ヒソウテンソク VS ウドンゲイン

作品集: 最新 投稿日時: 2010/06/14 02:50:00 更新日時: 2010/09/08 19:24:06 評価: 24/66 POINT: 3170 Rate: 9.54
 嵐の予感がしていた。 

 今にも雨粒が落ちてきそうなほどに立ち込めた暗雲の下、そそり立つ妖怪の山。
 その頂にある小さな平地には、新しく引っ越してきた神社が建っている……はずだった。

 だが今、その姿はどこにも見えない。
 建物は跡形もなく崩れ落ち、瓦礫と化したオンバシラが静かに燃えているだけだ。
 辺りは根こそぎ吹き飛ばされたように荒れており、大地は赤黒く焼け焦げた色を放っている。
 雲の合間を稲光が走る他は、わずかに残った焔が静かに揺らめいているだけの、すべてが終わってしまったような世界。

 そんな中を不意に大きな物体が横切った。

 空から轟音とともに舞い降りたのは白い人影。ただ、それは人間の大きさではない。
 身の丈十メートルをゆうに越える、人の形をした鋼鉄の塊だ。

 真珠のような輝きをもつ装甲に包まれた細い胴体からは、さらに細長い手足が伸びており、左腕には身の丈ほどもあるアーモンド型のシールド、右手には銃身の短い突撃用ライフルが握られている。
 体の上につきだす頭部に口はなく、本来は鼻となる位置には円形のカメラアイが設置され赤い光を放っていた。
 頭頂部からはウサギ耳のような形状をした角が二本伸びており、それもあいまって、かの巨人は直立したウサギ戦士にも見える。

 機体の名はウドンゲイン。月にある最高技術の粋を結集して作り出された、比類なきリアルロボットだ。

 その胸部にあるコックピットには今、鈴仙・U・イナバがおさまり、せわしなく手を動かしていた。
 二本の操縦桿が伸び出すほか、前左右に様々なモニタ・パネルが存在するコンソールは、一目見ただけで扱いが困難であるということが想像できる。
 ロボットを操縦するにはそれだけ精密かつ複雑な操作が必要になると言うことだが、並の人間では満足に動かす前に撃墜されてしまうだろう。
 ただ当の彼女はそんなことを気にもせず、淡々と操作を繰り返していた。

『あーあー、マイクテスト。こちらオペレータ、コールサインはエイリーン。どうウドンゲ、新型兵器の性能は』
 
 コンソールのわきに設置された通信機から、ノイズ交じりの声が響く。
 永遠亭で待機している永琳からの無線通信だ。

 遙かなる昔より、軍を動かすためには行動の要ともなる頭脳が必要とされた。
 軍師、参謀、管制室、AWACS……戦いの作戦を立案しオペレートを担当することもある彼らの役目は、いつの時代になってもかわらない。
 今、彼女は鈴仙のサポートをするため、多数の患者の相手をしながらも協力してくれているのだった。

「ラビットリーダーよりエイリーン。ウドンゲインは完璧です師匠。事前にイナバテゐンを多数投入して正解でした。一部ガードメカが存在していましたが、神社は制圧、残るは実験設備だけです」

 言うと同時に、複数の影がウドンゲインを取り囲んだ。
 直径二メートル、長さが三メートル近くもあるニンジン型の物体は、ちょうど葉っぱがくる部分に巨大な複合サイクルエンジンを搭載しており、広がる巨大なノズルからは青白い炎が伸び出している。

 それこそがイナバテゐンと呼ばれる特攻兵器だった。
 目標に高速でぶちあたり、胴体に搭載された超高性能爆薬オクタニトロキュバンを起爆させることで、質量と爆風による二重の衝撃を用いて、対象に甚大な被害を与えることを目的とした機体である。
 その性能はすさまじく、一機の自爆が五十メートル四方を完全な焦土にするほどの力を秘めている。

 実際、鈴仙が神社を襲撃した際に展開されていた妖精や浮遊型ガードメカも、この特攻兵器の攻撃によって沈黙していた。
 結果として守矢神社は一面が火の海と化し、すべてが灰塵と帰している。
 これほどまでに強力な兵器をつぎ込んだのも強固な反撃があると確信してのことだったが、その思惑に反して防衛部隊は少なかった。

 何か裏があるとは勘ぐったものの、計画は順調で鈴仙も満足している。
 無益な争いは望まないし、被害も最小限に抑えたい。戦わなくて良いのならそれに越したことはない。

『そう、ウサギたちもだいぶ落ち着いてきたわ。もうすぐ分析結果がでるから、分かり次第通信で知らせるわね』
「はい」
 
 永琳の言葉にこたえ、ひとつ溜息をつく。と、不意にどこからか突き刺すような殺気を感じた。

「はっ!」

 思わず機体を急速後退させると、数秒前までいた空間を細長い飛翔物体がえぐり取っていく。

 驚いてレーダーを確認すれば、崩壊したはずの神社の上に巨大なエネルギー反応があった。
 メインモニター越しに見つめた先、そこには大きさ五十メートルをゆうに超える巨人が立っている。

 ヒソウテンソク。洩矢の神が企画し河童が作り上げた、邪悪なる太陽を宿す巨兵だ。

 呆然として見上げた先、細長い物体――腕のひじから先部分がうなりをあげて回転し、ロボットの腕とドッキングする。
 かつてはただのアドバルーンでしかなかったヒソウテンソクも今では明らかな戦闘能力を手にしていた。
 実際、ロケットパンチを放った左手はもちろん、右手にもメイスを持っている。
 見かけでは貧弱な兵装だったが、危険な実験を厭わない彼らがどんな改造をしたのか見当もつかない以上、外見で判断するのは禁物だ。

 なにより鈴仙にとって、あれは確実に倒すべき敵なのだから。

「通信終了、排除を開始」

 低い声で呟いた鈴仙は間をおかずにライフルを構え、黒い巨神をにらみつけた。


 ◆


 太陽が東の空から姿を見せる頃。
 鈴仙は、そそり立つ巨大ロボットを見上げていた。今からおよそ数刻後、幻想郷を騒がせることになるヒソウテンソクだ。

「おっきいなぁ」

 鈴仙はヒソウテンソクを眺め、ただただ感心のため息を漏らした。

 ヒソウテンソクは、もともと諏訪子が河童たちに命じて作らせたものだった。ところが調子に乗り過ぎて、早苗にとがめられたらしい。
 結果として、ヒソウテンソクを動かさず、飾りとして扱うという点でお互い妥協した。
 「え、神奈子さまの信仰のためですが?」と早苗は言っていたが、ロボットそのものを信仰しているように見えなくもなかった。
 それからというもの早苗は、ヒソウテンソクについて誰彼構わず詳しい解説を施した。人々は早苗を称え、『ロボットヲタ』なる尊号を彼女に献上した。

