レミリアスパーゲッティ ネズミ入り

作品集: 最新 投稿日時: 2010/06/14 02:39:05 更新日時: 2010/07/31 22:43:55 評価: 40/106 POINT: 6090 Rate: 11.43
 
 
 
 空を飛ぶ、あれが噂の聖輦船。見上げるレミリアは感嘆の溜息をついて、なんとなくグングニルをぶっ放した。
 船底へ見事に突き刺さり、船はみるみるうちに高度を落としていく。
 世に言う沈没であった。いくらレミリアがカレーをフォークで食べるからといって、責任の追及から逃れることは出来ないだろう。
 聖輦船の主は温厚な人間だと聞いているが、さすがに船を沈められてニコニコしているほど不気味ではあるまい。仮にニコニコしているように見えたのなら、それは怒りすぎて顔の筋肉が引きつっているからである。
 何にせよ、今の内に言い訳を考えておく必要があった。
 火のあがる船を見ながら、レミリアは腕を組んで頭を捻る。並大抵の言い訳では、幻想郷の強者共を納得させることなど出来ないだろう。
 そこに船があったからなどと言えば、審査員気取りで採点される可能性もある。寒い言い訳を細部に渡って分析されたら、さしものレミリアとて失禁は免れない。
 何か良き言い訳を思いつかねば。
 そして、しばらく経った後。
 消火活動を終えた乗組員達に捕まったレミリアは、得意気に言った。
「ついカッとなってやった。反省はしているが航海はしていない」
 船長の村紗は笑顔で、こう言い返したという。
「航海させなかったはお前だ、この野郎」










