり……!」

 私が廊下へ飛び出した瞬間、別の部屋からも全く同じ様に人が飛び出して来た。
 その人物と目が合った時、私は全身から力が抜けるのを感じた。





   ◆





 私達が廊下に躍り出たのは、殆ど同時だった。
 私はあいつが残して行った手紙を掲げ、それを指差して大声を張り上げた。

「御主人様! あいつ、帰るって……!」

 あろうことか、あいつは私達の助けを得ずに、一人でここを出て行こうと言うのだ。
 可能性空間移動船は、満足にエネルギーの溜まっていない状態で、ましてや素人が動かせるような代物ではない。
 タチの悪い冗談でないのなら、すぐに止めなければ危険だ。
 ところが、夢美様は手に持った二枚の紙切れをちらりと見た後、大きく息を吐いて、その場にへたり込んでしまった。

「座ってる場合じゃないぜ! 今すぐ止めないと!」

 夢美様が動けないのなら、私が行かなければ。
 そう思い、身を翻して駆け出そうとした私を、夢美様が引き留めた。

「無駄よ。彼女は今頃、もう時空の旅に出ているわ」
「余計にヤバいじゃねーか! 何とかして追い掛けないと、時空の藻屑になっちまうぞ!?」

 のんびりしている場合か。そう喚く私に、例の紙切れ――赤ちゆりが夢美様に宛てた手紙が差し出される。
 私は狼狽えながらもそれを受け取り、焦る気持ちを抑えつつ、そいつに目を通していった。

「……有り得ないぜ」

 そこには、私達への感謝の気持ちと、研究室から出て行く意思、そして、自らの世界へ帰る手段として、平行警察を頼る旨が記されていた。
 私達の名は出さないから、安心してほしい、とも。

「あいつの世界は管理局に登録されてないんだ。保護されたって、送還は出来ない」
「いいえ」

 そんなことは不可能だ。
 そう言う私の主張を、夢美様はきっぱりと否定した。

「不可能ではないわ。その座標さえ判っていれば」
「座標なんて……。……もしかして」
「ええ。まんまと盗られたわ」

 七ヶ月に及ぶ滞在の中で、あいつは秘かに知識を身に付けていた。
 自分が元の世界に帰るためには、どんな情報が必要なのか。そして、それはどうすれば得られるのかも。

「……いや、だけど、あいつが自分の世界の座標を知ってるなんて、おかしいだろ。当局もバカじゃないんだ。すぐに事故じゃないって気付かれちまう」
「きっと、何か巧い言い訳を考えているはずよ。心配無いわ。あの子は、ちゆりなんだもの」
「……そうだとしてもさ……」

 私はどうしても納得出来なかった。
 どうしてあいつは、こんな手の掛かる出て行き方を選んだのか。
 どうして、私達に何の相談もしてくれなかったのか。

「あいつが居ないと、魔法の研究が……」

 あいつは私達にとって……いや、夢美様にとって、必要な存在なのだ。
 そう言い掛けた私を、不意に夢美様が抱き締めた。

「……御主人様?」
「そうね。挨拶ぐらいしてほしかったけれど……。でも、仕方無いわ。私も貴方も、きっと彼女を引き留めようとしたでしょうから」
「……当たり前だろ。だって、あいつは」
「ちゆり」

 私の名前を呼ぶ夢美様の声は微かに震えていて、消え入りそうなくらいにか細かった。

「……ちゆり。御免なさい。私、この前、貴方に酷いことを言ったわ」
「……何のことだ?」
「言ったのよ」
「……そうか」

 つまらない事なんて、忘れてしまえば良かったのに。
 そう簡単には忘れられないタチなのだ。
 夢美様も、私も。

「御免なさい……。もう二度と、あんなこと言わないから……。……だから……」

 私を見捨てないで。と、夢美様は言った。
 何をバカな。……なんて、言えなかった。
 もし、いずれ訪れる約束の日に、船の行き着いた先が何も無い山奥だったら。
 もし、あいつが一度でも、「ずっとここに居たい」と言っていたら。
 私は、きっと…………。

「……はいはい。わかってるよ。何があっても、私は夢美様の助手だ」
「……うん……」

 私はあいつで、あいつは私。
 だけど、あいつは私よりずっと、私を解っていたのかも知れない。
 それから、夢美様のことも……。

「……あいつ、ちゃんと帰れるのかな」
「自信は有るみたい。手紙の、最後の方を読んでみなさい」
「うん……?」

 ……今度、あいつに会ったら、言ってやりたいことが山程ある。
 だから、いつかまた、必ず…………。





   ◆





 私を送り届けてくれた平行警察の監視員は、船が辿り着いた神社の、その寂れっぷりに閉口していた。

「お。ここだ、ここ。ここで、あいつらに会ったんだ」
「……本当に此処なの?」
「そうだぜ」
「凄い山奥だけれど」
「山歩きが趣味なんだぜ」

 山歩きが趣味の私は、ある日、山奥の寂れた神社で骨董品を漁る、怪しい二人組を見付けた。
 そして、そいつらをとっちめてやろうと後を追い掛けたところ、どういうわけか見知らぬ世界に迷い込んでしまった。
 アヤヤエルルだかミリリメレレだかいう名前の泥棒姉妹は私をその辺に捨て去ろうとしたけれど、私は文字通りそいつらに噛みついて、何とか帰り道を示す文字列を渡してもらうことが出来たのだ。
 ……という、嘘八百で警察に保護してもらった。
 怪しさ満点だという自覚はあったけれど、教授に見せてもらった怪盗の資料の内容なんかをわざと中途半端に並べ立て、どうにか「怪盗のとばっちりを受けた被害者」として認めてもらうことが出来た。