 苦笑を禁じ得ない壮大なドラマだったと鈴仙は聞いていた。

 もっとも、経緯はどうでもいい。

 彼女の目的は、ロボットを見上げて首を痛めることではないのだ。

「お集まりのみなさん、お薬はいかがですかー!」

 薬を売ることである。

 今朝、ヒソウテンソクを見ようとたくさんの人々が集まっている。人の集まるところは、お金の集まるところでもある。
 商売人がそこに現れないはずがない。

 鈴仙の読みは当たり、薬は次々と売れていった。あっという間に売り切れだ。

「あらら、大変。お薬なくなっちゃいましたねぇ!」

 鈴仙は銃を向けられたときのように両手を挙げて、大げさに叫んだ。

「えー、お腹痛の薬ないんですか!」
「そんなぁ、頭痛なのにー」

 人々は鈴仙に向かって、次々と文句を言う。そんなこと言われても困ります、と慌てるのがいつもの鈴仙だが、今回はそうではない。

「ところがなんと、これから私の師匠がこちらに参上します。薬が足りないだろうから、ですって」
「おおー!」

 人々は歓声を上げ、永琳と鈴仙を称えた。九割が永琳であり、鈴仙はすこし虚しくなった。
 しかし、そんな感情もすぐにさようなら。

「さすが天才、薬が足りなくなることくらい予測できるんだな!」
「千里眼だ千里眼」

 少しずつ話が変わっているが、そして千里眼は少し違うのだが、鈴仙は笑顔を隠すことができなかった。やはり、自分の尊敬する人物が称えられるのはうれしいのだ。
 もっとも、永琳が自分だけの師匠ではなくなるようで、少しだけ寂しいのだが。

「永琳さんもいらっしゃるんですね!」

 大きな箱を抱えた早苗が鈴仙に近付いてきた。お弁当を売るときに使う箱のようだ。その中には、たくさんの拳大おにぎりが積まれていた。
 見るからに重たそうだが、早苗はさわやかにあいさつをする。

「早苗さんこんにちは。はい、お薬をたくさん持ってくるって申してましたよー」
「わぁ、助かります」

 助かるということは、早苗も少し体調が悪いということだろうか。
 そういえば、と鈴仙は言葉をつづけた。

「最近、風邪が流行ってるそうですからねえ」
「らしいですね」

 ヒソウテンソクの見物に来た人たちを見ると、何人か咳をしている。気をつけないといけない。

「それにしても、すごく立派ですね」

 鈴仙がヒソウテンソクを見上げて、賛辞の言葉を口にする。早苗は謙遜するわけでもなく、素直によろこんでいた。

「そうだ、今おにぎりを配ってるんです。鈴仙さんもどうぞ、ヒソウテンソクの余熱で炊いたんですよ、あったかですよ」

 そう言って早苗は、抱えている箱からおにぎりを四つ取り出した。鈴仙、てゐ、永琳、そして輝夜の分だそうだ。
 最初は遠慮したものの、押し切られる形で渡された。

「お腹が空いたときにでもどうぞ、どうぞ」

 そう言って早苗は笑う。鈴仙もつられて、お礼を言いながら笑った。

 二人の間に、やさしい空気が流れる。この空気は二人の疲れを癒し、これからも働く二人へのエールでもある。

 この空気が消える最も望ましい形は、二人の別れだった。ところがこの空気は、最悪の方法で破られてしまうのだった。


 ◆


 鈴仙がヒソウテンソクをもう一度見上げたとき、心が跳ね上がるような出来事が起きた。

 まずは、女性の悲鳴だった。鈴仙は心臓を打ち抜かれたような気分になった。悲鳴がしてから少し遅れて、どっと冷や汗を流す。

 鈴仙が声のほうを向くと、人々がある一点から離れるように引きさがっていた。

 その中心にいる一人の男性が、おう吐していたのだ。

 それだけじゃ済まなかった。
 近くにいた人々が、一人、また一人と戻していく。頭痛を訴える人も増えていて、辺り一面パニックになった。

「大丈夫ですか!」

 鈴仙はすぐに患者たちのもとへ駆け寄った。

 途中、柔らかいものを踏んだ。ヒソウテンソクの余熱で炊いたという「五穀おにぎり」だった。
 一瞬罪悪感を覚えるが、患者のほうが大切。靴底のおにぎりを振り払い、鈴仙は人々の背中をなでた。

「もしかして、里で流行ってる病気ですか!?」

 早苗が恐る恐る、それでもはっきりと口にする。

「違う、あの風邪でおう吐をすることなんてほとんどない。というか、こんな症状普通では出ませんよ、まるでここが戦場で――」

 戦場で、特殊な兵器でも使わない限りね。

 そう言おうとした鈴仙の言葉は、続くことがなかった。

 頭の中で過去の記憶が展開されていることに、鈴仙は気づいたからだ。

 背中をなでるという作業を繰り返しながらも、鈴仙の意識は旅をはじめた。

 意識は空を飛び、ヒソウテンソクよりも高いところへと飛んでいく。さらにさらに進んで、空を超えた。
 そこは、宇宙。
 その宇宙にある星の一つ、月へと鈴仙の意識はたどりついた。

 どくん、と鈴仙の心臓が脈打った。
 心臓が速くなるにつれて、冷や汗が流れた。

 もう一度、ヒソウテンソクを見上げる。地球にある二つの都市と月で輝いた邪悪な太陽が、そこにある気がした。


 ◆


 かつて仲間だったものたちの顔。その顔が苦痛にゆがむ。

 彼らはみな、悪魔のようなあの兵器にやられていた。

 そう、核兵器だ。最悪の発明とされる兵器。

 彼らの表情、顔色が、ここにいる男性と重なった。
 さっきから感じていたこの不穏。鈴仙は思わず、ヒソウテンソクを見上げた。

 そのときだった。別の男性が口元を押さえて倒れ、続いて女性が腹部を押さえてうずくまった。
 それが引き金だった。鈴仙は確信した。

 男性から手を離し、素早く立ち上がる。手でメガホンを作って、大声で叫んだ。

「みなさん、すぐに逃げてください! ここは危険です!」


 ◆


 人々は鈴仙の言うことを信じ、散り散りになるはずだった。

 鈴仙は決して、評判が悪くない。しかし、早苗の評判は鈴仙よりもずっとよかった。

「核兵器? そんなことありません! みなさん、河童さんたちの技術力を信じてください!」

 早苗はそう叫んで、鈴仙をにらみつけた。鈴仙は早苗をにらみ返した。

「でも、現にこの症状は放射能障害によるもの!
 きっとそのロボットから放射能が漏れているんです、チェックしてください!」
「いいえ、ありえません。ちゃんと河童さんたちにメンテナンスもしてもらいましたよ」

