はれて世界の雨はやむ

作品集: 最新 投稿日時: 2010/06/14 02:46:34 更新日時: 2010/07/31 22:35:54 評価: 23/54 POINT: 3230 Rate: 11.84
四季、歴史、生きる者の魂でさえ、やがては廻るのが世界の理。天候もまた例外ではありません
曇り、雷雨、降雪、如何な悪天候も廻りに廻り、いつかは清々しく晴れるのも理
しかし、永らく雨が降り続けられると、私達は晴れるようにと願い、待つ他にありません
ではもしも、雨が降る運命を晴れる運命に変えられる力があったなら、それは便利だとは思いませんか?

これからお話するのは、世界を見る姉と世界を閉ざす妹、一組の吸血鬼姉妹を巡る、ある運命を変えた物語り――





“はれて世界の雨はやむ”







〜 第一幕 「茶会」 〜


 その部屋に漂う空気は、紙の匂い、インクの匂い、微かに混ざるかび臭さ、常人からしては世事にも良い空気だと言えるものでは無いだろう。
 頭上はどこまでも高く、上空に設けられた照明具の淡い光では影を払い切れず、天井を目視する事が出来ない。それに併せて天辺が見えない本棚が所狭しと立ち並び、大小様々な書物が隙間無く棚の中に詰め込まれている。空気が悪く、暗く、物言わず並べられたそれらは、さながら書物の墓場とも言い換えられそうな、到底人が好み寄り付くような場所では無いだろう。
 だが、そのような場所の中心、本棚が避けて出来た空間に映えの無い素朴な装飾の机、その上にはティーセットとソーサーに乗せられた赤茶色の液体が注がれたカップが二つ並べられており、その机を挟み対峙する形で二人の少女が質素な作りの椅子に座っていた。
 二人の片割れ、ふんぞり返りながら座る蝙蝠を彷彿させる羽を持った少女がカップに手を伸ばした時、室内の独特な臭気が鼻を突き、つい顔を顰めた。

「相変わらずここは本がかび臭かったりなんなりで、鼻の良い私にはきついわ」
「鼻が利くって便利そうで不便でもあるのね。レミリア」
「そんな硬い呼び方をしないでいつも通りにレミィって言ってよ。これでも貴女の事は友人だと思ってるんだからさ、パチェ」
「私はパチュリー。本を悪く言う奴に気安くあだ名で呼ばれたくないわ」
「あー分かった分かった。謝るからそんな不貞腐れないでよ」

 少し本音が出てしまった、と思いながらも蝙蝠の羽を持った少女、レミリアは苦笑しながら対峙している不機嫌さを押し出し目を細める紫髪の少女、パチュリーに軽く謝りながら改めてカップを手に取り、軽く口に含む。
 一方のパチュリーも、堂々としたそれ程心の篭っていない謝り方だ、と呆れ軽い溜息を突きながらも手元のカップを持ち、口に向けて傾けた。

「それでレミィ、新しく引っ越してきた場所、幻想郷の住み心地はどうなのかしら?」
「契約があるから食料にも困らないし空気も良い。少し暴れ難いけど、今までいた世界に比べれば断然快適な暮らしだよ」
「そう、それは良かったわね。私とのお茶会の誘いが少なくなる程度には気に入ったのね」
「妬いてるの?」
「まさか」

 意地悪そうに尖った牙を剥き出して笑うレミリアに対しパチュリーは不機嫌な顔を絶やさず音を立てないようにカップを傾ける。一方のレミリアは口に含んでも火傷はしないと判断してカップを呷り、喉を鳴らして飲み干してからカップをソーサーの上に戻した。

「品が無いわよ」
「ここには見知り合った三人だけなんだから良いじゃないか。美鈴、紅茶のおかわり」
「はい、お嬢様」

 片手を軽く振って合図を出すと、二人が挟む机の横、薄暗い影の中から緑を基調としたエプロンドレスを纏った少女、美鈴が音もなく姿を現し、赤い長髪と顔の両脇に結われている三つ編を揺らしながらティーポットに湯を淹れ、次の紅茶の準備に取り掛かる。

「快適と言えば、久しぶりに妖精を見付けたから何人かメイドとして雇ったよ。これで少しは美鈴も楽になるだろう」
「皆良い子ですよ。中には私の仕事の一部を任せても良いかなと思える子もいますし」
「それでもメイド長たるあんたには遠く及ばないだろうさ」
「恐縮です」

 言葉こそ硬いが、美鈴は主人に褒められた事が嬉しく、その気持ちが微笑みとなって顔に表れていた。
 鈴のように凛とした声、東洋系の整った顔付き、主人の傍らに置くには申し分無いとレミリアは心の中でほくそ笑みつつ、パチュリーに向けて流し目で窺うが、彼女はそれにも眉一つ動かさず自分の紅茶を飲み続けていた。

「そうやって他人より秀でていると自己主張したがるのはレミィの悪い癖よ」
「まだ何も言って無いわよ。それとも羨ましい? なんだったら雇ったメイドの何人かをこの図書館に回してあげても良いわよ」
「それこそ冗談。勝手の分からないのが来てもここで迷子になるのが関の山よ。あと図書館じゃなくて書房よ」
「勿体無いなぁ、メイドは便利なのに。食事も用意してくれるし掃除もしてくれるし」
「図書とかの詳しい子がいたら考えなくもないわ」

 頬杖を突きながら使用人の良さを語るレミリアに対して淡々と返す。脇目から見れば一方的なつまらない会話だろうが、その場にいた全員がそのような事を一切気にしていなかった。レミリアは文句も言わずに話を聞いてくれる者がいて、パチュリーはその場から動かずして外の情報が手に入る。美鈴もまた二人の考え方を充分に理解している為、疑問を抱く事も口を挟む気も無い。彼女達からすればこの茶会は各々の要望を満たすに値するものだった。
 美鈴が頃合を見計らい、ティーポットからカップに紅茶を注ぐ。注ぎ口から流れる紅茶の色は鮮やかな赤茶色。微かな光を反射させながらカップへと注がれた紅茶はその熱さを示す白い湯気を漂わせ、同時に特有の香り高さを乗せて卓上を包み込む。
 そこだけがまるで別空間。閉鎖的な室内とは違う穏やかな世界を作り出す、筈だった。

「それで、いつなったら本題に入るのかしら?」

 パチュリーの一言でレミリアの顔から笑顔が消え、紅茶の香りに包まれた穏やかな世界を一瞬にして消し飛ばした。
 レミリアはまるで苦虫を噛み潰したように顔を顰めながら顔を逸らすが、それでもパチュリーは目を細めて彼女を観察するように見詰め続ける。
 美鈴もまたその場の空気を感じ、顔に浮かべていた笑みを消して真剣な顔付きになり、新しい紅茶が淹れられたカップをソーサーに置き直すと一歩後退する。

「大切なお話とお見受けします。私は下がりましょうか?」
「構わない。いや、ここにいてくれ。これは、皆に聞いてもらいたいんだ」
「ではそのように」

 今から話すのは自分にも関わる問題だと認識した美鈴は一礼してから背筋を伸ばし主人の言葉を待つ。パチュリーもまた彼女の言葉を聞き届けるべくカップをソーサーに戻し、俯く友人を注目する。
 紅茶のカップから漂う白い湯気、それ以外に動く者はいない。美鈴は両手を前で添えて姿勢良くして直立不動。パチュリーは机に肘を突き両手を組み時間が止まったように体を動かさない。その静けさは彼女のこの先に発せられるだろう発言が重大だと直感した為。その為に二人は動く気もせず、先に口を出す気もなかった。

「妹……フランドールの事よ」

 心臓が飛び出すのではないか、レミリアはそんな錯覚に陥る。自分の心臓の高鳴りと沸騰してしまったのではないかと思う程に頭に熱が帯びるのを感じていた。ただ一言、時間にして五秒にも満たない台詞を紡ぐだけで話す気力を消費する事に彼女自身戸惑いが隠し切れなかった。
 やはり止めるべきか、彼女の脳裏に諦めの言葉が過ぎる。だが、この場で諦めれば二度と口に出す勇気を無くしてしまう、そのような気がしていた。
 ここまで来たならば引く訳にはいかない、そう自分自身に喝を入れ意を決した。

「幻想郷に来て新しい生活が始まった。それはあの子も同じだ。そして、今度は私達と一緒にあの子も並べたいんだ」
「フランドール、レミィの妹だったわね。部屋に篭った悪魔の妹」
「そうだ。誰よりも強い力を持ち、その自分の力を呪ったあの子を、部屋から出してやりたいんだ」
「心機一転、てところかしら。引き篭もりから抜け出させてやりたいって気持ちは中々だけど、彼女はそれを望むのかしら?」

 的確な指摘にレミリアは声が詰まる。「彼女が望むか」、それを問われれば彼女自身も否と答える他無いだろう。
 だが、それでも彼女には見せたかった。
 新しく移った素晴らしい幻想郷の景色を。
 かつて母が命を賭して彼女に見せた美しい世界を。




〜 第二幕 「過去」 〜


「レミリアお嬢様、十歳の誕生日おめでとう御座います。これは奥様からのプレゼントですよ」
「わぁ、凄い人形。素敵だわ」

 レミリアは美鈴が持つ幼児程の大きさはあるだろう一体の人形を受け取り抱き抱えた。
 鮮やかな栗色をした髪、細かく彫り込まれた顔、フリルをあしらった可愛げある白いドレス、精巧に作り上げられているそれにレミリアも満悦とした表情だった。
 そしてそれは、彼女にとっても実に魅力的に見えた。幼い少女の多くは可愛い物を好み、無条件で欲する。彼女もまた例に漏れなかった。
 人の物が欲しいならまずどうすれば良いか。答えは貸して欲しいと乞えば良い。彼女は母からそう学ばされていた。

「ねぇお姉様。私も触りたいから貸して」
「嫌よ。これは私の物なんだから」

 彼女は笑顔を振り撒き、背中から生えた歪な形をした羽をはためかせながら擦り寄り貸して欲しいと乞うが、レミリアはあからさまに険しい顔をしながら慌てて人形を背中に回して彼女から遠ざけようした。
 何故遠ざけようとするのか。姉はいつでも我侭で気に入ったものを独占したいという願望が強くて困る、と思いながら彼女は頬を軽く膨らませて抗議する。

「お姉様のケチー。少しくらい触らせてくれても良いじゃない」
「まぁまぁフランドールお嬢様。他にも縫い包みがありますから、そちらで遊びましょう」

 彼女、フランドールの不機嫌な様子を見兼ねた美鈴が二人の間に割って入り、彼女に向けて赤いワンピースを纏い少女の姿を模った縫い包みを差し出した。しかし彼女は少女の縫い包みには興味は無く、余所を向いて拒否してしまう。少女の縫い包みは粗末な作りではなかったが、彼女の興味はレミリアの人形であり、今のそれは鬱陶しい邪魔物でしかなかった。
 だから、彼女はその邪魔物を取り払う事にした。
 フランドールが右手を開き、空を握る。瞬間、美鈴が持っていた縫い包みが軽い破裂音を立てて弾け飛び、首から股に掛けて断裂して中に詰められていた綿が溢れ出した。
 美鈴は突然弾けた縫い包みを唖然として眺め、フランドールはその光景が面白くて軽薄に笑い、無垢で屈託無く笑う彼女にレミリアは軽い恐怖を覚え、無意識に手に持っていた人形を強く抱き寄せた。

「フランドールお嬢様、あまり軽率に能力を使ってはいけませんと何度も言ってるじゃないですか」
「何で? だってパンって弾けるの面白いじゃない」

 一時は唖然とした美鈴も気を取り直して顔を引き締めフランドールを咎めるが、彼女は意味を理解出来ず自分の素直な思いを笑いながら述べてみせた。
 縫い包みが独りでに破裂する常識で考えれば有り得ない現象だろうが、彼女にはそれが出来る。生まれながらにしてその身に宿した力、あらゆる物を破壊する能力を駆使すれば造作も無い。
 彼女は物心が付いた時からその能力を持ち、意識的に、或いは無意識的に周りにある物、小道具から壁まで、様々な物を破壊した。彼女からしたら物が壊れる光景は日常茶飯事であり、自分の手を握るだけで物が弾ける様は幼い彼女の目には面白いものにしか映らなかった。

「それに、壊れてもお母様が直してくれるもの」
「しかしフランドールお嬢様、問題はそこではないのです」
「どうしたのかしら。なんだか騒がしいみたいだけど」
「あ、お母様!」

 美鈴の背後、開かれた扉の向こうから一人の女性が姿を現すと、フランドールは目を輝かせながら駆け寄り、彼女が膝を曲げて両手を広げた様子を見て小さな体を目一杯伸ばしながら飛び付き、彼女もまた優しく受け止め、抱き上げた。フランドールは彼女に抱かれただけで幸福感に満ち、色とりどりの水晶が付いた歪な羽をはためかせてその気持ちを表現させ、彼女は何も言わずフランドールの頭を撫でた。
 女性は決して派手ではないが細やかな装飾が散りばめられどこか高貴さを漂わせる洋服を纏い、ウェーブの掛かった金の長髪は美しい貴婦人として見る者を魅了するだろう。だが、その背中からは蝙蝠を髣髴させる黒い羽が生えており、彼女もまた人間では無い別の種である事を示していた。
 背後を振り返った美鈴は彼女の姿を見て目を丸くし、慌てて小走りになりながら近付くとそれに気付いた女性は静かに微笑んだ。

「奥様、お体を動かされても良いのですか!?」
「お勤めご苦労様、美鈴。大丈夫よ今日は体調も良いから。それよりもその手の縫い包み、またフランがやったのかしら」
「だって邪魔だったんだもん」
「駄目よフラン。そうやって簡単に物を壊しちゃ」

 母と呼ばれた女性は美鈴が持つ縫い包みに手を差し伸べ、裂けた腹にかざす。すると、無残にも引き裂かれた布地が独りでに閉じ始め、臓物のようにはみ出していた綿を内部に詰め直すと、最後には何事も無かったかのように傷口さえ消え、元の綺麗な縫い包みへと元通りになり、胴体を優しく持ち、微笑みながらフランドールに向けて軽く振ってみせた。

「壊さないように優しくしないと、ね?」
「壊れたって魔法使いのお母様が直してくれるから良いもの」

 フランドールは無邪気に笑い、母はそれに苦笑いで答えた。ふと母の視界に一人の少女の姿が映る。フランドールの姉、もう一人の娘であるレミリアだ。人形を抱き寄せ、微かに恐怖の混じり揺れる目で窺っているレミリアに、母はフランドールに向けたものと変わらぬ笑顔を向けて手招きした。
 戸惑い視線を逸らすレミリア。だが気になり横目で視線を戻せば母の笑顔。一時は迷ったレミリアだったが、母の笑顔は若干の恐怖心など難なく飲み込んだ。レミリアは意を決して駆け寄ると母は片手を伸ばしてその身を受け止め、姉妹を両手で抱き抱える形になる。

「そうだわお母様。お姉様が人形を独り占めしてずるいのよ」
「あら、そうなのレミリア?」
「だって……これはさっき貰ったばかりだし、私が遊んでるんだもの」
「駄目よ。貴方達は姉妹なんだから、楽しい事も一緒に分かち合わないと」

 不安を前面に押し出した表情でレミリアは母を見上げながら訴えるが、母はそれでも笑顔を絶やさない。
 レミリアが横を向けば期待に目を輝かせるフランドールの姿。現状と独占欲に挟まれ苦悩し、唸る。

「分かった、貸してあげる」
「良いの? 有難うお姉様!」

 結局は折れたレミリアが両手で抱えていた人形を愛想なく片手で突きつけると、フランドールは嬉しさにその人形を両手で抱き上げ受け取った。
 レミリア本人からすれば、その台詞は虚勢に過ぎず、人形を受け取ったフランドールの様子を見た後は頬を膨らませて横面を向けた。

「はい、お姉様」

 声に顔を向けたレミリアの前にあった物は、フランドールが片手で差し出している人形だった。
 先程受け渡した筈の物が再び目の前にあり、理由が分からず彼女は目を白黒させてしまう。

「お姉様もこの人形が好きなんでしょ? だから一緒に遊びましょ」

 突然の申し出に唖然として息が詰まってしまうレミリア。
 目の前には自分が遊んでいた人形。それで一緒に遊ぼうと言うフランドールの笑顔。
 レミリアは一瞬戸惑った。だが、暫くしてぎこちなくも口元に笑みを浮かべながら片手で人形を受け取る。
 その光景を見て母は気分を良くし、微笑みながら二人をより強く抱き締めた。

「そうね、レミリアもフランも良く出来ました。やっぱり姉妹は仲良くないといけないわ」
「んーお母様、ちょっと苦しいよぉ」
「母様苦しいわ」
「あ、ごめんね二人とも。私ったら嬉しくてつい」

 苦しむ二人に母は腕を緩めて照れ隠しに苦笑いを浮かべ、二人もまた面白くて、声を出して笑った。

 フランドールが気兼ね無く力を揮えた理由。それが彼女の母親の存在だった。姉妹が吸血鬼であるのと同じように母もまた純粋な吸血鬼で、人間には持ち得無い特殊な力を持っていた。その力は如何様なものなのか直接聞いた事は無かったが、母が触れただけで破壊された物をたちまち元の形に復元される光景を彼女は見続けていた。だから彼女は母の力を「何でも直せる魔法使い」と解釈した。母がいれば大丈夫。周りは物を壊して危険だと警告しても、母が壊れた物を元通りにしてくれるから問題無い。そう信じ込み、周りの言葉に耳を傾けなかったのだ。
 彼女は生まれた時から寄り添い、惜しみの無い愛情を注ぎ続け、温かい笑顔で接してくれる母を誰よりも親しみ、愛していた。
 そして、共に育ち触れ合った姉もまた誰よりも愛していた。
 自分の力の危険さを疑わず、この幸せがいつまでも続くと疑わなかった。


          §


 飾り気の無い、必要最低限の家具とベッドだけの小さな部屋。その中に二人はいた。
 片や姉妹の母が質素なベッドの上で上半身だけ起こし、片や従者として働く赤髪の少女、美鈴が姿勢を正しながらも悲哀の表情で見下ろしていた。

「奥様、あまり無茶をなさらないで下さい。お体に障ります」
「有難う美鈴。でもね、母親としてあの子達を貴女ばかりに任せておく訳にはいかないでしょ?」
「そのお体でご無理をされては私も心が痛みます。それに、いずれはお嬢様方にも気付かれてしまいます」
「そうね……心臓が悪い吸血鬼の母なんて知られたら娘達に笑われてしまうわね」
「そんな! 私は決してそのような意味で申した訳では!」

 自嘲気味に笑う母に美鈴は慌てて訂正するが、その慌て様が可笑しくて母は声を潜めて笑った。
 そして「冗談よ」と伝えると美鈴も胸を撫で下ろし深く溜息を突いた。

「奥様も人が悪いです」
「貴女も冗談と判断できる能力はまだまだね……でも、私も長くないのは確かね」
「お母様、お胸が悪いの?」

 突然の第三者の声に驚き二人が振り向くと、音を立てずに扉が開かれ、その隙間からフランドールが首を傾げながら覗き込んでいた。そして唖然とする美鈴を横目にフランドールは半開きだった扉を一気に開けてベッドに駆け寄り母を見上げてきた。

「お母様は病気なの?」
「いえフランドールお嬢様! 奥様は決して」
「良いのよ美鈴。そろそろ伝えるべきだとは思ってたの」

 声を荒げ慌てて誤魔化そうとする美鈴を母は一言で制止してしまう。
 何故と異議を申し立てようと美鈴は母の顔を見るが、その時二人の目が合い、美鈴は息を呑む。今の彼女の表情には笑顔は微塵も無く、真剣そのもので見据えており、その気迫に気圧されてしまったのだ。
 美鈴が黙った事を確認した母は再びフランドールに目をやり微笑を返す。

「実はお母さんはお胸が悪くてね、あまり動いちゃいけない体だったのよ」
「お胸が悪いからお母様はベッドの上にいるの?」
「そうなの。今まで黙っててごめんね」
「ううん。お母様は悪く無いよ。悪いのはそのお胸のせいなんでしょ?」

 先が長く無い事を悟り、全てを語る覚悟を決めた母は躊躇う事無く、首を一度縦に振る。
 その様子を見てフランドールは暫く考え込むと、不意に表情を明らめ、母の顔を覗きこんだ。

「なら、その悪いお胸が無くなれば良いんだね?」

 瞬間、部屋の中に水気を帯びた何かが潰れる音が響き渡り、母が左胸を押さえながら蹲ってしまった。
 一瞬は何が起きたか理解出来なかった美鈴だったが、蹲り体を震わせる彼女の姿を見てあらぬ予感をしてしまい目を丸くしてフランドールに振り向いた。

「フランドールお嬢様、まさか奥様の心臓を!?」
「うん、壊したの。悪いところが無くなればお母様も元気になるでしょ?」
「なんという事を……! お嬢様、貴女が行った事は」
「美鈴!」

 響く怒声に美鈴は再び息を呑む。
 声の主は蹲る母からのものだった。肩で息をし、左胸を押さえながらも彼女は美鈴の発言を制したのだ。
 やがて片手で左胸を押さえながらも彼女は額に玉の汗を滲ませた顔を上げ、何が起きたのかも分からず気抜けた顔をするフランドールに向けて微笑みながら空いた手で頭を優しく撫でる。