 空中移動レストラン食堂『命蓮寺』
 微妙に意味が重複していることに従業員達は疑問を覚えないのだろうか。風の噂に名前を聞いた時、レミリアはそんなことを思った。
「それで、詳しいお話を聞かせて貰えますか?」
 事務所に詰めかけているのは当事者たるレミリアを除けば、命蓮寺の面々ばかり。聖は穏やかな表情でソファーに腰を降ろし、船を撃沈させられた村紗は青筋を浮かべながらこちらを睨み付け、一輪と雲山の眼光も鋭い。あまりの鋭さに雲山は大目玉状態で、船への破壊に貢献してしまったぐらいだ。
 勿論、村紗の柄杓で臑の裏を殴られたことは言うまでもない。
 ソファーの左側には村紗と一輪、そして雲山。対する右側には星とナズーリンの姿が見えた。こちらは対照的に怒りの気配すら見せず、ただ冷静に事態の成り行きを見守ろうとしているらしい。血気盛んなのは結構だけど、知性と調和を重んじるレミリアとしては全員が彼女たちのような常識を持っていて貰いたいものだと感心しながら肩をすくめる。
「見たまえ、ご主人様。あなたがうっかり宝塔を紛失したから吸血鬼が呆れているぞ」
「え、あの、今日はちゃんと持ってますよ。ほら」
 突き出された右手に鎮座する、建築物のような不思議物体。ナズーリンは物珍しそうにそれを眺め、訝しげな表情で星を見上げた。
「ご主人様の宝塔って、もっとヌメヌメして触覚とか生えていなかったかい?」
「あなたは今まで何を見てきたんですか……」
 意思疎通はとれていないようだが、些末な要素は放っておこう。主従にすれ違いがあるのは、命蓮寺だろうが紅魔館だろうが変わりはしないのだから。
 レミリアの目の前、ソファーの真ん中に座り、聖母の如し微笑みを携えてこちらを見つめる聖に向き直る。筋肉が引きつっているわけでもないのに、ニコニコできる奴がいるとは思わなかった。
「部下達に周りを取り囲ませ、その上で話を訊こうだなんて。巷では聖人と呼ばれているようだけど、こんな暴力的な人間だったとは知らなかったわ。やはり、噂は噂でしかないようね」
 挑発的な態度に反応したのは、村紗や一輪だけだった。聖はむしろ悲しそうに俯き、ナズーリンと星は宝塔の正体について熱い議論を交わしている。なにしに来たのだろう、この二人。
「確かに、あなたが威圧感を覚えるのも無理はありません。こんな部屋に閉じこめ、大人数で取り囲む。普通であれば脅迫と思われても仕方がないでしょう」
「なるほど。相手が普通でないのなら、こういう手段もやむをえない」
 辛そうに唇を噛みしめ、聖は頷いた。人間よりも妖怪に肩入れしている変わり者だけあって、本当にこういう真似自体をしたくはないのだろう。ただ周りがそれを許すとは思えない。
 レミリアが船を沈めたのは事実であり、それほどの力を有していることも幻想郷に知れ渡っている。いくら一人で話したいと主張したところで、忠誠心の厚い村紗や一輪が許してくれるはずもない。
 だがいずれにせよ効果は薄いようだ。レミリアは威圧感など全く感じていなかった。
 殺気じみた怒りの気配は肌を刺すように伝わってくるけれど、さすがに聖の御前で事を荒立てるつもりはないらしい。表情だけは厳しいものの、攻撃を仕掛けてくる様子は見られなかった。
「とにかく、私はまず事情を知りたいのです。物事は結果があるのなら、必ず理由が存在している。あなたほどの大妖怪が、何の理由もなしに我々の船を沈めるはずがない。何か、幻想郷を揺るがすような重大で切羽詰まった理由があるのですね」
「あるわけないでしょ、そんな理由」
「お前っ!」
 せめてやむにやまれぬ事情があるのなら、聖達の溜飲もさがったに違いない。だけど現実はいつだって残酷で、神様は例外なく冷たいのだ。気色ばむ村紗を、身を挺して聖が遮る。
「いけませんよ、村紗。こちらが怒れば相手も怒る。だけど私達が冷静でいれば、相手だって冷静に対応してくれるのです。怒ってはいけません。怒りは議論を邪魔します」
「す、すいません」
 ただの聖人気取りだと内心では馬鹿にしていたが、少なくともただの魔法使いではないようだ。あれほど怒りに走っていた村紗を、簡単な説得で抑え込むとは。いくら信奉されているからといって、並の人間では真似できない芸当だろう。
 密かに感心しながらも、レミリアの心に悪ガキの精神が宿り始める。さて、この聖人はどこまで怒らないでいられるか。
 根が天の邪鬼なレミリアからしてみれば、隠された本性を暴きたくなるのは当然のこと。この聖が怒りで我を忘れることを思えば、多少の手間も惜しくはない。
「立派な心がけね」
「ありがとうございます」
 だが相手は一応聖人の肩書きを有する者だ。短期決戦は望めまい。ここは長期戦に持ち込んで、じっくりと相手を挑発することにしよう。
 改めて腰を据えたレミリアに、変わらぬ笑顔で聖が問いかける。
「では、お聞かせ願えますか。重大な理由がないとすれば、どうしてあなたは我々の船を沈めたのか」
 顔にかかった髪の毛を払いのけ、きざったらしい仕草でレミリアは答える。
「レストランまで飛ぶのが面倒ならば、レストランがこっちに来ればいいのよ」