 早苗はそう言い放つと、病人たちを介抱しようとした。鈴仙に背を向けたところで、その腕を鈴仙に掴まれた。
 早苗が振り返る前に、鈴仙が叫んだ。

「やめて、死んじゃいます!」

 早苗の表情が怒りにゆがむ、だれもがそう思ったことだろう。
 しかしそれよりも早く、早苗のほほを涙が伝った。限界を過ぎた怒りに口がついていかず、熱を冷まそうと涙が流れたのだ。

「ひどい、ひどいです……!」

 こうなってしまうと、形勢は早苗有利に傾いた。居合わせた人々はみな早苗に味方する。鈴仙を支持してくれそうな患者たちは、みんな倒れてしまっている。

 結局、鈴仙はその場から追放されることになってしまった。鈴仙が永琳と出会ったのは、そのときだった。

 永琳は困ったような顔をしていたが、鈴仙を置いてさっさと患者たちのもとに向かって行った。鈴仙は元の場所に戻るわけにもいかず、永遠亭へと帰っていった。


 ◆


 妖怪の山のてっぺんにある崩壊した神社。
 辺りには焦土と化した大地が広がっており、音を立てて燃えるオンバシラがわずかに残っている。
 そんな光景の中、百メートルほどの距離を挟んで向かい合う影があった。

 かたや白く薄い装甲をまとい、高貴な雰囲気を漂わせるウサギ騎士ウドンゲイン。
 対するは黒を基調とした無骨な巨人、分厚い装甲に包まれたスーパーロボットヒソウテンソクだ。

 両者の間で、見えない火花が繰り返し散る。
 まさに今、リアルロボットとスーパーロボットによる戦いの火蓋は切って落とされようとしていた。

「イナバテゐン!」

 先に行動を起こしたのは鈴仙のほうだった。

 叫ぶと同時に、周囲に展開していた五機のイナバテゐンがブースターを燃やし、猛然と特攻を始める。
 大きさは二メートルほど、ニンジン型をした物体の中には、一台で五十メートル四方を焦土にできるだけの高性能爆薬が積まれている。 激突すれば並みの装甲であっても無傷ではすまない威力だ。

 だが、今、くろがねの巨人はその衝突を正面から受けた。

 轟音が響き、膨れあがった爆風が土煙を巻き上げて辺りをなぎ払う。
 焼け残っていたオンバシラがちぎれ飛び、炭となって散っていく様を見つめた鈴仙は、僅かに敵を憐れむと同時に勝利を確信していた。

「ふっ……えっ!?」

 だが思惑は見事にはずれた。舞い上がった土煙が晴れたあとには、傷一つ追っていない巨体が悠然とそそり立っている。

 リアルロボットを模したイナバテインは全長が十五メートルほど、それに対してヒソウテンソクは巨大すぎた。
 おおよそ五倍もある巨体は装甲も頑丈で、最強と呼ばれる爆薬を搭載したイナバテゐンの突撃をうけてびくともしていない。
 それは周囲に強大なバリアを張っているとの同じことだ。さすがスーパーロボット、ぐぅの音もでない。
 
『こちら早苗です。変な機体のパイロット! 何ゆえにうちの神社を襲ったのです!!』

 鈴仙が手をこまねいていると、コンソールの脇に設置されている通信機が吠えた。
 接続先は――今まさに戦っている相手、東風谷早苗からだ。鈴仙は迷うことなく周波数を合わせ、叫んだ。

「研究施設を潰すためです! ヒソウテンソクに使われてる動力の源は核、それくらい貴方だって危険性は分かるでしょう? 恨むなら査察を拒んだ自分を恨むことね!」
『寝言は寝ていってください! 安全管理くらいできてますよ。でなければ河童や、私だってこうして立ってはいられません!』

 バザーでの一件のあと、永遠亭にもどった鈴仙はすぐさま行動を起こした。
 多くの患者であふれかえる診療所を駆け抜け、永琳に放射線のことを告げたのが数刻前のこと。
 すぐさまバザーの中止と核関連研究の停止、査察受け入れを守矢神社に要求したが、それらはすぐさまはねつけられた。
 そんなものはない。実験や研究は安全で、因果関係などなにもない、と。

 事を穏便に運びたかった鈴仙だが、なにより時間がなかった。
 悪魔のエネルギーの元となる機関を断たねば、患者が増える一方で、減ることはない。
 かつて、血を流しながら次々と死んでいったウサギたちの姿が、それを証明している。
 その焦りが、月の技術であるウドンゲインやイナバテゐンの使用につながったのは間違いない。

 なにより今の早苗を見ていると、両者が妥協することなどないようにすら思えた。
 だからこそ鈴仙は永琳や輝夜に頭を下げ、限りなく避けたかった武力行使まで厭わないことを選択したのだ。
 危険すぎる月の技術すら持ちだして……。それがどういう結果を招くかなど、嫌というほどに理解している。

「でもバザーを訪れた人たちが気分を悪くしたのは事実です! ウサギたちも下痢と嘔吐を繰り返して――」
『お話になりませんね。私も神奈子さまたちも神社壊されて怒り心頭ですし、本来なら弾幕ごっこなのでしょうが、今日はこれで決着をつけてあげます!』

 が、対する早苗はそんな心境を知ることもない。
 大きく鳴動し、一歩踏み出したヒソウテンソクがガッツポーズをとる。その姿には余裕がありありと浮かんでいた。

『えーと攻撃は、飛んでくパンチ、パンチ、さっきのボタンっと……』

 大きく両手を振り上げてポーズをとったヒソウテンソクが、蒸気を吐き出しながら大地を踏みならす。
 何をしたいのかは分からないが、万歳しているところをみると、決めポーズだろうか。
 ただ、攻撃する気満々の通信の後にしては、非常に間抜けである。

『コレジャナァァァイ!! こっちのボタン、ロケットパーンチ!』

 やっぱり間違ってたらしい。
 今度は正しいボタンを押したようで、掛け声と同時に巨人の両腕、肘から先が吹き飛び、一直線にウドンゲインへと向かってくる。
 かたやメイスを握り締めているとあって間抜けだが、笑っている場合でもなかった。
 操縦桿を倒し、最低限の動きと余裕を持って攻撃を回避する。

『おお、飛びました。諏訪子さまと神奈子さまが改造したヒソウテンソクでいけって言うから無理やり乗ったけど、コレ結構楽しいかも』

 繰り出した攻撃は外れていたが、通信機から響いた声は歓喜に満ちていた。
 早苗としては操縦が楽しいのだろうが、鈴仙としては彼女のお遊びに付き合っている暇もない。
 こうしている間にも邪悪な実験と研究が行われ、あの忌々しい太陽が周囲に害悪をばら撒いているのだ。
 一刻も早くヒソウテンソクを破壊し、この幻想郷に平和を取り戻さなければならない。