「どうしたのお母様、苦しいの?」
「いえ、何でもないのよ。フランのお陰で悪いお胸は無くなったから」
「本当? ならもうお母様は元気になるのね!」
「その通りよ。さ、もう心配しないで。台所にデザートがあるから食べてらっしゃい」
「デザート! やった」

 デザートの言葉に誘われたフランドールは喜々して踵を返し走り出し、扉も閉めずに廊下へと飛び出し部屋の中から姿を消した。
 遠のく足音を聞き届け、気配が消えた事を確認した美鈴は慌てて母へと駆け寄った。

「奥様! 何故あのようなお言葉を!?」
「だって、フランが良かれと思ってやった事だもの。怒れないじゃない」

 困った様子で語る母の額からは未だに脂汗で滲み、顔は蒼白、誰から見ても尋常では無い状態である事に美鈴は三度目の息を呑む。だが、その美鈴の様子を見ても彼女の顔は微笑みを絶やさない。

「あの子には自分の力を認めながら物の大切さを知って欲しかったけど、甘やかし過ぎてしまったのかもしれないわね」
「それよりもご自分のお体を!」
「駄目ね、これはもう私の力でも無理。近い内にきっと、死ぬわ」
「そんな……」

 ふと母が横目に視線を逸らし、見えない何かに向けて目を細めた。
 そして目蓋を瞑り一旦息を置くと、再び目蓋を開き、美鈴を見上げる。

「ねぇ美鈴。今日一日、フランに付き添ってこの部屋に近付かないようにしてくれないかしら」
「し、しかし、奥様はお体をどうするおつもりですか!」
「お願い」

 吃りながら躊躇する美鈴に母は微笑みが消し、緩めていた顔を引き締め、「お願い」と言う名の命令を下す。

「貴女は、卑怯です。大切な時にだけそのような真剣な眼差しをするのですから」
「今が大切な時だからこそなのよ」
「……畏まり、ました。どうか、ご無事で!」

 台詞を言い終えるや美鈴は踵を返し、衣装を乱しながら駆けて部屋を出て行った。

「ごめんなさいね、美鈴」

 一人取り残された母は無茶な命令に従ってくれた従者に聞こえるはずの無い侘びの言葉を述べ、相変わらず開き切ってしまった部屋の扉に顔を向ける。
 戸締りが成させていない事に呆れている訳では無い。この部屋に来るであろう四人目の人物を迎え入れる為だった。

「いるんでしょ? 出てきなさい、レミリア」

 静まり返る室内に扉の蝶番が小さく軋む音が響き、扉の影から今にも泣きそうな顔をしたレミリアが顔を出す。
 現れたレミリアに向けて母は心配しないようにと微笑んでみせるが、彼女の顔が緩む事は無く、唇を噛み締めてベッドに駆け寄り、母の膝に顔を埋めてしまう。
 泣いているのだろうか膝に温かい熱を感じながら、母は自分の行動が失敗に終わってしまった事に苦笑いを浮かべながらも少しでも心配が和らぐようにとレミリアの頭を優しく撫でた。

「どこから聞いてたの?」
「母様が、死ぬって言ったところから」
「そう……」

 会話が止まる。
 母は何も言わずレミリアが喋るまで頭を撫でる。レミリアの背中に生えた羽は力無く垂れ下がり、動く気配は無い。
 不意にレミリアの頭が持ち上がり、母と目が合う。
 既に押さえ切れない涙が頬を伝い、嗚咽する彼女の顔を見て、母は娘を悲しませてしまった事に心が痛む感覚を覚えた。

「嫌だよ! 母様が死んじゃうなんて嫌だよ!」
「ごめんね、本当にごめんね。でも私は貴女が泣いてる顔なんて見たくないわ」

 悲痛な叫びを上げる度に涙を零すレミリアに母はこの数分間に何度口にしたか分からない侘びの言葉を述べながらも撫でていた手を彼女の頬へと移し、零れる涙を指で掬う。

「レミリアはお姉さんなんだからしっかりしなさい。そんなのじゃフランに笑われてしまうわよ」
「でもぉ!」
「それでも泣きたいなら、今日は私の隣で好きなだけ泣きなさい」

 両手を使いレミリアを抱き上げた母はそのまま胸に抱き寄せ、包み込んだ。

「泣いて泣いて、一生分泣いて、そして私が安心出来るように笑顔を見せて」
「嫌だ! そんな事言わないでよ! 死なないでよ母様ぁ!」

 レミリアが泣く。母の腕の中で死なないで欲しいと泣きじゃくる。
 どれだけ泣こうが喚こうが結果は変わらないだろう。だがせめて、自分の死を受け入れ確りと前を向いて生きて欲しいというのが今の母の願いだった。
 レミリアの頭が胸を押し付ける度に母は潰された心臓から激痛を伴ったが、それでも手を緩めるつもりは無かった。
 強く抱き締める。今の悲しみが少しでも和らげるようにと、母はレミリアを抱き締め続けた。


          §


 レミリア達が暮らす館の廊下には目に悪そうな深紅の絨毯が敷き詰められ、採光用の窓は無い。代わりに等間隔に設置された蝋燭台の灯火が周辺を照らす唯一の存在だった。
 しかし、蝋燭の明かり程度では通常の生き物にとっては薄暗く、目先も闇に紛れて見え辛い不便な空間だろう。それでも吸血鬼は夜目が利く為、必要以上の光を求めなかったし、目の前をたどたどしく歩く母の方がレミリアは心配だった。
 彼女が後ろを振り向くと、吸血鬼特有の尖った犬歯を剥き出して欠伸をしながら付いて来るフランドールの姿があった。

「ねぇお母様、こんなに早く起こしてどこに行こうとしてるの? 私は眠いわ」
「眠いのは我慢してね。これからとっても素敵なものを見せてあげるから」
「むー」

 目蓋を擦りながら眠いと訴え掛けるフランドールに母は振り向き微笑みながら答えた。
 フランドールは寝惚けた声で軽く返事をして俯くだけだったが、レミリアは母の顔から目を離す事が出来なかった。見るからに血の気が引いた肌、額に滲む汗、微かに肩で息をする母の姿は以前見た時よりも更に衰弱しているように見えたのだ。
 そして、母が普段よりも早く起こしどこかへ連れていくと言うのなら、これが彼女との最後の顔合わせになるかもしれない、と考えた。
 母が死ぬ。その事実が明白に、刻一刻と近付いている事を感じるレミリアは悲しみに胸が押しつぶされそうになり、不安げに母を見詰めるが、やはり彼女は微笑を返すだけだった。

「さぁ、着いたわよ」

 三人の目の前に現れた赤い廊下の終着点。
 それは、何の変哲も無い一つの扉だった。
 この扉が何だと言うのかレミリアが疑問に思っていると、母が膝を曲げて二人を両手で囲い込み、確りと抱き寄せた。

「んー、どうしたのお母様?」
「私から絶対に離れちゃ駄目よ」
「お母様がそう言うならフランも離れない。それに、お母様良い匂いだもの」
「良い子ね。それじゃ行くわよ」

 母は嬉しそうに身を委ねるフランドール、不安げに顔色を窺うレミリアの両名を目一杯抱き締め立ち上がり、そのまま体重を肩に掛けてと背後の扉に寄りかかると、扉は鈍い音を立てながらゆっくりと開かれ、隔てられた向こう側が明かす。
 そこは広大な世界が広がったバルコニーとなっており、沈み掛けの太陽が三人を迎えた。
 太陽の位置は丁度母の背後に位置し、その身が盾となって抱きかかえた二人にはその姿は見えず、日光からも身を守った。
 だが日光を浴びる母の背中全体からは白い煙が立ち上がり、それと同時に彼女の顔が苦痛の表情に歪む。

「母様!」
「なんでも無いわ、安心して」

 母の苦痛の表情にレミリアはつい叫んでしまうが、彼女は微笑みを作り大丈夫だと主張すると、背中の羽を広げて抱える二人を覆いながら、太陽の光が二人に当たらないように、煙が立ち上げる体を少しずつ横にずらしてバルコニーを進む。
 そして、母がついに奥まで辿り着くと、その場で膝を曲げ二人を下ろし、バルコニーから見える景色を指差した。

「これが貴方達に見せたかった素敵なもの……世界よ」
「わぁ!」

 母が指差す先の景色、それは小高い丘に建てられた屋敷から見える黄昏の世界があった。
 夜の蒼と夕の茜のグラデーションで彩られた空。
 生い茂る木で覆われた山々。
 遠くで群れをなして茜色の空を駆ける山鳥の姿。
 麓には小さいながらも湖も存在し、夕日を浴び、光を反射して輝く。
 その光景にフランドールは先程まで眠さに閉じ掛けていた目蓋を見開き感動の声を漏らし、レミリアもまた今まで見た事も無い美しい光景に魅入ってしまった。

「凄いわお母様! お外ってこんなに綺麗なのね!」
「そうよ、世界はこんなにも綺麗なのよ」

 初めての世界にフランドールは母に目もくれず身を乗り出して眺め、その姿を見る母は満足気に微笑みながら彼女の頭を撫でる。

「ねぇフラン。『もの』を壊すのは楽しい?」
「え、どうしたのお母様? いきなりそんな事を聞いて」
「とても大事な話よ。貴女は『もの』を壊すのは楽しい?」
「んー……うん、楽しい。私だけに出来る事よ。それに壊れてもお母様が直してくれるもの」

 無垢な笑顔で答えるフランドールに母は苦笑いを零す。

「でもこの綺麗な世界も『もの』なのよ。私は世界が好き。世界が壊れるのを見るのは心が苦しいわ」
「それって、世界を壊さなかったらお母様も喜ぶって事?」
「ええ、フランが世界にも優しくなれたら、お母さんも嬉しいわ」
「じゃあお母様が喜ぶなら私、世界を壊さない」
「あらフランったら」

 笑顔であっさりと力を使わないとフランドールは宣言し、母は嬉しそうに彼女を片手を使い抱き寄せた。
 その光景がレミリアにとって酷く苦痛だった。体から煙を上げながら語る母の姿は、遺言を語るようにしか見えなかったのだ。
 ふと母と視線が重なり、レミリアは反射的に体を振るわせる。今度は自分への遺言が告げられる、そう確信してしまった。

「レミリア、これから色々と大変かもしれないけど、フランの事を宜しくね」
「そ、そんな、やっぱり嫌だよ母様」

 これからも母と共にいたいと、幼い子なら誰もが思うだろう願望にレミリアは首を横に振る。死なないで欲しいと、母への思いに目に潤みが増す。
 だが、それに対して母の答えは微笑を消した真剣な表情だった。

「貴女はフランドールの事が嫌い?」
「それは……嫌いじゃ、ないよ」
「なら聞きなさい。この先きっとフランドールには大きな壁が待っている。妹を想っていると言うなら、貴女はフランドールに付いてやりなさい。それが貴女に出来る事なの」

 優しく語るでは無い厳しく告げる母の言葉に、レミリアは彼女の本心を感じ取ってしまった。死に行く者よりも生き延びる者を大事にして欲しいという母の想いを悟ってしまった。
 真剣に語る母の願いをレミリアは最早拒否する気にはなれなず、ただ首を縦に振る事しか出来なかった。
 そして思い出す、昨晩の母の言葉。それを実行すべきだと思った。
 だからレミリアは目に滲む涙を腕で拭い、母が安心できるようにと、泣きそうな心を抑え込み、出来る限りに笑った。
 その様子を見た母は再び微笑みを戻し、レミリアを抱き寄せる。

「有難うレミリア。そして、ごめんなさいね」

 母が抱き締める。両手を使い、羽を使い、体全身を使い姉妹を包み込む。その間にも照り付ける夕日は母の背中を焼き、体を白い煙へと蒸発させ空気中に散らせていく。
 それでも尚、母はその場を動かなかった。

「大好きよレミリア、フラン」
「私もお母様が大好きだよ」
「私も、大好き」
「そう……私は、幸せ者、ね」

 燃える夕日が山の向こうへと沈み、一時のグラデーションの世界が終わりを告げ、完全な夜の世界が訪れる。
 同時に姉妹の前に一つの洋服が無造作に落ち、母の姿が消えた。
 残された二人の周辺には微かに白い煙が名残惜しむかのように漂ったが、それも風に吹かれ、四散した。

「お母様?」

 フランドールが立ち上がり辺りを見回したが、どこにも母の姿を捉える事が出来ない。
 見付かるのは目の前に落ちている母が着ていた物と同じ洋服、そして膝を付いて咽び泣くレミリアの姿だけだった。

「ねぇお姉様、お母様がどこに行ったか知らない? ねぇお姉様、何で泣いてるの?」

 フランドールは咽び泣くレミリアに質問を投げ掛けるが、彼女は質問に答えず嗚咽を繰り返し、涙で地面を濡らす。
 母は死んだ。死んで煙となり空に散ったのだ。
 その事実を受け入れ、悲しみに打ちひしがれる事。今の彼女にはそれしか出来ず、フランドールの質問に答えられるだけの余裕は持ち合わせていなかった。


          §


 赤い絨毯が敷き詰められ壁には蝋燭台が設置された廊下。その反対側に採光用の窓が幾つも並び列を作る、館の中でも数少ない窓のある風景の中をレミリアとその後ろから美鈴が付き添う形で歩く。
 窓の外は光源の一切無い夜。空は月も星も厚い雲に遮られ微かな光も通さないが、時折その中から一瞬の光を覗かせながら唸るような雷鳴が響き渡る。
 近い内に一雨来るな、とレミリアは思い、憂鬱さから軽い溜息を一つ吐く。
 だが、彼女の憂鬱の原因は外の天候からだけでは無かった。

「あれからフランはどうしてる?」
「今も書房に篭って何かに憑かれたように本を読み漁ってます」
「なら、私との面会拒絶は?」
「変わらずレミリアお嬢様には会いたくない、と」
「そうか」

 会話が途切れ、美鈴は喋らずレミリアも喋らない。敷かれた絨毯は二人の足音を吸い込み、今の廊下には外から響いてくる雷鳴しか音を立てる者が存在しなかった。
 無言の状態で歩き続け窓の連なる廊下を通り抜けた頃、レミリアは不意に足を止め、それに併せて美鈴も慌てて足を止める。

「美鈴。母様が亡くなってからどれだけ経った?」
「早いもので、かれこれもう一年を過ぎましたね」
「もう一年か、早いものだ……なぁ美鈴」
「何でしょうか、お嬢様」

 踵を返し、美鈴と面を向き合うレミリア。
 そして一つの決心を胸に、その小さな口を開く。

「どうして母様は死んだんだ?」

 美鈴の顔が強張り、一瞬視線を逸らした。
 やはりか、と確かな手応えを感じ、レミリアは更に畳み掛ける。

「母様が自分の死を自覚したあの夜、貴女もあの部屋にいた。なら知っているでしょ、母様が死んだ原因を」
「それは……」
「私だってあれから少しは成長した。過ぎた結果を受け止めるだけの覚悟だって出来てる。だから教えてくれ!」

 美鈴は口を硬く閉ざし、俯きながら顔を逸らす。
 それは自分の口からは言えない事実なのか、とレミリアは心に苛立ちを覚えさせ、思わず彼女の腰を両手で掴み揺さぶってしまう。

「何で教えてくれないの、美鈴!」
「済みませんお嬢様、そればかりは私が喋る事は」
「美鈴が教えてくれないなら私が教えてあげるわ、お姉様」

 息を荒げ問い掛けるレミリアとも揺さぶられながらも答えようとしない美鈴とも違う第三者の声。そして、レミリアの視界の中にその声の主を捉えていた。

「フラン」
「御機嫌よう」

 二人から廊下を挟み向かい側、フランドールが歪な羽を揺らし両手を背後に回し微笑みながら挨拶していた。
 久しぶりにその姿を拝み、体の無事を喜ぶべきなのだろうが、今のレミリアにはそれ以上に、求める答えを知っているというフランドールの台詞の方に意識が傾き、彼女は気持ちが逸った。
 まずは話を聞く為に近付くべきだと思い、レミリアは美鈴から手を放し、フランドールに向かって歩き出す。

「貴女が真実を知っている? それは一体どういう」
「それ以上近付かないで!」

 だが微笑から一転、けたたましい声で警告するフランドールに気圧されてしまい、レミリアの足が止まる。
 そして、フランドールは再び微笑を作り、背後に回していた腕を解き左手に持っていた物、一冊の書物を二人に見せ付けるように振ってみせた。

「私もね、お母様がいなくなっちゃったのが気になってずっと調べてたの。この屋敷は思いの他、本があって助かったわ」
「書房に篭ってたのはその為か。でも、何でそれだけで真実が分かると言うの?」
「お姉様、生き物は心臓が無いと生きていられないのね。それは私達吸血鬼も例外じゃない。死ねば体は崩れ、この世に跡形も残らない」
「そ、それと母様が死んだ理由とどう関係があるのよ!」
「あるよ。だって私が、お母様の心臓を潰して殺してしまったのだもの」

 フランドールの語る意味を、レミリアは一瞬理解出来なかった。
 母が死を悟った夜、彼女は一部始終を見ていた訳ではなかったが、母は何かしらの死因がある筈とは思っていた。
 だが、今目の前で母を殺したと証言する人物がおり、それが共に母を愛し、血を分けた妹である事を彼女は信じられなかった。

「凄く簡単な答え。私は胸が悪いと言うお母様に対して悪いところが無くなれば良いと思って心臓を潰してしまったの」
「嘘、でしょ?」
「嘘じゃ無いよ。お姉様だって知ってるでしょ、私がどんな『もの』だって壊せちゃう力がある事くらい」
「嘘だと言ってよフラン!」

 母を殺したと語るフランドールをレミリアは信じたくなかった。本を漁っている内に笑えない冗談を覚え悪戯半分で語っているのだと信じたかった。悪い冗談を言う妹を叱らなくてはならない、そう心に言い聞かせレミリアは再び彼女に向けて走り出す。

「近付かないでって言ってるでしょ!」

 響くフランドールの怒声。そして彼女の右手が勢い良く握られた瞬間、窓硝子が甲高い音を立てて一斉に砕け、廊下を走っていたレミリアに降り注ぐ。
 突然の硝子片の雨にレミリアは思わず立ち止まり両手で頭を庇う。硝子の雨は一秒とせず降り止んだが、その鋭利な破片はレミリアの露出していた肌を傷付け、無数の赤い線を刻み付けた。

「ものが壊れたらもう治らない。そんな当然に気付かずお母様を壊してしまった! 誰でも殺せるこの力で! そうでしょ、それがお姉様に、そして私に隠してる真実でしょ、美鈴!」

 吼えるフランドールの問い掛けに美鈴は歯を食い縛りながら眼を瞑り俯くのみだが、それが答えとなっていた。
 その答えを見たフランドールは歯を食い縛り右手が強く握り締められ、左手に持っていた書物が弾け飛び、物語りを綴っていただろう紙の切れ端が群れとなって宙を舞う。
 その紙吹雪の中で彼女はレミリアと美鈴を睨み付ける。

「ねぇ、何で私はこんな力を持ってしまったの? こんな力を持っていなければ、お母様は死ななかったのに!」

 答えを求め叫び問い掛けるフランドール。だが、美鈴は俯いたまま口を開かない。
 そして、想像以上に衝撃的だった真実に気を取られたレミリアもまた、彼女の問いに答える余裕を持ち合わせていなかった。
 割れた窓の外、空を覆う厚い雲から響く雷鳴、瞬く雷光、そして次第に鳴り始める無数に滴る水の音。
 誰も口を開かない廊下は突如振り出した豪雨の雨音に支配された。
 舞っていた紙吹雪は全て赤い床へと落ち、この空間に動く物は殆ど無くなった。
 唯一動いているのは、肩を震わせそれに併せて歪な羽に生えた七色の水晶が揺れるフランドールだけだった。

「もう嫌だ……こんな誰かを壊しちゃうような力があるなら、誰とも関わりたく無い!」
「ま、待ってフラン」
「こっちに来ないでよ!」

 踵を返しその場を去ろうとしたフランドールにレミリアは引き止めようと手を伸ばした。だがフランドールは見返り、怒鳴りながら右腕を突き出し手を握り締めた。
 瞬間、レミリアが被っている帽子が軽い音を立てながら原型を止めず散り、彼女はその衝撃で怯み、痛みで頭を手で押さえる。レミリアが押さえた手から生暖かく滑りのあるものを感じ、手を放してそれを見ると、赤い液体に塗れた自分の掌が映し出された。
 白い肌を異色に染めるそれにレミリアは短い悲鳴を上げ、思わずフランドールを恐怖した目で見てしまった。
 フランドールも手を赤く染めたレミリアを愕然とした様子で見詰め、一歩、また一歩と後退し、三歩退いたところで再び踵を返して駆け出し、廊下から姿を消した。
 そして彼女の姿が見えなくなると、レミリアの緊張が解け、足に力が入らなくなり体を支えられず背後へと頭が揺れていく。

「お嬢様!」

 レミリアの体が硝子片の散りばめられた床に沈み掛けたその時、美鈴が透かさず肩を持ち倒れないよう支え、無事かどうかを大声で呼び掛ける。だが、今の彼女には美鈴の声は届かず、返事も出来なかった。
 覚悟していたつもりで聞いた母の死の真実、フランドールの告白、揮われる力、頭に残る痛みと赤く染まった手、全てが交わり、レミリアの思考を飲み込み白く染め上げた。
 だからだろう、フランドールが立ち去る間際、目元から数滴の水玉が飛ぶ瞬間がレミリアの目には焼き付いていた。
 あれはきっと泣いていた。レミリアは振り続ける豪雨の音の中、そう思った。