 我が儘を凝縮して一晩寝かせたような意見に、怒りを抑え込んでいた村紗達の表情がまた険しくなる。だけど決して手は出さない。律儀に聖の教えを守っているのだと思えば、統制は紅魔館以上にとれているのかもしれない。
 なかなかの強敵だ。いずれ全面対決になった曉には、かなりの苦戦が予想されるだろう。その時が楽しみだ。
「なるほど。空を飛ぶのが面倒だったから、船を落として近づけたと」
「その通り」
「殴る」
 躊躇とか容赦の二文字はどこにも存在していなかった。真剣かつ無味無臭の双眸がレミリアの姿を捉え、魔術で強化された拳は先程まで座っていたソファーを貫き、バネを吹き飛ばした。
 咄嗟に跳躍してかわしたものの、あのまま大人しくしていれば今頃は頭が四散してことだろう。げに恐ろしきは超人、聖白蓮か。
「ひ、聖? 怒りは議論の邪魔になるんじゃないの?」
「知ったことですかぁっ!」
 金色の波動が聖から立ち上り、調度品を壁に叩きつける。ついでに聖人の肩書きとかも外へ吹き飛ばしてしまえばいい。怒りで我を忘れる彼女の姿を見ていたら、そんな肩書きなど相応しくないと誰にだって理解できるだろうから。
 しかし、こうも容易く目的を達成してしまったら拍子抜けもいいところだ。もっと知能と弁舌を駆使して、難攻不落の要塞を攻略するように楽しみたかったものを。意外や意外、目標は要塞などではなく、ただのあばら屋だったようだ。
 呆れた溜息をつきながら、怒れる魔法使いと距離をとる。
「乱暴なレストランね。せっかく訪れた客を殴ろうとするなんて」
「どこの世界に店を破壊しようとする客がいますか! そういう迷惑なのは招かれざる客と言うんです!」
「どうせなら十三人目の魔女と呼んで欲しいわね」
「呼び方などどうでもよろしい!」
「やれやれ、年を取ると怒りっぽくなっていかんね」
 何故か笑顔で拳を握る聖に対し、見かねて村紗や一輪が取り押さえにかかる。ここは船の中。迂闊な暴力はただでさえ壊れかけの船に止めを刺しかねない。
「落ち着いて姐さん!」
「聖、冷静になって!」
「離してください! 私はあの吸血鬼を殴る為に生まれてきたんです!」
 情熱的なラブコールを嫌がる年ではないけれど、そろそろ馬鹿騒ぎにも飽きてきた頃合いだ。船を沈めたのはともかくとして、レストラン食堂で何か頂こうと思っていたのは事実。
 腹の虫にもいい加減、餌をやる時間だろう。
「空腹は最大の調味料というけれど、隠し味にしては効かせすぎかしら。此処は一応レストランなのだから、お客を待たせるというのはどうなのかしらね」
 催促するような物言いに、むしろ聖は冷静さを取り戻したらしい。握りしめた拳を解き放ち、慌てて頭をさげた。熱しやすく冷めやすいのは利点だが、果たして尼としては正しいのか。甚だ疑問ではあるが、生憎とレミリアは説法を説きにきたのではない。
 美味しい料理を出してくれるのならば、相手が外道だって一向に構わなかった。外道の出す料理を素直に食べようとは思わないが、そこはそれ比喩である。
「申し訳ありません。すぐにお席に案内して、料理をお持ち致します。さぁ、一輪。お客様をご案内して」
「あっ、はい」
 途端に接客モードへ切り替わった聖と違い、村紗や一輪はまだまだ素のまま。慌てたようにレミリアを先導するけれど、表情には若干のしこりが残っていた。納得いかないという顔だが、これこそ接客業というものだ。
 当主たるレミリアには永遠に分からない苦しみだけど、嫌な相手とも笑顔で接さなければならないと思えば外交と同じようなもの。ままならない世界だと苦笑いしながら、閑古鳥がオーケストラを奏でている店内を歩く。
 噂になるぐらいだから常時満席かと危惧していた。しかし、この様子なら紅魔館が総出で邪魔しても迷惑にはなりそうもない。あるいは先程の攻撃で客が逃げてしまったのかと推測してみたが、それならばテーブルに料理が残っているはずだ。
 丁寧に掃除こそされてはいるものの、テーブルには料理も食器すらも残っていなかった。妙な話だ。
「どうぞ、こちらの席へ」
 案内された席は窓際の、外の景色が最もよく見える場所。これで空を飛んでいれば、さぞや美しい光景が拝めたに違いない。どうして撃墜してしまったのか。
 地平線まで続く田んぼと遠くに見える山を眺めながら、今になってレミリアは後悔していた。
「こちら、メニューになります」
 渡されたメニューに目を通す。筆記体のアルファベットが飛び交っており、一通り眺めてから閉じる。なるほど、分からん。
 西欧に住んでいたからといって、英語が得意だと思うなよ。勿論、こんな無様なことをウェイトレスに愚痴れるはずもない。素知らぬふりをして、さも慣れているかのような印象を植え付けるのだ。
「ご注文はお決まりになりましたか?」
「ミネスケローネ」
「ありません」
「じゃあ紫雲のラーメン」
「ありませんって」
「幽雅にまぶせ、墨染めのパスタ」
「イカスミスパゲッティですね。少々お待ちください」
 あったらしい。守矢の巫女ではないが、奇跡というのは案外そこら辺に落ちているようだ。
「あっ、ついでにライスも貰えるかしら」
「分かりました」
「オーダーオブライス」
 してやったり顔のレミリアを無視して、一輪は厨房の方へと消えていく。
 実に空しい。










