.
起伝『正義の味方』
「正義の味方! マスクド・チャイナ参上!!」
十六夜咲夜は呆けた表情でそれを見上げていた、
なにやらシャンデリアの上で鶴のようなポーズを決めながら、
正義の味方と名乗る仮面の女性をひたすらに見上げていた。
「……美鈴?」
「マスクドチャイナです!」
「美鈴よね」
「マイネームイズマスクドチャイナ!」
服装を見る限り、明らかに咲夜がよく知っている門番である、
しかしながらその正義の味方はそれを認めようとはしない。
「マ、マスクドチャイナですって!?」
しかしそのマスクドチャイナの登場に心を奪われた者が一人、
紅魔館の当主の妹のフランドール・スカーレットである。
「一体何者なの……!」
「(えっと、確か私は妹様のお菓子にかけるソースの血液型を間違えて
必死に追い回されているところだったはず、今のうちに逃げなければ!)」
「甘いわね」
「どこに行く気?」
「逃げられるとでも?」
「……ですよね」
フランドールがマスクドチャイナに気をとられている間に反転した咲夜であったが、
待ち構えていた三人のフランドールにあっさりと捕獲される。
「生焼け咲夜にする?」
「こんがり咲夜にする?」
「それともこ・げ・咲夜?」
「こんがり咲夜Gでお願いしますわ」
棒に縛り付けられて、今まさに焼かれんとする咲夜、
しかしその悪事を正義の味方が見逃すはずは無かった。
「そこまでです! 咲夜さんを離しなさい!」
「おのれマスクドチャイナ!」
「私達の邪魔はさせんぞ!」
「ゆけっ! 本体!」
「ぎゃおー!!」
「大・鵬・拳!!」
『ぐわぁー!!』
本体が豪快に吹っ飛ばされた事により、分身も同時に消滅する、
マスクドチャイナはそれを確認するとすぐに咲夜を開放した。
「大丈夫ですか?」
「ええ、なんとかね」
「それは良かったです、後は……」
「……ぁぁぁぁぁあばっ!!」
「妹様だけですね」
それから数秒後に、フランドールが赤絨毯に頭から着地、
しかしそのダメージが無いかの如く平然と立ち上がる。
「全くもう、紅魔館の天井はどうなってるのかしら」
「私の大鵬拳を受けても余裕ですか、さすがは妹様」
「吸血鬼の名は伊達じゃないわ、で……マスクドチャイナ、だったわね?」
「如何にも」
「あなたは私の敵と判断していいのかしら?」
フランドールはふふりと微笑みながら、マスクドチャイナに視線を送る。
「あなたが悪い子ならば私は敵でしょう」
「あら、私はすごく悪い子よ」
「これを見てもそう言えますか?」
「うっ、それは!」
そう言いながらマスクドチャイナが取り出したのは、赤色の小さな羽。
「金庫の奥に閉まってるはずの赤い羽根……!」
「持ってきたのは一つだけですが、それはまぁ沢山と集めていましたね」
「くっ、私の弱みを握ってどうするつもり!?」
「どうもいたしません、私はただあなたが良い子であると信じているだけです」
マスクドチャイナはフランドールに歩み寄り、その手にそっと赤い羽根を握らせる。
「……無理よ、私は悪魔の妹、呪われた能力をもつ吸血鬼、良い子になんてなれないもの」
「そんなことはありません、この赤い羽根は、赤い羽根共同募金を通じて良い行いをしたという
何よりの証明、ならば良い子と胸をはるのに何を遠慮する必要があるのでしょうか」
「でも、でも私は……さっきだって咲夜を上手に焼こうと……!」
「咲夜さんなら、ほら」
そしてそっとフランドールの視線を咲夜の方へと向けさせる、
その視線の先では、お菓子を用意していた咲夜が優しく微笑んでいた。
「妹様、お詫びに大好物のブラッディクッキーをご用意させていただきました」
「あっ……」
「さ、仲直りして美味しいクッキーをいただきましょう」
「……うん!」
フランドールは駆け足で咲夜に近寄り、ぽふりと抱きつく。
「咲夜、ごめんね」
「いいえ、ミスをした私が悪いのです、申し訳ございません」
「じゃあ仲直りしてくれる?」
「勿論ですとも」
仲直りした二人の暖かな光景を背に、マスクドチャイナはさっとその場から立ち去る、