〜 第三幕 「協力」 〜


 友人であるパチュリーに問われ過去を思い出したレミリアは、当時の自分の行動に改めて後悔の念を抱いた。もしあの時、怯まずフランドールを捕まえる事が出来たのならば彼女は引き篭もらずに済んだのではないか、と。
 それが歯痒く、レミリアは自分のスカートを強く掴む。

「パチェはフランの事は殆ど知らないだろう。フランが引き篭もった後にこの館に来たから」
「確かに殆ど知らないわね。知ってるのは能力とか現状くらいかしら」
「パチェからしたら義理も義務も無いかもしれない。それでも貴女にも頼みたい」
「何を?」
「フランと、仲良くなってもらえないか」

 身を乗り出し、レミリアは悲願した。
 が、パチュリーの表情は動かない。ただソーサーからカップを取り、音を立てずに少量飲み再び戻し、変わらない睨むような細い目付きを向けてくるだけだった。

「話が飛躍し過ぎ。私がその妹様と仲良くなる事が一体何の意味があるのかしら?」
「あ、あぁそれはあれだ、館の皆でフランと仲良くなればあの子も外に出易くなる事というかその」
「私が仲良くなったからって何が変わるか分からない。そうする事で私に有益はあるの? 人の事を都合良く扱うとしてるだけじゃないの? そもそも、それが人に対して物事を頼む態度かしら?」

 次々と投げ掛けられる疑問、質問にレミリアは顔を歪める。パチュリーの言い分はどれも正しく、彼女には即座に返す言葉が見付からなかった。
 自分の計画は早くも終わってしまうのか。レミリアはそう思うと思わず喉を鳴らしてしまう。それでも退く気にはならなかった。このまま退く訳にはいかない、前に出ろ、と心の中で自分を奮い立たせた。

「確かにパチェの言う通り、貴女には利益なんて無いだろうし、私の都合良さで扱おうとしてるかもしれない」
「分かっているなら、何故それでも乞うのよ」
「この幻想郷に来てメイド達も増えて環境だって変わった。だからフランにも変わってもらいたいと思ってる。その為にこの館全員の協力が欲しいんだ。当然、パチェにも!」
「だから?」

 変わらずパチュリー表情を変えず、レミリアを見詰める。
 レミリアは眉を顰め唇を噛む。そして、両手を机に突き、腰を曲げ、額が机に当たる手前まで頭を下げる。
 所謂土下座の姿勢。表情一つ変えず動かないパチュリーに対してレミリアが思い付いた精一杯の姿勢だった。

「私はもう逃げたくない。その為に貴女の力も欲しいの……お願い」

 その場に居合わせる誰もが動かない。
 レミリアは頭を上げず、パチュリーは目を細めて彼女を見据え、美鈴も直立不動。
 少女達以外語る口を持たない書物の墓場に静寂が訪れた。
 が、その静寂も一つの小さな声によって間も無く終わりを告げる事となった。
 疑問に思い顔を上げたレミリアの目前、仏頂面で対峙していた筈のパチュリーが片手を口に当て忍び笑いをしていたのだ。その笑い声の音調は時間が経つにつれ高くなり、ついに口を開け小さな笑い声となった。
 何が起きたのか理解できず呆然としてしまっていたレミリアだったが、次第に彼女の態度が腹立たしくなり目を吊り上げる。

「ちょっと、人がこんなにお願いしてるのに笑うなんて失礼じゃない」
「あぁごめんなさいね、珍しく必死そうに人にお願いするなんて珍しかったからつい」
「それだけ私も本気なんだよ」
「だから少し無関心な演技をしてみれば土下座までして、今日は面白いものが見れたわ」
「パァアアチェエエ!」

 自分が今まで遊ばれていた事を知ったレミリアは羞恥心から頬を赤らめ、同時に怒りから食い縛った歯を剥き出して威嚇するも、それを見たパチュリーは腹を両手で抱え、ますます声を大きくして笑うだけだった。
 その姿を見て今はどのような反応をしても彼女を笑わせる要因になるだけだ、と判断したレミリアは口にしたい言い分を堪え、拳を握り締め睨み付けるのみに止めた。
 そして暫くして笑い続けていたパチュリーの笑いも治まり、口で息をしながら目尻に溜まった涙を指で払いながらレミリアに向き直った。

「冗談はさて置き、妹の件に協力してあげるわ」
「随分あっさりと引き受けるわね。からかってくれた癖に」
「そんな恨めしそうに見ないの。まぁ、私はレミィが思ってるよりも彼女の事を知ってるわよ。姿も見た事あるし」

 彼女の姿を見た事があるというパチュリーの台詞が意外だったレミリアは目を丸くした。
 パチュリーは小さく溜息を吐きながら背もたれにもたれ掛け、椅子が軽く軋む音がする。

「以前に私の書房にこっそり入り込んでたところを見付けたのよ。美鈴からここの話を聞いたらしいわ」

 パチュリーが細めた目を横目に流した先、慎ましく立っていた美鈴が小さく頷いた。

「フランドールお嬢様に定期的にお館の状況をお教えしているのですが、その中でも特に興味を持たれたお話の一つがパチュリー様の書房でしたから」
「嫌な目をしてるわ。何もかも受け付けたく無いって目が語っているのだもの。しかも口を開けば皮肉ばかりだし」
「本当は、そんな子じゃないんだ……」
「今でも本を読みに来たり借りていったりしてるわ。次に来る時には返してくれるから良いのだけど」
「フランドールがそんな事してるなんて初めて聞いたわ」

 妹が自分の知らないところで行動を起こしていた事実にレミリアは驚きながらも目を尖らせて美鈴に顔を向ける。だが、美鈴は目を合わせずそっぽを向いてしまった。

「で、話を続けても良い?」
「そうだった、済まない。続けてくれ」
「返してくれるのは良いけど、正直に言うとあんな陰気臭い気配纏って出入りされると私も気が引けるわ」
「だから協力してくれる、と」
「これでも少しは良心を持ち合わせてるつもりよ?」

 パチュリーがカップを取り、口へと運び中の紅茶を飲み干しソーサーに戻すと、小さな微笑みをレミリアに向けた。

「それに、今回のレミィはかなり本気みたいだし、友人を名乗るならそういう時は手を貸さないとね」

 珍しく優しく微笑む彼女の言葉が照れ臭く感じたレミリアは頬を掻く。そして同じく笑みを作り、彼女に向けて手を差し伸べた。

「助かる。有難うパチェ」
「こちらこそ」

 差し伸ばされたレミリアの手にパチュリーもまた手を差し伸べ、互いの手を確りと掴み、握手を交わした。
 こうして、フランドールを引き篭もりから脱しようとする計画の第一歩が踏み出される事となった。
 掴まれた手から伝わる温もり、微笑む協力者の顔、レミリアはそれらに以前の時とは違う頼もしさを感じていた。


          §


 赤い絨毯が敷き詰められ、壁に設置された蝋燭台の灯火が照らす廊下をレミリアとその後から美鈴が付き添って歩く。
 蝋燭台が設置された壁の反対側には採光用の窓が並び、外から月の明かりを存分に取り入れている。
 そこは、かつてレミリアが母の死の全貌を知った舞台だった。割れた窓硝子は床に散乱しておらず、何事も無かったかのような佇まいを維持している。
 だが、レミリアはこの廊下を見ているとかつての光景が脳裏を横切ってしまう。つんざくような硝子が割れる音、叫ぶフランドールの姿、そしてその場を去る際に彼女が流した涙で出来たであろう飛び散った数滴の水玉、彼女はどれも鮮明に覚えていた。
 過去の惨劇を思い出し辛さから眉を顰めるレミリアだったが、今更それに囚われても無意味、現在を打開すべきだと自分に言い聞かせ感情を抑え込んだ。

「ところで美鈴。今まで私に黙っていたんだな、フランがパチェのところに行ってる事を」
「隠すつもりは無かったのですが、フランドールお嬢様がレミリアお嬢様には伝えて欲しくない、と」
「そうか。私も随分嫌われたものだよ」

 あの時の反応からすれば当然の事か、とレミリアは皮肉めいた苦笑をする。

「それは早とちりです。きっとフランドールお嬢様は今でもあの時のようにレミリアお嬢様を慕っていますよ」
「何故そんなのが分かる?」
「それなりにお嬢様達に仕えてますから、所謂ところの長年の勘とでも言いましょうか」
「なるほど……現状では貴女が一番フランに近いからね、そうであると信じよう」
「えぇ、信じちゃって下さい」

 レミリアには美鈴の言葉が気を遣っての発言なのか、それとも本当に長年の勘から来るものなのかは判断出来なかった。だが、まだフランドールが慕ってくれていると考えた方が気が楽になると思い、片手で頭を掻きながら同意すると、美鈴は口を歪めて自慢げに握り拳を作り胸を叩いた。
 が、不意にレミリアは足を止め振り返り見上げる。目が合った美鈴は不思議そうに首を傾げた。

「それでだ美鈴。この際だ、今までずっと私はあんたに対して凄い気になる事があるんだけど、聞いて良い?」
「答えられる範囲なら答えますよ」
「どうして私やフランの前だとそんなに態度が崩れるんだ?」

 向けられた質問に美鈴は目を白黒させた後、眼を瞑り腕を組み唸る。
 そして暫くして目を開くと微笑み、人差し指を頭上に向けながらレミリアを見詰めた。

「ほら私って一応メイド長じゃないですか。だから他の人には威厳を見せるべきかなぁと思って」
「いやその心構えは素晴らしいけど、なんで私達には崩れるのよ」
「えーっと、お嬢様達が可愛いから、でしょうか」
「そんな理由で崩すなこのバカチン!」
「痛っ!? お嬢様、スネ蹴らないで下さいよ地味に痛いですから!」

 単純でどうでも良い理由で主人への態度が崩れる従者に対してむかっ腹が立ったレミリアはローキックで執拗にスネへの蹴りを放ち、美鈴は痛みに耐えかね手でスネを構う。
 今の光景を誰かが見ていたのならば、二人が主従の関係だと説明しても疑われるだろう。

「まぁ良いさ。無駄に畏まられるより気が楽で済む」
「そう思うなら蹴らないで下さい」
「主人にぞんざいな態度をする従者に対する当然の処罰だろ」

 レミリアは口を尖らせて向き直し再び前へ進みだし、美鈴をスネから手を放し彼女の後を付いていく。
 廊下を通り過ぎ、突き当りを曲がった先、二人の目の前に両開きの大きな扉が姿を現す。扉の上には「meeting room」と刻まれた板金が掲げられていた。

「この先の部屋に館のメイド全員を集めてあるんだな」
「はい。昨日のパチュリー様とのお話の後に召集を掛けたので全員揃っている筈です」
「あぁ、ご苦労」

 労いの言葉を掛けるレミリアだったが、その顔は重々しく、大きく溜息を吐いて肩を竦めた。

「どうしました?」
「いや、今更ながら私一人の我侭の為に大勢を動かすのにも気が引けてね」
「何を言ってるんですか、いつも我侭で人を振り回しているような人が」

 美鈴は「ご冗談を」と語りながら手を振りながら声を出して笑い飛ばす。
 自分が重苦しい気分の中でよくぞ笑い退けるものだ、と憎たらしく思ったレミリアは呑気に笑う従者に不満の顔を向けた。

「そこはフォローすべき場面だろ」
「まぁまぁ。でも大丈夫でしょう、何せあの子達は私がビシバシ指導してやってますから」
「今までの流れを見てるといまいち信用ならないのだけど」
「ですかねぇ」

 軽く苦笑いを浮かべながら頬を掻く美鈴だったが、一息置いた後に顔を引き締め背筋を伸ばし姿勢を直した。

「しかし、私達従者は主たるお嬢様のご命令に従い、全身全霊を持って完遂する覚悟は出来てます。お嬢様は普段の通りに振舞えば宜しいのです。それが君主の在り様で御座います。我が主、レミリア・スカーレットお嬢様」

 美鈴は不敵に笑い、両手でスカートの裾を摘まみ軽く持ち上げ、片足の膝を軽く曲げながら深く頭を下げる。
 それはカーテンシーと呼ばれる欧州伝統の女性の挨拶だった。
 が、レミリアにはその様子が酷く滑稽に見え、鼻で笑う。

「随分とまぁ畏まること。わざとそれっぽくやらなくても良いよ」
「あれ、分かっちゃいました?」

 頭を上げた美鈴の顔には先程の真剣な表情は無く、照れた様子で笑い頭を掻く。
 その様子を見てレミリアは呆れてしまい再び溜息を吐いて肩を竦めた。だが、彼女はそのどうしようも無い会話を通して心が軽くなった気もしていた。
 してやられた、だが心地良いという複雑な気分にレミリアはつい口を綻ばせる。

「全く人の扱いが上手いよ美鈴は」
「職業柄でしてね」
「流石とでも言っておくよ。後はそのなんだ……有難う」
「どういたしまして」

 レミリアは正直に感謝の気持ちを伝える事に対する照れ臭さから目を合わせずに言葉を発し、美鈴はそれに微笑みながら返した。そして美鈴は彼女の前に立つと扉の取っ手に手を掛ける。

「それではそろそろ行きますよ。まずは私が整列させますので」
「あぁ、頼むよ」

 主人の許しを得た美鈴は扉を開き、室内に入り込む。
 室内は百人は入れても余裕があるだろう面積を有していた。壁に設置された蝋燭台、天井からは吊るされた装飾性に溢れたシャンデリアが室内を照らし、開けられた扉の正面の壁にはめ込まれた三十メートルはあろう彩り豊かなステンドグラスが月明かりを浴びて放つ仄かな彩光が空間を飾る。
 机等の家具は一切存在しない室内には、美鈴と同じ外装で紺色を基調としたエプロンドレスを纏い、背中からは人外、妖精の証とも言える昆虫に似た透明な羽を生やした少女達が固まって雑談に花を咲かせていたが、扉が開く音に気付き二人の姿を見ると口を閉ざし静まり返った。
 レミリアは開けた扉から静かな足取りで入室し、その後に美鈴は扉を閉め、慎んだ姿勢でレミリアの横に並ぶ。

「メイド総員二十名、お集まりですね。先日に告げた通り本日は私達の主人、レミリアお嬢様から皆さんにお話がありますのでご静聴お願いします」

 美鈴は小さく礼をして一歩退き、メイド達の視線がレミリアに集中する中、彼女は緊張感を覚える。先程、美鈴に緊張を解してもらった彼女であったが、いざ現場に立つとそれがぶり返してきてしまっていた。
 息が詰まる感覚に襲われるレミリア。だが、この場に来て言葉が出ない事態は主人として示しがつかないと彼女は自分を奮い立たせ一つ咳払いをし、メイド達に引き締めた顔を向けた。

「諸君、今宵は私の為に集ってもらって大変嬉しく思う」
「待ってましたお嬢様ぁ!」
「お嬢様ぁ!」

 静寂を切り裂く黄色い悲鳴にレミリアは引き締めた顔のまま硬直する。彼女の目の前では先程まで静寂と沈黙を保っていた筈のメイド達が満面の笑みを湛え、手を振り歓喜の声を上げていたのだ。
 レミリアは困惑する。自分が語り始めた時に目の前のメイド達に何があったのかが理解出来なかった。何かの幻聴と幻覚を見ているのではないかとも疑い瞬きをした。だが眼前には変わらず黄色い悲鳴を上げるメイド達が存在し、それは現実である事を理解し、手を上げて制止の合図を出した。

「あー有難う、有難う……続きを話しても良いか?」
「どうぞお嬢様ぁ!」
「お姉様と呼ばせて下さぁい!」

 再び響く黄色い悲鳴に一部関係無い個人的願望も混り飛び交う。
 レミリアは「これのどこがビシバシ指導しているのか」と叫びたい思いを抑えながら指導者でメイド長たる美鈴に顔を向けるが、彼女は笑いながらも目を合わせようとしなかった。
 本当なら今すぐにでも飛び掛りたい気持ちを主人としての威厳を保つ為と自分に言い聞かせるレミリアは改めて一つ咳払いをし、メイド達に顔を向ける。

「今日は諸君に頼みたい事が」
「なぁにぃレミリアお嬢様ぁ?」
「れみりゃぁ!」
「あるのだが、それよりもお前ら五月蝿いよ!」

 威厳を保ち話を続けようとしたレミリアだったが、騒ぐメイド達の合いの手に軽々と我慢の限界を突破。足を開き中腰になりながら体を捻り、裏拳の要領で平手を突き出して突っ込みを放ってしまった。
 それでも黄色い悲鳴を上げるメイド達にレミリアは肩を落とし項垂れる。ある意味、彼女の威厳とプライドが粉々に砕かれる瞬間だった。そして自棄になってしまい、形振り構わず背後に立っていた美鈴の腹にその怒りを右ストレートとして繰り出した。
 美鈴は腹を押された衝動で短い息を吐き、手で腹を抱えながら両膝を付く。

「何なんだこいつら、まともな姿勢を一分ぐらいしか保ててないじゃないか!」
「げほ……いや努力はしてるんですけどね、妖精なだけに中々。でも本当に良い子達なんですよ、まずは話しましょう」

 腹を殴られた衝撃から脂汗を流し痙攣しながらも微笑む美鈴と何かを期待するような目で眺めてくるメイド達を交互に見渡したレミリアは、このままでは話も進まないと思い深い溜息を吐きながらもメイド達に向き直り続きを語る決意をした。

「とにかくお前ら、これはほんっとうに大事な話なんだ。だから静かに聞いて欲しいんだよ!」

 握り拳を作り、翼を広げながら叫ぶレミリアの声はメイド達の黄色い声を掻き消し室内を支配する。そこまでしてようやくメイド達は口を閉ざし、渋々といった様子で姿勢を直し、美鈴も腹を抱えながらも立ち上がり直立した。
 その様子を見てレミリアはようやく本題に入れる、と内心で安堵の息を吐き、顔を引き締める。

「お前達はこの館に来て日も浅いから知らないかもしれないが、私には妹がいるんだ。名前はフランドールと言う」

 初めて主人の口から告げられた事実にメイド達がどよめく。メイド同士が顔を向き合わせ、互いに語られた妹の存在を知っていたか、姿を見た事があるか等の会話が飛び交った。

「はい。お嬢様、質問して良いですか?」

 どよめくメイドの列の中から緑色のショートヘアをしたメイドが威勢の良い掛け声と共に手を上げた。

「何だ? 言ってみろ」
「その妹様って、もしかして金髪で宝石が生えた木の枝のような羽をしてませんか?」

 レミリアは驚きが隠せず目を丸くする。
 存在を初めて告げた筈なのにフランドールの特徴を当てられるとは思ってもみなかったのだ。

「そ、その通りだ」
「やっぱり、変わった羽を持った女の子が夜な夜な館を徘徊するって噂は本当だったんだ」

 そんな噂が立っていたのか、とレミリアは唖然したが、彼女の事を気に留めず、再びメイド達はどよめき、噂の真相にそれぞれの感想が飛び交う。
 フランドールはパチュリーの書房に通っていたという事実があり、移動時の姿をメイドが目撃する可能性は否定できない。一時は驚いたレミリアだったが、冷静に考え何ら可笑しな事では無い、と気分を持ち直した。
 だが、持ち直した彼女の耳に届くメイド達の声はその心を容赦無く抉るものだった。
 一人のメイドは、何故皆の前に姿を見せないのか、と疑問の声を上げた。
 一人のメイドは、恥ずかしがり屋なのではないか、と推測の声を上げた。
 一人のメイドは、人と顔を合わせたくないから引き篭もったのではないか、と的を射る声を上げた。
 その回答に他のメイド達も合点がいった様子で相槌を打ち、更に会話が続く。
 陰気臭い。
 友達がいない。
 様々な予測が飛び交う。
 それらはレミリアに胸を貫くような苦痛を与え、同時に行き場の無い怒りも込み上げてきていた。

「お前達、私の妹を悪く言うのはそこまでにしてもらおうか」

 威圧。
 行き場の無い怒りの感情は自然とレミリアの声を低く重いものに変え、垂れ下がった腕に小さく振るえる程の 握り拳を作らせた。 声量ならば先程メイド達を黙らせた叫びの方が大きかっただろう。が、メイド達はどすの利いた声に体を小さく飛び跳ねて振り向き、抑え切れない感情が溢れるレミリアの姿を見て息を呑み、慌てて姿勢を直し口を閉ざす。
 小さい声でも集団を黙らせる。今の彼女はそれだけの圧力を放っていた。

「す、済みませんお嬢様! 私達はそういう意味で言った訳でも……」

 先頭の列にいたメイドの一人が上擦った声で弁解を始め、その姿を見たレミリアはふと自分が怒りを撒き散らしてしまっている事に気が付いた。
 これから頼み事をする相手に恐怖心を与えてどうするのか、レミリアは昂っていた感情を抑え、首を軽く横に振った。