「遊びは終わりです!」

 飛んでくる腕の合間を縫い、右手に握った百二十ミリ口径のアサルトライフルを構える。
 瞬時に目標をロックした鈴仙は、すぐさまトリガーを引き絞っていた。
 フルオート掃射による鈍い音と振動が伝わり、銃口がマズルフラッシュによって激しい光を放つ。
 放たれた弾丸は狙いたがわず吸い込まれるようにヒソウテンソクへと着弾、巨体のあちらこちらに火花が散った。

 だが、その攻撃はまったくといいほど効果がなかった。
 相手の外殻が分厚すぎ、なおかつ避弾経始を目的とした曲面装甲を採用しているとあって実弾はまともに命中せず、ほとんどが弾かれてしまっている。
 まるで木の板に豆鉄砲を当てているようなものだ。
 いくら大口径とはいえ携行ライフル程度では歯が立たず、本気で傷をつけようと思うのなら、それこそ巨人の中にある太陽の熱を具現化させるくらいの力が必要になる。

 だからといって、このままやられるわけにはいかなかった。

「思い出せ、孔のあいた月の大地を! 繰り返させるな!!」

 ライフルを放り投げ、開いた右手で背中に取り付けられた小さな棒を引き抜く。
 ウドンゲインについている腕のマニピュレータと同じ大きさ、二メートルほどの筒は、先端が座薬のように丸くなっており色が違っている。

 見てくれはただの筒だが、強く握ると先端から紫色のビームが伸びだし、太いサーベルを形成した。

『ビームサーベル!? 幻想郷では実用化されていたのですか!』

 通信機から響く早苗の声は、若干興奮しているようにも聞こえる。
 ただ、もはやそんなものに構っている暇はなかった。

「一気にカタをつける!」

 操縦桿を一気に倒してブースターを全開にした鈴仙は、ビームサーベルを構えなおすと全速力で突撃を始める。

 ヒソウテンソクの装甲は厚くて硬いが、ビームサーベルほどの熱量には耐えられない。
 なおかつ常に移動しながら空を飛びまわれるウドンゲインは、機動力という面でも大きなアドバンテージを持っている。
 巨人の腕は動きも鈍重で、懐にもぐりこみさえすれば斬りたい放題だ。
 
『くっ、当たらないロケットパンチでは埒が明きませんね。チェストファイヤー展開!』

 と、ヒソウテンソクの胸部分が開いた。
 そこに光が収束し――瞬間、膨れ上がった炎がレーザーとなって周囲をなぎ払う。
 その熱線はウドンゲインをも射線上に捉えていた。

 咄嗟にシールドを突き出したものの、強靭に作られているはずの装甲はすぐさま高温によって溶け落ち、使い物にならなくなる。
 それでも放たれる光は止まらない。全てを切り裂く刃は大きく旋回し、今度はウドンゲインの脚部を捉える。
 今まさにブースターを全開にしている左足が膝から切断され、機体下部で小さな爆発が起こった。

「うわっ!?」

 ウドンゲインが盛大にバランスを崩し、姿勢制御のために各種スラスターが火を噴く。
 そのせいでブースターの光は消え、気が付けば機体の突撃はとまっていた。

 両者の距離は縮まったとはいえ、いまだ五十メートル以上もある。チェストファイヤーの脅威も消えていない。
 なにより、ウドンゲインが有効な飛び道具を持たない現状では、一方的ななぶり殺しだ。
 このままでは近づく前にやられてしまう。それはまずい。

 しかたない、と直感的に判断した鈴仙は、機体のリミッターを解除するボタンを押し込んだ。

 次の瞬間、誰かが悲鳴をあげたような音が各所で起こった。
 全ブースターとスラスターが轟音を上げ、腕や足の駆動系が軋む金属音がコックピットに満ちる。
 今、使い物にならなくなったシールドを投げ捨てたウドンゲインは、かつての機動力とは比べ物にならないほどの瞬発力を持って、光の刃を避け始めていた。

『質量を持った残像だと!? これでは当てられません……』

 通信機から驚きの声が聞こえる。

 確かに戦闘では優位に立っていたが、慣性を無理やり消していることもあって、中にかかる衝撃も凄まじかった。
 体を固定しているはずのシートベルトは用を為さず、あちこちに頭をぶつけて意識が朦朧となる。
 それでも、ヒソウテンソクから吐き出される攻撃を避けながら前進することには成功していた。

 そのまま一気に対象まで接近、機体を叩き潰そうと振り回される腕の合間をくぐり、真後ろに抜ける。
 そこでスラスターの逆噴射で制動をかけた鈴仙は悲鳴を上げる機体を無視し、一気にビームサーベルを振りぬいた。

「なんとぉぉぉ!」

 サーベルが捉えたのは巨大な右腕の付け根だ。
 接合部分だけあって比較的薄い曲面装甲は、光の刃を難なく受け入れた。
 柄の付け根までが装甲に埋没し、遠心力を利用した移動により大きな傷口が開く。

 同時に、ヒソウテンソクの肩口で大爆発が起こった。ちぎれた右腕が吹き飛び、スクラップとなって大地に落ちる。
 ただ、攻撃したウドンゲインも無事ではなかった。
 間近で爆風を受けた結果、ビームサーベルが連鎖的に爆発。握っていた右手から胴体にかけて亀裂が入る。
 さらに吹き飛んできた破片が胸に突き刺さったときには、右腕が肩から脱落。火花を散らしながら吹き飛んでいった。

「ぐ、ぬぅん!!」

 激しい振動が機体を揺らす。それでも今ここで墜落するわけにはいかなかった。
 操縦桿を握り、振り回される豪腕を避けながら、必死で距離を取る。

『うーん。しぶといですねー』
「それは……こっちの台詞です」

 計器をにらみつけながら、鈴仙は小さくため息をつく。
 確かなダメージを与えたものの、ウドンゲインの耐久力は限界に近かった。
 物理的に無理な機動を繰り返し、さらに爆発を間近で浴びたおかげであちこちの装甲は剥がれ、伸びだしたワイヤーからは火花が散っている。
 左足に加えて右腕も吹き飛び、残った足も変形して役割を果たしていない。
 もはや各所に取り付けられたスラスターで姿勢を維持している状態だ。

 戦闘時間こそ短かったが、それは戦いが激しかったことを暗に物語っている。
 本来は動力部を狙って一撃で終わらせるつもりだったが、ヒソウテンソクが大きすぎたせいで的確に攻撃が出せなかったのが原因だった。