正義の味方に安息の時はいらない、ただその温もりを少しだけ感じとれるだけで十分と。
承話『正義の優しさ』
「マスクドチャイナか……フランドールを打ち破るとは」
大鏡に映し出されているのは、咲夜と談笑を楽しむフランドールの姿、
レミリアは表情を曇らせながらも、クッキーを一かじり。
「ふふふ……あの子は四天王の中でも最幼女」
「お菓子ごときに懐柔されるとは、悪魔失格ですね」
さらにパチュリー、そして小悪魔が不敵に笑う、
彼女達こそ紅魔館悪戯四天王と呼ばれ恐れられる、紅魔館の支配者達である。
「放っておいてもいいが、あまりうろちょろされても面倒か」
「そうね、すでに咲夜も大分あれに御熱心みたいだし」
「ふっ、レミリア様、パチュリー様、ここは私にお任せください」
「ほう……?」
小悪魔はさっと立ち上がり、二人に向けて深く頭を下げる。
「必ずや、あのマスクドチャイナめを紅魔館から叩き出してみせましょう」
「随分と自信があるみたいだな、今孔明小悪魔よ」
「ええ、きゃつめに真の悪を見せてやりますこぁ」
影が小悪魔を包み込み、その姿をどこかへと消し去る、
レミリアはそれを見送ると、紅茶を味わいつつも思考を巡らせる。
「しかし……マスクドチャイナ、奴は一体何者だ?」
「分からないわね、現状では紅魔館にプラスなのか、それともマイナスなのか」
「ふん、暇つぶしにはちょうどいいぐらいか」
謎に包まれた正義の味方、マスクドチャイナ、
その正体は未だに誰も分からぬままに、事件は起きた。
「手紙……?」
早朝、メイドとしての仕事が始まるその時間、
咲夜はメイド服に着替えようとした時、机の上に置かれている一つの手紙に気づく。
「えーと、パッドは預かった、返して欲しければ……ええっ!?」
中身を確認すると同時に、咲夜はパッドを探して部屋中を駆け回る、
衣装棚の中、クローゼットの中、はては天井裏まで。
「な、無い! パッドが無いわ!」
隠していたパッドも、へそくりパッドも部屋から忽然と姿を消していた、
そして残された手紙から導き出される答は一つ。
「誘拐……!」
そう、パッドを誘拐されたのだ、厳密にはパッドだけではない、
メイド長としての尊厳、威厳、つまりは十六夜咲夜自身が誘拐されたのである。
「くっ、中庭にて待つですって!? いい度胸じゃない!」
咲夜は素早くメイド服に着替えると、時を止めて中庭まで移動する、
そして中庭で彼女を待ち受けていたのは、四天王の一人、小悪魔だった。
「おや、ようやく来ましたか」
「小悪魔! あなたが私のパッドを盗んだの!?」
「はい、と言えばどうします?」
「殺してでも奪い返す!」
「おっと! 私に手を出せばパッドはただではすみませんよ!!」
「なっ!?」
小悪魔の言葉に、咲夜はナイフを構えたまま急停止する。
「ふっふっふ、パッドを救いたくば、私の話を聞くことですね」
「話?」
「ええ、ほんのちょっとした話ですこぁ……」
それはあからまなほどに罠であった、しかし人質を取られた咲夜は罠にまんまとかかってしまう、
そしてこれこそが、小悪魔の対マスクドチャイナ必殺計画の要であった。
「咲夜さんのパッドの匂い……この部屋かな?」
悪の気配を感じ取ったマスクドチャイナは、
正義の味方らしく先に人質を救出せんと動いていた。
「失礼しまーす」
「……待っていたわ」
「あれ、咲夜さん?」
パッドが隠されているであろう部屋に侵入すると、
すでにその部屋の中には咲夜の姿が。
「もしかして、もう解決しちゃいました?」
「いいえ……今から解決するところよ!」
「ほわっ!?」
咲夜はマスクドチャイナを赤い眼で睨みつけると、
一足飛びに大型のサバイバルナイフで斬りかかる。
「巨乳さえいなくなれば……パッドなど必要ない!」
「(こ、これは……洗脳されている!?)」
「あなたも貧乳にしてあげるわ!」
「くぬっ!!」
マスクドチャイナはなんとかナイフを白刃取りで受け止める、
その向こうに見える咲夜の顔は、明らかに正気では無かった。
「一体誰が……!」
「私ですよ」
「むっ!?」