 イカスミスパゲッティ。それはナズーリンが最も得意とする料理だった。一輪からの注文を受けて、得意気な顔で墨汁に手を伸ばす。
 しかし腕は星に掴まれ、敢えなく墨汁はすずりの上へと戻された。腹いせに書き殴った半紙の上には、『繁殖したっていいじゃない。ネズミだもの』という文字が躍っている。
「何をするんだい、ご主人様」
「それは私の台詞です。何をするつもりですか、ナズーリン」
「愚問だね。イカスミスパゲッティという注文がきたんだ。だったら、まずはイカスミが必要になる」
「ですが、あなたが手に取ろうとしていたのは墨汁じゃないですか」
「甘いな、ご主人様」
 不敵な笑みに星が怯む。毘沙門天より遣わされたナズーリンは、あくまで星の監視役。その頭脳と洞察力は主人たる星を遙かに上回り、聖輦船でも比類する者がいないとまで言われているのだ。
 そんなナズーリンが笑ったのなら、何か深い意味があるのかと疑うのは必定。むしろ阻んだ自分の軽率さを恥じるのが普通の反応と言えよう。
「墨汁と果汁は字面が似ている」
「それで?」
 ナズーリンはスパゲティの束をとりだし、占い師のように摺り合わせて遊び始めた。
 それだけらしい。
「アルデンテがナイデンテ!」
 誤魔化すように意味不明な言葉を叫ぶ。
 呆れたように星はこめかみを揉みほぐした。
「……酸素が足りないのでしたら、マウストゥマウスでもしましょうか」
「ぶ、部下とキスだなんてご主人様は破廉恥だな!」
 古き良き昭和風のビンタをかまされ、星は何故か涙を流した。
 空中移動レストラン食堂の厨房は、今日も相変わらずいつも通りだ。