 とはいえ、まだ諦めるという選択肢はない。

 ひとつ息を吐いた鈴仙は、肩から伸びる予備のビームサーベルへと左手を伸ばす。
 頭部に小型のバルカン砲も搭載されているが、どのみち弾かれてしまうことは明白だ。
 まともに攻撃ができる武器で残っているものはこれしかない。

『やるだけ無駄ですから、無理はしないほうがいいですよ?』
「ふん」

 通信機から響く早苗の笑い声、鈴仙はその言葉を笑い飛ばした。

「ここで負けたら、何もかもダメになる。だから絶対に、負けない!!」

 最大出力のビームサーベルを構え、再び突進を開始する。
 両者の距離は五十メートル。
 チェストファイヤーは先ほどの攻撃で故障したようで、光の刃が襲ってくることもない。
 利はこちらにある、そう鈴仙は踏んでいた。巨人の豪腕を生かしたロケットパンチは、威力こそ凄いもののやはり動作が遅い。
 機動力を売りにしたリアルロボットに対しては、滅多に当たるものではないのだ。

 繰り出される攻撃を安々と回避したウドンゲインは、難なく懐へと入り込む。

「もらった!!」

 そのまま、敵の体にビームサーベルをつきたてようとして――

 直後、あらぬ方向から飛んできた拳によって胴体を拘束されていた。

「な――」

 ありえないと驚いていた。左腕の攻撃は確かに避けたはずだ。
 敵機の右肩から先は失われているし、鈍重な動きでは連発できるはずもない。
 そんな中、攻撃が飛んでくることなど考えられなかった。

『ふふふ、殴ったあとにロケットパンチ、遠隔操縦で目標ゲット。我ながら見事なブーメラン作戦です』

 驚いていると高笑いが聞こえた。

「そ、そんな無茶苦茶な!」
『常識にとらわれている貴方には無理ですよ。さ、トドメです』

 認められなかったが、目の前にある現実が全てだ。

 ヒソウテンソクの左手が、ウドンゲインの胴体を思い切り握り締める。
 メキメキと鈍い音が響き、コックピットの壁が変形し始めた。
 強度を越えた圧迫に関節が火を噴き、モニタやコンソール、通信機が火花を散らす。
 レーダーをしっかり見ていれば避けられたかもしれないが、そんなことを言っても本当に今さらだった。

『ほらほら、負けを認めなさい。あれ、これじゃ悪役……まぁいっか』

 揺れる景色の中、鈴仙の視界にヒソウテンソクの頭部、コックピットに収まった早苗の姿が映る。
 その顔には笑みが浮かんでおり、勝利を確信しているかのように見えた。

 もうだめかもしれない。

 焦りの中、そんな諦めにも似た不安が胸をよぎる。
 最初からダメだったのではないか。自分には何も変えられなかったのではないか……。
 そんな自責の念まで湧きあがっていた。

 脳裏に浮かぶのは、かつて散っていった仲間たちの姿。
 月面で神の火を浴び、血を吐いて死んでいったウサギたちだ。
 自分はまた繰り返すのだろうか。あの悲劇を止められないのだろうか。

「やだ」

 無意識のうちに、言葉が漏れる。

 認められない。それだけは許せない。なにがあっても、受け入れることなど出来ない。

「そんなの、やだ……」

 考えるまでもなかった。負けている場合ではない、止めるしかないのだ。
 悪の巨人を倒し、実験設備を破壊して悪夢に終止符を打つ。
 自分を支援してくれた永遠亭の人々に示しがつかない。
 なによりあの邪悪な炎を止めることこそが、散っていった彼らに報いる精一杯のことなのだから。

「負けない……負けられない!」

 だから鈴仙は再び、力強く操縦桿を握った。

 迷うことなくボタンを操作し、ブースターとスラスターを全出力で稼動させる。
 無論、ヒソウテンソクの拘束は緩んではいない。
 巨大なマニピュレータの力は強固な枷となり、並みのエンジンでは抜け出すことなどできないだろう。
 ただ鈴仙は今、機体の推力を脱出に利用することなど考えてはいなかった。

『最後の足掻きですか。しぶとすぎる』
「どうかな?」
『えっ!? あっ――』

 それは早苗が驚きの声を上げたときだった。

 不意にウドンゲインを握っている手の拘束が緩んだ。
 噴き出す超高温の炎に触れた装甲が、飴のように溶け始めていたのだ。
 液化した指が胴体からはずれ、僅かなスキマが生まれる。

 それこそが、鈴仙の狙いだった。

「うらぁぁぁ!!」

 その一瞬、決定的な緩みを持って拘束を抜け出す。
 そのまま手にしたビームサーベルを巨人の胸、動力炉と思われる部分に向けて深々と突き刺した。

 これでとどめだ。確信に満ちた鈴仙は、そのままサーベルを一気に横へと――

『こらぁぁぁ!!』

 引けなかった。

 真横から飛んできた豪腕がウドンゲインを捉え、明後日の方向へと吹き飛ばす。
 その衝撃で左腕がちぎれ飛び、機体各所で爆発が起こった。

 限界を超えた圧力にモニターが砕け、計器が割れてパネルが飛び散る。
 シートベルトが限界まで伸び、頭から天井に突っ込みそうになるが、その体はとび出したエアバッグによって辛くも受け止められていた。

 だが、衝撃を弱めるものもない機体のほうは無傷とはいかない。
 大きく弾き飛ばされたウドンゲインは、装甲をぶちまけながらきりもみ状態で落下し、頭から地面に激突していた。

 最後まで残ったカメラが壊れ、コックピットに送られる信号が途絶える。
 加えて破壊により完全にブラックアウトしたモニターは、うんともすんとも言わなくなっていた。
 辺りは奇妙な静寂に包まれ、天井に取り付けられた紅い非常灯が内部を照らしている。

 と、メインモニターの隣にとりつけられた非常用のモニターが動き出した。
 まだサブカメラが生きていたのだろう。
 だが、ほっとした鈴仙の目に映ったのは、半壊したヒソウテンソクがゆっくりと近づいてくる光景だった。
 その胸には確かビームサーベルが突き立っているが、爆発が起こる気配もない。
 つまるところ、動力から外れていたということだ。後一歩だったというのに、本当に爪が甘い。

 鈴仙は焦った。敵はまだ動けるし、戦う力も残っている。このままでは間違いなくやられてしまう。

「動け、動け……動いてよ! ねぇ!!」

 呟きながら、コンソールを叩く。
 けれど、どれだけ操縦桿を動かしてもブースターはおろか停止してしまった各種駆動系がよみがえることはない。
 機体が崩壊していないことだけが唯一の救いだったが、今この現状において、それは何の慰めにもならない。

 やがて、ヒソウテンソクが目の前に立っても、ウドンゲインが立ち上がることはなかった。

 ドロドロに溶けた左手が、ゆっくりと振り上げられる。
 もはやマニピュレータとしての役割は果たしていないが、腕そのものを武器として利用するのであれば十分すぎた。
 質量を持った棍棒を叩きつけられれば、今度こそ一巻の終わりだ。