「お初にお目にかかります、小悪魔と申します」
咲夜の肩ごしに姿を見せる小悪魔、
丁寧に頭を下げて自己紹介をしながらも、その顔は悪魔の笑みを浮かべていた。
「これはこれははじめまして、マスクドチャイナと申しますっ……!」
「その状態でよく返答出来ますね」
「正義の味方ですから!」
「理由になってませんこぁ」
自己紹介には自己紹介を、それが正義の味方の礼儀である。
「いかがこぁ? 助けようとした相手に刃を向けられるのは」
「なんか……新しい世界に目覚めそうです」
「こぁ!?」
「ここで私が咲夜さんを救えば、私は正義の味方として新たな高みに辿り着く!」
マスクドチャイナは息を吸い込み、全身に力をみなぎらせると、
ナイフを握っていた手を蹴り上げて自らの両手を自由にする。
「巨乳が敵というならば! この巨乳であなたを救う!」
「むがっ!?」
そして自由となった両手で咲夜の頭を捕まえると、一気に自らの胸に引き寄せた。
「む、むがーっ、むむーっ」
「まさか、窒息死させる気こぁ!?」
「さてそれはどうでしょう」
「むー……むむー……」
美鈴の胸の中で必死に暴れていた咲夜も、少しずつその動きが緩慢になっていく、
空を掴んでいた両の手も、いつしかマスクドチャイナの背に回されていた。
「ふぁ……ん……」
「だ、抱きしめるだけで咲夜さんの目が青く!?」
「私の胸は全ての者を癒す! 名づけて正義の抱擁!」
「……まんますぎるこぁ」
そして咲夜が倒された今、敵は小悪魔ただ一人。
「後はあなただけですね」
「おっと、私には人質がいることを……」
「パッドならあなたにあげるわよ」
「こぁっ!?」
小悪魔は人質を利用してなんとか場を切り抜けようとするが、
時を止めて後ろに移動した咲夜がその隙さえ与えずに捕まえる。
「は、離すこぁ!!」
「小悪魔、あなたも私と同じく貧乳に悩む子羊」
「ならば私の胸で救って差し上げましょう、正義の味方として!」
「やめて! こないで! や……ふもっ!!」
そして怯える小悪魔をマスクドチャイナは優しく抱きしめる、
途端に小悪魔は暴れるのをやめて、まるで子供のようにその胸をゆだねた、
紅魔館悪戯四天王が一人、策略の小悪魔、ここに敗北せし。
「……小悪魔がやられたわ」
「ふん、所詮は当て馬にすぎん」
「思った以上にやるみたいね、次は私の番かしら」
「期待しているぞ、えーと……全能のパチュリーよ」
「無理して呼び名を考えなくてもいいんじゃない?」
「あ、悪の嗜みって奴よ!」
そしてレミリアの右腕とも言われるパチュリー・ノーレッジがついに腰をあげる、
果たして彼女の魔女のごとき悪の知識は如何にしてマスクドチャイナを追い詰めるのか――。
転回『正義の運命』
「あふぅ……」
門の前で空を見上げつつ、あくびを一つ、
美鈴は今日も暇を持て余しながら、立派に職務に励んでいた。
「昼寝でもするかなぁ」
「そうね、最近忙しそうだし」
「ほわぁっ!?」
しかし気を抜いた瞬間、メイド長による奇襲が彼女を襲う、
そのあまりのタイミングの良さに精神的なダメージは加速した。
「ちち違うんです、今のは門番ジョークといいますかなんといいましょうか」
「いいわよ昼寝しても、疲れてるでしょう?」
「えっ……は、はい……」
「枕いる? 毛布は?」
「あっ、いえ、あの、その……」
気づけば、いつの間にか芝生の上には昼寝セット一式が用意され、
枕元には水とティッシュまで準備されていた、さすがは完璧で瀟洒なメイドである。
「何をしてるかは知らないけど、無理はしないようにね」
「りょ、了解しました」
咲夜はそれを伝えると機嫌よく館へと戻る、
美鈴は残された昼寝グッズ一式を見ながら、深い溜息をついた。
「はぁ……あの様子だと、気づいてないのかな」
「……こぁぁ……」
「ん、今の声は……?」
ふとそんな時、館の中から響いてくる誰かの悲鳴、
そう、すでにパチュリーの魔の手はマスクドチャイナのすぐ傍まで近寄っていたのだ。
「パチュリー様、もうお許しくださいこぁ……」
「駄目よ、あなたはあと百個ほどプッチンできないプリンをお皿に取り出す作業を続けるの」