 スパゲッティを完食し、ライスをたいらげたレミリア・スカーレット。チャームポイントは膝の裏だが、今回の話とはあまり関係ない。
「ふむ」
 木材を剥き出しにしたようなテーブルと椅子。床は板張りで、壁にかけられているのは作者も分からない掛け軸や、花が生けられた花瓶。元は寺だっただけに、和を基調とした造りになっているのだろう。
「ちょっと、そこのあなた」
「はい?」
 食器を片づけにきた一輪を呼び止め、聖に此処へ来るよう命じる。最初は露骨に嫌悪感を示していた一輪だったが、どうしても伝えたいことがあるのだと力説したら素直に呼びに行ってくれた。
 根は真面目な奴なのだろう。是非、紅魔館に欲しい人材だ。生憎とあそこに真面目と称される人物はおらず、誰も彼もが一癖や二癖もある変人揃いときたものだ。不服ではないものの、当主の命令を素直にきける人材が一人ぐらいいればいいと常日頃から願っていたのだ。
 門番は怠惰を極めようとしているし、メイドは隙あらば当主のカリスマを失速させようと日々ナイフを研いでいる。親友や妹は言うに及ばず、司書すらも最近はどこぞの兎の影響を受けたのか、館のあちこちに殺人的な罠を仕掛け始めた。
 一度危機に陥れば結束するものの、普段は当主を敬うという選択肢が欠如しているような連中ばかり。レミリアは頭を痛めていたのだ。
 そういった意味では、聖白蓮は恵まれていると言えよう。いや、これも人徳の成せる技なのか。
 俄に自分を貶めかけてしまったところで、奥から聖が姿を現した。何事かと、他の面々も顔を並べている。
 ちなみに星とナズーリンも厨房から出てきた。どうにもこうにも、あの二人からは紅魔館の連中と同じ匂いを感じるのだが、レミリアの直感やいかに。
「あの、私に話があるとのことでしたが?」
「ええ、間違いないわ。見たところ、まったく繁盛していないようだけど。あなたはどう思っているのか気になったの」
 急所を突かれ、聖は黙りこくる。好きこのんで営業不振を望む店長はいない。客のいないレストランなど商売になるはずもなかった。
「このままではいけない事は理解しているつもりです。ですが、どうしてもお客がこない。料理も立地も内装も、出来る限りの努力はしたのですけど……」
 立地に関しては色々と思うことがあるものの、妖怪ならばさして気にも留めないだろう。人間客が来ない理由は空を飛んでいるからだとしても、妖怪が訪れない理由としては不十分だ。
 店内を見渡し、コップを揺らす。溶けかけた氷が心地よい音を響かせて、コップが倒れた。変に格好つけようとした結果である。
「見当外れの努力なら、いくらしたところで無駄の積み重ねよ。その様子だと誰も気付いていないようだから、先程の無礼を帳消しにする意味で忠告してあげようと思ったのだけど。無用だったかしら?」
「本当に!」
「うわっ」
 魔術でも使ったのか、レミリアの動体視力ですら捉えられないほどの速度で接近されていた。いつのまにか握られていた両手が仄かに温かい。
「本当に教えてくれるのですか! この店が流行らない理由を!」
「聖! そんな戯言、聞く必要はないよ!」
「そうです、姐さん。きっと出任せに決まってます」
 第一印象が最悪だったのだから、村紗達の反応も頷ける。むしろ、あれだけ怒らされておきながら信じようとしていた聖の方がどうかしているのだ。
「仮に出任せだとしても、実行しなければいいだけの話です。村紗、一輪。聞くだけならば問題ないでしょう?」
「それはまぁ……」
「確かに……」
 まだ納得いかない顔ではあるが、反論までする気はないらしい。
 星は頷き、ナズーリンも頷いたがよく見たら目蓋が閉じていた。ここにもシエスタの風習が伝わっているようだ。
「別に大したことじゃないんだけどね。見る奴が見れば、一目で気付くわよ」
「そ、それは?」
 勿体ぶるように一呼吸おいて、レミリアは微笑みながら聖を見上げた。
「一言で言えば、バランスが悪い」
「バランス、ですか」
「そう。和を基調とした内装に対し、メニューは和洋折衷。蕎麦屋で食べるカレーも乙なものだけど、フランス料理屋で上にぎりを出されたら落ち着かないでしょ」
 スパゲッティならまだ譲る部分はあるけれど、ドネルケバブとか和風の料理店で食べる物じゃない。
「加えて、中途半端。確かに努力の跡は見てとれるけれど、この程度の料理だったら咲夜の手料理を食べてる方がマシだわ。メニューも和洋折衷とは言ったけど、どこかで食べられそうなものばかりだし。そこそこの味で代わり映えしないメニューだったら、わざわざお金を払ってまで食べようとは思わないわ」