 もうどうしようもない。敗北を覚悟した鈴仙は、ぎゅっと拳を握りしめ、目を閉じた。

 一秒、二秒、真っ暗な闇の中、終りまでの時間がゆっくりと流れる。
 けれど、いつまでたっても拳が降ってくることはない。

 不思議に思った鈴仙がゆっくりと目をあけると、ヒソウテンソクの動きは腕を振り上げたところで止まっていた。
 驚く鈴仙の目の前で、くろがねの巨人はゆっくりとくずおれるように膝をつき、うなだれる。
 非常用モニタの向こう側には巨人の頭部――コックピットが写り、そのバリアカバーの向こうに、ぐったりとした巫女の姿があった。
 先ほどまでの元気はなく、歯を食いしばって何かの苦しみに……耐えているようだ。

 その姿を見た鈴仙は驚愕した。まさか、彼女も汚染されてしまったのではないか。
 最悪の結末が脳裏をよぎる。鼓動が高鳴り、冷や汗で手が濡れる。
 ともかく早く処置をしなければならない。急がなければ大事に触る、なにより彼女の命にかかわることだった。
 いくら許せない敵だからといって、病人を見捨てていいという常識などない。そんな常識にとらわれるなんてくそくらえだ。

「ああ、もう! こんなときに!!」

 慌ててコックピットの開放ボタンを押すも、完全に故障したのか反応がない。
 ひとつ舌打ちした鈴仙は、座席とコックピットの合間にあるイジェクトレバーへと手を伸ばした。
 迷うことなくつかみ、思い切り手前に引っ張る。同時に、鈍い振動が足元を伝わった。

「イジェクト!」

 機体の主系統からは独立し、機体がバラバラになりかけても作動するように作られた緊急脱出システム、イジェクションシートは果たして生きていた。

 座席周囲に火花が散り、コックピットを覆う装甲が火薬の爆発によって吹き飛んだ。
 気付いた時には激しい振動が全身を包み、そのわずか一秒後には、座席に設置された小型ブースターによって淀んだ空へと放り出されている。

 本来ならここでパラシュートが開くのだが、高度が低すぎて十分に展開できないうえ、わざわざ地上につくまで待っている暇もない。
 手動でシートベルトを解除した鈴仙はヒソウテンソクの頭部コックピット部分へと飛び移り、発生させた特殊な振動波によってバリアカバーを吹き飛ばした。

「大丈夫ですか!?」

 飛び込み、あわてて早苗を抱き起こすと、彼女はわずかに反応した。
 どうやら意識を失っているわけではないらしい。ひとまず安心だ。

「と……」
「と?」
「トイレぇぇぇ!!」

 思わず呼びかけた鈴仙の目の前で、ゴロゴロとお腹を鳴らした早苗が決死の形相で飛び起きる。
 その鬼気迫る表情の顔には、明らかな脂汗が浮かんでいた。

「ぐぅぉぉぉ、ま、まさか昼間のおにぎり!? 確かにちょっと変な味のするお米だったけど――はぅっ!!」

 驚く鈴仙を突き飛ばし、コックピットから転がり落ちるように飛び去っていく早苗。
 その間、わずか〇・五秒。
 去り際、彼女が叫んでいた「漏れるぅぅぅ!!」という言葉がいつまでも耳に残っていた。

「……おにぎり?」

 何がなんだかわからない。というか、下痢らしきしぐさ以外はいたって元気なものである。
 かつて神の火を浴びたウサギたちは、叫ぶ元気すらなかったのだが……。
 残された鈴仙はゆっくりと地上に降り、小さくなっていく早苗の姿を呆然と見送るしかなかった。


 ◆


「はいカット! とってもよかったよ鈴仙ちゃん」
 
 半壊したウドンゲインの前で鈴仙が座り込んでいると、どこからかその場に相応しくないセリフが聞えてきた。
 負けたのによかったとは一体全体どういう事なのだろうか?
 鈴仙は声の聞えたほうを頼りに辺りを見渡した。するとそこには諏訪子が仁王立ちをして鈴仙の方を見ていた。隣にはメガホンをボカスカ叩いてる神奈子がイスに座っている。

「えーと、どういう事ですかこれは?」

 気が付いた鈴仙が第一声に放った言葉は文句であった。それも当然の事で、明らかに諏訪子の様子がおかしかったからだ。
 彼女の手には、恐らく河童が作ってくれたと思われるカメラをしっかりと握り締めており、瓦礫の山となったウドンゲイン熱心に撮影していた。

 何をやってるんだろうかあの神様たちは。

 もう一人で静かに考え事したくなった鈴仙であったが、「カットカット!」 神奈子が興奮して五月蝿かったのでそうも行かなかった。

「いやー、見事に爆発してくれたね。いい絵が取れたよ」

 諏訪子が言うと鈴仙は自然とため息が漏れた。骨折り損とはまさにこのことだろう。

「また私は師匠の気まぐれにつき合わされたようですね。もう頭痛が痛いですよ」
「それはちょっと違うよ。これを頼んだのは私達なんだから」
「はぁ、よくわかりませんけど。詳しく説明してもらってもいいですか?」

 鈴仙が頭を抱えながら聞く。
 諏訪子曰くこれは「逆襲のウドンゲイン:序」という名の映画撮影のようだ。
 緊迫感を出すために早苗にも内緒で計画が進められたとか。
 緑の巫女もまた悲しみを背負うものだという事がわかって鈴仙は少し親近感が沸いてきた。しかし序という事はシリーズ物なのか。まだこんな騒々しい戦いを続けるつもりなのか。
 そう思うと鈴仙はさらに頭が痛くなってきた。

「しかしよく師匠も承諾してくれましたね。弱みでも握ったんですか? もしそうならぜひ教えてください」
「あー違う違う。今回の腹痛事件の事でね」
「そういえばあれは結局核の所為では無いのでしょうか?」
「そうだねぇ、その件についてはあなたの師匠から聞くといいよ。はいこれ電話」

 そういうと諏訪子は被っていた帽子を鈴仙に手渡した。いやはいと言われても困る。
 この摩訶不思議な物体で一体私は何をすればいいんだ。
 と、鈴仙が悩んでいると帽子に付いている二つのギョロ目がけたたましい音を出しながらグルグルと回りだした。
 もしかしてこの目に耳を付けて話さなければいけないのだろうか?
 正直な所鈴仙は今すぐにこの不気味な帽子を投げ捨てて帰りたかった。
 しかし、真相をするためにその苦難から逃げるわけにはいかなかった。