「ふぇぇぇん、でてこないよー!」
「妖精相手にマスクドチャイナ変身グッズを販売した罪は重いのよ」
延々と蓋を開けたプリンをさらに叩きつけ続ける小悪魔、何百回もの挑戦の果てに、
プリンが出てきたかと思えばそれを目の前で食される、まさに地獄である。
「もぐもぐ……さあはやく助けにきなさい、マスクド・チャイナ!」
「もぐもぐ……はい、こんにちは」
そして気づけばマスクドチャイナも隣で一緒にプリンを食べていた。
「あ、おかわりいただけます?」
「私の苦労も分かれってんだこんちくこぁー!」
小悪魔が必死に取り出したプリンを黙々と食す二人、
いつ終わるともしれないその静寂の中、パチュリーが口を開く。
「あなたがマスクドチャイナね」
「ふぁい」
「妹様に咲夜、さらには小悪魔を手篭めにしたそうじゃない」
「そういうつもりはないんですけどねぇ」
「私も手篭めになんかされてませんよ! ちょっと愛してるだけですこぁ!」
「さらに五十個追加」
「こぁぁー!!」
パチュリーはじと目でマスクドチャイナを見つめる。
「何にせよあなたは少々目立ちすぎたわ、出る杭は打たれるべきなのよ」
「私は正義の味方なだけです、目立とうとも、目立たなくとも」
「あなたの言い分はどうでもいいわ、そしてすでにあなたは私の術中にある」
「むっ!?」
パチュリーが悪の笑みを浮かべた途端、
マスクドチャイナの手の力が緩み、スプーンが甲高い音をたてて床に落ちる。
「こ、これは……しびれ薬!?」
「プリンにしこませてもらったわ、そして前を見てみなさい」
「前……?」
「大きな本棚が見えるでしょう?」
視線の奥にあるのは、高さが百メートルはあろうかという巨大な本棚、
そしてマスクドチャイナにはそれが段々と迫ってきているように見えた。
「まさか……この本棚で私を!?」
「そうよ、宣言通りあなたを打たせてもらうわ」
「くっ、身体が動かない……!」
「ふふふ……ふふふふふふふ、ふっふっふっげふっごふっ」
マスクドチャイナは身体を必死に揺するが、身体が動く気配はない、
その姿を見たパチュリーは勝利を確信し、喘息を気にすること無く笑い続ける。
「はぁはぁ……さて、そろそろ私は逃げさせて……あら?」
「どうしたんですか?」
「身体がしびれて動かないの」
「パチュリー様もプリン食べてたじゃないですこぁ」
本棚は着実に勢いを間しながらこちらに倒れかかってきている、
もしあれに打たれれば、杭の如く地面に埋まる事になるだろう。
「自業自得って事かしら?」
「そうですね」
「ふふ、悪に平和は訪れないか……私はただ静かにプリンを食べたかった、それだけだったのよ」
パチュリーは目を閉じ、自然体で裁きの時を待つ、
書斎に響き渡る轟音、そしてただ一人巻き込まれなかった小悪魔の悲鳴。
「パチュリー様! パチュリー様っ!!」
小悪魔は必死にパチュリーの名を呼び、倒れた本棚へと駆け寄る。
「パチュリーさ……」
そして本棚と地面の間のわずかに開いた隙間を覗きこむと、そこにある光景に言葉を失った。
「……え?」
「大丈夫ですか、パチュリー様」
「そんな、どうして?」
おそるおそる目を開いたパチュリーが見たのは、
パチュリーに覆いかぶさるようにして本棚を受け止めたマスクドチャイナの姿。
「正義の味方は、誰かを守るときに普段の何倍もの力を発揮するのです!」
「そうじゃないわ、どうして私を助けたの?」
「あなたと一緒に食べたプリンが美味しかった、それじゃいけませんか?」
「っ……!」
マスクドチャイナの仮面越しの笑顔が、パチュリーにはとてもまぶしく映る。
「小悪魔さん、パチュリー様を引っ張ってくれます? 私が本棚を支えますから」
「は、はいこぁ!!」
小悪魔は本棚に潜り込むと、なんとかパチュリーを引きずりだすことに成功する、
しかしその直後に、本棚は無慈悲な音と共にマスクドチャイナを押しつぶした。
「マ、マスクドチャイナさーん!!」
「ああ、なんてこと……」
それはあまりにもあっけない、正義の味方の最後だった。