「いや、気にするな。確かにお前達の言う事も一理ある。想像通り、ある原因であの子は引き篭もっているんだ」
「その原因と言いますと?」

 沈黙。
 レミリアは俯き、脳裏に力を揮い人との接触を拒絶したフランドールの姿が横切り眉を顰める。そして、次に彼女の脳裏を横切ったものは、今は亡き母に抱かれ安らぎの笑みを浮かべるフランドールの姿だった。
 フランドールの笑顔を取り戻したい。その決意を胸に秘め、レミリアは顔を上げる。

「あの子はね、何でも壊せるんだ。物でも、人でも、命でも、手を握るだけであらゆるものを破壊する能力だ」

「こんな風にね」、とレミリアは肘を曲げた右手を突き出し手を軽く握り、具体的な動作をその身で表現する。

「生まれ持っての力だった。幼い頃は力に振り回されもした。そして知らぬ間に大事なものを壊し、世界は儚いものだと知った。だから閉じ篭った。また自分の力で何かを壊してしまう事を恐れてね。馬鹿な奴だよ」

 レミリアは握られた手を再び開き、そのまま肘を伸ばしながら腕を降ろし、溜息を吐く。
 風も通さない室内に再び訪れる静寂。メイド達は一言も喋る事も無く彼女を見詰め、美鈴もまた口を挟まない。
 蝋燭は淡い橙色の火を灯し続けながら小さく揺らめき、その熱は蝋を溶かし汗のように垂れて蝋燭を伝う。
 その場の誰もが主人の言葉を待った。
 そして一息置いたレミリアは再び計画を伝えるべく口を開く。

「だが今回お前達を集めたのはその馬鹿の為だ。私は姉として、あの子を部屋から出してやりたいんだ。その為にお前達の力を借りたい。しかし先程も伝えた通り、あの子の力は絶大だ。危険を伴うかもしれない」

 そこでレミリアは言葉を切る。
 事前に危険だと告げてしまっては脅しを掛けているも同然、そのような計画に誰が付いて来るのか、という疑問が彼女の口を重くしていた。

「だから強制はしない。もし同行出来ると言える者だけが付いてき」
「あーっと、ストーップ!」

 重い口を動かし言葉を紡ぐレミリアの言葉を遮る声。それは列の中にいる灰色のセミロングヘアをしたメイドが発するものだった。

「つまり、こういうことですよね? 妹様には何でも壊すスーパーなパワーがあって、その力を恐れて閉じ籠っている、と」
「あ、あぁ、端的に言うとそんな感じだな」

 いきなり変わった空気に戸惑いながら、レミリアの返事。
 それを聞くと、灰色髪のメイドは何かを考え込んだ表情から一転、楽になったといったような笑顔になる。

「何だそれなら全然大丈夫ですよ、だって私達にもそんな時期ありましたもん!」
「は?」
「誰もが掛かる麻疹みたいなもんですよ」

 思わず間抜けに聞き返すレミリアを放っておいて、他のメイド達も次々に騒ぎ出す。

「そうそう、私も『う、うおおお、私はもしかして世界一強いんじゃないか!?』とか思ってた時期あったねぇ」
「うん、『へっ、私に近付くと怪我するぜ』みたいなね」
「無駄にかっこいい名前付けた技開発したりとかね。あの頃は馬鹿やってたよ」

 メイド達がそれぞれ過去の行いを喜々とした表情で語り合い、静寂漂う会議室が一瞬で賑やかな休憩室と化す。
 その様子を見た美鈴は乾いた笑い声を小さく漏らす。
 レミリアもまた苦笑いを浮かべるが、口元は痙攣が絶えず、額には薄暗さが残る室内でも確認出来る程度の青筋を立てている。そしてその苦笑いも間も無く失せ、歯を食い縛り怒気を露にした。

「静粛に!」

 レミリアが幼い顔付きとは不釣り合いな牙を剥き出す程の大口を開けての怒号を放ち、それは衝撃となってメイド達に襲い掛かり、彼女達は短い悲鳴を上げて耳を塞ぎながら身を屈めた。
 怒号が過ぎ去り、恐る恐るメイド達が顔を上げると、レミリアは一人ひとり見渡すように睨み付ける。
 恐怖を植え付ける失態だったかもしれない。だが、まるで緊張感の無い様子のメイド達の姿を見て、レミリアは感情を抑え切れなかった。

「違う……違うんだよ、思い込みとかじゃないんだ。そんな軽い気持ちで出来るものじゃないんだ!」
「あ、あの」
「今度はなんだ。下らない質問だったら八つ裂きにするぞ」

 レミリアは三度目の挙手となった相手、黒髪のボブカットに眼鏡をしたメイドに対して怒りを隠さず睨み付けると、彼女は怯えた様子で体を小さく振るわせた。

「怒らないで欲しいですけど、ちょっと良いですか」
「怒りたくなくても怒らせているのは一体誰だと」
「お嬢様」

 怒りを言葉として吐き出そうとするレミリアを止めたのは美鈴の一言だった。
 レミリアは振り向き、姿勢を正して立つ従者に顔を向けると、彼女は何も語らずただ首を横に振り、微笑む。
 その姿を見たレミリアは、眉を顰めながらも溜息を吐き、若干心を落ち着かせ黒髪のメイドに向き直す。

「言ってみろ」
「その、違うと、軽い気持ちでやろうとしてる訳じゃないと思うんです。だって、お嬢様は、選んでくれたんですよね、私達を」
「選んだ?」
「妹様と一緒に暮らすことが出来ると、そう期待してくれているんだと。だから、私は嬉しくてつい……」

 妹と暮らせるから嬉しい。その言葉を聞いたレミリアは驚き、声を発する事を忘れてしまった。
 そして彼女の言葉に周りのメイド達も首を縦に振り頷き、更にその中から挙手と「はい」と応答の声を上げる少女。
 それは先程レミリアに質問をした灰髪のメイドだった。

「今の生活はすごく楽しいですし、こんな場所を私達にくれたお嬢様に恩返しが一つ出来るじゃないですか。それに、こんな楽しい生活にお嬢様の妹様だなんて素敵な方が加わらないと私達にも損ですし、妹様にもきっと損ですとも」

 灰髪のメイドは側にいたメイド達に笑顔を向けると、強張っていた彼女達の表情が緩み、首を縦に振って同意する。
 その様子を見た灰髪のメイドは満足気に歯を覗かせながら笑い、

「だから!」

 レミリアに向かって拳を突き出しながら、高らかに宣言をした。

「妹様も二度と地下に閉じ籠っていられなくなるような、楽しい館のメイドとして勤め上げてみせましょう!」

 そして、その灰髪のメイドの台詞が皮切りに周りのメイド達も次々と応援の声を上げて参加の意思を表明し始める。
 レミリアは予測していなかったメイド達の反応に目を丸くし唖然として見詰めていると、横に美鈴が立ち、満面の笑みを浮かべながら彼女を見下ろした。

「如何ですお嬢様。皆良い子でしょう」
「なんというか、怒りを通り越して呆れるよ」
「だから良いんです。あの子達の元気と想いはきっとフランドールお嬢様の心を動かしてくれますよ」

 口元を緩め自信に満ちた表情をした美鈴は騒ぐメイド達を眺める。

「それに、メイド長の拳骨制裁の方がよっぽど怖いしねぇ」
「それは言えてる。私、あれ食らった時は頭が割れたのかと思ったもん」
「館で一番怖いメイド長の拳骨貰ってる私達に怖いもの無しよ」
「こらあんた達、余計な事まで言わないの!」

 美鈴は顔を仄かに赤くし、慎む姿勢を崩し片手を振り上げて注意を払うが、メイド達は笑いながら悲鳴を上げる。
 その様子を目の当たりにするレミリアは、この場に来るまでの緊張と不安が全くの無駄だったのではないか、と片手を腰に当てながら深い溜息を吐く。
 だがそれと同時に、悪くない、とも思い自然と口元を綻ばせた。

「全く、メイドとは思えない奴らばかり集ってくれたよこの館は……さぁお喋りはそこまでだ!」

 レミリアの号令によりメイド達の騒ぎ声が止み、その場にいる全員の視線が彼女に集中する。

「お前達の事は良く分かった。お前達は馬鹿だ! それも突き抜けた馬鹿だ! だが、私もそんな馬鹿達を信じたい」

 レミリアは黒い翼を目一杯に広げ、右腕の拳を握り締め天に振りかざす。

「主、レミリア・スカーレットとして命ずる! 全身全霊を持って我が妹を地下から引き上げてみせろ! 従わぬ者は去れ! 従う者は雄叫びを上げ、私に誠意を見せてみろ!」

 瞬間、湧き上がる歓声、振り上げられる腕。部屋から去ろうとする者は存在せず、その場にいる全員が叫びを上げた。
 響く歓声は大気を震わせ、室内を照らし出す蝋燭の火を揺らす。
 それはレミリアにとって初めて目の当たりにする光景だった。威勢良く腕を上げ、声を張り上げるメイド達の姿が非常に心強く見え、彼女はこの作戦の成功を予感した。




〜 第四幕 「妹」 〜


 部屋の中には西洋貴族が好みそうな装飾が施されたクローゼット、一人で使うには困らない程度の大きさしかない机と質素な椅子、ヘッドボードとフットボードが付いた欧州仕様のベッド、床一面に敷かれた赤い絨毯、それ以外の家具は存在せず、外光を取り入れる窓さえ存在しない。だが、室内は上空に漂い黄色く輝く球状の物体により、あたかも太陽に照らされたかのように明るかった。
 ベッドの上には数冊の書物が散乱し、それに囲まれる形で一人の少女がうつ伏せになりながら読書に没頭していた。
 少女は熟れた林檎のように赤い洋服、サイドテールが揺れる金の頭髪にナイトキャップを思わせる帽子を被り、背中から生えた色とりどりの水晶が実る小枝を思わせる羽を微かにはためかせ、手に持たれた書物に記された文字の羅列に淡々と目を走らせる。
 少女が口を開き言葉を紡ぐ。小さな声で聞き取れない、誰に語るでも無く紡がれる言葉。やがて、言葉を紡ぐ少女の前に鶏の卵程の大きさを持った、赤色に輝く球体が現れる。少女はそれでも紡ぐ言葉を止めずに球体を見詰めながら頭上を見上げる。すると、赤色の球体は彼女の視線に併せて上昇し、上空に漂っていた黄色い球体に触れ、溶け込む。
 混ざり合った球体はその色を変え、茜色の球体となって室内を照らす。茜色に照らされた室内はまさに夕日の光景と言って良いだろう。この空間だけの夕日が完成したのだ。
 その空間の色合いは人が見れば実に美しいものだと思うだろう。だが、彼女にはその色が不快だった。
 目を細めながら茜色の太陽を睨む彼女はそれに向けて右手を伸ばし空を掴むと、茜色の球体は風船が割れるかのように弾け、細かな粒子となって部屋の至るところに舞い降り、光も無く消え去った。
 光源が無くなり闇に包まれた空間の中で少女は再び聞き取れない言葉を紡ぐ。すると、今度は彼女の目の前に青白く輝く西瓜大の球体が現れ、頭上へと上昇し、あたかも淡く輝く月のように室内を照らす。
 新たな光源を得た空間の中、彼女は開いていた本を閉じて横に退かすと体を捻り仰向けになり目蓋を閉じる。だがその時、扉の向こう側から足音が響いてくる事に気付き、少女は閉じた目蓋を再び開いた。
 足音は次第に大きくなり、扉の前で止まると木製の扉を叩く軽い音が室内に響く。

「フランドールお嬢様、美鈴です。お時間を頂けますか」
「鍵なら開いてるよ。入ってきて」
「失礼します」

 少女、フランドールの許可が下りると静かに扉が開き、緑を基調としたエプロンドレスを着た美鈴が入室した。
 しかし、フランドールは入ってきた従者に顔を向ける事も無く、ベッドの上で仰向けの左手で横にある机を指差す。

「ご飯ならそこに置いといて。いつも通り、次に来る時までに食べておくから」

 入室してきた従者への指示。だがそれに対する返事が来る事は無かった。
 疑問に思ったフランドールは両腕を支えに上体を起こす。彼女の目に映ったのは姿勢良く立ち微笑む美鈴の姿。
 食事を運んできたと思っていたフランドールだったが、美鈴の手には何も持っておらず、ただ微笑みを向けて見詰めている事に彼女は不信感を抱いた。

「何、そんなにじろじろと見詰めて。それとご飯はどうしたの?」
「お食事なのですが、今回は少し特別な催しがありまして。お手数ですが上に来て貰えませんか」
「催し? 上に? そんなのいらないから、ご飯をここに持ってきて」

 フランドールは眉を顰めながら両腕を頭の後ろに回し、枕代わりとして仰向けに倒れる。他人に勧められて部屋から出る気つもりなど、彼女には毛頭無かった。

「そうですか。まぁ予測していた反応ではありましたけど、仕方が無いですね。ちょっと失礼しますよ」
「え、ちょ、ちょっと美鈴!?」

 美鈴は両手を伸ばしてフランドールの脇腹を掴み、その幼い体を軽々と持ち上げると背中を向かせ、腋から腕を通してそのまま抱き寄せる。

「少々手荒くなりますが、我慢して下さいね。後、あまり喋ると舌噛みますよ」
「放しなさいよ! 好い加減にしないとあんたも壊」

 拘束からの解放を訴えるフランドールの台詞が全て述べる前に美鈴が地を蹴り、その圧力で彼女は口を閉ざした。
 美鈴の地への一脚は絨毯が敷かれた床であるにも関わらず、室内を揺るがす轟音と衝撃を生み出し、その衝撃の反動は前へと進む推進力となり彼女は身を低くして駆け出す。
 右脚で地面を蹴り前へ飛ぶと同時に、左脚を伸ばして地面を蹴って前へ飛び、再び右脚を伸ばして地面を蹴る。この動作を繰り返し美鈴は跳躍した。
 一歩の時点で部屋を飛び出し、二歩三歩で薄暗い地下の階段を駆け上がり、更に三歩四歩、歩を進める度に加速し、赤い廊下を赤と緑の風が駆け抜ける。
 館を駆け抜ける美鈴はやがてある一室へと辿り着くと歩幅を狭くして減速し、置かれていた背もたれ付きの安楽椅子の前で停止すると、抱えていたフランドールを静かにその安楽椅子に座らせた。

「はい、到着ですっと。お怪我はありませんか?」
「ちょっと舌噛んだ。て、そうじゃなくて、何なのよ一体」

 フランドールは小さな口から舌の先を出して指で摩った後、文句を言おうと顔を上げた。すると美鈴は微笑みながら彼女の横へと移動する。
 何事かと思ったフランドールは美鈴が退いた事で開けた前方に顔を向ける。彼女は座られた場所は館のホールであると認識出来た。が、それ以上に、目の前に存在する人だかりに気を引かれる。
 その人だかりはエプロンドレスを纏ったメイド達であり、「Welcome」と書かれた横断幕を持ち、にやついた顔で視線が集中していたのだ。

「初めまして妹様ぁ!」

 その声と共にメイド達はやんや、やんやと大声を上げそれぞれが歓迎の言葉を投げ掛ける。

「部屋の外へようこそウェルカム、私達メイド一同貴方様に会うのを楽しみにしておりました。これからたっぷり私達の奉公を受けて脱引き籠りライフって感じでよろしくお願いしまぁす!」
「ほんとだ、宝石みたいな羽生えてる。綺麗!」
「レミリアお嬢様と同じ白い肌。良いなぁ」

 目を白黒させながら眼前、理解不能な光景を見つめるしかないフランドール。それを聞いてから、現状の説明が欲しく、彼女は横に控えた美鈴へ視線を向ける。

「ねえ美鈴、何これ」
「メイド一同でフランドールお嬢様をお迎えしてるだけですよ。そろそろ外にお出になられても良いんじゃないかと、まあ思いましてね」

 笑顔でしれっと語る美鈴にフランドールは目を細め露骨に不満の眼差しを向ける。そして、安楽椅子から立ち上がり、メイド達に背を向け、入室してきた扉へと歩き始めた。

「下らない。帰る」
「おっとさせません」

 歩を進めるフランドールに美鈴は駆け寄り、脇腹を両手で掴み、地下室での出来事の再現かのように再び抱き上げた。

「放しなさいよ」
「放しませんよ。このままじゃまた部屋に帰っちゃうじゃないですか」
「一端のメイド風情が私を束縛するつもり? その気になれば貴女なんてすぐ壊せるのよ。この手を握った瞬間ね」
「どうぞ。それでフランドールお嬢様が満足するのなら」

 音調を下げ、右手をかざすフランドール。だが美鈴は放すまいと語るかの如く彼女を強く抱き寄せた。
 歓声を上げていたメイド達は静まり返り、息を呑み二人を見守る。
 そして、メイド達の誰かが喉を鳴らした頃、フランドールはかざした右手を握る事無く垂れ下げた。

「まぁ良いよ。美鈴には何かと世話になってるから、今回は許してあげる」
「それはとても有り難いです」
「心臓ばくばくにさせながら強情な態度を取られたら呆れもするわ」
「あらぁ気付いてましたか」
「背中越しに」

 音調を元に戻し、不敵に笑うフランドールに美鈴は苦笑いで返す。
 その光景を見たメイド達も安堵した様子で溜息を吐いたりして胸を撫で下ろした。

「それで、これは誰の差し金かしら。メイドだけでこれだけ動けるとは思えないけど」
「レミリアお嬢様ですよ。まあさっきの顔合わせというか、そんなのは私達の独断ですが」
「お姉様が?」

 美鈴達の行動を促した人物がレミリアである事を知ったフランドールは目を細め、美鈴もまた顔を引き締める。

「お二人でお食事する席を設けて待っていますよ。まずは会って話をしてみなければお互い始まらないでしょう」
「あぁ……なるほど、特別な催しってそういう事」
「実の姉をあいつ呼ばわりするものではありませんよ?」
「良いのよ、あいつはあいつって呼び方で」

 フランドールは実姉の姿を思い浮かべ、鋭い犬歯を口元から覗かせ皮肉めいた笑みを浮かべた。

「あいつと二人で食事だなんて、とても素敵じゃないの。久しぶりに向こうからの誘いなんだから、妹としてそれに乗ってあげるわ」
「有難う御座います。レミリアお嬢様も喜びますよ」
「それでさ、一つ聞きたい事があるんだけど」
「どうしました?」
「いつまで抱き締めてるつもりなの?」

 会話が交わされている間、フランドールは美鈴によって人形を持つかのように抱き締められていた。
 既にフランドールには自室に帰る意思は無かった為、その状態に不満があり、口を尖らせる。

「いやぁこうしてフランドールお嬢様に触れるのも久し振りなものですから」
「そんなのどうでも良いから降ろして」
「どうせだからこのまま運びたい気分です」
「いらない。いらないから降ろせ」
「げふぅ!?」

 フランドールがぶら下がり状態だった踵を勢い良く後ろに蹴り上げると、見事に美鈴の腹に減り込み、彼女は衝撃で前屈みになるのだった。


          §


 室内の中央に佇む団体で使えるだろう長さを持った長方形のディナーテーブル。天板には純白のテーブルクロスが敷かれ、その上には一輪の赤い薔薇が飾られた花瓶が置かれている。
 そのテーブルの一角にレミリアが座り、隣に美鈴が控え、レミリアから見て左側の角にフランドールが座る。椅子に座る姉妹の前には小皿に乗せられた白いクリームと苺で装飾されたケーキと白い湯気を立ち上らせるティーカップがそれぞれ置かれていた。
 フランドールは手に持っていたフォークを使い、目の前のケーキを一口大に裂き、口の中へ運ぶ。

「うん、今日のデザートも美味しいわね。美鈴、今回はどんなケーキなの?」
「今日は良い苺が入りましたので、シンプルなショートケーキにしてみました」
「良い選択ね。クリームと苺の甘さは絶妙だし、スポンジのアーモンドと血の味も程好いわ」
「有難う御座います」

 ケーキを一口食べたフランドールは口元を綻ばせその甘美を絶賛し、美鈴は満足気に微笑んだ。
 一方のレミリアは表情を変えずに小さく切ったケーキを口に運び続ける。
 その様子を横目で眺めるフランドールは目を細め、口元を締める。が、それも一瞬の表情であり、すぐに口端を吊り上げた。

「どうしたのかしらお姉様。デザートも来てコースはもうすぐ終わるというのに中々喋ってくれないじゃない。誘った本人が喋らないのは失礼じゃなくって?」

 手に持ったフォークを指揮棒に見立てて振るいながら見詰めるフランドール。
 レミリアはフォークを置くと、隣にあったカップを一口飲み、カップを戻す。

「久しぶりの妹の姿に言葉も出ない、と言えば納得してもらえるか」
「あら、概ね四百年振りの顔合わせでそこまで感傷に浸るなんて、お姉様はとっても感激屋なのね……それで満足? ならこれ食べて帰るけど」
「まだ帰さないよ。大事な話はこれからするんだから」
「なら焦らさずに早く本題に入れば良いのに。レディーを待たせるなんて礼儀がなってないわ」

 フランドールは軽薄に笑う。水晶が生えた羽をはためかせ、金の髪を揺らめかせ、狂ったように笑う声が三人の空間を支配する。
 しかし、次の瞬間には散々笑い通したフランドールの表情が無表情なものへと翻り、持っていたフォークをケーキ目掛けて垂直に振り下ろして突き刺し、そのままフォークを横に倒してケーキを強引に切り崩す。綺麗に装飾されていたケーキは無残に形が崩れ二つに分けられ、彼女はその片方にフォークを突き刺し、そのまま大きく口を開けて一口で頬張り、噛み締め、飲み込んだ。