「えーと、もしもし師匠ですか?」
「はい天才美人で可愛い薬師の永琳よ。無事終わったようで一安心だわ」
「無事じゃないですよもう。とにかく、状況を説明して欲しいんですが」
「簡単に言うとね。腹痛の件はうちの責任なのよ」
「どういう事ですか?」
「うちのところのイタズラ兎が私の気まぐれで発明したイタズラグッズ「お腹が痛くなるお米」を勝手に持ち出たみたいでね。そのうえ守矢神社へ置いてっいったみたいなのよ」

 イタズラ兎と言われて鈴仙がふと思いついたのがてゐだった。しかしすぐにその考えは消えた。
 なぜならてゐは自分のために詐欺や騙しは日常茶飯事だが無意味に、しかも大量に被害者を出すような真似は今までやった事がないからだ。
 ならば一体誰がこんな事を、そう鈴仙が考え込んでいると、永琳はさらに話を続けた。

「私が村人を診察しなきゃ気が付かないわよ。なんていったって見た目は普通の腹痛にしか見えないからね。我ながら天才的な発明ね」

 こんな大迷惑な事をしておきながら何を誇らしげに言ってるんだこの人は、とウドンゲは頭を抱えた。

「じゃあ、その……核は関係なかった、と?」
「そういうことになるわね」

 脱力して、鈴仙は地面に座り込んだ。

「もしもし、もしもーし?」
「……ぐす」
「え? ちょっと、どうしたの?」
「……よかった」

 もう限界だった。さっきは混乱のせいで逆に冷静になってしまったが、もう感情の流れを止めることはできない。

 鈴仙は帽子を落とし、大声を出して泣きはじめた。

「ちょいちょい、どうしたの!?」

 諏訪子が慌てて屈み、鈴仙の頭をなでる。それでも鈴仙は泣きやまない。

「だって、だって、核兵器だと思ったから……。みんな死んじゃうと思ったから……。早苗さんを私が倒さないといけないと思ったからぁ!」

 戦場から逃げ出したやさしい兵士は、二度と手を血で染めたくなかった。
 医者に弟子入りし、人を助けることだけを考えたかった。

 もしこの事件に核兵器が関係していたら――人を助けたいのに人を倒さないといけないという矛盾に、鈴仙は苦しんだことだろう。
 一生心に傷を残し、立ち直れなかったかもしれない。

 早苗の骸を抱いて、瓦礫の中で立ち尽くす未来は訪れなかった。
 だれも死ぬことなく、自分がちょっとひどいイタズラをされただけ。

 そう思うと、怒る前に涙が出た。

「もしかして私たちさ、最悪なことした?」
「そうっぽいな」

 二柱は崩れる鈴仙を見て、そのあとカメラを見た。
 先に動いたのは諏訪子だった。

「なっ、おい!」
「こいつこそが悪名高い女泣かせ、八坂神奈子です」

 諏訪子は神奈子をしっかり狙い、カメラをどかせようとしない。

「今から彼女が、この映画のNG集の再現を全部引き受けてくれるそうです。では、どうぞ!」
「えっ、こら、カメラ止めて!」

 神奈子はそう言って、カメラを取り上げようとする。諏訪子はジャンプし、神奈子を避けた。
 神奈子は地面に激突。

「NG集その一ゲット!」

 そう言って笑う諏訪子。神奈子が諏訪子に向かって拳を振り上げようとしたその時だった。

「はは」
「ん?」

 突然聞こえた声に、神奈子と諏訪子は鈴仙のほうを向いた。

 鈴仙は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしたまま笑っていた。

 なぜだかすべてがバカらしくなって、鈴仙はただただ笑い続ける。

 それを見た二柱もまた、笑いはじめた。

「ごめんね、本当に神奈子ったら」
「たぶん諏訪子の罪も同じくらいだと思う。諏訪子の頭にオンバシラ落そうか? あんたにはそのくらいの権利がある。
 お望みなら私の頭にも落とすし、少し心が痛むが早苗の頭に落としてもいい」

 諏訪子も反省しているようだが、神奈子の反省のほうが様になっていた。

「いいんです。その代わりに早苗さんの看病してあげてください。
 あ、やっぱり追加で。たとえ早苗さんが怪我してても、私に復讐は無しということで、よろしいでしょうか?」
「ああ、もちろんだ。本当に悪かったな、申し訳ない」

 最後に頭を下げてから、神奈子は姿を消した。

「あ、その帽子使いおわったらそこ置いといて、あとで取りに来るから。
 じゃあ、ほんとごめんね!」

 諏訪子は手を振りながら消えて行った。

「さ、おわったかしら?」
「はい師匠。でも、一つだけ聞いてもいいですか?」
「なにかしら」
「結局、イタズラ兎って誰だったんですか?」
「ふふ、それについてはあんまり気にしないで。きっとてゐの努力の成果が、そろそろ実ってるはずだから」

 鈴仙はよくわからなかったが、永琳の命令は絶対だ。

「本当にごめんね、今日は私があなたの大好物を作るわ」
「わぁ、ありがとうございます師匠!」

 よくわからないが、めでたしめでたし、ということか。


 ◆


 その頃、幻想郷の地から遠く離れた月の都で一匹の兎が飛び跳ねていた。
 一秒でも速く主の下へ帰ろうと、息が乱れながらも走り続けた。

「豊姫さまー、豊姫さまー!」 
 
 そして自分の主を見つけたレイセンは、そのままの勢いで彼女へと抱きついた。
 その衝撃で華奢な体型である豊姫は、レイセンを支えきれずに地面へと倒れこんだ。

「あらお帰りなさい。作戦は上手く行きましたか?」

 しかし豊姫はレイセンを叱ろうとはせず、むしろ擦り寄るレンセンの頭を撫で出迎えてあげた。

「ええ、ばっちりですよ。ちゃんと神社に月の秘密兵器、「お腹が痛くなるお米」を届けてきました。見た目も味も普通のお米その物ですから絶対にバレません」
「うふふ、それはご苦労様です。神社には妖怪達が集まるそうです。これであの紫とか言うふざけた奴にお酒の復讐が出来ますね!」
「はい! あ、それと地上の兎からお土産を貰って来ました。多分私を仲間だと思ったんでしょう」

 そうレイセンが言うと、貰って来たという林檎をテーブルの上に置いた。
 コチコチと言う時計の針を刻む音がどこからか聞えてきたが、作戦が成功して陽気になってる二人はその刻々と迫り来る脅威に気が付かなかったようだ。


 ◆


 そのとき、鈴仙は月から悲鳴のような電波を受信したような気がして、ふと空を見上げた。

「あれ、今月のほうで何かが光ったような……?」
「あら、目がいいのね。それはきっとご褒美よ」
「ご褒美?」
「ええ、ほら、あるじゃない小説とかで。がんばった主人公には、その輝きが自分だけのものに見えた、とか」
「ああ、そういうのですか」
「ええ、きっとそうよ。じゃ、早く帰ってらっしゃいね」