「……マスクドチャイナ、結局何者かはわからずじまいか」
紅魔館悪戯四天王、その最後の一人であるレミリア・スカーレットは、
大鏡に写された書斎の光景を見つめながら頬杖をつく。
「正体を暴いてやりたがったが、死んでしまったのならば仕方があるまい」
「ならば、私がその正体を教えよう」
「むっ?」
ひょいと椅子から飛び降りて、部屋を後にしようとするレミリア、
しかしその時、背後からの何者かの声が彼女を止める。
「貴様は?」
レミリアが振り返ると、その者は部屋の最も暗き場所から現れた、
そしてその姿が明かりに照らされた時、レミリアは己の目を疑う。
「私の名前は……」
そこにはマスクをつけた――
「マスクド・カリスマ」
――自らの姿があったのだから。
結章『正義』
「大丈夫ですか!? 返事をしてくださいお嬢様!!」
「耳元でうるさいわよ……ちょっと心臓を貫かれただけじゃない」
「それ、普通は死にます」
突如屋敷内に鳴り響いた弾幕の音、それに急いで駆けつけた咲夜が見たのは、
瓦礫の上にボロボロの姿で倒れていたレミリアの姿だった。
「ふー、吸血鬼じゃなかったら死んでるところだったわ」
「吸血鬼でも死ぬべきだと思います」
「遠慮なく言うわね……さて、それよりも問題なのは……」
レミリアは咲夜に抱えられながらじっと瓦礫の向こうを見つめる。
「マスクドカリスマ……ドッペルゲンガーみたいな物かしらね」
「正義の味方よ」
「突然グングニルを投げつけてくるのが正義の味方のすること?」
「我々の正義は悪に容赦しないわ」
マスクをつけたレミリアが、カリスマポーズを構えながら二人を見下す。
その威圧感は本物のレミリアすら超えているだろうか。
「で、結局あなたは何者なの?」
「正義の味方であり、そして……あなた自身」
「……私?」
「そう、あなたが理想とするあなた、それが私、マスクドカリスマ」
マスクドカリスマは静かに語る。
「人も妖怪も、誰もが理想の自分を頭の中に持っている、
ヒーロー、あるいはヒロイン願望と言うと分かりやすいかしら」
「それが具現化した物だとでもいいたいの?」
「その通りよ、現実には存在しえないヒーロー、しかし現実には存在しないからこそ、
この幻想郷では存在しえる、あなた達の理想が私達を創りだす」
そしてマスクドカリスマの後ろから、さらに二つの人影が現れた。
「例えば、マスクド・パープル」
「マッチョなパチュリー!?」
「そして、マスクド・メイド」
「巨乳な咲夜!?」
カリスマを携えたレミリアに、筋骨隆々のパチュリー、完璧となった咲夜、
それは一言で表すならば、悪夢としか言いようがない。
「でもさすがにそこまで筋骨隆々なのは理想以上よ」
「貧弱なパチュリー!」
「誰が貧弱よ……で、あなた達の狙いは何かしら? 大体予想はつくけれど」
遅れて場に現れたパチュリーは、じっとりとした目で正義の味方らを見つめる。
「あなた達を倒して私達がそこに入れ替わる、それが目的であり、最初の計画」
「やっぱりね、偽物はみんなそう考えるのよ」
「幻想郷に正義を示すためよ、犠牲になってもらうわ」
マスクドカリスマから膨大な妖気が放たれる、
すでに戦闘は避けられないところまで来ていた。
「パチェ、私にはあれが正義の味方には見えないんだけど……どうみても悪党じゃない?」
「正義はね、世の中では少数派なのよ、そしてこの世では少数派を悪と呼ぶ事もあるの」
「じゃあ正義は悪ってこと?」
「悪でもあるし、善でもあるわ、それを決めるのは……人と歴史よ」
パチュリーも応じるように魔力をみなぎらせ、臨戦態勢を取る。
「(レミィは戦えない、咲夜はレミィの護衛……私一人で何とかする必要があるわね)」
状況は非常に悪い、レミリアは話せるとはいえそのダメージは深刻である、
咲夜をその傍から離せば、レミリアが狙われる可能性もある。
「(ならば……一撃で相手を私達以上に疲弊させる!!)」
パチュリーはみなぎらせた魔力を一気にスペルカードに注ぎこむ、
その指先を高らかに突き上げ、その先端に業火を作り出す。