 辛辣ではあるが、事実は事実。思い当たる節があるだろう、村紗や一輪も悔しい顔こそしても口を開く様子はない。
 聖はショックを受けたように、顔をそらしていた。
「ちょっと待ってくれ」
「おや、どうしたネズミ君。傍観を気取っていたようだけど、やはり黙っていられなくなったのかい?」
 些か挑発的な物言いは、相手を計る癖のようなもの。これに対する反応で、だいたい向かい合う奴の力量が分かる。
 ナズーリンの隣にいた星は、馬鹿正直に不快な顔をしていた。こちらは聖と同じで、それなりの力を持っているようだが生真面目な性格が邪魔して全力を出せないタイプだろう。少なくともレミリアの敵ではない。
 さて、問題はナズーリン。彼女は怒るでも呆れるでもなく、真剣な表情で切り出した。
「ふふふ、待ってくれとは言ったが、まさか本当に待ってくれるとは思わなかったよ。今度こそ待ってくれ、言いたいことを考える」
 まるでどこぞのメイドを見ているようだ。自然と主の星に対して、同情的な目を向けてしまう。さぞや苦労しているのだろう。この手の従者を抱えてしまって。
「なるほど、寝ていたから話がさっぱり分からない。ははは、道理で意味不明だと思ったよ。これだからご主人様は」
「えっ、私まだ何もしてませんよ」
「今のは単なる語尾だよ、ご主人様」
「誤解を招くような語尾はやめなさい」
「分かった、分かった。語尾だけに」
 生真面目な星は首を傾げる。長年、この手の相手と付きあってきたレミリアだからこそ分かるのだ。その発言に意味など全く無いことを。
 彼女もいつの日か、この地位まで上ってくるだろう。それまで、頑張って翻弄されるといい。そのうちどうでもよくなってくるから。
「話を戻すわよ。もしもこの店を繁盛させたいと言うのなら、まずは何かとびっきりのインパクトを用意することね」
「イ、インパクトですか……」
「邪道かもしれないけど、まずは目立つもので関心を惹きつける。料理の味で勝負をするのは、それからでも遅くはないわ」
 しばし考え込む聖。
「空を飛んでいるというのはインパクトがありませんか?」
「巫女だって空を飛ぶのよ。当たり前のことではインパクトに成りえない」
「出した料理が全部腐っているとかどうだい」
「ネズミ君は少し黙っていようか」
「食中毒の当たり付き」
「腐っているなら外れても当たるわよ……」
 真面目なのか巫山戯ているのか判別できないナズーリンをよそに、頭を悩ませる聖達。当のレミリアですら、具体的なアイデアを思いつけていないのだ。そう簡単に閃けるはずもない。
 だが、そこはレミリア・スカーレット。素直に心情を吐露するような少女でもなく、さも腹案があるといった表情で悩む面々の顔を見渡した。
「答えはあなた達のすぐそばにあるわ。ただ、それに気付いていないだけ」
「それは一体?」
「問題とヒントはあげたのよ。答えは自分たちで導きなさい。だって此処は、聖白蓮のレストランなんでしょう。これからどうするのか決めるのは、聖白蓮にしかできない」
 むしろ、レミリア・スカーレットだからこそ出来ない。
 何も考えていないのだから。
 だが酷く感銘を受けたらしく、涙を流しながら聖は立ち上がった。
「レミリアさんのおっしゃる通りです! 私は何を甘えようとしていたのでしょう。この店の店長は私なのだから、私がしっかりしていなければならなかったのに!」
「聖!」
「姐さん!」
「ご主人様!」
「ここ、私の名前を呼ぶような場面じゃないですよね」
 つい先刻の怒りはどこぞへ飛んでいったらしく、感謝感激しながら聖に何度も何度も頭を下げられた。密かに罪悪感は疼いたものの、問題点は暴き出したのだ。事実、そこから先まで面倒をみる必要などない。
 適当に言った言葉だけれど、さほど間違っているようには思えなかった。
 さすが紅魔館の当主、レミリア・スカーレット。
 無意識のうちに他人を感銘させるとは、自分のことながら鼻が高い。
「それじゃあ、早速作戦会議です! 今日は寝ずに頑張りますよ!」
「おう!」
 威勢の良い掛け声と共に、奥の方へ消える従業員達。
 願わくば、彼女たちが幸せになるような答えを導き出せますように。
 聖達の運命に幸多からんことを望みながら、そっとレミリアは席をたった。
 そして肩におかれたナズーリンの手。
「2800円になります」
 ぼったくりじみた金額である。しかし払わないわけにもいかない。
 紅魔館の当主が食い逃げだなんて、天狗共の良いネタだ。
 大事なところはキッチリしている、これもまたどこぞのメイドにそっくりだった。