 鈴仙が返事をする。永琳の声はもう返ってこなかった。電話が切れたようだ。

「今日は疲れたなぁ」

 鈴仙は地面に帽子を置き、少し早足で永遠亭へと帰っていく。
 足取りは、軽いような重いような――不思議な気分だった。
「お姉さま……」
「なーに依姫?」
「なんで、お屋敷大破してるんですか」
「三角木馬ね」
「はぁ?」
「トロイの木馬だったわ」
「……」
「ねぇ依姫」
「はい」
「お腹すいたわ」
「師匠から貰って来たおにぎりでも食べますか?」
「……やめとく」

* * *

「師匠、私の好物を作ってくれる約束でしたよね」
「ごめんなさい」
「なのになんで、イタズラ米と本物のお米を間違えちゃうんですか」
「ごめんなさい」
「まあ、反省してもらえるならいいですよ」
「反省してる。でね、お願いウドンゲ」
「なんでしょう」
「早くトイレから出てくれないかしら」
「嫌です、もうすぐ波が来るんです」
「コンコン、もーいーかい」
「まーだまだー」

* * *

「ねぇ、霊夢」
「何よ紫」
「お茶、美味しいわね」
「そりゃどうも」
「お団子もいつもとかわらないわね」
「当たり前じゃない。普段と同じものだから当然よ」
「……」
「……」
「……暇ね」
「そうね」
三角☆木馬(ほたるゆき、ムラサキ、匿名希望)
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2010/06/14 02:50:00
更新日時:
2010/09/08 19:24:06
評価:
24/66
POINT:
3170
Rate:
9.54
分類
鈴仙
早苗
ヒソウテンソク
ウドンゲイン
8. 50 名前が無い程度の能力 ■2010/07/02 00:35:26
ロボット対ロボットはまさに浪漫ですね。
それにしても撮影の為に神社一帯を焦土にする二柱は容赦が無い……w
11. 100 名前が無い程度の能力 ■2010/07/02 14:02:00
うどんげがカッコ可愛くて素敵でした。そして月姉妹ざまぁwwwwてゐGJ
15. 80 名前が無い程度の能力 ■2010/07/03 19:01:36
色々と細かいネタがちりばめられていて読みごたえがあった
20. 90 名前が無い程度の能力 ■2010/07/04 04:31:46
遺伝子いじくってサルモネラ毒素蓄えるお米開発しましょう
24. 70 名前が無い程度の能力 ■2010/07/04 18:37:41
オチがいいですね。
村人にフォローが欲しかったかも。
25. 80 みなも ■2010/07/04 19:33:42
楽しいお話でした。
核を止めるために必死なウドンゲが
ほほえましくて、かわいいですね。
26. 70 あおこめ ■2010/07/04 21:45:54
ちょwえーりんw。永夜事変の時並みのうっかりえーりんですね。
手に汗握るロボットバトルも見物でしたが、自分は終盤のドタバタの方が好きです。
楽しく読めました。
28. 80 名前が無い程度の能力 ■2010/07/05 01:30:31
豊姫さま……林檎なんかに浮気するから、桃の罰があたったんですよ。
33. 10 電気羊 ■2010/07/06 05:44:09
奇抜な舞台設定を生かしきれていないというのが正直な感想。
好きなものを書いたのかもしれないけれども、それが読み手に対して良作となりえるのかといえばそうじゃないと思う。
もちろん、読み通した上で感想を書いていますが、地の分のテンションが完全に重厚なシリアスであれば変な笑いが出たかもしれないけれども、そうじゃーない。
一体どこの層を狙って書いたのかというのが正直な感想だった。
39. 70 ずわいがに ■2010/07/10 15:54:51
月が黒幕か……! まぁおにぎりは怪しかったものの、守矢のせいじゃなかったのは意外でした。でもよかった;w
いやしかしなんというロボット大戦。ホントに非想天則動いちゃってるし、月の技術もマジぱねぇし。
ていうか月のクレーターって核のせいだったのか! その発想は無かった、驚きですッ
さて、それにしてもこの早苗さん、ノリノリである;ww
43. 70 名前が無い程度の能力 ■2010/07/18 17:02:41
レイセン惜しい! 神社違いだ!
この大真面目にバカなことをやってる感がたまらない。
45. 60 euclid ■2010/07/19 01:09:00
熱い、良作。ただ原因部分のオチがすぐ分かるし、ここまで高火力な戦闘になる為の動機づけもいまいちとも感じました。
46. 70 名前が無い程度の能力 ■2010/07/19 23:14:38
いやお前ら、弾幕勝負しろよwww
53. 70 名前が無い程度の能力 ■2010/07/26 18:52:48
よかった
54. 70 名前が無い程度の能力 ■2010/07/29 06:42:08
三角木馬でフイタ
56. 30 名前が無い程度の能力 ■2010/07/29 19:05:17
良い意味で頭の悪そうな作品。ロボットネタには馴染みがないのでよくわからなかった。
57. 80 PNS ■2010/07/30 00:54:59
作者様はこの手のジャンルについてすごく書き慣れてるとか!?
東方かと一瞬疑いたくなるほど、自然なロボットSSでしたw
58. 30 即奏 ■2010/07/30 04:36:29
ロボットアニメ好き以外の読者を寄せ付ける気の無い作品ですねwwwwwwwww
なんというか、物凄い男らしさを感じましたw
個人的にはウドンゲでロボットものをやるのでしたら、月と交信して「マイクロウェーブ、来る!」をやってほしかったりしたのですが、
……いや、はい。ごめんなさい。僕がX好きなだけです。ごめんなさい。
59. 10 八重結界 ■2010/07/30 16:36:11
恐ろしい力業でした
60. 80 Ministery ■2010/07/30 16:51:06
戦闘シーンで脳裏をよぎった、例のBGM。

随所にちりばめられたネタ。
そしてまさかの綿月姉妹。
意外や意外の連打でした。お見事。
61. 100 サバトラ ■2010/07/30 22:02:30
時間の都合上、点数だけの投稿とさせて頂きます!
大変申し訳ありません!
63. 60 如月日向 ■2010/07/30 22:14:49
タイトル通り、終始ロボットバトル展開で熱いお話でしたっ。
色々な小ネタが仕込んでありSRWでしかロボットアニメを知らない
俄かですが、楽しかったです〜。
65. 80 つくね ■2010/07/30 23:39:11
取り急ぎ点数のみにて失礼します。感想は後日、なるべく早い時期に。
66. 100 ぱじゃま紳士 ■2010/07/30 23:49:35
 申し訳ございませんが、採点のみで失礼いたします。
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