『日符、ロイヤルフレア!』
だがスペルカードの名を叫んだのは一人だけでは無かった、
パチュリーの視線の先には、おなじく指先を突き上げたマスクドパープルがいたのだ。
「(ロイヤルフレアをロイヤルフレアで相殺した!?)」
「では、とどめは私がいただきます……ソウルスカルプチュア」
「ならこちらも同じ方法よ!」
さらに切り込んできたマスクドメイドを、咲夜が同じスペルカードで食い止める、
しかしそれによってレミリアが一人残された状態となった。
「咲夜! あなたはレミリアを守りなさい!」
「遅いわ、すでに私の槍は発射体勢に入っている!!」
「いけない! お嬢さ――」
咲夜がレミリアの方へと振り向いた瞬間、
マスクドカリスマが投擲した槍がその横をかすめて飛んでいく。
「(駄目ね、避けようにも身体が動かないわ……)」
無慈悲に迫り来るグングニルに、レミリアが敗北を覚悟する。
「そうはさせません!!」
だがこんな時にこそ、正義の味方とは現れるべきなのだ。
「なっ……マスクドチャイナ!?」
放たれたグングニルを、マスクドチャイナがその身体で受け止める、
そして仁王立ちのまま、グングニルを抱きしめるように強引にかき消した。
「ふっ、ふふっ……正義の味方、マスクドチャイナ参上……ごふっ!」
「もう死にかけてるっ!!」
しかしそれによって負ったダメージはまさに致命傷、
その場に崩れたマスクドチャイナは、レミリアに力無くもたれ掛かった。
「ご、ご無事ですか……?」
「どうみてもあなたの方が無事じゃないわ」
「そうですか……ふふ、お守りできてよかった」
「――美鈴っ!!」
咲夜が血相を変えてマスクドチャイナの元に駆け寄る。
「美鈴! しっかりして美鈴!」
「違いますよ咲夜さん……私はマスクドチャイナです」
「何を言って……あっ」
咲夜の脳裏に先程のマスクドカリスマの言葉が蘇る、
理想が作り出した正義の味方、ならば目の前に居るのは美鈴ではない。
「じゃああなたも偽物……それなら何故お嬢様を守ったの?」
「私は紅美鈴の願いと理想……だから皆さんを守るのが……私の正義です」
やがて、マスクドチャイナの身体が手足の先から徐々に消え始める。
「あなた、身体が……!」
「大丈夫です、これは私がもう必要なくなった証ですから……」
「……必要なくなった?」
その言葉に咲夜が頭を捻ったとき、レミリアが咲夜の後ろを見て叫んだ。
「咲夜! 後ろ!!」
「はっ――」
「遅い!!」
振り返ったとき、そこにはすでにマスクドカリスマが間近まで迫ってきていた、
鋭く尖らせた爪が咲夜に向けて振り下ろされる。
「天龍脚!!」
しかし、その爪は届かない、突然差し込まれた鋭い蹴りがマスクドカリスマを弾き返す、
その技を放ったものはもはや誰かと言うまでも無かった。
「だ、大丈夫ですかお嬢様! 咲夜さん」
美鈴はすぐに踵を返してレミリア達の無事を確かめる、
そしてその二人の間で倒れているマスクドチャイナと視線を合わせた。
「マスクドチャイナ……さん」
「美鈴さん……私はどうでしたか?」
「えっ?」
「……私はかっこよかったですか?」
「あっ……ああっ……」
その一言を聞いて、美鈴の目からボロボロと涙がこぼれ落ちる。
「ずっと見てくれてましたよね……私、頑張りましたよ」
「はい……ずっと見てました……ぐすっ……凄く、かっこよかった……」
「そうですか……嬉しいなぁ……」
マスクドチャイナの身体はもう胸の当たりまで消えかけていた、
それでも消えゆく彼女は、その笑顔を崩さずに美鈴を見つめ続ける。
「後は……お願いしますね」
「……はい」
そして彼女の付けていたマスクだけがそこに残った、
美鈴はそれを丁寧に拾い上げると、自分に言い聞かせるように語り始める。
「マスクドチャイナは……私の理想そのものでした、とても強くで、とても優しくて、
そして何よりもかっこよくて……そんな彼女が、私にお願いしますって……」
レミリアと咲夜も、その言葉を黙って受け止める。
「だから、だから……私は今から――正義の味方! マスクド・チャイナだ!!」