「お姉様の目的は大体分かってる。私を外に出したいんでしょ。ここに来る前に会ったメイドが言ってたわ」
「そうか、なら話は早い。そろそろ頃合いってことだよ、フラン。いつまでも閉じ籠ってなんかいられない」
「私はいつまでだって構わないのだけど。陽を浴びずに暗闇に生きて暗闇の中で死ぬ。むしろそれが吸血鬼の生き様でしょう?」

 フランドールは再びけたけたと笑い、フォークを残っていたケーキ目掛け垂直に突き刺し、その衝撃で辛うじてケーキの上に乗せられていた苺が皿の上に零れ落ちるが、気にする事も無く頬張り、噛み締めた。
 気が触れたかのようなフランドールの仕草。それでも尚、レミリアは視線を背けずに彼女を見据える。

「それだけが未来じゃない。お前も私もまだ子供だよ、子供でしかない、見通せないくらい先は長いんだ。夜を楽しみ、昼を楽しみ、友と従者と語らい、世界を楽しむ……そういう生き方だってある」
「それは素敵ですこと。なら御自由に。お一人でそういう生き方をなされたらどうですか。アウトローなお姉様」

 真剣な眼差しで訴えるレミリアだが、フランドールは顔も向けず片手でフォークを柄の部分から水飴のように容易に折り曲げて遊ぶ。
 地下から出ないと決めたフランドールにとって、彼女の生き方など話されても興味を得なかった。

「お前にもそういう生き方が出来ると思っているのだけど。お前だけじゃないさ、誰だってそういう風に生きられるはずだ」
「私に出来る? 外の生活が?」

 口元を吊り上げ牙を覗かせるフランドールは堪え切れない笑い声を喉から漏らしながら折り曲げたフォークを元の形に戻すと両手でその両端を摘まみ、雑巾絞りの要領で捻ると、フォークは螺旋状に捩じ上げられ、一本の槍の如き形に変形させた。
 そして完成した槍をフランドールは再び片手で持ち、指を使い回して弄くる。

「外で生活してると冗談も上手くなるのかしら。でも、そう出来る事と望む事が、私の中で一致しているとは限らない」
「どうだろうね、まあ今の生き方よりはマシだろうって話さ」
「マシだから、何? 何も知らない従者達を巻き込んで、そういう生き方を私にさせてくれようっての? ああ何とお優しい、優し過ぎて泣けてくるわね」

 フランドールは目を掌で覆いながら首を横に振り、泣く仕草をするが、すぐにその仕草も止め、冷笑を湛えながらレミリアへと顔を向け続いて片手を突き出し、持っていた槍の切先を向けた。

「でもかわいそうな従者達。お姉様にそそのかされたお陰で怖い目を見る。そしてこの館から出ていく事になるのよ」

 かわいそうにと嘆きながらも不敵に笑うフランドール。
 しかし、その姿を見たレミリアは返すように不敵な笑みを浮かべた。

「お前がどう思おうがそれは自由だけれどね。けれど、あの子達は、私の従者達はちょっと違うぞ」

 フランドールの眉が一度だけ痙攣するように跳ね、同時に不敵な笑みが消え、目を尖らせながらレミリアを睨み付ける。それでも彼女は気にした様子も無くカップを手に取り、飲み干した。
 その自信に満ちた様子が気に入らず、フランドールの槍を握る指に力が入る。

「あいつらはお前の想像以上に愉快な奴らさ。少々鬱陶しいがね。折角外に出て来たんだ、少しは館内を歩いて、あいつらと触れ合ってきたらどうだ」
「それは、当主としての命令かしら、お姉様」
「いいや、提案さ。そうすればお前も、楽しい生き方を望めるかもしれないよ」
「絵空事よ」
「試してみないと分からんよ。人は、世界は美しいのだからね」

 世界は美しい、その言葉がフランドールの脳裏にかつて見た世界の光景が過ぎった。それが不快で、彼女は歯が軋む程に食い縛り、構えていた槍を力任せに投げ放ち、レミリアの席の目前に突き刺さった。
 だが、レミリアは怯む様子を見せずにフランドールを見詰め続ける。
 交わる視線と視線。対立する笑みとしかみ。どちらも動きを見せず、互いに様子を窺うかのように動かない。

「良いわ、面白い」

 先に動いたのはフランドールだった。彼女はしかめ面から一転、不敵な笑みを作ると席から立ち上がった。

「少し散歩して、お姉様自慢の従者達と遊んであげるのも、久しぶりに出て来たんだ、悪くはないね」

 立ち上がったフランドールは目前の皿に残されていた苺を片手で摘まみ上げ、空いているもう片方の腕をレミリアに向け指差す。

「でも、すぐにそっちから頭を下げて『どうか地下に戻って下さい』って言わせてあげるわ。貴女の口からね」

 そして宣戦布告をしたフランドールはレミリアに背を向け、出口の扉へと歩き出し、摘み上げていた苺を口の中に放り込み、噛み潰しながら扉を開き、部屋から抜け出した。




〜 第五幕 「交流」 〜


「とは言ったものの」

 月光が差し込む深紅の廊下をフランドールは一人歩き、呟く。
 先程は大仰な滑稽劇を繰り広げてくれたメイド達は、今はもう一人として廊下にいない。どうせ美鈴の指示が無ければメイド達はあんな行動をしなかったのだろう、と一人納得してフランドールはわざらしくと踵を鳴らし、歩く。

「どうしたものかしらね」

 面倒そうにフランドールは溜息を吐いた。

(ねぇフラン。『もの』を壊すのは楽しい?)

 不意に昔日の母の言葉を思い出してフランドールは頭を振る。
 違う、と。
 そうじゃないんだ、と。
 そう心の中で叫んで意識せず右手を握った瞬間、近くに在った窓硝子が高い音を立てて割れ、砕け落ちた。
 月の光を反射させながら硝子の破片が窓の向こうへと落ちて消えていく。

「つまらない」

 吐き捨てるようにフランドールは呟き、そして歩を進める。
 こんな自分に近づく者がいる筈がない。と、沈痛した面持ちが語っていた。
 その瞬間、

「ほわっつはぷんど!?」

 米国人がクエスチョンマークを浮かべる事必至の驚きの声が響いた。
「え?」と呟き、そして今しがた自身が壊した窓の外へと目を向けるフランドール。

「うっわ、窓が割れちゃってる! ラッキー!」
「これは神が私達に授けてくれたご褒美に違いないわねー。って、あれ? フランドール様?」

 割れた窓の外にいたのは二人の妖精のメイドであった。

「な、なんなのあんた達」

 その二人の突然の登場に戸惑いの声を上げるフランドール。
 その姿を捉えた二人のメイドは、しめたと言わんばかりの笑みを浮かべて、そしていまだ困惑し続けているフランドールの元へと寄った。

「フランドール様! 良いところにいらして下さいました。私達と一緒におしゃべりをしましょう!」
「ぇ、え?」
「聞いてくださいよー。メイド長ってばひどいんですよー?」
「いや、あのさ。私、あんた達の話に付き合ってあげる気なんて無いんだけど」
「メイド全員でフランドール様と遊ぼうって計画を立ててたのに、そう言って通常業務をサボるのは許しませんよ! なんて言ってくるんですよー。おかげで現在の私達は窓ふき中。血も涙も無い話だと思いませんかー?」
「だから、あんた達の話なんか知らないってば」
「色々とゲームの企画もしてたんですよ? “ドキッ☆ メイドだらけのババ抜き大会!”とか“ギクッ☆ メイドだらけのダウト大会!”とか。どちらもメイド総勢二十名による一大イベントになる筈だったのに、メイド長めぇ!」
「いや、だから……ていうかそれ、どっちも勝負が着かなくない?」
「え?」
「え?」
「二十名によるババ抜きなんていつペアカードができるか分からないし、ダウトなんてそれこそ一人が抜けるだけでも天文学的な確率でしょ」
「え?」
「え?」
「それくらい理解しなさいよ。ていうか、“メイド総勢二十名による一大イベント”てところからして既におかしいよね。私と遊ぶ為の計画なのに、なんで私が入っていないのよ」
「あー、そっかー」
「言われてみればそうですね。それじゃあ、フランドール様はどんなゲームをしたいです?」
「そりゃあ、二十一人でやるんだったら、トランプを三セット程用意してのブラックジャックあたりが妥当――」

 言いかけて、フランドールは動きを止めた。
 顔には焦りの色を浮かべ、そして一歩、二人のメイドから距離をとる。
 それを見て、どうしたんですか? と二人は暢気な顔で問うた。

(私の従者達はちょっと違うぞ)

 フランドールは先のレミリアの言葉を思い出し、顎に手をあてて目の前にいる二人のメイドの顔を見る。
 強大な破壊の力を持つフランドールに対してこれまでこのような暢気な顔を向ける者は誰もいなかった。母は諭すような顔をし、レミリアは怯えるような顔をし、美鈴は陽気な顔をしながらもその裏で細心の気遣いをしていることをフランドールは知っている。
 そのどれとも違う、二つの顔。
「なるほど」と、フランドールは呟いた。

「あんた達、私の力を知らないんでしょう?」

 自分の強大な能力を知らないからメイド達はこんな顔ができるんだろう。それがフランドールの出した結論であった。
 故に、彼我の力量差を示す為の強い言葉を紡ぐ。

「私はあらゆるものを壊す力を持っている。この窓ガラスのように粉々になりたくなければ、さっさと何処かに消えた方がいいよ?」

 砕けた窓を顎で指し、凄む様な笑みを浮かべて覇気を放つフランドール。
 
「それくらい知ってますよー」

 その威圧を受けて、メイドはさも当然と言ったように手を振って答えた。

「ここの窓を壊してくれたのはフランドール様だったんですね! ありがとうございます!」
「おかげで掃除する窓が一枚減りましたよー」

 更にはフランドールに対して礼まで言い出す始末。
 そのあまりに緊張感の無い姿に、フランドールは諦めたように溜息を吐いた。

「……まぁ、丁度いいか」

 そして右手をゆっくりと二人に向けて掲げる。

「あんた達と遊んであげるわ」
「本当ですか! やったー!」

 フランドールの放つ言葉の意味に二人のメイドは気付くことなく無邪気な声を上げた。
 本当に救いようが無いな、とフランドールは心中で呟く。

「あんた達のような馬鹿の頭から血を抜いてあげるのも、また一興」

 手を繋いで陽気に踊る二人の妖精メイドを前に、焦りの感情が欠片も存在しない表情で放たれた悪魔の一言。
 そして静かに閉じられていく掌。
 フランドールが破壊しようとしているのは、二人のメイドの頭に着けられているホワイトブリムであった。
 彼女はかつての出来事を思い出す。窓硝子を破壊し、帽子を破壊し、血を流して恐怖の感情を露にしたレミリアの顔を。
 幼少の頃の記憶を鮮明に思い起こし、多少恐怖心を煽ってやれば近付かなくなるだろう、とフランドールは考え、狂人の如き笑顔を浮かべる。
 瞳孔の開いた目を光らせ、牙を見せつけるように口を開き、

「壊れちゃいなよ」

 右手を握り締めた。



 乾いた音が月下に響いた。



「あ、ぁ、あぁあああああ!」

 数瞬の後、二人のメイドは同時に叫び声を上げる。
 しかして二人の手は頭を押さえるわけでもなくホワイトブリムを確かめるわけでもなく、エプロンのポケットをまさぐるだけだった。

「え?」

 フランドールが疑問の声を出す。
 右手は確かにホワイトブリムの目を潰した筈だった。その純白の装飾具は絶対に破壊されていなければいけない筈だった。
 だがしかし、今も二人の頭上には純白のホワイトブリムが座し続けている。
 そして二人は頭部へのダメージを訴える事もなくポケットの中を煩雑に探っている。

「決死の思いでレミリア様から盗ってきたビスケットが、バラバラ!」
「レミリア様から盗んできたバナナがグチャグチャだー」

 恨めしそうに悲嘆の声を上げる二人のメイドに、フランドールを再度「え?」という疑問の声を漏らす。
 その声を聞いた瞬間、メイドはポケットを探る手を止め、小さく笑いだした。
 そして、状況を理解できないフランドールに対して口を開く。

「今日のおやつを失ったのは痛いですが、フランドール様の驚き顔を見ることができたので良しとしましょう!」

 フランドールの顔が不満気に歪む。
 壊れる筈の物が壊れない。それはフランドールにとって初めての経験だった。
 ホワイトブリムの目を握り潰したことは確かなのに施行される筈の破壊という事象だけが意図しない物へと移った。今回の場合はメイド達がポケットの中に隠し持っていたおやつへと。そのようなこれまでに起こる事のなかった事態に、フランドールは考えを巡らせる。

「結界か、それとも厄除けの魔術の効果かしら?」

 本で得た知識を元に術計の答えを即座に割り出したフランドールに二人のメイドは驚きの声を上げた。

「その通りですよ、フランドール様。もっと慌てふためいてくれるとおもしろかったんですけど、案外落ち着いてらっしゃるんですねー」

 その一言を受けて、フランドールは再度ホワイトブリムに破壊の力を向ける。
 再び乾いた音が深紅の廊下に鳴り響いた。

「ぁあああ! レミリア様から盗ってきたクッキーが、バラバラ!」
「レミリア様から盗んできたマンゴスチンがグチャグチャだー」

 そしてまた焦りながらポケットの中を確かめる二人。
 その様を見てフランドールは「ふむ」と一人頷いた。

「私の力の矛先を強制的に別の物へと変更する、といったところかしら?」
「えーと、まぁ、だいたいそんなところです。もっとも、詳しい仕組みは私達の頭じゃ理解できないんで、パチュリー様は“あんた達が怪我をしないようにするおまじないよ”としか言ってくれませんでしたけど」

 パチュリーの名が出たことでフランドールは得心がいった。七曜を識る魔女。本と共に生きる者。そのような知識人、パチュリー・ノーレッジの存在は美鈴から聞き及んでいたからだ。また、自身も書房にて見かけ、軽く会話をしたこともあった。
 レミリアや美鈴には無理でも知の求道者たる魔女であれば強大な破壊の力を相手に小細工を施すことくらいは可能だろう、とフランドールは考え、そして奥歯を強く噛みしめる。
 その様子を見たメイドが思わず声を掛けた。

「詳しい仕組みは分かりませんが、この術はすごいですよー。この術さえあれば、私達だってフランドール様と遊べるんですからー」
「そうですよ! それに、この術があればフランドール様も自身の力に怯えることもなく自由に外に出て遊べます! 最高だと思いませんか!」

 その言葉を耳にした刹那、フランドールは壁を殴った。
 轟音と衝撃が夜天を貫き、洋館の一部に大きな穴が開く。
 そして、冷たい風が吹き抜ける中で、

「ねぇ」

 フランドールは凄絶な笑みを浮かべて言った。

「パチュリーは今どこにいるのか、教えてくれる?」

 夜空では、雲が少しずつ月を隠しはじめていた。


          §


「パチュリー! パチュリー・ノーレッジ! 出てきなさい!」

 立ち並ぶ本棚と積み重ねられた書の数々を避けて力強い足取りで書房を突き進むフランドールの目が仄かな光を捉える。
 鬱蒼とした図書の狭間に音も無く存在する机に分厚い魔道書を積み重ね、椅子に座って手持ちの本を読み進める魔女の後ろ姿。それに向かって強引に歩を進めるフランドールの表情からは抑えきれない怒りの意思が放たれていた。

「パチュリー!」

 机に両手を叩きつけ、魔女の顔を睨みつけてフランドールは叫んだ。

「あら妹様、ご機嫌麗しゅう」

 対してパチュリーは手に持つ本から目を離すこともなく静かに答える。

「ふざけないで! 機嫌なんか最悪も最悪よ!」

 言って、フランドールはパチュリーの手から本を引き抜き、そして彼方へと投げ捨てた。
 本が地面に落ちる間の抜けた音を聞いてパチュリーは、やれやれといった様子で息を吐き、そして机の上に置いてあった紅茶を軽く啜る。

「その様子だと、私の術の効果を存分に楽しんで頂けているようね。重畳な事だわ」
「ふざけないでって言ってるでしょう!」

 フランドールが再度両の手を机に叩き付け、その衝撃で机の上に積み重ねられていた本の塔が音を立てて崩れ落ちた。

「あんたが施行したつまらない術のおかげで調子に乗った馬鹿な妖精達が私に纏わり付いて来るのよ! うんざりだわ!」
「馬鹿っぽさがあの子達の唯一の美徳なんだから、我慢してあげなさいな」
「嫌よ! こっちが手加減をしてあげてるのを良い事にどいつもこいつもワラワラと群がってくる。この書房に辿り着くまでに何度激昂するのを我慢した事か!」
「ふむ」

 手に持っていたティーカップを机に置かれたソーサーへと戻し、パチュリーは静かにフランドールの目を覗く。

「何より腹が立つのは、あの馬鹿達を調子付かせたあんたよ、パチュリー!」

 その視線を撃ち貫くように睨んでフランドールは叫んだ。

「あの身代わりの術は子供騙しのものでしかない! 私が本気であいつらの命を潰そうとすればあいつらは簡単に壊れて死ぬ!」

 残響が書房に生じる。
 その中で、小さな拍手の音が鳴った。

「お見事」

 手を叩いているのは椅子に座って笑みを浮かべているパチュリーであった。

「こんなに早く正解を言い当てられるとは思わなかったわ」

 愉快そうに放たれたその言葉を聞いて、フランドールは勢いよく右手を握り締める。
 瞬間、崩れていた本の群れが一つ残らず弾け飛び、綴られていたページの一枚一枚が二人の周囲を静かに舞った。
 そしてフランドールは掌をパチュリーの眼前に掲げる。

「一応、答え合わせをしましょうか」

 その状況下にあってパチュリーは平生と変わらぬ声を出し、そしてフランドールの手を軽い手つきで払い、再び紅茶を口に運んだ。

「かの術は一種の厄除けの魔術。向けられた破壊の力を対象の同等以上に存在価値のあるものへと強制的に変更するもの。貴女は子供騙しなんて言ったけれど、アレは立派な魔術の一つなのよ? 事実、貴女の強大な力に対してもしっかりと効果が生じた」
「……でも、防御手段としてはリスクの大き過ぎる欠陥品。仮に自身の命が破壊対象となった時、力の矛先は自身の命よりも価値のあるものへと向かってしまうわ」
「その通り。仲間の命、愛する者の命。自らの命の代替となると、そんなところかしらね」
「結果、あいつらの命の安全なんてちっとも保障されていない事になる!」
「ご明察の通りよ、妹様。貴女、本を読んでいるだけあってレミィよりも余程賢いようね。これは新しい発見だわ」
「単に私を抑制する細工としてはお粗末過ぎたというだけよ。気付くのが当たり前。さぁ、種は割れた事だし、さっさと術を解除しなさい」
「それはできないわね」
「あっそ。じゃあ、壊れる?」
「それも出来ないわね」

 空になったティーカップを音も無くソーサーへと戻し、パチュリーは静かに息を吐く。
 その余裕のある態度にフランドールは警戒の色を強め、視線を鋭くした。
 厄除けの術以外にもなんらかの対抗手段を講じているのではないかと訝しんで周囲の気を探るも常とは異なる特殊な様子は感じられず、余計に不審の思いを募らせる。

「怯えなくても良い。私が用意したのは厄除けの術だけ。それ以外のモノは無いわ」

 パチュリーの目に不意に優しい色を見つけたフランドールは殊更に疑問の念を深く覚えた。
 力を込めていた右手を下ろし、少し落ち着いた声色で「ふむ」と一言漏らして、悩む。
 これまで得た知識を総動員させるも、目の前にいる魔女の意図を掴めない。
 果たして何を企んでいるのか。
 どれだけ頭を捻っても答えは導き出されず、フランドールはいたずらに爪を噛むだけだった。

「分からないわね。そんなくだらない術を頼りに私をメイド達と遊ばせようというの? それは計画がずさん過ぎるんじゃないかしら」

 我慢ならず、ついにフランドールは胸中に渦巻く疑問を皮肉めいた調子で呈する。
 その言葉を受けたパチュリーは、涼やかな目で小さく笑った。

「なるほど、そこは分からないのね。まぁ、そこが分かるのならば四百年も引き篭もらなかったのでしょうけど」
「ど、どういう事よ」
「簡単なことよ。貴女は命まで潰さない。その前提があるから、この計画は成り立っているのよ」
「え?」
「この術の特徴は力を直接向けられた者以外のモノの安全性が保障されていないという事。それは結局、誰もが命の危機に晒されていることに等しい」
「それくらい分かってる。つまり、私がその気になれば誰かの命が潰えてしまうという事。それが分かっていて、どうしてこんな下らない事をするのか理解できないわ」
「その気になる事があるのかしら?」
「は?」

 言って、パチュリーは椅子から腰を上げ、フランドールの正面に立つ。

「誰かの命を壊す意思が、貴女にはあるのかしら。妹様?」

 語意を強めてパチュリーは再度フランドールに問うた。
 含むものが一切無い魔女の正面からの問いかけに、不意を突かれたフランドールは気圧される様にして一歩後ろに下がる。
 即座にパチュリーは一歩前へと進み出る。
 目と鼻の先の距離が維持される二人の間に重い沈黙が下り、フランドールは思わず一滴の汗を流した。
 パチュリーはただフランドールの様子を黙って見つめている。
 心臓の鼓動が聞こえる程の静寂。
 耐えきれず、フランドールは口を開いた。