 空を飛ぶ、あれが噂の聖輦船。見上げるレミリアはグングニルを握りしめたまま、呆然と落ちていく船を見つめていた。
 前回と違い、今回は何もしていない。まだ。
 にもかかわらず、船は再現するように地上へと引き寄せられていく。まさか本当に沈没しているのか。
 不時着した船の中から、紙吹雪のようにチラシがまき散らされる。
 顔へと飛んできたそれを剥ぎ取り、目を通してレミリアは顔をしかめた。
『空中墜落レストラン食堂 命蓮寺』
 インパクトはあった。このうえないほど、インパクトはあった。
 もうもうと煙がたちこめ、船からは火の手があがっている。乗組員達は必至にそれを消し止めようとし、バケツを片手に走り回っていた。
 ふとこちらに気付いた村紗が、目を逸らしながら言う。
「ついカッとなってやった。反省はしているが航海はしていない」
 まさに、その通りだった。
 
 
 
 
 
ネズミ入りのスパゲッティが出てきた場合

一輪:怒ってウェイターを呼び寄せる

村紗:ネズミを避けてスパゲッティを食べる

聖 :もう飛び込んではいけませんよとネズミをたしなめる

星 :財布を忘れていたことに気付く

ナズ:自分もスパゲッティに飛び込む
パチェシエ(八重結界)
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2010/06/14 02:39:05
更新日時:
2010/07/31 22:43:55
評価:
40/106
POINT:
6090
Rate:
11.43
分類
レミリア
命蓮寺
1. 100 奇声を発する程度の能力 ■2010/07/01 00:01:45
ナズーリンが駄目過ぎるwwwwww
ツッコミ所が満載で面白かったです!
4. 80 名前が無い程度の能力 ■2010/07/01 02:27:30
ナズーリンww
みんないいキャラしてんなぁw
5. 20 名前が無い程度の能力 ■2010/07/01 02:49:54
単純にイマイチ
17. 100 名前が無い程度の能力 ■2010/07/01 18:27:47
このテンポは素晴らしい!
こういう聖を見たかった。
23. 100 名前が無い程度の能力 ■2010/07/02 02:24:28
幽雅にまぶせ、墨染めのパスタでジャブを決められ
オーダーオブライスでノックアウトされました。
25. 90 名前が無い程度の能力 ■2010/07/02 22:47:11
これほど個性の出ている作品は他にないでしょうw
まさに良い意味で「何でもありな」2次創作の醍醐味というか。
28. 100 r ■2010/07/03 02:36:38
笑った。ナズに惚れたよ。
29. 80 葉月ヴァンホーテン ■2010/07/03 18:56:10
ナズがいいキャラしてますね。確かに咲夜みたいだ。
というかパスタとライスって!w
30. 100 名前が無い程度の能力 ■2010/07/03 22:47:15
いつに間にか墜落の罪を
問われなくなってるおぜう様に
カリスマを感じざるを得ない
32. 80 名前が無い程度の能力 ■2010/07/04 00:17:48
お嬢様の親和性は異常。
35. 100 名前が無い程度の能力 ■2010/07/04 04:18:37
hahaha星とナズーリンは干からびてるな
いっちりーんと村紗は湿気てる
白婆は老けてる
36. 90 名前が無い程度の能力 ■2010/07/04 06:29:52
すごく面白かった!
初っ端からネジが外れたまま、トントン拍子に進んでいく不条理な展開がなんともいえず気持ち良い。
何より、このナズーリンの輝き様。もっとこのナズワールドを堪能してみたい。
38. 40 名前が無い程度の能力 ■2010/07/04 14:32:55
ちょいとギャグが空すべりしている印象を受けました。
47. 70 あおこめ ■2010/07/05 02:13:37
もう駄目だこの星蓮船、早く何とかしないと…… 特にナズーリン
要所要所のインパクトが物凄い作品でした。
53. 90 名前が無い程度の能力 ■2010/07/06 02:49:26
一行目でやられたwwwww

あと、レミリアとムラサのシンクロがwwww
面白かったですwww
55. 60 電気羊 ■2010/07/06 05:39:49
ぼくwwwwwwwwじゅうwwwwwww
56. 80 名前が無い程度の能力 ■2010/07/06 12:37:36
私が間違っているのか、このssが間違っているのか・・・と思うような作品でした。
とりあえず他の主従も見てみたいです。
57. 80 名前が無い程度の能力 ■2010/07/06 12:41:21
フリーダム命蓮寺ww
59. 70 名前が無い程度の能力 ■2010/07/07 12:15:56
これはひどい
68. 70 ずわいがに ■2010/07/10 16:30:41
なるほど、分からんwwこいつら全員どうなってんだwww
ナズーリンとか、もう、特にww

それにしてもところどころ言葉遊びがうまいですね
小粋な話の雰囲気がまたくすりくすりと笑わせてくれました
71. 90 sirokuma ■2010/07/11 22:10:11
作者名wwwwww