美鈴が立ち上がった時、そこにはもうこれまでの美鈴はいなかった、
そこにいたのは、正義の志を受け継いだ新たなるマスクド・チャイナだったのだから。
「待ちなさい美鈴、いいえ、マスクドチャイナ」
「……お嬢様?」
「あなたがマスクドチャイナだと言うのなら……!」
レミリアも立ち上がり、その懐から一つのマスクを取り出す。
「私はマスクド・スカーレットよ!!」
「お嬢様!?」
「そして私がマスクド・ショウシャ!」
「咲夜さん!?」
「マスクド・ノウレッジを忘れないでもらえるかしら?」
「パチュリー様もですか!?」
「マスクド・クレイジーも忘れないでね!」
「妹様まで!!」
マスクドチャイナの、正義の志を受け継いだのは一人だけでは無かった、
レミリアが、咲夜が、パチュリーが、そしてフランドールがこの場に集まり、
それぞれの心に正義を宿してその顔にマスクを装着する。
「マスクドカリスマよ! 正義の味方は私達だけで十分! あなた達には退場してもらうわ!」
「くっ……! だがマスクを被っただけで何が出来る!」
「ふっ、あなたは分かってないわね……真の正義の味方の力を言うものを!」
「何だと!?」
「いくわよあなた達!!」
途端にレミリア達の力が溢れんばかりに震え上がり、その体を金色に輝かせる。
「正義のマスクが!!」
「真っ赤に燃える!!」
「勝利を掴めと!!」
「轟き叫ぶ!!」
「ばぁぁぁくねぇつ!!」
『シャッフル紅魔けぇぇぇぇぇん!!』
そして五人から放たれた金色の光が、マスクドカリスマ達を包み込んだ。
「くぅっ! だが私たちが敗れようとも! いずれ新たな正義の味方が――ぐぁぁぁぁぁぁ!」
やがて光が収束した時、もうそこにマスクドカリスマ達の姿はなく、
それはレミリア達の正義の勝利を意味していた――。
エピローグ
「ねぇパチェ、正義の味方ってまた現れると思う?」
平和を取り戻した紅魔館は当然ながら今日も一日平和であった、
レミリアは一日中書斎で本にふけっている友に、後ろから抱きつきながら問いかける。
「現れるかもしれないわね」
「現れたらどうする?」
「……どうもしないわ」
パチュリーは呆れながら、いつの間にか用意されていた紅茶を一口味わう。
「ふぅ……だって、うちにも正義の味方はいるじゃない」
平和というものは長くは続かない、大事であれ、小事であれ、
何度も何度も途切れながら、何度も何度も繋がってゆくもの。
「うわぁぁぁん! 助けてチルノちゃーん!!」
「だ、大ちゃーん!」
今日は湖から助けを求める声がする。
「私の大事な花を荒らした罪は重いわよ?」
いたいけな妖精を追い詰める悪魔の気配がする。
「だ、大ちゃんには手をださせないんだから!」
「あら、じゃああなたから……」
「そこまでよ!!」
「……誰かしら?」
そして彼女が現れる。
「私の名前はマスクド・チャイナ! 通りすがりの――」
――正義の味方だ!!
.
::: |:: ! ,.-;‐=:、 ...::::|
::: : ,.:'::;ー・,.、・! .. ::|---─-- 、.,___ 夢 と
::: |::. ,'::_/!:.:.:`";ハ ..:::| _,. -─'" だ い
::: ! Σ:::_!,!`-‐ ''""´ ̄ ̄"'' 、, ̄ っ う
::: ,. :'"´:.:.:.:.:.:.:._____/ヽ,_:.:.:.:.:.:.::`ヽ. た
::: ./:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.\. 龍 フ:.:.:.:.:.:.:.:.:', の.
,':.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:_,;.: -!_/-ヽ」‐-:.、:;ノ:.:.:.i さ
!:.:.:.:.:.:.:.:.:ゝ'"´::::::/:::::::;、::::::';::::::':;:::::`ヾ;! _,. -─-、 .