「そ、そんな事分からないわ! メイド達が気に障ることをしてきたら、私は」

 瞬間、パチュリーの人差し指がフランドールの唇に触れ、紡がれる言葉を制止した。

「あの術は、貴女が無意識に放ってしまう破壊の力から身を守るために施行されたもの。貴女が意識して破壊の力を行使することは考えられていないの」

 そして語られるパチュリーの言葉に、フランドールは目を見開いた。

「レミィは、貴女が“誰よりも純粋で、誰よりも強い力を持ち、自分の力を呪った子”であると言った。だから、私達は貴女が他者を壊す事など起こり得ないと信じている」

 諭すような言葉を受けて即座に腕を振り払うフランドール。
 その勢いにより、パチュリーは床へと打ち倒された。

「そんなの、只の強がりじゃない」

 地面に膝を着ける魔女を見下してフランドールは小さな声で呟いた。
 そして、勢いよく振り返り、踵を鳴らして書房の出口へと歩いていった。

「強がりなんかじゃ無いわ、妹様。それは、信頼と言うのよ」

 その後ろ姿を見ながらパチュリーが紡いだ言葉は、だがしかしフランドールに届くことはなかった。




〜 第六幕 「降雨」 〜


 廊下を一人呆然と歩きながら、フランドールは思考の海に沈み込んでいく。
 ここまでに自分が知った事、笑顔で自分に挑むように交わろうとしてくるメイド達を、そのメイド達が自分と向き合う為にその体に掛けた術を、そうして払う代償を、それらをパズルのピースのように細々とした状態からまとめ上げるようにしながら彼女は考え、馬鹿みたいと、そう思った。

「ばっかみたい」

 呟いて、フランドールは笑い飛ばそうとしたが掠れた息しか出てこなかった。
 そして思う。あいつらは馬鹿だ、自分達の大切な物を盾にして、震える手を握り締めて、それでも何とも無いと言うような笑い、そうして向かってくる、と。
 口角が引き攣るように上がった。
 そうして、そこまでして、あのメイド達は自分に何を期待しているのだろう。こんな、壊す事しか、誰かの大切な物を壊す事しか能の無い自分に、一体何を求めているのか。そう考えて、フランドールは歩みを止めた。気づけば、目の前には窓がある。悪魔の館には少ないそれを、その向こうを不意に意識した。
 そうして見た時、フランドールの目の前に、一つの影が現れた。左右に平等に伸びた枝から生えたひし形の物体と頭部にあるサイドテールと思わしき髪が印象に残るその人影。これは誰だ、と彼女は考えたが、すぐに答えが見付かり、理解した。これは自分自身。いつの頃からかいた自分の中のもう一人の自分だと。
 そう思い、フランドールは目の前の自分へ、その後ろに夜とは違う曇り空を透かすように抱える影へ向かい合う。

「全く、迷惑な奴らね」。そう、向こうの影が言った。

「……全くだよ」

 驚くほど、掠れたように小さな声でフランドールが答える。

「勘違いをしているのさ」。向こうの影が言う。

「勘違い?」

「誰が?」

 フランドールが問う。

「貴方でしょう?」。向こうの影が答える。

「私が何を?」

 フランドールが影を茶化すように笑う。

「期待されてるって事よ」。向こうの影も茶化すように笑う。

「期待だって?」

「そう、期待。誰も、貴方に何も期待なんかしていないわ」。向こうの影が笑い、フランドールは黙る。

「あの子達はただ、主の、あいつの命令通りに動いているだけよ。そこに主への忠誠を果たす喜びはあれど、貴方に対する期待なんてどこにも無いわ」。影は楽しそうに口元に三日月を思わせる笑みを浮かべながら言葉を続けた。

「そんなこと、最初から思ってないよ」

「嘘ばっかり。期待したのでしょう、期待される事を」。影が両手を広げ、片足を軸にその場で回りながら語る。

 そんな事は無いさ、とフランドールは心の中で呟いた。

「そう、そんな事はある筈が無いものね」。影が背を向け、両手を腰に当てながら羽をはためかせる。

「だって、貴女は」。影が振り向き、三日月を浮かべた顔をフランドールに向けた。

「そうさ、私は」


 誰かから、そんな感情を寄せられるようなものではないだろう。


 フランドールと影が一緒に笑う。

「それは、貴方が一番良く分かっているでしょう?」。影がありもしない黒い目でフランドールを覗き込む。

「そうだよ、私が一番良く分かっている」

 そう言って、フランドールがその笑いに声を混ぜてみれば、影も同じようにそうした。
 そうしてひとしきり笑うと、今度は無性に怒りが込み上げてきた。腹の底に圧されるような重さが加わり、熱が走るように体中を巡る。それは衝動的に体を突き動かすものではなく、出口を見付けられずに体のどこかへ堆積していくような苛立ちだった。

「そんな感情、処理しないとね」。向こうの影が言う。

「そうね、こんなもの……」

 そう言いかけた時、向こうの影が不意に合図を送るかのように首を動かした。気づけばその後ろに、小さなメイドの姿が透けるように映っていた。

「こんなものの原因は?」。影が問う。

「原因は、あいつさ、あいつらだよ。私を、何も知らないで……」

 フランドールは呟くように影に答える。

「そうさ、そうだよ。今までが少し温すぎた。暴き立てて、遊んでやるって言っていたじゃない。戻ってくださいって、頼ませてやるって」

 顔を上げて二人は見つめ合い、歪めるようにしてフランドールは笑った。


          §


 青いポニーテールをしたメイドが天井に吊るされたランタンに火を灯す。小さな頼りない明かりで照らされた室内の両端には、木製の箱や埃を被った凹凸に盛り上がった白い布等が簡素な棚によって数段に分けて並べられ、部屋正面の奥には質素な窓が一つ備え付けられている。
 室内には青髪のメイド、そしてその背後で入り口を塞ぐように立つフランドールの二人のみだが、所狭しと並べられた道具達によって足の踏み場も少ない空間となっていた。
 ランタンに火を灯し終えたメイドが振り返り、それを見たフランドールは後ろ手に扉を閉めた。

「それで何ですか、フランドール様。こんな狭い倉庫で二人きりでお話したい事だなんて」
「うん、とっても大事なお話よ」
「この人気が無くて暗いところで二人きり。これはもしかして……伽?」

 小さく呟き、頬を染めて身を捩らせるメイド。
 しかしフランドールはそれに関さず、柔らかく微笑む。

「そう、あなたなんかとこんなところに来たのはね」

 フランドールは語りながら微笑む顔を絶やさずメイドへと歩き、近づいて行く。

「聞きたい事があって、いや、これもちょっと違うかな。問う、そう問い質したいのよ、あなたに、というかあなた達に、であるのだけど」
「え?」

 背に生やした水晶の生る羽を高く上げ、一歩、また一歩と足音も立てずに歩み寄るフランドールにメイドは腑抜けた表情が強張り、彼女が一歩近付くのに合わせて後ろへ後退していく。

「あの、フランドール様、何だか怖いです、じゃなくて、何を問い質したいのでしょう?」
「問い質す。何を? 何だろうね。何だと思う?」

 一歩進めば一歩下がる。一時は二人の距離は一定を保たれたが、すぐにメイドは最奥の窓がある壁に背を張り付けた。
 それでもフランドールは歩みを止めず、一歩ずつ距離を縮めて行く。水晶を揺らし、光源を背にした彼女の顔が逆光で薄い影に隠れる。そして、メイドに密着せんとばかりまでに近づき、その小さな従者のうろたえる顔を覗き込みながら白い牙を覗かせた。

「私が問いたいのはね、あなたの、あなた達の本心よ。なあ、レミリア・スカーレットの従僕共」

 そう言われたメイドが一瞬寒気を感じて身を竦ませるのを、笑顔で見下ろしながらフランドールは続ける。

「お前達は何で私に向かってくる?」
「それは、フランドール様と仲良くしたいからです」
「どうして? どうして、私なんかと仲良くしたいのかしら?」
「それ、は」
「いや良いよ、言わなくて良い。お前達の下らない理屈なんて聞きたくないさ。真実だけで良いんだ、だから私が言い当ててあげるよ」

 メイドの言葉を遮ったフランドールは薄暗くなった顔でもその存在を主張する赤い目をメイドの黒い目に合わせながら彼女が張り付いている壁に左手を付け、彼女に覆い被さるような姿勢になる。

「お前達がそうするのは、お前達の主の、レミリア・スカーレットの、あいつの命令に従っているだけだからだろう?」

 窓の外、黒い雲に覆われた空が一瞬白い輝きを放ち、続けて地響きにも似た雷鳴を唸らせた。
 それでも二人は視線を逸らす事も無く見詰め続け、メイドはフランドールの言葉に唖然とした表情を見せるが、慌てた様子で首を横に振る。

「ち、違います、私達は」
「違わないさ。仮にそれ以外があるとしたって、一番の動機はそれでしょう?」

 すぐさま訂正しようと口を開いたメイドだったが、フランドールはそれをまた遮って止める。

「じゃあ、違う問いから繋げて証明するとしようか?」

 口を小さく開けるが言葉が紡げていないメイドを眼下に、フランドールは息を吐く。

「そうだね、仲良くしたいと言うならば、お前達は私に大切なものを壊されても平気なの?」
「それは! へ、へい、平気では……ないです」

 最初は勢い良く声を発したメイドだったが、その続きを言い淀み、最後には弱々しい声で答えながら顔を俯けた。

「そうされて、どう思う?」
「悲しいし……そんな事、出来るなら、してほしくありません」
「それじゃあ、仲良くなんてなれないね」

 フランドールの問い掛けに、メイドは声をつっかえさせながらも答えた。
 その様子を見たフランドールは含み笑いをしながら目を細める。が、不意に彼女は含み笑いを止め、感情の無い表情を張り付けた。

「出来るならってね、だって私は、出来ないもの」

 声の音調を下げながら発した否定の言葉に俯いていた顔を上げるメイドへ、彼女は柔らかい微笑みを向ける。

「壊す事しか、そうする事しか、出来ないのよ、私は」

 語りながらメイドを見詰めるフランドールのその笑顔が、目を細め、口端を吊り上げて歪む。

「お前達はそうされたくないと願う。でも私は、私という存在はそうする事しか出来ない」

 フランドールは右腕の肘を曲げ、その掌を見詰める。その手が恨めしいと彼女は思い、拳を強く握り締めた。

「それならこんな、こんな力を持つ者が」

 支柱となって支えていた彼女の左手に力が篭り、壁に五つのひびを走らせる。

「誰かと、誰とも、誰もが、仲良くする事なんて、出来る訳がないだろう?」

 フランドールが再び柔らかい笑みを作りメイドに微笑みかけると、それを聞いていたメイドは気の抜けたような表情で、力を失ったように首を下ろして俯いた。
 ついに諦めたか、とフランドールは思い、左手を壁から離し、メイドから一歩離れる。

「証明終了だよ。誰も私と仲良くなんて出来ないし、誰もこんな私なんかを愛せやしないのさ」

 左手を腰に当て、姿勢を崩しながらフランドールは首を横に振り皮肉めいた溜息を吐いた。

「愛してくれる訳がない」

 誰に語る訳でもない呟きを台詞の最後に付け加えたフランドールは、俯き続けるメイドを、口元を緩めながら見つめる。

「だから無理しなくて良いよ。忠誠心、それ自体は美徳であるけれどね、そんなものよりもっと大事なものがあるでしょう?」

 窓の外が一瞬輝き、雷鳴を唸らせる。そして硝子に数滴の水がぶつかり、それが合図であったかのように外が騒々しい雨音を立て始めた。

「私が本気を出せばあなたが守ってくれてると思い込んでるその術式だって簡単に壊せる。怖いでしょう? そう、私の事が怖い筈だ。何よりもその恐怖に従うべきだと、私は忠告するけれど」

 雨音響く空間でも気にせず自分の思考を語り続けていたフランドールだったが、

「こ……わい、ですよ」

 震える声で辛うじて紡がれたメイドの台詞に口を閉ざし顔を顰める。

「何だって? 上手く聞き取れなかったのだけど」

 訝しげな問い返しに、

「怖いですよ! フランドール様だけじゃない。お嬢様の事も! メイド長だって! パチュリー様だって! 誰の事だって怖いですよ!」

 不意にメイドの顔が上がり、先程の頼り無い震えた声とは打って変わり、声を張り上げてフランドールを睨み付けた。
 その目には涙が溢れ、粒となって溢れているが、背かずに目を向け合い、その気迫に不意を突かれたフランドールは呆気に取られてしまう。

「誰だって、そうですよ! お嬢様はたまに怒鳴ったりもされるし、メイド長だって、仕事失敗したら凄い怒るし、パチュリー様なんてもう全体的に怖い以外の何ものでもないです!」

 メイドから溢れる涙は止まらずに止め処無く溢れ勢いを増していく。
 嗚咽し、声を上擦らせ、顔を酷く歪めながらも、勢いは衰えずに叫び続ける。

「でもそれが普通じゃないですかぁ! 時々は怖くたって、でも、それ以外にだって色んな、優しいところも、楽しいところも、かわいいところもかっこいいところもある事を知ってるから……」

 そして、そこで言葉を切ったメイドは大きく深呼吸をし、大きく口を開けて吼える。

「だからこの人と一緒にいたいって、思うんじゃないですかぁ!」

 全ての言葉を紡ぎ終えたメイドは唇を振るわせながらフランドールの目を見つめる。
 一方それを聞き終えたフランドールは、拳を握り締め肩を震わせながら顔を引き攣らせ、痙攣する口元から食い縛る牙を覗かせる憤怒の表情でメイドを睨み返していた。

「知った口を利くな力も無い妖精風情が!」

 フランドールは声を荒げ粗暴な台詞を吐き出しながらメイドの胸倉を両手で掴み、そのまま壁に押し付けた。
 その衝撃でメイドは肺から押し出された空気を口から小さな呻き声として吐き出し苦痛の表情に歪むが、

「お前に私の恐怖以外の何を知ってると言うんだ! お前に私の何が分かるか言ってみろ!」

 それでもフランドールは腕を更に捻り胸倉を締め上げながら壁に押し付ける力を緩めない。

「さっきまでこうしてお話して、そうして知りました……!」
「そんな短い時間で分かるものか……!」
「わかり……ますよ……! 私が知ったフランドール様は……怖くて、何でも壊せるけど、でも、本当はそうしたくなくて、何もかも遠ざけようとするような、そんな……優しい方です……!」
「優しい……?」

 息苦しそうに声で上げたメイドの台詞にフランドールは目を丸くする。その「優しい」という言葉は彼女にとって思いも寄らないものだった。
 フランドールが目を丸くしたのと同時に胸倉を締め上げる腕の力が緩み、壁に押し付ける力が弱まった事で呼吸が楽になったメイドは大きく口を開け酸素を求める。

「そんな優しい人と一緒にいたく無い訳がないじゃないですか……放っておける訳がないじゃないですかぁ……」

 そして、搾り出すように吐き出したメイドは目を強く瞑り、目尻と鼻から透明な液体を流して顔の至るところに皺を作りながら言葉にならない泣き声を上げ始める。
 それを見て、それを聞いて、フランドールは何も返せず掠れた息のような声を出して胸倉を掴む手を離し、メイドは壁に背を擦り付けながら膝を曲げて崩れ落ちた。
 騒々しい雨音を立てていた外から一際大きな雷光が部屋を一瞬白く染め、透かさず空気を切り裂く雷鳴が響き渡る。
 フランドールが不意に泣き崩れるメイドから目を離し顔を上げた。すると、彼女の正面、窓硝子に黒い影が三日月のような笑みを作っている姿が彼女の目に映った。

「ほらね、その力、その狂気は、何でも壊してしまう。寄せられる純粋な期待や信頼すらね」。向こうの影が笑う。

「これは、違う、違うの」

 フランドールは首を横に振りながら弱々しい声で影の言葉を否定した。

「何が違う? 現に今もそこのメイドの期待を壊した。そしてその力が誰かを壊すのを怖がってる。誰でも無い、お前自身が一番それを怖がっているのさ」。影が更に三日月を歪め、腹を抱え狂ったように笑う。

「それは」

「違うの?」。影が腹を抱え前屈みの姿勢でフランドールに問い掛ける。

「やっぱり、無理」

 フランドールは再び首を横に振り、手を握り締めた。

「そう、無理。ならどうする?」。影はフランドールの言葉を聞くと姿勢を正し、三日月状の口を閉ざして黒く塗り潰された顔を向けると、影は次第に薄れ、消え去り、硝子に映るのはフランドールの姿だけになった。
 硝子に映るフランドールは滝のような涙を流している。しかしそれは、降り出した雨が窓を打って垂れる水滴だった事に彼女は気付き落胆し、己の震える両手を握り締める。

「……ごめんね」

 フランドールの細く消えゆくような呟きに反応して、泣き続けていたメイドが涙で濡れた顔を上げる。
 その顔を見てからフランドールは無理に微笑みを作り、片手を伸ばし何かを言おうとするメイドに背を向けて走り出し、扉を開き、後ろを振り返る事も無く出て行った。
 永年暮らし続けた暗い地下へ戻る為に。




〜 第七幕 「姉妹」 〜


 部屋に備わった数少ない窓の一つの傍にレミリアは寄り添い、窓際から雨が降り注ぐ夜空を眺め続ける。雨音が物にぶつかり弾かれる音が幾重にも鳴り響き、雑音が世界を取り巻く。
 レミリアの背後には、質素な椅子に座った青いポニーテールをしたメイドが俯きながら嗚咽を漏らしており、彼女の周りを三人のメイドが取り囲みながら慌てふためいている。更に彼女達の奥で安楽椅子に座り本を読むパチュリーが目を細めながら無表情で手に持った本のページを捲り、部屋の入口の横に立つ美鈴が姿勢を正した状態でその光景を口を閉ざし一言も語らずに見守っていた。

「ほら泣き止んでよー、良い子だからさー。よしよし……泣き止んでくれないと、何があったのか全然わからないよー?」
「わ、わだじがわるいんでずぅ。わ、わだじがなんにもじらないのに、あんだごどいっだがらぁぁ……うぇぇ」
「あーん、だから支離滅裂過ぎて何が言いたいのか全然わからないってば」

 取り囲むメイド達が泣きじゃくり呂律も回らない青髪のメイドを宥めようと様々な言葉を投げ掛ける。
 そんな周囲の努力に応えようと、やがて青髪のメイドは鼻を啜りながら涙を零れ落とす目尻を両手を使って拭い、呼吸を整えた。

「ひくっうぅぅ、わ、わたし」
「お、おお! 泣き止もうと頑張ってる!」
「頑張れ! もう少し!」
「う……わたし、フランドールさまとお、おはなしじて、そ、ひっく、それで」
「無理しなくて良いからね、ゆっくりゆっくり」
「そ、それで……ふ、ふりゃんどーるさまが、すごくがなしそうだったから、うぅ、ぞ、ぞんなごとないっでづたえたくで……れも、れも、わたじぃぃ……あああぁぁぁ、うあぁぁぁ」

 が、しかしやはり途中で我慢出来なくなったようにまた泣きだしてしまった。

「ああああ、もう少しだったのにー!」
「でも頑張った! 頑張ったよ!」

 青髪のメイドを慰め、励ますメイド達の輪から頭一つ分は背が高い茶色いロングヘアのメイドが離れ、レミリアへ近づいていき、その背中に一礼する。
 しかし、レミリアはその一礼にも反応を示さず、雨が打ち付ける窓を眺め続けた。

「すみません、お嬢様。何とか説明させようと連れて来たんですが、あの調子でして。けれど、わかる範囲だとあの子は『私が悪い、フランドール様を傷付けてしまった』と。そう言っています」

 そこまで語った茶髪のメイドは少し表情を曇らせて言葉を切り、視線を下に逸らす。そして、下唇を噛みながら息を吐き、再び顔を上げてレミリアの背中に視線を戻す。

「でも、悪いのは、きっと私達全員です。あの子が具体的にフランドール様に何をしたのかはわかりませんが、それでも私達があの方にした事だって、恐らく大差はありません」

 そう言って茶髪のメイドは目蓋を瞑り、一息置いてから再び目蓋を開いた。

「フランドール様が一方的にあの子を泣かせという可能性も、少ないと思います。今日半日、少しばかり触れ合っただけですが、フランドール様は少なくとも故意に、自ら望んで、楽しんで、何かを壊したり傷つけたりするような方ではないと、そう私達は感じました」

 無理にでも少しだけ笑顔を作りながら告げ、茶髪のメイドは尚も続ける。

「私達は、正直なところ頭が良くありません。馬鹿みたいに笑って、喜んで、そう過ごしてきました。だから、そうされてこなかったフランドール様の心が私達には分かりません、想像すら出来ませんでした」