「何なら家まで送ってあげるわよ?」
「一人で帰れるさ」
「……そう。気を付けてね」
「うん」
「それから、二度と泥棒を捕まえようなんて考えないこと。今回は無事だったから良かったものの、運が悪ければ命を落としていたかも知れないのよ?」
「わかった。もうしないぜ」
「良い返事ですこと。それじゃあ、私は帰るわね」
「ああ。ありがとう」

 監視員の短い説教が終わり、私は一人、誰も居ない山奥に残された。
 ほっと安堵の溜め息を吐き掛け、はたと思い留まる。

「……まだ安心するには早いよな」

 私は神社の裏手――実はそっちが表だけど――に回って、ぼろぼろになった賽銭箱のあることを確かめた。
 そして、ポケットから一枚の小銭を取り出し、そいつを賽銭箱の中に放り込んでやった。

「さて、どうかな」

 そっと目を閉じて、二回、柏手を打つ。
 すると――

「うおぉ!? 賽銭!? 賽銭入れとる!?」

 今までそこに居なかったはずの、少女の驚嘆する声が耳に届いた。

「お前、気は確かか!? こんなわけ解らん神社に賽銭入れるなんて、天変地異でも狙ってんのか!?」
「……巫女の怠慢は相変わらず、ってことだな」

 私の体がひらりと宙を舞う。
 それはまるで、七ヶ月振りに見る夢のような、あるいは、七ヶ月の夢から醒めたような気分だった。

「……うん? お前、あれか。私にミミちゃんくれた人の助手か」
「そうだけど、そうじゃないぜ」
「なに?」
「でも、私もあんたには会ったことがある。七ヶ月前にも、ずっと前にもな」

 ……今頃、あの二人は私の勝手に腹を立てているだろうか。
 それとも、互いの存在の大切さを噛み締めているだろうか。

「ずっと前? いつだ、そりゃ」
「ああ。憶えてないなら別に良いさ」
「何だよ」
「気にするなって」

 まあ、どっちだって構わない。
 いつかまた、必ず……。








「御免下さいな、っと。上白沢さん、いる?」
「はいはい。何方様で……。ッ……!」

――今度は、もっと長く滞在出来るよう、沢山エネルギーを溜めて、お仕事の少ない時期に来てください。

「久し振り」
「ちゆり! お前、今まで何処に行ってた!?」
「ん。ちょっと旅行してた」
「何がちょっとだ、馬鹿者!」
「あ痛ッ!? 何すんだ!?」
「半年以上も行方を眩ませて! 滅茶苦茶心配したんだぞ! 何処かで事故に遭ったか、或いは妖怪に襲われたかと……!」

――そしたら、私が幻想郷をあちこち案内してあげます。霧の湖も、迷いの竹林も、魔法の森も、妖怪の山……は麓まで。

「……悪かったよ。そんなに気に掛けられるとは思ってなかったからさ……」
「ああ、もう……。どうしてお前はそうやって……! ……まあ良い。兎に角、無事で良かった」
「ぴんぴんしてるぜ」
「反省が足りん」

――それまでに、私ももっと幻想郷のことを勉強しておきます。楽しみにしていてください。

「何だよ。お説教は終わりじゃないのかよ」
「後にしてやるだけだ。それより先に、お前を連れて行かねばならん所が有る」
「はい? どこに?」

――そうそう。念のため、神様にあげる小銭を忘れずに。

「丁度、お前が見えなくなった頃から、お前のことを捜していた奴が居てな」
「私を?」
「彼方此方捜し回ったようだが、一向に消息が掴めないと、酷く気落ちしていた。お前の無事を知れば喜ぶだろう」

――それでは、また会う日まで、御機嫌よう。

「……全く思い当たらないんだけど。どこの誰が私なんか捜すんだよ」
「言っても分からないかも知れん。一度しか会っていない上に、名乗った憶えも無いと言っていたから」
「何だ、そりゃ。そんな袖振り合っただけの一期一会が私に何の用だ」

――二人とも、仲良くするんだぜ。

「彼女はお前を、警察に勧誘したいそうだ」
「…………は?」

――北白河ちゆり




 
お読みいただきまして、誠にありがとう御座います。

存在自体知らない方も多いのではないかと思います、赤ちゆり。
知らない人は検索しましょう。そして妄想を膨らませましょう。

彼女を警察に勧誘しようとしているのは一体、何処の誰なのでしょうか?
いつか必ず、続きを書かせていただきます。

それでは、お疲れ様でした。
昭奈
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コメント



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3.100名前が無い程度の能力削除
このちゆゆめは完全に私得
4.100名前が無い程度の能力削除
幻想郷で警察と言えば小兎姫しかありえない
5.100名無し削除
旧作ありがたやー。
クオリティも高いですね。
6.90奇声を発する程度の能力削除
良いですね
7.100大根屋削除
旧作色違いちゆりのありそうなお話でしたね。心地よく読めて良いものでした。
8.100名前が無い程度の能力削除
ちゆりは設定からしてややこしいですよね。
面白かったです。