色々と上手すぎます。笑わせていただきました。
72. 70 更待酉 ■2010/07/12 02:31:14
おぜう様の気まぐれで命蓮寺ご一行が酷い事に……。
何かがずれているナズーリンが良い味出してました。
73. 60 半妖 ■2010/07/13 02:04:03
一連の流れからのオーダーオブライスにやられたw
悔しいです
74. 70 名前が無い程度の能力 ■2010/07/13 06:33:55
オーダーオブライス でふいた。何かに負けた気がした

航海しないの天丼がイマイチ効いてこない
全体的においてけぼりな感が拭えないのは
単純に書き手読み手の相性だと思う
75. 100 名前が無い程度の能力 ■2010/07/14 17:06:39
作者がわかる気がするw
相変わらずカオスww
77. 100 名前が無い程度の能力 ■2010/07/18 16:16:08
くそう、こんなのに100点入れたくないのに……!
でも一度や二度と言わず噴きまくってしまったからにはそういうわけにもいきますまい。
全面的に私の負けです、どうぞこの点数をお納めください。最後に負け惜しみの意もこめて、

こ れ は ひ ど い
79. 90 euclid ■2010/07/19 02:08:18
けいおす けいおす しゅーる な けいおす。
流石過ぎてぐうの音も出ません。
81. 80 名前が無い程度の能力 ■2010/07/19 23:28:37
どいつもこいつもキャラがひどいwww
これが合作というのがちょっと気になります。
どう分担したんだろう。
90. 80 名前が無い程度の能力 ■2010/07/29 19:11:08
冒頭から展開される信頼と安心のギャグ空間。全員頭のネジが緩んでる。
くすり笑いを漏らしながら読んでいられる作品。この作品のナズーリンのキャラは好き。
91. 100 PNS ■2010/07/30 00:43:57
このテイストはもう誰が書いたか一発でわかりますねw
笑わせていただきました。
92. 80 即奏 ■2010/07/30 04:40:30
レミリアスパーゲッティ ネズミ入り


笑えました。おもしろかったです。
95. 90 Ministery ■2010/07/30 16:06:07
ノンストップ命蓮寺。それでいいのか命蓮寺。いのちだいじに命蓮寺。

小気味良いテンポとぶっ飛んでるセンスで一気に畳み掛けてくる、嵐のようなカオス。
脱帽です。
97. 70 ムラサキ ■2010/07/30 19:12:16
レミリアのところどこのの行動にどや顔が見れて面白かったです。
聖の心変わりの素早さも吹きました。
そして、オチでまさかの墜落レストラン。
98. 100 サバトラ ■2010/07/30 22:03:43
時間の都合上、点数だけの投稿とさせて頂きます!
大変申し訳ありません!
99. 70 黒糖梅酒 ■2010/07/30 22:21:33
最初から最後まで笑わせてもらいましたw
面白かったです。
100. 80 蛸擬 ■2010/07/30 22:24:22
おなか抱えて笑いました。それにつきます。
ナズーリンのキャラが一番ツボでした。
101. 70 如月日向 ■2010/07/30 22:30:41
ノンストップギャグコメディここに現るっ。
でもオチの部分はもっと捻りがほしかったように思います。
出だしで期待してしまったので、落差を感じちゃいました。
しかしこのSSの星とナズがとてもいい味を出していますね!
こういうキャラは大好きなのですっ。
102. 60 沙月 ■2010/07/30 22:48:24
見事な短編。あとがきのオチも綺麗にまとまっています。(n'∀')η
104. 50 つくね ■2010/07/30 23:37:14
取り急ぎ点数のみにて失礼します。感想は後日、なるべく早い時期に。
106. 100 ぱじゃま紳士 ■2010/07/30 23:51:22
 申し訳ございませんが、採点のみで失礼いたします。
107. フリーレス 名前が無い程度の能力 ■2010/08/03 22:00:13
>空中墜落レストラン食堂 命蓮寺

ああ、オチってそういう・・・
108. フリーレス 名前が無い程度の能力 ■2010/08/23 01:03:02
何回吹いたか分からないくらい吹いた
名前 メール
評価 パスワード
<< 作品集に戻る
作品の編集 コメントの削除
番号 パスワード