'、:.:.:,ゝ'´7::::/!::::::;:::::::/:ハ:::::::!:::::::!:::::;:::::::ヽ.  ̄ ̄
::: Y:::;':::;':::::;' i::::/!::: /´ `!::::ハ:::__!::::::';:::::!:::', . . z Z Z
::: .!:::|:::i:::::::!_」_/_レ'- レ' L_ハ`i:::;ハ::::!_」
:::! .|::::L_!::::/::! ´ _,,.. ー‐''" レ'::::::!
::: |::::::::::!/レヘ.  ̄ '"' !::/レ' セイギノ……ムニャ……
::: |::::i::::::::!::!ハ''" _,,.. -‐ 、 ,ハ:!
::: !::::|::::::::::Y:::!ヽ-、_ `、.___ ,ノ ,.ィ:::;ハ! ....::::::...
::: .|:::::!:::::i::::::iヽ、ヽ`::ハ.、.,___'Jイ::::Y::/:|
::: |::::::!:::::!>-ヽ;)'ヽr‐ァ、.,____,i7ァ-)'(:::::|
::: !::::::!:::;:' `ヽノム'、___lTン_}>く{`ヽ:!
:::.|:::::::!/ ヽ!::ヽ(>リく):::'、 ':,
:::!::::::::! 、 ノ ハ:::::::::::ヽイ:::::::::::ヽ._>
:::!:::::::ハ _r'´--'ヽホン:::::::::::::::::`メ:::::::::::::::i',
:::';:::::!:::ヽ7! |/:::、:::::::::::::::::::!:::::::::::::ノ ', _ri⌒i┐_
::: ';::::!:::::::::! __」;:::=--‐ー''"´ `ヽ:::イ ', ,.'"`ヽ. (ー(○)- _)
::: レiヘ:::::::! ´ ,.、 i:::', ヽ. くl ゜ヽ:.ヽ.,_ `ー'、_ノー'
::: ::::ヽ;::!、 _,,,. .-''"´`"''´::::`':::::ヽ._,.、 `ヽ. `i i:.:.:.:.:.`ヽァ |
::: !::. ヽへー=i'"::::::::::::::::::::::::::;:-'"´_ニ二>ァ`-‐`──-'- 、.,_:.:.;:イ ___ |!
::: | i )ヘ:::::!__::::::::::::::::_;;:イ::/'::::´ヽ::::::::::`ヽ、 `ヽ. `ヽ`ヽ||γフ
美鈴捕獲し隊(幻想と空想の混ぜ人)
ただオチが酷い
マスクド・チャイナマジ正義!
でも、纏まり過ぎてしまい、ギャグ作品に欲しい予想外の展開という物があまり無かったのが残念です。
こういうの好きです。オチまで含めて何一つテンプレートから外れないその素晴らしさ。堪能しました。
出てこないプリンと小悪魔とパッチェさんも良かったです。
まさか素で感動するとは思わなんだ
やっぱなんやかんやでこういう王道展開は熱くて好きですねぇ
……俺もマスク被って外に飛び出s(ry
いつの間にか正義と悪が逆転しとるw
やっぱりパワポケだったーーー!
もう考えるのがめんどくせえや
100点くれてやる!
こういった場で他のSSと比べてしまうと相対的に印象が薄れてしまうのが難点ですよね。
美鈴と夢オチの相性は異常。
これは辛いwwww
>>カリスマを携えたレミリアに、筋骨隆々のパチュリー、完璧となった咲夜、
>>それは一言で表すならば、悪夢としか言いようがない。
そんな紅魔館も見てみたいんですがw
さて、あとがきAAオチは嫌いではありませんが、別に夢オチじゃなくてもよかったのでは、と思います。
でも勢いがいい方向に働いていて、最後の方も含めてとても面白いSSでした。
最初はギャグ作品だと思ってたけど次第に熱い展開になっていって王道熱血展開大好きな自分の心を存分に沸かせてくれてそのままラストまで突っ走ってくれたのに夢落ちって!!
おもしろかったです。
え、単なる夢だって?
そんな馬鹿な。嘘だといってよパーニィ!
あと、四天王の中でも最幼女で吹きました
大変申し訳ありません!
と思ったら終始こんな勢いでした。まさにノンストップジャスティス。
ここまで思い切りがいいと素直に楽しめるから不思議です。
字数を費やさなくても、気取った文章や重たい設定でなくても、
面白いものは書けるということを見事に証明してくれましたね。