 首を横に振りながら「けれど」と茶髪のメイドは台詞を繋ぐ。

「だからこそ、そんなフランドール様の事が知りたくて、私達の事もわかって欲しくて、私達は体当たりでぶつかるように触れ合おうとしました。それしか、出来ませんでした」

 茶髪のメイドは悔しそうに語り、震える手でエプロンドレスのスカートを握り締めた。

「きっとそれが、何かフランドール様のお気持ちを害してしまったんだと思います。向かって行った全員見事に撃退されてしまいましたし」

 力なく笑い、それから茶髪メイドは真っ直ぐにレミリアの背中を見遣る。

「だから、フランドール様の件に関しての責は、あの子だけじゃなくメイド達全員にあります。このような差し出がましい申し出ですが、処罰はメイド達全員で……」

 しかし、その言葉の途中でレミリアは相変わらず背中を向けたまま、片手を上げて制した。

「良い、ありがとう、もう良いわ」

 それから一呼吸の間を置き、レミリアは振り返ると、すぐさま歩き出す。

「沙汰は追って知らせる、それまでメイド達は全員待機だ」

 淡々と述べたレミリアは、驚き呆けた様子で直立のまま固まる茶髪のメイドの横を抜ける。
 そんなレミリアに気付き本から顔を上げ、送り出すように小さく手を振るパチュリーを通り過ぎ、進行方向のメイド達が慌てて横に引いて作る道を行きながら、未だ泣き続ける小さなメイドの横を通り過ぎる間際に、

「ふぇ……?」

 その頭を二回、優しく撫でた。

「出るぞ、美鈴。共をしろ」

 頓狂な声を上げて反応を示した青髪のメイドにレミリアは振り返る事も無く真っ直ぐに歩いて部屋の扉の前まで来ると、扉のノブに手を掛けながらその横に立っていた美鈴へ声を掛ける。

「仰せのままに」

 命令に応答した美鈴は速やかに扉を開ける主の後ろへ回り、彼女達は部屋を後にした。


          §


 蝋燭の弱々しい明かりの中でも映える赤い絨毯が続く廊下をレミリアは歩み続ける。その一歩後ろを美鈴は追うようにして彼女と歩幅を合わせて歩いて行く。
 レミリアは一言も語らず、美鈴もまた一言として口を開かない。雨音の雑音だけが鳴る廊下を歩き続ける。

「母は、短命な人だったな」

 不意にレミリアは歩を緩めず前を向きながら呟き、美鈴は答える。

「ええ、元々体の弱い御方でしたが、お二人をお産みになってからは大分無茶をされていたようです」
「今思えば、先の長い運命では無かったんだろうね。小さい頃の私は見えていた筈なのに、見ていない振りをしていたんだ」

 今度は美鈴は答えなかった。代わりに、レミリアは更に続ける。

「けれど、色々な事を教えてくれたわ。大事な事を、沢山」
「私もです。素晴らしい方でした」
「全くだよ。あの子と私に、二人ともに渡してくれた。だけど一つだけ、私だけが受け取って、あの子は貰えなかったものがある」
「貰えなかったものとは?」

 その言葉を聞いて美鈴は疑問の顔を向けるが、それでもレミリアは振り向かず前へ歩み続ける。

「あの人は最後まで、フランドールを本気では叱らなかった。五年先に生まれた私は結構叱られたものだけどね、フランドールはそれを受け取る事が出来なかったんだ」

「だから」とレミリアは続ける。

「きっとあの子の事は、私が叱ってやらなきゃいけないんだ。お母様に頼まれていたからね……今は、私にしか出来ない。これから先は分からないけどね」

 そしてレミリアは少しだけ振り向き、横目で美鈴へ視線を向ける。

「それに、今日だけで器物損壊報告多数に使用人苛め、遂には泣きだす者まで出る始末だ。主の妹にしたって目に余るだろう?」

 それを聞いた美鈴は一瞬呆気に取られた顔になり、それから笑い声を漏らすと主の視線に向き合った。

「確かにそうですね。けれど、お嬢様もそれは時々なされていると思いますけれど?」
「その時はお前が叱ってくれたら良いさ。これまでお前に散々そうされてきたんだ、なあ?」
「ええ、我が主がお望みであれば」
「積極的には望んで無いけどね」

 美鈴の皮肉にレミリアは堪らず苦笑で返す。そしてまた正面に向き直りながら彼女は目を細める。

「それと、叱るだけじゃないよ、他にもしなくちゃいけない。きっとそこが抜けてたから、こうして少し抉れてしまったんだろうね」

 部屋に置いて来たメイド達の事を思い出しながら、

「あいつらだって、必死で伝えようとしてくれたんだ」

 そう呟いて、立ち止まる。二人の目の前には暗い闇が口を開け、足元に地下へ続く階段が微かに覗かせていた。

「だから、私も伝えてくるよ。あの日お母様がそうしたようにね」

 その暗い闇の先を見つめたまま振り返らずに、レミリアは従者へ告げた。彼女にとって共はここまでで十分だった。
 美鈴はその言葉を受け取ると、小さく鼻から息を吐く。

「お二人で飲まれる、仲直りのお茶の席でも用意しておきます」
「甘いな、館中巻き込むパーティーの準備をしておきなさい」
「……了解です」

 レミリアが振り返らず右手を上げて人差し指を振り、美鈴はその様子と台詞に対し静かに笑って応えると踵を返し、彼女に背を向ける。

「御武運を」

 そう言い残した従者は静かに歩み始める。そしてその気配が消えた事を感じたレミリアは静かに一歩を踏み出した。


          §


 冷たい質感を醸し出す石垣が露出した壁、天井、そして石造りの階段、西洋貴族を思わせる館の装飾とは打って変わり、飾り気と言う言葉とは無縁とも言える地下への道をレミリアは一人降りていく。
 降りてきた背後からは豪雨が打ち付ける激しい雨音と唸るような雷音が館の壁を通り抜け、地下室へ続く狭い道の中を反響し響き渡り、レミリアの足元からは彼女が歩む度に靴が階段を叩き、大きな足音を立て、それもまた反響し響き渡る。
 壁には数は少ないものの照明用の蝋燭台が設置されているがどれにも火は灯されておらず、通路は一寸先も見えない暗闇に包まれているが、レミリアは階段を踏み外す事も無く一歩、また一歩と足音を響かせながら降りていく。
 やがて、レミリアが辿り着いた先に木製の質素な扉が立ち塞がった。彼女はそこで立ち止まると、手の甲を使い扉を二回ノックする。

「フラン、そこにいるのでしょ」

 木材を叩く軽い音を立てながらレミリアは扉の向こう側に呼び掛ける。しかし、それに対する返事は返ってこず、雨音だけが彼女の耳に届く。

「フラン、返事をしなさい」

 二度目のノックと呼び掛け。それでも結果は変わらず、扉の向こう側から返事が来る事は無かった。
 次にレミリアは扉に備えられた輪状のドアノブを握り、捻りながら押すが、扉が開く事は無く、部屋への侵入を阻む障壁となっていた。

「鍵を掛けての本格的引き篭もりか。困ったものだ」

 レミリアは片手を腰に当て鼻から大きく息を吐き、踵を返して歩き、扉から離れていく。
 が、二歩離れたところでレミリアの歩みが止まり姿勢を低くした瞬間、彼女は左脚を支柱にし、右脚を使った後ろ蹴りで背後にある扉を蹴り飛ばす。木材で出来た扉は豪快にへし折れる音を立てながらドアノブ周辺が吹き飛び、その衝撃で扉が勢い良く開かれるが、衝撃は衰えを知らず、扉と壁を繋ぎ止めていた蝶番ごと吹き飛ばした。
 蹴り上げた右脚を床に下ろしたレミリアは部屋へと向き直り、扉の無くなった入り口を潜り抜ける。
 室内には満月を髣髴させる青白い光を放つ球体が上空に浮び辺りを淡く照らし出し、依然響き渡る雨音も相まって、レミリアは一瞬晴れているのに雨が降っているのではないか、という錯覚を受けながらもその場に立ち止まり、ある一点だけを見詰める。
 レミリアの視線の先には欧州仕様のベッド、そしてその上には青白い光を浴びて淡く輝く色とりどりの水晶、彼女の妹であるフランドールが蹲りながら膝を抱え頭を埋めていた。

「鍵を掛けた部屋に扉を壊して強引に上がり込むなんてあまりに礼儀がなってわ」
「それは悪かった。でもそれぐらいしないと駄目だろ? 何かと馬鹿な妹を叱るにはね」
「叱る? お姉様が、私を?」

 フランドールが鮮やかな水晶を揺らしながら顔を僅かに上げ、視線だけをレミリアに向けて睨み付ける。

「良く言うよ。あの時、怖がって私に近付く事も出来なかった癖に」
「何をそんな昔の話を。何年前だと思ってるんだ」
「大体四百年。昔、なんて言う程の時間も経ってないよ。早くも呆けた?」
「生憎、呆けてないよ。見ての通り私は正常だよ」

 レミリアは皮肉めいた笑みを浮かべながら片手を使い、身振りをしながら言葉を返すが、すぐに顔を引き締めフランドールを睨み返す。

「確かに四百年程度だ。それでも四百年過ぎたんだ、私も以前の私じゃない」
「久しぶりに会ってからずっと強気よね。どうせお姉様もパチュリーからあの魔術を掛けてもらってるんでしょ。だからそんな強気でいられる」
「残念ながらはずれだ。私は何の魔術も施されていない、正真正銘の生身さ」
「ならやっぱり呆けたのね。私の力の怖さも忘れてのうのうとこうやってこの部屋に来るのだから」

 自分の膝を抱えていたフランドールの右手が解かれ、それをレミリアの頭に向けてかざす。
 その動作が何を意味するのかをレミリアは理解し、目を細める。

「出てって。それとも、呆けた頭を目覚めさせる為にまたあの時みたいに痛い目に遭いたいのかしら?」
「やってみれば良い。なんなら、お前の好きな証明で答えて見せようか」
「証明、証明ね。だったら、やってみせてよ」

 静かで冷たいその声に続いて握り締められるフランドールの右手。同時にレミリアの帽子が軽い音を立てながら弾け、ちぎれた布片が四散しながら空中に舞った。
 しかし、レミリアはその場を一歩も動かない。額から流れ出た一本の赤い筋が垂れて左目に掛かるが、左目を閉じ、そのまま視線を逸らす事も無くフランドールを見詰め続け、その様子を見ていた彼女は目を丸くする。

「痛い目に遭わせると言うのはこの程度で済ませてくれるのか? フランは優しいな」
「随分と、痩せ我慢が出来るようになったのね、お姉様」
「さて、気が済んだか? これからお前を引っ叩きに行くからじっとしていろ」
「来ないでよ……!」

 レミリアが一歩を踏み出したその時、フランドールが叫びながら右手を握った。
 すると、床に敷かれていた赤い絨毯がレミリアの足元の手前で横一線に爆ぜ、絨毯の下にあった石畳が露になり、それがまるで一つの境界線のように彼女の前に立ちはだかった。

「随分と必死じゃないか。そんなに叱られるのが嫌か」
「必死だろうと何だろうとどうでも良い。壊れたくなかったらこの線より先に踏み入らない事ね」
「なるほどな。ふむ」

 右手を顎に当て、レミリアは一考し、暫くして顎に当てていた右手を広げながらフランドールに向けて突き出した。

「この距離なら、私がフランのベッドに辿り着くまで五歩程度で辿り着けるな」
「これだけ言ってるのにまだ来る気だなんて……なら一歩近付く度に体のどこかを壊してあげる」
「駄々も激しくなってきたな。それでも私は辿り着く。それが運命だからな」
「運命ねえ。ならその運命とやらも粉々に砕くだけさ。言っておくけど、体が壊れるのは凄く痛いんだよ?」
「そんな事くらい、私も良く知ってるよ」

 レミリアは語りながら平然と境界線を跨ぎ、右脚を踏み出した。
 その様子を見たフランドールは眉を顰め、突き出していた右手の指が震える。
 そしてレミリアは彼女に向けて突き出した右手の親指を折り曲げ、伸びている指が四本になった。

「あと四歩。どうした、近付く度に体を壊すんじゃなかったのか?」
「馬鹿にしてるのかしら。私は、本気なんだよ……!」

 呆気に取られた様子を見せたフランドールだったが、すぐに頭を振り、右手を強く握り締めた。
 瞬間、レミリアの左腕が内側から弾け、裂けた傷口から深紅の液体が飛び散る。
 レミリアは激痛に顔を歪め、赤く染まった左腕が力無く垂れ下がる。しかし彼女は悲鳴を一つとして上げず、額に脂汗を浮かべながらもフランドールから視線を離さなかった。

「腕一本で良いのか? まだ右腕が残ってる。お前を引っ叩くなら腕は一本動けば問題無い」
「何よ強がり言って。痛いならさっさと尻尾巻いて逃げれば――」
「二歩目だ」

 レミリアはフランドールの言葉を無視し、赤く染まった左腕の指先から赤い雫を落としながら左脚を踏み出した。
 そしてレミリアは彼女に向けて突き出して右手の小指を折り曲げ、伸びている指が三本になった。

「あと三歩。腕の次はどこを壊してくるんだ、フラン」
「人の警告も無視して……ならこうしてあげる……!」

 再びフランドールの右手が強く握られ、同時にレミリアの両脚が裂けて赤い水が溢れ出した。
 レミリアの姿勢が崩れ両膝を付き、うつ伏せに倒れそうになるが、咄嗟に右腕を支柱にして体を支える。
 しかし、脚から流れ出る赤い水は止まる事は無く、彼女を中心に絨毯を赤黒い影を作り出していく。

「どうせ脚も腕もすぐ治るだろうけど、凄く痛いでしょ」

 ベッドの上から膝を抱えたまま見下ろしながらフランドールがたしなめるように語るが、レミリアは体を支える右腕を痙攣させながら前のめりの姿勢で頭を垂らしたまま動かない。

「だからもう分かったでしょ、壊れたくなかったら、死にたくなかったら帰ってよ。私は、ここから出ない」

 突き出していた右腕を下ろし、膝を抱え頭を埋めるフランドール。
 だが、何かが擦れながら動くような音がすると彼女はがばと顔を上げた。
 彼女の目前、そこには激痛から顔を歪めながらも奥歯を噛み締め堪えながら二本の脚で立つレミリアの姿があった。
 レミリアは息を荒げ、笑う膝を動かして右脚を踏み出し床に着くと、裂傷した傷口から赤い液体が押し出されるように溢れる。それでもレミリアは喉から飛び出しそうな悲痛を飲み込み、右手の薬指を折り曲げ、伸びている指が二本になったそれを彼女に突き出した。

「あと二歩」
「どう、して……」

 フランドールは目を丸くしながら膝を抱えていた両腕を解き、手足を使い僅かに後退りする。体を支えている両腕は震え、手は白いシーツを掴みそれに無数の皺を作る。

「どうしてそこまでして私に近付こうとするのよ!?」
「どうしても何も、 泣いてる我が妹を無視する程、私は薄情では無いさ」
「私が、泣いてる? 冗談言わないでよ。私は泣いてなんかいないじゃない!」

 フランドールが慌てて目元を拭い、その手を眺め涙が流れていない事を確認するとレミリアを睨み付けた。
 確かに、彼女の目からは涙は流されていなかった。だが、レミリアにとって、今の彼女の姿はどこかで泣いていると、そう感じての言葉だった。

「いいや泣いてる。だからそこまで行くんだ。誰にも頼らずに諦めて引き篭もって、勝手に泣きじゃくってるお前を叱る為にな」
「ば、馬鹿じゃないの……そんなボロボロになりながら近付いてくるなんて、狂ってるよ……!」
「狂って結構。このまま妹に背を向けて逃げるよりも余程ましだ」

 実の妹に狂っていると指摘された事が不思議とおかしく感じてしまったレミリアは思わず力無い笑い声が口から漏れてしまう。が、すぐに奥歯を食い縛り、赤く染まる左脚を踏み出し、右手の中指を折り曲げ、伸ばしている指が一本になった。

「あと一歩。一歩近付く度に体を壊すと言っていたが、どうやら嘘だったようだな」

 二人は既に互いが手を伸ばせば掴む事が出来るだろう距離にまで迫っていた。が、フランドールは肩を震わせ驚愕とした表情で後退りして僅かでも距離を離そうとし、その様子を見たレミリアは小さく溜息を吐く。

「後ろに下がられたらあと一歩で辿り着けなくなってしまうじゃないか。これでも結構辛いのだから、あまり無茶させないでくれると嬉しいのだが」
「本当に、来ないで……来ないでよ!」

 悲鳴とも取れる上擦った声を上げながらフランドールが右腕を構え、拳を握ると、何かが砕け、爆ぜる音が室内に木霊してレミリアの左頭から飛沫が飛び散り、近くにあるベッドの白いシーツに赤い斑点を模様付けた。
 レミリアは衝撃から首を仰け反らせ、フランドールは飛沫を上げた彼女の姿を見て小さな震える声を漏らす。

「お、ねえ、さま……」

 頭部の破損、それは元来の生き物なら致命傷に及ぶ外傷だっただろう。
 
「まだ、意識が、あるのか。生物が生きるには脳が必要だと思ってたけど、吸血鬼には無用らしい。いや、むしろ存在しないのか」

 だがレミリアは生きていた。彼女は仰け反った首を元に戻し、頭半分は赤く塗り潰されながらも塗り潰されなかった残りの目でフランドールを確りと見据える。
 その視線にフランドールは短い悲鳴を上げながら体をすくめ、体を支えていた腕は力を失い肘から折れ曲がり、辛うじて上半身を起き上がらせた姿勢になってしまう。
 そして、レミリアは赤く染まる右脚を踏み出し、右手の人差し指を折り曲げながらその腕を静かに下ろし、両足を揃えた。

「ゼロ。証明終了だ」
 
 そして、呆然とするフランドールを見下ろしながら静かに言い放つ。

「さあ、お仕置きタイムよ」

 レミリアは仕置きの宣告を放ち、片手を高く振り上げた。
 それを半ば呆然と見上げていたフランドールは反射的に身を強張らせる。
 やがて来る痛みに備えて怯えるような表情をする彼女を見てレミリアは、振り上げた手を止めて、

「全く」

 そして溜息を吐き、ベッドに上がりフランドールの肩に下ろすと、そのまま、倒れ込むようにして抱き付いた。

「え……?」

 抱き付いたレミリアは、不思議そうな声を上げる妹の背中に腕を回し、顎をその肩に乗せて、限界を超えて悲鳴を上げる体と意識を少しだけ楽にさせる。

「ねえフラン、フランドール」

 実の妹の顔を横に感じながらレミリアはその名を呼び、フランドールは応えるように一瞬身を震わせる。そしてレミリアはその妹の身を抱きながら、ゆっくりと語り始める。

「確かに、少しはお前の言う通りでもあるよ。私には、私達には、お前の絶望も、孤独も、完璧に理解する事は出来ない」

 レミリアから流出し固まり切らない赤い液体は抱き付くフランドールの赤い衣装にも付着し、赤黒い染みを広げていく。
 だがフランドールは振り解こうともせずに呆然とし、レミリアもまた彼女の服を汚す事も構わずに体を密着させ続ける。

「分からないんだ。今のままでは、それはお前だけのものだよ、フラン。伝えてくれなきゃ、何も分からない」

 そう言って、しかし、とレミリアは思う。

「でも、それは多分お前にも同じ事なんだろうね。理解できなければ、伝えてもらえなければ、信じられないんだ」

 軋む体に力を込めてレミリアはフランドールの体をより強く抱き締める。

「だから、フランドール。伝えるよ、貴方に」

 赤く染まりながらも抱き寄せる実の妹に、レミリアは想いを紡ぐ。

「フランドール、たとえ世界の全てがお前を嫌っていたとしても、お前の姉だけは、このレミリア・スカーレットだけは、絶対にお前を嫌ったりなんかしない」

 紡がれる想いの言葉に、フランドールは目を丸くした。
 それでも想いを伝え切れないレミリアは、まだ紡いでいく。

「お前があらゆるものを壊す力があろうと、私のこの気持ちだけは、この想いだけは、絶対に壊れやしないさ。例え壊れたとしても絶対にすぐに直るし、直してみせる。そうしてお前に、何度だって伝えるよ」

 四百余年、伝えられなかった想いがレミリアの喉を通り、言葉となる。

「私はお前の事を愛しているよ、フランドール」
「私を、愛して……?」

 その呼び掛けにフランドールは見開く瞳を微かに潤ませる。だが、すぐに目を細め、小さく、震えるように首を横に振る。
 駄目なのだ、と。無理なのだ、と。そう告げでもするように。

「嘘だよ。酷い事、一杯してきた。これまでずっとそうして積み重ねてきた。一番最初にそうしたのは、お母様の……」

 何も無い壁に視線を泳がせながらフランドールは背中から伸びる水晶の揺れる羽をベッドの上に垂れ下げ、シーツを握り締める。

「お姉様が許す筈が無い。そう思うでしょう? 許せないでしょう? お母様を壊した、私の事が」

 声を震わせ、シーツをより強く握り締めて、体を震わせ問い掛けた。
 それを受け止めたレミリアは視線を上げてこの地下室の天井を見上げ、呼吸を整えるように小さく息を吐く。
 彼女は、どんな理由にでも答えるつもりだった。幾ら拒まれようとも、信じてもらえなくとも、絶対に最後まで伝えると決めていた。そして彼女は目を瞑り、今に至る前のこれまでの自分と妹との関係を、かつて笑い合っていた頃を、母を、様々な出来事を思い返し、再び目蓋を開く。

「フラン、その事については、私の中でも今は良く分からない。少なくとも、恨んでは無い、と言っても信じてもらえ無いかしら」

 それは、自分の中でも未だ整理できない気持ちで、それでもそうだとレミリアは結論付けていた。

「お母様には、大事な事は教えられるだけ教えてもらった。患っていたし、お前がそうしなくても、近い内に別れる日は来ていたように思う。だから、心残りは無いよ。寂しくはあるけどね、大事なものはちゃんと受け取った」

 レミリアは小さく微笑む。

「だから私は、お前を許すさ。ずっと前から許していた……それでもね、フランドール。それでも自分を責めると言うなら」

 そしてフランドールを抱く腕に一層力を込めて、彼女はそれを告げる。

「お前がそう思う原因を、私も背負うよ。背負わせてよ」
「お姉様が、背負う?」
「いつか喧嘩した時に言われたみたいにさ、二人で一緒に、背負っていこう。二人でならきっと大丈夫だ」

 そう言って、レミリアは抑え切れずに息を漏らして笑う。一番大事な事を、やっと伝えられている、その実感を得て、彼女は笑う。
 だが、一方でフランドールの顔は驚愕の色に染まり、目には潤みが増し、肩を大きく震わせていた。
 
「どうして、私なんかの為に……」

 今にも泣き出し兼ねない震える声で絞り出すように問い掛けたフランドール。

「悲しい事言わないでよ」

 その疑問にレミリアは抱き合っていた体を静かに離し、フランドールと顔を合わせ、その潤む目を覗き込む。

「私達は姉妹でしょう」

 その理由を聞いて呆然としているようなフランドールへ、レミリアは笑い掛け、語る。

 だから、と続けて、

「一緒に生きよう、フランドール」

 その言葉を贈った。

 そうして、そう捧げられたフランドールは、唇を震わせて声を飲みながら顔を歪ませ目蓋を強く閉じて、

「おねえ、さま……っ……うぅ……ふ、ぅぅ……」

 拍子に目尻から一筋の雫が零れ、頬を滑り落ちていく。そして姉に抱き付き、胸に顔を埋めた。
 レミリアは自分の胸の中で静かに泣き続ける彼女の頭を優しく撫で、あやすように語り掛ける。

「今すぐ全部信じてくれとは言わない。少しずつでも良いから、ゆっくり信じられるようになってくれたら良い。それまでずっと、私はお前の傍にいるよ」

 口付けるように妹の美しい金の髪に顔を埋めて告げた。
 暗い地下室だけに昇る青い月。赤く染まるベッドの白いシーツ。鳴り続ける雨音。二人を取り巻く様々な環境の中でフランドールは震えながら顔を埋め続け、レミリアは彼女の頭を撫で続ける。
 永く触れ合う事が出来なかった妹を抱く事が叶う、その幸福感をレミリアは噛み締めていた。

 が、不意にフランドールが、

「お……おねえさまの……馬鹿……!」
「おふっ!?」

 くぐもった小さい叫びと共に、顔を埋めたままその拳でレミリアの胸を叩き始めた。
 一見すれば小さな子が軽く叩いているように見えるが、フランドールの拳がレミリアの体に打ち込まれる度に鈍い音が響き、彼女は顔を歪めて歯を食い縛る。

「馬鹿、お姉様の馬鹿! ずっとほっておいて! 今更……! 今更……!」
「ちょっフランっ! マジで痛いから! ぐほ!?」

 苦痛を訴えるレミリアだが、フランドールはその言葉に耳を傾けず声を上げながら叩き続ける。
 しかし、叩き続ける拳の速度は一発打ち込む毎に鈍り、

「お姉様の、馬鹿……」

 最後に消え入るような声で嘆き、緩やかな拳の一発を叩き込むとフランドールの手は止まる。
 それが四百余年分の妹から姉への文句だった。そうレミリアは感じて、それを受け取った。

「ああ、馬鹿だよ」

 目を細め、レミリアは己が馬鹿であると認めながら、もう一度フランドールの体を強く抱きしめる。
 そしてフランドールの体を剥がし、泣き腫らして赤い目を更に赤くしながら気抜けた表情をする彼女の額を指で軽く弾いた。

「痛っ!?」
「そして、お前も馬鹿だ……これでようやくお仕置きタイム終了だよ」

 レミリアは笑いながら終わりを告げ、額を押さえながら恨めしそうに軽く睨み付けている妹の頭を撫でる。

「引っ叩くんじゃなかったのかしら」
「怯えるお前の顔を見てたらね、何だか気力が萎えてしまった。どうやらこれが今の私の限界らしい」
「お姉様は生温いわ。最後の最後で締まらない」
「返す言葉も無いよ」

 自分の妹に対する詰めの甘さを実感し、レミリアは溜息を吐き苦笑する。

「ねえ、お姉様」
「何かしら?」
「最後にもう一つだけ教えてよ」

 不思議そうな顔を向けるレミリアへ、フランドールは目を逸らしつつばつが悪そうに口を尖らせる。

「誰かの心や気持ちを傷付けたりしてしまったら、どうすれば良いの、かしら」
「ああ、それはね」

 しどろもどろに語るフランドールに、レミリアは心底から溢れ出る笑顔を隠さずに、それを答える。

「相手の目を見て、真っ直ぐ素直に『ごめんなさい』って言ってやる事さ。逃げながらだとか、背を向けながらだとかじゃなくて、ね」

 その答えを聞いたフランドールは頬を仄かに赤くし、目を泳がせる。眉を顰めながら上を見上げ、下を向き、頬を掻く。そして、睨み付けるようにレミリアに視線を向ける。

「お姉様」
「うん?」
「ご、ごめんな、さい」
「良く出来ました」

 目を逸らさずに見詰めながら、途切れ途切れに、しかしはっきりと口にした妹のそれを受け止めたレミリアは満足気に微笑む。
 そして、おぼつかない足取りでベッドから降りて立ち上がると、座ったままのフランドールに手を伸ばす。

「なら今度は、それを皆に伝えに行きましょう。きっと全員、律儀に待ってるだろうから」
「上に行くの?」
「当然。泣いた奴まで出たんだ、しっかりとそいつらにも謝るのが筋と言うものだろう」

 フランドールはそれに最初は不機嫌そうな顔で手を伸ばすも、それがレミリアの手と重なる直前で少し震えて止まる。

「許してくれるかな」
「元気と能天気だけが取り柄な奴らだ。素直に謝れば笑って許してくれるさ」
「少し怖いわ」
「大丈夫さ。私も付いてる」

 顔を背け、口篭りながら自身の戸惑いを語るフランドール。
 手を差し出した状態で待つように止まる彼女に対してレミリアは微笑を崩さず手を伸ばし、その戸惑う手を放すまいと握り締める。

「信じて一緒に来て頂戴、フラン」

 握られた手にフランドールは口を閉ざし黙り込む。が、垂れていた水晶を揺らしながら羽を広げると、はにかみながらレミリアに顔を向け、首を縦に振りながら握り返した。
 暗い地下室だけに昇る青い月。赤く染まるベッドの白いシーツ。互いに手を繋ぐ姉妹。
 その中には騒々しいまでに鳴り続けていた雨音は存在せず、雨が止んだ事を意味していた。




〜 第八幕 世界 〜


 上限を知らずに広がる黄昏時の空。水面が輝く湖、湖の彼方にそびえる煙を昇らせる山、山の上を横切りながら飛ぶ数羽の朱鷺。見渡す限りの自然が満ち溢れる幻想郷を沈み行く太陽が茜色に染め上げる。
 その黄昏れる世界の中、レミリアは館のバルコニーに立ち、輝く光景を眺めていた。流れるそよ風に吹かれ髪を小さく揺らす彼女は目を細め、僅かに俯く。

「レミリアお嬢様」

 背後から聞こえる声にレミリアは振り向くと、彼女の視界に緑のエプロンドレスを纏った美鈴が顔が映り込む。
 柔らかに微笑む美鈴の顔にレミリアも小さく口端を吊り上げて応える。

「お部屋を探しても見付からないのでもしやと思いましたが、やはりここに来ていましたか」
「ここから見える幻想郷の景色は美しいからね。また見たくなったのさ」
「幻想郷に来てからは夕暮れ時には屋敷が影を作ってくれるようになったのは幸いですね」
「全くだよ」

 レミリアは腕を組みながら再び美鈴に背を向けて口を閉ざす。
 彼方から木霊する朱鷺の鳴き声。
 そよ風に揺らされ静かな音を立てる木々。
 奏でられる自然の音によってレミリアが吐いた小さな溜息は美鈴の耳に届く前に掻き消された。

「ここで母様と約束したんだ。フランを宜しく、とね。四百年以上放置してしまったが、今の私は母様の約束を守れたのだろうか。気が気でならないよ」
「大丈夫ですよ。お嬢様が地下に向かったあの日以来、フランドールお嬢様は以前よりお部屋から出掛けるようになりましたし」
「だがフランは私と顔を合わせる度に皮肉を飛ばすよ。もしかして元が捻くれてるのかねぇ、あの子は」
「照れ隠しですよ、きっと」
「だと良いのだけどね」

 微笑みながら明確に語る美鈴に有り難さを感じたレミリアは苦笑する。

「昔の活発さも戻ってきましたよ」
「それは良い事だ。まぁうちのメイド達程の鬱陶しさはないだろう」
「ただ、妙な遊びをするようになってしまって……」
「妙な遊びだと?」

 レミリアは蒼と茜のグラデーションが掛かり始めている空を仰ぎ見ながら質問し、美鈴は苦笑しながら頬を掻く。

「『狂人ごっこ』と名付けてメイド達に支離滅裂な事を話しては困らせて遊んでいるんですよ。本人からはメイド達に話すなと口止めされてますし」
「何それ。自分から狂った振りをしているというのか?」
「意外と悪戯好きなのかもしれません。その考えが突拍子もないですが」
「あの馬鹿は何をしてるのだか。だがま、外に出るようになっただけ進展があったから良しとするか」

 呆れた様子ながらも口を吊り上げながら首を振るレミリア。そして踵を返して美鈴と向き直ると、楽しそうに笑いながら赤い瞳で姿勢良く立つ彼女の顔を見詰める。

「美鈴、これから先はもっと従者も来客も増えて館はますます騒々しくなるぞ」
「どうしたんですかいきなりそんな事を言い始めて」
「何故かって? そういう運命が見えたからよ」
「はぁ、運命が見えた、ですか」

 与えられた答えに美鈴は首を傾げながら呆けた声を上げた。続いて彼女は難しい顔をして腕を組む。

「でもお嬢様にそのような能力ありましたっけ?」
「この前に新しく手に入れた力だ、とだけ言っておくよ」
「新しい能力ってそんないきなり手に入るものなんでしょうか……あ、でも本当かもしれませんね」
「へぇ、何か心当たりがあるとでも?」

 何かを思い付いた様子で美鈴の顔が突然明るくなり、組んでいた腕を解き、右手に握り拳を作り左手の掌を軽く打つ。
 その様子を見ていたレミリアは彼女の言動に興味を持ち、眉と口を吊り上げて挑発的に問い掛ける。

「ほら、フランドールお嬢様を連れてくる事に成功したあの夜、あれ程の豪雨が嘘みたいに止んだじゃないですか。実はあれはお嬢様がそういう運命にしたんですよ」
「なるほど、中々良い推理だ」
「と言うと、もしかして正解でしたか?」
「さてどうかな。自分で考えなさい」
「ええ! そんな焦らさないで教えて下さいよお嬢様ぁ」

 慌しく表情を変える美鈴の姿がおかしく感じたレミリアは思わず噴き出してしまいそうな口を片手で押さえ含み笑いをし、からかわれた美鈴は小さな呻き声を上げて眉を顰める。
 そして笑いも納まってきたレミリアは口を押さえていた手を放し、代わりに人差し指を立てながら美鈴に突き出した。

「とにかく騒々しくなる、そういう運命だ。美鈴もそれぐらいは予感出来るだろ?」

 レミリアは自信に満ちた顔で問い掛けた。すると、美鈴は一瞬呆気に取られるが、すぐに姿勢を整えながら笑顔を彼女に返す。

「それは、そうですね。きっとこの先には楽しい暮らしが待ってますよね」
「そういう事だ。だから美鈴もいつ来訪者が来ても歓迎出来るようにしておきなさい」
「任せて下さい。どちらのお客でもいつだって歓迎できますよ」
「それは頼もしいものだよ、全く」

 美鈴が自慢げに笑いながら片足を曲げて一本足になり、両腕を構えて拳法の構えを取り万全であると主張し、レミリアはそんな活気のある従者に呆れて苦笑した。
 彼方で朱鷺の濁った鳴き声が空を通り抜け、それに合わせたかのように、重量のある金属を打ち鳴らす音がその鳴き声を掻き消した。
 美鈴が慌てた様子も無く、体勢を戻し顔を上げる。彼女の視線の先には館の屋根にそびえる時計台が存在し、時計の針は六時を指していた。

「六時ですか。お嬢様、私はそろそろお食事の準備をしてきます」
「そうか。私はもう少しここにいるよ。出来た頃には戻る」
「分かりました。では、失礼します」

 美鈴は一礼すると踵を返して出入り口である扉を開き、退出し、扉を閉めるまでレミリアは見送った。一人残った彼女は振り返り、バルコニーから一望出来る風景を眺める。
 不定期に吹くそよ風を肌に受けながら、レミリアは誰に向けるでもなくはにかんだ。

「母様、これで貴女に言われた約束を少しでも果たす事が出来たかな」

 顎を上げ、蒼と橙のグラデーションで染まる空を仰ぎ見ながらレミリアの声は宙に溶けていく。
 それは独白にして告白。レミリアが亡き母へ贈る一人きりの会話。

「ようやく私達は一歩踏み出せたよ……まぁ、二人で出てきた時には全身真っ赤でメイド達にドン引きされちゃったけど」

 己の妹を連れ出した時の失態を思い出しながらレミリアは苦笑し、続けてそれを振り払おうと首を横に振った。

「私達はまだ母様よりも世界を知らないだろうけど、きっと大丈夫。幻想郷は素敵なところだもの、フランもきっと気に入ってくれる」

 レミリアが前へと歩き出す。一歩ずつ、強く踏み締めるように。
 そして彼女はバルコニーを囲う塀の上に立ち、手を広げ、深呼吸をし、幻想郷と言う名の世界を全身で感じ取る。

「そうさ、運命を見るまでもない」

 眼前に広がる輝かしい光景にレミリアは柔らかく微笑み、蝙蝠の羽を広げ、高々と宣言する。

「こんなに世界は美しいから、明るい未来が待っているのよ!」

 レミリアの言葉に応えるように、夕暮れの世界に一陣の風が吹いた。


時は過ぎ、館には瀟洒なメイドが加わり、巫女と魔法使いの来訪を切欠に妹は外へ出ようと行動に出る事となります
全ては彼女の宣告通りとなったのです
本当に彼女は運命を目視し、操る力を手に入れたのでしょうか?
それを確認する術は私達にはありません
しかし、引き篭もる妹の心を変えたのは、まさに彼女が運命を変えたからだと、言えるのではないでしょうか
フロン(更待酉、即奏、ロディー)
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2010/06/14 02:46:34
更新日時:
2010/07/31 22:35:54
評価:
23/54
POINT:
3230
Rate:
11.84
分類
レミリア
フランドール
美鈴
パチュリー
オリキャラ
2. 80 名前が無い程度の能力 ■2010/07/01 03:50:42
少々間延びしたところはありましたが、個人的には好きな話でした。
3. 100 名前が無い程度の能力 ■2010/07/01 11:54:19
名も無き馬鹿妖精どもの功績でかいなあ
まあだけどさいごはやはりカリスマ力ですよね
GJ!
5. 100 名前が無い程度の能力 ■2010/07/01 13:00:37
上手い言葉が見つかりませんが、とてもよい作品でした。
感動をありがとう。
8. 60 名前が無い程度の能力 ■2010/07/02 01:33:14
かなり誤字脱字とか不明瞭な文体とかが目立ってました。冗長な個所も。
内容は好きでしたけど、中盤以降ダレてきました。
オリキャラが良い意味でも悪い意味でも心に残る感じでした。
14. 80 名前が無い程度の能力 ■2010/07/04 20:56:33
とことん王道のストーリー、だけれどそれがとても良かったです。
15. 90 あおこめ ■2010/07/05 01:29:06
これはとってもとっても心温まる紅魔館。
物語風な前説・章立て・後書きも良い感じでした。
16. 80 名前が無い程度の能力 ■2010/07/06 00:18:31
なんでも壊す力も、愛は壊せませんでした、と。
雨がやんでまずやることといえば、窓開け放って外へ飛び出すことですよね。フランもそうだといいです。
お嬢様も妖精メイドたちも、みんなカッコいい紅魔館でした。
28. 90 半妖 ■2010/07/16 00:31:58
いかにもカリスマの名に相応しいお嬢様で。
過去編がちょっとあっさりしすぎているような気もしましたが、ラストの緊張感あるシーンがとても面白かったです。
30. 70 euclid ■2010/07/19 01:34:36
台本を読んでいる感じというかわざとらしさというかを端々に感じてしまいました。
が、そこがなければかなりの良作。
拝読させていただいたことに感謝。
31. 60 名前が無い程度の能力 ■2010/07/19 23:23:35
よくあるテーマだけに、前半の展開の起伏のなさが致命的でした。
またこの作品は咲夜さんが紅魔館に来る前とのことですが、紅魔館はキャラの配置が絶妙な分、誰かが欠けたときにどうしてもバランスを欠いてしまいます。
そこを補えていないと感じました。
34. 50 電気羊 ■2010/07/24 19:45:12
悪く言えば手垢のついた、レミリアとフランドールの過去話というのは誰しもがチャレンジしてきた題材だと思います。
というのも、Win版になってから一番最初に出た作品が紅魔郷で、登場キャラクターも他の追随を許さない人気を誇っていますしね。
つまりはこういった作品も、創想話に限らず色んな媒体で様々なアプローチがなされてきたわけです。
この作品は、それらと戦わなければいけない、それを越えていなければ評価をすることができないとも思います。

良かった点
・フランドールが狂人のフリをしているという、現在の設定に対する伏線を回収できていること
悪かった点
・演出なのか、台詞のあとに入る空行が統一されていないこと
・メイドたちを容姿で判別させるしかないために、いちいちどいつがこうだとか(脇役でしかないのだけど)考えるのが面倒だった。

読んでいるときには没入していたいので、そこが少し残念ではあった。
でも全体的には良く書けていたんじゃないでしょうか、ブロックごとに作者が変わっているのが見てとれましたが。
40. 70 名前が無い程度の能力 ■2010/07/29 19:21:30
セリフ回しや演出から、舞台劇を見るような気分にさせられました。
フランドールが心を開くまでの過程が、非常に優しく書かれていると感じました。
41. 100 PNS ■2010/07/30 01:11:46
面白いです。設定をきちんと料理していて好感が持てます。フランちゃんには幸せになってもらいたいですね。

…うーむ。セリフを読んでると、赤鬼さんな気がしてきたんだけど。外れていたらごめんなさい。
43. 70 Ministery ■2010/07/30 16:34:03
母から娘へ。そして姉から妹へ。
最後のレミリアの一言があまりに鮮やかで、思わず溜息が出ました。

オリキャラが上手く描かれていた作品でした。
44. 60 八重結界 ■2010/07/30 16:38:13
綺麗な話でした。
46. 80 ずわいがに ■2010/07/30 18:49:07
僅かな誤字脱字報告
>その部屋に漂う空気は、紙の匂い、インクの匂い、微かに混ざるかび臭さ、常人からしては世事にも
>「フランドール様が一方的にあの子を泣かせという

妖精メイド大活躍じゃあないですか! なんと健気な子らでしょうか
自身の能力で他者を傷付けることに怯えたフランですが、彼女らの言葉はしっかりとその心に届いてましたね
レミさんもなかなか皆に支えられて、非常に心強かったことでしょう
慕われるべきカリスマが確かにありましたね

ところであとがきの文が『ディスガイア』のフロンの声で再生されました。だからどうしたという話ですが;ww
47. 80 ムラサキ ■2010/07/30 19:14:43
妖精メイドのほんわかとした感じや、オリキャラである母の姿がとても素晴らしかったです。
美鈴メイド長もちょっと抜けてるようで頼りになる感じがよかったです。
フランもレミリアも過去の苦悩を乗り越えて行けそうで、安心しながら最後を読めました。
この紅魔館だったら、これからも楽しくやって行けそうですね
49. 100 サバトラ ■2010/07/30 22:03:06
時間の都合上、点数だけの投稿とさせて頂きます!
大変申し訳ありません!
50. 80 如月日向 ■2010/07/30 22:07:30
フランが閉じこもった理由がすんなりと受け入れられました。
紅魔館の人たちの暖かさと魅力がとても伝わってきましたっ。
51. 90 黒糖梅酒 ■2010/07/30 22:19:20
似た話は数あれど、この話ほど面白いと思った作品はありません。
ありがとうございました。
52. 60 名前が無い程度の能力 ■2010/07/30 23:15:04
いい話だけどこれがゲーム本編に繋がるのかと違和感が…
外に出るきっかけならこの話で十分な気が
53. 90 つくね ■2010/07/30 23:38:29
取り急ぎ点数のみにて失礼します。感想は後日、なるべく早い時期に。
54. 100 ぱじゃま紳士 ■2010/07/30 23:50:21
 申し訳ございませんが、採点のみで失礼いたします。
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